Fate/Grand Ordar The lost memory   作:カラクリヤシキ

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断片が隠れてしまうが必ずまた機会はあるもの。
その時に欲しいものほど見つけにくいように…


喪失者と狂わされた獣の衝突

タッタッタッタッタッーーーー

 

誰もいない静かな草原を女が走り抜ける。

宛もなく。ただ前に、その細い足では考えられない速さで出して()け続ける。

 

 

「はっ…はっ…」

 

大地に足を踏み付ける度に、走ることによって生じる風がその美しい深緑の髪を舞い踊らせる。

 

 

「――――!」

 

全身を使った急停止。

走っていた足を無理矢理止めた彼女は、遠くに見える街を見据える。

 

――――彼処(あそこ)だ。あの街だ。

 

街から魔力を感じた。

その瞬間、まるで獲物を見つけた獣のように鋭い目となった彼女は迷うことなくその街に向かって駆ける。

その速度は、先程まで走っていた速度を遥かに(しの)ぐ。

自身の体にある魔力を更に使うことによって更に速度を上げた後先を一切考えないからこそ出せる速さだ。

 

 

「殺す…」

 

 

ドッ…ドッ…ドッ…

 

その溢れる魔力で強化された脚力で走る勢いを殺さずに街に向かって跳躍する。

本来、彼女自身の身体能力ならば、ただ走るだけでも十分に早く街に着くのにも関わらず、力の消耗を激しくしてでも、走るよりも速く街に着くためだけにそれを実行する。

 

 

殺す…

 

 

彼女の中には既に魔力を温存するという考えも、自身の身体の負担を減らすという考えも既にない。

 

いや、もう考えられないのだ。

 

――――殺してやる…

 

何故なら彼女の心と霊基(からだ)は、既に…

 

――――私の目に映るもの全て

 

 

「殺してやる!なにもかも全て貫いてやる!!!」

 

 

狂ってしまっているのだから。

 

 

獣の声が草原に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この辺かしらね」

 

走らせていた硝子の馬を止めて後ろを見る。

ジャンヌ達がいたところから結構離れちゃったから向こうの状況は、わからないけど無事にこの街から抜けられてたらいいけど、やっぱり少し不安がある。

 

なら

 

「私が頑張ればいいことよね!」

 

そう口にして決意を固める。

その直後、飛来していた巨大な邪竜が私の前に降り立った。

 

 

 

「ごきげんよう竜の魔女。思ったより少し遅いお着きね」

 

邪竜の背に立つ黒いジャンヌを見やる。

何度見ても私達の所にいるジャンヌと瓜二つの姿。

 

 

「あら、この状況で随分と余裕な態度が取れるんですね。王宮でちやほやされていた王妃様にしては肝が据わってます。そこだけは評価しましょう…それに引き換え」

 

黒いジャンヌが私の後方を目を細めて口元を三日月のようにして嘲笑を浮かべながら見る。

 

「あの聖女様は、もう街から出ているようですね…情けない。まぁ私の残滓のような存在ですものね」

 

黒いジャンヌがルーラーの力で探ったのでしょう。どうやらジャンヌ達は、無事に街から出られたようね…なら、もう心配しなくてもよさそうね。

 

 

「それで?貴女は、身代わりになったと…正気ですか?全く理解できませんね。あの残り滓を生かすために死ぬだなんて」

 

私の後ろの方を見ていた黒いジャンヌが私に訝しげな表情をして聞く。

でもそれは、とても簡単な質問だと思った。

 

 

「もちろん正気よ。彼女も、一緒にいる人達ならこの国を救えると信じてるもの!」

 

だってジャンヌ達を信じているからこそ私は、此処に残れたんですもの。

そう心から思いながらそれを黒いジャンヌに伝える。

 

 

「…本当にわかりませんね。なんであんたがそちらの味方を、それもフランスを守るために死ぬなんて」

 

「そうでしょうか?とても自然なことだと思うのだけど…」

 

私が伝えた言葉が理解出来ないと眉間にシワを寄せながら私を見る黒いジャンヌ。

とても分かりやすいことだと私は、思うけど…難しく捉えているのかしら?

 

 

「――――自然?なんですかそれは…お前もこの国に殺された人間だろう!何故憎まない!何故殺さない!!」

 

心底理解出来ないという不快感を隠さずに黒いジャンヌが声を立てる。

お前もこの国に奪われたものだろう。憎むべき人間だろう。ならば此方側にいるべき人間だと、黒いジャンヌは、訴えかける。

 

 

 

それを聞いた私は…

 

 

 

「――――幻滅です。そのように身を堕としてしまうと、そのようなことも思いつかないのでしょうか…」

 

酷く、嫌な気持ちになった。

たぶん、いえ、きっと私にジャンヌの姿をした彼女にも一番言ってほしくなかった言葉だったのでしょう。

とても悲しい気持ちになる…

 

 

「…では、なんだというのです?」

 

黒いジャンヌは先程と変わらず訝しげな表情で私を見る。

 

…本当にわからないのね。ならば

 

 

「私は、託したのです」

 

「…託した?」

 

このジャンヌ…いえ、竜の魔女に教えてあげましょう。

 

 

「ジャンヌならば…彼女達ならばきっとこの人理修復の旅を、無事に終わらせることが出来る。貴女とその竜も倒すことが出来ると」

 

人という存在は、憎しみだけしかない存在ではない。

それよりも、もっと素敵なことを考えられる存在だってことを!

