キノの旅(✕フーと散歩) -the Wonderful Days-   作:水霧

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第四話:えらばれたくに -at Random- by 十六夜の月(オリ) 

 赤茶けた大地の荒野だった。太陽から突き刺す光が照りかせている。微風で砂埃を掻き立て、熱風と共に地表を(なら)していた。

 そんな気候でも、しぶとくも玉状の草が所々に生えている。所によっては赤茶けた地面を緑に色づけていた。

 遠くには台地もある。モニュメントのような独特な形をしていた。例えばテーブルのような脚のついた形をしていたり、人型を象っていたりと、不思議な土地柄をしている。

 この地帯に一本の道路が伸びていた。車同士ですれ違える幅があり、中央が白い点線で区切られている。一応コンクリート製ではあるが、長年手付かずでひび割れや風化、凹凸がひどい。

 道なりに進むと、台地を避けるように大きく右曲がりにカーブしていた。しかも、台地には掘り出したように店が“拓かれている”。脇には乗り物がいくつか駐車しており、極太のパースエイダー(注・パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)を持った警備員が駐在していた。

 駐車スペースの中で一台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が、

「なんてところだい。ホコリっぽくてかなわないや」

 悪態をついていた。

「マイド!」

 店の中から活気の良い声と共に、大きい目をした旅人が出てきた。何も言わずにモトラドに跨がり、エンジンを点けた。

 その旅人の年齢は十代中頃で、短い黒髪に丸顔、大きい目をしていた。服装は黒いジャケットに黒いパンツ。パースエイダーを背中と右太腿に付けており、自動式とリヴォルバー式の二丁を持つ。

「どうだったキノ?」

 “キノ”と呼ばれた旅人が、

「この先に国があるそうだよ、エルメス」

 モトラドの“エルメス”に返答する。

「やりい! やっと掃除してもらえるってもんだよ」

「ただあまり治安は良くないらしい」

「?」

 キャリーに載せた大きい荷物を振るわせて、モトラドが走り行く。

 

 

 灰色の硬い壁が水平線から迫ってくる。キノが走る道の延長線上に当たる壁は四角い縁取りがされ、真ん中に線が走っていた。門と思われるが、えらく殺風景だった。

 その手前には小屋があり、明らかに常駐している人間がいた。キノはそこまで走らせ、停めた。

 中から制服を着た男の入国管理者が出てきた。

「キミの名前は?」

「キノです。こっちは相棒のエルメス」

「よろー」

 気の抜けた挨拶に少し戸惑いながらも、挨拶を返した。

「キミたちはこの国に入国したいのか?」

「審査がとんでもなく厳しくない限りは入国する気でいます」

「入国するだけなら簡単さ」

「なら、出るには?」

「それを教えたら、キミらは入国したがらないだろう。どうかな?」

「……」

 エルメスがよそう、と言いかける寸前で、

「入国を希望します」

 キノが断言した。

 待ってましたと言わんばかりにキノに書類がもっさりと渡された。さらっと読む限り、死亡しても保証しないことと国の掟に従うことうんぬんかんぬん、とある。

「これは?」

「キミらは今の発言で入国扱いとした。国の外ではあるがね。その誓約書さ」

「……なるほど」

 読み進めていき、最後の一枚で全てを理解した。

「『この国で何かしらの被害を受けようとも自己責任とする』ですか」

「こんなのどこの国でもそうだと思うけど、なんで今さら?」

「入ってからのお楽しみってことで」

 ひとまずキノはその誓約書にサインをして、入国することとなった。

 一戸建てにあるような作りのドアを開けて、

「へえ。面白いじゃん」

 中に入った。

 国外は赤茶けた大地の荒野だったのに、国内は一転して芝生一面に灰色の建物が並び立つ。どこかの競技場に建造物を乱立させたような印象を受ける。その脇に均等に生える木々が代わりに道の幅を形成していた。太陽からの刺激が穏やかになったような気がする。

 やたらと開放感のある街並みだ。

「とても治安の悪い国には見えないんだけどなあ」

「見た目に惑わされちゃダメだよ、エルメス。多分、あの建物の中で悪事を働く人間がいるんだろうね」

「そうなったらついでに悪人も一緒に掃除しなよ、キノ」

「できたらね」

 一切の油断をしないキノを乗せて、少し離れた街へ向かった。入国してきたドアの縁が城壁に溶け込み、消えていくのを背にして。

 

 

 街に着くと、キノはすぐに驚いた。

「どうなってんのさ」

「ボクにも何が何やら」

 前情報や第一印象として荒廃した街に悪党がわんさかいるものと思われていたのだが、

「全くの逆……?」

 人々は勤勉に働いており、悪人顔した男やふしだらな女は一人もいなかった。それどころか、キノを温かく受け入れて、親切に街案内までしてくれるようだった。

 拍子抜けしたエルメスをよそに、

「せっかくだし、見ていこうか」

 キノはちょっぴり楽しみつつ、気を入れ直して観光することにした。

 案内してくれる男は二十代後半の好青年。はしゃいだりする性格ではなさそうだが、真面目そうだ。

「この国はどのような国なのですか?」

「そういう旅人さんはどういう話を聞きつけてここへ?」

「住民の方々にはあまり嬉しくない噂ですよ?」

「構いません。どうぞお話ください」

 キノは聞いたままの話をそのまま男へ流すように説明した。大きい反応ではないが、じっくりと話を聞いていた。

「そうでしたか。人殺しや盗み、もっと酷い犯罪がはびこっている、と」

「ええ。しかし、今の限りではそんな雰囲気は一切ありません」

「むしろ逆でびっくりだなー。そもそも、こんな荒野の中にこんな環境ができてることにも驚きだよ」

「……」

 エルメスの方を見て、にこりと微笑んだ。

「私たち住民もその理由を知らないのです」

「へ?」

「というより、この国から外に出たことがありませんから、他国と比べようがありません。旅人さんのツテで、今のように話をしてもらうことはありますが、実際に見たことがないのです」

