Fate/Grand Ordar The lost memory 作:カラクリヤシキ
ならば…
順調だ。
私から見ても火を見るよりも明らかな状況だった。
「…なんなのよ」
城の廊下をずかずかと早足で歩きながら呟きながら、今までの行動を思い返す。
フランスを確実に壊すためにあらゆるものを聖杯で呼び寄せた。
初めは、竜種のワイバーンを、そして今度は、私達の切り札となる邪竜。次は、戦力をより高めるためにサーヴァント七基を用意した。
従わない善性を持つサーヴァントも出る可能性があるから狂化のスキルを付与させて無理矢理にでもフランスの民を殺すように命じた。
順調だ。
その結果は、良好。
狂化もあるからかサーヴァント達の行動は、より殺しに向けて行動を起こしてくれた。
しかも、もう一人の私は、滓のような霊基。しかも、カルデアという組織から来たマスターも魔術の一つも使えない半人前以下で、擬似サーヴァントになっている娘も半端ときている。
まさに思わぬところからの幸運。全てが上手く行く兆候だと思った。
順調だった。
そう、思ったのだ…なのに、なのにっ!
「ジル!ジルは、いますか!」
バンッと勢いよく扉を開け中に入る。
この城の中心部にある広間の中央に黒ずんだ青いローブを何重にも重ねて着込み、目を大きく剥いた異相をした男性がいる。
その人物こそ私が探していた者、キャスター。ジル・ド・レェ。
「おや?どうかなされましたかジャンヌよ」
「どうもこうもないわよ!
あの聖女を見つけて追ってみたら既にいなくなっていたのよ!」
「それは、お気の毒に…」
「しかもあの聖女を逃がすために残ったマリーも消すこともできなかったのよ!全く腹立たしい…!!」
思い返すだけでも腹が立つ。
只でさえ、此方のサーヴァントが既に4騎も殺られている。
これだけ殺られていて相手のサーヴァントの数は、減らず、むしろ増えていく始末。
しかも折角、相手のサーヴァントを一騎を消せる絶好の機会だったのに、それを逃した。しかも、おまけだと言わんばかりにワイバーンも大量に殺されていて竜の戦力も激減している。
優位な状況だったのに、何故か此方が追い詰められていて上手くいかない現状にイライラしない訳がないだろう!
「殺すことが出来なかった?ファヴニールも連れていた筈では?」
「連れて行きましたよ。でも、なんでかは知りませんが、いきなり攻撃をすることを中止したんです」
「ファヴニールが攻撃を…近くに竜殺しのサーヴァントがいたのでは?」
「いなかったわよ。そんなサーヴァント…」
ジルが不思議そうに頭を傾げるが、それは、私が聞きたいことだ。
何故此方の戦力で最大の力を持つファヴニールが戦わなかったのかなんて私が一番知りたい。
「でも、代わりにおかしな人間がいました」
「おかしな人間?」
「マリーが私に宝具を放つ前に人間が来たんです」
本当に予想外だったのは、あの人間だ。
フランスの連中が着ているような服じゃない。確か日本で着物って呼ばれてるものを着ていた男。
「街の住人か旅の者かは定かではありませんが鉢合わせることなど不思議では…」
「私もそう思ってすぐに殺すようワイバーンに命令しました。何の力も感じなかった人間なのに…」
大方、旅人か、流れ着いた服を着ているだけの人間だろうとふんでワイバーンに殺せと命じた。
後は、自分すら守れない力の無い哀れな人間が喰われて此処で死ぬ奴が一人増えて終わり。そうなる筈なのに…
「…あの人間、ワイバーンを素手でぶっ飛ばして殺したんですよ」
「………は?」
ジルが硬直する。
直で見た私も、今でもそれが信じられないのだからその反応は、仕方ないだろう。聖杯で召喚したばかりのワイバーンとはいえ仮にも竜種。只の人間が一人で太刀打ちできるはずがない。
なのにあの男は、平然とワイバーンを倒した。
しかも、慣れてるなんて言う始末…ほんっとうに、訳がわからない!!
