Fate/Grand Ordar The lost memory   作:カラクリヤシキ

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道は、己で決めている。
それは、本当に自分の意思で決めているのか、それとも…


喪失者と黒の聖女

最初に感じたのは、憎悪だった。

 

 

 

 

『おお、ジャンヌ!ジャンヌが再び我が前に!!』

 

男が涙を流し、体を震わせていた。

その男が共に戦ったジルだということは、顔も服装も全て変わっていたのに何故かは分からないがすぐにわかった。

 

 

『覚えておられないのですか?この国と民がしてきたことを!』

 

記憶にあるものを掘り起こす。

嫌悪、侮蔑、嘲笑、哀れみ、怒り、憎み…どこを見ても、自分が今まで守ってきた人々が私にそれらをぶつけてくる。

 

 

 

『裏切り者』

 

 

『貴様は、魔女だ』

 

 

『私達を見捨てた悪魔だ』

 

 

『焼き殺せ』

 

 

鳴り止まぬ罵詈雑言の嵐。火で焼き殺せと、今まさに言われていると思えるほど鮮明に聞こえる。脳裏に焼き付いていて離れない。

 

覚えている。

あぁ、覚えているとも。忘れるはずがない。

彼奴らがしてきたことを、裏切りを!嘲笑を!!侮蔑を!!!…思い出していく内に沸々と怒りが増す。

 

 

 

 

『憎悪』が増していくのが分かる。

 

 

 

『では!では!!今こそ蘇った我等が、この国に復讐をしようではありませんか!!!』

 

魔女となりて蘇った身ならばそれが可能だとジルが声を荒げながら私に言う。

 

 

――――ええ、言われなくてもわかっています。

この国も、民も、全てに絶望を与えましょう。それだけの事を奴らは私にしたのだ。

 

 

黒に旗を掲げる。

 

 

――――さぁ、始めましょう。

私の復讐は、此処から始まるのだ。迷い?そんなものあるものか。あるはずがないのだ。

 

 

 

何故なら…

 

 

 

 

 

 

 

我が内にある憎悪が私の全てなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごい鉄のような匂い…」

 

黒いジャンヌを追って城の中に侵入することが出来た私達が目にした光景がそれ(・・)だった。

 

思わず鼻と口元を片手で覆う。

城の中に入った私達の目に最初に映ったものは、ワイバーンでも、リビングデッドでもなかった。

 

 

夥しい血の跡だった。

 

壁、床、天井にまで血が飛び散っている。目を開ければ何処を見ても赤いそれ(・・)があり、今でも滴り落ちている所が目に映る。

 

 

「…ッ」

 

目を背けたくなる惨状を見て体に寒気が走り、息を呑む。

 

タッタッタッ

 

城の中に入って走り続けているのに人の姿が見当たらない。ただ夥しい血の跡だけがあるだけ。

倒れている人が一人も見当たらない。それは、たぶん…

 

 

「先輩、あまり見ないようにして行きましょう…」

 

「!…うん」

 

マシュが走りながら横で声を掛けてくれる。

そのお陰で、城の中で起きたことを一瞬でも想像しようとした手前で止めれた。

集中が途切れないように周りに気を配ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「此処で間違いありません」

 

『僕達の方でもサーヴァント、聖杯の反応がその先からしてるよ』

 

他より大きい扉の前で走っていた足を止めて少し荒くなった息を整える。

ジャンヌの力とロマンのサーチによると、この扉の向こうにサーヴァント、そして聖杯もあるようだ。

 

サーヴァントに聖杯…間違いなく黒いジャンヌがいるんだろう。

そう思ったら全身が力み、意識を扉の前に集中させる。

 

 

「…」

 

ジャンヌが慎重に扉を開ける。

扉の向こうには、さっきまで人が四人横に並びながらでも十分に走れた通路の倍以上はある石を主にして造られた広い広間。

天井にあるステンドグラスから差す太陽の光が部屋を照らす。

 

 

「来ましたか。思っていたよりも早いですね」

 

その広間の中央で佇んでいる黒いジャンヌが私達を見る。私達が来ても慌てている様子はなく、手に黒い旗を持って私達に構える。

 

それを見て緊張が体を走る。いつ攻撃してきてもおかしくない…そんな空気に当てられて体が強張る。

 

 

「貴女に聞きたいことがあります」

 

そんな空気の中ジャンヌが話を振る。

戦闘になりそうな空気の中で話せる度胸が素直に凄いと思う。何を話す気なんだろう?

 

 

「なんですか?私は別に貴女達と話なんて――――」

 

「貴女は、自分の親、子供の頃に過ごしていた村の事を覚えていますか?」

 

「……」

 

広間に沈黙が流れる。

ジャンヌが言い放ったその質問は、前に黒猫さんが言っていた事と似た質問だった。

あの時は、違うサーヴァントに邪魔されて聞けなかったけど明らかに動揺していたのは覚えている。

 

 

「…?」

 

一向に待っても黒いジャンヌは答えない。

 

前の時と同じだ。

あの時は動揺があったけど今は、それがない。でも答えない…普通ならすぐに答えることが出来るはずの質問。

 

 

「やはり、憶えていないんですね」

 

何も言わない黒いジャンヌを見てジャンヌは、どこか確信したように言う。

憶えてないから答えられなかった…だから黒猫さんの時も答えられず動揺してた…?

 

 

「…だから何だというのです?覚えていようがいまいが関係ありません!!」

 

黒いジャンヌが声を上げる。同時に魔力が膨れ上がっていくのを感じた…それも今まで戦ってきたサーヴァント達より明らかに大きい魔力ッ!

 

 

「この国が、人間が!私にしたことは…何も変わりはしない!!!!」

 

黒いジャンヌが手を大きく振りかぶると炎が舞う。

当たれば火傷じゃすまないのが目に見えるほどの炎が私達を襲う。

 

 

「先輩、下がってください!」

 

その炎を私とジャンヌが受けないようマシュが盾で防ぐ。マシュが防いでくれたお陰で私は、炎を受けることなく後ろに下がる。

 

 

「っくぁ!!」

 

「ハハハハハ!燃えろ!燃えろ!!」

 

黒いジャンヌが炎をマシュとジャンヌに連続で放つ。

最初の一撃と同じ炎が溜めるような動作もなく襲い掛かる。炎の熱が戦っているマシュとジャンヌから離れて見ている私にも伝わる程の高熱の炎を二人は、必死に防いでいる。

 

 

「これなら、どう!!!」

 

「!?二人とも上から攻撃が来るよ!」

 

離れて見ていた私だから分かった攻撃。二人の頭上に黒い槍が何本も作られていくのが見えた。あれも黒いジャンヌの攻撃の一つなんだろう。炎と同じで当たったら只じゃすまないだろう攻撃。

 

 

「ッこの程度!」

 

「払います!」

 

