システムソフトウェアの日常譚   作:ありぺい

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林檎売りの少女・ピア

 

 

 

モシャッ、モシャッ、モシャッ。

 

少女に手渡された林檎とか言うものを齧りながら、俺は上を見上げた。

 

「どうですか?これ、私の育てた自慢の林檎なんです」

「こうやって飯を食ったのは初めてだからよく分からないが、なんだか食べてて幸せな気分になるな」

 

俺の言葉に、少女は嬉しそうにした。

 

それどころじゃない。

いや、林檎は美味しい。美味しいが、俺の中には今、ある一つの仮説が立っている。

 

だけど間違っているかもしれないし、もしかしたらこの少女が俺を嵌めようとしているのかもしれない。

それを確かめる為に、少女にカマを掛けてみた。

 

「あの天井すげぇ高いな」

「天井なんてありませんけど?」

 

いやまさかな。

念には念を、だ。

 

「あの緑の塊からノイズ音がするんだけど、通信環境が悪かったりしないのか?」

「さっきから何を言ってるんですか?あれは木ですよ?」

 

間違いない。

少女の反応が、俺の仮説の裏付けになってしまった。

 

ーーーーーーここはPN4の外の世界だ。

 

全く信じられない事だが、そうとしか考えられない。

輝く光球も緑の床も、太陽と芝生だと考えれば辻褄が合ってしまう。

どれも概念としては大体知っているが、いざ目の当たりにすると、困る以外に反応のしようがない。

 

とりあえず冷静に状況を整理しよう。

俺がいるのは丘の上。

目覚めたのは大きな石の上。

そして俺は、どこか知らない世界に飛ばされて、帰るアテもなくほっぽり出されている。

少し向こうの方には、大きな街のようなものが見える。

そこそこ高い建物もあるし、文明が確立しているのは間違いないだろう。

でも、ゲームソフトの中の世界しか知らない俺の薄っぺらい知識じゃ、外観から街の内情や様子まで察する事は出来ない。

知っているのは、かつて住んでいたPN4の中にあったいくつかのゲームの内容と、それらのシステムなどだけだ。

 

この世界で暮らす。

 

それが俺に突きつけられた現実なのだった。

 

「はぁぁ。仕方ないっ!まずは稼ぐか!」

 

俺の大声の覚悟の宣誓に、少女は驚いた。

 

「稼ぐって…どういう事ですか?」

「そのまんまの意味だ。俺はここからもっともっと遠くに住んでいたんだが、ある理由でこっちに飛ばされちまったんだ。だから帰る方法が見つかるまで、ここで働いて暮らそうって訳だ!」

 

頼む信じてくれ。

ここで疑われると、後々面倒そうなんだ。

 

「飛ばされるって…一体…?」

「あれだその、あれ、えーっと。魔法だ、魔法!悪い魔法使いにここまで飛ばされちまったんだ!」

 

流石にダメか!

魔法使いさんにやられましたなんて、とてもじゃないが俺本人ですら胡散臭い。

外の世界の合理化された現代人が、こんな適当な嘘で騙せるわけがない。

 

「外国の魔導士は移転術式まで使えるんですね…驚きです…!」

 

おっ?

この世界には魔法の概念まであるのか?

俺は思考容量総動員でHDD図書館で見た記録の中の、魔法に関する情報を思い出した。

術式って言ってたから呪文の類じゃなくて、数式化された文学として魔法が発展してる可能性が高いな。

それに、その手のつきつめれば天井の見えないタイプの魔法なら、一般人は完全にそれを理解はしていないだろう。ならば多少適当な事を言ってもバレないかもしれない。

 

「そう、移転術式にやられたんだ!だから、俺がここに住むために色々教えてくれないか?」

 

騙すのは心苦しいが、本当の事を言っても頭のおかしい奴だと思われるか、余計不信がられるのが関の山だ。

これは仕方ない事なんだと、俺は罪悪感を胸に押し込んだ。

 

「ふふっ、まさかこんな話になるとは思いませんでした。いいですよ、私が知ってる事なら何でも教えますよ」

「助かる。じゃあまず名前を聞いてもいいか?」

「私は、ピア・ルーブルム。この街の林檎少女といったら私の事なんで覚えておいてくださいね。貴女は?」

「俺か?俺の名前はーーーーーー」

 

ここで初めて名乗る名を持ち合わせていない事に気がついた。

4.07…じゃダメだよな、流石に。

PN4に何かちなんだ名前にしとくか…

 

「そうだな………名はレイド、姓はオービスだ。オービスと呼んでくれ」

「分かりましたレイドさん!」

 

なんも分かってないけど、まぁいいか。

にしても、この子は見ていて少し心配になるな。

知らない男の頼みをほいほい聞いてたら、いつか悪い奴に騙されるんじゃないだろうか。

 

