Fate/Grand Ordar The lost memory   作:カラクリヤシキ

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道は突然現れる。
それをどう行くかは己次第――――


喪失者と空を目指す者

春が来た。そう思わせる暖かい風を肌で感じる。

まだ昼ではない日の傾きを歩いていた足を止めて私の真上に見える空を見上げる。雨雲らしい雲は、一つも見当たらず、小さな雲が幾つか出来ている。

 

それらの雲を照らす太陽を見て思う。晴天とは正にこの事、うん、旅をしている身としては、最高の天気だ。

腰に差している刀を揺らしながら再び道に沿って歩き始める。

 

 

「今日は、良いことがありそうかなぁ」

 

そう独り言を漏らしながら鼻歌を歌うくらい上機嫌だ。これで美味しい食べ物やお酒、寝床があったら更に機嫌が良くなること間違いなし。

斬り合いが出来るのなら、もう文句なしの極楽だ。まぁ、もっとも無い物ねだりしても仕方ないことですが…

 

 

「お?」

 

道を歩いている時だった。バチバチッと音が鳴ると、黒い渦が道を遮るようにして私の前に出現する。

何も映されていない黒一色の渦だ。

普通なら避けたり、戸惑って立ち止まってしまうだろう。

 

 

「あれって…いつものアレじゃない!」

 

でも私は、例外だ。

以前にもこの渦に入っているからだ。最初の頃は、いきなり何処かも分からない場所に着くから訳が分からなかったけど、旅に出るのであれば目新しい場所にも行ってみたかったから結果としては良かったからよしだった。

なにより、この渦のお陰で色々な場所に飛ばされちゃうけど、様々な場所で剣を振るうことが出来るから私としては嬉しい限りだ。

 

…まぁ、どうしてそんな渦が出来ているのかなんて全く分からないのですけどね。

次は、どんな場所に飛ばされるかも分からないけど…うん。

 

 

「ま、為せば成るってね」

 

足に力を入れて勢いよく渦に目掛けて飛び込む。

今度は、どんな場所に行くのか。鬼が出るか蛇が出るのか、渦に飛んで入って私は様々な期待を胸にして前を見る。

 

 

 

 

 

それから時間も掛かることなく、渦から抜ける。

出た先は、さっきとあまり変わらない青空。そして下には、さっきの道には無かった田畑が見える。

高い所にいるからか、どんなところに何があるのかは直ぐに分かった。

 

 

(ん?なんであの人こっちを見て…?)

 

見下ろしていると男の人が私を見上げているのが見えた。

それもちょうど私の真下近くから…

 

 

(あれ?)

 

…………

………

……ちょっと待とうか。

私、さっきから何処から見ているのかな?田畑を全体が見える高所で、真下近くに人がいる…真下に?じゃあ私は一体どこに立って……

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 

…私、空にいない?

そう自覚したのと同時に体全体に浮遊感が襲い、凄く強い風が体全体に伝わる。

飛んだらその後は、地面に落ちる。そりゃ当然か、だって私は、鳥じゃありませんからね。

 

…そんな呑気なこと考えている間も落ちていく体の速度が上がっている。冗談なこと考えている場合じゃない。このままだと本当に…って!?

 

 

「え、わああああぁぁ、退いて――――!!!」

 

下に落ちていく中でさっき見た男の人が丁度私が落ちる箇所にいた。

このままだと下にいる人に直撃する。そう思ったら慌てながらも男の人に大声で伝える。

男の人も、ぶつかると思って一度身を引こうとした……けど、すぐに足を止めてしまった。

 

って、なんで動き止めるの?!このままだとぶつか――――

 

 

 

「…本当に受け止めなくて平気ですか?その高さから落ちたら骨が…」

 

 

…どうやら、私の事を心配して止まってくれたようだ。

冷静に考えれば、さすがの私もこれだけ地上から離れた距離から落とされたら無事じゃ済まない。

運が良ければ捻挫。悪ければ男の人の言おうとした通り、足の骨が折れ……

 

 

あ、これ、かなりまずいやつだ。落っこちている間に呑気に怪我の事を考えている場合じゃない。

 

 

「……あ、やっぱり退かないで!!!受け止めてください――――!!!!」

 