 

 

「それに私はね、この国のことが大好きなの。恨み言よりも好きなことの方が多く言えます!」

 

心の底から言えるからこそ、こうして笑みを絶やさずに高らかに言えるんです。

 

そして…

 

「みんな大好き!フランス万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)

…だから貴女と話してわかりました。

貴女は、本当のジャンヌダルクではないと確信しました。憎しみしか抱けないような人がジャンヌダルクなら、私は憧れたりはしませんもの」

 

誰よりのこの国が大好きだから救いたいと願い、そして戦ってきたジャンヌだからこそ私は、彼女に憧れたんです。

 

 

――――そう、だから分かるんです。

 

 

「だから、貴女に聞きます。竜の魔女…貴女は、誰なの?」

 

「――――もう黙って消えなさい!」

 

黒いジャンヌは、私の問いに答えずに黒の旗を片手で掲げ、ファヴニールに命令する。

私を消せと、焼き殺せと…

主人の(めい)に従い邪竜は、咆哮を上げる。

 

 

「…」

 

私は、ここで死ぬんでしょうね…

咆哮を聞いている刹那、まるで他人事のようにそう思ってしまう。

 

思い返せば、()い巡り合いでした。

とてもキラキラと輝いて今を生きようとする人達と出会えた。

音楽バカとも会えて、かつて私の首を綺麗に落とした処刑人さんとも会えて、王妃という肩書きを気にしない立香や、初々しくも健気に頑張るマシュ、生前から憧れていたジャンヌ・ダルクとも話せて、そして素敵な約束をした可愛い名前の人…

 

 

「焼き払え!ファヴニール!!!」

 

心残りがないわけではない。

まだ、立香達と旅を続けたいとも思う。だってあんなにも気持ちのいい人達なんですもの。

一緒に旅に出たいと思うのは自然なことよ。きっと!

 

 

だからこそ、私は、此処に立っているんです。

 

 

「――――宝具」

 

あの子達の活躍でこのフランスを修復した最後に、このフランスでフランス万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)を最後に(うた)ってほしいから。

 

 

恐怖を抱え込んで立ち向かえるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは困ります」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

後ろから声が聞こえた。

聞き覚えのある声。この旅で巡り会えた男の人の声。

でもその声が聞こえるのは、あり得ない。だって彼は、ジャンヌ達と一緒に…

 

後ろを振り向く。そして、目に映ったのは

 

 

「よかった…間に合ったようですね」

 

剣を持った黒猫さんだった。

 

ジャンヌ達と一緒にいたはずじゃ…!?

 

 

「く、黒猫さん。なんで此処に…!?」

 

「ここにいた街の人達は全員無事に避難できたのを見たので急いで駆けつけてきましたよ…少し遅れましたが、間に合ったので良しとしましょう」

 

黒猫さんが、私を護るように私の前に背を向けて立ち、ファヴニールの背に立つ黒のジャンヌを見上げる。

 

 

「なるほど、貴女が話に聞く黒いじゃんぬさんですか。本当にそっくりですね。それに竜の方もとても大きい…ん?」

 

「なんでただの人間が此処に…」

 

竜の魔女が疑問を浮かべた表情で黒猫さんを見る。

 

 

 

「ただの人間が一人増えたところで変わりはありません。行きなさい!」

 

そう言って飛んでいる二体のワイバーンに命令する。

命令の内容は、わからないけどやることなんて一つしかない。

黒猫さんに向かって勢いよく飛んでくる。

そして、口を大きく開けて首と腹に喰らいつこうとその強靭な顎を閉じる。

 

 

 

バキャッ ドゴッ

 

 

筈だった。

 

竜の魔女の横を赤い物体が通り過ぎて間もなく、ズシンと後ろにある建物が崩れていく。

 

 

「………は?」

 

 

竜の魔女が唖然とした表情で横を通ったものを見る。

そこには壁に突き刺さって動かなくなっているワイバーンと崩れた建物の下敷(したじ)きになっているワイバーンがいた。

 

 

 

「もうその竜達には戦い慣れてしまっているんですよ」

 

既に振って拳を前に突き出している形を解いて姿勢を戻す。

…たぶん、黒猫さんが殴って飛ばしたのでしょうけど……あら?

 

 

「…っファヴニール!あの人間を殺しなさい!」

 

何かを察したのか、彼女に余裕の表情は既になく。焦りながら邪竜に彼を殺すよう命じる。

 

だけど…

 

 

「その竜、とても怖がっているように見えますよ?」

 

「…え?」

 

竜の魔女が黒猫さんの言葉に硬直させる。

先程、私に向けた強い咆哮を響かせた絶対強者の風格を見せた邪竜の影はなく。

 

 

「何故引こうとしているんですか!ファヴニール!?」

 

まるで怖いものから逃げようとしている小動物のようにゆっくりと相手を刺激しないように後退りしていく。

 

あの時と同じ…いえそれ以上に怖がってる?どうして?