ジャンヌが飛来する槍を旗で薙ぎ払い、マシュもジャンヌが落とせなかった槍を盾を大きく振るって打ち払う。

打ち落とされた槍は、床と壁に突き刺さると炎となって燃えて消える。

 

突き刺さると燃える槍…やっぱりただの槍じゃなかった……

 

 

「残り滓とはいえ硬い…盾を持つデミサーヴァントとの連携もあってそれほどのダメージがありませんね。それよりも――――」

 

大した防御ですね。そう言っている黒いジャンヌを二人は、手に持つ武器を向けて構える。

 

 

(…強い)

 

一時間にも感じる数分の攻防を見た感想。

どの英霊でも私から見れば規格外の強さだから油断なんて出来ない。何か打つ手がないかと考えながら前で戦っている三人を見る。

 

 

火力が違いすぎる…

黒いジャンヌの出す攻撃が強すぎる。ジャンヌとマシュの二人が近づいて攻撃が出来ないでいる…どうすればあの攻撃を――――

 

 

「あんたは、邪魔です。串刺しになりなさい」

 

「…っ先輩!」

 

「立香!」

 

フッと私の周りが少し暗くなるのを感じる。

必死な声で私を呼ぶ二人の視線は、私の上?

 

 

「…な」

 

さっき見た黒い槍だった。

ジャンヌとマシュを襲った黒い槍が私の頭上に何本もある。

 

突然のことに体が硬直して動けない…っあんなのに当たったら確実に

 

 

(――――死)

 

黒い槍が私に目掛けて降り注ぐ。私の体に刺さる。

 

 

 

そう思った時、バキリッと乾いた破砕音が聞こえた。

直後、何かが襲い掛かる槍を砕く。

 

 

「何!?」

 

槍を砕いたそれは黒いジャンヌと、マシュとジャンヌの間を割って飛び、壁にぶつかる。咄嗟の出来事で二人も、攻撃した黒いジャンヌも動きを止める。

 

 

(…扉?)

 

唯一動けた私が目にしたものは、扉だった。

それもさっき私達が開けた大きい扉。それが私の真上から降ってきた槍を壊して壁に激突したんだ…一体誰が?

 

 

「見つけましたよ」

 

静かになった広間に声が響く。

その声を聞いて安堵する自分がいる。この声の人物を知っているからだ…すぐに声のした方に顔を向ける。

 

 

「黒猫さん!!」

 

やっぱり思っていた通り黒猫さんだった。

黒猫さんが壊れた扉から広間に入って私達のところに近寄る。さっきの扉は、黒猫さんが飛ばして黒いジャンヌの攻撃を止めたんだろう…本当に!

 

 

「助かりました!」

 

「先輩、大丈夫ですか!」

 

「うん、危機一髪!助かったよ黒猫さん!」

 

あともう少しで串刺しなって燃やされてた…本当にギリギリだったからかなりヒヤッとした。

 

 

「よかったです…他の皆さんは?」

 

「清姫達なら、外にいる竜達を食い止めてくれていますよ。お陰で私も難なくこの城に入ることができました」

 

どうやらマリー達は、無事のようだ。よかった…

 

 

「今回といい、マリーの時といい…邪魔をしてくれますね」

 

黒いジャンヌの声に話を中断して直ぐに身構える。黒いジャンヌは、顔を歪めながら苛立ちを含んだ声が辺りを響かせる。

 

 

「当然です。この方々に害をなそうとする貴女を止めない訳がありません」

 

「そう…魔術も使えないマスター、そして魔力も持たない人間に守られるなんてね。良かったわね私?」

 

黒いジャンヌが嗤う。サーヴァントの身でありながら、人間に助けられてるもう一人の、私達の所にいるジャンヌを見て心底楽しそうに嗤っている。

 

 

「ですが、黒猫さんが来てくれたので形勢は…」

 

「それぐらい知ってます。

守りがなければアンタ達なんて簡単に倒せる。攻撃が強いその人間さえいなくなれば、私がアンタ達に負けることはない」

 

「私がいなくなればですか…」

 

黒いジャンヌが黒猫さんに視線を向ける。

守りがなければ…確かにジャンヌとマシュは、攻撃を得意とはしていない。

どちらかといえば守りが得意で、宝具も守りに特化したもの。黒いジャンヌのような炎を混ぜた猛攻も出来ない。

…しかも私は、何もできない。こうして今も立っていられるのもジャンヌとマシュが黒いジャンヌの攻撃から守ってくれているからだ。

黒猫さんは、ワイバーンを素手で倒せる力を持った人。隙を突けば、もしかしたら黒いジャンヌも倒せるかもしれない…

 

 

 

黒いジャンヌの言う通り、黒猫さんが倒されたら私達が勝てる可能性は――――

 

 

「貴女は、勝てないと思いますよ?」

 

「…はぁ?」

 

呆れたような、よくわからないといった声を漏らす。

黒猫さんがいなくても勝てる。そんな言葉に聞こえたからだと思う。

 

 

「あんた、目は節穴?

防戦一方の戦闘で傷だらけになっている其所の聖女と盾しかないデミサーヴァント、しかも魔術の一つも出来ないお荷物マスターが一人」

 

ジャンヌとマシュの様子をもう一度見る。腕や足を覆っていた衣服は、さっきの炎や黒い槍で所々破け、焦げている。

とても頼りになる二人の防御越しでも傷を与えることが出来ている事実が黒いジャンヌの攻撃がどれ程強いのかを物語っている。

 

 

「逆に私は、未だに無傷。しかも魔力が切れることはない身体…どちらが勝つかなんて分かりきっていると思いますけど?」

 

指摘された。その事に奥歯を噛み締める。

黒いジャンヌの言っていることは、本当だったからだ。特に私の事に関しては、何も言い返せる言葉が見つからない。

マスターの適正がある。だけど、魔術の才能は無いに等しくて魔力量も少ない。数合わせに呼ばれただけのマスター…

 

 

「…ッ」

 

皆の足を引っ張ってしまっている『お荷物』()…その事実に俯いて歯噛みする。

 

 

 

 

 

 

「気にする必要はありません」

 

私の前から聞こえる。

俯いていた顔を上げるとそこには、黒いジャンヌを見ている黒猫さんの後ろ姿が見えた。

 

 

「黒いジャンヌさん。貴女は、勘違いをしています」

 

「勘違い?」

 

「三人は、とても強い方達ですよ」

 

黒猫さんが断言する。

黒いジャンヌとは真逆の言葉だった。

 

 

「逆に貴女は、とても弱い人だ」

 

「何を…!」

 

「立香とマシュさん」

 

黒いジャンヌを見ながら私達の名前を言う。

黒いジャンヌが弱くて、私達が強い?…庇っているような言い方じゃなく、本当の事だと黒いジャンヌに断言する。どういう事だろう?

