システムソフトウェアの日常譚   作:ありぺい

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決戦前夜

 

インルタル大森林。

大陸一のこの巨大森林にはオークやゴブリン、スライムからブラッドベアー等の危険なモンスターがそこらじゅうにいる、必死の巣窟と化していた。危険度で言えば、駆け出しギルダーなら三日で間違いなく死ぬというとんでもなさである。

そこに乗り込むのが、リンゴ農家の少女と、魔導の才能のない少……少女と、口の悪い馬乗りだけなのだと誰かに話しても、おそらく誰も信用してくれないだろう。

そして今走っているのは、360°を木に囲まれた森林内である。木々に光を遮られた薄暗い道は、木漏れ日こそあってのどかではあるものの、危険である事には変わりない。

一応舗装済みの道を走っているとはいえ、横からモンスターが飛び出てきたらノータイムで戦闘開始の状況なのだ。

 

にも関わらず、馬車内の雰囲気は完全に熱狂に包まれていた。

 

「―――――だからな、俺はその時言ってやったんだ。『モンスターに追いつかれるような馬乗りは長生きしねぇから辞めちまえ!』ってな!」

 

意気揚々と語るのは、馬を操るスタット・ライン。

自慢話が好きなこいつは、ファインデリーズを発ってから、絶え間なく昔話を聞かせてきていた。

 

「そういう話なら私にだってありますよ。昔、農園に忍び込んだリンゴ泥棒を見つけたことがあったんです」

「「それで?」」

「私はガツンと言いましたよ! 『そんなにお腹がすいているなら、こそこそしてないで私に頼んでください!』って! その人には自慢のアップルパイを振舞いました。絶賛でしたよ!」

 

自慢話風に話すピアに対して、俺とスタットは腹を抱えて笑った。

 

「はっはははは! ガツンとだとさ、聞いたかレイド」

「ああ。これじゃガツンとどころかせいぜいほんわりだ。泥棒に餌与えてどうする気だよ」

 

片道五日間という長い道のりは、三人が打ち解けるには十分すぎる時間だった。客が多くてはこうはいかない。ほかの客に遠慮して会話を避けるのがマナーだろうし、三人という丁度いい人数が、俺たち全員を愉快なおしゃべり好きにしたのだ。

 

最初はやかましくて態度の悪いだけの男だと思っていたスタットも、話してみれば存外話せる奴だった。人を見た目で判断するなというのは、こいつの為にある言葉なのだろう。先入観で人を見た自分を、少しだけ反省した。

 

「レイドはなんかねーのか? ずっと聞いてばっかでなんも話さねぇじゃねぇか」

「俺は………」

 

言葉に詰まる。

この場合なんて説明すればいいのだろう。過去を話すのは容易ではない。まず障害になるのは認識の相違。PN4がこの大陸に存在していないのを理解している現段階で、ゲームとは如何物か、説明するのは骨が折れる。そもそも、「俺は元男で、PN4のシステムソフトウェアやってました」なんて、日本人に話したって理解されないだろう。

それに、信用されなかった場合に待っているのは信頼度の低下。適当なことを真顔で話すほら吹きと思われるのがオチだ。

適当にごまかすのが吉、そう判断した。

 

「実は記憶喪失で…………」

「あれっ、悪い魔導師に大陸に飛ばされたって話じゃ」

「………………まあ話は最後まで聞けって。そのな、大陸外のどっかで目が覚めたんだけど、4.06ってやつに何も分からないままファインデリーズに飛ばされたんだ」

 

とっさの機転で、辻褄を捻じ曲げて合わせる。

指摘されたときは自分の失言に焦ったが、最初からこう話すつもりだった体を保てば、ごまかすのは不可能ではない。

それに、もしも俺の意識が突然PN4で発生しと事を考えると、記憶喪失と本質は同じだと思う。だってそうだろう。いくら高性能据え置き機のソフトウェアとはいえ、突然と古馬を理解し、日本や地球の事情も知っていたとなると、記憶喪失だと考えるのが妥当だし、嘘ではない。

それに、意味もわからず飛ばされたというのも本当だ。

魔導師に飛ばされたって部分だけ尾ひれが付いているが、これくらいは許してほしい。

 

「苦労してるんだな、お前も」

 

スタットに直球で同情され、おかしな気分になる。

 

それからわずか数刻。

いままで大雑把に方角だけ伝えて走っていたのだが、ここにきてピアが細かく経路指定を始めた。

普通なら見逃してしまうような目印を頼りに、馬車は入り組んだ道とも呼べないような場所を走って行く。

 

「ん? もしかしてあれか……?」

 

スタットが何か見つけて馬の手綱を強く引いた。

蹄で響く歩調が緩くなり、止まったのは一軒の家の前だ。

 

「着きましたね、ここがステラの家です」

 

ピアが指差す家の外見は、至って普通。

それ故に、普通では無かった。

 

