バカと天使とドロップアウト   作:フルゥチヱ

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バカテスト
問 以下の問いに答えなさい
火傷をした時の正しい処置を答えなさい。

天真=ガヴリール=ホワイトの答え
『絆創膏を貼る』
教師のコメント
 天真さんの一人暮らしが先生は心配でなりません。

胡桃沢=サタニキア=マクドウェルの答え
『心頭滅却すれば火もまた涼し』
教師のコメント
 格好良く言っていますが、つまりは我慢ということですね。

白羽=ラフィエル=エインズワースの答え
『液体窒素で冷やす』
教師のコメント
 必ず専門家の指導のもとで行ってください。

月乃瀬=ヴィネット=エイプリルの答え
『急いで患部を冷水に当てる。この時、衣服を着ていても無理に脱ごうとしてはいけない。皮膚が破けてしまう可能性があるためである。患部を長時間冷やした後は清潔なガーゼやタオルで軽く覆う。症状が重い場合は必ず病院を受診し、軽度でも不安があれば病院にかかったほうが安心。また低温火傷の場合は対処法が異なっており――』
教師のコメント
 全部言ってくれたので、先生から言うことは何もありません。


第二十五話 勘違いスクランブル

「見て見てガヴおねえちゃん、ゼルおねえちゃん。手がベタベタになっちゃったっ」

 

「全くもう、ハニエルは慌てん坊ですね」

 

「だが、確かにこの胡麻団子は美味だった。礼を言うぞ、ガヴリール」

 

「うんっ、すっごく美味しかった!」

 

 Fクラスに戻ると、そこには三姉妹で仲良く談笑するガヴリールたちの姿があった。その光景はとても微笑ましいもので、仲睦まじい姉妹にしか見えない。少なくとも、ガヴリールが言っていた怖いイメージは、ゼルエルさんには皆無だった。

 

「そこの少年。すまないがハニエルをお手洗いまで案内してやってくれないか?」

 

「あ、はい。もちろん良いですよ」

 

 どうやら胡麻団子を食べたことで、手が油まみれになってしまったらしい。まあ、食べ方に少しコツがいるからね。小さい子だとこうなってしまうのも仕方ない。僕が食べた胡麻団子も、別の意味で食べ方と生命維持にコツが必要だったし。

 

「こっちだよ、ハニエルちゃん」

 

「ありがとう、アキおにいちゃんっ!」

 

 屈託のない笑顔を浮かべるハニエルちゃん。純粋で可愛い。文月学園という魑魅魍魎の巣窟の中で、この子はあまりにも眩しく、僕も釣られて笑顔になってしまう。

 

「──さて、やっと二人になれたなガヴリール」

 

「えっ? な、なに? 姉さん、顔が怖いよ……?」

 

 だからガヴリールとゼルエルさんの不穏な会話は、僕の耳に届かなかった。

 

   ○

 

 廊下に出ると、制服に着替えた姿の白羽さんとばったり出くわした。どうやら休憩時間だったらしい。彼女を見ると同時に、ハニエルちゃんがダッと駆け出す。

 

「ラフィおねえちゃんだっ! ラフィおねえちゃん久しぶりー!」

 

「あら、ハニちゃん」

 

 油まみれの手で触れないようにしながらも、ぎゅっと白羽さんに抱きつくハニエルちゃん。ガヴリールと白羽さんは天使学校時代からの付き合いらしいから、その妹のハニエルちゃんとも交友があったのだろう。

 白羽さんは目線の高さを合わせるようにしゃがんでから言った。

 

「まさか、お一人で下界まで?」

 

「ううん、ゼルおねえちゃんも一緒だよっ」

 

「まあ、ゼルエルさんが? それは挨拶に伺わないといけませんね」

 

 ハニエルちゃんの頭を撫でてあげる白羽さんである。どうやらドSの白羽さんも、子供には優しいらしい。その優しさの一割でも僕にも向けてはくれないものだろうか。

 