 

 

「確かに二人は、戦闘は不慣れで、ジャンヌさんも本調子ではない。特に立香は、英霊という者達に一人で戦う事は出来ないでしょう」

 

「何よ?アンタも役に立たないって言ってんじゃーーーー」

 

「しかし、諦めなかった」

 

黒猫さんの口調が強くなった。

気のせいかもしれないけど、何時もとは違う雰囲気になった感じがした。

 

 

「どのような状況だろうと、戦力差があろうと彼女達は諦めなかった。救うために、生きるために、守るために、今、自分が出来る事をしてきた」

 

すごい、この一言に尽きますと黒猫さんは、黒いジャンヌから視線を外して私達を見て言う。

嘘じゃない。本心で言っている事が、その真剣な目で伝わる。

 

 

「ジャンヌさんも、過去にされた仕打ちを覚えていて尚、この国と民を守ろうと足掻いている。貴女とは真逆で、更に弱くなった状態でも守った。あれほどの戦力差でも尚、諦めなかった」

 

皆、必死だった。

大事なものが壊されないように守ることに必死だった。だって、諦めたら全部終わっちゃうから。ジャンヌは、自分の生まれた国の人々のために頑張ってた。

 

そう…私も…

 

 

 

 

「ーーーー貴女はどうでしょう?」

 

「…私?」

 

黒猫さんが視線を戻して黒いジャンヌを見る。

 

「貴女の目的は、復讐。この広間の惨状を見れば貴女自身の力が強いことなど容易にわかります。壊すのはとても楽で、復讐も簡単だったのでしょう?」

 

黒いジャンヌの目的、そして簡単にできる事だろうと面と向かって言う。それには、黒いジャンヌの力を目の前で見た私も出来るって思うけど…

 

 

(…あれ、これってまずいんじゃ……)

 

普通なら問題ない会話だけど、黒いジャンヌとジャンヌを比べているような言い方…下手をしたら………嫌な予感がする。早く黒猫さんを止めないと!!

 

 

 

 

「そんな簡単な道を選んだ貴女が、逃げずに守りをやり遂げるこの三人に…

 

 

 

 

 

 

 

 

敵うはずがないでしょう?」

 

「ーーーー」

 

……遅かった。

話が終わる直後、目の前から炎が波のように広がる。

その炎の勢いは、先程までの戦闘とは比べられない爆炎となって私達に向かってくる。

 

 

「立香!!」

 

ジャンヌが私を抱え、マシュと一緒に後ろへ飛び炎から離れる。

 

 

「先輩!大丈夫ですか!」

 

「う、うん。なんとか…」

 

炎の範囲から逃れた私は、燃え上がる炎を見る。

消える様子がない炎、肌から伝わる熱がさっきよりも強いことが伝わる。

 

 

でも、炎の範囲外に問題なく離れ…

 

 

 

…あれ?

 

 

「…黒猫さんは?」

 

「え?」

 

炎の範囲外に出た私達の所に黒猫さんがいないことに気付く。二人も既に離れていると思っていたんだろう。

 

…まさか、まだあの炎の中に!?

 

 

「黒猫さん!」

 

「近づいてはダメです!炎の勢いが強すぎます!!」

 

燃え盛る炎に近づこうとする私をマシュが後ろから手で止める。

 

「黒猫さん…!」

 

燃え盛る炎の向こう側に届かせようと声を上げる。だけど返事はなく、ただ私の声が炎の海となった広間に空しく響くだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

囲うように燃える炎に消える様子はなく、床を燃やし続ける。

 

炎の動きが変わる。

炎が燃え続ける空間に黒く染まった槍が飛来する。

飛ばされた槍全てが憎悪を形にした宝具の一端、己が身に受けた炎を再現し形にしたものの一つ。憎悪の炎の塊とも呼べる黒槍の一本一本が、その対象となった黒猫を貫かんと襲う。

 

 

「…ッこの!」

 

黒猫は、魔力で形作られた黒槍を紙一重に避け続ける。それを見た黒のジャンヌは、苛立ちながらも更に黒槍の数を増やし放つ。

そして掌に魔力を練り上げ炎を形作り放つ。

炎と黒槍、そのどちらもが人を殺し炭にする程の火力が宿っている。繰り出す猛攻も速度も十分。

その標的となった黒猫に再び掛かる。

 

 

ゴウッ

 

広間にまた一つ炎が上がる。

そして、黒槍が次々とその炎に目掛けて追撃するが、すぐに槍の攻撃を止める。

 

(…手応えが無いッ!)

 

黒のジャンヌは、足音が聞こえた方向に炎を無造作に間髪入れずに放つ。

 

(この距離で何故避けられる?!)

 

だが、間髪入れずに放った炎も衣服に触れることなく避けた黒猫を見た黒のジャンヌに焦りが生じる。

手で炎を撒き散らし、黒槍を放ち続ける黒のジャンヌと黒猫の距離はそれほど離れていない。サーヴァントの身ならば一息で近づけられる距離に。

 

そのような距離で避けられるほど槍の放たれる速度は、遅くはない。そもそもサーヴァントの身である黒のジャンヌ自身がサーヴァントであろうと避けれないと確信出来る距離だ。まず当たるのが自然だろう。

 

 

だが、そんな距離を、サーヴァントの攻撃を避け続ける。それも魔力を感じない人間が、だ。

 

 

(なんなのよ、この人間!?)

 

黒のジャンヌには、既に黒猫という男を只の人間とは見れなくなっていた。

サーヴァントの攻撃を容易く避ける動体視力と肉体を持つ人間は、最早、黒のジャンヌにとって理解の外とも呼べる存在だ。

 

更に言えば、黒のジャンヌが放つ攻撃に際限がない。

本来ならこのような規模も持続は、まず不可能。現界する最低限の魔力を考えないで放つサーヴァントにとって自殺行為とも呼べる魔力行使。

 

サーヴァントの魔力を湯水の如く使う。それを可能とする物が黒のジャンヌにはある。故に、魔力を気にせず大火力の炎を放ち持続させることが出来る。だからこそ、際限無く、それも力も衰えないそれらの猛攻を避け、反らし、壊し続ける黒猫を見て黒のジャンヌは、人とは違うと思ってしまった。

 

 

 

「…ッ」

 

避け続ける黒猫と視線が合う。

ほんの僅かな時間だが黒のジャンヌは、黒猫の目を直視する。

 

 

(――――)

 

それだけだった。

合った目線は外れ、飛来する黒槍と炎を避け続ける。

黒のジャンヌが繰り出す攻撃を黒猫が避ける。さっきまでと何も変わっていない状況だ。

 

 

 

いや、一つだけ変わっていた。

 

嫌な汗が額から流れ落ちるのを感じる。

 

(なん…だ、これは…?)

