バカと天使とドロップアウト   作:フルゥチヱ

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バカテスト
問 以下の英文を訳しなさい
「This is the bookshelf that my grandmother had used regularly.」

天真=ガヴリール=ホワイトの答え
「これ 本棚 それ 私の祖母 使用していた 定期的に」
教師のコメント
 翻訳サイトを使うからそんな滅茶苦茶な文章になるんです。

月乃瀬=ヴィネット=エイプリルの答え
「これは私の祖母が最後に愛した本棚です」
教師のコメント
 ウィットに富んだ回答ですが不正解です。

白羽=ラフィエル=エインズワースの答え
「これは私の本棚が愛用していた祖母です」
教師のコメント
 恐ろしい世界観ですね。

胡桃沢=サタニキア=マクドウェルの答え
「其の魔導書庫に宿るは古老なる魔女の寵愛」
教師のコメント
 何度も書き直した痕跡から、英語だけでなく漢字も勉強した方がいいと思われます。


第三話 二人の観察処分者

 学年最底辺のFクラスが、学年最高峰のAクラスに試験召喚戦争で挑む。勇ましくそう宣言したFクラス代表坂本雄二に対するクラスメイトの反応は芳しいものではなかった。勝てるわけがない、無理に決まっている、これ以上設備が落とされるのは嫌だ。そういった消極的な意見がそこかしこから上がる。

 彼らは決して臆病なのではない。きちんと現実を認識しているのだ。FクラスとAクラスの垣根に存在する圧倒的な力の差を。

 

 文月学園は、試験召喚システムという特殊なカリキュラムを導入した進学校である。これにより、教師の監督下において、文月学園に在籍する生徒は各々のテストの成績が反映された試験召喚獣を呼び出すことができる。そして、この召喚獣を行使したクラス間の戦争──それこそが試験召喚戦争。

 

 この戦いにおいて重要になるのがテストの点数だ。文月学園のテストには上限というものが存在せず、制限時間内ならば可能な限り問題を解くことができる。だから優秀な生徒はとことん高得点を取れるし、劣等生との点数の差は文字通り桁違いとなる。なので、振り分け試験の成績上位者が集まるAクラスと成績下位者が集まるFクラスが対峙した場合の結果など、火を見るよりも明らかだ。

 

 そんな残酷なまでの現実を知りながらも、雄二は笑みを崩すことなく続けた。

 

「そんなことはない。俺たちFクラスでもAクラスに勝てる。勿論玉砕覚悟じゃなく、理詰めでな。その根拠もある」

 

 雄二は根拠として、Fクラスの保有戦力を僕らに示した。

 保健体育なら敵なしのムッツリーニ。学年トップクラスの学力を誇る姫路瑞希。数学ならばBクラスにも匹敵する島田美波。演劇部のホープ木下秀吉。かつては神童と謳われたFクラス代表坂本雄二。

 列挙されたそうそうたるメンバーに、クラスの士気は最高潮まで高まり──

 

「それに、吉井明久と胡桃沢=サタニキア=マクドウェルもいる」

 

「「「…………」」」

 

 一気に盛り下った。こいつ、僕の名前をオチに使いやがったな!

 

「ふふん、流石はFクラス代表といったところかしら? 私の実力を見抜くなんて、大したものじゃない」

 

 なぜかご満悦の胡桃沢さん。

 

「胡桃沢はともかく、誰だよ吉井明久って?」

 

「聞いたこともないぞ」

 

「確か自己紹介で盛大に滑ったアイツの名前がそうだったような」

 

 傷口を抉らないでくれっ!

