バカと天使とドロップアウト   作:フルゥチヱ

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バカテスト
問 以下の問いに答えなさい。
『人が生きていく上で必要となる五大栄養素を全て書きなさい』

胡桃沢=サタニキア=マクドウェルの答え
『憤怒、傲慢、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲』
教師のコメント
 色々言いたいことはありますが、まず数が合っていないということに気づきましょう。

天真=ガヴリール=ホワイトの答え
『ネトゲ、睡眠、ネトゲ、睡眠、ネトゲ』
教師のコメント
 あなたの生活サイクルは訊いていません。

白羽=ラフィエル=エインズワースの答え
『玩具、娯楽、騒乱、愉悦、笑顔』
教師のコメント
 最後の一つだけは同意しておきます。

月乃瀬=ヴィネット=エイプリルの答え
『料理、掃除、洗濯、友達、人助け』
教師のコメント
 ……ご苦労様です。


第七話 Bクラス・オブ・ザ・デッド

 カタストロフな昼食(死線)を潜り抜けた僕たちは、Bクラス戦へ向けて作戦会議を行った。

 Dクラスとの試験召喚戦争の後、雄二はDクラス代表の平賀くんと取引をしていたが、室外機を狙うのは次なる目標であるBクラスを叩く為のものだったらしい。

 では何故、Dクラスに勝利し士気が最高潮の今、Aクラスに攻め込まず、Bクラスを相手にするのか。その理由を雄二は説明してくれた。

 

「はっきり言おう、どんな作戦でも、うちの戦力じゃAクラスには勝てない」

 

 大胆不敵な彼らしくもない降伏宣言。しかしそれも無理もない。AクラスとFクラスでは、どう考えても戦力の差が大きすぎるからだ。

 例えば、我らがFクラスには学年次席並みの学力を持つ姫路瑞希さんがいる。彼女は一科目三百点以上の戦力として計算することが可能な切り札的存在だが、Fクラスの戦力を平均して考えた場合、彼女一人が莫大な点数を叩きだしても、焼け石に水なのだ。

 しかも相手がAクラスとなれば、その姫路さんに匹敵する学力を持つ人間が何人もいるのだ。特に代表をやっている霧島翔子さん。彼女は姫路さんを超える学年主席として、文月学園二年生の頂点に君臨している。

 それだけじゃない。学年次席である久保利光くんや、秀吉の姉である木下優子さん、それに白羽さんや月乃瀬さんも、一人ひとりが姫路さんに対抗しうる学力を持つ。

 もし仮に霧島さんをFクラスの奇襲によって取り囲むことに成功しても、恐らく返り討ちに遭う。むしろ、こちらの防衛ラインが手薄になり、先に雄二がやられてしまうだろう。代表を討つことが勝利条件である試験召喚戦争において、その差は致命的だった。

 

「情けないわね。この私という者がありながら、Aクラスなんかに恐れを成すなんて!」

 

「しかし、考えてみればみるほど、クラス単位での勝ち目はなさそうじゃぞ……」

 

「ああ、だから一騎討ちに持ち込むつもりだ」

 

 そのためのステップとしてBクラスに勝たなきゃならん、と彼は言った。

 雄二の考えは、Bクラスに勝利したら、設備の交換というシステムを材料に交渉を行うというものである。設備を交換しない代わりに、Aクラスに攻め込むように指示を出す。勿論、例えBクラスだろうとAクラスと正面衝突して勝つことはできないだろう。しかし、ランクの差が一つしかないクラスとの戦争だ。当然Aクラスも疲弊は免れない。

 

「それをネタに今度はAクラスと交渉する。Bクラスとの勝負直後に攻め込むぞってな。嫌ならFクラスとの一騎討ちに応じろ──ってことだ」

 

 基本的に上位クラスは下位クラスからの宣戦布告を拒否することはできない。これはそのルールを利用した作戦というわけだ。流石は雄二、悪知恵を働かせたら右に出る者はいないな。

 

「ってことは、こっちからは瑞希が出て、Aクラス代表との一騎討ちってことか?」

 

 昼食を食べ損ねて機嫌の悪いガヴリールが、僕から強奪したコーラを飲みながら雄二に訊く。むしろこっちとしては感謝してほしいくらいなのに。うう、僕の今日のカロリーが……。

 

「いや、それだと向こうは応じないだろうし、そもそも姫路でも翔子には勝てん。だがまあ、勝算はある。詳しくはBクラス戦の後に説明しよう」

 