 

 

「どうやら、彼方にとっても予想外な事態のようですね」

 

黒猫さんは、それを眺めながら手に持つ剣を鞘から抜いて邪竜に向かって歩き出す。

 

 

ヒュンッ

 

その時だった。

何かが風を切っていくような音が聞こえた。

それと一緒にパシッと乾いた音を立てて黒猫さんが何かを掴んだ。

 

 

「矢?」

 

黒猫さんが掴んだのは、矢だった。でもその矢は、只の矢でなはなく、魔力が込められているのがわかる。

 

 

「殺す!殺してやる!!」

 

私達の前に緑髪の女性が空から飛んできた。

彼女もサーヴァント…それも話が通じることが出来ないくらい殺気だっている。それに竜の魔女には、目をくれずに私達の方しか見ていない…たぶん竜の魔女に召喚された人なんでしょう。

 

 

「っ!仕方ありません。ファヴニール!引きなさい!」

 

それを見た竜の魔女は、その隙にファヴニールを飛ばして離脱する。

竜の魔女もファヴニールが急に怖がって攻撃しなくなることが立て続けに起これば撤退するのは仕方ないことでしょうね…

 

それよりも…

 

 

「どうやらあの人は、私が狙いのようですね…まりーさん、少し離れていてください」

 

「え?わ、わかりました」

 

「アアァァァ!!!」

 

黒猫さんのいる所から少し離れて弓矢を構えて矢を放とうとしているサーヴァントを見る。

黒猫さんも前にいるサーヴァントに目を向け、そして手に持つ剣を鞘から抜いて

 

 

「先程の竜を追うのは容易いですが…今は、あの女性を倒すことが先ですね」

 

 

前にいるサーヴァントに向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺す。

 

「アァァアァ!!!」

 

殺す!殺す!!

 

街の中に着き、強い魔力を感じた方へ向かい着いた場所に真っ先に目に写った者は、ただの人間だ。なんの力も感じることがない人間だった。

 

殺す!!!

 

だが、狂ってしまった彼女には関係ない。そんなもの、見逃す理由にもならない。

今の彼女には、目に写る全ての人が例外なく殺す対象となっているのだから。

 

 

「ガァアアァァ!!!」

 

弓に矢を(つが)え瞬時に放つ。

 

 

ヒィンッーーーー

 

風を切る音が戦場と化した街中に響く。

その音を鳴らしながら飛ぶ矢が標的となったのは、彼女の目に写った男、黒猫に襲う。

 

 

黒猫は、それをしゃがんで全てを避ける。

先程まで立っていた黒猫の真上を4本の矢が寸分違(すんふんたが)わずに通り過ぎる。何もせずに立っていたとすれば頭と喉と心臓と腹部に直撃していた位置だ。

全て防御するか避けていなければ確実に当たっていた。

狂化され理性を失った状態で(なお)この精度を出す彼女の弓の技術は、紛れもなく一級品と言えるだろう。

 

そして

 

 

ゴガァッ!

 

 

避けた矢が地面に当たっても尚、勢いは止まらず、周囲の地面を抉り飛ばして突き刺さる。

威力も人を一人(ほふ)るには、有り余る力がその矢に込められている。

(はた)から見ても直撃すれば普通の人間は、当たった場所から文字通り真っ二つ(・・・・)に飛んでしまうであろう威力。

それほどの魔力を彼女は、その矢に宿して弓の弦を引き千切れんばかりに引いて放っているのだ。

 

 

「貫かれろ!!!」

 

弓に矢を番え、また放つ。

今度は、逃げ場など与えんと言わんばかりに数を8本に増やす。

それを2秒にも満たない時間で放つ弓の速射もまた常人離れしている。

 

 

 

彼女のその威力を上げているのは自身の魔力だけではない。彼女の弓にも原因がある。

女神から授けられた弓『天穹の弓(タウロポロス)』。(げん)を引き絞れば絞るほどに威力を増す弓が彼女の放つ矢に更なる破壊力を与えているのだ。

 

 

「アァァアアァ!!!!」

 

矢を放つ。矢を放つ。放ち続ける。

 

弓と彼女の技量が合わせ放つ矢は、只の矢ではない。当たった先から抉り飛ばす削岩機だ。

今の彼女が放つ矢をまともに当たれば、たとえサーヴァントでも(ただ)では済まない。

そんな矢を何十本も一人の人間に放ち続けるのは、無駄撃ちと変わらない。

 

 

 

だが、それら全ての標的となっている黒猫の表情に焦りはない。

手に持つ剣の()を握る手に力を込め、そして

 

 

一閃――――

 

バキャッ

 

一太刀で襲い来る8本の矢を全て斬り落とす。

 

 

また一閃――――

 

バキパキャッと乾いた木の枝が割れるような音を鳴り響かせ、その後からも来る矢を一本、二本、三本と、斬り落としていく。

桁外れの威力を持つ矢も、常人では目視すら出来ない高速の矢も、時間差で襲ってくる矢も、ほぼ同じ速度で同時に別々の箇所に当たるように飛ばされた矢であろうと例外はない。

 

 

斬り、折り、砕き、斬って、斬って、斬り落とす。

 

