バカと天使とドロップアウト   作:フルゥチヱ

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第八話 たったひとつの冴えないやりかた

 ムッツリーニの戦死。それはDクラスとの試験召喚戦争を勝ち抜き、無意識に天狗になっていた僕らの鼻を圧し折るには十分すぎる現実だった。

 保健体育という科目において他の追随を辞さないムッツリーニの戦略的価値は、玉野さんとの戦闘で彼に救われた僕も当然理解している。それも学年一戦力に乏しいFクラスではまさに切り札と言える存在を失ったことは、大きすぎる損失だ。

 

「チッ、坂本には逃げられたか……だが──土屋康太討ち取ったり! ハハハハハ!」

 

 Cクラスの教室に根本くんの嘲笑が響き渡る。

 恐らく彼は、FクラスとDクラスの試召戦争の情報から、ムッツリーニのことも警戒していたのだろう。この策略は、Fクラス代表である雄二と最高戦力である姫路さんだけではなく、ジョーカーであるムッツリーニを討つことも視野に入れた二段構えのものだったのだ。そして、僕らはまんまと彼の罠に嵌ってしまった。

 

「戦死者は補習ううう!」

 

 試験召喚戦争のルールに則り、戦死者は強制連行される。Cクラスに突入してきた鉄人はムッツリーニとBクラス男子二人をいっぺんに背負い込むと、踵を返して補習室へと向かっていく。

 

「…………明久! 受け取れ!」

 

 その時だった。

 鉄人に担がれたムッツリーニが、僕の方へと何かを投げた。くるくると山なりに飛んできたそれを両手で抱え込むようにキャッチする。それは彼が日頃から愛用している小型のデジカメだった。

 

「ムッツリーニ! これは!?」

 

「…………きっと役に立つ。健闘を祈る……!」

 

 グッと力強く親指を立てて、ムッツリーニは補習室へと姿を消した。

 もしかしたら、彼はこのデジカメの中に、何かBクラス攻略の糸口を遺してくれたのかもしれない。これは必ず雄二の元に持ち帰らないと……!

 デジカメを制服のポケットに詰め込んで、僕は再び根本くんたちと向き合った。

 

「ハッ。何を受け取ったか知らないが、お前たちはもう詰んでるんだよ。お前ら! こいつらも補習室送りにしてやれ!」

 

 根本くんの命令を受けて、Bクラスの生徒たちが僕と島田さんを取り囲む。

 

「どうするのよ吉井! このままじゃ、土屋と補習室で再会するだけよ!?」

 

 心配そうな島田さんの声。僕は精一杯頭と視界を回して、立会人の数学教師長谷川先生に目を付けた。

 

「長谷川先生! ちょっと話があるんですけど」

 

 僕のその声に、長谷川先生が前に出てきてくれた。

 

「なんですか、吉井くん」

 

「……Bクラスが協定違反をしているのはご存知ですか?」

 

「ふむ。聞く限り、先に停戦協定を無視したのはFクラスのようですね。なのでそちらが後から違反を訴えるというのは、戦争云々以前に人としてどうかと思いますよ」

 

 長谷川先生の厳しいお言葉。やっぱり、根本くんから曲解された説明を受けて丸め込まれているらしい。ここまでは予想通りだ。

 島田さんの不安そうな顔が僕に向けられる。彼女を安心させるように片目を瞑ってみせてから、僕は言った。

 

「……万策、尽きたか……!」

 

「「「こいつ馬鹿だぁー!」」」

 

 Bクラスの連中が一斉に声を上げる。失礼な!

 

「やっぱ最低クラスだな!」

 

「クラスは最低じゃないぞ! 最低なのはメンバーだ!」

 

「フォローになってないわよ……」

 

 僕の反論に、島田さんのジト目と突っ込みが向けられる。

 なんとか隙を見て逃げ出したいところだが、取り囲まれているこの状況じゃそれはできそうにない。

 召喚獣で応戦しようにも、人数が人数だ。いくら島田さんが数学の点数に自信があろうと、僕が召喚獣の扱いに長けていようと──数の暴力の前では無力に等しい。

 

「さっさとこいつら片付けて帰ろうぜ! 日が暮れちまうよ!」

 

「ああ! 試獣召(サモ)──」

 

「待ちなさい!!!」

 

