システムソフトウェアの日常譚   作:ありぺい

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4.07、魔導を知る。

 

 

 

 

赭土竜ガーランド・ドラゴン

高さ3メートル。体長6メートル。

 

この竜は、帝国一の規模を誇るインルタル大森林に囲まれた巨大な荒野に生息しており、また、荒野を発生させた原因だともいわれている。

ガーランドが最初に確認されたのは、インルタル大森林で狩りをしていた男性によってだった。彼曰く、「突然森林内に竜が降り立った」とのことだが、その真相は不明。彼は、興味本位でもう一度ガーランドを見に行ってから、一切の消息が絶たれているという。

その報告を機に、森林内には突如として荒野が発生。その規模はだんだんと大きくなり、今では森林の七分の一ほどは荒野化しているらしく、しかも現在も荒野の拡大は進んでいるため、帝国でもその存在が危険視されているほどだ。

帝国資源である森林の損失も相当なものとなっている。

 

では、なぜそんな怪物が今も放置され続けているといるのか。

その答えは至極明快、誰も倒せないのだ。

 

体の表面は、赤みを帯びた鉄鉱石と思われるものでできており、物理耐性が極めて高い。

また、皮膚にまとう鉄の塊が魔法攻撃をも防御するため、その守りはまさに鉄壁。この赤色こそが、「赭土」の名の由来にもなっている。

移動は二足歩行も四足歩行も可能で、移動や戦闘などの目的に応じてそのスタイルを変化させることが可能。もし瀕死にまで至らしめることが可能だったとしても、馬より早い逃げ足で逃げられる可能性が予測されている。

 

ここまでが隙の無い、破格級の防御の話だが、攻撃も前者同様破格級。

突進すれば山は崩れ、噛みつきで岩をも砕き、歩けば地を抉る。

これらすべてが、人間が受ければ即死は免れない程の威力を有している。

 

更には「サンドストーム」という、発動条件・正体共に不明の、謎の必殺技も備えているらしい。

これは所謂「砂嵐」なのだが、発動すれば近づくことはおろか、遠くにいても爆風でっ吹き飛ばされてしまうほどだという。

かつてこのガーランド・ドラゴンに単身で挑んだ強者がいるらしい。巨大なハンマー片手に、無敵の防御を一部無効化し、そこを集中攻撃することで致命傷手前まで追い詰めたというが、とどめを刺すため爆発系の魔法を使用したところ、「サンドストーム」にみまわれたという。

瀕死になると己の身を守るために、この技を発動させるのではないか……というのが帝国研究者の見解だ。

 

 

 

「と、ここまでは理解できましたか?」

「ああ、俺がアホだったってことは良く分かった」

 

ギルドを飛び出し、近くにあるというピアの家に向かいながら、俺はうなだれていた。

俺は今、ピアの説明を受けて絶望的だった状況から、現状をより明確にされ、更なる絶望に打ちのめされている。

なにそれ、熟練の男達でも勝てないなんて、俺の勝てる可能性なんて塵ほどあるかも疑わしいじゃんか。

 

「本当にすまん、ピア。お前の名前使って受注したのに、これでなんかあったらお前の信頼問題に関わるだろ」

「こんな状態で人の心配ですか? 優しいですね」

 

このまま俺がガーランド討伐を放棄して逃げ出せば、ピアに迷惑がかかることは間違いない。逃げ出すことは、信頼への裏切りに他ならない。

 

「で、レイドさんはどうするつもりなんですか?」

「倒すさ。生き物である限り、死なないなんてことはあり得ない」

 

システムソフトウェアでさえ死ぬ世の中だ。何かしら工夫を凝らせば倒せるはずだ。

 

もしかしたら俺は、恐怖への意識が薄くなっているのかもしれない。4・06に殺された後、俺は死への恐怖を覚えるどころか、いまの人生をゲームオーバー後のおまけステージくらいの認識で生きていた。だから、俺は最悪どうなってもいい。しかし、ピアに迷惑をかけるのは違う。