「一回も?」

「はい。一度たりとも」

「……」

 さすがのキノも言葉を失う。

「?」

 呆然としていると、徐々に揺れ始めた。地震だ。それも大きい。ぐらぐらと波打つように震え、姿勢を維持するのもしんどくなってしまう。

「こ、これは……! 案内人さん、伏せてください!」

 キノはエルメスを横倒しにしながら、身を伏せた。

「大丈夫ですよ。いつものことですから」

「いつもの?」

 案内人の男が指を差す方を見ると、

「……!」

 大地から突き抜けるように何かが盛り上がり、やがて止まった。

「……建物?」

 この国の至る所にあるようなビルの一つだった。

「そう。一ヶ月に一回くらいの頻度で、このような現象が起こるのです。一体どんな仕組みなのかすら分かりません。調べても全く判明しないのです」

「すごーい! で、あれは何の建物なのさ?」

「大体は食料が備蓄された倉庫のような建物です。たまに機械や発電機のある発電所、病院、役所といったものも。まるでつくしが伸びてくるように、突然現れます」

「もう意味が分からないね」

 

 

 キノたちはたった今出現した建物へ向かうと、他の住民もそこへやって来て野次馬と化していた。しかし立入禁止区域として既に調査が立ち入っていた。国から少し離れた場所に位置している。

 ビルは地面から出てきたばかりで、まだ土が薄っすらと付いている。湯気が建物から隙間からと漏れ出していた。

「調査隊が入ってるんです。何があるか分からないからね。重装備で中に入ってるはずですが……」

「まるで洞窟探検みたい」

「まさにそうだと思う。私たちは最初、これが普通のことだと思っていたんです。でも、旅人さんたちから聞くと、どうも恐ろしく異常らしい」

「こんなの誰が見たってびっくらこくよ!」

「だから国長が専門部隊を立ち上げて、こうして調査をするようになりました。でも、それでもさっぱり分からないことだらけで」

 キノはゆっくりと見上げる。謎のビル一棟がキノたちを見下ろすかのように、曲がって伸びているように見えた。そのまま倒れてきそうで、無意識に足が(すく)みそうになる。

 ふぅ、と小さく息をついた。

「その調査隊はこの国の者だけで編成されていますか?」

「そうだね」

「それにボクも加わることはできないでしょうか?」

「えっ? 旅人さんが?」

 キノの方を見る案内人の男。

「ここの住民の方々以上に色んな国を見て回っていると自負します。なので、部外者の観点から調査すれば、別の発想が得られるのではと」

「なるほど。それはいいアイデアだ。旅人さんさえ良ければ、私の方から国長に打診してみるよ」

 急に辺りがざわつき始めた。住民の視線や入り交じる内容からして、謎のビルの入り口方面だった。

「戻ってきましたね」

「!」

 全身に真っ白の防護服を着た調査隊が十人ほど出てきた。しかし、一人だけ異様な格好をした人物がいた。住民たちの中にはその人物に好奇の眼差しを送る者もいる。

 調査隊とは真逆の真っ黒の服装で、フード付きセーターに紺色のジーンズを着ていた。腰回りが少し膨らんでいることから、荷物はポーチ二つくらいと見受けられる。

 そのフードを深く被っているため、素顔は少ししか見ることができない。

「キノ、あれって……」

「記憶違いでなければ、きっとそうだ」

 バサッとフードをめくり下ろした。

「こんな所で会うなんて」

「あーあ、また乗り回されるかなー。今度こそ気をつけてよ、キノ」

 とても残念そうに、エルメスが注意を促す。

 ちらっとキノたちを見つけるが、

「あれ?」

 何も表情を変えずに、調査隊に紛れるように立ち去っていった。

「キノだって気付かれてない? 鳥頭だし、忘れても無理はないかー」

「……いや」

 キノは(きびす)を返して、

「どうやら事情が違うみたいだ」

「え?」

 どこかへ向かうことにした。

 

 

 夕日が沈み始め、景色を橙色に染め始める頃。キノは住民に宿の在り処を尋ねるが、どうやらビルの中にあるらしい。

 新たに出現したビルとは違う、人が住んでいそうな所に入ると、

「へー。やっぱりどこも同じ作りなんだねー」

 エルメスの言う通りだった。

 灰色のコンクリートブロックを重ね合わせたような作りで、入っても受付や郵便受けといったものはない。左右に連なる通路から昇降階段があるが、ビルの側辺を沿うように作られている。その昇降階段から中へ通路が伸び、左右に部屋が並ぶ。マンションの形と似ている。

「あれ、誰もいない……」

 紹介された宿のエントランスには、人っ子一人いなかった。エントランスと言っても、ちょっとした広間があるだけで、何ら装飾も応対もない。

「勝手に泊まっていいってことじゃない?」

「それならいいんだけど」

 とりあえず、一階の一番近い部屋を借りることにした。

 中に入ると、まるで牢屋のようだった。灰色の床面壁面にベッドと木製テーブルだけ。お情け程度に浴室があるものの、“室”と言うより空間だ。磨りガラスで仕切りがされている。

 キノはシャワーを浴びる前に洗濯をして、自前の組み立て式の物干し竿にかける。そうしてからたっぷりとシャワーを浴びた。

「面白い国だねえ。この水も水道設備もどうやって作ったんだか」

 わしゃわしゃとモザイク状に、タオルで全身を拭う姿が見える。ささっと簡単な服装に着替え、浴室から出てきた。

「エルメス、さっきのビルを見た?」

「そりゃね。あんだけ大きいのを見せつけられたら、見るなってのが無理だよ」

「……そこから彼が出てきた。憂鬱そうな顔をして」

「ああ、あの醜い顔付きはオイルが腐るから見なかったよ」

「一応見たんだ。……でも、一体何があったんだろうね」

「自分の顔でも見たのかねえ」

「その言い回し、フーさんみたい」

「や、やめてよ気持ち悪い!」

 キノが(ささ)やかに笑う。

「ともかく、単純な事情ではないかな」

「気になるなら直接聞いてみればいい。キノが尋ねれば、鳥頭もひとまずは話し出すでしょ」

「それしかないか」

 キノは夕食を食べようと思ったが、どうやって注文するのかも分からなった。しかもそれを尋ねる従業員も客もいない。

 仕方なく携帯食料で済ませようとした時、

「?」

 突然、ノック音がした。

「誰だろう?」

「さあ」

 素っ気ない返事を気にせず、キノが向かうと、

「!」

 食事台と料理がなぜか置いてあった。ご飯と肉野菜炒めにコンソメスープだ。

 匂いを堪能しながら通路の方に出て、周りを見回す。

「……」

 誰もいなかった。

 物音も気配も何も感じない。キノは怪訝そうに食事台を中へと押して入れた。

「……毒入りかな?」

「食べてみれば分かるさ」

「毒入りなら、エルメスはここでスクラップになる運命を辿るね」

「大丈夫。一応あのスペアもどきがいるし」

「それもそうか」

 ぱくりと一口食べる。

「……大丈夫みたいだ」

「うーん、良かった良かった」

「どっちの意味?」

「さてね」

 