 

「知らないなら教えてやろう。明久と胡桃沢は観察処分者だ」

 

「……それって、馬鹿の代名詞だったような」

 

 いや、ほんの少しだけね? ちょっぴり勉強が苦手なだけなんです。

 

 観察処分者とは、成績不良かつ学習意欲に問題があると教師に判断された生徒に課せられる処分で、僕と胡桃沢さんがそれに該当している。罰として体裁よく教師の雑用係、主に肉体労働を押し付けられる。

 召喚獣は通常、教師が展開したフィールド内の床と他の召喚獣にしか触れることができないが、観察処分者の召喚獣は物に触れることができる。これにより、召喚獣での力仕事が可能になる。一見便利そうだが欠点もあり、それは召喚獣が受けた負担の一部が本体にフィードバックすることだ。つまり、僕の召喚獣が戦死でもしたら、僕もめっちゃ痛いってこと。

 

「それって、非戦闘員が二人もいるってことじゃないか?」

 

「気にするな、どうせいてもいなくても同じような雑魚共だ」

 

「ちょっと! そこの間抜け面はともかく大悪魔たるこの私が雑魚とは聞き捨てならないわよ!」

 

「とにかくだ。まずは俺たちの力の証明として、Dクラスに試召戦争を挑もうと思う。この境遇が不満ならペンを執れ! 出撃の準備だ! Aクラスを打ち破って、システムデスクを手に入れてやろうじゃないか!」

 

「「「うおおおおおーっ!」」」

 

 雄二の煽りを受けて咆哮を上げる兵隊たち。寡黙なムッツリーニや普段冷静な秀吉も闘争心に満ちた表情を、あの小動物のような姫路さんまでもが小さくガッツポーズを掲げている。

 

 ……ん? 僕? 僕は今、遂に眠りに落ちてしまった隣人を見守るのに必死でそれどころじゃない。だってこの子、むさい男だらけのこの教室であろうことか無防備に寝てるんだよ? 僕が守護らねば誰がガヴリールを守護れるっていうんだ! いちいちゴリラ・ゴリラの相手をしてる暇なんかないよ!

 しかし寝顔可愛いな……。ぼけっとした面ですぴーっと鼻提灯を作っている姿さえ愛らしい。天使かな? 天使だった。

 

「Dクラスへの宣戦布告の使者は明久に行ってもらう。無事大役を果たせ」

 

 おい待てコラ。

 

「ちょっと雄二、なに勝手に決めてんのさ! 僕にはガヴリールを守護らねばならぬ使命があるのに!」

 

「そんなもん姫路か島田か秀吉にでも預けとけ」

 

「というか下位勢力の宣戦布告とか絶対酷い目に合うじゃないか!」

 

「ああ? なんなら予行演習として先に酷い目見ておくか?」

 

 指をコキコキと鳴らして威嚇をする雄二。ほんと野蛮な男だな。だが僕は暴力には屈しないぞ!

 

「ムッツリーニ、ペンチ」

 

「くっ……頼んだよ。姫路さん、秀吉」

 

 然しもの僕も、てこの原理の前には屈伏するしかない。ええい、宣戦布告でもなんでも行ってきてやらぁ!

 

「なぜ当然のようにワシが含まれておるのじゃ……」

 

「何を言っているんだい秀吉。子を守護るのは母の愛、つまり母性だ! そしてFクラスにおいて母性があるのなんていったら姫路さんか秀吉くらいしかああああ手首がねじ切れるように痛いいいッ!?」

 

「母性がなくて悪かったわね!」

 

「見事な小手返しだな」

 

「お主も懲りぬのう明久、雉も鳴かずば撃たれまいに」

 

「あの、助けなくて大丈夫なんですか……?」

 

「…………日常茶飯事」

 

 くっ、流石は島田さん、また実力を上げている。だけど恥じらいがあるのか固めが甘いっ。

 僕は身体の柔軟をフルに活かすことで、するりと抜け出すことに成功した。

 

「あれ? 今何が起こったの!? 吉井の関節が気持ち悪い動きしてたわよ!? ぐにゃりって!」

 

 胡桃沢さんが驚愕の声を上げる。悪魔に驚かれるほどなのか、僕の関節は。

 

「明久も大概、人間離れしとるの……」

 

 失礼な。姉さんの魔の手から逃げる上で身に付けざるを得なかった立派な身体能力なのに。

 

「よし明久、それじゃ任せたぞ」

 

「わかったよ、行ってくればいいんでしょ、行ってくれば」

 

「ああ、逝ってこい」

 