 突然、そんな高らかな声が教室中に轟いた。

 

「誰だ!?」

 

 Bクラスの面々から困惑した声が上がる。

 そんな疑問に応えるかのように、その声の主は現れた。──ガタガタと揺れ、そのままガチャンと大きな音を立てて転倒したロッカーの中から。

 

「ごきげんよう、Bクラスの諸君」

 

 そこにいたのは我らがFクラスの一員、胡桃沢=サタニキア=マクドウェルさんだった。

 その場にいた全員から冷ややかな視線が突き刺さって、なお胡桃沢さんはロッカーの中に納まったまま、クククと低い嗤いを浮かべる。

 

「恐怖のあまり声も出ないみたいね」

 

「……とりあえず、そこから出たらどうだ?」

 

 という根本くんの提案。

 彼女はいそいそとロッカーから抜け出して立ちあがると、片手を額に当ててなんか格好いいポーズを取り、言い放った。

 

「知らないなら教えてあげるわ。我が名は胡桃沢=サタニキア=マクドウェル! ゆくゆくはこの世の総てを支配し、天上天下に君臨する者ッ! まずは手始めに試験召喚戦争を利用してこの学園を手中に──」

 

試獣召喚(サモン)!」

 

「ああーっ!? ちょっと聞きなさいよ!」

 

 台詞を遮られ抗議の声を上げる胡桃沢さん。

 

「胡桃沢さん! 君も召喚しないと敵前逃亡扱いだ!」

 

「フッ、いいわ。この私を本気にさせたことを後悔しなさい。──冥府の帷降りし時、混沌の果てより我が眷属は顕現する。血の契約に従い、其の真なる力を解放せよ! 試獣召喚(サモン)!」

 

 長ったらしい口上と共に展開される魔法陣。その中から胡桃沢さんの召喚獣が現れる。普段はちょっとアレとはいえ、彼女は立派な悪魔。背丈よりも大きな鎌を抱える胡桃沢さんの召喚獣はとても強そうだ。

 

 数学

『Bクラス 加西真一 164点 VS Fクラス サターニャ 18点』

 

 見掛け倒しのハリボテだった。

 

「雑魚は構うな! 先に厄介な島田を潰せ!」

 

「なにをー! この私が雑魚ですって!?」

 

「下がってなさいザコとヘナチョコ!」

 

「待って島田さん! 今僕を罵倒する必要ないよね!?」

 

 さっきのコンビネーションはどこに!?

 島田さんと僕も召喚獣を呼び出し、Bクラスに応戦する。しかし点数的には島田さんでも互角、僕と胡桃沢さんはトリプルスコア以上の差をつけられている。胡桃沢さんが加勢(?)に来てくれたのはいいが、どのみちこのままだと全滅だ!

 

「吉井! アンタ、召喚獣を操作したまま走れる?」

 

「へっ? まあできると思うけどなんで!?」

 

「アレよ!」

 

 と、胡桃沢さんが指差した先にあるのはCクラスに設置されている消火器。ちょうど前と後ろの扉に一つずつ置かれていた。なるほど!

 僕は敵召喚獣の攻撃をいなしながら、扉に向かって一直線で走る。通常、召喚獣の操作中はそちらに意識を集中するために本体が動くのは難しいことなのだが──観察処分者は雑用で召喚獣と一緒に本体も物を運ばされることが多い。だからこそできた芸当だ。

 消火器を抱え上げて、安全ピンを引き抜きレバーを押す。すると、

 

 ブシャァァッ!

 

 前と後ろから、消火薬がCクラス内に一気に散布される。窓は閉じられていて密室状態だから、視界はすぐ不明瞭になった。

 

「う、うわっ! なんだこりゃ!?」

 

「ぺっぺっ! これ消火器の粉じゃねえか!」

 

「窓開けろ! 換気だ!」

 

 散らばる粉と咽る敵たちの間を潜り抜け、僕は島田さんの手を掴んだ。

 

「島田さん! 逃げるよ!」

 

「あっ、う、うん!」

 

 彼女の手を引いて、粉まみれになりながらCクラスを脱出することに成功。扉を出て、渡り廊下を走る。その先には僕らと同じく粉まみれの胡桃沢さんがいた。

 

「あーっはっはっは! 火事でもないのに消火器を使う! まさにS級悪魔行為だわ!」

 