 

 二日目の朝日が昇りそうな頃、キノは起床した。

 ストレッチやパースエイダーを使った訓練をこなした後、その調整をする。一丁は『カノン』と呼ぶ四十四口径のリヴォルバー式。もう一丁は自動式パースエイダー。『森の人』と呼んでいる。普段、『カノン』は右太腿のホルスターに、『森の人』は背中にしまってある。

 丹念にお手入れをした後に、たっぷりとシャワーを浴びる。そして、いつ運ばれたか分からない朝食を食べた。今日は豚の丸焼きに炒飯だった。一粒も残さずに食べられる部位を全て食べ尽くす。

 洗濯物を取り込んでエルメスのキャリーにある荷物へ収納する。

「キノ、今日はどうする?」

「お買い物かな。時間があれば寄ってみようか」

「そだねー」

 と、意気込んで、散策することにした。

 相変わらずそれぞれの景色が似合っていない。広大な芝生に均等に立ち並ぶ街路樹とビル群。もっと遠くでは城壁の内壁である灰色が取り囲む。さらに国外で赤茶色の荒野が広がっていると想像すると、余計に違和感が際立つ。

 前評判と現在の評判では食い違うことは良くあること。キノはそう思っていても、なぜか納得出来なかった。

 住民たちがすごく優しい。キノが雑貨店や食料品店を探していると聞くと、案内するどころかあれこれとキノに差し出す。しかもなぜかキノに必要そうな物を提供してくれていた。

 この国のことを知りたいと言えば国長を連れて来て、あれやこれやと丁重に説明してくれる。豪華な食事と高級な場付きで。

「なるほど。遥か昔から続く歴史ある国、ですか」

「そうなんです。ずっとずーっと昔から建物が現れる現象と共に暮らしてきたそうです。居心地は抜群だし、物足りなくなることもないしで害はないから仕方ないですね。むしろ愛着が湧いているのですヨ」

「そんなに昔からなら、正体や原理を解明できるものでもないのですか?」

「調べたって分からないし、分かったところで今さらって感じですヨ」

「じゃあなんで調べてるのさ?」

「暇つぶしみたいなものですヨ。暮らす上では何も不自由しませんから」

「あー、なんかすごく納得した」

 エルメスが深く頷いた。どこかの部位で。

 満を持して、キノが言い出す。

「ところで国長、ボクの頼みをどなたからか聞かれましたか?」

「おー、そうだったそうだった。旅人さんも志願されていましたな。ですが、残念ながら満員でしてな。旅人は一名限りと定めているんです」

「どうして? キノが怪しいから?」

「……はっはっは」

 国長が優しく笑い出す。

「数年前に三人組の旅人にビルを荒らされてしまったんですヨ」

「荒らされたってことはさ、新しいビルには価値のある物が入ってたってことでしょ? 金銀財宝でもあるの?」

「この国にはお金は必要ありません。物資や資源は湧き出てきますから」

「あ、そっか」

「ボクと同じ“怪しい人物”だったのでしょう」

 くすり、とキノが口だけで微笑む。

「その三人組はどうなったの?」

「たまたま、そのビルには化物がおりましてな。三人とも殺されましたヨ」

「化物ですか。まあ住民の皆さん、何が出てきても驚きはしないのでしょうね」

 そう言えば、と国長が思い出した。

「先日入隊された若い男がいましたなあ。ビルが出てくるのはいつか分からないし、滞在期間が三日間と聞いていたのですけどね。幸運にも出てきてくれて、意気揚々と参加されましたヨ」

「でしょうね」

「え?」

「あ、いえ。旅人の性というものです。その方はどちらに?」

「場所は旅人さんの泊まったビルの二つ隣りです」

 

 

