キノの旅(✕フーと散歩) -the Wonderful Days-   作:水霧

8 / 14
第三話:まもるはなし -So, Want to Protect it...- by 十六夜の月 

 所々剥げた草原に一本の道が伸びていました。長年舗装していなかったために、凹凸が目立ち始めています。その剥げた所には地面が露出し、それをぽつぽつ生えている木々が見下ろしています。少し変わった地帯でした。

 そこにボロボロの黄色い車が走っていました。後部座席に荷物をぱんぱんに詰め込んでいます。ガタガタと衝撃がモロに車内に伝わっています。中はとても気持ち悪くなりそうな空間になっていました。

 運転席に座るのは少し背の低い優男です。茶色のジャケットを羽織っていて、左腰にはハンド・パースエイダー(注・パースエイダーは銃器です。この場合は拳銃です)が入ったホルスターがあります。

 暴れ馬を操縦するように、ハンドルを捌いています。

「師匠」

 優男が陽気に、

「なんですか?」

 助手席にいる“師匠”と呼ぶ女性に話しかけます。

「子供がいます」

「見えますね。それで?」

「助けたり……はしないですよね?」

「……」

 師匠は自分のパースエイダーの確認をしています。

 師匠は妙齢の女性で、高そうな黒のジャケットを着ています。右腰にホルスターがあり、大口径のリヴォルバーが吊るされています。

 (つや)のある長い黒髪をおでこから横にさらいながら、その光景を流し見していきます。ひび割れたサイドミラーで後方を見ていきます。ぴくりと手が止まりました。

「車を停めてください」

「え?」

「早く」

「はい」

 思わず、まじまじと見ていました。まるで世紀の大発見を目の当たりにしたような衝撃に、ブレーキを踏むのが遅れてしまいます。

 故障寸前の車が行き倒れから離れた所でがたんがたんと停車しました。仕方なくがたんがたんとバックで戻っていき、優男が子供の容体を見に行きます。

 ちょうど茂みを背にして泣いていました。

「君、どうしたの?」

 感情のない棒読みでまずは問いかけます。師匠はパースエイダーの準備を整えていました。

「う……うぅ……」

 金髪におかっぱ頭の男の子です。男の子は優男を見ると、

「うわああああんっ! うええええええん!」

 さらに泣き出しました。あわあわと慌てふためく優男を尻目に、師匠は車から面白そうに眺めていました。

 少ししても泣き止む様子がないので、仕方なく師匠も降りていきました。

「どうしました?」

 そっと肩に触れながら優しく問いかけます。すると、

「……くすん」

 泣き止みました。なるほど、と優男が頷いています。

 師匠が男の子に水と携帯食料を軽く与えましたが、まるで反応しません。視点は一点を動かずに、虚ろな目をしていました。

「……」

 すっと師匠が頬に手を添えると、

「!」

 急に抱きついてきました。振り払おうと思いましたが、子供の力とは思えないほどに強く、そして震えていました。

 男の子はゆっくりと茂みの方へ指差します。

「何だろう」

 優男がそちらへ確認しに行きます。茂みの奥に入ってすぐに、優男は納得の声を上げました。

「こりゃひどい」

 それだけ呟いて戻ってきました。

 師匠は何となく察していました。茂みの根本に少しの赤みを見つけたから。

「そういうことです師匠。どうします?」

 優男も師匠が気付いたのを察します。

「とりあえず事情を聞かないうちは動けません。この子が落ち着くまで待機です。あなたはご遺体を丁重に弔ってください」

「え? 師匠も手伝ってくださいよ」

「私はこうですので動けません」

 がっちりと抱きついていました。

「……分かりました」

 その様子を男の子に見せるわけにもいかないので、車の陰に連れて行き、気が鎮まるのを待ちました。

 師匠はちょっとずつ聞き出します。

「名前は?」

「……“ドンド”」

「ドンドですね? どうしてこんなことに?」

 男の子“ドンド”はうん、と小さく頷きます。

「……」

「そうですか。……旅行中だったとか?」

「……ぼく、ひどいことされた……」

 惨劇を思い出してしまい、また震え出してしまいます。

「大丈夫。心配しないで。とにかくどこかへ行きましょうか。それとも、何かしたいことはありますか?」

「……え?」

「もう両親はいない。けどそれは自由を手にしたと考えるのはどうでしょう?」

「じ、自由?」

「つまり、これからはドンドの好きなように生きていくことができる、ということです」

「好きなように? でも……」

「親を亡くしてしまったのは仕方がない。でもずっとそれを根に持ったのでは先に進めません。ドンドがどこかで覚悟を決めなくては」

「? ……?」

 難しいようで、いまいち理解できていないようです。

「今、ドンドは何を考えていますか?」

「……ぼく……」

 きゅっと唇を噛み締めます。

「あの人たちを殺したい! ぼくのお父さんとお母さんを殺した人たちを殺したい! ゆるせないっ! だから手伝って、旅人さん!」

「……」

 ふ、と師匠が微笑みました。

「分かりました。でもそれはタダではできません。ドンドは私達に何かくれるのですか?」

「えっ? ……」

 しゅん、と落ち込んでしまいます。

「ぼく……なにもないよ……」

