問 心を落ち着けてここまでの問題を見直し、解答の満足度を答えなさい。
月乃瀬=ヴィネット=エイプリルの答え
『問題に取り組む中で、自分の苦手や改善点を見つけることができました。これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします』
教師のコメント
はい。こちらこそよろしくお願いします。困ったことがあったら、いつでも我々を頼ってくださいね。
白羽=ラフィエル=エインズワースの答え
『もっとユーモラスな解答ができるよう精進しなければならないと実感しました。私もまだまだですね』
教師のコメント
あなたは精進の方向性を誤っている気がします。
胡桃沢=サタニキア=マクドウェルの答え
『学年とクラスは絶対に合ってるわ!』
教師のコメント
名前は間違えたことがあるんですか……?
天真=ガヴリール=ホワイトの答え
『勉強って面倒くさいなぁと思いました。やっぱり世界は滅ぶべきだなぁって思いました』
教師のコメント
結論が飛躍しすぎです。
「妖怪退治の時間だコラァ!!」
「やれやれ、いきなり人を妖怪呼ばわりとはご挨拶だねクソガキ」
学園長室の扉を蹴破りながら怒鳴り込む。怒り心頭の僕に対して、学園長は冷ややかな視線とともにそんな台詞を返した。
「明久、お前は相変わらず立ち止まることを知らないな。こいつの無礼を許してやってくれババア長」
雄二に頭を掴まれ強制的に謝罪させられる。ちぃ! 学園長相手に頭を下げなくちゃならないなんて甚だ遺憾だが、これも姫路さんの転校を阻止するためだ。大人しく従っておこう。
「……学園長、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか」
僕らでは話が進まないと感じたのか、霧島さんが前に出て学園長に話を通してくれる。取引の現場にはいなかった彼女の存在は想定外だったようで、ババア長は露骨に眉を顰めた。
「Aクラス代表も引き連れてきたのかい。全く、御し難い連中だよアンタたちは」
「ガヴリール。御し難いってどういう意味か分かる?」
「操縦不能とか、手に負えないって意味だな」
「何だとクソババァ!」
僕らほど聞き分けの良い生徒は他にいないというのに。
「Aクラスも一連の騒動で迷惑を被っている以上、無関係とは言えないだろう。そもそも、俺を翔子と組ませたのはババア長のはずだが?」
「……ふん、そうかい。そいつは悪かったね」
ババアは苛立たしげに目を逸らす。雄二の言うAクラスが受けた迷惑行為というのは、例の常夏コンビの件のことだろう。
「それで? アンタらはこの老いぼれに頭を下げさせて満足かい? アタシの頭程度でよければ幾らでも下げるがね」
「是非そうしてやりたいところだが、それはアンタが隠していることを全部吐いてからだ」
「小賢しいガキだね全く……」
やれやれと頭を振る学園長。隠し事って一体何のことだろう?
「明久、お前はおかしいと思わなかったのか? 召喚大会は敗者復活なしのトーナメント式だぞ? 翔子は兎も角、その優勝を俺たちFクラスの連中に依頼するなんて、効率が悪いにも程がある」
「あ、言われてみれば確かに」
しかもご丁寧に、選択問題の出題数を減らすことでガヴリールの点数を落とすなんて真似もしていた。僕らに優勝してほしいというのなら、むしろ選択問題の数を増やしてガヴリールの点数を上げるべきだというのに。それに優勝賞品の回収をするだけなら、僕らよりも適任の成績優秀な生徒が他にいたはずだ。
「はあ……できれば伏せておきたかったんだがね。アタシの目的はペアチケットなんかじゃない、アンタらが今つけてる腕輪の方さ」
僕とガヴリールを睥睨する学園長。僕らは召喚大会優勝の賞品として、この白銀の腕輪を受け取っていた。召喚獣を分身させるタイプと召喚フィールドを展開できるタイプの二種類があり、僕が前者、ガヴリールが後者の腕輪を装着している。
「でも、さっきは問題なく使えましたよ?」
表彰式でのデモンストレーションで、僕とガヴリールは普通にこの腕輪を起動できた。これの何が問題だというのだろう?