「人間がワイバーンを素手で倒すとは…その人間は今どうなさっているのでしょう?」
「わかりません。その後にバーサーク・アーチャーが来てくれたのでその場から離れることが出来ましたが、城に戻る時にアーチャーが倒された事はルーラーの能力で知りました」
嫌なことほどよくあるということが連続で起きている。まさか、あの速いアーチャーも殺られてしまうとは思わなかった。
「アーチャーまでもが倒されるとは…」
「えぇ、それに離れてからそんなに時間も経っていなかった。もしかしたらその人間が…」
「流石にそれはあり得ないでしょう。いくらその人間が馬鹿げてる怪力だったとしても所詮は、人間。サーヴァントを相手取るには無理がありましょう」
「…そうね」
ジルの言う通り人間がサーヴァントを倒すことなんて、極端に言えばアリ一匹がゾウに勝てなんて言うくらい無茶な話。
いくら狂化で狂っていようとも英霊が真っ向から人間にやられるなんて荒唐無稽にも程がある。
よく考えれば、あの場には、マリーがいた。
サーヴァントを上手く使ってなんとかバーサーク・アーチャーを倒したのでしょう。
それがとても自然だ。
「はぁ…疲れたので部屋に戻って少し休みます」
「かしこまりました」
まったく、変なことを考えてたから疲れた。
サーヴァントが人間に倒されるなんて考えちゃうなんて…思ってるよりも疲れているんだろう。
今日の侵攻は、休むことにしよう。
さっき勢いよく開けた扉の取手を掴んで開けて部屋を出る…
『貴女は、誰なの?』
ふと、頭の中にその言葉が思い浮かんだ。
「ねえジル」
扉を開ける手を止めて振り返らずにジルに聞く。別に気になっただけの大したことないものだ。
「なんでしょう?」
「私は、正真正銘のジャンヌダルクよね?」
私が本当のジャンヌダルク
別に気になっただけのことだ。
「ーーーーええ、もちろんですとも。
この国に復讐をすることを誰もが認める御方。紛れもないジャンヌダルクでございます」
ジルが笑みを浮かべてそれを肯定する。
ギョロっとした目で笑う姿は、相変わらず不気味に感じてしまうけど、それをジルから聞いて安心した。
「そう、わかったわ」
それを再確認して、今度こそ扉を開けて部屋から出る。
そう。私は、ジャンヌ・ダルク。
この国に復讐することを誰もが認め、神を否定する英霊ジャンヌ・ダルクだ。他の誰でもない。本物だ。
一方、竜の魔女ジャンヌが悩みを膨らませてしまった原因の一人である黒猫はというと…
「さて」
片手に包丁を握って目の前にある木の板に置かれている魚を見つめていた。
――――遡ること一時間前――――
「ここで野営をしましょう」
マリーと黒猫さんが私達の所に戻ってきて、ジークフリートの呪いが解けたのを確認した私達は、街から出てまだ夕方になる手前に野営が出来そうな所を見つけることが出来た。
『じゃあ、そっちに食事を送るようにするね』
「了解です」
「やっと休めるよぉ」
カルデアから食事が送られてくるようだ。
周りに敵の反応も無いことを聞いた私は、やっと休むことが出来ると思って体の力を抜いて、近くの木に背をもたれる。
「お疲れ様です。先輩」
「うん、マシュもお疲れ…今回の行動でジークフリートに掛かっていた呪いも解けて、なにより皆が無事でよかったよ…」
「はい。本当によかったです」
周りにいる皆を見る。
怪我らしい怪我は、負っていない皆の姿を見てホッと安堵する。