「分かっています。私もさすがにそこまで酷ではありません。だから、“出世払い”で請け負いましょう」

「……“出世払い”?」

「ドンドが将来大人になって、お金なりなんなりを稼げるようになってから、ということです。ですから、」

「師匠、ちょっと話が……」

 優男が横から入ってきました。ちょっと待っててね、と優男が師匠を連れだしていきました。

「何です?」

「埋葬を終わりました。あの子の前で言うのはきついと思ったので」

「あなたにしては配慮しましたね」

「金づるですから」

 ふぅ、と師匠は気持ちを切り替えました。

「では、今から依頼内容を伝えます。聞き漏らさないように」

「えっ? あの子を助けるつもりですか?」

「こうなったのも何かの縁。それに子供を放っておいて行くのは人としてどうですかね?」

「うん、まあ……その通りです、よね」

 いつもとは違う展開に、困惑してしまう優男。しかしちょっぴり可笑しくて内心笑っていました。

「依頼は復讐です。ドンドの両親を殺害した集団を捜索し、始末すること。ですが、それと同時並行して国を探さなくてはなりません」

「つまり、ドンドくんの新しい生活を考えつつ、犯人を取っちめるってわけですね」

「正直、これは何日かかるか分からない依頼です。しかし完了すれば見返りは大きいと考えます。何より私も人間ですので、子供を見捨てるほど腐っていません」

「んー、でも犯人の目星がつかないってのが厄介ですね」

「あなたは遺体を見ていたでしょう? それがヒントですよ」

 ぽりぽりと頭を掻きます。

「そうですねえ。弾痕は全身至る所に。これはマシンガン型で三十九ミリ弾が使われているかと。ですが、ご丁寧に薬莢は全て回収されていました。しかもよく見ると、周囲の木々や地面には弾痕が見当たりません」

「つまり殺害現場は他所で、あの子と一緒にここへ運んできた」

「そうだと思います。しかもここがどこだかも分かってないみたいですから、目隠しなどの最低限の拘束はしていたのでしょう」

 ひとまず、粗方の段取りを決めました。

 優男が運転席に座り、

「では犯人捜しから始めましょうか。生憎、この車は二人用ですので、ドンドは私の膝に座ることになります。それでも構いませんか?」

「う、うん。おねがいします」

 助手席に座る師匠の膝に、ちょこんとドンドが座りました。

 

 

 それから師匠たちはさらにドンドに質問をしました。ここに来たのはどれくらい前か、両親はどんな仕事をしていたのか、犯人たちはどのような人物だったのか。辛いことも承知で、ゆっくりと話をしました。

「よくおぼえてないよ。水を飲まされてからいきなりねむくなって……」

「お父さんはえらい人だってことしか……」

「……五人、くらい……」

 師匠たちはいろいろなことを考えながら反芻(はんすう)していきました。

 さて、今走っている所は広大な草原に伸びる一本の道です。最初はそのような道を走っていましたが、道の枝分かれを経て森林一帯を通り、緑色が段々と砂色に移り変わっていきます。また、向かっている方向を中心に山々が目立ち始めました。山と山の間を走るようにもなり、落石や襲撃に注意しながら運転していきます。

「師匠、ここはどちらに?」

「右です」

「? 分かりました」

 周囲も生えている草や大地がそれらしい色になっています。つまり、半ば砂漠っぽくなっていました。しかしカラッカラに乾燥してはおらず、生温い風に乗った砂埃が引っ付くことなく流れていきます。

 そんな道を通っている頃には、空が夕焼けに滲んでいました。

 ちょうど山道を登るところに差し掛かります。周りは木の数本もなく、茶緑色の草がぽつぽつと生えているだけです。あとはボロボロの道路が山へ続いているのみ。その勾配は緩やかですが、

「少し休みますか?」

「うん……ちょっと……」

 ドンドが車酔いしてしまいます。無理もありません。悪路に加えての車自体のガタつきは上下に振動しながら突き進む遊園施設のようです。

 師匠はドンドの体調と時間帯、山越えを考慮して、この麓で野宿することにしました。この先の山道は直線ではなく、舐めるように横に伸びていたためです。そこまで長くはないと思いますが、どれくらいかかるのか採算が取れませんでした。

 少し早めの夕食です。携帯コンロで温めたコンソメスープと携帯食料で一食を(まかな)います。

 師匠とドンドの二人はそのコンロを挟むように座っていました。優男は車の屋根に乗って、周囲の監視をしています。すぐ横には低い三脚で立っている機関銃型のパースエイダーがあります。本来は装甲車や軍用機といった対物用のパースエイダーなのですが、巨大なスコープが装着されています。つまり、対人用に後付けしたものです。

 そんな物騒なものを犬でも撫でるかのように、手を添えています。

 ドンドはそれがどういうものなのか理解していましたが、どのような事になるのかまでは予想がつきません。

 不思議そうに見ていると、

「興味ある?」

 優男がにっこりと反応しました。

「い、いや……大きいなあって……」

「これがあれば、憎き仇を蜂の巣にできるよ」

 優男はドンドに自分の自動式パースエイダーを手渡しました。

「まずは構えてみようか。右手は人差し指でトリガーに触って、グリップを握る。左手は親指以外の四本で上からしっかりと握りこむ。この時、親指は安全装置に掛けながらもスライドと平行に添える。こうやって……」