「それで、ハニちゃんと吉井さんはどこに向かおうとしていたんですか?」

 

「あ、そうだったっ。えっとね、アキおにいちゃんと一緒にお手洗いに行くところなんだよ!」

 

「えっ……?」

 

 白羽さんは据わった目つきで僕を一瞥した後、何故か携帯電話を取り出した。

 

「──もしもし警察ですか?」

 

「待って白羽さん! 誤解! 誤解だからっ!」

 

 携帯電話を取り上げ、通話を切断する。あ、危なかった……! 危うくこの歳で前科がつくところだった……! 

 

「ロリ井さん、いくらモテないからといって、こんな小さな子を狙うのはマズイと思うんです」

 

「だから誤解なんだって! 確かに僕はモテないかもしれないけど、やっていい事と悪い事の区別くらいは──ってロリ井!? お願い、その呼び方だけは本当に勘弁して!」

 

 ただでさえ雄二のせいで同性愛者説が流れているのに、ロリコン説まで流れたら、この学校の女子は僕と話どころか目さえ合わせてくれなくなってしまうだろう。

 

「? ラフィおねえちゃん、ロリ? ってなぁに?」

 

「ハニちゃんはまだ知らなくていいことですよ」

 

「そうなの?」

 

 首を傾げるハニエルちゃん。純粋なこの子と比べて、自分は汚れきってしまっているという現実に悲しくなった。

 

「じゃアキおにいちゃん、行こっ!」

 

「あ、うん。廊下は走っちゃダメだよ?」

 

 まあ僕は普段から走り回ってるけれども。

 

「はーい!」

 

 元気に手を挙げて返事をするハニエルちゃん。やっぱり良い子だなぁ。

 

「あらあら。すっかり懐かれてますね、吉井さん」

 

「あはは、なぜか昔から小さい子には好かれるんだよね」

 

「やっぱり警察に……」

 

「だからそういう意味じゃないんだってば!」

 

 彼女の目は未だに僕のことを疑っていた。

 

「……まさかゼルエルさんが来るなんて。ガヴちゃん、大丈夫でしょうか」

 

 別れ際、白羽さんが何か呟いた気がしたが、それは周囲の喧騒で聞こえなかった。

 

   ○

 

「…………大変。天真が誘拐された」

 

「えぇっ!? ガヴリールが!?」

 

 教室に戻ると、慌てた様子のムッツリーニからとんでもないことを伝えられた。

 

「誰っ!? どんな奴に連れて行かれたの!?」

 

 早く救出しないと! 最悪の場合、ブチギレたガヴリールの手によって世界が滅んでしまう! 

 

「…………和服を着たスレンダー美人」

 

「あ、それなら問題ないね。その人、ガヴリールのお姉さんだよ」

 

「なんと、天真にも姉上がおったのか。言われてみれば、確かに似ておったのう」

 

「…………納得」

 

 ムッツリーニと近くにいた秀吉が頷く。良かったぁ、ゼルエルさんならガヴリールをちょっと連れ出したところで何の問題もない。世界が滅ばずに済んだ。

 

「ちなみに、連れ去られる天真の最後の言葉は『せめて今日のネトゲイベントが終わってからにしてー!』じゃったぞ」

 

「…………天真らしい」

 

 できればもっと優先してほしいことが山程あるが、ガヴリールが無事だと分かったので良しとしよう。

 

「しかし明久よ。お主、召喚大会はどうするのじゃ? そろそろ三回戦の時間じゃろ?」

 

「あっ」

 

 秀吉に言われて思い出す。

 そう、もうすぐ召喚大会三回戦の開始時刻なのだ。今大会では参加者の途中交代が認められていないから、このままガヴリールが不在だと僕は不戦敗になってしまう。

 僕は召喚大会のトーナメント表を取り出し、三回戦の科目を確認する。

 