深緑のサーヴァントと黒猫の戦闘をマリーは、一部始終見ているが、唖然(あぜん)とした表情で固まってしまう。

 

 

(やっぱり見えない)

 

唖然としてしまった理由は、黒猫の動きが一切見ることができなかったからだ。

それは、当然と言えるものだ。

マリーは、戦闘を得意としないがサーヴァントだ。

身体能力は、生前より強化されており、そのお陰で戦闘を得意とするサーヴァントが相手であろうとも、能力等で隠されてない素の動きならば目で追うことは出来る。

今まさに戦っているサーヴァントの動きが見えているのが何よりの証拠だ。

 

だから、サーヴァントの動きが見えているのに黒猫の動きが見えていない理由もまた簡単でわかりやすいものだった。

 

 

(あんなに速く動けるのね…)

 

単純に速すぎるのだ。

 

サーヴァントの目ですら捉えられない動きで剣を振り、矢を全て斬り落としている。それだけで黒猫の実力が高いのがわかる。

そして彼が持つ剣は、ゲオルギウスから借りた慣れ親しんでいない剣で、重さも重心も慣れていないそれを、まるで自分の手足のように扱えているのもまた常識外れだろう。

 

あまりにも速すぎる剣速に、敵対する彼女も、戦闘を間近で見ているマリーにも、目で黒猫の剣捌きを捉えることが出来ない。見えた時には、既に振り終えている姿のみ。

そして、ここまで見事に見切られたならば警戒の一つや二つしても何ら可笑しくはない。

むしろしなくてはならないだろう。

 

 

「ゥウアァァアァァァーーーー!!!!」

 

だが深緑のサーヴァントに警戒している様子はない。

先程と変わらず矢を放とうと弓に矢を番え、弦を引き絞る。

彼女の視線は、常にその標的としている黒猫だけしか写っていないが、警戒をしない。いや、しないのではなく出来ないのだ。

彼女の体は、既に狂化によって正常な思考は出来ず感じることも出来ない。

ただ目に写る人全てが殺す対象としか抱けない。激情に突き動かされてしまうから警戒など出来るはずがない。

 

 

 

 

故に…

 

 

魔力を溜め込んだ矢を限界まで弦を引き絞り放つその時、一瞬たりとも目を離さず、目に写していた男の姿が眼前から消えた。

 

 

 

 

 

 

この戦いの勝敗は、必然であった――――

 

 

 

ドッ――――

 

 

 

 

瞬間、彼女の胸を剣が貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パキィッ

 

体の中の何かが砕けたのを感じ、目が覚める。

体に力が入らない…それに胸が痛い。

 

 

「これはっ…」

 

胸元を見ると、服が赤く染まっているのが見えた。

それが自分の血で染まっていることにそれほど時間は、掛からなかった。

それに…

 

心臓を貫かれているな…

 

それを自覚した時、胸に痛みが走る。

胸から血が流れ落ちていくのを肌で感じる。

 

熱い…そして寒いな…

あぁ、でも、自我を取り戻してこのような状態になっているということは

 

 

「やっと…終われるんだな…」

 

目を閉じて自分の終わりを感じる。

狂化された後の記憶はない。だが、この国の民を無差別に殺すという命令だけは覚えている。

狂化を無理矢理付けられ意思も行動も奪われた私は、目に映った人間を殺してきたのだろう。

男も女も年齢も関係なく…子供も殺してしまったのだろう……だが

 

 

 

もう、そんなことをしなくてもよくなったのだな…よかった……

誰彼構わずに殺さなくてもいいことに安堵する。

 

 

「…目は覚めましたか」

 

声が聞こえて目を開ける。

 

見知らない男が私を支えながら見下ろしている。そういえば何かに支えられてる感じがしていたな…

そう思いながらふと、地面に目を向けると矢が折れて散らばっているのが見えた。

 

 

「これは…」

 

10や20ではきかない数だ。

それに、この散らばっている全ての矢に私の魔力が感じられる。

そんなところで私の自我が戻ったということは…

容易に想像が付く…付いてしまった。

 

 

……そうか、この男が私を

 

 

「あぁ、止めてくれたのか……迷惑をかけたな」

 

男に礼を言う。暴走していた私を止めてくれたのだろう。

そして、その戦いで形振り構わず魔力を使ったのだろうか、魔力を使い果たしてしまっていて体が思うように動けないが、声はまだ出せる。

 

このぐらいしか礼を言えないのが心苦しいがな…

 

 

「謝るのは、私の方です…」

 

「?」

 

男が私に謝る。何故だ?迷惑を掛けたのは、汝ではなく私だろう。

謝る必要など何処にも無いと思うが…

 

 

「このような方法でしか貴女を止めることが出来ませんでした……」

 

……あぁ、そういうことか。

私を殺すことでしか止められなかったことに()いているのか。

 

 

「私は、サーヴァントだ。此処では消えるがただ座に戻るだけだ…お前が気に病むことはない…」

 

「…それでもです」

 

謝る必要はないと言っているのにこの男は、謝る。

魔力を感じない人間がサーヴァントの身である私を倒したのには内心驚いていたが…

 

 

「馬鹿なやつだな…」

 