「ありがとう胡桃沢さん。おかげで助かったよ!」

 

「殊勝な心がけね。もっとこの私を敬いなさい!」

 

 ふふんとドヤ顔を浮かべる胡桃沢さん。しかしなんで彼女はCクラスのロッカーの中にいたのだろう。

 訊くと、戦争中Bクラスの連中に追われてる時、咄嗟にCクラスのロッカーに逃げ込んだが、立て付けが悪く出られなくなっていたからとのこと。ってことはもしこの騒動がなかったら彼女は学校に取り残されていたのか。

 

「島田さんは大丈夫だった?」

 

「……手、握っちゃった……」

 

「? 島田さん?」

 

「えっ!? あ、ああ! へ、ヘーキ! むしろ殴り足りないくらいよ!」

 

 そう言って、僕の手からパッと離れて握りこぶしを作る島田さん。顔が赤くなってたから消火器の粉が気管にでも入ったんじゃないかと心配したが、やっぱり島田さんは根っからの戦闘狂なんだなぁ。

 

「お主ら! 無事じゃったか!」

 

 Fクラスの教室から駆け寄って来てくれる美少女。あ、なんだ秀吉か。可愛すぎて心臓が飛び出るかと思った。まったく、ビックリさせないでよ。

 

「僕らは無事だったけど、ムッツリーニが……」

 

 言って、アイツからデジカメを預かっていたことを思い出す。

 僕は卓袱台の上で足を組んでいた雄二に、ポケットからデジカメを取って彼に差し出した。

 

「なんだ」

 

「ムッツリーニが最後に遺してくれた物だよ。僕の頭じゃ無理だから、雄二が役に立ててくれ」

 

「そうか……すまねえ、ムッツリーニ」

 

 そう言って力なくデジカメを受け取る雄二。……だいぶ参ってるなこりゃ。姫路さんの姿も見えないし、ちょっと心配だ。

 雄二はデジカメをカチカチと操作し、保存されている(主に女子のパンチラ)写真を一つ一つ見分し──やがて、その手を止めた。

 

「これは……!」

 

 そこに映っていたのは、二つの写真だった。

 一つは、先ほどの根本くんと小山さんが一緒にいる場面の写真。

 そしてもう一つは──Bクラスの教室を廊下側から撮った写真だった。一番右側の窓の向こうには我らがFクラスも置かれている旧校舎が見える。

 ……? なんてことのない、普通の風景の写真に見えるけど。

 

「流石ムッツリーニ! いいモン残してくれたぜ!」

 

 だが雄二は、先ほどの様子とは打って変わって今にも飛び跳ねそうな勢いで立ちあがり、

 

「根本の野郎がその気なら、こっちもやってやる。次に戦況をひっくり返すのは俺たちだ」

 

 そして、野性味たっぷりの活き活きとした表情で、そう告げた。

 

   〇

 

 翌日。戦争再開前に、僕らは再びCクラスを訪れていた。とはいっても、僕や雄二は教室の中には入っていない。離れた場所から様子を窺っているだけだ。

 Cクラスに入っていったのは僕らのクラスメート、木下秀吉。彼は今、女子の制服を身に纏い、瓜二つの姉である木下優子さんに変装して、Aクラスの使者のふりをしている。

 

「静かにしなさい! この薄汚い豚ども!」

 

 そして開口一番にこの台詞である。

 それからはもう、罵詈雑言の嵐で、秀吉はCクラス代表である小山さんを煽りまくった。

 ……秀吉、普段ポーカーフェイスだから気づかなかったけど、ストレスでも溜まってるのかな? 今度相談に乗ってあげよう。

 

「ちょうど試召戦争の準備もしてるようだし、近いうちに私たちAクラスが貴方たちを叩き潰してあげるから!」

 

 Cクラスのドアを勢いよく閉じて、変装した秀吉はツカツカと靴音を立てながら戻ってきた。どこか満足そうな秀吉に、鷹揚と頷く雄二。思わず苦笑いを零すと、Cクラスから甲高い声が響いた。

 

「Fクラスなんか相手してられないわ! 驕ったAクラスの連中に目に物見せてやりましょう!」

 