 

何かされた訳でもない。なのに手が小刻みに震えている。

何故、体が震えているのか黒のジャンヌ自身も全くわかっていない。

黒のジャンヌが震えたものは、見えるものではない。それは、とても原始的で誰もが持っている感情の一つだ。

 

それは、『恐怖』。

人は、自分の知らないものに恐怖する。それが、自分の力が通じないものであれば尚更。

そして先程、改めて黒猫を認識した体だけが理解してしまった。脳へ、意識に警鐘を鳴らす。

 

 

 

早く逃げろと。

 

 

 

「いい加減に…」

 

――――燃えろ

対象を燃やし尽くさんと燃え盛る炎は、難なく避けられる。

一度当てればいい。奴の体を炎が直撃すれば殺せるんだ。私が勝つんだ!

 

 

「死になさい!!」

 

――――串刺しになれ

左右に、前に、後ろに、真上から放たれる黒槍も全て意味を成すことなく避けられ、素手で砕かれる。

一本だけでいい。あの男の体に槍を貫けば殺せるんだ。私は、あの聖女に負けることはないんだ!!

 

 

理解できない震えを打ち消すべく黒のジャンヌは、塗りつぶすように炎と黒槍を放ち続ける。

身体の震えが命中精度を下げてしまうが、無尽蔵に放たれる炎でそれは、誤魔化される。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。という言葉が適しているだろう。

 

 

 

「…ん」

 

黒のジャンヌの炎と黒槍が飛び交う中、黒猫の動きが止まる。

止まない黒槍と炎を避け、次の攻撃に対して黒猫が動く。

放たれたら避ける繰り返しの行動が亀裂の入った床に足を引っかけてしまうことによって終わる。

 

今まで無闇矢鱈に放ち続けていた黒のジャンヌの攻撃に床が其処かしこに亀裂を走らせていた。

黒猫は、其処に足が引っ掛かり、一瞬動きを止めてしまった。

 

 

(今!!)

 

戦いの中で唯一見せたであろう隙。腰の剣を引き抜くと同時に自身の魔力、聖杯の力で更に力を全て瞬時に底上げする。

回避する態勢を整える前に止めを刺す。

黒猫の回避出来るような隙間など与えないと言わんばかりに、先程の比ではない炎が黒猫の周りの床を燃やし続け、黒猫の行動を遮らせる。

 

 

吼え立てよ(ラ・グロンドメント)――――」

 

宝具の真名開放。

炎の熱は更に高まり勢いが増す。そして、炎から黒槍が標的を貫かんと襲い掛かる。

 

 

我が憤怒(デュ・へイン)!!!!」

 

ーーーー喝采を…!

 

更に熱量が跳ね上がる。

業火は、炭も残さない。黒槍は、肉体を貫いて焼き殺す。

黒のジャンヌの憎悪を形にしたそれら全てが今、黒猫の体に全てぶつかる。

 

 

ーーーー我らが憎悪に喝采を!!

 

黒猫の殺せる。人間を殺せる手応えを実感した黒のジャンヌは、心の内で己を謳う。

私の復讐を世界に刻み、燃やし尽くさんと感情を露にする。

 

 

そう、殺せる。ただの人間ならば一人殺しても余りある彼女の宝具の炎と黒槍。サーヴァントであろうと屠ることが出来るであろう威力だ。

サーヴァントすらも殺せる宝具ならば、ただの人間が耐えられる訳がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、ただの人間であれば—―――

 

 

ゴウッ

 

 

 

男に私の炎が、形成された槍が男の体に届くことなく全てが砕け散る。

 

(は?)

 

その結果に呆気に取られる一瞬。

 

 

「がっ!!?」

 

その光景を目にした時、突然何かが私の横から全身を叩きつける衝撃が襲う。

衝撃で体が勢いよく横に吹き飛ばされ、壁に激突させる。壁に叩きつけられた体から酸素が肺から一気に抜ける。

 

 

余りの激痛で意識が飛ぶことはなかったが、体が殆ど動けないでいる…どうし…

 

 

ポタッポタッ

 

「こ…れは…?」

 

口元から何かが床に垂れ落ちるのを感じ、口元を震えている手で触れる。

 

(…私の…血…?)

 

触れた手が赤く染まっているのを見る。

なんで私の口から血が?…まさか傷を……っ

 

 

 

 

「ーーーーッァ…グ!!?!」

 

怪我を負ったことを自覚したその直後、激痛が全身を襲う。

余りの痛みで黒のジャンヌは、声が出そうになるが上手く出せないでいる。

今の黒のジャンヌの肺、体内にある内臓に甚大なダメージを負ってしまっているからだ。そのため痛みによって声が漏れることはなかった。

 

 

あの男は、あそこから移動していない…一体どうやって……

激痛に耐えながら今、なんとか動かせる首をゆっくりと動かす。

 

 

 

ガラッ…カチャン…

 

何かが崩れるような音、そして小さいものが床に落ちた音が聞こえ、その音に釣られて首を動かしてその音のした場所を見る。

 

 

 

 

 

「――――」

 

その音のした場所を見た私は、絶句した。

 

――――其処には穴があった。それも大きな穴が城の壁に開いていた。

 

 

しかも、ただこの広間の壁が壊れただけじゃない。

外の景色がその穴から見える…。

そんな外まで通じている風通しが良すぎる大穴なんてこの城には存在していない。いや、そもそもさっきまでこの場で戦っていた時だってそんな穴を開けた覚えなんてない。そもそもできない。

 

 

「立香達がいない方向だったので少し力を込めましたが…やり過ぎましたね」

 

もう少し力加減を覚えようと呟くが、今の黒のジャンヌには聞こえず、黒猫が拳を前に突きだした姿だけが見えていた。

 

 

 

…拳を前に出して……いる…

 

(まさか…風圧?)

 

そんな馬鹿な話があるか。そう最初は否定するが、それしか説明がつかない。あの男に特殊な武器は見当たらない…それどころか魔力の欠片も感じない。

 

 

(…それも、ただの拳で起こしたって言うの?)

 

今、目の前で起きたことを受け止めきれずに動揺を隠せない黒のジャンヌ。

それは、仕方ないことだ。

黒のジャンヌの想像した通りならば黒猫は、武器も魔力も使わずに自身の身体能力のみで、それも拳を前に突き出しただけで黒のジャンヌが放った宝具である炎を全て消し飛ばし、黒槍を全て破壊したことになる。

更に大穴が空いているという事は、破壊力は宝具を正面から壊しただけでは留まらず、拳圧の勢いが衰えることなく突き出した方向にある城の壁を全てぶち抜いたということになる。

 

 

(ふざけんな…どんな力してんのよ!?)