特にマリーと黒猫さんが敵のジャンヌの足止めをするって聞いた時は、正直まずいんじゃないかと思ったけど、二人が怪我もなく無事に戻って来てくれて本当によかった。
「戦力も増えて、あの邪竜ファヴニールを生前に倒せたジークフリートさんも戦闘が出来るようになったということは、いよいよ敵に攻め込めるんですね」
「明日、いよいよ大詰めかぁ…」
あの邪竜を倒せる手段が整ったんだから当然と言えば当然なんだろうけど、やっぱりまだ『私達で倒せるかな?』って思ってしまう。
「明日に備えて一度、皆さんの調子を見ながら明日の作戦も立ててみませんか?」
「明日の準備だね」
ジャンヌが明日の為の準備をしようと提案する。
確かにこっちの態勢をちゃんと把握しておかないと大変なことになるかもしれないよね。それが終わったらゆっくりしようかな…
「それにしても…送られてくるの遅くない?」
皆の調子を見たり明日の行動を話したりして、かれこれ30分くらい経ったと思うけど、一向にカルデアから食事が送られてくる気配が無い。
今日も結構動き回っていたから、そろそろお腹が減ってしょうがないし、喉も渇いてるから早く水も飲みたい。
「そうですね。ドクター、補給物資はもう届けましたか?」
『あれ、届いてない?おかしいな。もうとっくに送ったはずなんだけど…ちょっとまってね。今確認してみるよ』
ロマンは、もう送っていると言っているけれども私達の所にそれらしい物が何処にも見当たらないのを見てロマンが映っていた映像が消える。
たぶん、カルデアで確認しているんだろう。
『皆、大変だ!』
それから間もなくカルデアから通信がまた入ったけど、映像に映るロマンは、声を上げて慌てている様子を見せる。もしかしてまた敵が…!
「どうかしたの?!」
『実は、さっき送った物が君たちの所じゃない別の場所に落ちちゃったようなんだ。しかも、落ちた場所に動物の生命反応が沢山あるんだよ!!』
ロマンが慌てながらも教えてくれたそれは、私にとってはとても良くない事だった。
カルデアから送られた食べ物が入っている物の所に動物が集まっているってことは、つまり…
「それって、食べられてるってことじゃないの!?」
「皆さん、急ぎましょう!ドクター、場所をおしえてください!」
『そこから東に向かって一直線だよ!』
私達は、休めていた足に力を入れて、落ちた場所に向かって走り出す。
今なら、まだ間に合うかもしれない。お願いだから食べ尽くさないでと思いながら走り続ける。
「………あ」
黒猫さんが走りながら小さく呟く。
走りながら黒猫さんを見ると、何処か言い辛そうにしている。それに対して嫌な予感がするのは、気のせいだと思いたい。
「『あ』って何!『あ』って黒猫さん!?」
「…私も気になって生命察知をして見つけたのですが、悪い知らせになると思いますがよろしいですか?」
あ、やっぱり良くないことだった…覚悟しよう。
「すごーく聞きたくないけど、お願い!」
「その送られた場所にいた生命反応なんですが…
その場から離れていってるんですよ」
『……』
タッタッタッ
それを聞いた私達は、沈黙になりながらも走り続ける。
カルデアから送られてきた物の近くにいた動物が離れていってる。食事があったのになんで?と思ったけど、すぐに想像が出来てしまった。
美味しそうな匂いのするものに近づく動物は、中身を漁って食べる。当然その間は、其処に居座り続けるだろうけど…
もし、敵に襲われていないのに食べ物がある場所から離れるとしたらそれは、どういう時?