 彼らの心は小山さんを筆頭に対Aクラスで一致団結したらしい。雄二の思惑通りだ。

 ……ちょっと罪悪感もあるけど、これも戦争だからね。どうか恨まないでほしい。

 

   〇

 

 そして戦争が再開した。

 僕らは昨日から引き続き、敵を教室内に閉じ込めることに注力している。

 しかし、それはつまりBクラスのほぼ全ての戦力が一つの場所に集まっている、ということでもある。多対一ならともかく、一対一という状況を作られてしまうと、僕らFクラスではBクラスに対抗するのは不可能に近かった。

 

「朝倉がやられた! こっち側はもう持たない!」

 

「点数が限界だ! 俺は補給に戻る!」

 

「くそっ、やっぱり俺たちじゃ駄目なのか……!」

 

 新校舎に木霊するFクラスの仲間たちの声。その声にだんだんと諦めムードが混じり始める。いつまで続くのか分からない戦争に、精神的にも疲弊しているのだろう。

 

「みんな! 諦めちゃダメだ! 僕らはDクラスに勝ったじゃないか!」

 

「だけど、やっぱりBクラスとじゃ差がデカすぎるよ……」

 

 暗い雰囲気の漂い始めたFクラスの部隊に対し、Bクラスはここを好機と見たのか活気づく。

 ……秘密兵器を使うしかないか。

 僕はみんなの前に飛び出して、ポケットから一枚の写真を取り出した。

 

「Fクラスの皆! これを見ろ!」

 

 その写真は、ムッツリーニから受け取ったデジカメに記録されていた一枚──二人で談笑する根本くんと小山さんの写真である。

 

「Bクラス代表の根本にはガールフレンドがいるぞ! 相手はCクラス代表、小山友香さんだ!」

 

「「「なにーっ!?」」」

 

 瞬間、着火する孤独な男たちの嫉妬の炎。よし、あと一息だ!

 

「しかも……手作りのお弁当を作ってもらっているそうだ!」

 

 というのは僕の出任せである。本当かどうかは知らない。

 だけど、これが彼らを煽るのに最高だった。

 Fクラスの男子は独り身ばかり。彼女いない歴=年齢といった連中だらけだ。

 そんな彼らに対し、たった今戦争している相手のトップが彼女持ちだなんて告げたら、どうなるだろう。

 

「「「許さんっ!!!」」」

 

 理不尽な怒りが頂点に達し、今ここに、哀しき男たちは他人の幸せを許さぬ嫉みと妬みの使者と化す。こうなると、彼らは鉄人の鬼の補習などものともしない。もはや根本くんの首を獲るまで決して止まらない人の形をした殺意だ。

 

「根本ォー! よくも一人だけ良い思いを!」

 

「お前らに独り身の辛さが分かるかァー!」

 

 防御をかなぐり捨て、本能の赴くままに突撃する召喚獣たち。点数では圧倒的に劣っている彼らだが、捨て身の攻撃でBクラスの敵を少しずつ削っていく。まさに一人一殺である。

 敵になるとクッソ鬱陶しい連中だが、味方だとこうも頼もしい。馬鹿と鋏は使いようとはよく言ったものだ。

 

「クソッ! こいつらは危険だ! いったん陣形を立て直すぞ!」

 

「「「待てええええ! 根本の首を置いていけェェェェ!」」」

 

「ひいいいいい!」

 

 Bクラスの女子生徒が涙目で悲鳴を上げる。入学したばかりの後輩たちには見せられない光景だなこれは……。

 

「数学部隊も前進するわよ!」

 

「今のうちに、点数を消耗した者は補給に戻るのじゃ!」

 

 島田さんは小隊を引き連れ進軍、秀吉は点数負傷者に撤退を呼びかける。

 僕も現代国語の点数が限界だったので、補給へと戻ろうとしたところで──気づいた。

 姫路さんの姿が見えない。

 彼女は前線部隊のトップという立場だ。しかし、その彼女を今日は一度たりとも前線で見ていない。朝のホームルームには出席していたから、校内にはいるはずなんだけど。

 

「──どうして、私たちの教室を荒らしたりしたんですか」

 

 すると、渡り廊下に入る一歩手前で、階段の方からそんな声がした。

 階段の踊り場にいたのは、姫路さんと、短髪と下劣な笑みが特徴の男根本恭二だった。

 

(なんで姫路さんが根本くんと一緒に……!?)

