問 以下の問いに答えなさい
『冠位十二階が制定されたのは西暦( )年である』
吉井明久の答え
『603』
教師のコメント
君の名前を見ただけでバツをつけた先生を許してください。
天真=ガヴリール=ホワイトの答え
『603』
教師のコメント
天真さんが鉛筆を転がさずに解いているのを見て、先生は少し目頭が熱くなりました。
「ガヴリール、まさかこのゼルエルの目を欺けるとでも思っていたのか?」
「くっ、可愛い妹を騙すだなんて、卑怯じゃないか姉さん!」
召喚大会の三回戦が行われているのと同時刻。
駄天使ガヴリールは、自身の姉である天真=ゼルエル=ホワイトと校舎裏で相対していた。
「まさかお前がここまで堕落しきっていたとはな……天使としてあまりにも罪深い」
ゼルエルは千里眼という見通す神通力を極めた存在。彼女の目を欺こうなど、最初から不可能だったのである。
ガヴリールは苦虫を噛み潰したような顔をしつつも、その思考をフル回転させていた。
(クソッ、だから姉さんはハニエルを私から引き離したのか……! お説教に邪魔が入らないように! どうする、どうする……!? 姉さん相手に神足通での逃走なんて絶対通用しないし、最悪の場合、天界に強制送還されるんじゃ……! それだけは絶対に嫌だ!)
「正直に罪を受け入れ、悔い改めるようであればまだ良かったが──その様子だと、反省の色はないようだな」
ゼルエルがパチンと指を鳴らすと、ガヴリールが服の下に仕込んでいたコンパスやパチンコ玉がバラバラに砕け散った。最悪の事態に備えて携帯していたFクラス印の武器も無効化され、まさに万事休すである。
「さあ、覚悟は出来ているなガヴリール。お前には天界でみっちり再教育を施してやろう」
「……分かったよ。姉さんがその気なら、私にも考えがある!」
ガヴリールは残された最後の一手を放つ。
両手を構え、天高く跳躍し──全く隙のない見事な土下座を繰り出した。
「ごめんなさい! どうか、どうか清涼祭が終わるまでは見逃して下さい!」
頭が地面にめり込む勢いである。対してゼルエルは訝しげな顔で、恥とか誇りを全部投げ捨てている自分の妹を見下ろす。
「見逃せだと……? ならば、その清涼祭とやらが終われば、お前は私に従うということか?」
「勿論ですお姉様! どんなに厳しい修行を付けてもらっても構いません! だからどうか、どうか御慈悲を……っ!」
「ふむ……その言葉に嘘はないようだな。だが、何故その清涼祭とやらに拘る? 堕落しきったお前にとって、文化祭とは忌むべき行事ではないのか?」
その言葉に、ガヴリールは内心同意する。人類破滅主義者であるガヴリールにとって、人が密集する文化祭のようなイベントは最も苦手とするところだ。中華喫茶のウェイトレスも、アルバイトの経験で慣れているからこそ無難にこなせていただけだ。
でも、それでもガヴリールが、彼女なりに清涼祭に一生懸命だったのは──
「友達が、転校しちゃうかもしれないんだ」
「……」
「詳しくは話せないけど、私が今下界を離れたらダメなんだ。私は召喚大会っていうのに参加してて、それで──」
「優勝しなければならない、ということか?」
「うん」
ガヴリールは真っ直ぐ頷く。
それが姉の情を煽って絆すための言葉だということは、ゼルエルにも分かっていた。同時に、それが紛れもない本心からの言葉であることもまた、ゼルエルは理解していた。
「……友の為、か」
そして何より。
善性の化身であるゼルエルにとって、友の為、仲間の為といった言葉は──
「良い出会いに恵まれたのだな、ガヴリール……!」
どんな常套句よりも有効だった。
ゼルエルはその表情は崩さぬまま、感動の涙を流している。
「じ、じゃあ姉さん!」
「ああ、お前が下界に残ることを認めよう」
「やったぁー!」
全身で飛び跳ねて喜びを表現するガヴリール。彼女の平穏なぐーたら生活はここに守られたのだ。
「それじゃ、私はもう行ってもいいよね? このままだと、大会を失格になっちゃうよ」
「ああ、その点なら問題ない。お前のペアである少年は、既に代役を立てて試合に臨んでいる」
「へっ?」
一瞬困惑するガヴリールだが、すぐに正解を導き出す。変身と言っても過言ではないレベルの変装が可能なクラスメイトを一人知っているからだ。
「つまり、もし彼らが勝ち進んだ場合にお前が出場することになる試合まで、まだ時間があるということだな」
「ね、姉さん? 何を言ってるの……?」
「聞いた話によれば、この学校では試験の点数を用いて戦闘を行うようだな。ふむ、お前のその腐った性根を叩き直すのに丁度いい」
「ま、まさか……!」
「ガヴリール、久しぶりに私とお勉強をしようではないか。なに心配することはない。下界の学問は一通り修了している」