「アンタたちの場合はね。そいつは高得点者が使うと暴走を起こす欠陥品なのさ。坂本なら兎も角、霧島が使ったら一発でアウトだったろうね」
「……なるほど」
霧島さんは得心が行った様子で頷いている。自慢じゃないが僕には何が何だかさっぱり分からないので、できれば説明をしてほしいな。
「明久、ゲームの新作発表会でデモプレイがバグ祭りだったらどう思う?」
「え? えっと、少なくとも買う気はなくなっちゃうよね。あまりにも酷いとゲーム会社の信用が──って、ああなるほど! そういうことか!」
「凄いな天真。まさかこのバカを一発で納得させるとは」
「伊達に一年以上隣人やってないんでね」
つまりこの腕輪の欠陥は、文月学園の信頼に関わる問題なのか。この学校はスポンサーからの多額の資金援助で成り立っていると聞くし、学園長としては何としてでも隠し通さなければならなかったのだろう。
「となると黒幕は、学園長の失脚を狙っている立場の人間ってことだな」
「……他校の経営者とか?」
「だろうな。それに常夏コンビを利用できたってことは、身内に内通者がいる可能性もある」
雄二と霧島さんが僕を置き去りにしてどんどん話を進めてしまう。ガヴリールも神妙な顔で顎に手を当てているし、これじゃまるで僕だけが話を理解してないおバカみたいじゃないか。
「……ところで、さっき雄二の言っていた取引って?」
あ、僕が知ってる話だ。ふふふ、その疑問には僕が答えましょう!
「それはね。僕らが腕輪をゲットする代わりに教室の改修をしてもらうっていう取引を──」
「待て明久! その話はマズい!」
「もがっ!?」
霧島さんの疑問に答えようとした僕の口を雄二が塞ぐ。
「遅かったか! 廊下の方から複数の足音がしやがった! 今の話を聞かれてたかもしれねぇ!」
「ええっ!? も、もし録音でもされてたら……!」
「最悪の場合、文月学園は廃校だ!」
廃校っ!? そうなったら、姫路さんどころか僕ら全員転校じゃないか!
雄二の言葉に、霧島さんは動揺を隠せずにいる。
「……わ、私、そんなつもりじゃ……」
「霧島さんのせいじゃないよ! 僕が迂闊だったんだ……!」
「二人とも、今はそんな話をしてる場合じゃないだろっ!」
「天真の言う通りだ! とにかく追うぞ明久! 翔子と天真は他の連中に呼びかけて応援を要請してくれ!」
二人の返事を待たずに駆け出した雄二の後を追う。
「雄二! さっきの連中って!」
「ああ、例の常夏コンビだろう! あの特徴的な髪型を見間違うはずがねぇ!」
やっぱりそうか! 雄二の推測通り、連中は内通者の差し金だったらしい。
「校内放送でバラされるのが一番ヤバい! まずは放送室を封鎖するぞ!」
「了解!」
~放送室~
「あ、アキちゃんだっ! そんなに急いでどこに行くの?」
「げえっ!? た、玉野さんっ!? どうしてここに!?」
「それは私の台詞だよ! どうして坂本くんと二人でそんなに息を荒げて──はっ! まさか二人は愛の逃避行の真っ只中なのっ!?」
「全然違う! どうして皆僕のことを同性愛者にしたがるのっ!?」
「明久! 遊んでないで次に行くぞ!」
「ああもうっ! 玉野さん、悪いけど放送室を見張っててもらえるかな! 変な奴が来たら君の話術で退治してほしいんだ!」
「う、うん! 状況はさっぱり飲み込めないけど分かったよ……! さっき手に入れたアキちゃんのメイドパンチラ写真に誓って、この場は私が守ってみせるからね!」
「急げ明久! 間に合わなくなるぞ!」
「待って! せめて写真の出処だけでも確認させて!」
~廊下~
「あなた達、廊下を走っちゃダメじゃない!」
「お前は──委員長!」
「いや、クラスが違うからあなた達の委員長ではないんだけど……。ってそんなことより! 一般のお客さんもいるんだから、走るのは良くないわよ?」
「確かにそうだね。ぶつかったら危ないし」
「そうだな。走るのは止めることにする」
「うんうん、分かってくれればいいのよ」
「「ジャンプっ!」」
「って、えええええ!? 窓から飛び降りたぁ!? 走らなければ何しても良いって訳じゃないからねっ!?」
「ごめん委員長! これには深い事情があるんだ!」