 国長の言う旅人の建物へ着いたキノたちは、目線を落として見上げていた。

「低い」

「周りのが高いからそう思っちゃうねー」

 他のよりも断然低かった。高層マンションが建ち並ぶ中に、平屋がちょこんと佇んでいるようだ。何とも言えない可愛らしさに、思わず笑みを漏らしそうになる。

「家だね」

「家だねえ」

 キノはその一部屋限りのビルに向かう。金属製の扉をコンコンと叩くと、奥から物音と足音が聞こえた。人がいるとすぐに察しがつく。

 念の為、右太腿の『カノン』に手を添えて、早撃ちの準備だけはしておく。

「中に入るか?」

 ドアの奥から男の声がした。覗き穴でキノたちを確認したようだ。その声を聞いて、とても小さく息をつく。右手も自然と離れていった。

「エルメスも一緒ですが」

「いいよ」

 がちゃん、と低い解錠音がして、ゆっくりと開かれる。

「入ってくれ」

 全身黒の男はキノたちを中へ招き入れた。

 コンクリートの床に金属のテーブルと椅子。木製のベッドがあるだけの部屋。窓や浴室と最低限の生活ができるくらいの設備しかない。

 エルメスをそのテーブルの横につけて、キノを椅子に座らせた。男はベッドに腰掛ける。

 テーブルには掌に収まるサイズの黒い手投げナイフと、特殊な形をした仕込み式ナイフが置かれている。謎の薬品もあることから、調整中であることが窺えた。

 良からぬ気配を感じたキノは重々しく、

「元気そうで何よりです、“ダメ男”さん」

 話す。

 “ダメ男”と呼ばれた男は、

「そっちこそ。キノに“フェルナンデス”、元気にしてた?」

「ええ。おかげさまで」「いい加減覚えろよ鳥頭!」

 カラカラと笑った。そしてふぅ、と暗然とした。

「……ずいぶんと気が滅入っているようですが、何かありましたか?」

「できればここで会いたくなかったなって」

「……え?」

 聞き間違いか、と疑いたくなるくらいに予想外の返答だった。

「ちょっと前にビルが出てきたの見ただろ?」

「ええ」

「あそこには行かない方がいいよ」

「というと?」

「何にもないだけで、昇るだけ疲れるから」

「ああ、そういうことですか」

 声を上げで笑い出すダメ男。

「あの落ち込みはそういうことだったかー。残念」

「あそこから突き落としてやろうか」

「んー、担いでいけるならねー」

「あ、それ無理だわ」

 いつもの調子で話し出すも、話を切り出したのは、意外にもエルメスだった。

「そう言えば“フー”さんはどったん? お休み中?」

「……」

 あれ? とエルメスが調子を外す。

「フーさんに何かあったんですね?」

「実はさ……昇ってる最中に落としちまって、失くしちまったんだよ」

「あららー。普段から機械を優しく扱わない天罰が下ったんだよ」

「むしろ天罰下ったのフーだけどな」

 立ち上がると、テーブルにある仕込み式ナイフを手にして、荷物の中から紙の束をもっさりと取り出して置いた。入国の際に渡された書類だ。

 すす、と自分の腕を優しく“擦る”。すりすりと薄皮一枚張り裂けるように切れていく。キノが小さく感動している間に、

「!」

 書類を真上から突き刺した。置かれていた小型ナイフや薬品がその振動で揺れて、いくつか落っこちてしまった。

 金属製のはずのテーブルを貫通している。

「荒れてるねー」

「そりゃ荒れるよ。今まで一度もこういうことなかったからな」

 口だけの笑み。全体としての表情は全く笑っていなかった。

「ダメ男さん」

「なに?」

「何かを隠していますね?」

「何も。全部を話してるよ。……っと」

 ずるっと仕込み式ナイフを引きずり出し、セーターの中にしまった。他の道具も片付けて、ポーチや自分の衣服に仕込む。

「悪いけどちょっと用事があるんだ。お(いとま)するよ」

「だ、ダメ男さん」

 準備を整えて、すぐに出て行った。

 

 

 昼頃、キノはダメ男のいた部屋を出て、ぶらぶらと散策していた。相変わらずキノに対して住民が親切な対応をしてくれる。美味しい店は紹介してくれるし、その代金は立て替えてくれるし、あれやこれやと教えてくれた。しかし、ダメ男の一件を聞いてからというもの、どこか不審に思うようになっていた。

 キノは改めて、尋ねることにした。ぞろぞろと付いて来る住民の誰かに。

「どうしてこんなにもボクに親切にしてくれるんですか?」

「どうして? 苦労してる旅人さんに何かしてあげたいって思うのは変かな?」

 そう答えたのは二十代前半の若い男だった。

「とてもありがたいのですが、何か理由があるのかなと思って」

「キノなんて、全てをいただく気でいるから気をつけた方が、」

 ガン! とエルメスのエンジン部に鉄拳が下る。

「例えば、今ここに滞在している男の旅人にも同じようにしているんですか?」

「あの男? あいつは駄目だね。もう期待できそうにない」

「大した“見返り”もなさそうだしなあ」

「新しい人が強いから仕方ない」

「我が国に発展をもたらしてくれると思ったんだがなあ」

「……? どういうことです?」

 住民たちは慌てた素振りで、聞き流すように言う。

「その新しい人というのはいつ頃入国したんですか?」

「ちょうど旅人さんと同じくらいか、ちょっと後だなあ」

「皆さんはその人のことをご存知なんですね」

「そりゃもう、我が国の主だか、」

「おい、変なことを言うんじゃない!」

 むぐぐ、と若い男が奥の方へ連れて行かれた。

 もっと尋ねようとしたキノを宥めすかして誤魔化す。

「主? 国長の話では化物って話じゃ?」

 エルメスが波紋を呼ぶ一言を発してしまった。

 キノは少し早めに歩き出した。

「そんなことよりも、実は先日、とても効能のある温泉ができたんですよー。といってもビルの部屋の一室なんですが、どうです?」

「えらく上手いマッサージ機を堪能できる所もあるわよ!」

「最高級のワインが飲める店も、」

「最先端テクノロジーを体験できる、」

「超ド級の映画を、」

「すみません。用事を思い出しましたので、これで失礼します」

 エルメスを起動させると、飛び乗るように走り出す。

「待って! そのモトラドを置いてってくれ!」

「パースエイダーを、」

「コートを、」

「ポーチを!」

「帽子を!」

 さらにアクセルを吹かして、駆け抜けていった。

「……」

 キノの後ろ姿を見て、住民たちがのそのそと戻っていく。

 

 

「キノ! 一体どうするつもりさ?」

「少し調べたいことがあるんだ」

 キノはかけ忘れていたゴーグルを装着した。

 後方を見て、追手が来ないことを確認すると、少しずつアクセルを緩めていく。

「ここらへんでいいかな」

 そして、停車して振り返った。

 空も一日の終りに入ろうと段々と西空へ沈もうとしている。その太陽光線の反射が見せる夕日を、穏やかに見送っていった。

 街並みに夕焼けが差し込んでくる。夕日が当たるその反対側で陰が伸びていた。一ヶ所だけとても大きく、目立っていた。

「一番大きいね」

「あのビルは、ボクらが入国してきた時に出てきたよね」

「そうみたいだね」

「そして、国長の話にあった三人組。その話に“新しいビルを荒らした”って言っていた」

「おやま」

「その時に化物に襲われて殺されたと話していたけど、この国の住民は“主”と呼んでいた」

「“主”ねえ」

「ここから推測できることって何だと思う、エルメス?」

「旅人が入国する度に、ビルがにょきにょきっと地面から生えてくるってことかな」

 こくりと頷く。

「問題はなぜ“化物”と表現したか、だ」

「そりゃあ主なんだもんさ、えらく人間離れした怪物だからじゃないの?」

「本当に獣のような怪物なら、今頃住民全員が襲われてる。暢気に強盗したり案内したりしないよ」

「分かった! その主は人間なんだねっ?」

「生まれたての人間なのか知らないけど、もしそうだとしたら、あの高さからの眺めはどう見えるだろうね」

 

 

 西日が差し込む街並みに、何十階建てを思わせる超高層ビルが建っている。街中でも頭二つ分以上抜けている高さのビルだが、国だけでなく、国外までも展望できるほどだ。

 このビルの各フロアには一部屋しか無く、また入り口に扉はなく、吹き抜けの状態だ。まるで塔のような作りをしていた。どちらの出入り口とも階段があり、上へ下へと続いている。

 その上階層辺りまで昇ると、赤い塗料を零してしまったように、灰色の部屋を染め上げているフロアがあった。色だけではなくその入れ物もあり、穴が空きすぎて止めどなく流している。それも何十体と。生臭い異臭も凄まじかった。

 夕焼けから夜空が迫ってくる今、上へ行こうとする黒い陰。

「はぁ……はぁ……」

 ダメ男が息を荒げて昇っていた。

 ダメ男の着る黒いセーターはどす黒い返り血を浴び、滴る汗を吸い込んでいた。どれほど動いていたのか、頭から滝のように流れている。しかし頭からも返り血がかかっているので、薄っすらと赤みを帯びていた。