そんなもの決まっている。
「私達の食事――――!!!!」
今出せる全力を出して走って向かった。
「――――」
「これは、見事に食い散らかされてるね。食事が全滅だ」
カルデアが送った物が落ちている場所まで辿り着いた。
でも、時すでに遅く。私達の前にあるカルデアから送られてきたであろう箱は、倒されて開けられていて、お弁当だったであろう入れ物は、全て中身が無くなっていた。
「わ、私達のごはん…」
思わず両手と両膝を地面につけてしまう。
お腹が減っているのにあんな全速力を出したから只でさえ少ない体力を無くしたからだと思う。もう走る気力がないよ。
『…直ぐに確認出来なかった僕達のミスだ。ほんと、ごめん』
「う、ううん。仕方ないよ。カルデアの機械の調子も悪かったんだし」
ロマンが謝るけどカルデアは、レフの裏切りの際に使われた爆弾でかなりの被害があって、まだ修復しきれてないんだからしょうがないよ。
「もう一度送ることって出来ないんでしょうか?」
『うーん、こんなに離れて送られてしまうようだと、システムにエラーがあるはずだから少なくとも今日一日は、使えないと思う』
「そうですか…」
『うん…あれ?よく見たら散らかされてるのって一つだけ?』
マシュと話していたロマンが落ちている箱に目を向ける。
何か変なところがあったのか、不思議そうに顔を傾げている。
「え、はい。そうですが…」
『おかしいな。確か二つに分けて送られてるはずなんだけど、その近くに見当たらない?』
「え、二つ?」
一つじゃなくて二つ送られてきた?ということは、まだ手付かずのやつがあるかもれないってこと…そうおもったら少しだけ元気が出てきた。
「あれは…」
「黒猫さん?」
黒猫さんが近くにあった木に登って少し上がった所で直ぐに降りてくる。地面に着地した黒猫さん見ると、箱を両手で抱えている。まさか…
「もしかして、それ!」
『間違いない。僕達が送った物だよ!木の枝に引っ掛かっていたのか!』
地面に置かれた箱を開けてみると水の入ったペットボトルとお弁当が目に映る。
よかった。こっちは、手付かずだったみたい。それに…
「包丁、フライパン、油、塩に胡椒、野菜が幾つか…これって?」
『…そういえば、ダヴィンチちゃんが向こうで調理出来そうなのがあったら雰囲気的にもいいんじゃない?って冗談で送ったのを聞いてたよ。まさか本当に送ってるとは思わなかったよ』
「不幸中の幸いですね」
本当に不幸中の幸い。
水は、もちろん。塩、胡椒に味噌といった調味料。更にフライパン、鍋、あと包丁まで用意されていた。
私は、天才だからね!っていうダヴィンチちゃんの言葉が幻聴で聞こえるよ。だけど…
「食料が足りませんね」
そう、食料が少ない。
水は、十分あるけども、お弁当が三人分でとてもじゃないがここにいる皆に満足に配れるような量じゃない。
『たぶん、もうひとつの箱にも入ってたんだろうけど…』
「ああなっちゃってるもんね…」
もう一つの箱から引っ張り出されている空の弁当箱の量を見ると、三つで全員分だったんだろう。
せっかく見つけたのに皆に配れない…どうしよう。
「…あ、そうだ。せっかくだから鍋で料理を作ろうよ!」
箱に入っていた鍋を取り出す。これなら全員分の料理が作れるはず。
「それは、いいですね。材料は、野菜だけですが味噌汁にするなら十分な量が作れるはずです」
黒猫さんが箱にある材料を見て賛成してくれた。
料理は、詳しくないからどれくらいの量が必要か分からなかったけど、どうやら十分にあるらしい。
「でも私、料理出来ないんだった…この中に出来る人っている?」
「料理でしたら私、それなりに心得ております」
「私もできます」
料理が出来るのは、清姫と黒猫さんの二人のようだ。
清姫は、いかにも何処かのお嬢様っぽいからそういうが出来るって聞いて意外だと思った。
「まぁ、黒様も料理が出来るんですね」
「以前いた所で料理を任せられていたので、自然と料理が出来るようになっていましたよ」
「それでは、御一緒に作りましょう」
「わかりました。よろしくお願いします。清姫」
「はい!