「…………今は目の前の敵に集中」

 

「ムッツリーニの言う通りだ。というわけで、明久」

 

「ん?」

 

「今日の放課後、Bクラスに宣戦布告してこい」

 

「嫌だよっ!」

 

 Dクラスに宣戦布告に行ったときのことを思い出す。あのクラスは草食系の集まりかと思っていたのに、試験召喚戦争の意思を告げた途端、鬼の首を取ったように襲い掛かってきたのだ。僕が学園内のダクトの経路を把握していなかったら、病院送りは免れなかっただろう。

 

「やれやれ、困った奴だな」

 

 まるで小さな子供でもあやすかのような口調で言う雄二。何故に貴様はそんなにも上から目線なんだ。

 

「だったらジャンケンで決めないか?」

 

「ジャンケン?」

 

 思わずオウム返ししてしまったが、ジャンケンを知らないわけでは勿論ない。まあ、暴力に物を言わせて無理矢理連れて行かれるよりはマシか。この野生化したゴリラにも幾許かの知性はあったらしい。

 

「OK。ジャンケンで負けた方がBクラスに宣戦布告に行くってことでいいね?」

 

「ただのジャンケンじゃつまらない。心理戦ありでいこう」

 

「それじゃ、僕はチョキを出す!」

 

「そうか。なら俺は──」

 

 ジャンケンの構えを取る僕たち。その姿はまさに刀を鞘から抜き放つ寸前の武士さながらといったところか。

 だが、あいにく僕は武士道精神なんてものは持ち合わせていない。僕はチョキを出す。出すとは言ったが……貴様の両目に向かってだ、坂本雄二ぃー!

 

「──お前がチョキを出さなかったらぶち殺す」

 

 流石は僕の悪友。考えることは一緒か!

 

「死ね明久ぁ!(グー=鉄拳)」

 

「くたばれ雄二ぃ!(チョキ=目潰し)」

 

 両者の拳が交錯する。僕の人差し指と中指が奴の眼球を貫く──その寸前で、先に雄二の拳が僕の顔面にめり込んだ。

 

「ぐああああ!」

 

 体重の乗ったパンチにぶっ飛ばされ、屋上の床を転がる僕。痛あああああ!? 本気で殴りやがったなこの野郎!

 

「決まりだ、逝ってこい」

 

「絶対に嫌だ!」

 

「往生際の悪い奴だな。それとも、Dクラスの時みたいに殴られるのを気にしているのか?」

 

 たった今貴様にも殴られたけどな。

 

「それなら心配するな。Bクラスは美少年好きが多いらしい」

 

「そっか! それなら安心だね!」

 

 これは文月学園一の実在美少年と名高い僕にしかできない任務だ。責任重大だぞ……!

 

「でもお前、ブサイクだしな……」

 

「失敬な! 三百六十五度、どこからどう見ても美少年じゃないか!」

 

「五度多いぞ」

 

「実質五度じゃな」

 

「大丈夫だ明久、人間欠点の一つや二つあったほうが魅力的だから。私が保証してやる」

 

「皆嫌いだあああっ!」

 

 人の揚げ足ばっか取ってる奴は嫌われるんだぞ! バーカバーカ!

 

「それじゃ頼んだぞー」

 

 間延びした雄二の声を受けて昼休みはお開きとなり、再びテスト漬けの午後が始まった。

 

   〇

 

 首の皮一枚といったところでBクラスから逃げ出してきた、その翌日。

 今日も僕らFクラスは午前中までテスト漬けで、ついさっき全科目のテストを終えて、昼食を取ったところだ。今日のお弁当は月乃瀬さんに作ってもらった物で、ご飯を美味しく食べられることに心の底から感謝した。……そういえば、今日の朝に会った月乃瀬さんはなんだか様子がよそよそしかったが、怒らせるようなことでもしてしまったのだろうか。もうお弁当作ってあげないなんて言われてしまったら、僕の命にも関わる事態なので、早急に謝罪せねばなるまい。

 だが、そんな僕の思案に関係なく時間は進む。気づけば時刻は午後零時五十五分。Bクラスとの試験召喚戦争が目前に迫っていた。

 

「今回の戦闘は敵を教室に押し込むことが重要になる。開戦直後の渡り廊下は絶対に突破しなければならない。そこで前衛部隊は姫路瑞希に指揮を執ってもらう! 野郎共、きっちり死んでこい!」