 優しくドンドの両手を使って、構えを作ってあげました。構えた方向に人がいないことを確認します。

「これが基本。あとは両目でサイトを見ながら、握りこむように照準を合わせて、トリガーを引く」

 ぱん、と高い破裂音がしました。

「上手いね。飲み込みも早い。けっこう才能あるよ。で、こっちのパースエイダーは……っと」

 もっと話したそうにしていましたが、師匠にじろっと見られて収まりました。

 夕焼けも夜空に代わり、空に星々が輝き出します。ここが比較的湿気があるからか、ぼんやりと煌めいています。

 ドンドは夜空をただ見上げていました。

「……さて、朝早く出るので早めに寝ましょう。ドンドは車の中で」

「いいの?」

「私達は見張りを立てなくてはなりません。いつものことだから気にしないように」

「う、うん」

 白い息は出ませんが、肌寒いです。ドンドに毛布を渡して、助手席に寝させました。

 師匠は車から十メートルほど離れた所に向かいます。そこに優男が待っていました。手には消音器付きのパースエイダーがあります。

「どうでした?」

「かなり疲れています」

「長時間のドライブは避けた方がいいと思いますよ。なんてったって僕も乗りたての頃は苦労しましたから」

 師匠は特に思い返すこともなく、話を続けました。

「確かこの先に国ありましたよね? そこで何日か滞在した方が」

「そうですね。それに犯人たちもいるでしょうし」

「……え? どうして?」

「タイヤ痕ですよ。ドンドがあそこに置き去りにされてからそんな長くないし雨も降ってない。それに死体二つを徒歩で運ぶには無理があります。とすれば、車で運んできたと考えるのが妥当。なら通ってきた痕も多少は残っているはず」

「それでですか。やたらと明確に道案内をしてくれたのは」

「いくつか分岐点もありましたが、そちらにタイヤ痕は全くありませんでしたからね」

「そうなるとこの方向は……」

「もしまだ滞在しているなら、チャンスはそこしかありません」

「……分かりました」

 

 

 翌朝。昨晩食べたメニューを朝食で取り、日が出る前にすぐに出発しました。師匠の言っていたこともあり、急ぎめです。それでも車は速度が出ないのでした。

 しばらく走っていると、空が白んできました。その発生点である東の水平線から朝日がゆっくりと飛び立ちます。

「わあ……」

 薄汚れた車窓から、黄金色の空を眺めました。日は黄金色なのに、橙色や層の薄い黄緑、そして水色から紺色のグラデーション。夜空だったグラデーションはやがて薄まっていき、青みが強くなっていきました。

 その光景をまじまじと見つめています。

「きれい……」

「景色は好きなんだ?」

 優男が尋ねます。

「ううん。ちょっと前まではあきるだけだったよ。でもどうしてだろう。今はとってもきれい……」

「……」

 刻まれていく(わだち)から、砂埃が立ち上っています。

 しばらくすると、道の果て水平線から横に壁が広がるのが見えてきました。大小色彩様々な石材を緻密に積んでできた城壁です。

「やっと国が見えましたね、師匠」

「ドンド、私達はあの国で三日間ほど滞在します。その間にドンドの住民登録を済ませましょう」

「え」

 ドンドが師匠を見ます。

「あなたはあの国で生きていくのです。私達はそれ以上面倒見ることはできません」

「むしろ、師匠がここまでやってくれることの方が珍しいというか史上はじ、いえなんでもありません」

 見るからに、ドンドは落ち込んでいました。それは依頼どうこうではなく、寂しさから来ているものです。

「心配せずとも、あなたが生活できるくらいまでは、あるいは養子に出されるまでは面倒見ます。そうでないと苦労が無駄になってしまいますから」

「……うん!」

 師匠の左半分の表情。ちょうど優男からは陰になって見えませんが、その左側の口角だけが少しだけ上がっていました。

 

 

