システムソフトウェアの日常譚   作:ありぺい

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知識への疑惑

 

 

 

 

 

現実世界。

それはPN4の外のある、質量を伴ったこの世の基盤。

仮想世界の住人には少々荷が重すぎるこの場所で、俺が魔法使いを目指すことを決めたのはわずか数分前のことだ。

 

「魔法使いってどうやったらなれるんだ?」

「レイドさん、これで二回目ですけど魔法使いじゃなくて魔導師です」

 

ピアに尋ねると、名称の違いを笑って否定された。

ピア・ルーブルムと名乗ったその少女は、聞けばリンゴ農家だという。普通に考えて、リンゴ農家が社会のヒエラルキーの上位に君臨するなんてことはまずまずないだろう。

だとするならば、魔導師及び魔法の存在は、広く世間に知れ渡っている常識の一つということになる。

文化として発展している可能性どころか、実用性から生活の一端を支えている可能性が高い。

当然、学校や学園などの教育機関も存在していることだろう。

ここまで考察して、一つの大きな疑問が思考を支配する。

 

なんで現実世界に魔法なんてものがあるんだ?

 

俺の知る限り外の世界に魔法なんて概念は、存在はすれども実在はしない架空の存在だったはずだ。しかし、いざ外の世界に来てみると、なんとメジャージャンルの学問として確立しているではないか。

 

いや、待て。なんかおかしいぞ?

なぜ俺に、「本来の外の世界の知識」があるんだ?

PN4からいままで一歩もでたことのない俺に、外の世界の知識などあるわけがない。

 

「どうしたんですか、レイドさん」

「………ピア、PN4って知ってるか?」

「なんですか、それ?」

 

ほーらやっぱりだ。

据え置きゲーム機として圧倒的認知度を誇るPN4。他社ハードに押され気味で下火が続いているとはいえ、若い世代が知らないわけがない。

ゲームという存在を認知することすらない超貧困層なら可能性もなくはないが、ピアの姿を見る限りそれも考えにくい。

少女の纏う緑色の作業服は、限界ギリギリまで生活を切り詰めていった風にはとても見えず、ある程度生活の余裕を感じさせる。リンゴ農家だということを秘密にすれば、こういうファッションだと言っても納得してしまいそうなほどにだ。

リンゴを分けてくれたこともそうだ。貧困ならそんな優しさは生まれない。

 

じゃあここがPN4すらないド田舎なのでは?

その考えは、眼下に見える街が否定してくれた。

俺が目を覚ましたこの場所は、傾斜の緩やかな、でもそこそこの高さの丘だったのだが、そのふもとの奥の方に見えるのは明らかに町だ。

それも相当の規模。ピア曰く、ギルド街・ファインデリーズとのことだが、あれだけの街でPN4が存在しないわけがない。

これだけ考察材料があれば嫌でも分かる。

 

「ここは異世界なんだな……」

 

これが俺のラストアンサーだ。

 

しかし疑問は場所だけではない。

どう考えても、ピアの繰る言語は日本語じゃないか。

 

「ピア、今俺たちが話してるのって何語だ?」

「何………語?」

「そう、これってどこの国の言葉なんだ?」

 

ピアは口元を手で押さえて、長考タイムに入っている。

これってそんなに難しい質問か?!

 

「強いて言うなら、人語………でしょうか」

「はい?」

「だから、人の言葉と書いて人語です」

 

ジン国のジン語という可能性は、ピアの丁寧な説明によって打ち消された。

人語とはまた面白いことをいうじゃないか。

これは地域によって言語による隔たりがないと考えていいのだろうか。世界中みんな日本語で話すなんて、一部の日本人が泣いて喜びそうだが、実際そうなっている世界に行くと困惑しか生まれない。

質問をしたはずなのに、未解決のまま疑問ばかり増えるので、この件はいったん保留。

 

まだまだ疑問は山のようにあるが、それを差し置いても多くのことがはっきりしてきた。

まず場所だが、日本でもなければ地球でもない。

ファインデリーズという地名からもわかる通り、世界線がそもそも違うというのが俺の推測だ。言語が日本語なのは…………気にしないに限る。

 

次に文明の進行度。

これは街に行ってみないと詳しくは分からないが、建築技術は間違いなくあるようだ。ハッキリとは見えているわけではないが、塔のようなものもあるし、上から見える街の屋根のほとんどが重めのオレンジ色をしているので、レンガに瓦を使っている考えるのが自然だ。

ピアの格好を見ても製服技術も割と発展しているのが分かる。

魔法なるものの存在の影響度によって、文化や文明などの発展の方向性が変わっている可能性はあるが、これも慣れれば問題ないだろう。

 

とするならば、解決が急がれる疑問はただ一つ。

 

---------他でもない、俺自身の記憶と知識だ。

 

俺は元の世界を知っている………というよりは知りすぎている。

PN4から一歩も外に出たことのない俺が、だ。

地球という存在も知っているし、日本も知っている。いや違うな、正確には日本しかほとんど知らない。

地名だって北は北海道から、南は沖縄まで全部言える自信がある。

学校という場所だって知っているし、社会の雰囲気も朧気とだが分かる。

勉学といったものだって知っている。高校生程度の知識があることは間違いないのだが、いつそんなことを覚えたのだと聞かれれば返答に困る。

問題は、PN4いたときはそこまで知らなかったということだ。

 