二人で料理することに決まった…は、いいけど、清姫の言葉がすっごい変換されている気がする。
…近くで様子を見ていた方がよさそうだ。
「その前に、野菜だけでは足りないかもしれないので近くに川があるようなので魚を捕ってきます」
「それなら俺も出来そうだ。一緒に行ってもいいだろうか?」
「お、それなら僕の音も役に立ちそうだね。僕もついていくよ」
「私もよろしいですか?」
「それは、願ってもない。助かります。三人もいれば、更に早く事が済ませられますよ」
料理をする前に、黒猫さんとゲオルギウス、ジークフリートとアマデウスの四人で近くにある川で魚を捕りに行くようだ。魚も手に入れば、もっといいご飯が出来るから良いことだと思う。
「私は、手伝えそうにないので周りの警戒をしてます」
「料理のスキルがないので私も、ジャンヌさんと一緒に周りを見ておきます」
「私は、火を出して準備をしておきます」
マシュとジャンヌは、周りの探索。清姫は、黒猫さん達が魚を捕ってきてくれる間に火を着けるための小枝を拾ってくれている。
「小枝集めなら私も手伝えるよ!」
「私も手伝いますわ。こういった経験がないから、ちょっと楽しみ!」
「私は、小ジカのとこにいるわ。私も料理は、出来ないこともないけど今回は、高みの見物でもしてあげようじゃない」
私も何もしないのは嫌だから清姫と一緒に枝集めをすることにした。マリーとエリザベートも手伝ってくれるからすぐにいっぱい集められそうだ。
皆それぞれで行動し終える頃には、もう夕陽が沈んでいた。
包丁で切る音がリズムよく聞こえる。
野菜は、水で洗ってから切り刻み、それをぐつぐつと煮たっている鍋に入れていく。
手慣れたように包丁で魚を捌いている時点で、黒猫さんと清姫が料理が出来る人だというのが傍目でも分かる。
「黒猫さんって料理もできるのね」
『料理もできてワイバーンも簡単に倒せて、おまけに気を遣えられる。君は、完璧人間かい?』
「私は、完璧ではありませんよ。ただ覚えたことや思い出したことを形にしているだけです。清姫、味見お願いできますか?」
「はい…ん、丁度いいと思います」
「それは、よかったです。これで完成ですね」
「魚も丁度よく焼き上がりました。どうぞ」
「おぉ~!」
黒猫さんと清姫に渡された串で刺された魚と味噌汁を見る。
香ばしい魚の匂いと魚の切り身を入れた具がたっぷりの味噌汁。見ただけで美味しくないわけがないと直感してしまう。
「いただきます!」
皆の手に行き渡ったのを見て食べ始めた。
疲れている体に塩が効いている串焼きの魚と、その魚と野菜の味噌汁は、何時もの料理とは全然違って、とても新鮮で美味しかった。
凄くお腹が空いていたこともあるけど、絶妙な塩加減で食べやすく調理もしてくれていたからバクバクと食べることが出来たからすぐに料理を平らげてしまった。マシュや皆も口に合っていたからか全部食べ終えていた。
「あ、先輩、時間にするともう夜の11時を過ぎた頃です。そろそろ、明日のために寝た方が良いと思います」
食事を終えて暫く座りながら皆で談笑していると、マシュが少し慌てて私に時間を教えてくれる。マシュも話に夢中だったから時間を忘れてちゃってたんだろう。私もそんなに時間が経っているとは思わなかったから少し驚いている。
「もうそんな時間か…そうだね。明日が一番大変だろうからね」
「私も寝るとするわ。寝不足は、乙女のお肌に悪いもの」
「私は、少しの間、周りを見張っておきます」