 

「死ぬかもしれないですよ」

「そんなのどの依頼もおんなじだろ? どっかで張らなきゃいけない命なら、今回はガーランドのために使ってやる。それに、安全第一で行動すれば死ぬのは回避できるだろ」

「…………ガーランドは訳ありなんですよ」

「訳あり? まさかと思うけど不死身じゃないよな?」

「不死身ではないんですが……けっこう昔、友人の親がガーランドに殺されてまして」

「敵……なのか?」

「それもあるんですが…………すいません、これ以上は私からは言えないです」

 

ピアは少し俯いた。

今回の件はどう考えても俺が全面的に悪いのに、こんな風に謝られると、逆に申し訳なくなる。

ただ、根は前向きなのだろう。すぐに笑顔に戻り、こう提案してきた。

 

「レイドさん。私もついて行ってもいいですか?!」

「ええっ!? お前さっき死ぬかもしれないって……」

「安全第一で行動すれば大丈夫って言ったのはレイドさんですよ?」

「うっ、そうだけど……でもだめだ、聞く限り相当危険みたいだし、そんな場所には連れてけない」

「あれー、いいんですか? 私が大声で騎士隊の人を呼んだら、レイドさん間違いなく地下牢ですよ?」

「くっ……卑怯だぞお前!」

 

不法滞在の身の足元を見た提案だ、断れるはずもなし。

親切心の塊かと思ったら、突然現れた小悪魔な裏の顔に驚く。しかし、この脅しが親切所以なのも、短い付き合いながら知っている。

 

「通報は……するなよ?」

「じゃあ決まりですね!」

「まて! 先に聞いておくけど、なんで俺にここまで手を貸すんだ? 家に泊めてくれるだけならともかく、殺人竜の討伐までついてきてくれるって事は、何かしら理由があるんだろ?」

「泊めること自体は前に話した通りですよ。レイドさん、悪い人に見えなかったですし、知性的かつ、なんというか……まぁ、かっこよかったからです。ガーランドの方は……本人に聞いてください」

「本人?」

「昔、起きた事件の当事者です。さっき話してたアレです」

「友人の両親が……ってやつか」

「そうです。その友達が、一応剣士をやってまして、もしかしたら敵討ちという事で手を貸してくれるかもそれないので……」

「本当か!?」

「あまり期待はしないでくださいね」

 

ピアはそう言って微笑んだ。

ガーランドの件まで手伝ってくれる理由は、さりげなくはぐらかされてしまったが、これはその友人とやらの復讐を手助けしたいという事でいいのだろうか。それとも、今はまだ話すに値するだけの信用がないからという事なのだろうか。

 

「着きました、ここが私の家です」

 

ピアが立ち止まったのは、煉瓦造りの街の風景に溶け込んだ、見た感じ普通の家だ。二階建てで、上の階からは小窓が覗いている。

今更になって気づいたが、ご両親にはなんて説明すればいいんだろう。どんなに事情を説明したとして、どう考えてもただの不審者だ。一応、見た目が少女なのがアドバンテージだが、それでも怪しい事には変わりない。

 

「私、一人暮らしなんで遠慮なく入っていいですよ」

 

ピア、そういうのは先に言って欲しかったな。

泊めてもらう立場でそんな事を言うわけにはいかないのだが。

 

部屋に上がり荷物を置こうと思ったが、置く荷物がない事を思い出し、とりあえず一階の部屋に置かれていたソファーに腰を下ろす。ああ、実に落ち着く。なんだろう、芝生で飛び跳ねてたことといい、俺はふかふかしたものが好きなのだろうか。

 

「ふぅ、つかれたぁ」

 

そういうと、ピアは俺の隣に勢いよく座った。

近いです、ピアさん。

 

「どうしたんですかレイドさん。顔赤いですよ?」

「いやそんな事ねーって!」

 