 その国の入り口で青い制服を来た若い男が立っていました。門の脇に小さい小屋があることから、入国審査官だと思われます。

 小屋より少し離れた所で停車しました。

「旅人さんですね? 目的は?」

 唐突に尋ねられました。優男があれこれそれと事情を話すと、納得してくれました。

「そうでしたか。でも、そこの少年がこの国で暮らすにはかなり厳しいと思います」

「と言いますと?」

「正直なところ、治安がそこまで良くありません。貧富の差も開いていますし、内戦とまではいきませんが、内乱のような争いが勃発しています」

「どういう理由で?」

「貧富の差により、富裕層や弱者を襲って略奪するんですよ。まるで盗賊団のようだ」

「ビンゴ」

「……え?」

 優男の反応に、思わず目を見開いてしまいました。

「てことは、その盗賊紛いな輩を排除すれば、この国は落ち着きますよね?」

「まあそういうことですけど、そんなの無理ですよ! あいつらはプロの集団なんです。ちょっかい出しただけでも殺されるかもしれないし……!」

 師匠をちらっと見ると、了解です、と優男が答えました。

「もしその問題を解決したら、この子を裕福な家庭に引き取ってもらえます?」

「え、ええっ?」

 優男に顔を突き出すくらいに驚いたのはドンドでした。一方の優男はへらへらと、師匠は毅然として見ています。

「どうですかねえ? 悪くないと思うんですけどね」

「ちょっとお待ちを。上司に相談してみます」

 そう言って、門番は小屋に戻って行きました。

「どうやらあなたの仇はこの国でのさばっている犯罪集団のようですね」

「ぼく、ここに住むことになるの?」

「この判断が最良でしょう。そもそもこれほど美味しい取引はお互いにありません。そのまま孤児院に送られるよりは安心でしょう?」

「で、でもこの国ってあぶないんだよね?」

「その危ない元凶があなたの仇なのです。よって、依頼を解決すれば一石“四”鳥です。構いませんね?」

 ドンドは膝の上から師匠を見上げました。元より、ドンドに否定する権利はあってないようなものでした。なぜなら、

「あ、来ましたね」

「はあ……はあ……。意見を聞いてきた。大統領からの極秘任務として、旅人さんたちに依頼するそうだ。……取引成立だ」

 トントン拍子で話が進んでいくから。

「物分かりの良い方で安心しました」

「そこの少年は後日養子として募集するとして、入国してから俺が場所案内する。付いてきてくれ」

「いいですけど、車に追いつけるくらいに足が速いんですか?」

「まさか! でもこの国なら十分可能だよ。入れば分かる」

 開門して、何もなしに通してくれました。

「なるほど」

 師匠がすぐに納得しました。

「さて、どちらに行けばいいです?」

「まずはそこを左に」

 入って間もなく指示に従いました。

 綺麗に舗装されたコンクリート道に所狭しと建ち並ぶ家屋や店。雑多する人混みと車。優男は通行人をかき分けるように、()かないように慎重に運転していきました。

 あまりに混んでいるのでアクセルに足を乗せるだけの速度で十分です。案内する門兵が脇で早歩きして指示してくれたのでした。

「あと少しだ」

 運転席側の窓から門兵が言いました。

「きゃああああああ! どろぼおおお!」

「?」

 突然、周りが慌て出しました。人の波の立ち方から、こちらにやって来そうです。まるで道を開けるように、避けていきました。

「だれかあ! つかまえてえええ!」

 泥棒と思われる三十代後半の男が人混みを縫うようにして、車を通り過ぎて行きました。たまたま助手席側を通っていたので、師匠がその男を見送るように見ていました。

 盗まれた女の声はやがてしなくなりました。この混雑した中です。見失えばそう簡単には見つけることができないと諦めてしまったようです。

「今のは?」

「気にするな。見なかったことにするんだ」

「……」

 気を取り直して、運転を再開します。

 その領事館とやらまでは数キロもありませんでしたが、こんな交通事情で三十分ほどかかってしまいました。

 案内されて着いた領事館は大豪邸(だいごうてい)のようでした。宮殿かと思うくらいに建物が大きく庭が広いです。門は石造りに囲われた鉄柵で、上がアーチ状になっています。庭の中心に見事な噴水があり、その周りに緑や花が若々しく生えていました。

「あんな荒野の中にこんな緑が……」

 優男が感心して見つめます。ドンドも口を開いて眺めていました。

 門兵が鉄柵の門の脇で何か操作します。すると、自動で開いていきました。

「電気も通っているのですね」

 噴水を迂回するように走り、建物の玄関で止まりました。

 目の前に木で拵えた大門が立ちはだかります。まるで城門のような規模です。しかしその脇に人一人くらいのサイズのドアがありました。ちょうど目線の高さで四角くくぼんでいます。

 三人と門兵はそちらの小さい方に向かい、ノッカーで戸を叩きます。すると、

「誰だ?」

 シャッ、とくぼんでいた所がスライドしました。覗き穴のようです。

 門兵が応対します。

「先ほど連絡に上がりました門番です。例の件で詳しい話をとお連れしました」

「分かった。今開ける」

 シャッ、とくぼみを閉じました。がちゃんがちゃん、と重そうにロックを外してから、ドアが開きます。

「ふむ。君らが例の旅人と男の子だな?」

 高級そうなスーツを着た男がいました。初老で白い髭を蓄えています。

 師匠が二人を呼んで前に出ました。

「この国に偶然訪れたところ、困った事情があるとお聞きし、案内されました」

「そうか。こちらとしてもありがたい話だ。詳しい事は中で伺おう。あるお人もお待ちしている」

「分かりました」

 今度は初老の男に代わっての案内です。門兵とはここでお別れしました。

 中に入ると、赤い絨毯に敷かれた狭い通路が見えました。隣の大門の方とは別の空間です。四人は無言で突き当たりの扉に向かい、

「ここだ」

 招かれました。

 まず、ここがお偉方の部屋ではないとすぐに悟りました。なぜなら、ボロボロのソファに欠けたテーブル、縫い目だらけのカーペット、薄汚れた石壁ととても人が住むような環境ではなかったためです。

 ところが師匠だけは違いました。

「この国の大統領ですね?」

「え?」

 優男とドンドが目の前の男に目を見張ります。なぜなら、まるで浮浪者のようなボロボロの衣服に帽子を着て、使い古した杖を持って、ボロボロのソファに座っていたためです。おまけに髭はボーボーで、何日もお風呂に入っていないかのように肌が謎のツヤを出しています。