皆がそれぞれ寝やすいところに行く中で黒猫さんは、包丁を箱に仕舞い終えて立ち上がる。
私達のために見張りをしてくれるらしい。前も黒猫さんは、見張ってくれてたけど今日は、かなり大変な思いをしていた筈だから体に…
「大丈夫ですか?今日も結構動いたと思うのですが…」
「この程度でしたら問題ありません。それに、そんなに長くは見張りませんので大丈夫ですよ」
マシュも心配だったのだろう。私と似たことを思っていたようだ。
でも見る限り、無理はしてなさそうだから大丈夫そう…そんなに長くは見張らないって言ってるし…
…うん、ここは、黒猫さんに甘えようかな
「…わかった。じゃあ先に寝るね」
「はい。では、また明日」
「うん、また明日!」
そう言って近くに寝やすい場所に寝転がり、ゆっくりと瞼を閉じる。
明日、いよいよこの特異点の一番の敵であるジャンヌと戦うのか…勝てるように頑張ろう。
黄金色の地が目に映る。
『ははは』
辺りを見渡していると、子供が私の前を走って通り過ぎる。
無邪気にはしゃいで走っているその子の顔が見えた。
あの子は…
「私…」
子供の頃の私だった。
子供の私が子供達と仲良く笑い合っている。遊びで走り回って足を泥で滑らせてみんな転んでしまう。泥だらけになった顔をお互いに見てそれが面白くて大笑いしている。周りの大人の人達は、泥んこになって仕方ない子達だと苦笑して、私達を見ていた。
「…」
その光景を見て、懐かしく思う。
あんな時もあったな…と。
私の大事な記憶の一つで私が生まれ育った場所。
あの村で過ごしていた私の――――
「………」
パキッと乾いた音が聞こえて目が覚める。
目を開けて目に映ったのは、暗い夜空。
そんなに眠れていなかったのか、まだ夜が明けていない。
横になっていった体を起こし立ち上がる。
「…」
夢を見ていた気がする。
だけど何を見ていたのかは思い出せないけど、なんだかとても懐かしい夢を見ていた気がする。とても心地が良い夢だと思う。
思い出せないのがちょっと残念だ。
「?」
そんなことを考えていると、ふと私の寝ているところから少し離れた場所に明かりが見える。
彼処は、寝る前に焚き火にしていた所。まだ、誰かいるのだろうか?そう思いながら歩いて近づいていくと、声が聞こえる。
この声は、黒猫さんだ。確か黒猫さんが見張りをしてくれると言っていたけど、まだ見てくれていたんですね…でも誰と話しているのだろう?
「それで…」
「まぁ!ふふ…」
近付いてみると、そこには、黒猫さんとマリーが座って話していた。
何の話をしていたのかはわからないがとても楽しそうにしているのがマリーの笑った声から伝わる。
……何を話しているのだろう…気になる。もう少しだけ近づいてみよう。
パキッ
「ジャンヌ?」
「あっ」
枝を踏んでしまった音でマリーに近づいているところを見られてしまった…
「もしかして、起こしちゃったかしら?ごめんなさい。面白かったからつい少し大きな声が出ちゃって」
「い、いえ、声で起きたわけではありません。自然と起きちゃいまして…」
「そうだったの?あ、でしたらジャンヌも話に参加しない?」
マリーも黒猫さんも話の途中に来た私に気にした様子は無く。
それどころか私も話に誘ってくれる。
というかなんで私は、気付かれないようになんてしたのか。
「…そうですね。では、私も同席します」
「よかった。話は、やっぱり人がいればいるほどいいものよね!」
「では、何を話しましょうか」
空いているところに座る。
参加したは、良いけれど何を話せばいいのだろうか?