 僕はこれから戦友となるクラスメイトたちに見送られ、Dクラスへと赴いた。

 

   ○

 

「坂本雄二貴様ーっ!」

 

 僕は校内中に張り巡らされたダクトを匍匐前進で駆け抜け、命からがらDクラスから逃げ出してきた。ばこっ、と内側から通気孔の蓋を抉じ開けて、Fクラスに転がり込む。

 

「どこから出てきとるんじゃお主は……」

 

 演劇の台本と思われる冊子を黙読していた秀吉が呆れたように言う。

 

「ああもう、埃だらけじゃない、大丈夫?」

 

 ダクトを通り抜けている時に制服に付着したゴミを島田さんが払ってくれる。優しい。はっ、まさか、これが飴と鞭ってやつなのか!? 埃を払ったら次はお前の存在を祓ってやるという算段なんだな!? 怖い!

 

「おー明久。だいぶ手酷くやられたみたいだね」

 

 ガヴリールは僕がいない間に起きていたらしい。いつも通りの締まりのないにへらっとした表情で、僕の脇腹を小突いた。

 

「そうだよ! Dクラスの奴ら本気で掴みかかってきたんだ!」

 

「予想通りだな」

 

 雄二お前無事に卒業できると思うなよ?

 

「そんなことより、今からミーティングを行うぞ」

 

 世にも珍しいしゃべるゴリラは僕の名誉をそんなことで片付け、教室を出ていった。どうやらミーティングとやらの為に移動するらしく、Fクラスの主要メンバーが雄二に続く。

 うう、身体中が痛いよぉ。神棚のパンツ様に拝んだら傷を癒してもらえないかな?

 

「アーメン……」

 

「おいバカやめろ。私のパンツに祈りを捧げるなバカ、恥ずかしいから」

 

 こころなしか脇腹の辺りの痛みが引いてきた気がする。

 僕はさらに深い黙祷を捧げようとしたが、ガヴリールにふくらはぎを執拗に蹴られ始めたので、断念して雄二たちを追った。

 階段を登り、その先にある重い鉄の扉を開くと、解放感のある青空と眩しい春の日差しが僕らを出迎えた。屋上である。

 

「遅いぞ、明久。お前ちゃんと宣戦布告はしてきたんだろうな?」

 

「さっきの有り様を見ただろ雄二も。午後開戦って告げてきたよ」

 

 先に屋上にいた雄二たちに倣って、僕とガヴリールもフェンスの前の段差に腰を下ろした。

 

「じゃあ、先にお昼ごはんってことね」

 

「そうなるな。明久、今日は忙しくなるだろうから、昼ぐらいはまともなもの食えよ?」

 

 珍しく雄二に心配される。そう思うならパンの一つでも奢ってもらいたいところだが、今日の僕は今までの僕とは違うよ!

 

「うん、今日はお弁当を持ってきたから、これを食べるよ」

 

「なに!? 塩水と砂糖水を主食と言い張る明久が弁当だと!?」

 

「う、嘘じゃろ……!?」

 

「天変地異の前触れ……!」

 

 バカ三人が大真面目な表情で目を見張る。

 

「し、失礼な! そりゃあソルトウォーターとシュガーウォーターで済ます日もあるけど、三日に一度はちゃんとしたもの食べてるよ!」

 

「普通食事は一日に三度するものでしょーが」

 

 ジト目の島田さんに呆れたように突っ込みを入れられる。なんて贅沢なことを抜かすか。戦時中ろくに食事にありつけなかった人たちもいるというのに。

 

「あっ、あの、吉井くんっ」

 

 今まで僕らのことを、主に僕とガヴリールの方をチラチラ伺ってばかりでだんまりだった姫路さんに声を掛けられる。

 

「ん? どうしたの姫路さん」

 

「そのお弁当って、もしかして、誰かに作ってもらったとか……?」

 

 ぎくっ。流石は学年次席並みの学力を持つ姫路さんだ、鋭い。

 

「う、うんっ! 友達が作ってくれたんだっ」

 

「嘘だな」

 

 即座に雄二に切り捨てられる。なっ、何を根拠にそんなことを!