「あと少し……」

 (おもり)を付けているような疲労感を引きずって昇っていく。

 そして、一番天辺の階層へ辿り着いた。

「またあなたですね?」

 そこには一人だけしかいなかった。

「ダメ男!」

 どこからか聞こえてくる妙齢の女性の“声”。これが“フー”だ。

「なぜ戻ってきたのですかっ?」

「単に忘れ物を取りに来ただ……けだよ」

「これですね?」

 その人が見せつけるのは水色の四角い物体だった。紐が通されており、首に掛けられるくらいの長さがある。フーの声は、

「もう、放っておいてください! あなたでは、敵いません……」

 それから聞こえた。

 相手はそれを自分の首に掛けた。

「ここまで来られたのは賞賛に値します。しかし、ボクに勝てるとは思えませんね。そこまでしてフーさんを取り返したいんですか?」

「忘れ物を盗んだら置き引きになるんだぞ……。大人し、く……はぁ、はぁ……返せよ」

「調査隊の命と引き換えに提示したのはフーさん本人ですよ? なら所有権は移っているでしょう?」

「そうかい……なら、力尽(ちからず)くで取り返すしかないな……!」

 セーターの中から、仕込み式ナイフを振りかざした。左手に持ち、軽く伸ばした状態で身体を揺らす。相手に対して右脚を引いて、やや半身に向ける。

「過去の遺物である“入国者偽造システム”によって、入国者のコピーを作り上げます。その人間を倒さないかぎり出国できません。この国のシステム上、そのようにインプットしてあります。つまり、同一人物同士で殺し合うか、オリジナルを殺すしかない」

「だからここの住民は強い人間を選別して、主と戦うようにちやほやしてきたってか」

「こんなことを何百年と続けてきましたから、もはや今の住民にはその理由が分からないでしょうね。それに、お零れに(あずか)るしか生きる道がない」

「……お前らは一体何者なんだ!」

 グッとダメ男が走り出した。

 まずは軽く振るように斬り付ける。相手は飛ぶように後ろに退くが、攻めというよりは距離感を測りに来たという感じだ。その後も縦に横に斜めにと、力よりも速度を重視した攻めを繰り広げる。