そう思った時の私の行動は、いつもより早かった。

さっきの真逆の言葉を言い放って男の人に助けを求めた。退いてと言った後だからか、我ながら少し恥ずかしい…けど、私の言った私の言葉を聞いた男の人は、私の助けに応じてくれた。

地面に落ちていく私の体を両手でしっかりと抱き抱え、態勢を崩さずに受け止めてくれて、怪我することなく事を終えた。

 

 

「受け止められましたね」

 

「た、助かったぁ…受け止めてくれてありがとう!」

 

助けてくれた男の人に礼を言う。

本当に危機一髪だったこともあって、助かったことに安堵しながら大きな声で言ってしまうが気にしない。

正直、本当に危なかった…

 

 

「いえ、無事ならよかったです」

 

男の人は、私が怪我していない事を知ってか、ホッと安堵した表情で私を見る。

それに釣られて私も抱えられている状態で彼の姿を間近で見る。

黒髪を肩まで伸ばした灰色の着物を着た長身の男性だ。顔も私から見たら整っていて、雰囲気は、どこか柔らかく感じる。

 

 

それよりも…

 

 

(この人…)

 

かなり…いえ、物凄く鍛えられている。

抱き抱えられているから必然的にお互いの体を密着させてるから男の人の体を肌で感じる。着物越しでも伝わる引き締まった上半身。そして、高所から落ちていく私を軽々と受け止められる足腰。並の鍛練じゃ手に入らないであろう肉体だと察する。

 

ここまで柔らかいとは裏腹に鍛え上げられた刀を思わせる人なんて会ったことがない。

 

 

(しかも、それだけじゃない)

 

あの渦のようなものから通った先で出会った人、怪に戦いを挑み挑まれの日々で培った経験か何かが私の意識に訴えてくる。

間違いなく強い。それも、私より何段も格上の…

 

 

――――下手したら既に空に達して…?

 

 

「しかし、不思議なこともあるものですね。私の時と同じような黒い渦から人が飛び出してくるなんて…もしや、あの渦の事をご存じで?」

 

抱えていた私を降ろした男の人は、私が通った渦があった空を見上げる。

私も見るが、渦は既に消えて無くなって青空が見えるだけだった。…ほんと、何回か通ったりしてるけど、未だによく分からないものね。

 

 

「それが、私もよく分からなくて…ん?」

 

聞かれたことに対して答えようとしたが、ふと気付く。

『同じような黒い渦』?男の人の言っていたこの言葉に疑問を浮かべる。私の時と同じようなって、まるで自分もあの渦を通ってきたような…まさか、この人も私と同じ?

 

 

「もしかして貴方も私と同じで、あの渦から来たの?」

 

「同じかはわかりませんが、私もさっき黒い渦みたいなものから出て来ましたよ」

 

「なんと!」

 

これには驚く。聞いておいてなんだけど、まさか私と同じで飛ばされてきた人がいるなんて思ってもみなかった。

実際に見ていないからなんとも言えないが、同じ境遇の人に初めて会えたから内心で舞い上がる。ちょっと不謹慎かもしれないけど…

 

 

「まさか私と同じ人がいるなんて思いませんでした!しかも飛ばされた場所も同じだなんて偶然もあるとは…正直、驚きました」

 

「私もまさか空から人が落ちてくるとは思いませんでしたよ…」

 

「あはは、確かに…」

 

お互いに驚いていたことに苦笑する。

まぁ、渦から出た矢先に、いきなり人が落ちてくるんだから無理もないか。

 

 

 

 

 

それから暫く、彼と歩きながら話を続ける。

同じ渦から出た者同士だからなのか、とても話しやすくて、すぐに打ち解ける事が出来た。

お互いに飛んでいく前にいた場所で見てきた事も話をしたけど、まさか竜を見てきた話が来るとは思わなかった…まだ見たことがないから、その話を物珍し気に聞いて思う。

 

世の中広いなー…

 

 

「そうでした。私は、新免武蔵守藤原玄信…まぁ、お堅く言うとこうなっちゃうけど、好きなように呼んでください」

 

「新免武蔵守藤原玄信さんですか…では、玄信(はるのぶ)さんとお呼びします」

 

自分で言っておいてなんだが、大抵は武蔵の方で呼ばれているからそう呼ばれるんだろうなって高を括っていたんだけど…まぁ、これはこれで新鮮で良いか。

 