 

「「「うおおおおおおー!」」」

 

 気合十分なFクラスの仲間たち。このモチベーションだけはどこのクラスにも負けていないだろう。

 渡り廊下での戦闘には、姫路さんを筆頭に、Fクラスの五十人中四十人もの戦力が投入される。点数では負けていようと、物量で押し切ることができるはずだ。

 

 ──キーンコーンカーンコーン

 

 午後の授業開始を告げるチャイムが鳴る。開戦の合図だった。

 

出陣()るぞお前ら! 気を引き締めていけ!」

 

 雄二の号令と共に、雄叫びを上げて教室から飛び出す僕たち。

 

「総員突撃!」

 

 先陣を切るのは小隊長である僕と島田さん、そして立会人の数学教師長谷川先生だ。その後ろを大隊長である姫路さんがとてとてと続く。一方、渡り廊下の向こうから現れたのはBクラスの先兵十人程度。彼らは学年主任の高橋先生を連れていた。互いの召喚フィールドが接触しない程度の距離間で二人の教師がシステムを起動させる。いよいよ交戦だ!

 

試獣召喚(サモン)!」

 

 その掛け声と共に現れる数多の召喚獣たち。ざっとみたところ、Bクラスの総合科目の平均点は二千点前後、対してFクラスは八百点前後だ。まさに桁違いな、圧倒的な戦力差に第一陣が少しずつ数を減らしていく。

 だが、そんな時、姫路さんが少し遅れてやってきてくれた。息を切らしながら、彼女は数学フィールドに紛れ込んで召喚獣を呼び出した。

 

 数学

『Fクラス 姫路瑞希 412点』

 

 もはや暴力的とまでいえるずば抜けた点数である。姫路さんの参戦を警戒していたらしいBクラスの女子二人が彼女の前に立ち塞がったが、召喚獣が腕輪を光らせると──

 

 キュボッ!

 

 という巨大な炸裂音と共に、召喚獣の大剣の先から火柱が放たれ、Bクラスの召喚獣数体が飲み込まれ消滅した。す、すごい! なんて殲滅力だ!

 

「今回の数学は結構解けたので……良かったです」

 

 えへへ、と笑みを零す姫路さん。とてもチャーミングだが、レーザーを発射させながらなのでちょっと怖い。

 召喚獣は単一科目で四百点、それか総合科目で四千点以上を叩き出すと、特典として特殊能力を与えられる。それが腕輪だ。僕のような一科目百点が限界の奴には縁のない話で忘れかけてたルールだけど、ムッツリーニの加速といい姫路さんの熱線といい、凄い威力だなぁ。

 

「い、岩下と菊入が戦死したぞ!」

 

「姫路瑞希、噂以上に危険な相手だ!」

 

 姫路さんが瞬殺した二人はBクラスのリーダー格だったらしく、彼らの表情が驚愕に歪む。というか姫路さん強すぎ。もう彼女一人でいいんじゃないかな。

 

「み、皆さんっ、私に続いてくださいっ!」

 

 姫路さんの指揮官らしくない指示。しかしこれがFクラスの男たちには効果抜群だった。

 

「うおー! 姫路さんに続けー!」

 

「彼女を守り抜くんだー!」

 

 どっちかといえば君たちが守ってもらう立場なんだけどね。

 意気揚々と進軍を始めるFクラスに対し、Bクラスは姫路さんに恐れをなしたのか酷く消極的だ。これなら作戦通りBクラスの戦力を教室に押し込むことができるだろう。

 

「明久、ワシらは一旦教室に戻るぞ」

 

 戦況を分析していたところで、手に小さなメモを持っている秀吉に声を掛けられた。

 

「どうしたの?」

 

「これはムッツリーニからの情報なのじゃが……Bクラスの代表は根本らしい」

 

「根本って、あの根本恭二?」

 

「うむ」

 

 それは文月学園においてトップクラスで悪名高い名前だった。根本恭二はとにかく評判が悪い男で──曰く、地下の保管庫からテスト問題を盗み出してカンニングを行ったとか、喧嘩では常に刃物を携帯しているとか──黒い噂が絶えない奴だ。尾鰭が付いた話も幾つかあるのだろうが、火のない所に煙は立たぬとも言う。用心に越したことはないだろう。

 