 

「だってお前友達いねぇじゃん」

 

「……」

 

「明久っ! 無言で鉛筆を削るのは止めるのじゃ! ワシはお主を友人だと思っておる!」

 

「…………(コクコク!)」

 

 限界まで先端を鋭くした鉛筆で雄二の眼球を刺し貫こうとしたが、秀吉とムッツリーニに全力で引き留められた。二人の優しさに感謝することだな!

 

「明久の言ってることは本当だよ。まあ、作ったのは私の友達だけど」

 

 見かねたのか、ガヴリールが助け舟を出してくれた。

 

「ガ、ガヴリールちゃんっ。そ、それって、女の子ですかっ?」

 

「えっ、あ、うんっ、ヴィーネ……あ、月乃瀬って奴だけど、知ってる?」

 

 姫路さんが驚くほどの食いつきを見せガヴリールに問い質す。ガヴリールは彼女の予想外の行動に驚いたのか、しどろもどろになっていた。

 ムッツリーニは名前を聞くと、懐に入れていた手帳を取り出し、それをパラパラとめくった。

 

「…………月乃瀬=ヴィネット=エイプリル。文月学園二年生。渾名はヴィーネ。成績優秀、品行方正、物腰柔らかで教師やクラスメイトからの評判も良い。誰にでも優しいため男子を勘違いさせる事例多数。一部の女子を勘違いさせる事例もあり。胸は控えめだが決して無いわけではなく、むしろそこが良いとの声も。目視Bカップ。天真、胡桃沢、白羽と仲が良い。お嫁さんにしたい女子ランキング断トツの一位」

 

 ムッツリーニの情報網怖っ!

 

「ほうほう、女子のお手製弁当か。しかもそのお相手がお嫁さんにしたい女子ランキング一位とは」

 

 雄二がまるで尻尾でも掴んだかのように悪どく笑う。あれ、これヤバくない?

 

「うおおおおおおすげえええええ!! 明久お前っ、あの月乃瀬からの手作り弁当じゃねえかあああ!!」

 

「お前を殺すッ!」

 

「うおッ危ねぇ! なにすんだ明久!」

 

 ちっ! 躱されたか!

 

「黙れッ! 根も葉もない噂で僕の平穏な学園生活を壊そうとする貴様には死がお似合いだ!」

 

 そんなこと言い触らされたら、僕は学校中の男子から命を狙われることになる!

 

「いや、根も葉もあるだろ、一応」

 

 ガヴリールがなんか言ってるけど聞こえないふり。

 事実としては、月乃瀬さんは自分と友達のガヴリールのお弁当を作るついでに、僕の分も用意してくれているだけだ。そういえば、僕がカップラーメンを六十四等分にしているところを目撃されてから、月乃瀬さんが食事を振る舞ってくれる機会が増えたように感じる。まさか僕に気があるわけでもないだろうに、すっげえ優しい。勘違いしちゃいそう。あの子、本当は悪魔じゃなくて天使なんじゃない?

 

「あのっ吉井くんっ、良かったら明日は、私がお弁当作ってきましょうか?」

 

「えっ、良いの?」

 

「は、はい、吉井くんと月乃瀬さんに迷惑でなければっ」

 

 ぐっと両手を胸の前で握る姫路さん。突然の魅力的な提案に僕は驚きを隠せない。

 ただでさえ隣のグータラ駄天使の面倒を見ている月乃瀬さんに僕のお弁当まで作ってもらうというのは、正直気が引けていたし、何より姫路さんみたいな可愛い女の子のお弁当だ、嬉しくないわけがない。迷惑どころか是非ともお願いしたいところだ。

 

「ふーん……瑞希って優しいんだね、吉井にだけ作ってくるなんて」

 

「あっいえ! その……皆さんも良かったら」

 

「俺たちにも? いいのか?」

 

「は、はいっ」

 

「それじゃ、お言葉に甘えようかの」

 

「…………(コクコク)」

 