その後、男の人も名乗る。彼の名前は、黒猫と言うそうだ。

正直な話、『黒猫』だと名乗られた時は、変わった名前だなぁって思ったけど、口にしたら失礼だから口には出さないようにした。

 

 

「竜が沢山いた国もあるんだ…うーん、其処からいきなり此処に来ちゃったってことは、お互い道が分からない事になるわよね…」

 

「そうなりますね…」

 

互いに行っていた場所の事を其なりに話をしている途中から察していたけど…私と同じなら此処が何処なのかすらも分からないのは当然か。

お互いに迷子のような…いえ、道どころか、此処が何処の国なのかすらも分からないんだから迷子よりも質が悪いわね。

少し前途多難な気もするけど、それは、いつものように気ままに旅をすればいいか…

 

 

(でも、私としては良くないことだけじゃないのが救いね)

 

落下したことに関しては、良くなかったけど、それを見比べても良いことが目の前にある…というより居る。

 

そう。黒猫殿だ。

私は、旅を楽しむ。旅先で私の好物である『うどん』や馳走を美味しく食べるけど、それ以上に剣の修行を好む。

 

そしていずれは――――己の目指す『空』に届かせる。

その為なら、何処に行くのかも分からない渦にだって飛び込むし、出会った強者に出会えば鯉口を切ってでも勝負をする。

だからこそ今、目の前にいる人、黒猫殿の出会いを無くしたくはない。

空を至るのならば、こんな機会をみすみす逃すなんて私には考えられない。言ってしまえば最高の御馳走を蹴って台無しにするようなものだ。

 

 

…出来ればものにしたい。

強い人の可能性大で、更に人柄も良く、渦繋がりでの出会いなんてまず無い。

でも、どう言って引き留めるか…あ

 

 

「そうだ、もし行く当てがなかったら一緒に行動しない?」

 

我ながら下心ありの誘いを軽々と…じゃない。うん、とても真正面なお誘いだ。彼も迷子なんだから人手は欲しい筈だ。うんうん、別に疚しいことじゃない。

 

 

「当てはありませんが…よろしいのですか?私としても嬉しいのですが、道も何も分からないのであまり力にはなれそうにありませんし、ご迷惑では…」

 

「全っ然、問題ありません!道なんて私も分かりませんから気にすることなんてありませんし、むしろ手伝ってくれる人がいた方が助かります」

 

結構何度か経験してるから分かるけど、やっぱり協力してくれる人が欲しい時が意外とあったのよね。

そういう所も込めてもこの誘いは、結構本気だ。

 

 

「そうでしたか…では、よろしくお願い致します」

 

「はい。こちらこそ!」

 

少し間をおいて黒猫殿が私の話に賛成し、これから一緒に行動することが決まった。

すんなりと二つ返事が来るとは思わなかったが、その事に素直に喜び、断れたらどうするかなんて考えてもいなかったから少しだけ安心もする。

良い方向に話が進んだんだし、良しとしましょう。

 

 

「それじゃあ先ずは、宿探しでも――――」

 

歩きながら辺りを見渡していた私が足を止める。

すぐ近くに草原が見える。それほど遠くはなく、人気が無さそうで見る限り人もいない。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「…」

 

そんな場所をじっと見ていた私が思ってしまった。

…あそこ、ちょうどいい場所じゃないか。

旅先で強そうな人と出会ったら間違いなく、こういった場所に誘うだろう…素直に言ってしまえば、戦いたくてしょうがない。

だけど今回の相手にしたい人は、恩人だ。何時もの感じで誘うのは流石の私でもやりたくはない……でも、試したくてしょうがない自分がいるし……よし

 

 

「黒猫殿。唐突な話なんだけど、いきなり頼み事とかされたりしたら困ったりします?」

 

「頼み事ですか?」

 

するのか、しないのかを考え巡らせても埒が明かないなら彼の返答次第にすることにした。

困るようだったら今は言わないでおくことにしよう。他にもやれる機会だってあるだろうし、無理に迫らなくてもいいはずだ。

 

 

 

でも、もし逆だったら…

 

 

 

 

「叶えられそうにない頼み事以外でしたら別に困りはしません」

 