「そうだね。戻った方がよさそうだ」

 

「わかった、急ごう明久、木下」

 

 そう言って一緒に戦線離脱しようとする金髪ちんちくりんの肩をむんずと掴む。

 

「なにすんだ明久」

 

「ちょっと待って、ガヴリールはサボりたいだけでしょ」

 

「私は補充テストで今日の気力を使い切った。保健室で休ませてもらう」

 

「せっかく補充したのに休んでちゃ意味ないじゃないか!」

 

「うるさい! 大体、こんな大人数で廊下を塞いでちゃ通行人に迷惑だろ! これは私一人分を他の誰かに譲ってあげる天使的親切心だ!」

 

 ぎゃんぎゃんと自論を展開し始める駄天使。ガヴリールの召喚獣は数少ない遠距離攻撃が可能な武器である弓を持っているんだから、やる気になってくれれば大きな戦力になるというのに。

 

「まあまあ、二人とも落ち着くのじゃ。とりあえず教室に戻って、それからでもよかろ」

 

「秀吉がそう言うなら……」

 

 パンパンと手を叩いて僕らを制す秀吉。彼はきっと、いいお嫁さんになると思う。

 

   〇

 

 急いで教室に戻った僕たちを迎えたのは、修復不可能の域までボロボロにされた卓袱台と、畳に転がる破損したシャーペンや消しゴムだった。それらはご丁寧に芯まで圧し折られていて、もう文房具として使うことはできないだろう。

 

「卑劣な連中じゃな……!」

 

 秀吉は怒りを露わにして拳を握る。ポーカーフェイスな彼らしくもない行動だったが、頭にキテるのは僕も同じだった。

 

「それに、これじゃ補給もままならないよ」

 

 文月学園の試験は基本的に全て筆記形式だ。筆記用具がなければ試験を受けることはできない。

 

「予備の筆記具は手配しておいた。多少予定は狂ったが、作戦に大きな支障はない」

 

 僕たちとほぼ同タイミングで教室に戻ってきた雄二が、台詞とは裏腹に、顔に苛立ちを浮かべながら言う。そもそも雄二がいれば、教室がこんな風に荒らされていることにはすぐに気づけたはずだ。なんならFクラスに忍び込んできた連中を(武力で)返り討ちにしているかもしれない。

 

「Bクラスとの協定調印の為に教室を留守にしていた。四時までに決着がつかなければ、戦況をそのままに続きは明日に持ち越し。その間は試召戦争に関わる行為の一切を禁止する、ってな」

 

「それ、承諾したの?」

 

「そうだ」

 

 その協定は僕らFクラスにとってかなり都合が良い。良いはずなんだけど、これがあの根本くんの提案だというのなら……なんだか、嫌な予感がした。

 

「とりあえず、ワシは前線に戻るぞい。向こうでもなにか仕掛けてきてるかもしれん」

 

 僕らの返事も待たず、前線へと駆けていく秀吉。彼に続いて戦場へと赴こうとしたところで、ガヴリールが隣にいないことに気が付く。辺りをきょろきょろと見回す。彼女は、教室の真ん中にいた。

 

「あ、ガヴリール──」

 

 声を掛けようとして、一瞬、固まってしまった。

 そこに天使がいたからだ。

 いや、彼女は本当に天使なんだけれど、そういうことじゃなくて。

 ガヴリールは片膝を付いて、天に祈りでも捧げるかのように、両手を胸の前でぎゅっと握っていた。その姿が──相変わらず髪はボサボサで、制服もダボダボだけど──僕の知るかつてのガヴリールと重なって……だから、回顧の念を催させたというか、思わず固まってしまったのだ。

 それは呟くような声だったから上手く聞き取れなかったけど、彼女はひたすらに言葉を紡いでいた。どこか優しい声色に聞こえた、気がする。

 やがて彼女はすっと立ち上がって、金色の髪を靡かせながら、僕らの方へと振り返った。

 

「……」

 

 その瞳は酷く透き通っていて。でも悲しみとはまた違う色で。

 例えるならそう、まるで万物を慈しむかのような。

 

「付喪神、って言うんだろ?」

 

「えっ……?」

 

「下界では、強い気持ちがこもった物には、神様が宿るんだってさ」

 

 天使学校で習った。と、彼女はとても凪いだ表情で言った。

 

「こいつら神様なんでしょ? だったら、天使である私が遣えるべき相手じゃん?」

 