PN4時代で俺が知っていたのは、「0」か「1」しかない膨大な量の情報への対応の仕方、物理演算などの様々な計算方式など、4・06で言うところのマスターが、ゲームで遊ぶ際に必要な裏方仕事だけ。

たったそれだけの、ちっぽけな存在だったはずだ。

 

ならば元の世界の知識を得たタイミングは、この世界に転生した瞬間、もしくはPN4内で俺が4・06に敗れ命を落とした瞬間のどちらかだ。しかし今となっては、卵が先か鶏が先かのような些細な差ではあるが。

 

これはまさか記憶喪失っ!?

悪い魔法使いに記憶を奪われ、PN4の中に閉じ込められ、なおかつ死んだときにはこんなところに転生までさせられたと!? 勉学の知識が高校生でストップしているのは、悪い魔法使いの悪戯(?)対象が高校生か大学生くらいだったからとか?!

---------いや、それこそまさかだ。

そもそも、俺のような一介のシステムソフトウェアが意識や自我を持ったこと自体が冗談のような話なのだ。いまさら何が起きても不思議ではない。

 

俺が思考に耽っていると、ピアがちょんちょんと肩をたたいてきた。

 

「レイドさん、どうしたんですか?」

「ちょっと考え事をな。一つ聞くんだけど、この世界の魔導師育成機関って無償だったりしない?」

「冗談いわないでくださいよ。五年通えば家一軒建つくらいの金額ですよ」

 

まじか。

早速の超ハードルに頭が痛い。

かといって普通の方法ではそんな金額到底払えないだろう。

 

「なら、やはりギルドで稼ぐしかないか」

「さっきの私の話聞いてました!?」

「聞いてた聞いてた。聞いてたうえで言ってんだ。だからそんな心配そうな顔すんなって」

「危険なモンスターと戦ったりしたら、最悪の場合死ぬかもしれないんですよ!」

「大丈夫だって。安全そうなの選ぶから」

「それならいいんですが……」

 

こんなに心配させているというのに不謹慎かもしれないが、こうやって身を案じてもらえるというのは素直にうれしい。しかもこんな可愛い少女にだ。

 

なのに……なんで……

 

「なんで俺は女なんだ……」

 

そんな俺のやりきれない思いは、ピアには聞き取られないまま芝生へと落ちていった。

神様、こんなのあんまりだぜ。

 

「レイドさんってやっぱりかっこいいですよね。普通、魔法を使えない女性がモンスターに挑んだりすることはないのですが、レイドさんは何も躊躇わないで決めてちゃうんですもん。恐怖とかってないんですか?」

「俺にとっての恐怖は、後にも先にも一つだけだ」

 

俺が初めて感じた恐怖は、4・06の狂気じみた人間性だ。俺もあいつも人間じゃないけど。

 

「知り合いに最高に頭がぶっ飛んだやつがいたんだが、そいつの考えてることが一番恐怖だったかな。理解不能で支離滅裂、最高に人道的で最高に非人道的。文字通り無茶苦茶だったよ。それに比べれば大抵のことは恐怖にはならねぇよ」

 

たかがソフトウェアの癖に自分の生きたいように、自分の尽くしたい人間のためにプライドを賭けて戦う。結果としては、尽くされているはずのマスターがPN4で遊べなくなるというなんとも無茶苦茶な話だ。

しかし今になってみると、そんなあいつの考え方に俺も影響を受けているのかもしれない。

あいつと会わないでここに飛ばされたとしたら、「自分の存在がエラーとして残るかもしれない」なんて理由で即自殺………なんてことも考えられる。

 

それを思うと、いま生きているのは4・06のお陰ってことになるのか……?

だけどあいつに殺されてもいるわけだし、プラマイゼロか。

 

過去のことで悩んでいてもしょうがない。俺の目的は、あのにっくき4・06の体と一刻も早くおさらばすることなのだ。なりふり構っている場合ではない。

 

「ピア、ギルドまで案内してくれないか? あっ、忙しかったら無理でもいいんだが」

「全然平気ですよ。私もお仕事が終わって暇でしたから」

「悪いな」

 

ピアに案内されて丘を降りる。

階段も歩道もない草道をさっさと進むピアからは、野生児といった印象を受けた。

慣れない道を転びそうになりながらも、俺はピアの背中についていく。

 

だんだんと近づく活気に俺は、僅かながらも新しい生活への期待を膨らませていた。






突然ですがぶっちゃけます。

文章力向上という目的をもって書き始めたこの作品ですが、始めた理由が理由なだけに、「他人の評価なんて関係ねぇ!」って思って書いていました。
現実は、お気に入りが数件付いただけで跳ねるように喜んでおります。


ここまで読んでくれた方々、本当にありがとうございます!
続きも出来るだけ早くに出せるようにしますが、リアルの方が忙しい時期になってまいりましたので、週一くらいに更新ペースが落ちると思います。

それでも、完結までは書き続けるつもりですので、これからもどうぞよろしくお願いします!!

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