「黒猫殿。悪いんですけど、一つだけお願いします!」

 

それを聞いた私の動きは、速かった。

彼の前で勢いよく両手の平をパンッと音を鳴らせながら合掌する。

我ながら我慢という二文字があまり浮かばない事に呆れもするけど、やっぱり我慢が出来なかったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私と手合わせしていただけません?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出会って間もない女性に手合わせを頼まれるのは、初めての経験だと思います…

 

「この辺かな」

 

草原の中原に着いた玄信さんが周りを確かめながら呟く。

幸いにも手頃な草原が近場にあったため探すのには、それほど時間は掛からなかった。

 

 

「…はいと言った手前でなんですが、本当にやるのですか?」

 

「勿論!」

 

「そうですか…」

 

再び聞けば、快く良い声で二つ返事が返ってくる玄信さんを見て苦笑をしてしまう。

いきなり戦うお願いなんて言われるとは、露程にも思っていなかったのでどう受け答えをすべきかと悩みましたが…あの時の私は、初めてで少々混乱してしまっていたんでしょうね。

 

まぁ、受けてしまったのですから仕方ありませんか…

 

 

「では、少し距離をとりますね」

 

玄信さんに背を向ける。

玄信さんと私との距離は、手を伸ばせば触れる事が出来るくらい近い。手合わせをするのには、間が狭すぎですね…大体六歩くらいでしょうか。

 

 

「あ、黒猫殿。ちょっといい?」

 

数歩、数えながら歩いていた時に後ろから声を掛けられる。

 

「何か」

 

ありましたか?

そんな言葉を言いながら玄信さんのいる方に振り返る私は、予想外な事を目にしてしまい言葉を途中で止めてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー黒猫が振り向いた先に見たものは、抜き身の刀を武蔵が黒猫目掛けて振るってくる姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――『一閃』――――

 

黒猫殿が振り向くのと合わせて腰に差している太刀を抜刀。

勢いは、十分。棒立ちの人ならば首を落とせる。そんな威力を込めた一撃を黒猫殿の首に目掛けて放つ。

完全な不意討ちだ。

本来ならこんな無礼な、卑怯、不意打ちが得意な私でも躊躇う行為だ。

会ったばかりの、それも恩人に対してするような事じゃないんだから…

 

でも確かめずにいられなかった。

我慢が利かなかったと言ってもいい。

なんたって、これから私と手合わせをする人は、滅多にお目に掛かれない空に達している人かもしれないんだ。そんな人が近くにいるなんて我慢できる訳がない。

 

 

これに反応出来るのは極僅かな本物の達人ぐらいだろう。

例え、黒猫殿が反応出来なかったとしても、直ぐに寸止めに切り替えて止めれるようにしている。

ーーーー首元に刀が触れるまであと僅か。

前者ならば最高。例え後者であっても別に構わない。改めて勝負を挑むだけ…そんな考え事をしながらも刀は、黒猫殿に迫っている。

当たる。確実に刀は、黒猫殿の首元を捉える…

 

 

 

 

 

 

筈だった。

 

 

 

…ッ!?

 

 

ヒュンっと刀が空気を斬る音を鳴らせる。確実に捉えたと思った刀が空振りした。

刀の刃と黒猫殿の首との距離は、避けられるとは思えない刀との距離だと思えたそれを、当たる寸前に後ろに飛んで避けた…避けられた!

 

 

 

「お見事!」

 

完全な不意討ちを難なく避けた黒猫殿に称賛する。

避けられると思っていながらも振ったそれは、自分の中でもかなり良い抜刀だった。

普通の怪ならば、今の一太刀で終わる自信があるそれを難なく避けられたその事実に思わず喜ぶ(・・)

 

その動きだけで予想が確信に変わる。

この人は、紛れもない強者…それも、私より何段も格上の!