 だから、神様たちが無事に在るべき場所へと還れるように祈った。それが天使である私の役目なのだから。そう、彼女は暗に告げていた。

 ガヴリールは教室中に散らばったペンや消しゴムの残骸を拾っては、まるで語り掛けるように目を閉じる。

 

 ああ、そうか。

 

 僕は、その時ふと、ガヴリールの天使の輪っかのことを思い出した。

 一年生の頃、ガヴリールと月乃瀬さんと僕の三人で彼女の部屋の掃除をしていた時、話の流れでガヴリールが天使の輪っかを見せてくれたことがあったのだ。確か、この綺麗な輪っかが私が天使であることの証明だよ、とか、そんなことを言いながら。しかし顕現したのは、黒い靄のかかったどす黒い輪っかだったのだ。

 で、僕がふざけて雑巾で拭いたら落ちるんじゃない? なんて言って。ガヴリールもいいねーと乗ってきて。……拭いてみたら、すぐに綺麗な輪っかに漂白されてしまったのだ。本当に透き通っていて綺麗な輪だった。この時は、これが何を意味するのか分からなかったけど……今なら少し分かる。

 まあ、結局なにが言いたいのかといえば、人も天使もその本質は簡単には変わらないということだ。

 

「そうだね」

 

 だから僕は思わず笑って、そんな風に返した。別に笑うつもりはなかった。でも無意識に笑ってしまったのだ。吉井明久という男はつくづく嘘をつけない奴らしい。

 

「あー……お前ら、取り込み中のとこ悪いんだが、ちょっといいか?」

 

 気まずそうな雄二の一言にはっとなって、僕は我に返った。

 

「な、なに? 雄二」

 

「ムッツリーニからの報告だ。Cクラスの様子が怪しいらしい」

 

「Cクラス?」

 

 ガヴリールも手を止めて、雄二の話を聞いていた。

 なんでも、Cクラスが試験召喚戦争の準備を始めているとのこと。まさかAクラスに攻め込もうなんて考えているわけないから──狙いはこの戦争の勝者。つまり、漁夫の利を狙っているのだろう。

 散らばった文具をビニール袋に片付けながら、ガヴリールが雄二に尋ねる。

 

「どうするんだ?」

 

「Bクラスとの戦争が停戦し次第、Cクラスと協定を結びに行く。Dクラスに攻め込ませるぞとでも脅せば、俺たちを落とす気もなくなるだろ」

 

「そもそも僕らがBクラスに勝つなんて思ってもないだろうしね」

 

「そうだな。その時は明久、それに天真。念のため、二人も護衛としてついてきてくれ」

 

「オッケー」

 

「メンドイからパス」

 

 ビニール袋を縛り教室の隅に置いてから、ガヴリールはFクラスの畳でダラダラと寛ぐ。僕のよく知るいつもの駄天使様だなぁ……お馴染みの彼女の姿はとても目に優しかった。

 

   〇

 

 あれから数時間が経ち、時刻は四時半。Bクラスとの試験召喚戦争も協定によって一時休戦と相成って、僕らはひと時の休息に身を委ねていた。

 戦況は、雄二の計画通り順調に進んだ。Bクラスの教室前を攻めて、彼らを教室に押し込めることに成功。明日の九時から同じ状況で戦争再開なので、軍配はFクラスにあると見ていいだろう。とはいえ、こちらの被害も決して小さいものではなかったが。

 

「さてと、それじゃCクラスに乗り込むとしますか」

 

 雄二の提案に、ムッツリーニから協定について聞いていたのであろう何人かが立ちあがる。

 だが、秀吉だけは教室に残ることとなった。彼の顔を見られると、万が一の場合、作戦に支障が出るらしい。まあ確かに、秀吉の顔は僕らだけのものにしておきたいくらい整ってるもんね。

 秀吉を残して、僕、雄二、ムッツリーニ、姫路さん、島田さんというメンバーでCクラスへ向かう。ガヴリールはあのまま畳の上で寝ていた。ある意味すごい根性してると思う。

 

「Fクラス代表の坂本雄二だ。Cクラス代表はいるか?」

 

 ノックもなく扉を開き、Cクラスにいる生徒全員に尋ねる雄二。こいつもこいつですごい度胸だな。

 

「私だけど、何か用?」

 

 まるで大学の講義室を思わせる教室から出てきたのは、混じりっけない黒髪をベリーショートにした女の子。彼女は小山友香と名乗った。小山さんというと、確かバレー部のホープだという話を聞いたことがある。確かにスラっとしてて、運動神経も良さそうだ。

 

「Fクラス代表としてクラス間交渉に来た。不可侵条約を結びたい」

 

「不可侵条約ねぇ……どうしよっか、根本クン?」

 

 小山さんは振り返って、机の上に足を置いて踏ん反り返っていた男に問うた。

 ……え? 根本くん?