顔をじっと見られ、なんとなく恥ずかしくなって目をそらした。

どうせピアは俺のそんなこっぱずかしい心情など、これっぽっちも理解してくれていないのだろう。4.06の姿なんだから当然っちゃ当然なんだが。

 

「夕食の時間まで少し時間があるので、これ読んで見たらどうですか?」

 

そう言ってピアが差し出してきたのは、表紙を見ただけでわかるレベルには使い込まれた一冊の本だった。

表紙は無地だが、背表紙を見ると「魔導学〜基本編〜」と書かれていた。

 

「レイドさん魔導士になりたいっていてましたし、どうかなーと思ったんですけど。どうです?」

 

ほう、いいな。いつか魔導を教えてくれる施設に自分で足を運ぶつもりだったが、事前知識というのは多くて困る事はない。

 

「助かる。ありがたく読ませてもらうよ」

「じゃあ私は夕食の準備に取り掛かるので、ソファーで適当にくつろいでてくださいな。それと、そこの棚に置いてある魔導書なら好きなものを読んでいていいですよ」

 

棚に目をやると、これでもかと言うくらいびっしり魔導書が詰まっていた。

その数推定100冊弱。3段で横長の棚の、端から端まで、恐らく全部がそうだろう。

ピアは魔導士志望なのか……?

でもさっき、リンゴ農家だって自分で言ってたし、そんなはずはないんだが。いや、魔導士育成施設にかかる費用が相当とも言ってたな。この世界に学校なるものがあるのかは知らないが、この年でバリバリ働いてるんだ……生活に余裕があると言っても、それは最低限の水準を比較対象に置いた場合だけなのだろう。夢半ばでの金銭的な壁、そんな言葉が頭に浮かんだ。

 

魔導書の中身は、実に基本的なものだった。

魔導の成り立ちや、その歴史といったものが多く、術式に関しての実用的な事は記されてなかった。

 

「これじゃあ意味無いんだよなぁ」

 

一冊目を早々に読み終えた俺は、間を開けずに二冊目、三冊目と読み進めていく。

そうしていくことで分かったが、魔導書の基本は、「プログラム」に非常に近しいものになっている。

大気中や体内に在中する魔粒子と呼ばれるエネルギーを、術式を経由して別のエネルギーに変換していく。説明が雑になるが、かいつまんで言えばそれが魔導の全てだ。

 

二十冊目に差し掛かる頃には、大体の術式の原理は理解した。

そもそも魔導と言ってもひとつではないようで、「スキル」系統と、「術式」系統に分けられる。

両者の大きな違いといえば、出来る事の幅広さと、精度や規模、即応性などが主になってくる。

 

「スキル」系統のものは、術式を必要とせず、提唱のみの発動が可能である。

それ故に、対人戦闘などに用いられる事が殆ど。才能さえあれば、誰でもすぐに使えるようになるのが特徴。コツを掴めば、才能のない人間でも僅かならば使用が可能になったケースも確認されているという。感覚勝負、才能の世界である。そんな便利な面の一方で、精密さや規模を求める事は難しい。

 

一方「術式」系統のものだが、これは魔力を変換する工程を手動ではさむ必要があり、その為には術式が必要不可欠である。術式は基本的に円形の模様であり、インクなどに含まれた書き手の「意思」を通して、魔粒子をエネルギーに変換させるという。例外として、文字で直接術式を書くという方法もあるらしい。これは、プログラムでいう「コード」の様なもので、文字列そのものが変換式なのだ。

模様かコード、このどちらかの術式に触れた状態で提唱を行う事で、目的の効果を発動させることが出来るという。

 

「スキル」は、原理不明の奇跡。

「術式」は、数式化された科学。

 

大体こんな認識で間違いないだろう。なんだろう、思ったよりも簡単だったな。

ここまで理解したところで、キッチンからピアが戻ってくる。

 