 相手も避けるに避け、ダメ男の間合いを確かめながら、

「!」

 急に懐に飛び込んできた。

 勢いのついた右肘鉄を、ダメ男の首元へ。

「ちぃ!」

 逆の手、つまりナイフを持たない右手全体で受け止めるが、その右腕を掴まれた。

「!」

 ぐいっと引っ張られ、腹に膝がめり込む。

「がぅっふ!」

 怯んだ一瞬を突く。相手はそのまま引っ張り出すように、そしてダメ男の反撃をさせないように、身体を捻り、ダメ男の背中に蹴りを入れた。

 ほんの一瞬の間に、ダメ男は流され、転がり出して止まった。

「つ、つつ……」

 しかし、すくっと立ち上がった。

「わざと距離感を測らせて懐へ呼び込んだのですね。こちらを攻撃する前に、フーさんを奪おうとは」

「……」

 平然としているが、内心では戦慄が走る。それを取り繕うために、苦笑いを見せた。

「フーを取り返せば、そのままおさらばできるしな」

「おさらば、ですか」

 にやり、と口角が上がる。

「結局、ボクは目的を失った愚民を養うためだけの存在。強い入国者が入る毎に、ボクは上書きされていく。強くなればなるほど、上書きされていきます」

「……」

 ダメ男は再び構えだし、今度は左逆手に持ち替えた。

「だからこそ、」

「……!」

 今度は相手から迫ってきた。

「この国を出たい!」

 右手裏拳。顔面へなぞる軌道を空振りさせると、かぶせるように左腕が交差してきた。いわゆる“クロスカウンター”。それもナイフを持つ……。

 これを払いあげるように、右腕を振り上げ、余勢で左拳が下から(えぐ)ってくる。

「っ」

 顔! ダメ男は咄嗟に(あご)をカバーしてしまった。ところが、

「ぐほっ!」

 腹へ深く突き刺さる。

 悶絶する間も無く、左足で足元を払われ、体勢を崩されてしまう。何とか受け身を取るも、

「!」

 相手の脚ががっちりとダメ男を挟み込み、動きを封じた。

「どうせボクはより強い人間が来たら消滅するしかない!」

 下段突き。真っ直ぐダメ男の顔面へ拳が振り下ろされる。

「ダメ男!」

 きっ、と見極める。ころんと首を捻り、真横を通り過ぎ、

「!」

 拳がコンクリートを穿(うが)った。

 その瞬間に全力でその腕をつかみ、押し退ける。

「く」

 力を込めすぎていたせいで、腕が棒になっていた。綺麗に弧を描いて、相手は倒れる。

 体勢を立て直される前に、ダメ男が果敢に攻め込み出した。

 目の前での目まぐるしい攻防。殴りかかっては弾かれ、腕をつかんで倒せば脚をすくわれる。衝突音と衝撃が二人の身体を突き抜ける。

 相手が下がった瞬間に、

「らぁ!」

 ナイフを投擲する。ちょうど相手の両肩に一本ずつ。相手が、

「!」

 すり抜けるように身を横にし、右太腿から抜こうとした、のを阻む。ダメ男の小型ナイフが右手を守りに向かわせた。

「悪いけど、お前さんの対策はみっちり立てて来てんだ。以前みたいには、……!」

 左手に、黒いL字が見えた。

「対策が、なんですって?」

 その人差し指に力が入る、

「ダメ男さん!」

 直前に、叫ぶ声がした。ちょうど相手の背後にいる、よく見知った顔がいた。

「き、キノ!」

「……」

 相手がキノの方へ振り向いた。

「……ボク?」

 相手はキノと同じ格好をしていた。いや、格好だけではない。顔から体型から、何から何まで全て一緒。しかも、

「そう。ボクだ」

 声や持ち物まで、キノそのものだった。

 キノは驚愕していた。自分と全く同じ姿をした人物が目の前にいることに。そして、全容をすぐに把握した。

「なるほど。あなたが“主”ということですか。ボクが入国したことで、ダメ男さんからボクの“主”が誕生したわけですね」

「キノ! そいつと戦うな! そいつはオレが、」

 ダメ男の威勢は、

「動かないでください」

「……っ!」

 『森の人』によって呆気なく制圧された。キノには『カノン』が向けられている。しかし、

「まさか、パースエイダーまで同じとは」

 キノも『カノン』を持ち、頭を捉えていた。

「いえ、“主”はあなたになってもらいます」

「?」

「ボクはあなたの代わりにこの国を出国します。あなたはここで朽ちて死んでください」

「お断りします。ボクにはまだやりたいことがたくさんありますから」

「目瞑ったら、どっちがどっちだか分からないぞ……」

 ダメ男がそう独り言ちた。

 便宜的に“キノ”と表するが、“キノ”は、

「これを返します」

「わっわっ」

「あくまでもダメ男さんはキノの呼び水です。それを掻き立てるためにフーさんを奪いました。ボクにはフーさんは必要ありませんから」

 フーを投げ返した。

「もし、あなたがキノ様のコピーの“主”なら、なぜ出国したいと思うのですか? 今までもずっとシステムの一部として機能してきたはずです」

「……」

 すっと“キノ”がパースエイダーを下ろした。

「この国に入国してきた中で、キノが一番強かったから、という表現が正しいのでしょうね」

「?」

 すっとキノも下ろす。が、すぐ様に構え直した。右太腿にしまったパースエイダー『カノン』。同じ位置、同じ姿勢で『カノン』に触れている。つまり、早撃ちの決闘だ。

 ダメ男が割って入るのを躊躇うほどに、

「!」

 瞬く間に空気が張り詰めていった。

 予断を許さないはずの雰囲気のはずが、二人だけは、

「あなたはこの高いビルからの眺めを見たのではありませんか?」

「……ええ」

「今までの方々でも、これほどの高さはなかったでしょうね。その証拠にボクが遠くから街を眺めると、頭二つ分以上は抜けている。ということは、国外に広がる景色は一層広かったでしょう」

「眼下に収まる街が、国が小さく見えました。この出ることのできない国をどうにかして出ることができるとしたら、もっと違った景色が見えるのでしょうね」

 平然と話している。

「それは旅人の性ですよ。あなたの知らない、いえ、これからも一生知ることのないものです。なぜなら、あなたはここで撃ち殺されて、ボクが出国しますから」

「どんな……どんな手を使ってでも、キノを殺してみせる!」

 ぷっつりと会話を断つ。

「!」

 ぞくりと何かが背筋から這い上がって来る。すとん、と腰が抜けてへたり込んでしまう。

 自分の息すらも震えるほどの殺気。音すらも殺す重々しい緊迫感。キノと“キノ”の顔から動きが消え、相手の姿を一点に焦点を絞り合わせる。僅かな空気の震え、音、指の動き、瞬き、ともかくも“何か”があった瞬間に、反射的に『カノン』が放たれる。感じるという速度では遅すぎるくらいに。その対象はキノだけではないことをダメ男は察した。フーも沈黙する他なかった。

 キノと“キノ”は思考すらも消していた。その揺らぎを勘付かれたが最後だと、身体のどこかで感じている。

 どれほど待てばいいのか。“何か”を求め続けること五分ほど過ぎた。微動だにしない状態を五分も続けられるのか、そう思わざるを得なかった。自分の汗すらも冷えつかせ、必死でキノの邪魔を、

 キノがダメ男を見、

 射撃音。四十四口径らしい中高音の破裂音が重なり、その弾道は全く同じ所を通る。バチン! と金属同士の衝突音がした直後、

「ぐあっ」

 腕を押さえながら、倒れこんだ。

「はぁ……はぁ……」

 頭から大量の汗が湧き出るように流れ出す。『カノン』に痕が付くほど手が湿っていた。

「う、くっ……し、しびれが……」

 腕にはダメ男の小さい手投げナイフが突き刺さっていた。

 その様子を見に、二人がやって来る。

「残念でしたね」

「……く……いったい、なぜ……?」

「もし、ボクらが全く同じ個体なら、明暗を分けるのは部外者の存在です。つまり、ダメ男さんがいてくれたから、ボクが勝てた」

 銃口が眉間に向けられ、

「自分自身を殺すのは釈然としませんね」

「め、が……かすっんで……」

 銃声が鳴り響いた。

 

 

 地上に降り立つ頃、夕日が沈み切る。まだ夕暮れの名残が西空に残る中、()()ずと遅れて月が昇り始めた。満月に近いが、端っこが微かに切れている。

 月明かりが明るく地上を照らしている。電気は通っているので、暗い街中を一層照らし出していが、必要ないほどだ。まるで事の成り行きを上から見守っているように。

 二人が到着すると、

「ありがとう! ありがとう旅人さん!」

「これで出国できるぜ!」

「ありがとう!」

 住民全員がお礼を告げ、拍手喝采を送っていた。以前のように襲うことも奪うこともしない。

 住民の一人がエルメスを押して、二人の所へ届けてくれた。しかもご丁寧にリアカーまで装着されていた。ありがとうございます、と言うと、とんでもない! と握手を求めてきた。

 そして住民たちがダメ男に気付く。ダメ男は遺体を抱えていた。顔に赤い布を被せているが、白い部分もあることから、元は白かったと思われる。

「これはど、どういうこと……?」

 ダメ男はさっぱり事態が飲み込めない。ダメ男も襲われた一人だが、ダメ男にさえも拍手を送っている者がいる始末。やや混乱している。

「鳥頭、“ハゲが髪毟られたような顔”してどったん?」

「お前、色々と最低すぎる発言だなっ。“鳩が豆鉄砲を食ったよう”だっ」

「まあまあとにかく、これは何の不思議なことでもないのさ。説明すると……」

 

 

 時を戻して、キノが城壁を調べてから街に戻った時。やはりキノは住民に襲われたが、

「皆さん! ボクの話を聞いてください!」

 と、キノが大声で呼び掛けた。

 なんだなんだ? とざわつき始める者たちを前に、キノが話を始める。

「皆さんもあのビルからの景色を見ましたかっ?」

「景色? ああ、確かに見たけど……」

「なら、この国の外を見てみたいと思いませんかっ?」

「外? 外なんか興味ないしなあ……」

「世界にはこの国よりも不思議で面白い国がたくさんありますっ。多少危険を伴いますが、この国の武器を使えば、まず問題なく旅ができるでしょう!」

「どういう国があるのさ?」

「それはご自身の目で確かめられる方がいい。楽しみが減ってしまいますから」

「……」

「もし、この国の“主”を倒すことができたなら、ボクが国外へ出る道を“作ります”! それまで、エルメスを預かってもらえませんかっ? 万が一ボクが死ねば、皆さんに差し上げます!」