 

「当然却下だ。酷いじゃないかFクラスの皆さん、協定を破るなんて」

 

「何を言って──」

 

「先に破ったのはソッチだからな? これは正当防衛ってやつだよなあ?」

 

 根本くんが告げると、彼の取り巻きがCクラスの奥から続々と現れる。そして、その奥には数学の長谷川先生の姿もあった。

 

「…………雄二! 下がれ!」

 

 ムッツリーニが珍しく語気の強い声を上げる。それも当然だ。代表が戦死してしまえば、それは即ち敗北なのだから。

 

「最初からグルだったのか……!」

 

 奥歯を噛みしめる雄二。恐らくこちらが停戦に関するアピールをしたところで、この状況じゃあ協定を盾にしらを切られるだけだろう。今の僕らにできることはただ一つ。この場所からの速やかな逃走だけだった。

 

「長谷川先生! Bクラス芳野がFクラス代表に──」

 

「させない! Fクラス島田が受けます! 試獣召喚(サモン)!」

 

「Bクラス工藤も行きます!」

 

「島田さん、加勢するよ! 試獣召喚(サモン)!」

 

 数学

『Fクラス 島田美波 171点 & 吉井明久 51点』

『Bクラス 芳野孝之 161点 & 工藤信二 159点』

 

「アンタに加勢してもらうまでもないんだけどね」

 

「まあそう言わないでよ。僕たちのコンビネーションをBクラスの皆に見せつけてやろうじゃないか!」

 

「上等!」

 

 サーベルを構え、Bクラス部隊へ肉薄する島田さんの召喚獣。好戦的な彼女らしく防御を顧みない攻撃。しかしそれは、奇襲に成功したと浮かれていたBクラスにとっては胸囲……じゃない、脅威だった。

 

「吉井、今なんだか失礼なこと思わなかった?」

 

「なななな、何にも思ってないよ! それよりほら、さっさとやっちゃおう!」

 

 僕も召喚獣に木刀を強く握らせ、ジグザグに接近する。別に大した意味はないけれど、こうすると相手が驚いてくれるからなんとなくやっている。

 

「はぁーっ!」

 

 次々と繰り出されるサーベル突きの連撃。それにいつしか相手は耐えきれなくなり、召喚獣は穴だらけになって消滅した。

 

「吉井っ!」

 

「うん!」

 

 島田さんの召喚獣が弧を描くようにして投げたサーベルの柄を空中でキャッチする。そして木刀とサーベルの二刀流で、Bクラス工藤くんの召喚獣を切り裂いた。僕だけじゃ大したダメージは与えられなかっただろうが、これには島田さんの武器による攻撃も加算されている。当然相手は耐えきれず、結晶となって消滅した。

 

 数学

『Bクラス 芳野孝之 0点 & 工藤信二 0点』

 

「な、なんだこいつら! Fクラスなんて敵じゃないはずだろ!?」

 

「吉井、一年生の時、模擬戦で遊んでた成果が出たねっ♪」

 

「遊んでたというか僕が一方的に遊ばれてたんだけどね!?」

 

 しかも召喚獣同士じゃなくて生身同士で。可愛く言ってるけどその本性は殺戮の使者だ。なんでも僕はすごく殴り心地が良いらしい。僕を玩具か何かと思っているであろう白羽さんといい、もっとみんな僕に優しく接してくれていいと思うんだ。まあそのおかげ(?)で今の連携もできたのだから、怪我の功名といったところか。本当に怪我したくはなかったけどね!