 初老の男が静かに扉を閉めました。明かりは男の背後にある木窓から差し込む日光と四隅の蝋燭(ろうそく)。どこかの魔術師のような雰囲気です。

「お座んなさい」

 三人はソファに座りました。ギチギチと今にも底抜けしてしまいそうで、浮ついてしまいます。

「旅人さん、私を大統領と言ったね? どうしてそう思いなすった?」

「あんなに頑丈な扉で守られているとすれば、主要人物クラスの人がいるのではと思いました」

「なるほど」

 優男は流石だなあ、と感心していました。

「私の見込みは間違いじゃなかった。早速、本題に入らせてくれ」

 浮浪者のような男“大統領”は五枚の写真をテーブルに置きました。B5サイズという大きな写真です。少し離れた距離でもしっかりと判別できました。

「!」

 その証拠に、ドンドの顔が凍りつきます。カタカタとソファが揺れ、隣の優男にしがみつきました。

「面識があるようで」

「私達はありませんが、この子は数日前に両親を殺害されたばかりです」

「なんと……惨いことを……」

 じっとドンドを見つめます。

「我が国では犯罪率が異常に高い。その元凶がその五人なんですって。聞いたかも分からんですが、大悪党の盗賊なのです。民衆を襲っては金品を巻き上げては裏で各国に売りさばき、莫大な利益を上げているのです」

「どうして逮捕しないんです?」

 優男がドンドを撫でながら伺います。

「奴らの恐ろしいことは復讐を完遂すること。誰かが逮捕されたり殺されたりすれば、その人間の親族や近所を襲うのですって」

「逮捕して死刑にもできないってわけだ」

「そもそも、この国には死刑制度がないんですって。終身刑にすると、刑務所で出所しそうな人間をどんどん仲間に仕立てあげ、勢力を伸ばしてくる。まるで疫病のように……」

「だから警察や守備隊も動きづらく、専守防衛するしかないのですね」

 大統領は頭を抱えて俯いてしまいます。

「こいつらはその組織のリーダー格の男。特にこの男が組織のトップなのですって」

 すっと写真を差し出したのは、左目に眼帯を当てた四十代前半の男です。飄々(ひょう)とした見た目ですが、何か企んでいそうな人相をしています。

「この男たちは既に終身刑を食らっており、二度と外に出ることはなくなった。ところが先日、仲間の手によって脱走したのですって」

「その間隙に、ドンドの両親が……」

 なるほど、と師匠が呟きました。

「だからこの子を養子にくれるという無茶な要求も呑んでくれたわけですね。ドンドの両親の殺害は脱走させてしまったこの国。つまり大統領、あなたの責任でもあった」

 ぐぐ、と大統領が呻きます。

「そう。私も全力で組織を潰しにかかった。でも反動が大きく、家族も親友も皆殺されてしまった。そしてこの五人を逮捕したら、今度こそ私……! 私は臆病者なんだ……! こんな所にしかひそめない……」

 ガタガタガタ、とドンド以上に震え上がっています。

 すくりと師匠が立ち上がりました。

「具体的な標的と任務を把握しました。一つお伺いしてもいいですか?」

「な、なんなりと」

「死刑制度を導入するにはどれほどの時間がかかりますか?」

「おそらく誰も賛成してくれん。昔から、この国では死刑にはしないと決めているんですって」

「分かりました。では別の方法を取りましょう」

「……えっ?」

「奇しくも大統領は“疫病”と例えてくれましたね。もし本当に疫病ならばどう対処しますか?」

「え? それは……」

 大統領だけでなく、優男やドンドも必死で考えます。しかし、師匠の考えに辿り着く者はいませんでした。

 淡々と大統領に要求します。

「まずはこの国の法律書を寄越して、私と連れを刑務所に案内してください。法律書はその間に読みますので」

「ほ、法律? なぜ?」

「他の警察隊は出来る限り犯罪組織をけしかけて、じゃんじゃん逮捕してください。その際に国籍をきちんと調べあげること。あと、ドンドは住民登録の手続きをお願いします」

「国籍?」

「この問題を解決するのに半日も要りません」

 

 

 師匠たちは大統領命令で用意された車で案内されました。師匠たちの車とは違い、見た目は綺麗な乗用車でした。しかし窓やボディ等に防弾性の高いものが使われています。防弾仕様車です。

 人混みの中で刑務所に向かう約一時間の間、師匠は誰とも話さずに、法律書を読み耽っていました。辞書のように厚い本をペラペラとめくっていき、

「なるほど。これで面倒な事を省けますね」

 と、まるで字のまま吸収するように、理解していくのでした。

 さて、刑務所に到着しました。ちょうど大統領官邸の西側に位置しています。

 中に入る前に、まずは重厚なゲート。約十メートルはあろうかという壁が立ちはだかります。大統領の口利きがあるとはいえ、身体検査や荷物検査など厳重な検査を受けていきます。そして三重に敷かれたゲートを通りました。ここで案内役としてベテランの看守が引き受けます。

 まるで役所のような刑務所に入ると、左手に受付と上下階段があります。ここでも検査を受けて、下の階へ向かいます。地下は岩石をえぐって作ったかのような作りになっていました。