この男は、馬鹿な人間だ…

敵であった私を倒したんだ。喜びこそすれど悲しむことはないだろうに…

 

体の半分以上が金の粒子となって消えている。もう此処から居なくなるだろう。

 

 

「……」

 

 

…でも、あぁ、このような男に止められて良かったのかもしれないな…

 

 

――――もし、叶うのならば

 

 

「次は、お前のような奴のところにいきたいな……」

 

そして、今度こそ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腕で支えていた緑髪の女性が金色の光になって消え、光が空に向かって消えていくのを見届けて立ち上がる。

 

 

矢も消えていく…

辺りに散らばっていた矢も同じように消えていることに気が付く。

先程まで戦っていたあの女性の存在がまるで最初から無かったかのように消える。

残ったのは、戦闘によって出来た傷跡だけ…

 

 

…そうなのでしょうね。

あの女性も英霊という存在。既に何処かで死んでいる身なのだから存在しなくなるのも当然なのでしょう…しかし

 

 

「元は良い人だったのでしょうね」

 

彼女は、話に聞く狂化というもので理性を無くされたのだろう。

ただ目の前にいる人を殺すことしか出来なくなるくらい狂わされたことは、戦っていて分かりました。

だからこそ、彼女を手に掛けることに対して一切の躊躇はしなかった。

 

 

「…」

 

 

私は、まだ英霊の方々のことをよく知りません。

彼女が何を思っていたのかもわかりませんが…ただ、一言言わせてもらえるのならば

 

 

()瀬無(せな)いですね…」

 

あの女性の最後に消える姿を見てそう思ってしまう。

もし、彼女がまた何処かで召喚されるのでしたら…

 

今度は、彼女にとってとても良い所であることを切に願います。

 

 

「黒猫さん…大丈夫?」

 

戦闘が終わったのを見たまりーさんが私に近づいて心配した表情で聞いてくる。

おそらく先程の戦闘で傷を負ってしまったのかを確認してるんだろう。

 

 

「はい。この通り、何処も問題はありませ…どうしました?」

 

怪我(けが)など一つもないことを体を前後ろと見せていると、まりーさんが私の目の前まで近づく。

 

何か…

 

 

「…えい!」

 

「え?」

 

ぐにぃ

 

あったのだろうかと思った時、まりーさんが私の両頬を指先で軽く摘まんで引っ張る…え?

 

 

「はにを…?(訳:なにを…?)」

 

「黒猫さんがなんでもないなんて嘘をつくからよ!」

 

引っ張っていた指を離しながらまりーさんが怒っている。

本当に体は、問題ないと思うのですが…

 

 

「そんな沈んだ顔をして大丈夫だなんて言われて信じる人なんていないわ」

 

…どうやらまりーさんの言っている大丈夫は、身体のことではなかったようだ。

自分でも知らず知らずのうちに暗くしてしまっていたらしい。

 

前々から言われてますが、私ってそんなにわかりやすいのでしょうか…気を取り直しましょう。

 

 

「そうでしたか…ありがとうございます。まりーさん」

 

「そうそう!黒猫さんも暗い顔よりもそっちの方がとても魅力的よ」

 

今度は問題なく、まりーさんが受け入れてくれた様子を見ると元の感じに戻れたんでしょう。

 

では、次は…

 

 

「それじゃあ、私達も立香達の所へ向かいましょう!」

 

「はい」

 

まりーさんと一緒に街を出ていく。

 

あとは、立香達の方に向かうだけ…すれ違いにならないように気をつけましょう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジャンヌさん達が、そろそろこちらに着くようです」

 

「聖人も連れてきてくれてるってことは、これで呪いが解けるんだよね」

 

「はい!」

 

蛇のような蜥蜴のような二人のサーヴァントの戦闘を止めた頃に通信が繋がってジャンヌが私達の所に着く知らせを聞いて喜ぶ。

 

 

これでジークフリートの呪いも解けるんだ。ジャンヌ達も戻って来てくれるし…あ、噂をすれば少し遠くにジャンヌ達が目に映る。

 

 

「ジャンヌー!こっちこっち!」

 

「!皆さん、無事でしたか」

 

ジャンヌ達も私達に気付いて走ってくる。ジャンヌも問題なさそうだね…よかった。

 

 

「うん、なんとか…そっちの人は?」

 

「ゲオルギウスといいます」

 

ジャンヌが連れてきたサーヴァントが私達に真名を教えてくれる。

ゲオルギウス、この人が私達が探していた聖人のサーヴァント…ジャンヌとゲオルギウスの二人でやっとジークフリートに掛かってる呪いが解けるんだ…あれ?