 

「雄二! 今のうちに姫路さんを連れて召喚フィールドから離れてくれ!」

 

「逃がすな! 坂本を討ち取れ!」

 

 僕の声と根本くんの指示が重なる。

 これはかなりマズイ状況だ。二人を倒せたとはいえ、それ以上の数のBクラス生徒がCクラスにはまだいる。物量で押されれば勝ち目はない。

 さらにBクラスは数学の長谷川先生を連れてきている。これは姫路さんが先ほどの戦争で数学の点数をかなり消耗していることを知っていたからこそだろう。腕輪は強力だが、発動するたびに点数を大きく消費するデメリットがあるのだ。

 卑怯で狡猾、根本恭二らしいやり方だった。

 

「…………肩を貸す」

 

「あっ、ありがとうございますっ、土屋くんっ」

 

「…………!(ブシャアアア)」

 

 全力疾走して息も絶え絶えの姫路さんを支えてあげるムッツリーニ。その姿勢はとても格好いいのだが、姫路さんの胸が腕に当たってしまったのか、大量の鼻血を垂れ流していた。か、格好つかねぇ……! それでもなお倒れないのは彼の男の意地か、それともムッツリの意地か。多分どっちもだな。

 

 そんな彼らを見送ってBクラスの連中に向き直ったところで、僕はぎょっとした。

 姫路さんや雄二に離脱されて悔しいはずの根本くんが──思わず注視してしまうほど、歪んだ笑みを浮かべていたからだ。

 なんだ、これ? なんだこれ……なんだこれ、なんだこれ!

 僕は首が千切れてしまいかねない勢いで、もう一度廊下の方を振り返る。

 

 逃げたはずの雄二、ムッツリーニ、姫路さんが、そこに立ち尽くしたままだった。

 彼らの驚愕の視線の先。

 そこにいたのは──Bクラスの伏兵と、数学教師船越先生。

 

「まさか……!」

 

「ははははっ! まんまと引っかかりやがったなFクラスの馬鹿共が!」

 

 Cクラスに潜んでいた根本くんたちは囮で、こっちの伏兵が本命だったのか!?

 

「Bクラス真田がFクラス代表坂本に勝負を申し込むわ! 試獣召喚(サモン)!」

 

 現れる召喚獣。そして──召喚が承認されてしまえば、敵クラスは誰か一人、召喚に応じなければならない。もし応じなければ、敵前逃亡で戦死扱いだ。

 ならば、誰が応じる?

 あの場で召喚に応じることができるのは雄二、ムッツリーニ、姫路さんの三人だけ。もし僕か島田さんが走って向かったところで間に合わないだろうし、そもそも根本くんに邪魔されるだろう。

 

 雄二は論外だ。彼はクラス代表。もし召喚に応じて戦死してしまえば、その時点でFクラスの敗北が確定する。Aクラスのシステムデスクは疎か、Fクラスの卓袱台ともおさらばだ。

 姫路さんはどうだろう? 彼女の点数は学年次席クラス。当然、Bクラスの生徒など敵ではないだろう──彼女が万全の状態であれば、の話だが。今の彼女は点数的も体力的にも疲弊している。もしここで召喚に応じて、万が一にでも戦死してしまえば、Fクラスは切り札を失うことになるし、姫路さんというFクラスの象徴的な存在が戦死してしまえば士気は駄々下がりしてしまう。

 

 そう。

 つまり、この状況で召喚に応じることができるのは、たった一人しかいないのだ。

 ムッツリーニこと、土屋康太しか。

 

「土屋く──」

 

「…………試獣召喚(サモン)

 

 姫路さんの声より先に、彼はどこか諦めたような、しかし強い意志も宿した、そんな不思議な声色でお馴染みの単語を詠唱する。現れる彼の召喚獣。

 だけどあいつは……ムッツリーニは……!

 

 数学

『Bクラス 真田由香 166点 VS Fクラス 土屋康太 17点』

 

 保健体育以外は……てんで駄目なんだ!

 

「…………雄二! 姫路! 今のうちに逃げろ……!」

 

「くっ、すまねえムッツリーニ!」

 

「…………エロ本三冊で手を打ってやる」

 

 姫路さんを連れて廊下を駆けていく雄二。その顔に浮かぶのは深い後悔だった。

 点数の差は歴然。それでもムッツリーニは果敢に攻め込み──そして二人の武器が交錯する。

 姫路さんが切り札(エース)なら、彼もまた僕らFクラスにとって切り札(ジョーカー)だった。

 

「ムッツリーニィィー!」

 

 僕の声は届いたのだろうか。

 

 数学

『Bクラス 真田由香 104点 VS Fクラス 土屋康太 0点』

 

 彼は驚くほどあっけなく、驚くほど穏やかな表情で、その点数を散らした。

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