しかし、今回に限っては有難いとしか言いようがない。

俺はピアに街の内情を尋ねることにした。

 

「さっそくだけど、この街に流れ者が稼ぐ手段はあるか?」

「ありますよ。むしろそれがこの街の一大産業ですからね」

「どういう事だ?」

「ここは大陸一のギルド街、ファインデリーズ!なんですが……」

 

ピアの顔が曇ったのをみて、若干焦りを覚えた。

 

「まさかっ!今は廃れて…とか?」

「いや、そういう訳ではないです。ただ、ギルド街として栄えすぎたせいで、簡単なお仕事は帝国の管轄になってしまったんです。小さな仕事だけでも全部集めれば報酬金額は相当なものになりますからね」

 

恐る恐る尋ねたが、最悪の事態は回避出来ているようで安心した。

 

「なら簡単じゃない案件なら受注出来るんだろ?」

「簡単じゃない案件ならって簡単に言いますけどね、話はそう簡単じゃないんですよ」

「どっちだよ!」

 

難解な日本語を繰り出すピアに、俺は軽くツッコミを入れた。

 

「誰でも受注できるような依頼は、基本的に極めて危険性の高いモンスターの駆除とか、数年単位で時間のかかる危険な工事とかなので、あまりオススメ出来ないんです。命を落とす人も決して少なくありませんし。それに…」

 

ピアはモジモジしながら続けた。

 

「会って間もないですが、レイドさんには死んで欲しくないっていうか……」

 

言いながら照れてる様子が非常に可愛らしい。

ピアの年齢は見た感じ、17から19くらいだろうか。余裕でストライクゾーンなせいか、聞いていてこっちまで恥ずかしくなってくる。

 

「レイドさんって、私の中の理想の人物像そっくりなんです」

 

ピアは顔を真っ赤にして俯いた。

産まれた理由もわからないまま頭のおかしい女に殺され、自分は運のないやつだと思っていたが、ここに来てやっとそれが報われたようだ。

でもそれにしたって、まさか一目惚れで告白されるとは思わなかったが。

えーと、こういう場合なんて返すのが正解なのだろう。

断るなんてもってのほかだし、かと言って気の利いた言葉も出てこない。

俺が頭を悩ませていると、ピアが更に言葉を続けた。

 

「レイドさん!どうやったら私も、レイドさんみたいなかっこいい女性になれますか?!」

 

…………………………。

………………。

……は?

 

「俺…男だけど?」

「またまた冗談を。こんな完璧な女装がある訳ないじゃないですか」

 

何を言ってるんだピアは。

俺が女?まさかそんな事がある訳。

 

「ははっ、ピアこそ冗談が上手いな。どう見たって渋い男だろ?」

「もー、からかわないで下さいよレイドさん。ほらっ」

 

ピアがこちらに小さな手鏡を向けてくる。

太陽の反射が眩しくてよく見えず、手で鏡の上部を隠すと、そこに映っていたのはーーーーーー

 

「4.06……!?!?」

 

俺はピアから手鏡をもぎ取り、映る顔を凝視する。

写真なんじゃないかと思ったが、角度を変えたらしっかりと太陽が写り、ピアの目に反射した光束が当たった。

 

「眩しっ!」

 

うーむ。

これが鏡である事は間違いなさそうだ。

じゃあなんでここに、あのにっくき4.06が写っている?

確かに可愛げのねぇ奴だったが、どう見たってあいつは女だぞ?!

おかしいだろ!そもそも胸がないじゃないかっ!

 

俺は慌てて両手で自分の両胸を鷲掴みにした。

 

いや…ある。気づかなかったが、無いとは言えないくらいの、申し訳程度にはある!

それだけではない。俺は更にとんでもない事に気づいてしまった。

 

ーーーーーーそう。恋人もいない俺の一人息子が、新品のままお亡くなりになられている事に。

 

「あぁぁぁぁああああっ!!!」

 

もうやだこの世界。

神なる者がいるのなら、今すぐ抹殺して俺と同じ目に合わせてやりたい。

 

「どっ、どうしたんですか?!」

「いや……なんでもないんだ……。なんでも……」

 

俺が……この俺が4.06……

信じられねぇ。やってらんねぇ。

 

いや、待て。まだ希望はある。

 

移転術式だっけ?

この世界は、林檎農家でも知ってるくらい魔法が浸透してるようだった。

それだったら、体を入れ替えたり、PN4に戻ったりする魔法が存在するかもしれない。

 

「はははっ、それしかねぇ!ピア、見てろ!俺は魔法使いになるぞ!」

「レイドさん。魔法使いじゃなくて魔導師です」

 

こうして俺はこの世界で魔法を学ぶことにした。

この選択は、今後俺の人生を大きく変えていき、相当苦労することになるのだが、俺にはまだ知る由もなかった。


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