 

 

「いきなりですか…驚きました」

 

避けたその場で立ち尽くしながらも黒猫殿は、私を見る。

驚き、その感想だけを口にする。不意打ちを受けながらも先程と変わらない姿を見て、自身の感じた評価を更に上げる。

 

 

「あはは…やっといてアレなんですけど、貴方の事を試しました。ごめんなさい。とてもじゃありませんが、我慢出来なかったんです」

 

「なるほど…手癖が少し悪いと」

 

「それを言われると返せません」

 

乾いた笑いが自然と口から漏れるが、次第に笑いは止み、張り付いた空気になる。

先程まで冗談の言えていた空気が消え、先程まで笑っていた武蔵の表情は無く。相対する黒猫にのみ集中させる真剣を思わせる雰囲気を見せる。

 

 

「じゃあ、今度こそ」

 

武蔵は、左手に小太刀。右手には太刀を、黒猫に向けて構える。

対して黒猫は、刀といった武器は、持ち合わせていないため無手。構えるような動作をせずに自然体のまま武蔵を見据える。

 

 

「…」

 

侮られて…はいない。

雰囲気でそれぐらいは、察せられる。

恐らく、あれが黒猫殿の一つの構えなのだろう。

 

一通りの観察をした私に一切の油断はない。絶対にしない…いや出来ない。

 

 

「正真正銘!いざ!」

 

 

 

「勝負!!」

 

その言葉を合図に戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先手を取ったのは武蔵だ。

掛け声を口にしたのと同時に、瞬時に足に力を込めて地を蹴り、黒猫の懐に詰め寄る。

刀の届く範囲内にまで接近するその動作を武蔵は、一呼吸、一瞬で間合いを詰める。

そして、繰り出される初撃は、小太刀による左肩から右脇腹に向かって斬りつける袈裟斬り、踏み込みがとれた一太刀目だ。

 

 

(やっぱり一撃目は、駄目か…なら)

 

それに対して黒猫は、刃の向かう逆の方向に体を反らし躱されるが、避けられた程度で攻撃を緩める事は、武蔵の考えにはない。

振るい終え、地面に向けていた小太刀の刃を即座に切り返すが、刃の届く前に体を後ろに飛び引いた黒猫に届くことなく空振りになる。

 

 

「みっごとに全部避けるわね!」

 

そして、三、四、五、六太刀と…縦、横、斜めに振り下ろされる刃、下ろされた後の切り返しと真っ向からの連撃を黒猫に向けて繰り返し、それをまた黒猫は、自身に当たる全ての刃を回避する。

それを見て思わず武蔵は、声を出しながらもまた黒猫の懐に入り込み、太刀を横に振るう。

 

 

「私もここまで二刀の刀を上手く扱える方は、見たことがありませんよ」

 

黒猫が武蔵の太刀を避け、追撃が来る前にその場から離れ距離を取る。

時間にすれば約5分の文字通りの真剣が迫りくる真剣勝負。通常の鍛練等とは比較にならない疲労が体に溜まるだろう。

 

 

(これも予想は、していたけど…余裕そうね)

 

賞賛を口にしながら武蔵を見る黒猫の表情に至って変わりはなく、疲れで汗を掻いている様子もない。

それを見ながら武蔵は、追撃を止めて息を整える。

武蔵は、黒猫の余力ある姿を見て不思議ではないと断ずる。

それもそうだろう。武蔵は、この戦いをする前に自身と黒猫の差を想像し、更に直接確かめたのだ。むしろこれぐらい容易に出来ると想像出来ていた。

 

――――だからこそ、どうする?

これじゃあ何時まで経っても勝負が着かない。

隙を窺うも、全くと言っていいほど見当たらない上にいざ攻め込んでも、その悉くを見切られ容易く避けられてしまう。

まず真正面からの攻撃じゃ届かない。

なら隙を突いて一撃…は、駄目だ。さっきの戦闘で幾つかそういう手を使ってみたが通じなかった。

 

 

(黒猫殿の攻撃に合わせれば…いや、駄目か)

 

次の手を考えたが、そもそも彼から攻撃が来ない以上。この策は、意味を成さない…

 

…待てよ。

 

 

「黒猫殿は、何故攻撃してこないの?」

 

思い返せば、この手合わせを始めてから彼は、一度も私に攻撃をしていない。

余裕が無かったのか?仕掛ける暇が無かった?…そんな考えが一瞬でも思考したが否だと捨てる。

私の攻撃を避けている動きは、何処か余裕を残している。そもそも全てを見切っている時点で反撃をすることなんて容易だったはずだ。

何よりも黒猫殿の実力ならば、幾らでも仕掛けることが出来ただろう。

 

 