「だからあなた達の委員長じゃないってばぁ!」
~二年Aクラス~
「……雄二、吉井。さっきはごめんなさい」
「気にすんな翔子。悪いのはペラペラと内情を喋っちまった明久だ」
「うっ、否定したいけどできない……。それより霧島さん、例の坊主とモヒカンの先輩たちを見なかった?」
「……さっきからずっと見張ってるけど、この辺りを通った気配はなかった」
「ちっ、ここも外れか……。次に行くぞ明久!」
「うん! あ、そうだ霧島さん。決勝戦のお詫びといったらなんだけど、これあげるよ」
「……これ、ペアチケット?」
「うん。せっかくだから霧島さんに使ってほしいんだ。この如月ハイランドには、訪れたカップルが幸せになれるっていうジンクスもあるしね」
「……ありがとう。吉井は本当に良い人」
「ぅおい! お前どさくさに紛れてなんてことしてくれやがる!?」
「それじゃまたね霧島さん!」
「……バイバイ」
「待ちやがれ! 今日という今日はお前をぶちのめす!」
殺意の波動に目覚めた雄二を振り切って、僕はグラウンドの方にやってきていた。おかしい、これだけ探し回っているのに見つからないなんて……!
「明久っ!」
すると、さっき別れたはずのガヴリールが駆け寄ってきていた。いや、正確には胡桃沢さんに背負われた状態でだけど。
「ちょっと、何で私だけこんな扱いなのよ……!」
「うっさいな。お前が一番速いだろ体力バカ」
「ガヴリール! 常夏コンビは見つかったっ!?」
「ああ、奴らはいま屋上にいる!」
屋上! しまった、完全に見落としてしまっていた。
「屋上にある機械みたいなのを弄ってるわね。何かしらあれ?」
「えっ、胡桃沢さん肉眼であそこまで見えるの……? ってそうか! 後夜祭用の放送設備!」
放送室を封鎖したことで油断していた。奴ら、さっきの話を校内に流す気だ! でもどうしよう。ここから走って向かったとしても確実に間に合わない……!
頭を抱えていると、新校舎の窓から月乃瀬さんと白羽さんがこっちに向かって両手で丸を作っていた。どうやらガヴリールと胡桃沢さんに何かの合図を送っているみたいだけど。
それを見て、胡桃沢さんは三日月のような笑みを零す。
「……フッ、準備は万端のようね。ガヴリール、吉井! 最凶最悪のS級悪魔行為を実行するわよ!」
勇ましく宣言する胡桃沢さんの自信に満ちた表情は、とても頼もしかった。
○
「常村、こっちは準備オッケーだ!」
「おうよ! 後はコイツを流すだけで、俺達の逆転勝利ってわけだな!」
「あのバカ共が悔しがる様子が目に浮かぶぜ!」
「全くだな! 先輩に逆らったりしなけりゃ、もーちょいマシな学園生活を──うおぁっ!? なんだぁ!?」
「ふ、伏せろぉ!」
──ドォン! ズガンッ!
「ナイス! 放送機材に命中したぞ!」
腕輪で召喚フィールドを展開してくれているガヴリールがそんな声を上げる。僕と胡桃沢さんは召喚獣を喚び出して、後夜祭用の花火を屋上に投げつけていた。さっきの月乃瀬さんたちは、校舎から他の生徒の退避が完了したことを教えてくれていたらしい。
「あーっはっはっは! このサタニキア様を観察処分者にしたのが運の尽きね! 恐怖するがいい、人間ども!」
胡桃沢さんは高らかに勝利宣言をする。
相変わらず凄まじい度胸だ。ここまで大胆な犯行声明を僕は他に知らない。
彼女は満足そうな表情で、着火に用いたライターを手で弄んでいる。
「ちなみにこれは魔界通販で購入した二十四時間燃え続けるライターよ。ただし、再点火したら災いが起こるから注意なさい!」
「お前もうその胡散臭い通販使うのやめろよ……」
胡桃沢さんの商品紹介にガヴリールが呆れ顔でツッコミを入れている。
そんな時だった。僕らの背後から、慣れ親しんだ怒鳴り声が響いてきた。
「貴様らぁっ! 何をやっとるかぁ!」
「げっ、鉄人っ!? もう勘付かれたの!?」
驚いた胡桃沢さんは、思わずライターを手放してしまう。
「あっ」
空中に放り出されたライターは、そのまま近くに設置されていた打ち上げ花火の筒の中に入ってしまった。火が点いたままの状態で。
次の瞬間。
ヒュ~…… ドォン!!