「い、嫌だっ! 姉さんスパルタなんだもん!」
「優勝したいのだろう? 可愛い妹の為に、姉である私が一肌脱ごうではないか」
「なんでそんな良い笑顔なの!? まさか姉さん、最初からそのつもりで……!?」
「学問はいいぞ。人類が生み出した文化の極みだ。さあ、こっちに来い」
「は、はなせぇ! 姉さんは私のことが嫌いなのっ!?」
「何を言う。大好きだぞ、ガヴリール」
「妹の首根っこ掴まえながら言う台詞じゃないからそれ!」
○
「……それで、この時間まで図書室に軟禁されてたんだ」
「ああ。文字通り勉めることを強いられてた。やっぱり姉さん鬼だよ。血の繋がりを疑うくらいだね」
補充試験を終えて、召喚大会のステージに向かいながらそんな言葉を交わす僕とガヴリールである。彼女の目は普段の三割増しくらいで濁っていた。
「でもそのおかげで、今日は随分とペンが進んでいたじゃないか」
いつもなら鉛筆を転がすかそもそも問題を解かないガヴリールが、今日は真面目に試験を受けていた。試験監督の先生の、この世ならざるものを見るような目が忘れられない。
「そういう明久こそ、ちゃんと解けたのか?」
「まあね。やれるだけやったつもりだよ」
「そっか」
短く返すと、ガヴリールはスタスタと歩いていく。素っ気ない訳じゃない。これが彼女なりの信頼の表れなのだ。
ステージに到着すると、そこで待ち構えている人達がいた。僕らFクラスのクラスメイトたちと、かつて戦ったAクラスの皆だった。
「おう明久。相変わらず間抜けな面だな」
開口一番に僕への罵倒を口にするのは、悪友である坂本雄二。
「やはり、お主らも揃っていてこそのFクラスという感じがするのう」
「…………全員集合」
僕らへの仲間意識を強く持ってくれているのは、親友の秀吉とムッツリーニ。
「……吉井、天真。頑張って」
「ま、このアタシを倒したんだし、そのまま勝ち抜いてもらわないとね」
「吉井クンたちなら大丈夫だよ。だってボクらAクラスと渡り合ったんだもん」
「そうだね。健闘を祈っているよ、吉井君」
霧島さん、木下さん、工藤さん、久保くんといった面々までが、僕らを応援してくれていた。
「ガヴ! 緊張をほぐす為には、掌に人の字を書いて飲み込むといいのよ!」
「ガヴちゃん、ファイトですっ」
「ガヴリール! 無様な試合見せたら承知しないわよ!」
月乃瀬さん、白羽さん、胡桃沢さんの三人がガヴリールを取り囲んで、彼女に三者三様の言葉を送る。
「お前ら、暑苦しいっつーの」
ガヴリールはそんな悪態を吐きつつも、呆れたように笑っていた。
「アキ、頑張ってね」
美波が僕のことを、弾むような口調で呼んでくれる。
ドイツからの帰国子女で、誰よりもひたむきな女の子。
彼女との出会いは間違いなく、僕の人生にかけがえのない物を齎してくれた。
出会いっていうのは、奇跡の連続なんだなと改めて実感させられる。何もかもがバラバラな僕たちがこうして出会い友達になる確率なんて、数字では表せないほどに天文学的な値のはずだ。
それでも、僕たちは皆でここにいる。彼女だって、きっとそうだ。
「明久くん……」
少し離れた位置に立っていた姫路さんの元に歩み寄る。僕らの為に怒って、そして泣いてくれた、誰よりも優しい女の子。
「姫路さん、さっきはありがとう。僕らのために」
「私もFクラスの仲間ですから、許せなかったんです……っ! 本当は優しい皆が、あんな酷いことを言われて……だから、カッとなってしまって」
「……やっぱり姫路さんは凄いよ。それは、誇っていいことなんだよ」
「えっ……?」
「姫路さん、前に言ってたよね。自分に誇れる自分になりたいって」
「ああ、姫路さんが久保さんを瞬殺した時のことですねっ」
「白羽さん、古傷を抉らないでくれるかな……」
本気でションボリとした様子の久保くんに苦笑しつつ、僕は続ける。
「僕らFクラスにとって、姫路さんは誇りなんだ。姫路さんが誰よりも一生懸命になってくれたから、僕らも頑張れたんだよ」
「でも、私はいつも迷惑を掛けてばかりで……!」
「違うよ、迷惑なんかじゃない。むしろ姫路さんが僕たちを頼ってくれて嬉しかったんだ」
紛れもない僕の本心だ。小学校以来ずっと疎遠だった姫路さんと再び友達になれて、こうしてまた話すことができて、本当に嬉しかったのだから。
「だから、僕のことを信じて、頼ってほしいな」
僕はバカで、本当に頭が悪くて……でも、友達が傷つけられて黙っているほど落ちぶれちゃいない。
優しい人には笑っていてほしくて。頑張ってる人には報われてほしくて。
その為なら、僕は。
「──明久くんっ、頑張ってくださいっ! 絶対絶対、勝ってくださいっ!」
「うん!」
その為なら、僕はなんだってやってやる! バカと言われようがクズと言われようが構うもんか!