 その三階で、

「ここです。ここでは例の犯罪組織の関係者とトップの“ブレッド”という男が収監されています」

 ベテラン看守が緊張した表情で話しました。

 ドアを開けると、五十メートルくらいの一本の通路が伸びていました。そこを看守が三人体制で見張っています。

 一部屋に網の目模様の鉄柵が、中には有刺鉄線まで張り巡らせています。

 目を疑っていた優男に、ベテラン看守が話します。

「以前、この鉄柵を素手で破壊した男がいましたので、このような処置を取っています」

 思わず顔が引きつる優男。師匠は有刺鉄線を流し見するだけでした。

 そして、一番奥で左に曲がった先は一部屋しかありませんでした。そこに、

「誰だ?」

 一人の男がいました。頭はボサボサで無精髭を生やしていますが、ひょろひょろしています。全体的に身体つきが細い四十代後半の男でした。

「“ブレッド”ですね?」

 ああ、と“ブレッド”が返事をしました。

「特上の女だなあ。貢物か?」

 ぐひひ、と下品に笑います。師匠は特に反応せず、淡々と話を進めます。

「ここの所長に聞きました。あなたはこの国でも極悪人だそうですね」

「まあな。ここのお偉いさんってのは肥えてばっかだからよ。ちったあ痩せてもらおうと思ってな」

「? どういうことです?」

 優男が尋ねました。

「貧民ってのはいつだって金持ちを妬んでるもんだ。だからおれあ、その気持ちを代弁してるに過ぎないのさ。上の連中がおれたちを危険視してるのはそういうこと。言っちまえば弱者の味方ってやつよ」

「弱者の味方なのに弱者を殺すこともあるのですか?」

 とても低く、一層冷徹な言葉を言い放ちます。

「仕方ねえさ。活動資金ってやつだ。旅人さんだって、金がなくなればそういう人間を騙して奪うこともあるだろう?」

「ないこともないですね」

「……」

 優男は口を挟めませんでした。表情は相変わらずの仏頂面ですが、ひどく気に食わない雰囲気を感じ取っていたのです。

「で、旅人さんらは何の用でここに?」

「実は前日、あなた方に殺された夫婦の息子に、あなた方を殺すように依頼されました」

「ほう。残念だけどそれは叶わねえや。囚人への虐待暴力拷問は法律で厳しく禁止されてるからな」

「ええ。この国の法律書を隅々まで拝見したので知っています。この国は法律や権利関係が発展しているようですね」

「でも、旅人さんもほっとしたろう? おれらを殺せば、仲間が黙っちゃいないからな。完全報復システムってやつさ。死にたくなかったらさっさと失せたほうがいいぜ?」

「それがそうもいかないようですよ?」

 優男が一枚の紙をブレッドに檻越しに見せました。

「なんだこりゃ? 出国証明書?」

 ブレッドは答えを欲しそうに師匠を見ました。

「国民の権利は完璧に保証されていますからね。自然権から何まで」

「そうさ。たとえ犯罪者でも保証されてる。だからおれらは無敵なんだ」

「その証明書の名前を見ましたか?」

「まあ、あんたら二人のだろう? こんなもん見せてどうすんだ?」

「旅人が入国する時は、大体はビザや仮国民認定証を入国審査官から受け取るか、入国手続きが必要です。それは、国民とほぼ同等の権利と罰則を適用するため。よって、この国にいる間だけはあなた方と同じです。逆に言えば、国外で何があっても何も保証されないということです」

「まあ、当たり前の話だ」

 にこりと優男が微笑みました。そして(おど)けながら言います。

「さてここで問題です。もし、あなた方囚人にこの手続きがされた場合はどうなるでしょーか?」

「決まってんだろ。おれらはれっきとしたこの国の国民だ。仮に国外で殺されても、国外逃亡した犯人逮捕に尽力する、だろ? そもそも、おれらはそんな手続きなんてしねえ」

「その通り! 当然ですよね。自国民が殺害されたんですから。でもあなた、確か脱走したんでしょ?」

「ああ。脱走したよ」

「で、車やらなんやら乗っていたということは、他の国に入国していたのでは?」

「そうだ。仲間がその国にいるからな。おれもその国の国籍持ってるし、同じ手口で巻き上げてんのよ」

「はい、そこの看守さん、今聞きましたか?」

「え?」

 びくりと見開きました。

「この犯罪者は母国を脱走して他国へ逃げていて多重国籍だそうですよ。この場合は何の扱いになります?」

「あ……あああっ!」

 思い出した看守はすぐに走ってどこかに行ってしまいました。それも優男から黒いテープを投げ渡されて。

「話が見えねえな。簡潔に言ってくれや」

「単刀直入に言うと、あなたはこの国の国民ではありません」

「……は? なんで? ちょ、ちょっと待て。そんなのありえないぞ!」

「ありえます。なぜなら、あなたの行為は“移民”という行為になるからです」

「……?」

 目が点になっています。

「この国の法律によると、通常では国籍を放棄できないようです。あなたも放棄しないしできないことを重々承知の上で、こんな事をしていたのでしょう。しかし“移民”であれば別。この国の法律では特例を除いて多重国籍は認めないようですので」

「は? へ?」

「よって、自分の意志で他国籍を取得した場合は、自国籍を自動的に喪失します。つまり、あなたは外国人や旅人扱いです」

「多分、入国手続きは無視して自国民だと思い込んで入国したんですねえ。この国の人たちは犯罪組織に怯えきっていて、自分の身で手一杯。そこまで頭が回らなかったのかも。きっとそれも計算だったんでしょうけど」