「うわっ!どうしたんですかこれ!」

「何がだ?」

「何がって、どうしてこんな本を積み上げてるんですか?」

「あっ、すまん。読んだ本をここに置いて置いたんだが、料理を置くなら邪魔だよな。今片付けるよ」

「えっ…………。レイドさん、今の時間でこれだけの量読んだんですか?」

「読んだけど?」

「正気ですか?」

「そのセリフ、今日だけで二回目」

 

一度目はギルドでおっさんに言われた時だ。

 

熟読したかったからのんびり理解していたつもりだったが、思ったより慌てて読んでいたのだろうか。

一時間で三十冊程度。PN4時代なら数分で読み込みできなければ、「欠陥品」のレッテルと共に情状酌量の余地なく廃棄される事間違いなしだ。しかし、文字の羅列を頭に入れるのと意味として理解に至るのでは、その重さは全く違う。なればこその熟読だった筈なのだが、これでも人と比べれば全然早いらしい。

 

「こんなに沢山の魔導書があるって事は、ピアは魔導士志望なのか?」

 

俺は先程の疑問を明かすべく尋ねてみる。

 

「おお、よく分かりましたね。志望でした」

「そりゃあこんだけあればな……ってなんで過去形?」

「お金に余裕もないですし、仕事もあるので」

「でも独学で学んでたんだろ?」

「そうですね……でも私には才能が無いんですよ。スキルなら多少は扱えますが、魔導師には必須といってもいい「術式」系統の魔導がダメダメなので」

 

俺はピアに同情した。

ここに置かれた本の殆どが、背折れするほど読み込まれている。

人の身でこれだけの内容を理解しようとしたのなら、相当な努力だ。

しかし「術式」系統の魔導は、努力次第でなんとかなる術式作成の向こう側に、才能が全ての提唱という段階がある。努力ではどうしようもない状態というのは、努力してきた分に比例して辛い事だと思う。当の本人はケロリとしているが、時間が気持ちを風化させてくれなければこうはならないだろう。

 

「そもそも、なんで魔導士なんて目指してるんだ?」

「それは秘密です。あんまり人の事情を探るのは良くないですよ?」

「すっ、すまん!」

 

地雷を踏んでしまったようだ。

表情からどれくらい深刻な過去なのか探ろうにも、基本的に笑顔以外の顔を見せないので計れない。やっぱデリカシーって大切だよね、気をつけよう。

 

「それより、これからの予定を話しますね」

「なんでお前が俺の予定組んでんの?」

「言ったじゃないですか。私も連れてってくれるって」

「いやまぁ、それはそうだけど。そもそも俺が言う話じゃないんだが、この面子じゃ全滅は免れないぞ? 剣士の知り合いが居るって話だったけど、まさかそいつ一人に任せる訳にはいかないだろうし」

「そこまでは私もまだ考えてませんが……」

 

考えてないのかよっ! そうツッコミを入れたくなる気持ちを何とか抑える。

 

「まぁその話は一旦置いておいて、とりあえず食べましょう!」

「お、おう……」

 

俺は本を片付け、料理を運ぶのを手伝った。ソファーの前にある広めのテーブルに、食事が並ぶ。

スープの様なものから立ち昇る空気に、反射的に腹が鳴った。これが「嗅覚」、か。知識としては何故か知っている匂いという概念と、初めての出会いである。

それは食欲を掻き立て、スプーンに手をつけるその瞬間を待ち遠しくさせた。そんな俺の気持ちを察したのか察していないのか、ピアはささっと席につくと、俺が気付いた時には食べ始めていた。俺もすかさず匙を取る。

 

「…………っ!!!!」

 

あまりの美味しさに感動し、瞬く間におかわりを要求する。ピアは突き出した皿を嬉しそうに受け取ると、またまた嬉しそうにスープをよそってくれた。それを恥だと感じれるほど、俺に理性は残ってはなかった。

 

以後、この時の感動が忘れられず、俺の人生に食事というものが色濃く刻み込まれ、趣味の域まで達するのだが、そんな事は俺自身ですら知りもしなかった。






毎日投稿とか夢のまた夢だと思ってた時期が私にもありました。

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