 

 

「…マリアと黒猫はどうした?」

 

アマデウスも私と同じことに気付いてそれを聞く。

それを聞かれたジャンヌは、何故かとても言いずらそうにして顔を俯く。

 

もしかして、二人に何かあったんじゃ…

 

 

 

 

「…二人は、竜の魔女を食い止めるために街に残りました」

 

……

 

「…え?」

 

ジャンヌの言葉を聞いて一瞬、頭の中が真っ白になる。

マリーと黒猫さんが黒いジャンヌにって…

 

 

私が固まっている間にもジャンヌが経緯を説明する。

まだ避難出来ていない人達と、呪いが解けるジャンヌとゲオルギウスとが倒されないために二人は、黒いジャンヌに向かっていったらしい。

 

マリーと黒猫さんが黒いジャンヌを食い止めるために街に残った…その言葉だけで二人がどうなるのかなんて事は、私でも想像出来てしまう…すごく嫌なことを頭に浮かべてしまった。

 

 

「お願いします。あの二人を信じてあげてください…」

 

「そ、そんな…っ」

 

言葉を詰まらせてしまう。

ジャンヌが信じてほしいと言うけどその表情は、とても悲痛な表情で何かに耐えているようだったから。

 

 

ジャンヌも思ってるんだ。今も戻りたいって思ってるけど、何も出来ないって…そして、わかってるんだ。二人がどうなるのかも…

 

 

「そっか…あの二人ならそういう行動を取っちゃうよね」

 

「アマデウス…」

 

「特にマリアなら僕達がいたとしても間違いなくそう選択するだろうね…ジャンヌ、ジークフリートの呪いを治してあげてくれ」

 

「は、はい!」

 

アマデウスが、どこか納得した感じでジャンヌの言ったことを受け入れる。

そして、ジャンヌにゲオルギウスと一緒に呪いを解くように言ってジークフリートの方に向かうように言う。

たぶん、思い詰めてしまっている彼女を気遣ったんだろう。

 

 

「そうだな。もしも、戻ってこなかったら二度目の別れになっちゃうんだよね…うん、想像するだけでも凄く堪えるね…立香、悪いけど少しだけ一人にさせてもらうよ」

 

ジャンヌとゲオルギウスがジークフリートの方に行って離れた時にそう言って街中を一人で歩いて私達から離れていく。アマデウスも気持ちが整理出来ていないんだろう。

 

私もそうだから分かる。今は、そっとしておこう…

 

 

「アマデウスさんのところに…」

 

「行っちゃだめだよマシュ」

 

「で、ですが…」

 

マシュが一人で行ったアマデウスを追いかけようとするのを止める。

こういう時は、無理に行ったら逆に気を遣われちゃうから…なにより、アマデウス自身の気持ちが整理できなくなるかもしれない。

 

 

「今は、誰にも触れずにそっとしておくのが一番だよ…だからマシュも我慢して」

 

「…はい」

 

「そうそう、ああいう時になったら余計なことはしないことが得策よ」

 

「…やっと回復して来てみれば、先程の人の知り合いの方と別れてしまったのでしょうか……私もわかります。別れというのは、とても辛いものです」

 

私達が話しているとさっき戦って倒れていた二人が来て、しれっと会話に参加してきた。話の途中から聞いていたからか二人共、内容は大まかにしか分かってないようだ。

 

 

 

……………というか

 

 

 

 

「…なんで貴女方もついてきているんですか?」

 

マシュもなんでって思ったんだろう。

訝しげな視線を二人に向けている。

 

 

「別にいいではありませんか。それに敵が来ましたら私もお手伝いしますわ」

 

「そうよ。別に邪魔はしないし、付いて行ってもいいじゃない」

 

「…まぁ、それなら構いませんが」

 

マシュは、納得していないところがあるようだけども妥協する形で二人の同行を認めたようだ。

二人とも悪い人じゃなさそうだし、大丈夫だとは思うけどね…

 

 

「それよりもそちらの方」

 

「私?」

 

「そう、貴女です。いきなりですけど私とサーヴァントの契約をしませんか?」

 

契約。たしかサーヴァントを使役して戦ったり、令呪で命令が出来るようになるっていうあの契約かな?

 

 

「先程も言いましたが、敵が来ましたら私も戦います。ですが、やはりマスター無しですと限度があるんです」

 

「うーん、それなら別にいいけど…」

 

「では、小指を立ててくださいな」

 

私が小指を立てると彼女も同じようにして小指を立て、そして小指と小指を絡めるようにしてくる。

 

これって…指切り?

 

「ゆーびきーりげんまん」

 

あ、やっぱり指切りだった。

 

「嘘ついたら灼熱地獄(しゃくねつじごく)に落としてからはりせんぼんのーます…はいこれで契約完了です。これからは、私の事は清姫とお呼びください」

 

何かが繋がる感じが体から感じた。これがサーヴァントとの契約かぁ…

 

 

 

ちょっとまって…

 

 

「あと嘘をついたら燃やしてしまうかもしれませんので、くれぐれも嘘はつきませんように」

 

今なんかものすごく変なの付け足して言わなかったこの人!?しかも冗談に聞こえない…っていうことは嘘ついたら燃やされちゃうの!?

 

 

 

 

 

「呪いの解呪が終わりました!」

 

私と清姫がサーヴァントの契約が終わった時にジャンヌの方も終わったようだ。

これでなんとか一段落着いた感じがしてホッとする。

 

 

「みんな、本当にすまない。だが、これで俺も戦闘に出られる」

 

「呪いが解けてよかったよ!」

 

「ああ、迷惑をかけた…これから君の事はマスターと呼んでもいいだろうか?」

 

「え?うん、いいよ」

 

「感謝する。では、マスター。早速だが助けてくれた礼をあのワイバーンを倒して少し返したい」

 

そういってジークフリートが剣を構える。

剣を構えた先の上空を見るとワイバーンが三体こちらに向かって来ているのが見える。

どうやらジークフリートは、あのワイバーンを倒して治してくれたお礼をしたいようだ。

 

お礼なんていいんだけど…うん、それなら私もマスターって言われてるし、それに応える返事をしなきゃだよね!

