バカと天使とドロップアウト   作:フルゥチヱ

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バカテスト
問 以下の問いに答えなさい
相手を従わせるため肉体的、精神的に痛めつけることを何と呼ぶでしょう。

天真=ガヴリール=ホワイトの答え
『拷問』
教師のコメント
 珍しく正解です。

胡桃沢=サタニキア=マクドウェルの答え
『粛清』
教師のコメント
 本当に珍しく正解です。

白羽=ラフィエル=エインズワースの答え
『折檻』
教師のコメント
 皆さんここぞとばかりに正解しないでください。

月乃瀬=ヴィネット=エイプリルの答え
『お説教』
教師のコメント
 月乃瀬さんはやっぱり天使だと思います。


第二十六話 更に闘うバカ達

「それでは三回戦を始めます。出場選手は前へ」

 

 三回戦からは周りの座席に観戦客が入っており、歓声が上がる。試験召喚獣は文月学園の一番の目玉ということもあり、会場の熱気はとても高まっていた。

 僕と秀吉が並んでステージに昇ると、既に対戦相手の二人が待ち構えていた。

 

「来たわね、Fクラスの問題児コンビ」

 

「ガヴ、吉井君、良い試合をしましょうね」

 

 腕を組んでムスッとした表情の木下さんと、控えめに手を振ってくれる月乃瀬さん。二年Aクラスが誇る優等生の二人だ。

 

「……明久よ。作戦に協力しておいて今更なのじゃが、正直ワシらでは勝ち目のない相手じゃぞ」

 

 秀吉が観客の喧騒に隠れて耳打ちする。確かに彼の言うとおりだ。僕も秀吉も所詮学力はFクラス並み。まともにぶつかり合ったら瞬殺されるのは火を見るより明らかだ。

 だが今回の対戦カードと科目ならば、その限りではない。

 

「秀吉、これを」

 

 僕はこっそりと、秀吉にメモを手渡した。

 

「僕が合図したら、ここに書いてある台詞を言ってほしいんだ」

 

「ふむ、台本というわけじゃな。了解じゃ」

 

 秀吉が役者の顔つきになる。どうやら台本を手にした途端、演劇魂に火がついたらしい。

 

「作戦会議はもういいのかしら? そろそろ試合を始めましょ」

 

 木下さんが立会人の教師を一瞥すると、召喚フィールドが展開される。試合開始の合図だった。

 

「「試験召喚獣、試獣召喚(サモン)!」」

 

 保健体育

『Aクラス 木下優子 321点 & Aクラス ヴィーネ 306点』

 

 現れる二人の召喚獣。流石の高得点だ。

 

「さぁ、いざ尋常に勝負よ!」

 

 召喚獣のランスを構えて好戦的に宣言する木下さん。どうやら秀吉の変装は、彼の姉である木下さんでも分からないくらいの完成度みたいだ。流石は演劇部のホープ、頼りになるなぁ。

 そんな風に感心していると、月乃瀬さんがじーっと僕らの方を見ていることに気づく。いや、正確に言うと──ガヴリールに変装した秀吉のことを、それはもう、穴が空きそうなくらいに凝視しているのだ。

 

「ど、どうしたのヴィーネ? 私の顔に何かついてる?」

 

「……ねぇガヴ。もしかして変なものでも食べた?」

 

「へ? いや、食べてないけど……」

 

「おかしいわね。今のガヴは、いつもみたいに怠惰と欲望で濁りきった目をしていないわ」

 

 ま、まずい! 

 一番恐れていた事態だ。月乃瀬さんが秀吉の変装に気付きかけている! 

 

「どういうこと? 月乃瀬さん」

 

「うまく言えないけれど、今のガヴはまるで別人みたいで……」

 

「別人? それって──」

 

 さらにまずい! 木下さんは秀吉が変装している可能性を真っ先に思いつくはずだ! それが告発されれば、僕らはルール違反で失格になってしまう! それだけは避けないと……! 

 

(秀吉! さっきの台詞を!)