 

 僕は手すりの死角に隠れて二人を覗き見る。

 彼らがいる場所は召喚フィールドの範囲外ギリギリだった。

 

「俺たちがやったって証拠でもあるのかよ?」

 

「それは……」

 

「ハハハハッ! やったのは俺たちだ。おかげで面白いものを見つけてよォ」

 

 言って、根本くんは手元で何かを見せびらかす様に弄ぶ。

 なんだ? ここからじゃよく見えないけど──あれは、封筒?

 

「思いがけない収穫だったよ。まさか今時、ラブレターを書く奴がいるなんてな」

 

「それは……っ! 返してくださいっ!」

 

「俺も高校生男子だからさぁ? やっぱ気になるんだよ。誰が誰に宛てて書いたラブレターなのか!」

 

 本当に楽しそうな笑顔を貼り付けて、根本くんは封筒の一部を引き裂いた。

 ビリッ、という微かな音が嫌に大きく聞こえた気がした。

 

「ま、これは後のお楽しみだ。試召戦争が終わったら返してやるよ」

 

「貴方という人は……!」

 

「ちゃんと返して欲しくば……分かってるよなぁ? 姫路瑞希さん?」

 

「……っ」

 

 賤しい高笑いを上げて、根本くんは立ち去って行く。

 ──正直、今すぐ階段を駆け上がって、あいつに掴みかかりたかった。首根っこ掴まえて、顔面を殴りつけてやりたかった。

 でも、そんなことをすれば、今までやってきたことが全部無駄になる。僕の個人的な感情で問題を起こせば、Fクラスは試験召喚戦争どころじゃなくなってしまう。

 だから堪えろ、吉井明久。戦争に勝てば、あいつに一泡吹かせられるんだ。

 

「…………っ、うぅ……あぁ……ごめんなさい……っ!」

 

 姫路さんは、根本くんの姿が完全に見えなくなってついに耐えきれなくなってしまったのか、その場に崩れ落ちてしまった。顔を両手で抑えて、何度も「ごめんなさい」と繰り返す。それは誰に向けられた言葉なのだろう。代表の雄二か、彼女を守るために戦死したムッツリーニか、それともFクラスの全員か。

 これで姫路さんは完全に無力化されてしまった。Fクラスの教室を荒らしたのは、嫌がらせをすると同時に、僕らの弱みを探っていたのだろう。そして見つけたのが、姫路さんの私物の封筒というわけだ。

 思えば、あの停戦協定からおかしいと思っていたのだ。つまり根本くんはあの時点で、姫路さんを無力化する算段がついていた。だから自分が前線に出るというリスクを背負ってでも、あの奇襲を仕掛けることができたのだ。

 そしてムッツリーニは戦死、姫路さんは戦意喪失。戦略的かつ合理的方法だ。流石はBクラス代表といったところだろう。

 僕は姫路さんに気づかれないように、こっそりと階段から離れ、渡り廊下を駆ける。

 

「面白いことしてくれるじゃないか、根本くん」

 

 Fクラスの教室が荒らされた時、ガヴリールはこう言っていた。

 強い気持ちがこもった物には神様が宿る、と。

 ならば、あの姫路さんの手紙には、一体どれだけの想いが込められているのだろう。

 そして、その純粋な気持ちを土足で踏み荒らした根本くんは、一体どれだけの罪なのだろう。

 僕は天使でも悪魔でもないから、そんなことは分かりっこない。でも、人間だからこそ分かることがある。僕の中に湯水の如く溢れる一つの感情。

 その名前を思い出す前に、自然とこんな言葉が僕の口から零れていた。

 

「──あの野郎、ブチ殺す」

 

   〇

 

「雄二、話があるんだ」

 

 補給試験を無視して教室に飛び込む。雄二はムッツリーニのデジカメを見ながら、何かをノートに記しているところだった。

 近づくと、彼は話してみろという視線を僕に向ける。

 

「根本くんの制服が欲しいんだ」

 

 言ってから気づく。これじゃただの変態だ!

 

「い、いや違うんだ! これは言葉の綾というか……そう! 根本くんを征服したいんだ!」

 

「なんだそりゃ!? お前遂にそっちに目覚めて……!?」

 

「ち、違うよ! だから根本くんから奪取したいものがあるんだ!」

 

「根本くんの身体ちゅっしたい!? 明久、それ以上は戻れなくなるぞ……!」

 

「違ぁーう!」

 

 ええい! 今は雄二のジョークに付き合っている暇はないというのに!