「私は、さっきまで黒猫さんの事を聞いてましたし…」
「黒猫さんの話ですか?」
「ええ、黒猫さんの昔話よ。とっても面白かったのよ!」
マリーが面白かったと全面に出して言う。
黒猫さんの昔話…それは、私もとても気になる。だけどもう一度話してもらうのもなんだか気が引けてしまう。
「私は、じゃんぬさんの話が聞きたいですね」
「私のですか?」
「はい。じゃんぬさんの生前は、どのような事をしていたのかを一度聞いてみたいと思いまして」
どうやら黒猫さんは、私の生前の話を聞きたいようだ。
「黒猫さんは、私の物語を見たことがないんですか?」
「…はい。全くありません」
「やっぱりジャンヌの事も知らなかったのね。私とアマデウスのこともしらなかったから、もしかしてとは思ってたけど…」
マリーやアマデウスの事まで知らない…どうやら、私が思っているよりも黒猫がいた場所は、ずっと前なのかもしれない。
…でしたら
「そうですね…少し長いかもしれませんがよろしいですか?」
「はい。よろしくお願いします」
「私もお願いするわ」
「では…現代で伝えられている百年戦争に関わる前の私から話しましょう」
私が戦場に行く前の時の私を話す。
子供の頃は、意外とやんちゃだったこと。そして、村で神の声『啓示』を聞いてからの私の事を、戦争を、そして最後を、出来る限り分かりやすくマリー、そして黒猫さんに話す。
「…纏めるとこんな感じですね。どうでしたか?」
「とっても面白かったわ!まさかジャンヌにもそんなにも子供のように楽しくはしゃいでいた時もあったのね」
「私だって子供の頃は、遊んでましたからね。端から見ても何処にでもある普通の子でしたよ」
凄く楽しかったと言わんばかりの雰囲気のマリーを見るとちゃんと話せていたようだ。やっぱりマリーは、子供の頃の事が気になっていたようだからそれが聞けて良かったんだろう。
「…」
黒猫さんは、何か考え事をしているのかぼうっとした感じで反応がない。どうしたのだろうか?
「黒猫さん?」
「…あぁ、すみません。いえ、とても面白かったです。じるさんの目に指刺しには、驚かされました」
「あ、あれは、その、勢いといいますか…目がギョロっとしていたから元に戻すためにやったんですよ」
「目がギョロっですか…」
まだ、いまいち分からない感じで首を傾げる黒猫さん。まぁ、普通はそうなりますよね…
「じゃんぬさんは、あの瓜二つの人の事をどう思っているのですか?」
それなりに話をしてそろそろ終わりにしよう思ったときに黒猫さんが私に聞いてくる。瓜二つ、間違いなく竜の魔女と呼ばれている私のことだろう。
「どう、ですか」
「はい。例えば、瓜二つだ。そっくりさんだ。双子ならあんな感じだとか」
「…彼女の事は、正直、今でもよくわかりません」
「わかりませんか…」
竜の魔女。私と同じ姿をした彼女の事を思い浮かべる。
今でも鮮明に思い出せる彼女の姿。身体は、私と同じなのは分かる。
「色々と考えてみました。ですけど、やはり彼女の事を見ても言葉を聞いても私ではないと感じてしまうんです」
「そうですか」
だけど、どんなに同じ姿でも、あれは私じゃない。別の誰かとしか思えなかった。何故だかは、わからない。もう、直感に近いようなもので感じたとしか言えない…そうだ。
「…黒猫さんは、どう思いましたか?」
「私ですか?」
「はい」
この人は、どう思っているのだろう?
気になる。彼は、あの竜の魔女を、同じ姿の私を見てどう思ったのか。他の人から見た彼女の感想を聞けば、もしかしたら分かるかもしれない。
黒猫さんは、なんて思ったのか…
「別人ですね」
即答だった。
考えるまでもないと言わんばかりの即答だった。
「す、少しも悩まないんですね…」
「悩むところなど何一つありませんでしたから」
その迷わない姿勢を見て内心驚きを隠せないが、どうして彼は、悩まなかったのだろう?そんな疑問が浮かび上がる。
「どうして悩まなかったのですか?質問してはなんですが、私から見ても彼女の外見は、私と同じなのに…」
姿が同じ。声も同じ。そして、クラスも同じルーラー。
他人から見れば同一人物だと言われても何も不思議ではない私と竜の魔女なのに…
「私と貴女は、会って間もありませんが分かるところは意外とあります」
「え?」
私のこと…?