 

(了解じゃ)

 

 アイコンタクトを交わして合図を送ると、秀吉は小さく頷いた。

 

「ヴィーネ、私の話を聞いてくれ! 私はどうしても大会で優勝したい! それは、ヴィーネと対等になりたいからなんだ!」

 

「対等?」

 

「いつもはヴィーネに迷惑かけてばかりな私だけど、本当は少しだけ罪悪感があったんだ……。だからこの大会で優勝して、少しでもお前に追いつきたいんだ!」

 

 秀吉の迫真の演技である。絶対にガヴリール本人が言わないであろう台詞であることを除けば、完璧な仕事だった。

 

「つ、月乃瀬さん! あの二人、あなたの戦意を奪おうとしてるだけよ! 絆されないで!」

 

 実際、木下さんには普通に見破られている。だが、月乃瀬さんは──

 

「ガヴ、そんな風に思っていてくれたのね……っ! 嬉しいっ!」

 

「月乃瀬さーんっ!?」

 

 月乃瀬さんは感動のあまり涙を流していた。やっぱり優しすぎる。

 

「ガヴ、頑張って優勝してね……っ!」

 

「う、うん。頑張るよ」

 

「ふはははは! これで二対一! さあ、残るは君だけだよ木下さん!」

 

「くっ、月乃瀬さんの優しさにつけ込むなんて……っ! でも、アタシ一人でもFクラスの二人には負けないわよ! さあ、召喚獣を呼び出しなさい!」

 

「望むところさ! 僕の最強の召喚を見せてやる!」

 

 僕は右腕を空に突き上げ、高らかに宣言した。

 

「いくぞ! 二重召喚(デュアルサモン)!」

 

「…………試獣召喚(サモン)

 

 保健体育

『Fクラス 吉井明久 53点 & Fクラス 土屋康太 511点』

 

 現れる僕らの召喚獣。そのうちの一体は急加速し、木下さんの召喚獣を一刀両断した。

 

「…………斬り捨て御免」

 

 そして、一瞬で召喚フィールド外に飛び出した召喚獣は、その姿を消した。

 

「先生、今のは反則だと思います!」

 

 木下さんの当然の抗議。すかさず秀吉が、とても綺麗な表情で月乃瀬さんに問う。

 

「ヴィーネ、私に勝ちを譲ってくれないか……?」

 

「ガヴ……っ。分かったわ、私達の負けよ」

 

「月乃瀬さーんっ!?」

 

 ガヴリール(秀吉)の潤んだ瞳に絆された月乃瀬さんが負けを認めてくれたので、これで僕らの完全勝利だ。

 

「……三回戦の勝者は、吉井・天真ペアです」

 

 納得のいってなさそうな先生の判定を受けて、僕らは準決勝に駒を進めた。

 

   ○

 

「…………お疲れ、二人とも」

 

「あっ、ムッツリーニ。さっきはありがとう」

 

「…………気にするな」

 

「明久も中々の機転じゃったぞ」

 

「いや、秀吉の演技力があってこそだよ」

 

 ステージを降りてムッツリーニと合流する。この後は続けて姫路さんと美波の試合が行われるので、観客席で一緒に観戦することにした。

 

「しかし、天真はまだ戻ってこないのかのう。正直、準決勝ではワシが役に立てるとは思えぬ」

 

「…………残りの教科は日本史と英語。俺も役に立てない」

 

「だからガヴリールには、準決勝までには戻ってきてほしいんだよね」

 

 ガヴリールがお姉さんに連れて行かれた理由は、恐らく堕天が原因だ。ガヴリールは隠し通すつもりだったみたいだけど、きっとゼルエルさんは最初から知っていたのだろう。お説教で済めばいいけれど、最悪の場合、ガヴリールが天界に強制送還なんてことになってるんじゃ……。

 

「お前ら、ここにいたのか」

 

「あ、雄二。それに霧島さんも」

 

 僕らがそんな話をしていると、先に試合を終えていたらしい雄二と霧島さんが、揃って観客席にやってきていた。雄二のことだから、準決勝や決勝での対戦候補の視察だろう。

 