 

内心で焦燥する。今、自分自身に起こったであろう理不尽な現実を見る。

よく見ればあの大穴の開いた場所は、私が立っていた所より少し横にズレた場所になっている。

 

つまり、直撃じゃなかった。

ただ横を通り過ぎた衝撃波で吹き飛ばされ、満身創痍にされたことになる。黒のジャンヌが悪態をつくのは、仕方ないことだろう。

 

 

「…ッ」

 

体を起こそうと力を入れるが、全身に駆け巡る痛みと過剰なダメージで霊基が壊れる寸前だからか、体を起き上がらせることが出来ない。

 

 

「ま、だ…」

 

致命傷を負い、動かせない体になっても黒のジャンヌは抗う。

己のスキルにある自己再生の類のスキル、そして聖杯を使い回復を試みる。自前のスキルだけではまず治すことは出来ない深手を体内にある魔力がまだ余りある聖杯を使い、治癒力を大幅に上げて傷を治す。

 

 

(ッ遅すぎる…なんで…)

 

だが、聖杯を使ったのにも関わらず傷の治りが遅すぎることに困惑する黒のジャンヌ。

驚愕と困惑の連続で黒のジャンヌは、一つ誤解してしまった。

今行われているスキル、聖杯による回復が遅くなってはいない。聖杯の力もあり、通常よりも早い治癒能力も発揮している。

 

黒のジャンヌが遅く感じてしまった原因は他でもない損傷した黒のジャンヌ自身の体だ。

内臓を破壊するほどの衝撃波が全身に直撃。

内臓の殆どが壊れている。肋骨の骨は砕かれ、腕、足は折れ、背骨と頭蓋には罅が入り、脳にもダメージがある。

更に体のダメージも深刻な上にサーヴァントの核となる霊核は、壊れる寸前。それ故に治る時間が長く感じてしまっている。

 

 

詰まるところ…黒猫から受けたダメージが大きすぎた。

その一言に尽きる。

 

 

「回復も出来るようですね…見る限りそれほど優れてはいない様子。その体を治すのには骨が折れましょう」

 

「…っ」

 

遠目で男が私の状態を見ながら此方に向かって歩いてくる。

おまけに回復していることまで見破られる。只の人間であるはずなのに、魔力も持たないのに…

 

 

「なん…なのよ、あんたは…」

 

地面に旗を突き立て治癒を続ける体に鞭を打ち、悲鳴を上げる体を無理矢理立たせる。

激痛で息が荒くなる。たった一回の、それもただの風圧で死にかけている。自身をここまで追い込んだ男を見る。

 

 

「貴女と話をした時のことです」

 

最早立つことで手一杯だということが分かったからなのか、もう敵ではなくなったからなのか、男は攻撃をするような素振りもせずに、ただその場で動かずに立ちながら私に言葉を投げかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前にある尋常じゃない勢いで立ち上る炎を見ていた時だった。

 

「わ!?」

 

「先輩、ジャンヌさん、私の盾の後ろに!」

 

「はい!」

 

目を開けることが出来ない程の強風が起きる。

あまりの強さに倒れそうになるところをマシュが片手で盾を使いながらもう片方の手で私の肩を支えてくれる。

盾越しから前を見ると炎が強風で掻き消えていくのが見える。

 

 

「今の風は?」

 

「わかりません。ですが、お陰で火が消えたようです」

 

風も止み、炎が完全に消えてようやく炎の中での様子が見れるようになった。

 

 

「これは…いったい…」

 

目に映ったものは、傷がない所を探す方が難しいだろう黒焦げの跡と亀裂が走っている傷だらけの床と壁。

床は、亀裂が走っていて、注意して歩かないと転びそうなほど深い。

 

 

「何があったの…」

 

そして何よりも目が行ったのは、壁に出来た大きな穴だ。

外まで見える大穴。黒いジャンヌが宝具を放ったのかは、わからないけど…さっきの風もそれが原因?

改めて周りを見るそれら全ての傷跡が、激しい戦闘があったことは容易に分かる。想像を絶する戦闘だったんだろう。

 

 

「…!黒猫さん」

 

傷を目で追っていくと黒猫さんが立っていたのが見える。

少し離れているけど怪我を負っている様子はない。よかった…

 

 

「…!?」

 

ジャンヌが黒猫さんに近づこうとしたら、何かに気付いたのか足を止める。

 

「黒い…ジャンヌ…!?」

 

私も釣られてジャンヌが見ている場所を見ると其処には黒いジャンヌがいた。

炎の中に黒いジャンヌもいたから、それには驚きはしない。

驚いたのは、その姿。さっき私達が戦っていた無傷の姿が嘘のようにボロボロだ。それに口元から血も出ている…

 

まさか、勝ったの?あの黒いジャンヌに!

 

 

『やっと繋がったよ…って、わ、なんだ!?周りがボロボロじゃないか!』

 

カルデアの通信からロマンが映像で映し出される。

どうやらまた、繋げるのが大変だったらしい。

 

 

『しかも、竜の魔女の霊基が衰弱している!?勝ったのかい!』

 

「うん、でも弱らせたのは、私達じゃないよ」

 

 

 

『それって…?』

 

「まだ復讐をするのですか?」

 

黒猫さんの声が聞こえ、映像から目を離して黒猫さんのいる方を向くと、黒いジャンヌに黒猫さんが話し掛けている。

 

 

「復讐するに…決まってんでしょ…」

 

荒げた息で無理に声を絞り出して言う。

重症だと思われるその体を旗で支えながら立ち上がる姿に少し気圧されるけど、すぐに身構える。

 

 

そんな中、黒猫さんは、構えることなく立っている。攻撃をしようとするような雰囲気もない。

 

黒猫さんは、なにを…

 

 

 

 

 

 

 

「貴女が、ジャンヌさんではなくても…ですか?」

 

 

 

「………え?」

 

沈黙が流れる。

黒猫さんが言った言葉に黒いジャンヌの動きが止まり、さっきまで感じていた圧迫感が無くなる。まさかそんな言葉が飛んでくるとは思ってもみなかったんだろう。

 

 

「ここに来るまで色々と考えました。

何故ジャンヌさんの姿をした人がこのような事をするのかと…生命反応も同じなので混乱しましたが、今回の戦いで貴女がジャンヌさんではないと確信しました」

 

黒いジャンヌがジャンヌじゃない…つまり別人?

 

「先程、戦った男の方、ジルさんの言葉が切っ掛けでした」

 

「…ジル?」

 

ジル…確か、黒いジャンヌと一緒にいたサーヴァントだ。

見た目が結構特徴的だったから覚えている。

 

 

「復讐のジャンヌを完成させる…あれを聞かなければ、未だに分からず終いだったかもしれませんね」

 

「…やっぱりそうでしたか」

 

ジャンヌは、わかったのか顔を険しくさせる。

 

『貴女は、ジャンヌじゃない』、『完成させる』…私は、黒猫さんの言った言葉を吟味する。

本人なら何故生まれた村の事を覚えていないのか?

本物なら何故完成させるなんて言うのか?