 

 

「うん、よろしく!」

 

「私は、いつものように先輩を守ります」

 

「私も立香を守りますので後ろは気にしなくても大丈夫です」

 

「今は剣がないので下がりますが、私の身体は、かなり頑丈なので貴女方の盾ぐらいはさせていただきます」

 

「私もサーヴァントとしてマスターをお守り致しましょう」

 

「あの程度の敵じゃ、盛り上がらないから譲ってあげるわよ」

 

ジークフリート以外は、皆後ろで私を守るようにして構えてくれている。マシュだけでも心強いのに、そこに五人もサーヴァントが加わって守ってくれることにすごい頼もしく思える。

 

 

「了解した。では行ってくる!」

 

それを見たジークフリートは、直ぐに前を向き私達に背を向けてワイバーンに向かって走り出す。

 

 

「はぁあ!!」

 

ジークフリートが剣を振ってワイバーンを切り裂いて難なく倒していく。最初に会った時のような弱い感じはなく魔力も十分に出せている感じがわかる。

 

 

「呪いも完全に無くなって、自由に動けてますね」

 

『お、どうやら聖人も見つかって、ジークフリートも戦闘出来るようになっているようだね』

 

通信からロマンもジークフリートを見て私達の状況を把握したようだ。私もちゃんと呪いが解けてるんだと分かってちょっとだけホッとしてる。ワイバーンもあと一体にまで数を減らしている。これなら援護は、しなくても大丈夫そうだね。

 

 

『これならあの邪竜も倒せそう…待った。たった今、物凄い速度でそっちに向かってきている反応を探知できたぞ!』

 

落ち着いていた感じが一転、慌ただしい感じでロマンが私達に言ってくる。

こっちに向かって来てるって…まさか

 

 

「今度はサーヴァント!?」

 

『いや、サーヴァントの反応じゃない。それにこの反応は、人の反応だよ!なんだこの速さ、本当に人間が出してるのか!?もうそっちに!!』

 

 

 

ボゴキャッ

 

 

 

ロマンがそう伝えた直後だった。

空から何かが凄い勢いで飛んでいるワイバーンを地面に叩きつけると同時に煙が舞う。

一体誰がと思いながらワイバーンが落ちた場所を見る。

そして、煙がゆっくりと晴れていくと…

 

 

 

 

「合流してみればまた竜がいるとは…本当に多いんですね」

 

 

 

そこには地面をへこませて倒れているワイバーンを見ている黒猫さんがいた。

 

 

 

 

…え!?

 

 

「黒猫さん!」

 

「立香さんにましゅさん。そちらも大変だったようですね…怪我はありませんか?」

 

「うん、怪我なんてないよ…それよりも黒猫さんも無事だったんだね!」

 

問題なく歩いてくる黒猫さんを見てマシュも私も喜ぶ。

あの黒いジャンヌから無事に私達の所に戻ってこれたんだ。よかった…

 

 

「よかった…本当に…無事でよかった……」

 

「…はい、貴女も無事でよかったです」

 

私の横にいるジャンヌは、黒猫さんが無事だとわかって両手で顔を覆う。

表情は、わからないけど、肩を小さく震わせながらすすり泣くような声が聞こえる。それを見た黒猫さんがジャンヌの背中をゆっくり擦る。

私もジャンヌの両肩を手で支える…うん、本当に無事でよかったよ…

そして黒猫さんがジャンヌからゆっくり離れてゲオルギウスに手に持っていた剣を両手で持って渡す。

 

 

「げおるぎうすさん、この剣お返しします。とても助かりました」

 

「それは何より、貴方も無事に戻ってこれてよかったです」

 

ゲオルギウスも貸していた剣を快く受け取る。

ゲオルギウスが武器を持っていなかったのは黒猫さんに貸していたからだったんだ…

 

 

「黒猫、お前が無事でよかった。そしてすまない。迷惑を掛けた…」

 

「いえ、こちらこそ御心配をおかけしました…呪い治ったんですね」

 

「ああ、これで迷惑を掛けた分をお前にも返していこうと思う」

 

「迷惑など思ってないのですが…」

 

「あら、お久し振りです。黒様」

 

ジークフリートと話している時、清姫が黒猫さんに声をかける。

え?黒様?お久し振りって…清姫って知り合いだったの?!

 

 

「清姫?清姫ではありませんか。貴女も立香達と出会ってたのですね…」

 

「はい、これも運命というものでしょう」

 

黒猫さんと話している清姫に、さっきの蛇VS蜥蜴(とかげ)のやっていた燃やしてやるーっていう感じはなく。なんだか親しい間柄の人と接している感じがする…やっぱり黒猫さんって清姫と知り合いなのかな?