「胡桃沢さん!? 校舎の一角にぶち当たったよ!?」
「サターニャお前! なんてことしてくれてんのさ!」
「わ、ワザとじゃないしっ! 鉄人が私を驚かせるのが悪いのよ!」
確かあそこには教頭室があったはずだ。これほどの大事件は学園創設以来初だろう。
「貴様ら……覚悟は出来てるんだろうなぁ?」
「「「ひぃ……!」」」
ドスの利いた声に、身体の芯から震え上がってしまう。僕らの担任教師である鉄人が、すぐ側までやってきていた。
「に、西村先生! 違うんです! 私は二人を止めようとしたんです!」
「ちょっとガヴリール! なに自分だけ助かろうとしてるのよ!」
「実行犯はコイツです! さっき自分で犯行声明も上げてました!」
「お、おのれぇ! 作戦立案はアンタでしょーが! 私が責任を問われる謂れはないはずだわ!」
「余計なこと言うなバカーニャ!」
「自分だけ助かろうなんて甘いのよバカリール!」
「ふ、二人とも! 今は喧嘩してる場合じゃ……!」
恐る恐る鉄人の方に顔を向けると、彼は両手を組んで低い音をゴキゴキと鳴らしていた。
「いいだろう。貴様ら全員鬼の補習だ! たっぷり可愛がってやるから覚悟しろ!」
「逃げるぞ明久っ!」
「おうともさっ!」
「神足通!」
「
蜘蛛の子を散らすように、一斉に逃走を図る僕たち。
「まずは貴様だ吉井ぃぃっ!!」
「なんで僕なのっ!? 今回僕は一番悪くないと思います!」
「黙れ! 校舎の破壊行為に加担しておいてどの口が言う!」
「こ、これは学園の存続のためなんです!」
「存続だと!? 馬鹿言うな、たった今貴様らが破壊したばかりだろうが!」
鉄人のごもっともな言葉を背に受けながら、地獄の文月学園横断レースがここに幕を開けた。
○
「ひ、酷い目にあった……」
鉄人からの逃亡を命からがら果たして、僕は校舎裏までやってきていた。今は後夜祭の真っ最中で、生徒指導担当の鉄人はそっちの見張りもしなくちゃいけない。だから、ここまでは追ってこないはずだ。
「あ、明久くん……? どうしてそんなに傷だらけなんですか?」
しかし、そこには先客がいた。鉄人のむさ苦しさとは対極に位置する女の子、姫路さんだ。
「姫路さんこそどうしてこんなところに? 後夜祭に行かなくてもいいの?」
「あ、はい。さっきまでお父さんと話をしていたんです」
姫路さんのお父さんは清涼祭を見に来ていたのか。ということは、暴れていた僕らの姿も見られてしまったかもしれない。そうなると、もう成績とか設備とか関係なく姫路さんの転校を阻止するのは絶望的だ。
俯く僕に対し、姫路さんは咲いた花のような笑顔でこう言った。
「ここに通うなら、体力もつけなきゃダメだぞって。それと……良い友達を持ったなって」
えっ? じゃあつまり、姫路さん転校を阻止できたってこと?