「秀吉、ムッツリーニ! 頼みたいことがあるんだ!」

 

「むっ、なんじゃ? ワシに出来ることなら協力するが……」

 

「…………俺は今、厨房の仕事で忙しい」

 

「報酬として今度、最近仕入れた秘蔵のコレクションを持ってくるよ」

 

「…………友のためなら協力は惜しまない」

 

 頼もしい親友二人に作戦内容を話し、僕は召喚大会の特設ステージへと向かった。

 

   ○

 

「どうじゃ明久。ちゃんと天真に見えるかのう?」

 

「バッチリだよ秀吉! 流石は僕のお嫁さんだ!」

 

「婿の間違いじゃろ」

 

 ガヴリール──ではなく、秀吉と共にステージの階段を昇る。僕の考えた作戦は、変装の達人である秀吉に、ガヴリールの代理を務めてもらうというものだった。

 女子制服を着て金髪のウィッグを被り、その上でメイクを施した秀吉は、ガヴリールを忠実に再現している。二人の間にある体格差も、制服を大きなものにすることで目の錯覚を利用し、違和感を減らしている。これがプロの技なのか。やっぱり秀吉はすごいや。

 

「でも、何かが足りない気がするんだよね……」

 

 じーっと秀吉を凝視する。確かに、外見は完璧と言っていい。だがなんだろう、この引っかかる感じは。

 

「ああそっか! 目に滲む世の中舐め腐ってます感が足りてないんだ!」

 

「お主、天真のことをよく見ておるの……」

 

 秀吉は演劇にひたすらストイックな奴だ。ぐーたらで人類破滅主義者のガヴリールとは対極に位置する存在と言ってもいい。それ故に、いくら秀吉の演技力が高くても、そこまでは再現できなかったみたいだ。

 そんな話を秀吉としていると、待機スペースにいた二人が僕らに話しかけてきた。こちらも三回戦を間近に控えた、姫路さんと美波だ。

 

「あ、あのっ、明久くん、ガヴリールちゃん」

 

「ちょっと訊きたいことがあるんだけど……いい?」

 

 なんだか緊張している様子でそう尋ねてくる二人。やっぱり試合前はドキドキしちゃうよね。

 

「うん。何かな?」

 

「ゆ、優勝したら、誰と行くつもりなんですかっ!?」

 

「説明しなさいアキ!」

 

「ほぇ? 何の話?」

 

 僕が頭を悩ませていると、秀吉が小声で教えてくれた。

 

「恐らく、優勝賞品のペアチケットのことじゃろうな」

 

「ああ、如月ハイランドだっけ?」

 

 思い出した。ババア長から回収を命じられている、あのペアチケットか。

 う~ん……。誰と行くっていわれても、あれは交換材料だから当然優勝しても僕の手には渡らないわけで。でも本当のことを言うわけにもいかないし、どうしよう。

 

「落ち着きなって二人とも。明久は何にも考えてないからさ」

 

 ガヴリールの演技をした秀吉が二人を仲裁してくれる。さすが秀吉、声までそっくりだ。

 

「その落ち着きっぷり……やっぱりアキは天真さんと!?」

 

「ガヴリールちゃん、そうなんですかっ!?」

 

「うえ? えっと、そのぉ……」

 

 すごい剣幕で二人に迫られ、流石の秀吉もしどろもどろだ。秀吉には無理を言って協力してもらっているわけだし、ここは一つ、僕がこの場を収めてみせよう。

 

「待って二人とも! 僕がチケットを渡す相手はもう決めてるんだ!」

 

「そ、それは誰なんですか!?」

 

「それは……」

 

 その瞬間。僕の頭は今までにないほど高速で回転を始めた。僕がペアチケットを渡しても違和感がない相手、それは──

 

「雄二に渡すつもりなんだっ!」

 

 霧島さんという彼女がいる雄二しかいない! 