木造と煉瓦造りが融合した、よく見かける一軒家。

これが街の一角に建つ家なら分かるが、森の中にごく普通の一軒家があるのだから違和感しかない。森の中なら、ボロ小屋で十分だろうと考えるのは俺だけじゃないはずだ。

 

「森林には似合わない家だな……」

 

それが紛れもない第一印象だった。

ピアは玄関口の、ライオンを模したノッカーの輪を掴むと、無遠慮に三度鳴らした。

 

「ステラー、居るー?」

 

しかし返事はない。

留守なのではないかと疑った次の瞬間、中から慌ただしい足音が響いた。

 

「だーれ?」

 

ひょっこりと顔をのぞかせたのは、ピアよりさらにふた回りは小さい女の子。

ロリ以上JK未満の容姿で、上目遣いのあどけなさは、元の世界で例えるなら中学生くらいだろうか。

彼女の着るオレンジ混じりの服は、ファインデリーズでよく見かけたひらひらのついたものとは違い、ピアのような機能性重視のものに近い。

しかし、飾り気のなさが逆に良く、少女らしい純真な雰囲気を醸し出している。

この可愛らしい見た目に似合わない大剣を背に負う姿を見るに、彼女が「ステラ」なのだろう。

この小さな体で、剣士をやっているというのは俄かには信じられないのだが。

 

「えっ、ピア!? なんでここに?」

「ステラに頼み事があって来たんだけど、今忙しくない?」

「頼みごと……まーた変な案件抱えて来たんでしょ。何度も言ってるじゃん、人助けとお節介は違うって」

「今回は違うからっ! ステラにも関係する事だし……」

「私に関係する事? それって、もしかしてガーランドに関わる何か?」

 

ピアはコクりと首肯する。

考える素振りを見せたステラは、こちらを一瞥するとこう言った。

 

「とりあえず中で話そっか。あ、後ろのあんたはダメ。男を家に入れたくないから」

「「まじかよ」」

「何でそっちの女までしょげてんのよ。私、男がダメって言っただけなんだけど」

 

スタットと同時に肩を落とした後、自分がステラに嫌悪される要素を持ってないことに気づいた。スタットだけに見えるよう舌を出して煽ると、気に食わなかったのか、悪態をつき始めた。

 

「誰がこんな家入るかよ。馬を見てなきゃいけないし、言われなくてもこっちからお断りだ」

 

ふてくされるスタットを無視して、俺は遠慮なく家にお邪魔する。

両親家族無くして一人暮らしと聞いていたが、想像していた質素な内装とは違い、はっきり言ってピアの家より豪華だ。なぜ実の兄であるパルサーに内緒でこんな家に住めるのか、全くの謎である。

 

「で、あなたは誰?」

「レイド・オービスだ。レイドでいい、よろしく」

 

ぶっきらぼうな聞き方から性格が滲み出ている。

 

「私はステラ。まぁ、よろしく……」

「あれ、ファーストネームだけ?」

「私、苗字はないの。もったいぶってるわけじゃないから誤解しないでね」

 

おかしい。

兄であるパルサーのフルネームは「パルサー・ルール」だった筈だ。それなら普通は「ステラ・ルール」になる筈だ。何故だ? 居場所を兄に隠して居ることといい、実質的には絶縁関係なのだろうか。

複雑な家庭事情が垣間見えるが、俺には関係のない話だ。

 

「レイドこそ、ここらで聞かない名前だね」

「訳ありだからな」

「訳ありね。ふーん」

 

これは疑われているのだろうか。上目使いに肝が縮む。

空気が悪いので、何か話さなければと一つ質問を投げてみた。

 

「お前、パルサーの妹なんだよな?」

「お前って言わないで。ステラでいいから」

「すまん。ステラはパルサーの弟なんだよな?」

「そうだよ。……だけどあんな奴、兄だなんて思えない」

「ガーランド襲撃事件の後に何かあったのか?」

 

俺がそれを知っていたことに、少しだけ驚いた様子のステラ。

 

「なんだ、聞いてたんだ」

「パルサーから直接な。過去の事件の真相を突き止めることが、ここに訪れた理由の一つだ」

「理由の一つって事は、他にもあるの?」

「ある。単刀直入にいうと、俺はガーランド・ドラゴンを倒そうと思っている。でも、俺とピアだけしかいなくて心もとないのが現状だ。ピアから、ステラは凄腕の剣士だって聞いている。どうか協力してほしい」

「事件の真相に、ガーランド討伐……ね。……ちょっと考えさせて」

 

ステラは腕を組むと、難しい顔で天井を見上げた。

無理もない。

殺人竜への挑戦だ。尻込みするのが道理というもの。

しかし、ステラの返答は予想とは違うものであった。

 

「ガーランド討伐は手伝うよ。むしろこっちからお願いしたいくらい」

「本当か!?」

「だけど、事件の真相は絶対に話せない。自分で調べるなら別に止めはしないけど、私からそのことを話すつもりは一切ないから。覚えといて」

 