 

「……まあいいだろう。勝利の暁にはそれくらいなんとかしてやる」

 

 しかも受け入れられた!? いいだろうじゃないよ! そこは否定してよ! いや、否定されても困るけど。

 

「で、それだけか?」

 

「……それと、姫路さんを戦線から外してくれないか」

 

「理由は」

 

「理由は……言えない」

 

「……そうか。いいだろう。ただし、二つ条件がある」

 

「二つ?」

 

「一つは、姫路が担当する予定だった役割をお前がやること。もう一つは天真にやる気を出させることだ」

 

「ガヴリールを?」

 

「そうだ。あいつはこれから行う作戦の要だ。だが天真は教室設備に興味がないからかいまいちモチベーションが足りん。それをなんとかしろ」

 

「モチベーション……手っ取り早くとなると、お金で釣るかご飯で釣るかだね」

 

「よりによって現物かよ……しゃーねえ、明久、これをやる」

 

 そう言って雄二が差し出してきたのは、一枚の紙切れだった。

 

「駅前にある焼肉屋の食べ放題クーポン券だ。これでなんとかなるか?」

 

「も、勿論だよ! これは僕が大切に使わせてもらうよ!」

 

 カルビ! ロース! サーロイン! ハラミ! タン! ホルモン!

 ああ、想像だけで涎が……。

 僕はクーポンを手に、卓袱台の上でぐったりしていたガヴリールに近づいた。

 

「ガヴリールガヴリール! 焼肉に興味ない!?」

 

 ぴくっと反応するガヴリール。やはり肉の魔力は強い! これはいける!

 

「しかも僕の奢りだ!」

 

 ぴくぴくっと反応するガヴリール。

 彼女は視線だけを動かして、僕に問うた。

 

「……交換条件は?」

 

「この戦争の勝利!」

 

「よし、作戦を聞かせろ坂本」

 

 ガヴリールはすっと立ち上がって、すたすたと雄二の元へ向かった。

 一応やる気は出してくれたみたいだ。

 しかし、その場の勢いで奢りとまで豪語してしまったな。ま、まあでも、僕にはこのクーポンが……そういえば、クーポンといっても何円引きのクーポンなのだろう。食べ放題の相場はよく知らないけど、千円引きとか? それとも半額? そんなことを考えながらクーポンを見る。

 

『焼き肉食べ放題100円引きクーポン』

 

 ──雄二貴様ァァァ!!

 

   〇

 

「二人とも、本当にやるんですか?」

 

 Dクラスに試験召喚戦争の立会人として呼んだ英語の遠藤先生が、心配そうな顔で僕らに念を押す。

 

「はい。勿論です」

 

「クックックッ。吉井、どちらが真の観察処分者に相応しいか、決着をつけるときよ!」

 

 向かい合うのは僕と胡桃沢さん。その周りを、先ほどまで補給試験を受けていた島田さんや秀吉といった面々が囲む。

 ──僕が雄二から頼まれた、姫路さんの代わりにすべき役割とは、根本くんへ奇襲を仕掛けることだ。しかし今、Bクラスの二か所の出入り口は今もなお戦闘が継続中であり、そこを突破するには姫路さんのような圧倒的な火力が必要になる。だが、僕にはそんな火力はない。

 そこで考えたのが、この作戦。観察処分者である僕だけが──僕たちだけが可能な、たったひとつのやり方だ。

 僕たちの意思が固いことを示すと、遠藤先生は呆れたように溜め息を吐いてから、召喚フィールドを展開してくれた。

 

「「試獣召喚(サモン)!」」

 

 現れる僕たちの召喚獣。別に英語は得意科目というわけじゃないので、点数も酷いものだ。ではなぜ英語の遠藤先生を選んだのかといえば、この人は寛容で、多少の問題は大目に見てくれるからだ。

 

「いくぞ!」

 

 壁際にいる胡桃沢さんの召喚獣めがけて突進し、僕は木刀を横一線に振るった。それを彼女はしゃがむことで回避。木刀は壁に激突し、大きな音を立てて壁に凹みを作った。同時に、観察処分者特有のフィードバックが僕の右手を襲う。