「…すみません。思っていることがあるのですが、その、とても初対面の方に言うべきものではなくて…」

 

しかし返ってきたのは、何か言いづらそうにして口ごもってしまっている。

よくわからないが、言いたそうにしていない所を見るに、聞いても言わない可能性が高い。

 

なら…

 

 

「言いづらいのなら聞きませんけど…」

 

「すみません」

 

気にはなるけど、この手合わせが終わるまで一先ず置いておこう。

…今回に限っては、あまり気乗りはしないけど…仕方ない。あの手でいってみよう。

 

 

「黒猫殿、貴方には感謝しています」

 

「感謝?」

 

脈絡もない突然の礼を言ってきた武蔵に黒猫は、思わず聞き返す。

 

「見ず知らず私を助けてくれた事、疑わずに同行してくれたこと。そして、この手合わせに応じてくれた事も…」

 

本当のことだ。それだけの実力を持ちながら無償で助けたり、いきなりの提案にも応じてくれるような人だ。

とても良い人なんだろう。人徳がある人なんだろうと、会って間もない私はこの手合わせで察する。

 

 

 

 

 

ーーーーそんな人だからこそ、それ(恩人)を踏まえて言わせてもらおう。

 

 

 

 

 

「でもね…手合わせをしてるのに攻撃を一切してこないのは、相手を侮っているようにしか見えないわよ?」

 

言葉で相手を動かす。刀の攻めから武蔵は、言葉で攻める。

少々一方的なやり方だと武蔵は、心の隅で思っているが、武蔵の言う事には一理ある。

実力があるのにも関わらず、攻撃をせず只々避けの一手。例え連続で攻撃をされていようとも合間を縫って反撃の一つもしない姿勢は、プライドが高い者でなくとも馬鹿にされてると思われても仕方ない行動だ。

 

これは、嘲る者ならばこのような事を言っても耳を貸さないであろう話。

しかし武蔵には、この賭けが自分にとって分が良い賭けだと感じている。

 

 

(そう言っちゃったけど実際は、侮るような人じゃないと思うのよね…)

 

私が感じた彼は、善と悪で別けるとすれば『善』だろう。会って間もないが、そう行動と雰囲気を間近で見聞きして感じる。

そして何よりも、この手合わせでそういったものを感じたものには、自信がある。戦えば分かるなんて豪語しては言えないけど、旅で培った人の目利きは、伊達じゃない…と思いたい。

 

…仮に、これが全て演技で、最後の最後で騙すか利用する気でいるのならば、単に私の修行不足か、若しくは凄い役者だったってだけの話だ。

 

 

「…確かにそうですね」

 

この言葉を後に、今まで感じていた黒猫の雰囲気が変わる。

今まで手合わせをしていた武蔵だからこそ、違うと察せられる程の微々たる変化のそれだ。

早く気付けた武蔵は、自身が先程まで思っていた事が全て杞憂であったと内心で安堵する。

 

 

「ーーーー」

 

黒猫の手、足、目線、表情…それら全ての動きを逃さない。そう意識し、再び二刀を構え、集中力を高めた時だった。

 

 

武蔵の眼に映っていた黒猫の姿が消えた(・・・)

 

 

「っ」

 

文字通り『消えた』…そう武蔵が認識した直後、黒猫が武蔵の目前に姿を現す。

 

 

(――――早速か!)

 

いきなり黒猫が自分の前に来た事に驚く武蔵は、黒猫が仕掛けてきた事の喜びの方が上回り、喜色を顔に表す。

 

眼前に来た黒猫に放つ一撃は、この手合わせで初めて放つ小太刀の突き。

本来ならば急所に放つものだがこの戦いは、殺し合いではなく手合わせ。

故に狙うは、命を取る急所ではない場所である肩に放つ。

 

 

「!」

 

しかし、それも読まれていたのか、突きが黒猫を捕らえる前にまた武蔵の目前から消える。

 

 

ーーーーっこれを避けるか!?