兄にすら話せないような内容だ。教えてくれないのは予想の範疇であり、落胆するほどのことではない。それどころか、討伐の参加だけで感激するレベルだ。

事件の真相も、打ち解ければいつか教えてくれるだろう。

 

「いいんですかレイドさん。ステラが教えてくれなきゃ報酬もらえませんよ?」

「あっ、馬鹿っ……」

 

ステラはピアの一言を聞き逃さなかったようで、一気に不機嫌そうになった。

 

「報酬? ピアー、どういう事かなー?」

「どういう事も何も、レイドさんは、パルサーさんからの依頼として事件の真相を調べてるんだよ!」

 

この馬鹿! と大声で叫びそうになる。ステラの兄に対する感情が決していいものでないのは火を見るより明らかだった。だから敢えてパルサールートの依頼であることを伏せていたのに、何故教えてしまうのだろう。全く状況を理解していないピアの行動は、理解に苦しむものだった。

 

「へぇー。お金をもらって、ねぇ」

 

ほら見たことか。不信感メーターなるものがあるとしたら、恐らく振り切れてしまってぽっきりだ。これでステラからの俺の印象は、金を貰えば人の過去を暴くような屑、位には思われてしまったかもしれない。

 

「まぁ、その、あれだ。言いたくないなら無理やりには聞かないから安心しろ」

「それなら良いんだけどね」

 

なんとか印象の挽回はできたと思う。しかしこれで、ステラから聞き出せる可能性は限りなく低くなってしまった。

ピアに後で、空気を読むとはどういうことか教えてやらねばならない。そう思った。

 

「そういえば、ガーランドを倒すための具体的な策はあるの?」

「一応はな。魔導と物理攻撃のコンビネーションで倒そうと思っている」

「レイドって、魔導師なの?」

「魔導師…………。魔導適正がないから、魔導師ではないな」

「ってことは、魔導攻撃をピアに任せるつもり?!」

 

えへへ、と嬉しそうに頭をかくピア。しかし、ステラの方は鳩が豆鉄砲食らったように呆けてしまっていた。

 

「……冗談でしょう?! ピアは、昔ちょっとだけ小児魔導学校に通っていたけど、術式を書くのが下手すぎて結局一回も発動できなかったんだよ? 術式の円を書かせれば四角を書くし、その中に紋を書こうものなら出来の悪い象形文字みたいになってたのに!」

「だからね、術式はレイドさんに書いて貰ってるんだ~」

 

ピアは昔の自分をぼろくそに言われたにも関わらず、むしろ現状に満足している様子だった。そもそもピアは、ぼろくそに言われたとも思っていないのだろう。不自然なくらい前向きだ。

そんな様子を前に、ステアの困惑の目が、俺に説明を求めてくる。

 

「実は、術式は俺が書けるんだ。術式陣じゃなくて、直接コードで組んでいるんだがな」

「嘘よ! コードで書くなんて、複雑な計算すぎて学院長レベルでもできるかどうか怪しいのに。それに魔導適正がない人なんて、いままで聞いたこともない!」

「だったら見せてやるよ」

 

手始めに、スライム戦で大活躍の『【広域】対魔術式』を速攻で書き上げてみせる。書き終えて分かったのは、この短期間で自分の中の術式への理解が深まっていることだった。効率のいいコードへの最適化の方法を、無意識的に理解し始めたのだろう。前回書いた術式よりも、推定エネルギーロスは半分以下に抑えることができた。

 

「なにこれ……ほんとに文字だけで術式が成立してる……。レイドって、いったい何者?」

「さあ、なんだろうな」

 

別にごまかしたわけじゃない。自分の正体なんて、自分でも分からないのだ。だが、ステラはそうは受け取らなかったようだ。

 

「何を隠しているのか知らないけど、訳ありってのは分かったわ」

 

どうやら、一応は納得してくれたみたいで、特にそのあと追及されたりすることはなかった。

というより、ステラの興味は術式へと移ってしまったようで、食い入るようにそれを見つめていた。ステラが、剣士でありながら術式を理解するに至っていることも驚きだが、俺としては、ピアと全く同じ反応をしているのがどうにも可笑しかった。

 

「さあ。それじゃ、いっちょガーランド討伐の作戦会議といきますか」

 

俺たちは自分たちの手札を最大限に活用するために、とことん話し合った。

まだ見ぬ脅威に備え、そしてあらゆる事態を想定しての作戦会議。それは、夜が更けて、馬車に一人残されたスタットの寝いびきが聞こえてきても続いた。

 

そして翌日。

戦いのゴングが鳴るのがそう遠くないことを、全員が肌で感じていた。

 

 

ガーランド討伐の為に、いよいよ俺たちは荒野へと発った。




リアルでケツに火がついてても、書きたいことをちゃんと書く時間を取ることが、幸福な人生を作ることにつながるって信じている。


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