 これなら二人も、僕が親切心から雄二にチケットを譲ろうとしているのだと納得してくれるだろう。

 

「「「ええぇっ!?」」」

 

 そのはずなのに、何故か盛大に驚かれた。しかも秀吉にまで。

 

「そ、そんな……! 明久くんはなんだかんだで女の子が好きだと思っていたのに……!」

 

「やっぱり、アキは坂本と幸せになるつもりなの……?」

 

「明久よ、考え直したほうがよいと思うのじゃが……」

 

「なんでそうなるの!?」

 

 もし仮に僕が同性愛に目覚めたとしても雄二だけは絶対にありえないし、そもそも僕はノーマルだよ!?

 

「……雄二。いくら相手が吉井でも、浮気は許さない」

 

「ぐォォっ!? 目がっ! 目が燃えるように痛いィィッ!?」

 

 こ、このままだと僕の同性愛者説が信憑性を帯びてしまう! なんとかして話を変えないと……! 

 

「そ、それよりさ! 姫路さんと美波の対戦相手は誰なの?」

 

「あ、三年生の人達です。確か名前は……」

 

 姫路さんがトーナメント表を広げて名前を確認する。そこには、常村・夏川と書かれていた。

 

「常夏コンビだって!?」

 

 そう、何度も中華喫茶に妨害工作を仕掛けてきたあの先輩たちだ。あいつら、召喚大会に参加していたのか! 

 僕が声を上げると、姫路さんが不安そうに目を伏せる。

 

「大丈夫よアキ。ウチと瑞希のコンビなら楽勝楽勝っ」

 

「美波ちゃん……。はい、そうですねっ、絶対に勝ちます!」

 

「それに、ここを勝ち抜けば次の準決勝でウチらとアキたちが当たるしね。アキ、準決勝で会いましょう」

 

 美波が姫路さんの肩に手を置いて、ぐっとサムズアップする。うーん、男の僕から見ても格好良い。

 

「お姉様、格好良すぎますっ! どうか美春にもっ、美春にもその表情を向けてくださいまし……っ!」

 

 格好良すぎて、女の子にモテてしまうのも致し方ないと言えるだろう。Dクラスのあの子がそれを証明してくれていた。

 

「それより、アキたちこそ大丈夫なの? 次の相手、Aクラスの二人なんでしょ?」

 

「木下さんと月乃瀬さん、ですか……」

 

 心配そうな顔をする姫路さん。彼女たちの言う通り、僕らの次の相手はAクラスの優等生コンビだ。間違いなく、今までで最強の相手だろう。

 

「大丈夫だよ姫路さん。勝つために、僕も秘策を用意してきたんだ」

 

「秘策……ですか?」

 

「うん。僕は必ず勝つ。そして──」

 

 姫路さんを転校なんてさせやしない、という言葉を飲み込む。

 あ、危なかった……! 姫路さん本人は美波にしか話していないのだから、僕が言及しちゃダメだよね。

 

「そして……?」

 

 姫路さんは怪訝な顔をする。僕が言葉に詰まってしまったのが不自然だったらしい。ま、マズイ。何か言わないと隠し事に感づかれてしまうかも。何か、何か……!

 

「そして──雄二と幸せになるんだっ」

 

 って僕のバカぁ! いくら窮地に追い込まれたからといって、どうして咄嗟に出てくる言葉がそれなの!? これじゃ自分から、僕は同性愛者ですって言ってるようなものじゃないかぁっ! 

 姫路さんと美波はもはや、可哀想なものを見るような目で僕を見ている。

 

「もうウチにはアキのことが分からないっ!」

 

「明久くん、女の子にも興味を持ったほうがいいと思いますよ……?」

 

「違うんだぁぁっ!」

 

「……お主はとことん、誤解を招く男じゃのう」

 

 試合開始時刻まで、僕はその場に崩れ落ちて涙を流していた。


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