この二つがあの黒いジャンヌの違和感を無くす鍵だという事は、分かる。

 

 

「聖杯」

 

黒猫さんが呟く。

 

「先程の戦闘で底知らず、溢れんばかりに力を放てたのもそれが原因でしょう?

とても便利な代物だそうですね。持ち主の願いを叶えるものだとか…」

 

聖杯。本来なら聖杯戦争という戦いで手にすることが出来る持ち主の願いを叶える願望器。

私もあまり詳しくは知らないけど、とても強い魔力が入っているもので、私達が探している物だ。

 

 

「願望を言うだけで叶うのならば、己の都合の良いものを創ることなど容易いことでしょう」

 

願いを叶えることが出来るなら自分が欲しいものを創ることなんて簡単。

 

 

 

…つまり、あの黒いジャンヌは

 

 

 

「この国が許せない人、ジルさんが望んで創り上げた復讐の存在。それが貴女だ」

 

ジルというサーヴァントの願望から生まれたサーヴァント。それが黒いジャンヌの正体。

 

…だからジャンヌとは、違っていたんだ。

記憶がないんじゃなく、存在していないんだ。

黒いジャンヌは、元々存在していないんだから過去の記憶なんて…あるわけがない。

 

 

「つく…られた?そんな嘘を…」

 

「私は、そういった嘘は言いません」

 

「……っ」

 

信じられない。そんな唖然とした表情になる黒のジャンヌ。

性格を変えて、姿も声もクラスでさえも同じ人を創る。そんなことも聖杯は、創れる…そんな人を創るようなことが…

 

 

「そんなことが可能なの?」

 

『…可能だね。聖杯ならそれぐらいの事は出来るよ。人の蘇生とは違うからね』

 

聖杯なら出来るという事が私よりも詳しく知っているロマンから聞いて、黒猫さんの言ったことが事実だと思えてくる。

 

違和感が無くなっていく。

 

 

「私も最初は、そういうジャンヌさんもいるのだと思いましたよ。

この国と民は、それだけのことを彼女にしたのですからね…しかし、ジャンヌさんと話せば話すほど、恨んでいる様子はありませんでした」

 

――――ならば憎しみを持つジャンヌなんていない。

あるとすれば、国を恨み、そうあれかしと望み創った人がいる…でなければありえない。

それがジル。黒いジャンヌを聖杯で創った人物。それが理由。

 

また違和感が消えていく。

 

 

「幸福だと思える事を憶えていないのに憎悪する理由だけは覚えている。

そんな復讐することに対して都合の()い偏った記憶だけを持った記憶が無い記憶喪失…などという物は存在しません(・・・・・・)

 

そんな都合のいいものなんて無いと断言する。

何故だかは分からないけど、黒猫さんの言葉には、説得力があった。

聞いた人に納得させるほどの何かが伝わる。まるで見てきたかのような、実際に体験したような…そんな重みを感じる言葉(・・・・・・・・)だった。

 

 

 

全ての違和感が消えた――――

 

 

 

「……なによ、それ…」

 

今の今まで旗で支えていたジャンヌの体から力が抜けて座り込む。

 

「私が……ジルが創った偽物?」

 

敵対していた時には聞いたことのない覇気のない声が聞こえた時だった。ジャンヌの体から金の粒子が出始める。

傷を治していたと思われる聖杯を止めたんだろう。

持っていた旗が手から離れ、金属音を鳴らしながら床に転がる。

 

 

「…………ぁ…」

 

黒いジャンヌの目に涙が一筋零れる。そして顔を俯かせて動かなくなる。

…もう長くない。消えていく体を見てそう思った。

 

当然なんだろう。黒いジャンヌは、このフランスを壊していった。人も沢山殺すようにワイバーンとサーヴァント達に命じて殺してきた。

黒いジャンヌを支えていた全てが偽物、支えられていたものが全て崩れ落ちて彼女は消える。虚無感と絶望しか残らない…この終わり方は、当然の報い…なんだろう。

 

 

(でも…)

 

こんな終わらせ方は、なんか、いやだと思った。

矛盾しているけど、そう思ってしまう。

あんなに強かった黒いジャンヌが、まるで怖くて蹲って泣いている子供の姿に見えてしまう。

 

 

 

 

 

「…こういうのは、昔から駄目なんですよ」

 

「…黒猫さん?」

 

黒猫さんが床に座っている黒いジャンヌの方に歩いて近づく。

 

「……なに…え…」

 

黒猫さんは、膝をついて俯いていた黒いジャンヌの顔を上げる。そして、黒いジャンヌの両目の涙を手でゆっくりと拭っていく。

 

 

「貴女は、ジャンヌさんではない。ですが、もう本物や偽物に固執する必要はないと思います」

 

まるで壊れやすい割れ物を触るようにして涙の伝った頬も袖で拭う。

 

「…」

 

「復讐してきた行いも、今まで壊してきたものも、殺してきた過去が無くならないように、信じてきた事もなくなりません」

 

「…」

 

ーーーー故に

 

存在していなかった黒いジャンヌに一つ、また一つと、今までしてきた事を口にする。

それは、まるで何も書かれていない真っ白な紙(黒いジャンヌ)に色を付けるように、迷った子供に道を教えるように…

 

涙を拭い終え、頬から離れた手を…

 

 

「――――貴女という存在は、嘘にはなりません」

 

黒いジャンヌの前に差し伸べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

分からない…

 

 

『貴女は、ジャンヌさんではない』

 

 

本物ではないと言ったのに…

 

 

『いい加減に…燃えなさい!!!!!』

 

 

殺そうとした。加減なんてなく、本気で自分を殺そうとしてきた相手なのに…

 

 

『嘘にはなりません』

 

 

なんで…

 

 

「これから自分にとって掛け替えのない本当を創っていきませんか?」

 

この男は、私を受け入れようとするのよ……

 

本当に……わからない。

 

 

「…なんでよ。ここまで追い込んでおいて……最後は、手を差し伸べるなんて…殺した方があんたには楽じゃない」

 

「人は、多かれ少なかれ過ちを繰り返す生き物です。大切なのは、それと向き合うことです」

 

「…………」

 

差し伸べられた手を見る。

歴戦の戦士のような傷跡なんてない厚みがある手だ。

この手を取るという事は、今回のフランスへの復讐を途中で終わりにすることに他ならない…だけど今までの記憶は、ジルの理想を基に創られた憎悪だ。

 

 

復讐をしたい。復讐はやらない。復讐する。復讐しない。やる。やろう。

 

霊核の基である憎悪が私を黒く染めようと心で渦巻いている。それは、とても心地が良く自然と受け入れられていく…

 

 

 

 

…ええ、そうね。こんな手、払っちゃいましょう。そうすれば楽だ。

 

 

 

ピシッ

 

 

(――――っざけんな。何考えてんだ)

 

パキャッ

 