「よ、よかったぁ……」
安堵の声が無意識に出てしまう。言ってから、しまったと口を噤むが時既に遅し。
「ふふっ。明久くん、やっぱり事情を知っていたんですね」
「え、えっとね姫路さん、美波も悪気があって言い触らしたわけじゃないんだ。ただ姫路さんを転校させたくない一心で……!」
「はい、勿論分かってます。明久くんが私のために、すっごく頑張ってくれたことも」
そんな姫路さんの真っ直ぐな瞳はどこまでも透き通っていて。
まるで、僕のやったことを全部まるごと赦してくれているような気さえした。
「僕だけじゃないよ。皆が頑張ったんだ。勿論、姫路さんもね」
「えへへ……やっぱり明久くんは優しいです」
姫路さんはウサギのような笑顔で微笑む。
それからしばらくして、そろそろ後夜祭の方に行こうかと姫路さんに声をかけようとしたそんな時。僕らの間に、金髪の毛玉が突然飛び込んできた。
「みっずき~! 転校させられなくて良かったねっ!」
「わっ、ガヴリールちゃんっ?」
そして、姫路さんにぎゅーっと抱きついているその女の子は、なんとあのガヴリールだった。明らかに様子がおかしい。だが、可愛い女の子二人がぎゅっとしている姿というのは男にとってはまさに
とろんとした目をしたガヴリールは、次は僕に狙いを定めたのか、わっと両手を広げてこっちに飛び込んできた。
「明久ーっ! 私もいっぱい頑張ったんだぞー! 褒めて褒めてっ!」
「う、うん。ガヴリールのおかげだよ」
「でしょでしょー? 私凄いっ! 私マジ天使っ!」
状況を飲み込めず生返事を返す僕に対し、ガヴリールは諸手を挙げて喜んでいた。
「あ、あの明久くん、これは……?」
ぽかんとした様子の姫路さんがガヴリールの頭を撫でながらそんな事を言う。
彼女が困惑するのも当然だ。言わない……! 普段のガヴリールは絶対にこんなこと言わない……っ!
「二人ともっ! 早く後夜祭に行こうよっ! キャンプファイヤー終わっちゃうって!」
ガヴリールはそのままフラフラと校庭の方へ走っていってしまった。
そんな彼女の姿を見て、姫路さんはまるで懐かしいものを見るかのように微笑む。
「明久くん」
「なに、姫路さん?」
そして、大事な隠し事を告げるかのように、小声でこんなことを話しかけてきた。
「私達の学校って、素敵ですよね」
かつての試召戦争で、雄二にも似たようなことを訊かれたのを思い出す。
僕らが出会うことができた、この学び舎。
これからも色んなことが起きて、僕たちは騒がしい日々を過ごしていくのだろう。いつか卒業するその日まで。
だから僕は、何度だってこう答えるんだ。
「うん、そうだね。最高だよ」
僕らは笑い合いながら、クラスメイトたちの元へ駆けていった。
○
「サターニャ! あなたとんでもないことしてくれたわね! 最悪の場合、退学処分だったかもしれないのよ!?」
「ううっ~……あれはワザとじゃないし! 全部鉄人の奴が悪いのよっ!」
「言い訳しない! 全く、校舎から人を退避させてなんて言うから何事かと思ったけど、まさかあんなことを企んでいたなんて……」
「ご、ごめんなさぁい!」
「まあまあ、そのへんにしてあげてくださいヴィーネさん。実に面白──サターニャさんも学校を守りたい一心だったんですから」
「そうかもしれないけど……」
後夜祭が行われている校庭では、胡桃沢さんが正座で説教を受けていた。月乃瀬さんの言葉から察するに、どうやら彼女は作戦の全貌を知らされていたわけではないらしい。知ったら絶対に協力してくれないからとガヴリールたちは敢えて黙っていたみたいだ。
「まるで他人事のように振る舞っておるが明久よ。お主も主犯扱いされておるぞ?」
「アキも胡桃沢さんも、観察処分者にされたのに懲りないわね」
「…………俺は無関係」
頼れるクラスメイトたちは僕らの擁護よりも自分の保身を考え始めていた。まあ、普通に考えたら停学や退学もあり得るレベルのことをやらかしてるしね。僕も第三者の立場だったら絶対に関わりたくない。
「ババアが手を回したんだろうな。じゃなきゃこんなに軽い処分のはずがない」
「……教頭室から謀略の証拠が見つかって、そっちが優先されてるというのもある」
「翔子、どさくさに紛れて抱きついてこようとするな」
全校生徒合同の後夜祭なので、霧島さんたちAクラスの生徒も一緒に打ち上げをしている。いつも以上に賑やかで楽しい。
雄二の言う通り、僕らへの処分は厳重注意のみだった。ただその相手が鉄人だったので、僕は相当殴られたし、その上で僕らには今後補習地獄が約束されたけれど。
って、そうだ。ガヴリールはどこに行ったんだろう? さっきの様子からして、明らかに普通じゃなかった。まさか鉄人の補習に耐えられずおかしくなっちゃったのかな?