 にやにやとしています。

「そ、そんなの認めねえぞ……!」

「あなたに認めてもらう必要はありません。外国人が自国民に対して行われる大犯罪はテロ行為。よって、あなた方はテロリストです。この国では死刑はありませんが、“国外退去処分”があります」

「きっと今頃、さっきの看守さんがその手続きをしてるでしょうねえ」

 うってかわって、のほほんとしてます。

「ふざけんなよ、ふざけんなよ……!」

「さーて、ここで問題でーす。現状のあなた方が出国手続きを受けた場合はどうなるでしょーか?」

「仲間が、仲間が黙っちゃいねえぞ! いいのかてめえら!」

「ご心配なく。どちらにしても黙ることになるでしょうから」

 

 

 国へ続く道路から大きく外れた荒野のとある場所に、勢の人間が集まっていました。どのくらいかと言うと、大統領演説や大規模デモ集団ぐらいの集まりようです。よく見ると、城門から道を作るように並んでいました。

 ならって、ざわざわと厚く低い声の波が押し寄せています。

 人道の終わり。行き止まりではなく、穴の空いた袋のように、その方向だけ人がいませんでした。

 そこから銃声が鳴り響きます。その度にざわつきが大歓声に代わりました。大歓声の波は赤い一点に注がれています。

 黒いボディにサブマシンガンのような形をしていますが、トリガーのすぐ前に円状の弾倉が付いています。全長は一メートルほど、重さは五キログラムほどでしょうか。そんなパースエイダーを優男が携えていました。

「本当すごいですねえ師匠。このオートアサルト・ショットガン! 自動式でありながら無反動に近く、一秒間に五発以上という速さ! しかもスラッグ弾やフラッグ弾といった特殊弾薬も装填できるという、まさに怪物ですねえ!」

 赤い一点より手前に優男と師匠がいました。優男はとても興奮しています。その足元には大量の弾薬が準備され、空のショットガン・シェルが散乱しています。

「これほしいですね! クマが来たってなぎ倒せますよ!」

「それよりも早く作業に戻ってください」

「はいはーい」

 師匠たちの後方からトボトボと一人の男が歩いてきました。彼の顔や衣服は傷だらけで、卵や何かの液体に(まみ)れていました。

 男は師匠たちの前で立ち止まり、

「た、たすけてくれええええええええええ! たのむよおおっ、」

 だんだんだんだんだんだんだん。

 男は血や臓物を撒き散らしながら、一瞬にして肉片と化しました。血に染まった地面に内容物が流れ、さらに汚していきました。ちょうど人道の終わりの場所で、周辺に肉片が散らばっています。まるで爆発物でも直撃したかのようでした。

「次はこのフラッグ弾とやらを試しましょうか!」

 ガシャコン、と別の弾倉を装填しました。

 次の的にはその弾薬をで盛大に試射してみました。

 どんどんどんどんどんどんどん。

 大太鼓を何回も叩いたような身体を震わせる低い轟音。着弾時に赤い小爆発を立てて、対象物を爆散させました。衝撃が凄すぎて原型すら留めてもいません。様々な液体を混ぜ合わせて、汚しました。

 その銃声に負けないくらいに甲高い大歓声で大地が震えました。

「しかしなるほど。連中を外国人テロリストとして仕立て上げれば、文句なく殺せるわけですか」

「ここの国民や滞在者が殺害することは罪になりますが、私達は既に出国しているので範囲外です。今ここで起こっていることは、この国で譲ってもらったオートアサルト・ショットガンの試し撃ち。的が“たまたま偶然にも”テロリストだったというだけです」