 まさか全員分作ってきてくれるのだろうか、ありがたいけど大変そうだ。

 あ、じゃあ月乃瀬さんに明日のお弁当は大丈夫だと伝えておくべきかな。

 

「……ヴィーネには私が連絡しておく」

 

「あ、そう? じゃあお願いするよ。……あれ、どうしたのガヴリール?」

 

 なんだか、顔色が良くない。いや、日頃から不健康な生活をしているからか元々血色は良くないのだが、今のガヴリールは普段以上に白く見えた。それに、少し震えているような気がする。

 

「いや、ちょっと悪寒がしただけだ」

 

 屋上の風が寒かったのだろうか。春といってもまだ四月に入ったばかりだし、日差しは暖かくても、風通しの良い場所は結構肌寒い。

 

「じゃあ僕のブレザー着る?」

 

「ん~……着る」

 

「はいよっと」

 

 前のボタンを外してからブレザーを脱いで、ガヴリールに羽織らせてやる。季節の変わり目は風邪を引きやすいというし、何事も用心するに越したことはないだろう。僕はまあ……頑丈な方だし問題ないはずだ!

 

 喉が渇いたので鞄から水筒を取り出す。中には今日朝イチでいれたタップウォーター(水道水)が入っている。うん、この固い喉越しと鼻を突き抜けるカルキ臭がなんとも言えないよね!

 

「ってアレ? みんなどうしたの? そんな鴉が豆鉄砲食らったみたいな顔して」

 

 見ると、この場にいるガヴリール以外の全員が面食らったような視線で僕を貫いている。なんだなんだ、僕はまだ何もやらかしていないぞ。それにガヴリールは普通だし、皆どうしたんだろう?

 あ、もしかして僕の顔の魅力についに気づいちゃったのかな。それなら思わず見惚れちゃうのも頷ける。ならば、さあ、好きなだけ僕の美貌を心のフィルムに刻むといいよ!

 

「いや、それだけはないから安心しとけ」

 

「何も言ってないけど!?」

 

「どうせ俺たちがお前に見惚れてたとでも思ってんだろ」

 

「えっ? 違うの?」

 

「寝言は寝て言えブサイク」

 

「酷いっ!」

 

「あと豆鉄砲食らうのは鳩な」

 

 あまりに直球な一言に心が抉られる。くっ、僕だからいいものの、立ち直れなくなる人もいる言葉だぞそれは! 思っていても口に出しちゃいけない言葉もあるだろ!

 

「……どうやら、さっきの行動は無自覚の賜物みたいじゃな」

 

「……天真さんも特に気にしていないみたいだし、あの二人ってもしかしてデキてんのかしら?」

 

「……ええっ!? そっ、そうだったんですか!?」

 

「……いや、そんな話は聞いたことがないが」

 

「…………二人は同じマンションに住むお隣さん同士」

 

「「ええええええっ!?」」

 

 今度は小声で話し始めたかと思えば、いきなり姫路さんと島田さんが大声を上げた。虫でもいたのだろうか。女の子は嫌いだもんね、虫。Gにも臆さず立ち向かう隣の天使は例外中の例外である。

 

「……あー、そういえばそうだったな」

 

「……ということは、さっきのは普段の距離感なのじゃろうか」

 

「……そ、そんなっ破廉恥ですっ! 男女で服の貸し借りなんてっ」

 

「…………服、下着、交換」

 

「だ、ダメですぅ!」

 

「……体格が違いすぎるし、吉井が一方的に貸してるだけなんじゃない?」

 

 なんの話をしているんだろう、楽しそうだ。僕だけ仲間外れにしないでほしい、悲しくなるから……。

 もういい、僕だってガヴリールと二人きりの小声トークに興じてやる!

 

「……みんな何の話してるんだろうね」

 

「なんでそんな小声なんだよ。……あー、明久のパンツを須川の一派が狙ってるんだとさ」

 

「僕用事を思い出した! 殺らなきゃいけないことがあったんだ!」

 

 須川くん、今度は確実に息の根を止めなければ……! 大丈夫、僕なら殺れる……!