「……悪くない取引だぜ?」

「若いのに、大したタマだ」

「こんなに直接的なのは初めてねえ」

「いいんじゃないか? 旅人さんに任せても」

「俺らには何のデメリットもねえ話だ」

「国長! いかがしますか?」

 キノの前に国長が現れる。穏やかな人柄は変わらないが、笑みが顔に出ている。

「分かりました。お任せしましょう」

「それと、もしあればリアカーもいただいていいですか?」

「いいですよ。生きて帰って来られるなら」

 ただし、悪人面だが。

 

 

「すごいな。そんな話でこの人たちを釣ったのか」

「まあ、そういうことです」

 長く感じた一瞬を思い出すように、すぅっと息を整える。ふぅ、と皮切りにダメ男を見た。

「さて、これでボクらは出国できるはずです」

「ああ」

 一人の中年女性がダメ男に詰め寄る。

「その死体をどうするんだい?」

「どこかに埋葬するよ。何せ、キノのそっくりさんだ。……このまま放置しておくのは呪われる気がしてならなくって」

「そういう風習があるのかい?」

「ああ。ここにはないようだけど、他の国でもよく見られる。気になるようならこれを機会に、旅をしてみればいいんじゃない?」

「私じゃ駄目だと思うわ。ドン臭いし……」

「護身武器やその他道具類はすぐに揃うだろうから、どうにかなるよ」

 ダメ男の肩を軽く叩く。そろそろ時間だ、ということらしい。

 エルメスに跨がり、その脇のリアカーにダメ男が乗り込む。遺体を落とさないように住民に手伝ってもらい、ロープできつく縛った。国外に出るという興味が湧いてきたのか、死体から剥ぎ取ろうともしなかった。

「行きますよ。しっかり掴まってください」

「ん?」

「どうしたの、エルメス?」

「爆弾はどうする?」

「……その必要がなくなったから置いていくよ」

「ふーん」

 バリバリバリ、とエルメスにエンジンが掛かる。アクセルを少し回して、

「それでは、さよなら」

 住民たちと別れを告げた。

 

 

 城壁を伝って行くと、入国してきたドアを思われるドア縁を発見した。そこに近づくと、勝手に開き、あの赤茶色の荒野が額縁の絵のように見えた。

 ドアはリアカーを装着したままでは通れないので、一旦外してから出国し、付け直した。

「おおー、久々の国外だねえ」

「……そうだね」

 少し安心したのか、安堵の溜息を漏らし、景色を堪能するように辺りを眺めた。

「フーさんも奪還できて良かったじゃんか」

「おう、ありがとな。でも、なんだかよく分からない国だったなぁ」

 首飾りとして首に掛けてあるフーを取り出す。フーの背面をスライドし、四角いパーツを交換していった。

「上で何があったのさ? それにその死体は?」

「ああ、キノのそっくりさんなんだよ。なんでも、入国した強い人間がコピーされて、そいつが主として国を支配していたんだと」

「そうすると、キノ以上に強い旅人はそうはいないだろうねえ。何十人に囲まれても一網打尽にしたこともあるくらいだから」

「もう人の領域を軽く超えてんな、キノは……っと」

 かちかち、とフーを操作していくと、

「オートリカバリー完了。ダメ男は永久に死滅してください」

「電池入れ替えてもらってご機嫌だな」

「ゴキブリ以下の汚い顔面ですね」

「うん。寝起きの悪さもいつも以上だ。じゃあ頼むぜ」

「はい」

 泣きそうな顔になっていたことを、誰も追及しなかった。

 吹っ切れたように、太陽のごとく煌めいていた。欠けている月が荒野を見下ろし、走り抜く旅人たちを眺めている。

 一時間弱、談笑しながら走り抜くと、草の集まりが目立ち始める。ちょうど地帯の境目辺りに到達したようだ。さらに進んでいくと、地面が隠れて草原に突入した。ただ、道路がコンクリート製から整った土製に変わり、砂埃を巻き上げていく。

 もう少し行くと、ちょうど木が一本あったので、そこで停車した。

「ここらへんなら大丈夫ですね」

「ああ」

 ダメ男がリアカーから降りて、木に遺体をもたれるようにそっと下ろした。

「世話になった。フーを助けてくれてありがと」

「これでボクの借りは返せましたね」

「あれまで覚えてるんだ。すごいな……」

「キノの食べ物の恩義は海のように深く山のように高いからねえ」

 ぺしんとハンドルを叩いた。

「じゃあこれで貸し借りなしってわけだ」

「いえ、そんなことはないですよ。ダメ男さんから学んだことがありましたし」

「? なんだそれ? なんか教えた?」

「内緒です」

 結局教えてくれることはなかった。

 適当に折り合いをつけて、

「では、またいつか」

「さよならじゃなくていいのか? 多分もう会うことはないぞ」

「お任せしますよ」

「そっか。じゃあまたな」

「くたばらないようにねー」

「……では」

 エルメスと共に走り去っていった。

「……さて、待つか」

 ダメ男は遺体の横に座り、空を眺めていた。

 

 

「次はどんな国に行こうか」

 通り過ぎる風を愛おしむように、揺れる車体を懐かしむように、運転していた。

「走った先にある国に行けばいいさ。世界中に繋がってるんだからさ」

「そうだね、エルメス」

 いつもの仏頂面がほんの少しだけ綻んだ、ように見えた。

「ところで、自分と戦った感想は?」

「全くの互角だった」

「ってことは、どんな攻撃をしても、全く同じ事をしてくるってわけだ。戦い辛かったろうにさ」

「ダメ男さんがいなかったら多分、引き分けだったね」

「疲れ果てての判定か同士討ちによる死亡ってわけだ」

「まあ、面白い国だったね」

 区切りが付いて、二人ともしばらく沈黙する。

 そしてキノが少し疲れたと呟き、エルメスを適当な所で停車させた。降りて、月に向かって背伸びする。

「ねえキノ」

「なんだいエルメス?」

「この前のさ、鹿しかいなかった国覚えてる?」

「ああ。覚えてるよ。入国したら、なぜか餌を買わされて、追い回されたなあ」

「あそこの国は大規模な牧場みたいだっただけど、よりによってなんで鹿だったんだろうねえ」

「それは分からないね。でも独特な国だった。しゃべる鹿がいるんじゃないかって楽しみだったんだけど」

「まっさか。一部の鳥類だけでしょ」

「何があるか分からないから面白いんじゃない。そうやって期待するほどってことさ」

「そっかー。……おかしいなあ」

「? 何がだい?」

「んーっと、じゃあお金が葉っぱでできてた国は覚えてる?」

「もちろん。なんであんな破れやすくて萎れるものを通貨に使ったんだって、国民全員が思ってたみたいだよね」

「そうそう! ってか、誰だってそう思うよ」

「でも、お金の大切さを教えるためって聞いたら、」

「もっと複雑な気分になったよ。そりゃ大切だけど、大切の意味が違うだろうにさ」

「エルメスの怪文みたいで面白かったよ」

「どういうことさ、キノ!」

「はは。そういうことさ………………」

「んー、じゃあさ、人力発電してる国は覚えて……あれ、キノ……? ……え?」

 