 

驚愕は、すれども納得する。この人ならこれぐらいやってのける。

最早、理屈ではなく今までの経験が体にそう感じさせる。黒猫が消えるのが術の類ではなく、ただ速く動いているだけだという事も武蔵は、悟っている。

 

ならばと、次の手を打とうとする武蔵の動きに迷いは無い。黒猫が消えた後、瞬時に感覚を集中させる。

 

 

 

 

どれ程速く動けようとも必ず止まる瞬間が来る(・・・・・・・・・・)

一瞬でもいい。今の私の感覚で捉えられる唯一の攻撃が出来る機会となる瞬間が必ず来る筈だ。

 

 

(…後ろ!)

 

即座に気配の感じ取る最高とも呼べる研ぎ澄まされた集中力が黒猫の位置、感じる雰囲気の違いを掴む。

この手合わせで初の黒猫の攻撃が来る。そう察した武蔵は、振り向き様に長刀の横一文字を黒猫の銅に放つ。

今の武蔵が出しうる最大の一撃とも呼べる(みね)の一閃。

そんな一太刀を放つ武蔵に、直感とも呼べるものが働く。

 

ーーーー恐らくこれが、この手合わせの最後の攻防。

そう肌で感じた武蔵には、この一撃が決して外せないものだと察する。

 

 

 

 

「イ゛ッ!?」

 

 

黒猫を確実に捉えた。

そんな思いと共に放たれた刀から感じられる肉の感触はなく、代わりに手首から痛みが走る。それも、かなりの痛み。

原因が何なのかを考えるまでもなく武蔵は、自身の痛みの走る手首を見れば、黒猫の拳が当てられている事に気付き、それが痛みの正体だということに其ほど時間は掛からなかった。

知覚した痛みが腕全体に広がるように痛みを走らせ、握っていた刀を落とす。

 

 

「お仕舞いです」

 

武蔵が痛みに怯む一瞬だった。

黒猫の声を聞いた時、既に武蔵の首元に小太刀を添えられていた。

それを自覚した武蔵の耳に、カチャンと刀が地面に落ちる音がこの手合わせの終了の合図のように響く。

 

 

「…私の刀?」

 

そんな音が聞こえる中、武蔵は、この勝負の勝敗を決めた自分の首に向けられている刀をよく見ると、それが自分の刀だとすぐに見分ける。

しかし、何故それが黒猫の手にあるのかが分からないでいる。

今の今まで振り続けていた小太刀は、手から落ちていない。

じゃあ落とした刀?いや、手から落とした刀は、地面に落ちたまま…という以前に落とされた刀は、小太刀じゃなくて太刀だ。

 

 

(…っ差してた刀が無い?)

 

もしかしてと思い、自分の腰に差しているもう一本の小太刀に目を向けると、其処に刀はなく。柄だけを残して刀が消えていた。

 

私に気付かせることなく差していた刀を取ったって言うの?

一体何時…

 

 

「まさか、目の前に来た時か?!」

 

さっきまでの戦闘の中で唯一、黒猫殿が私の前に来た時を思い出す。

あの時、私の攻撃を目の前で消えるというおまけ付きで避けて、気付けば私の後ろにいるという馬鹿げた速さを見せていた…恐らくだけど、私の後ろに回り込んだあの瞬間に取ったのだろう。

 

…もし、それが本当ならばどれ程の早業か…わかるのは、今の私がまだ辿り着いていない領域だってことくらいか。

 

 

「この手の取り方は、よくやっていたんですよ」

 

「…参った。お見事としか言えません」

 

首に向けられていた刀を下げ、柄の方を私に向けて返してもらい、鞘に収める。

今の動きを事も無げに言う黒猫を見て溜め息を漏らす。まさか、ここまで差があるだなんて…正直、想像を越えた実感をさせられた。

 

 

「手合わせ、ありがとうございました。とても充実した時間でした!」

 

「それは、よかったです。稽古以外での手合わせは、あまりしたことが無いので不安でした…」

 

「いえいえ、さいっこうでしたよ!本当に心から満足させてもらいました!」

 

溜め息を漏らしながら余韻(よいん)に浸る。

負けはしたがお陰で、まだまだ己の剣を高める事が出来ることも実感できた。それが分かって大満足だ…

 

 

でも…

 

 

「…でも、なんだかすっきりしないんだよね」

 

「すっきりしない、ですか?」

 

「あ、いえ!個人的な事だから気には…」

 

たぶん、黒猫殿に失礼な事をしちゃったからでもあるからだろうな…そのせいで少し心残りがあるんだろう。

 

 