 

 

「あんた、この人間と知り合いなの?」

 

「えぇ、危ないところを助けていただいた恩人(だんな様)ですわ」

 

「…今、なんかすごい変換されているような感じに聞こえたんだけど」

 

たぶん私達と出会う前に、この特異点で会ったんだろう。

どうやら親しい感じは、気のせいだったようだ…私も変な感じに聞こえたけど気のせいだと思おう。

 

 

 

 

 

「黒猫さん、その…マリーは…」

 

ジャンヌが言いづらそうに黒猫さんに聞く。

あまりに喜びすぎて、そっちまで気が回せなかった…でも、黒猫さんが一人ってことは、マリーは…

 

 

 

「まりーさんもこの街に来ていますよ」

 

最悪の結果が一瞬にして砕け散った。

 

 

 

「――――本当ですか!?」

 

「はい。まりーさんも私と同じで無事です」

 

「っ!よかった…」

 

ジャンヌが思わずもう一度黒猫さんに聞く。でも変わらずにマリーが無事だと教えてくれる。

それを聞いてジャンヌから、さっきまで張り詰めていた雰囲気が消えて、とても安堵した表情を浮かべて喜んでいる。

 

 

「やったーーー!!!」

 

私も心の底から大声で喜ぶ。ジャンヌとゲオルギウスの話を聞いて想像しただけでも助からないんじゃないかって思うくらい絶望的だったんだ。

でも、そんな状況だった二人が戻ってこれたんだ。そのことに喜びすぎて思わず口から声が出ちゃうくらい…というか嬉しくないわけがないし隠す必要がないよ!

 

 

「あれ?それでは、マリーさんは今どちらに?」

 

「まりーさんでしたら…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うん、わかってた。

君がそういう女性だって。

だから心配もしたし、気も僕なりに配っていた。

 

 

黒猫も一緒に行ってくれたようだけど、相手はあの竜の魔女だ。いくら黒猫が格闘が強くても分が悪いだろう。

しかもあの邪竜だって連れてるかもしれない。

覚悟しなきゃいけないね。

二度目の別れになるかもしれないんだ。

 

 

音楽しか愛せない僕でもいなくなってほしくない人だっている。

 

 

「君に弾けると思ったんだけどな」

 

そう思わず口にしてしまう。

ああ、嫌だ嫌だ。

まったく。なんて嫌な想像しか思い浮かべられないんだか。これじゃまたマリアに怒られてしまうよ。

でも、本当の事だからね。そう言っちゃうのも、思うのも仕方ないか。

 

 

 

もう一度、彼女に聴いてほしいからな…

 

 

 

 

 

「あら、弾いてくれないの?」

 

 

 

 

 

「――――」

 

後ろからそう聞き返された。

いや、それよりも僕は、この声の主を知っている。でもそんな筈は、だってこの声の主は――――

 

 

 

え?

 

「マ、マリア?」

 

後ろを振り返ると、其処にはマリアがいた…

 

 

「え?あれ?どうして此処に?たしか君は黒いジャンヌの方に…」

 

「実は、私も戻れないと思っていたのよ。でもね…」

 

マリアが言おうとする前に、マリアがこの街にこれた理由がもう一人残った人物がやったんだとすぐに思い当たった。

 

 

「黒猫か!」

 

「そうなの。竜の魔女に自爆覚悟で行こうとしたところを彼に止められちゃったの!」

 

やっぱり黒猫がやってくれたのか…というかマリアは、やっぱり自爆覚悟だったか…笑顔で堂々と言う辺りがマリアらしいね。すっごいギリギリだったようだけどね。

 

 

「その後も色々あって彼の戦いを間近で見れたの。とても素敵だったわ!後で皆にお話ししようと思うの!」

 

あっちで凄いことがあったんだろう。マリアがとても嬉しそうに語る。

本当に彼女が目の前にいる。この召喚された場所で会った時と同じぐらい僕も嬉しく思う。

 

頬を小さく抓る。痛い。やっぱり夢じゃないんだね。

 

 

「どうかしたのアマデウス?」

 

「なんでもないよ。それで僕の曲が聞きたいのかい?」

 

「約束だったでしょう。それで、この戦いが無事に終わったら弾いてくれないかしら?」

 

マリアがさっきの言葉をもう一度僕に聞いてくる。

 

 

その返事にどう答えるかなんて、もう決まっている。

 

 

「――――もちろん弾くとも。それも今までにないくらい最高の演奏を弾いてみせるよ」

 

「ええ、楽しみにしてるわ!」

 

彼女がいつもと変わらない満面の笑みで応える。

それを見て改めて思う。

 

 

 

この縁に心から感謝をしよう…ああ、本当に夢みたいだ。




「ところで」

「どうかしたの?」

「僕が小さい頃に君に言ったあのプロポーズなんだけどさ。なんで現代であんなに有名なってるか知っているかい?」

「あの素敵な言葉ね!あの時の私もそのプロポーズがとっても嬉しくってお城中にその話をしたものよ!」

「あー嬉しいのはわかったよ。君そういうの好きだから…ちょっと待て、その話を君が城中に話したのか?」

「ええ!だってとっても素敵な話だったんですもの!その時の気持ちも込めて言ったわ!」

「……か」

「アマデウス?」




君の元凶(せい)かぁぁぁぁああ!!!!



音楽家の悲痛な叫びが街に響いた……

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