これが僕たちの試召戦争の集大成だ!
○
「よく準決勝まで勝ち上がってこれたな。Fクラスのクズども」
「だがここまでだ。俺らが捻り潰してやるからよ」
準決勝ということもあって、会場の熱気は最高潮に達している。そんな中で僕とガヴリールは、因縁の相手である常夏コンビと対峙していた。
「御託はいいでしょ、先輩方。とっとと始めようよ」
「ハッ、いいぜ! 俺らの点数を見て震え上がれってんだ!」
「「
日本史
『Aクラス 常村勇作 209点 & Aクラス 夏川俊平 197点』
常夏コンビの召喚獣が現れる。
あれだけ高慢になれるのも納得の点数だ。三年生は当然試験の問題が難しくなっている中で、これほどまでの点数を取るだなんて。
「おーおー。どうした黙り込んで? あまりの点差に戦意喪失しちまったか?」
「無理もねぇよ! コイツらは最低のFクラスの、さらに最底辺なんだからな!」
彼らがどんな理由があって、どんな目的を持って、僕らの清涼祭を邪魔していたのかは知らない。知りたくもない。でも、その結果として、こいつらは僕の大切な仲間たちを傷付けた。
僕のことが目障りで憎たらしいのなら、最初から僕だけを狙えばいいのに。それなのに、何の関係もない皆を巻き込んで侮辱した。だから僕はこいつらを──許すわけにはいかないんだ!
「行くぞ明久。あの驕った先輩共に目に物見せてやろうよ」
「うん。そうだねガヴリール」
「「
僕らも揃って召喚獣を喚び出す。
試召戦争で、姫路さんは自分に誇れる自分になりたいと言っていた。
自分のことを肯定する。それは一見当たり前のことのようで、その実きっと凄く難しいことなのだろう。
でも、僕には仲間がいる。僕のことを信じて送り出してくれた皆が。そして、誰よりも頼りになる最高の相棒が。
日本史
『Fクラス ガヴリール 222点 & Fクラス 吉井明久 166点』
「アンタらは、小細工なしの勝負でブッ倒してやる!」
僕は、皆が信じてくれた僕自身のことを信じる! そして、皆と笑顔で清涼祭を終えるんだ!
○
「嘘だろっ!? Fクラスの馬鹿共が、この俺達と互角だっていうのか!?」
「バカってのは、何をしでかすか分かったもんじゃないからバカなんだよ、先輩方」
ガヴリールは召喚獣をフィールド内に縦横無尽に走らせ、その体勢のまま弓矢を連射する。目にも留まらぬ連射速度に、矢は弾幕となって常夏コンビに襲いかかった。
「常村! 先に天真を潰すぞ! 吉井は後回しだっ!」
「おっと、無視しちゃ嫌ですよ、先輩っ!」
「ッ……!? テメェ……!」
矢の軌道上から逃れるように低い体勢で召喚獣を肉迫させ、坊主先輩と鍔迫り合う。向こうはオーソドックスな西洋剣で、こっちはお土産屋に売ってそうな木刀。本来なら、まともに打ち合えば勝ち目はない相手である。だが、点数が拮抗している今なら、勝負は互角だった。
「お前、前の試召戦争じゃ、三桁にも満たなかっただろうが……っ!」
「僕にも負けられない理由がありましてね……! 特に日本史は重点的に勉強したんです……よっ!」
剣を弾いて、その隙に回し蹴りを放つ。しかし坊主先輩は跳躍してそれを回避。流石は三年生、召喚獣の扱いにも慣れているみたいだ。
「ねぇ先輩、今どんな気持ち? 格下だと思って舐めてた私達に追い詰められてどんな気持ち?」
「クソが、Fクラスの分際で……!」
ガヴリールがここぞとばかりにモヒカン先輩を煽っている。流石だ。
「仕方ねぇ、経験の差ってやつを教えてやるよ! ありがたく思いな!」
その瞬間、坊主先輩が何かを振りかぶった。あれは、砂利の目潰し!?