「そうですね…初めに会った貴女の印象は、とても真っ直ぐな人で、あの動く屍や竜、人ならざる者達から他者を助けに行く姿は、男子顔負けの勇ましさを感じました」
初めて会った時の事。
私が彼に頼んで村に行ってもらった時のことだろう。あの時は、出来る限り救いたいという思いで一杯だったからがむしゃらに前へ進んでいましたね…まさか、その時の事で男性顔負けの勇ましさを感じられてるとは思いませんでした。女性としては、少し複雑な気持ちです…
「先程の貴女がこの国の人々の話をしている姿は、とても生き生きとしていて、憎しみを感じている様子など微塵も感じられず。むしろ好きなんだと伝わりました」
人が好き…初めて言われた気がする。
現代の物語を知れば憎しみがないのは、可笑しいだろうと言われる最後の事をひっくるめながら話した私の姿を見て黒猫さんは、そう感じたのか…
「そんな貴女を見ていたから言えるんです。正反対な事をして、感じているあの女性が同じだなんて思えないと」
「ーーーー」
貴女は、彼女とは違う。竜の魔女ではない。真正面から否定する黒猫さんを見て本当に迷いなど無い人なんだと思った。
そのことに対して、嬉しいと思った。
前にも思っていた事だけど確信した。
この人は、黒猫さんは、ちゃんと見てくれる人なんだと。聖女ではなく、ジャンヌ・ダルクという私個人を見ているその事に私は、嬉しく感じた。
「そして今日知ったのは、細身に見えて意外と御飯をちゃんと食べてくれることですね。作った本人としては、残さずに食べきってくれたのは、とても嬉しい限りです」
「それは、嬉しいような、恥ずかしいような…でも、話してくれたお陰で彼女に迷っていた事をぶつける事が出来そうです」
最後の事には、少し恥ずかしさを覚えるけど代わりに話に付き合ってくれたから、彼女に今度また会ったら、堂々と出来そうだ。
「そうそう!ジャンヌは、そうでないと!明日、竜の魔女に会ったら、もう我慢せずにぶつけましょう。貴方なんて私じゃないーって!」
「ふふ、ええ。そうですね…」
もし、明日。彼女に会えたら全力でぶつけてみよう。貴女は、私じゃない。知ったような事を言うなって伝えて…ん?知ったような………あっ…
「…もしかして」
「どうかしたの?」
「…いえ、何でもありません。マリー、黒猫さん。話を聞いてくれてありがとうございます。お陰で、スッキリしました」
最初は、話すべきかと思っていましたが、今は、二人に話せてよかったと心から思います。それにお陰で明日、彼女に出会えたのなら聞きたいことが一つできた。でも、その前に…
「マリー、黒猫さん。明日。お互い生き残れるように頑張りましょう!」
「はい」
「ええ、もちろんよ!」
此方の人達が誰も欠けないようにすることが最優先。
明日の戦いは、なにがなんでも皆さんを守り抜こうと心に誓った。
「そうだ、黒猫さん。呼び方の練習をしてみない?」
「呼び方の練習ですか?」
「前々から思っていたのだけど、私やジャンヌの名前を呼び辛そうにしてたじゃない」
「確かに、私の時も少し呼び辛そうにしてましたね」
「でしょう!だから練習して慣らしてみましょう!せっかく名前で呼び合っているのに、黒猫さんだけ呼びにくい感じで呼ばれるのは可哀そうですし、何より黒猫さんとちゃんと呼び合いたいもの」
「…そうですね。では、お願いします」
「じゃあ、さっそく私に合わせて名前を言ってみてください。マリー」
「ま、まりー」
「ふふ、もう少しゆっくりでいいのよ。黒猫さん」
「ゆっくり…まリー、マりー、マリー」
「そうそう!そんな感じよ!」
「そ、それじゃあ今度は、私が!ジャンヌ」
「じゃんヌ、じゃンヌ、ジャンヌ…こんな感じでしょうか?」
「はい!そんな感じです!」
「じゃあ、もうちょっとだけこの調子で色々呼び合ってみましょう!」
「わかりました」
それからしばらく黒猫は、二人に名前の発音を教えてもらい。
そのお陰か、翌日。慣れていない感じがなくなり、マリー、ジャンヌの二人の名前は勿論。アマデウスやゲオルギウスといった今まで呼び辛そうにしていた名前をちゃんと言えている黒猫がいて、その事に知らない一同は、不思議に思っていたとか…