 

「ぐぅ……っ!」

 

「今度はこっちの番よ! 大悪魔の力を思い知りなさいッ!」

 

 迫る巨大な鎌の刃をジャンプして躱す。僕が作った凹みにこの攻撃もヒットし、今度は巨大な亀裂を生み出す。

 見ると、胡桃沢さんの手からは血が流れていた。

 

「……ごめん、胡桃沢さん」

 

「別にいいわよこれくらい。ただし、覚えておきなさい──アンタはさっき、悪魔と契約を交わしたのよ」

 

 彼女の言葉に、僕は一つ頷いた。

 僕が胡桃沢さん(悪魔)と交わした契約。それは、僕と勝負してほしいということ。

 正確には──勝負のふりをして、DクラスとBクラスを隔てるこの壁を壊す。その手伝いをお願いした。

 だから代償が必要なら、ちゃんと払うつもりだ。

 

「これでアンタも、サタニキアブラザーズの仲間入りね!」

 

「サタニキアブラザーズってなに!?」

 

 思わず拳を止めて訊いてしまう。

 えっ!? 契約の代償ってそのどこぞの配管工みたいな謎の組織に加入することだったの!? 初耳なんだけど!

 

「フッ、私の一番弟子として、精進するといいわ!」

 

「弟子になった覚えもないよ!」

 

「というかアンタ、私の弟子にしては地味すぎるわね。もっと腕にシルバーとか巻きなさい!」

 

 と言って胡桃沢さんが取り出したのは銀製の重そうなブレスレットである。だ、だせぇ……。

 

「そんなのどこで買ったのさ……」

 

「魔界通販よ」

 

「なにその胡散臭さマックスの通販!?」

 

 装着したらもう一生外せないとか、一定確率で呪われるとか、そんな副作用がありそうだ。

 

「明久よ、もう時間がないぞ!」

 

 秀吉がDクラスの時計を見ながら言う。現在時刻は二時五十七分。作戦開始まで、もう後残り三分しかない。

 

「らぁ!」

 

 そんな気合いと共に、召喚獣を動かす。

 亀裂は少しずつだが確かに大きくなっていき、崩れた瓦礫が辺りに散らばる。

 また両手の痛みも重なって、どんどん蓄積していく。甲の皮は破け、割れた爪先からは血が滴っていた。

 正直言って、滅茶苦茶痛い。召喚獣は人間の何倍もの怪力を持つが故に、壁を殴った反動のフィードバックも相当なものだ。

 でも、こんな痛みは時間が経てば消えるし、傷だって、僕なら三日もあれば完治するだろう。

 だけど──自分の筆記用具や教室をボロボロにされたFクラスの皆のやる瀬なさは。その道具に宿る神様の意思に触れたガヴリールの感傷は。そして、自分の想いを込めて書いた手紙を踏み躙られた姫路さんの悲しみは……皆の心の傷は、一生消えないかもしれないんだぞ!

 

「お前はそんなことも分からないのか、根本恭二ぃ!」

 

 状況が分からないまま立ち尽くしていた遠藤先生も、いい加減僕らのことを訝しんでいる。フィールドを消去されたらおしまいだ。早急に決着をつける必要がある。

 僕は隣の胡桃沢さんとアイコンタクトを交わして、同時に攻撃を叩きこむことにした。

 

「うおおおおおおああ!」

 

 何度目かも忘れて、ただ拳を振るう。

 僕のがむしゃらな攻撃に、胡桃沢さんはタイミングを合わせてくれた。案外、彼女とはいいコンビになれるかもしれないと思った。とはいえ、サタニキアブラザーズは御免だけどね!