「ガヴリール、危ない!」
彼女の前に飛び込んで、咄嗟に両手を広げる。すると、目の中にとてつもない異物感が走った。
「大丈夫かっ!? 明久っ!」
「僕は平気だよ! ガヴリールこそ怪我はない!?」
「う、うん。ありがとう……」
珍しく素直な感謝を口にする彼女に驚いていると、モヒカン先輩の召喚獣が迫ってきていた。
「死にさらせやぁ!」
先輩が剣を振り上げた瞬間、一筋の閃光が僕の横を突っ切り、奴の目に入り込んだ。
「ぐぁぁぁっ!? 目が、目がぁぁぁっ!?」
「常村ぁー!?」
「どうだ明久。これが天真流奥義の一つ、おひさま目潰しだ」
「あ、うん。バレないようにやってね……?」
ガヴリールは手鏡を隠し持っていた。それを使って太陽光をモヒカン先輩の眼球に照射したらしい。え、えげつない……! なんてえげつない天使なんだ……!
「目には目を、歯には歯を、卑怯には卑怯を。それが私の流儀でしてね」
そのままガヴリールは矢を射って、モヒカン先輩の召喚獣を穿つ。ガヴリールが味方で本当に良かった。
「明久! 残るは坊主頭の変態だけだ! お前の手で、この因縁に決着をつけてやれ!」
「……了解!」
天使様直々の命令を受けて、木刀を構える僕。本当に、ガヴリールには感謝してもしきれないくらいだ。こんなお膳立てまでしてくれるなんて。
いつだって僕のことを助けてくれた──だから今度は、僕が彼女の期待に応える番なんだ!
「ふざけんなぁ! 俺ら三年生が、テメエらクズのFクラスなんかに負けることなんて、あってはならねぇんだよ!」
絶叫を上げながら襲いかかってくる坊主先輩。
錯乱していても、召喚獣操作の技術は本物だ。避けることに専念させられ、防戦一方になる。
「オラオラオラオラァ!」
右へ左へ繰り出される斬撃を、木刀で受け流す。だが、少しずつ僕の点数は削られていき、そのフィードバックも襲いかかってくる。
「お前、観察処分者なんだってなぁ? 戦死したら、どんな悲鳴を上げてくれるのか楽しみだぜ!」
「ぐうぅぅっ!」
坊主先輩の重い一撃に仰け反ってしまった。腕ごと弾かれて、思わず木刀を取り落してしまう。
「終わりだァァ!!」
召喚獣の顔面目掛けて、刺突が繰り出される。こんなの絶対に避けられない。
瞬間、脳裏を巡る数々の思い出。ああ、これが走馬灯ってやつなのかな。ごめん姫路さん、美波。僕、勝てなかったよ……。
「明久っ! 自分を信じろっ!」
「──っ!?」
ドクン、と。
ガヴリールのその言葉は、僕の内側の芯のような部分を強く叩いた。
瞬間、フィードバックが僕に襲いかかる。
「ははははっ、やった、やったぞ……! 後は天真、テメェをぶっ倒せば俺の勝ちだ!」
「何言ってんの先輩。明久はまだ負けてないよ」
「はあ? 喉を剣で貫かれて、生きているわけ……」
「ふぎぎぎぎっ……!」
「ンなぁ!?」
僕は坊主先輩の刺突を、噛んで受け止めることで、ギリギリ戦死を免れていた。
「だらっしゃぁーっ!」
そして、そのまま顎に力を込めて、刀身を粉々に砕いた。
口の中がフィードバックで大変なことになっている。でも、そんな些細なことはどうだっていい。
「こ、こいつ、イカレてやがる……っ!」
武器を失って無防備な坊主先輩。
僕がやるべきことなんて、一つしかない!
「明久、受け取れっ!」
僕が取り落してしまった木刀をガヴリールが蹴り上げてくれる。最高のタイミングだよ、相棒!
空中で木刀を掴み取り、武器を失って呆然としている坊主先輩の召喚獣へと突っ込む。
これで……最後だぁーっ!
「くたばれえぇ──っ!」
木刀はそのまま、相手の喉笛を貫いた。
「嘘だ、この俺がFクラスなんかに……」
焦点の定まらない虚ろな目でその場に崩れ落ちる坊主先輩。
隣に立つ相棒に顔を向けると、彼女は握った拳を僕の方へと突き出していた。僕も応じて、軽く拳をぶつけ合う。
「よくやった。流石は私の相棒」
そして、そんな台詞をキメ顔で言ってくれた。
僕はガヴリールに笑い返してから、全力で勝ち鬨を上げた。
「この勝負……僕らの勝ちだ!!」
割れんばかりの歓声が客席から湧き上がる。今ここに、僕とガヴリールの決勝戦進出が決まった。