 

「まっ、この話はまた今度異端審問会でじっくり訊こうぜ。さて、試験召喚戦争の話に戻るぞ」

 

 ん? 今なんだか雄二がすごく物騒な単語を言った気がするんだけど、気のせいかな。

 

「あ、その件なんじゃが雄二。何故Dクラスなんじゃ? 段階を踏んでいくならEクラスじゃし、目標はAクラスなのじゃろう?」

 

「理由は簡単だ。Eクラスなんて戦うまでもない相手だからな。士気を上げるためにも、実力は少し格上で、なおかつ長時間派手にやりあえる相手がいい。その相手にはDクラスが最も適任だと判断した」

 

「でも、僕らFクラスにとってはEクラスも格上じゃないの?」

 

 クラス分けは振り分け試験の結果によるものなので、点数は当然僕らより上のはずだ。

 

「明久、周りの面子を見てみろ」

 

「え? えっと……美少女二人とバカ二人とムッツリと駄天使がいるね」

 

「誰が美少女だと!?」

 

「…………(ポッ)」

 

「ええっ!? なんで君たち二人が美少女に反応するの!?」

 

「おい明久、女の子に対してムッツリはないだろ。なあ瑞希?」

 

「ええっ!? ガヴリールちゃん!? ち、違いますよっ。私はムッツリじゃありませんっ!」

 

「明久よ、ワシが次の演目で挑戦する役が堕天使じゃとよく知っておったな」

 

「アンタにだけはバカって言われたくないわ」

 

 くっ! 自分を正しく理解できている奴が島田さんしかいない! 秀吉はどこからどう見ても美少女じゃないか! あ、でも姫路さんが実はムッツリっていうのは背徳感があっていいね。

 

「要は、ウチの戦力ならEクラスとは真正面からやりあっても勝てるってことだ」

 

 まあ確かにEクラス程度なら姫路さんの学力だけで蹂躙してしまえそうだ。

 

「それに、Dクラスの討伐は、Aクラス攻略のためのステップとして必要だしな」

 

 ふうん。こいつ、霊長目ヒト科ゴリラ属にしては結構考えてたんだ。

 

「お高くとまったエリートどもの鼻を、俺たちで明かしてやろうぜ」

 

 打倒Aクラス。

 それはとても現実感のない目標ではあったけれど──でも、僕らならやれるかもしれない。どこか、そんな期待もあった。

 最低クラスに集った者たちの下剋上。その戦いの火蓋がたった今切られた。

 

   ○

 

「ちょっと! なんで誰もいないのよ! 屋上に集合っていうから来てやったのに! この私を放置して解散とかいい度胸だわ! 全く、あいつら礼儀というものがなっていないわよね! 私はいずれこの地を統べる(予定の)大悪魔よ!? つまりは私の部下みたいなものなんだから、私のことを待ったり、呼んだらすぐ駆けつたりしなさ「呼びましたか?」いよおおおおおお!? な、なんでアンタがここに!?」

 

「私はいつでも、サターニャさんのお傍にいますよ?」

 

「堂々たるストーカー発言! っていうかアンタ、授業はどうしたのよ」

 

「大丈夫です、ちゃんと千里眼で板書は確認しているのでっ」

 

「ああ、そうなの……」

 

「ところでサターニャさんサターニャさん」

 

「なによ」

 

「FクラスとDクラスの試験召喚戦争、もう始まってるみたいなんですけど」

 

「え」

 

「行かなくてよろしいのですか?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「フッ、バカね。知らないの? 下界にはこんな言葉があるのよ……切り札は最後まで取っておくものだ、とね!」

 

「なるほど~」

 

「というわけでラフィエル、そこを通しなさい」

 

「駄目です♪」

 

「なんで!? 試召戦争って強制参加だから、サボってると判断されたら私補習室送りになるんだけど!?」

 

「あら、それは楽しそうですね。ゾクゾクします……!」

 

「くっ、こうなったら武力行使も辞さないわよ!」

 

「まあまあ落ち着いてくださいサターニャさん。そうですねー、では──跪いて犬のように足を舐めたら、ここを通してあげましょう」

 

「このドS天使がぁー!」


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