「本命はやはり姫路島田ペアだな。特に姫路の奴、前の試召戦争の時から更に点数を上げているぞ」

 

「……瑞希は頑張り屋さんだから」

 

 雄二の言葉に霧島さんが頷く。あそこから更に点数を上げてるってことは、学年主席の霧島さんにも匹敵するかもしれないってことか。やっぱり姫路さんは凄いや。

 

「……でも、私も負けない。絶対に優勝して、雄二にプロポーズしてもらう」

 

「待て翔子! そんな約束した覚えはねぇぞ!?」

 

「……優勝できなかったら即結婚」

 

「どっちも同じじゃねぇか!」

 

「二人とも、相変わらず仲が良いねぇ」

 

「全くじゃな」

 

「…………雄二も素直じゃない」

 

「テメェらはそんな気色悪い目で見るんじゃねえ!」

 

 僕らがそんなやり取りをしていると、先生のアナウンスが流れた。

 

「それでは三回戦第三試合を始めます。出場選手は前へ」

 

 ステージに立つのは僕らのクラスメイト、姫路さんと美波だ。可愛い女の子コンビということもあって、大きな歓声が上がる。

 

「対するは、三年Aクラスの二人です」

 

 先生のアナウンスを受けて、姫路さんたちと相対するのは中肉中背の男たち。中華喫茶を何度も妨害してきた、憎き常夏コンビだ。坊主先輩の頭には、未だにブラジャーが付着している。

 

「まだ付けてたのぉ!?」

 

「取れねえんだよ! というか付けたのテメエだろうが! 絶対許さねぇからな!」

 

 坊主先輩に睨みつけられる。やれやれ、変態に威嚇されたところで、怖くもなんともないというのに。

 

「それでは、試合開始!」

 

 召喚フィールドが展開され、ステージ上の四人は一斉に召喚を行った。

 

 保健体育

『Fクラス 姫路瑞希 388点 & Fクラス 島田美波 32点』

『Aクラス 常村勇作 246点 & Aクラス 夏川俊平 255点』

 

「この女、Fクラスの癖にこんな点数を……!」

 

 モヒカン先輩が姫路さんの点数に気圧されて一歩後ずさる。三年Aクラスの二人もかなりの高得点だが、姫路さんには遠く及ばない。

 

「常村、こいつは学年次席クラスの奴だ! 先にFクラスのザコを潰してから、二人で叩くぞ!」

 

「言ってくれるじゃない。ウチだって、タダでやられるつもりはないからね」

 

 先輩の煽りを美波は飄々と受け流し、召喚獣にサーベルを構えさせる。

 

「何言ってんだ? Fクラスのカスどもが俺らに敵うわけねぇだろ。せいぜい相方の足を引っ張らないように棄権でもしたらどうだ?」

 

「そうすりゃ、この観衆の前で醜態を晒すこともないぜ?」

 

 ギャハハハ! と下劣な笑い声を上げる二人。どうやら心の底から僕たちFクラスのことが嫌いみたいだ。

 対する美波は呆れたように溜め息を吐く。僕らも彼女と同じ気持ちだった。

 

「やれやれ。ザコだのカスだの、好き勝手言ってくれるなあの先輩共」

 

「全くだよね。僕らはどこにでもいる、ちょっとお茶目なだけの一般生徒なのに」

 

「いや、正直お主らに反論の余地は全く無いと思うのじゃが」

 

「…………少なくとも、一般生徒は壁を破壊したり職員室を襲撃したりしない」

 

 ま、確かにそうだよね。唯一反論があるとすれば、常夏コンビには言われたくないってことくらいだろう。

 

「Fクラスの連中がこんなにも勝ち上がるなんて、文月学園も落ちぶれたもんだよな。俺たち三年生の受験に影響が出たらどう責任を取るんだ? 他人に迷惑を掛けることしかできないクズ共は、クズ同士で底辺を這いつくばってろっての」

 

 別に常夏コンビが何をほざこうが知ったこっちゃないけれど、こんな大観衆の前でやれば自分たちの印象が悪くなることに気付いていないのだろうか? 