体内にある霊核が崩れる。とっくに崩れかけていたんだから当たり前だろう…本当にくだらない。

その一言と共に、無駄な考え事を止める。

 

…散々暴れておいて、最後も迷うなんて滑稽にも程がある。

答えなんて、正体を言われた時点で…

 

もう決まっているだろうに――――

 

 

「あんた…名前は?」

 

差し出された手を握る。

もう誤魔化すことはしない。何も無かった自分の本心を初めてちゃんとした形にする。いいわよ……その言葉に乗ってあげましょう。

 

私に手を差し伸べたお人好しの名を聞く。

 

「名前ですか?」

 

「そうよ。あるでしょ?」

 

「黒猫といいます」

 

「………変な名前」

 

「よく言われます」

 

黒猫。黒猫ね…あんな馬鹿げた戦いをしている奴が、そんな名前だなんて……ギャップもいいところだ。

 

 

「…言い出したのは、あんたよ。責任取りなさい」

 

「…手厳しいですね」

 

黒猫は、頬を掻いて苦笑いをする…なんだ、そんな顔もできるんじゃない。

 

…そうだ。

 

 

「そこのあんたは?」

 

「え、わ、私?」

 

誰から見ても半人前以下のマスター、力なんて私には遠く及ばないちっぽけな人間。

だけど、そんな人間がフランスの戦いで死なずに此処まで辿り着いた。

 

そんな変わったマスターの名前ぐらい消える前に聞いたっていいでしょう。

 

 

「…藤丸立香です!」

 

「藤丸立香…」

 

藤丸立香…それが人類最後のマスターの名前か。

 

 

「人理修復の旅ね……」

 

気が向いたら行ってあげようか……本当に気が向いたらだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竜の魔女が完全に消え、残された聖杯を回収する。

 

 

「お、終わった…」

 

「はい、お疲れ様です。先輩」

 

 

緊張の糸が切れたのか、立香が床に尻もちをついて溜息を吐く。

その姿にマシュが労いの言葉を贈る。

 

 

「ちょっと!こっちからすっごい風が来てたんだけど」

 

「すごい穴だね。外まで通じてたよ」

 

「あ、みんなも終わったの!」

 

外で戦っていたマリー達が城に開いた大穴から此方に来る。

全員いるのが分かる。誰一人欠けることなく無事に終わったようだ。

 

 

「あれ?なんか皆、光って…」

 

『聖杯を取り戻せて、原因であるサーヴァントの消滅を確認したからだろうね』

 

「…それってもしかして私のせい?」

 

『立香ちゃんのせいじゃないよ。彼等は、世界から呼ばれたサーヴァント達だ。役目を終えたら元の座に戻るんだよ』

 

マリー達の体が光の粒子となっていく。

世界から呼ばれた彼等、彼女等は、世界の修正と共に元の座に帰る。この時代にはいない私達が在るべき場所に戻るだけなのだから、これは、立香のせいではない。

 

 

「あいつがいなくなってた時点でもうどうでもよかったけど、じゃあね小ジカ。なかなか悪くなかったわ」

 

「ゲオルギウス、貴方と共に戦えたこと感謝する」

 

「此方こそ、かの竜殺しと背中を合わせたこと、誇りに思います。これもマスターの彼女のお陰ですね」

 

「あぁ、そうだな。マスター、また会えたら期待に応えてみせよう」

 

エリザベート、ジークフリート、ゲオルギウスが黄金の粒子となって消える。

彼らと彼女のお陰で、あの竜の魔女を追い詰めることが出来た。感謝の言葉しか出ない。

 

 

「お別れ、残念ですけど仕方ないことですが、探し物が見つかったので良しとしましょう」

 

「探し物が見つかったのですか?それは、よかったです」

 

「ええ。ようやく見つけたので諦めません。こう見えても私、諦めが悪い方なんです…黒様、また御会いましょう」

 

どこか名残惜しさがあるような雰囲気でしたが、清姫も別れを告げて座に帰る。…傍から聞いて何処か話が噛み合っていなく感じるのは私だけでしょうか?

 

 

「立香、マシュ、そして黒猫。とても楽しい時間が過ごせたよ。実に良い旅立った…あぁ、そうだ黒猫」

 

「なんでしょうか?」

 

「君には、マリアを助けてくれたお礼があるんだよね。いつか君のために曲を弾いてあげたいんだけどリクエストはある?」

 

アマデウスから直々に贈られる曲。マリーを救ってくれた彼なりのお礼の仕方なんだろう。

 

 

「りくえすと?」

 

「弾いて欲しい音楽があるかい?ってことさ」

 

「…では、活気に溢れる、心が踊る曲をお願いします」

 

「よし、わかったよ。忘れないようにしておくよ。楽しみにしててくれ」

 

その言葉を最後にアマデウスも消え座に戻る。

最後の最後まで音楽…マリーの言った音楽バカという言葉が頭に浮かぶ。確かにその通りだと納得した。

 

 

「ん?立香、マシュさんにも光が…」

 

立香達の方を見ると体の周りが光の粒子に包まれていく。彼女達とも別れる時が来たんですね…

 

「…行くんですね」

 

「…うん」

 

彼女達もこの時代には、いない人達だ。

このフランスを修復し終え、後は元居た時代に帰るだけ。

 

 

「修復の旅、でしたか。また何処かで会えたらいいですね…」

 

「うん…黒猫さん、ジャンヌ、マリー。本当にありがとうございました!」

 

「あなた方のお陰で、私も先輩も無事にこの特異点を終わらせることが…」

 

「だめよ。立香、マシュ、それじゃダメよ!」

 

マリーがマシュの言葉を途中で止めさせる。どうしたのだろう?

 

「そんな固くならないで、ほら、最後は、笑って締めましょう!さん、はい!ヴィヴ・ラ・フランス!」

 

手を大きく広げて声を高くして言う。いつもと変わらず楽しく笑ったマリーの姿だ。たしかに、折角の最後なんだからこうした方がいいんだろう。

 

 

「あ、それいいね!マシュ、笑って笑って!」

 

「え、せ、先輩!?」

 

「私も言うよ!ヴィヴ・ラ・フランス!!!」

 

「…はい!ヴィヴ・ラ・フランス!!!」

 

掛け声と一緒に立香とマシュが消える。本来の時代に、カルデアという場所に帰ったのでしょう。

 

人理修復。このフランスよりも更に厳しい道を歩むのでしょうね…もし、呼ばれたのならば、存分にこの旗を振るいましょう。

 

 

「私もそろそろ行きます」

 

マリーの体も黄金の粒子が出てきている…座に戻るのだろう。

 

「マリー、貴女には、とても助けられました」

 

「まぁ、ジャンヌからお礼を言ってくださるなんて、嬉しすぎて思わず跳んでしまいますわ!」

 