「で、国民は怖いもの見たさにただただ見物しているだけ、と」

 歩いてきたのは、

「おー、こりゃどーも」

 親玉のブレッドでした。ブレッドも他の男たちと同様に全身液体塗れでした。おでこから流血しています。

「ぐ……」

 他の人と同じように、優男の前に立ちます。ただし、なぜか師匠が拘束具を外してあげました。

「おれなぞよりも大悪党じゃないか……。こんな民衆の面前でこんな大虐殺を……!」

「仕方ないですよ。だってここで起きてるのは僕ら外国人のイザコザですから」

「それよりも、ドンドを呼んできてください」

 師匠が代わりにショットガンで拘束します。

 ちょっとして、ドンドを連れて来ました。

「間違いはないですね?」

「うん。ぜったいにこの人。……ぼくにひどいことした人」

「はわ、はわわっわわ……」

 ガタガタと目に見ても分かるくらいに震えています。良からぬ予感で頭が混乱していました。

「どうしてぼくをここに?」

「仇討ちですよ。あなたは心に深い傷を追っています。これから生きていく上で非常に厄介になるでしょう。だから、少しでも傷を癒やさなければ」

「それに、このショットガンの試し撃ちもしたいでしょ?」

「……ぼく、そんなつもりじゃ……」

「ここでこの男を殺しても何の足しにもならないかもしれない。でも、この達成感は必ず自分のためになります。そしてこの功績は必ずこの国に役立つでしょう」

「……え?」

 不審に思ったのは優男でした。しかしそれを問い詰めることもできないまま、

「くそがああああああああっ! てめえら全員ぶっ殺してやらああ!」

 ブレッドが襲い掛かってきました。

「師匠!」

 どうしてか、師匠は素手で迎え撃ちます。

 ぶん、と右拳で殴りかかるブレッド。しかし呆気なく頭を軽く避けて、

「!」

 その右腕を両手でつかみ、脚と腰を使って、

「がっはあ!」

 勢いで一本背負い。

 この早業に民衆はさらにヒートアップしました。何千といるのかも分かりませんが、怒涛の大歓声が空気すらも振動させました。

 師匠はそのまま馬乗りして、首根っこをつかみました。

「し、師匠?」

 ショットガンをブレッドの頭に向ける優男。

 ぼそぼそと近くにいる人間だけが聞き取れる声量で、師匠が言い切ります。

「あなたとは何の関係もないし興味もありません。ただ……」

「が、へ……」

 みしみし、とつかむ手に力が入ります。

「あなたと同類と言われると、最高に不愉快です。あなたと違って私は相手を選んで殺しますので。“金”はその一つの要素に過ぎません」

「じ、じゃあなんで……おれを、ころす……? おれが金をはらえば、守ってくれるってのかあ……?」

 師匠の右手が右腰に伸びていきます。 そして大口径のリヴォルバーをドンドに渡します。

 優男がそっと耳打ちします。

「基本は覚えてる?」

 こくりと頷きました。

 リヴォルバーなので改めて教えてもらい、忠実に構えました。銃口はブレッドの額ど真ん中。

「それもありません」

 ぐぐぐっと人差し指に力が入り、

「払いが悪そうですから」

 引き金を引きました。

 

 

 とある森の中に小さな小屋がありました。その中に一人の老婆が椅子に座って何かを聞いていました。

 かたん、と一人の女の子が入ってきました。女の子は不思議そうに老婆に尋ねます。

「なにを聞いてるんですか?」

「これかい? これはラジオと言うんですよ」

「らじお?」

「聞いてみる?」

 じじ、とつまみを調整すると、音声が流れてきました。

〈……第◯○代大統領が演説の準備をされております。ただいま、ちょっとしたトラブルで予定時刻を遅れておりますが、しっかりと行われるようです。……準備が完了しました。では、大統領の演説をお聞きください〉

「これって?」

「まあ聞いてみなさい」

 うん、と小さく言いました。

〈まずは平和式典五十周年を迎えたことに感謝したい。皆の記憶にあるかどうか、あるいはつい昨日のことのように覚えているのか。それでも平和を取り戻したあの感動と感謝をぼくは忘れないでいたい〉

「へへ。かっこいい声なのに“ぼく”っておかしいですね」

 ふふ、と老婆が微笑みます。

〈皆の知る通り、ぼくは移民だった。幼い頃に両親を殺されて虚ろになっていたところを、旅人さんに救われた。事の成り行きでこの国に住むにあたり、悪行ばかりで荒んでいた状況を、旅人さんが救ってくれたのだ。なぜ、ぼくがその後の大統領になれたのか。皆不思議と思っていたかもしれない。だから、ここで打ち明けたい〉

 どよどよと聞こえてきました。

〈はっきり言えば、ぼくが旅人さんに両親の仇を討ってくれと依頼したのだ。そうしたら、たまたまこの国でのさばっていた犯罪集団の親玉であることが発覚した。旅人さんはこの国を救ってくれたわけでない。ぼくの依頼を遂行してくれたに過ぎなかったのだ。これが功績として称えられるも表沙汰になることはなかった。二十五歳になってすぐに大統領に選んでいただいたのだ〉

 さらにざわついてきました。

〈……だが、結果的にこの国は救われた。たとえ私怨であろうとも救ってくれたのは確かだ。だからぼくはその旅人さんに今でも感謝の気持ちを忘れない。恨んだり憎んだりできるわけがない。彼女らはぼくを守ってくれたのだから〉

 ざわつきがだんだんと歓声に変わっていきます。

〈そして今度はぼくの番だ。あの勇敢な旅人さんたちのように、大統領になった時からこれからも、国民と家族を守るために頑張りたい。そして“あくなき挑戦”を!〉

 ラジオからも大喝采が聞こえてきました。大統領の気持ちに応えるように、賛成するように。

 ぷちっと老婆はラジオを消しました。

「すごい人気なんですね! この大統領って人」

「もう三十五期になるそうですよ」

「三十五期?」

「大統領を三十五年間務めているということです」

「すごーい!」

 老婆はにこりとして、女の子の頭を撫でました。

「ところで××、訓練は終えたのですか?」

「あ、えーっと……実はパースエイダーが詰まっちゃって……」

「あらら。仕方ありませんねえ。どれ、貸して、」

「ちわーす」

 突然外から声がしました。女の子がはいはーい、と出ました。

「荷物の配達でーす。こちらにサインをお願いしまーす」

「荷物?」

 老婆が向かい、さらっとサインしました。

「じゃあこちらに置いておきますね。ありがとうございましたー」

 配達屋さんは忙しなくトラックに乗ってどこかに行ってしまいました。

「師匠、これってなんです?」

 一羽の鳥が描かれた木箱でした。

「開けてみなさい」

「うん」

 それをナイフで切り開きます。

「なにこれっ! すごいっ!」

 中に入っていたのは、

「“感謝の気持ち”ですよ」

 山ほどの金銀宝石でした。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。