 僕らが呆れを通り越してもはや感心していると。

 

「どうしてそんな酷いことを言うんですかっ!!」

 

 観客席にいる僕らにもはっきりと聞こえるような声で、誰かがそう言った。

 一瞬、誰の声か分からなかった。普段の彼女は、こんな強く感情を込めた叫び声を上げたりしないからだ。

 その声は、姫路さんのものだった。

 

「ああ? なんか文句あんのかよ?」

 

「確かにFクラスの皆は、勉強は苦手かもしれません、問題も起こしちゃうかもしれません……でも、だからってそんな風に貶していいはずがありません!」

 

「瑞希……」

 

「うるせぇな! クズをクズって呼んで何が悪いってんだよ? 全部自業自得だろうが!」

 

「むしろ俺らは被害者なんだぜ? 天真って奴も吉井の野郎も、何度も俺らを攻撃しやがったんだ! あいつらみたいなのが、社会のクズなんだよ!」

 

「知らない癖に、勝手なことを言わないで下さい! ガヴリールちゃんがどれだけ良い子なのかも、明久くんがどれだけ優しいのかも知らない癖に!」

 

「お前、Fクラスに入って頭おかしくなったのか? それとも観察処分者を二人も出した二年生ってのは全員こうなのか?」

 

「どうして成績や肩書きでしか人を見られないんですか!? 言葉や数字では表せない、大切なことがいっぱいあるのに!」

 

 姫路さんの涙交じりの声に、僕たちは言葉を失っていた。

 僕らFクラスのために、姫路さんは怒ってくれたのだ。泣いてくれたのだ。

 かつて、姫路さんと屋上で交わした会話が、脳裏を過る。

 Fクラスが似合う女の子になりたいと、彼女はそう言ってくれたのだ。

 

「……瑞希、ありがとね」

 

「美波ちゃん……っ」

 

「先生、ウチらの負けでいいです。棄権します」

 

「おいおい? 好き放題言っておいて、結局逃げるのかよ? この腰抜けが!」

 

「黙りなさい。全身の骨を折られたくなかったらね。……行こ、瑞希」

 

「……ぐすっ、美波ちゃん、ごめんなさいっ……」

 

「ううん。ありがとう、嬉しかった」

 

 美波は姫路さんを支えて、ステージを去っていく。二人とも、頑張ってここまで勝ち上がってきたのに、可哀想に。

 気が付けば僕は観客席を立ち上がり、とある場所へ向かっていた。二人を慰めに行くわけじゃない。そんなこと、彼女たちは望んでいない。僕がやるべきことは、たった一つ。

 

「……よっ、明久」

 

 補充試験用の空き教室に入ると、ガヴリールがそこにいた。どうやらお姉さんから解放してもらえたらしい。彼女の目は、いつも通り眠気と怠惰の色を湛えている。

 

「考えることは一緒だね」

 

「……まぁな」

 

 ぷいっと目を逸らして、それでもガヴリールは小さく頷く。

 

「ねえガヴリール。僕らって優しいらしいよ?」

 

「私はこれでも天使だからね。優しさとか慈悲深さとかが滲み出ちまうんだろうな。ま、明久ほどじゃないとしても、一応ダメ天使の自覚はあったんだが」

 

「僕もガヴリールほどじゃないけど、ちょっとはダメ人間の自覚はあったんだけど」

 

 本当に優しいのは、きっと姫路さんの方だ。こんなダメダメな僕らの為なんかに泣いてくれるだなんて。

 この大会には彼女の転校が懸かっていて、誰よりも人一倍気合を入れて臨んでいたはずなのに。先輩に反論するなんて怖かったはずなのに──僕らの為に、一生懸命になってくれた。だったら。

 

「じゃ、やろうかガヴリール」

 

「自分から試験を受けるなんて、私のガラじゃないんだけどな」

 

「……世話を掛けるね」

 

「いいよ。お互い様だろ」

 

 だったら、僕がやるべきことなんて決まっている。

 ここから先は本気だクソ野郎。


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