本当に嬉しかったのだろう。マリーは、満面の笑みで何回も小さく飛ぶ。

 

 

「黒猫さんもありがとう。とっても楽しかったわ!」

 

「はい、私も楽しかったです」

 

黒猫さんにも話したマリーの体は、少しずつ粒子となって消えていく。もうそんなに時間は、無いだろう。

 

 

「では、私も…」

 

「黒猫さん」

 

座に戻ろう。そう言おうとしたらマリーが黒猫さんを呼ぶ。

 

「?どうしまし」

 

呼ばれた黒猫さんが呼ばれた方に顔を向ける。言い忘れたことでもあったのだろうかといった気持ちで聞こうとしたであろう言葉は、最後まで言うことが出来なかった。

 

 

「………え?」

 

マリーは、身長の差をジャンプで無くし、黒猫さんの後ろの首元に両手を回して顔を近づけて自然に行われたそれを見ていた私は、頭の中が真っ白になる。

 

 

 

 

世に言う『キス』だ。

 

 

それも、唇同士の……

 

 

「――――――――」

 

「これは、お礼…そして、素敵な貴方にときめいた私の気持ちです」

 

数秒経った頃、マリーは、ゆっくりと床に降りて黒猫さんから離れる。

黒猫さんは、マリーの行動が予想外過ぎてしまったのかその場で固まってしまう。

見ていた私でさえも、マリーが行った事に対して驚愕で一瞬思考が停止したくらいだ。

 

 

「霊基に刻んだので、もう忘れません。だってとても大事なものなんですもの!」

 

「マ、マリー?!そういうことは、け、結婚が」

 

「ジャンヌ、黒猫さん、また何処かで会いましょうね!」

 

色々と混じった空気を作った張本人は、手を振りながら消えていった…

 

 

 

『…………』

 

沈黙が流れる。

何を言えばいいのかがわからないから静かになる。

 

 

「……外国の女性は、皆あのような感じなのでしょうか」

 

「…知りません」

 

こういう時は、何か言うべきなんだろうと思うのに、とても短く返してしまった。おまけによくわからない気持ちが浮かんで、黒猫さんの顔も見ないで言ってしまった。

心に変な感じを抑えながら何をしているのですか私と心の中で反省する。

 

しかし、マリーがとても積極的な女性だというのは分かっていたけど、まさかあんなにも…

 

 

「…あ」

 

色々と入り混じって混乱してしまっている心を落ち着かせて整理している中、私の体も黄金の粒子となっていくのが見えた。

 

 

「時間ですね」

 

「…はい」

 

消えていく体を見てようやく心が静かになる。

消えていく速度が意外と速い。もうそれほど時間はないでしょう。

 

 

「あの」

 

ならば、言いたいことを言おう。このフランスで出会った時から今日までの日々を込めて…

 

「ありがとうございました!貴方が居てくれて、本当に良かった!」

 

全霊を持って言おう。

 

「共に戦ってくれて、そして、竜の魔女…彼女を救ってくれて…感謝しきれませんね」

 

この人には、感謝してもしきれない。

初めて会ったあの時から…本当に助けられてばかりだったから…

 

 

「…お礼を言うべきなのは私です」

 

お礼?

 

「『一緒に来ませんか』…森で二度目の再開の時に言ってくれたあの一言がなければ途方に暮れていたんですよ」

 

「あの時ですか…」

 

「お礼。先に言われてしまいましたね…」

 

少し困ったように苦笑いをして言う。

…あぁ、そうでしたね。

貴方は、初めて会った時からそういう人でしたね。

人のために動いてくれて、見返りなんて求めない…そんな優しい人。

 

口元が緩むのが分かる。

 

 

 

 

「最後にいいですか?」

 

「?なんでしょう」

 

次で最後。

でも、さよならは言いません。

立香達と同じ感じがするから。

 

 

 

 

 

 

「今度からは、ジャンヌと呼び捨てで読んでください」

 

 

――――貴方ともまた会える気がするから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私だけになりましたね…」

 

嘘のように静かになった場で(ひと)()つ。

この国に来てからというもの、様々な出来事があって、立香達とも会ってと、とても賑やかな日々だったので少し寂しさを感じますね…

 

 

しかし、これからどうしましょう?この国に居ても仕方ありませんし…ん?

 

 

 

パリッ

 

 

「?」

 

変わった音が聞こえる。

その音には聞き覚えがある。確か、えれきてる?なるものでしたか。あの音と似ている。

 

 

「?」

 

音のした方を見ると黒い渦のようなものが私の前にあった。

見たことがない物ですね…妖術か何かでしょうか?害は…なさそうですが

 

 

「何処かに繋がってますね」

 

近づいて暫くじっと見ていると、渦から何かが映し出される。

映し出された場所は、外の何処かの畑だった……

 

 

「……試しに入ってみますか」

 

好奇心が少し、何より見覚えのある物を見た私は、渦に向けて歩き、渦に入る。

 

「っと…」

 

一瞬ふっと体が浮遊した感覚があったが、直ぐに無くなり地面を踏み締める。

目に見えたものは、渦に映し出されていた田畑だった。

そして周りを見渡す。だが、先程までいた城は無く、代わりに山がある。

 

 

「変わった術ですね」

 

少し離れていたせいか懐かしさを感じさせる空気を吸い、辺りを見渡す。

とても見覚えのある風景…間違いない。ここは、日本だ。

 

 

「渦が…」

 

後ろを振り向くと既に渦はなく、一本道だけがある。

 

(勢いで来てしまったから何も考えてませんでしたね…)

 

パリッ

 

これからどうするかと考えながら辺りを見渡していると頭上から先程と同じ音が聞こえた。

 

「…?また」

 

上を見上げる。同じ音だと思った時からまた同じ渦が出来ているのかと思ったら案の定、黒い渦が空に歪ませていた。私のようにあの渦から何か来るのでしょうか?

 

 

 

 

そう思って見て間もなくだった。渦から女性が出てきた。

 

 

 

 

「…え?」

 

「…あれ?」

 

私も飛んで出た女性も呆けた声を出す…が、あの女性がいる場所は上空。それもかなりの高さ…

 

 

「え?わ、わあああぁぁ退いて――――!!!」

 

女性も自分のいる場所に気付いたのか慌てた声で、私の真上の上空から叫びながら落ちてきました。

 

ぶつからないよう退いてと大声を上げる女性。私と彼女の距離は、まだ歩いても十分避けれるくらいの高さ。余裕を持って回避…は、可能なのですが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…本当に受け止めなくて平気ですか?その高さから落ちたら骨が…」

 

「……あ!やっぱり退かないで!!!受け止めてください――――!!!!!」




やぁ、こんばんは!
やっと…やっと出せました!
これで第一特異点は、終わりました。次の話や、予定などは、活動報告にて書かせてもらいます。
御時間がありましたらどうぞお立ち寄りくださいませ!
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