 

「「だぁぁ──っしゃぁーっ!」」

 

 そして木刀と鎌の先端がついに壁を穿ち、バキバキと走る亀裂がコンクリートを崩壊させ、大穴を作り出した。これは物理干渉能力を持つ僕らの召喚獣にしかできない作戦だ。こんな回りくどいやり方をしなくても、もっとスマートな方法があったかもしれない。でも、愚か者な僕にはこんなやり方しか思いつかなくて──だというのに、今は最高の達成感に満たされていた。

 崩れた壁の先にいたのは、驚愕に目を剥く怨敵根本くん。

 向こうの戦力は雄二率いる本隊が誘導してくれたお蔭で、根本くんの側にはわずかな近衛部隊しか残されていなかった。

 島田さんや秀吉、それに胡桃沢さんが消された遠藤先生のフィールドから、教室内にいた学年主任高橋先生の展開する総合科目のフィールドに突入し、召喚獣を呼び出した。Bクラスの近衛部隊は必然的にこれに応じることになる。

 これで、僕と根本くんの間を遮るものは何もなくなった。僕はダッシュで、窓際にいた根本くんに駆け寄る。

 

「くたばれ根本ぉー!」

 

「チッ、雑魚共が足掻きやがって! 試獣召喚(サモン)!」

 

試獣召喚(サモン)!」

 

 総合科目

『Bクラス 根本恭二 2105点 VS Fクラス 吉井明久 765点』

 

 顕現した僕らの召喚獣の頭上には桁違いな点数の差が刻まれていた。根本くんはこれを見て余裕の笑みを浮かべる。

 

「ハハハッ! よりによってこんな雑魚を遣すなんてな! お得意の姫路さんはどうしたよ? 人選ミスだな!」

 

 勝ち誇った嘲笑。

 確かに姫路さんなら、根本くんとの一騎打ちに余裕で勝つことができただろう。

 或いはムッツリーニでも、保健体育なら瞬殺だったはずだ。

 僕は二人のように抜群の総合力も、一点集中の爆発力も持ちあわせていない。アイデンティティである観察処分者の称号も、掠っただけで致命傷なこの点差では役に立たない。

 一騎討ちじゃ僕に勝ち目はないだろう。

 

「驚かせやがって! だがお前らの奇襲は失敗だ! FクラスはFクラスらしく、オンボロ教室でよろしくやってな!」

 

 得物である巨大な斧を構えて突進してくる根本くんの召喚獣。木刀なんかじゃ太刀打ちできる相手じゃないし、それにさっきからフィードバックによる眩暈が収まらなくて、正直回避も難しい。

 だけど、もうその必要もない。僕の目的は壁を壊し、奇襲を仕掛けること。そしてその後──一瞬でも、根本くんの動きを止めることなのだから。

 

「だああああああ!!」

 

 迫る根本くんの召喚獣に、同じように木刀を構え肉薄する。

 攻撃する必要はない。動きを止めるだけなら──!

 

「死ねェッ!」

 

 そんな無慈悲な掛け声と共に根本くんは斧を振るう。

 僕は避ける気皆無で突進していたから、当然その攻撃に切り裂かれて戦死した。

 刹那、襲い掛かるフィードバック。

 

「…………ッッッ!?」

 

 今まで感じたこともないような猛烈な激痛に、叫ぶことさえできなかった。

 カハッと肺から息が溢れ、意識が遠くなっていく。

 視界がぼやけていく──その直前。

 

 キィィィィン、と。

 

 エアコンが壊れたことで開かれていた窓の隙間から、一筋の閃光()が飛来し、戦死した僕の召喚獣に掴まれて動けなくなっていた根本くんの召喚獣の眉間を貫いた。

 

「…………は?」

 

 根本くんの呆けた声が上がる。

 同時に、点数が更新された。

 

 総合科目

『Fクラス ガヴリール 729点 & 吉井明久 0点』

『Bクラス 根本恭二 0点』

 

「「「う……うおおおおおおおお!!!」」」

 

 誰からともなく歓声が上がった。

 僕はちらりと窓の外へと目を向ける。

 Bクラスの右端の窓は、旧校舎のEクラスと向かい合わせになるように設置されていて──そのEクラスには、二人の人影があった。

 補習授業担当で、総合科目を含めた全ての科目のフィールドを展開できる鉄人こと西村教諭と。

 いつもグータラでダメダメで、でも強く自分の意思を持っていて、誰よりも不敵で、そして素敵な女の子が、そこにいた。

 

 ──やっぱり、ガヴリールはすごいなぁ。

 

 ふと、彼女と目が合ったような気がした。だから僕は精一杯笑う。うまく笑えたかな? でも、今回は笑いたくて笑ったのだから、それでいい気がした。

 こうして、FクラスとBクラスの日を跨いだ試験召喚戦争は決着し、僕の意識は途絶えた。

 

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