周囲を見回していると、急に発生した眩い光に思わず目を瞑る。だんだん目が慣れてきたので光の発生源に顔を向けると、そこには何故か天使の姿に変身しているガヴリールがいた。
「ちょ、ガヴリール! 出ちゃってる! 天使の輪っかとか翼とかが全部出ちゃってる!」
駆け寄ってガヴリールの姿を皆の視線から覆い隠す。本当にどうしちゃったのだろう。
「明久っ! これ持ってて!」
ガヴリールにぐいっと何かを押し付けられる。それはオレンジ色の飲み物が入った紙コップだった。打ち上げのためにFクラスが持ち込んだジュースである。僕はそれを受け取り、ふと手を仰いで嗅いでみる。すると、鼻にツンとくるような独特の苦い香りがした。こ、これってまさか……!
「さあ皆さん! 清涼祭の成功を祝して、私とラプソディを奏でましょー!」
ガヴリールはどこからか取り出した黄金の角笛を持って大きくジャンプしたかと思うと、そのまま翼を広げて空へと舞い上がった。間違いない! ガヴリールはこの大人のジュースのせいで完全に酔っ払ってる!
「ま、まずいわよ吉井くん! あれは世界の終わりを告げるラッパ! ガヴはあれを吹くつもりだわっ!」
「ええっ!?」
慌てた様子の月乃瀬さんが教えてくれる。ガヴリールとの会話でちょくちょくその存在が示唆されてはいたけど、まさか本当に持ってたの!?
空を飛び回るガヴリールの姿に、周りの皆はなんだなんだと視線を上に向けている。
「あらあら、賑やかになってきましたねー」
「ガヴリールばっかりズルいわ! 私もっ!」
「いいから止めろー!」
月乃瀬さんの怒号が夜空に響き渡る。
僕も止めに行くべきなのだろうが、僕は翼を持っていないただの人間なのでどうしようもない──というのは、言い訳だった。
本当は、その姿に目を奪われて動けなくなっていたのだ。
大空を白無垢の翼で飛行し、宝石のような輪っかを輝かせる天使の女の子に、僕は見惚れてしまっていた。
「明久!」
彼女が僕に向かって手を伸ばす。
「ガヴリール!」
僕は彼女の名前を呼ぶことで応えた。誰よりも笑顔が素敵な、最高に可愛い女の子。夜空の下で輝くガヴリールの姿に、僕は自然とこんな言葉が溢れてしまう。
「やっぱり君は、マジ天使だよ!」
そんな僕に対し、ガヴリールは弾けるような笑顔を浮かべてくれた。
「だって天使ですもの!」
祭りの夜は更けていく。
こんなかけがえのない日々も、いつかは過去になり、思い出になってしまう。
後の祭りという言葉は、祭りが終わってほしくないという人々の気持ちが生み出したものなのかもしれないと、ふと思った。
それでも──
僕らはこの世界で、確かに出会えたんだ。
落ちこぼれでダメダメな最高の仲間たちと。
その繋がりの中で、ガヴリールが笑っていてくれるのなら。
僕はこの日々を、いつまでも忘れない。
バカテスト(最終問題)
問 以下の問いに答えなさい。
小説や劇などの物語で、めでたく解決を迎える最後の場面を何と呼ぶでしょう。
吉井明久の答え
『ラスボス戦』
教師のコメント
経験値が足りません。
天真=ガヴリール=ホワイトの答え
『フィナーレ』
教師のコメント
よくできました。