「あー、うん。さっきの手合わせの前に無礼な事もしちゃったからなーって…そうだ!黒猫殿。何かお詫びをさせてくれない?」

 

「お詫び?」

 

「はい!さっきの手合わせの前に無礼な事もしちゃったからなーって、思っちゃいまして、そのお詫び…あ、でも無理なお願いは避けてほしいです。可能な限りで!」

 

「いきなり言われもしても…」

 

いきなりのお詫びなんて言われたからか、何をお願いするか悩んでいるようだ。

 

 

「…それでは、一言と一回だけさせてもらいます」

 

「はい!どうぞ…って一言と一回?」

 

「ええ」

 

考えが決まったのか私に視線を向ける。

 

「戦う前に御試しになられた事に対して悩んでいたのには、とても嬉しかったです。」

 

黒猫殿が私の前にゆっくりと歩いて近寄ってくる。

たぶん、これが一言なんだろう。まぁ、無礼な事しちゃったから怒られても仕方ないわよね。

でも、無茶なお願いじゃないようだ。個人的には、もうちょっと欲を出しても良いと思ったんだけど……あれ?

 

 

(…なんだろう…この感じ……)

 

その近づいてくる姿を見ていると嫌な汗が背中から出て冷やされる。

近づくにつれて汗が更に出てくる。

 

なんか、こう…凄く嫌な予感が……

 

 

「ですが――――頼んだ張本人が不意打ちを堂々とするんじゃありません」

 

悪寒みたいなものを感じて困惑していた私の前まで来た彼が私に見せたものは…

 

 

 

微笑みと拳だった。

 

 

 

 

――――あ、これまずいやつだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴチンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…それほど力を入れたつもりはないんですが……」

 

少し強すぎたのか、玄信さんが目を回して倒れてしまった。

小突く程度の気持ちでやったのですけど…思いの外痛かったのか、打ち所が悪かったのでしょうか。

 

 

「…まぁ、おいたが過ぎたのでいいでしょう」

 

いきなり不意打ちをしてくるとは思いませんでしたが、思いの外遅かったので避けることが出来ましたしね…おそらく、避けられない時を想定して止めるようにもしていたのでしょう。

手合わせの時もずっと急所を外してきてましたし、斬るときも全て峰打ちでしたからね。

 

私を想っての行動でしょう…起きたらやり過ぎたことを謝りましょう。

 

 

「さて、どうしたものか」

 

幸い、畑が近くにあったので人がいるはず。信玄さんを背負って探してみますか。

 

「そういえば此方のお金は、どうなっているのでしょう?」

 

少なくとも周りは、未来のような世界ではなさそうなので未来のお金では、ないと思うのですが…

 

 

「確か、今の手持ちは…」

 

裾の中に手を入れて、巾着袋を握る。

チャリンと中にあるお金同士が擦れる音がする。重みも十分ある。これなら宿があれば食事にも困ることはないでしょうけど…………ん?

 

 

「…ない」

 

右手の袖を探る。無い…

左手の袖を探る。無い…

 

 

「……」

 

最後の望みと手を胸元を探るがやはり…ない。

 

 

(私の大事なもの(・・・・・)が…)

 

段々焦っていくのが自分でも分かる。

右袖、左袖、胸元を探っても見つけることが出来なかった。

 

 

「…まさか私の羽織に?」

 

胸元に入れっぱなしだと思っていたはず…しかし、それ以外にある場所など考えられない。大事な物なので落とすなんて事は、まずあり得ない。

しかし、今の私にその羽織は無い。

 

 

「羽織、確かオルレアンという国で…」

 

自分の行動を振り替える。

オルレアンで目を覚ました頃は、確かに着ていた。ジャンヌと初めて出会った時も着ていた。

英霊の二人を倒した時、立香達と出会った時も、竜を蹴り飛ばした時にもあって、立香と話をして…それで……

 

 

 

……そうでした。

 

 

「…立香から返してもらってませんね」




やぁ、こんばんは。
予定よりも大変長くなってしまい、申し訳ありません…
今回は、ちょっとした出会いを書き終えることが出来ました。今度は、カルデアの話をする予定となっております。
毎度のように同じく活動報告にその予定等も書いておりますので、御時間がありましたら報告をご覧になって下さい!
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