 

「なぜボクを裏切ったのですか?」

 『カノン』の銃口が左目前数センチに差し迫っている。その対象者は一筋の汗がいくつも流れ出していた。しかも恐ろしく冷えている。冷える夜中で、体温が冷えるが中心は酷く熱い。

 キノは無表情を崩し、明らかに不快感を示していた。血管が浮き出るほどではないが、『カノン』を握る手や指先がとてもリラックスしている。銃先を確実に仕留めるために。

 下ろしてもらった場所から動かずに、長い間ホールドアップされていた。

「……」

 一言目。これを誤れば、(あや)められる。だから慎重に慎重を重ね、言葉を選び抜いていた。

「……人を……感じた」

「……人?」

 自分の背後を一瞥(いちべつ)する。樹の根元に白い布、そして赤く染まった布が置かれている。そしてキノの右腕には少し血の滲んだ包帯が巻かれていた。きちんと手当されているようだ。

「どういう意味ですか?」

 左目から眉間へ銃口が移る。

「国を出たいと切望する人間の気持ちは分からんでもないだろ? ……だからオレがその手伝いをした」

「ボクを裏切ってまでですか?」

「結果的にキノを裏切ったことになる。……認めるし謝る。でも、確実に出国するためにはああするしかない」

「?」

「キノは“ヤツ”の言葉を信じて、殺せば出国できると考えたんだろうけど、そんな確証はどこにもなかった」

「嘘は言っていないと感じましたが」

「オレもそうだ。まず嘘はついてない。でも出国できるかどうかはその発言とは無関係なんだよ」

「なぜです? あちらはそれを司っているから、そう言ったのではないんですか?」

「違うな。……入国当初を覚えてるか? 最初に何をした?」

「……」

 聞く価値があると判断したのか、キノは『カノン』をゆっくりとしまった。

 少し思い出す。

「入国審査を受けて、サインをしました」

「門を開けたのは誰だ?」

「当たり前ながら審査官でしょう? だって、……!」

 はっ、と勘付いた。

「“ヤツ”が殺されても出国させるなんて約束もしてないし、そもそも口約束なんて無いのと同じだ。キノは言葉巧みに誘導されてたんだよ。そう誤認させるように」

 我ながら、と呟くキノ。

「ならむしろ“ヤツ”を生かして、全員が出国できる道を探った方がいい。キノと目線が合った瞬間からこれしかないと思ってたよ。オレがキノを殺す手伝いをしたことで、“ヤツ”に恩を着せて出国する。同じ“キノ”なら借りは返すと思ったから」

 ダメ男が小さい手投げナイフをキノに見せた。よく見ると薄く透明な“痕”がある。

「キノが“初めて”これを食らってくれたから、毒薬を仕込んでいると勘違いさせることができた。実際はただの痺れ薬だけど、ただの演技じゃまずバレるからな」

「後はボクをダメ男さんが死体工作をして、全員が出国するということでしたか」

「その代わり、エルメスは持って行かれちまったが」

 ポーチから四角い機械を取り出した。画面があり、ある一点が点滅している。

「別れ際にキノの荷物にフーを仕込んだ。こいつでエルメスも回収できる」

「……」

 踵を返し、キノが歩き出した。ダメ男が慌てて付いていく。

「大したものですね」

「それはこっちの台詞だ」

「?」

 振り返るキノに何かを投げ渡す。銀色の金属の塊だった。

「それ、何だと思う?」

「見たところ、潰れた金属の塊だと思います」

「ほぼ合ってる。でもこの金属はさ、弾丸が衝突して、熱と威力で押し固まったやつなんだよ」

「これはボクがもう一人のボクと勝負した時の物ですか」

「そうだ。……それについて一つ聞きたい」

「何でしょう?」

「そいつは狙ってやったのか?」

 キノが立ち止まることなく進む。

「自分の“コピー”がいるとおおよそ予想できたので、どうすれば勝てるかシミュレーションしていました。撃ち筋も考え方も全て同じなら、狙いも同じでしょうから」

「狙い?」

「勝負は二発目。一発目はホルスターから最短最速で抜き撃ちするので、軌道やタイミングは全く同じでしょう。なら二発目をどうするか。ボクなら被弾させるのを目的として、無意識に少し内側に寄せるでしょうね。だからボクは少し内側に寄せて、」

「ちょっと待てよ」

 ダメ男が話を遮った。

「たとえ自分が相手だからって鏡合わせになるわけじゃないだろ。キノはキノでも、あっちも意志があるし対策も考えるだろ?」

「それはありません。ありえません」

「どうしてそう言い切れる?」

「その時、ダメ男さんと戦っていましたから」

「……!」

 目を見張った。

「ボクと戦う前でダメ男さんと一線交えてしまったので、シミュレーションが足りなかったのだと思います。一方のボクは戦う直前まで行いました。そんな脳内練習の不足を何かで補うとしたら、自分の経験則や無意識に任せるしかありません。つまり、本来のボクの動きということになります。そこに対策やクセなどは全くない。一番ボクらしさが現れる状態と言える」

「……いくら早くたって、動きが読まれればどうしようもないってか……あんな早さなのに……」

「ダメ男さんにアイコンタクトを送った瞬間から、あちらに勝ちはなかった。二発目まできっちり抑えている間に、ダメ男さんに仕留めてもらう予定でしたから。必ず気付くと信じていましたが、まさか裏切られるとは考えもしませんでした」

「そういうことだったのか」

「でもまあ、無事に出国できたので、結果良ければ何とやらです」

 くすりとダメ男が笑う。

「……何かおかしいことを言いましたか?」

「……意外と義理堅いんだなって。八つ裂きにされたって仕方ない事なのに」

「自分のためですよ。こうして“貸し”を作っておけば、いつか巡り巡って何倍もの“お返し”が来ますから」

「貸し借りチャラじゃないのかよ」

「借りを大きく上回っていますよ」

「そっか。でもそれはまたいつかな」

「楽しみにしていますよ」

 どこかに停まっているエルメスとフーを取りに、二人は歩いて行った。

 

 

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