システムソフトウェアの日常譚   作:ありぺい

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青年と過去

今、俺は非常に気分が良い。

未知との邂逅に、心の底から感謝しているところだ。

 

ピアより振舞われたスープと肉。ピア曰く、「よくある基本的な料理です」との事だが、それを今まで口にしたことがないものが食べれば、受ける感動は全く変わってくる。

これが俗に言う「胃袋を掴む」と言うことなのか? だとしたら、俺の胃袋は今頃、握りつぶされて跡形もなくなっているところであろう。

 

「さて、食うもん食ったし、今後のことについて話すとするか」

 

俺はそう言って、先ほどまで食事の置かれていたテーブルの上に、数冊の本を置いた。

それらは、最初にピアから手渡された概要本とは違い、一切遊びのない実用書である。

 

「ぶっちゃけて言うけど、魔導の原理も仕組みもほとんど理解した。俺に提唱の才能さえあれば、今すぐにも発動できそうなほどにはな」

「私が十年近くかけて理解した内容を、ものの一時間で理解されてしまうと、いささか複雑な気分です。嫉妬しちゃいそうです!」

「俺にそんな事を言われても困るんだけどなぁ。ま、とにかくこの魔導とやらを、ガーランド狩りで存分に使用してみようと思ってる」

「レイドさん。私はこの街に住んで長いんですけど、付け焼き刃の魔導で痛い目を見る人達は結構多いです。中途半端な理解だと、最悪ころっと死にますよ?」

「んー、そうだな。それならピア、好きな数字を1〜500の間で適当に選んでみろ」

「適当に……ですか? それなら間をとって250でどうでしょう」

「『魔導展開に必要なエネルギー値及び術式経由時の体内魔粒子損失率は、大気の魔粒子濃度と術式の複雑度又はコード長から数式で予測することが可能。精神的動揺は、それを助長させるものとして、関数的に数値に干渉する』」

 

普通なら何を言ってるんだと首を傾げるような内容。だが、ピアは何年もかけて理解を深めているとのことで、どうやら何かに気づいた様子。

 

「まさか……そんなはずは」

 

慌てて机に置いてある本の250ページを順番に確認していく。そして、三冊目に差し掛かったところで問題の一行を見つけ出したようだ。

 

「まさかまさかまさか……………丸暗記ですか?」

「大正解」

 

PN4を思いだせば、これくらいの丸暗記は朝飯前だ。実際には夜飯前だった訳だが。

当然とはいえ、ピアがソファーの隣で目をまんまるくさせているのを見ると、否応にも口元がほころぶ。ただでさえ忌々しい4.06の顔だ、今の俺はさぞドヤリティーの高い表情をしている事だろう。

 

「俺は今読んだ魔導書の内容全てを、一字一句間違える事なく覚えてる。これでも付け焼き刃か?」

「100ページ行頭」

「『魔導発動率は、使用者の才能に加え、修練度でも上昇する事が僅かながら確認されている』」

「200ページ行頭」

「『スキル系統の魔導の連続使用は、身体に極めて高度な負担が発生する』」

「300ページ行頭」

「『術式のエネルギーロスは、より簡易化された術式によって軽減することが可能』……って人の記憶で遊ぶなっ!」

「本当に覚えてるんですねぇ。なんでそんな真似が出来るんですか?」

 

楽しげなピアに、俺は呆れながらも安心する。先ほどはデリカシーのない質問で空気を重くしてしまったこともあり、笑っているピアがそこにいるというだけでそれは安堵に値する。

この後の話がしやすい環境が整ったと見ることもできる。

それと、なんでこんなことができるかという話だが、そんなのは俺が聞きたいくらいだ。PN4の頃の能力が、転生してもなお反映されているといるのだろうか、本当に幸運である。

 

「記憶力には自信があってな。ともかく、魔導を戦闘に取り入れられないか模索する必要があるんだ」

「しかし、ガーランドを吹き飛ばすほどの規模の魔導となると、身体的負担は計り知れませんよ?」

 

そう、魔導には使用時のリスクが存在する。

「術式」系統に魔導を発動させる場合、魔粒子がエネルギーへと変換される際に経由するのは、大気から発動者の身体、そして術式の書かれた物体だ。

術式は基本使い捨てで、毎度毎度コードか刻印の書かれたものを用意しなければならない。それは、魔粒子の変換時のエネルギーロスに耐えれず、術式の書かれた紙や板などが発火してしまう事が原因なのだ。そして、それは少なからず身体にも影響を及ぼす。

ロスの調整は可能だが、龍一つ吹き飛ばすエネルギーのロスとなると調整などほぼ無意味である。決死覚悟の捨て身にならない限り、そんな危険な真似は不可能だ。というより、やりたくもない。

 

「その通りだ、だから搦め手を使おうと思う」

「例えば?」

「そうだなぁ。例えば爆破系の術式で地道に穴を掘って、落とし穴を作る……とか。やりようはいくらでもあるんじゃないのか」

 

それに加えて、協力は期待するなと言われてはいるが、剣士をやっているというピアの友人の存在もある。悲観的になるほど状況は悪くない。それもこれも、PN4時代の産物のお陰だ。

 

「そうなったら後の問題は移動手段ですね。歩いて行ける距離ではないですし、馬車でも最低2〜3日はかかると思います」

 

そもそもガーランドの生息地域は、灼熱の荒野だ。インルタル大森林の中心部に行かなければ出会うことも叶わない。今すぐにでもお目にかかりたいくらいの気分なのに、移動という一手間が鬱陶しく感じられた。

 

「馬車だってタダじゃない。食費の事もあるし、軍資金が全く足りてないのも問題なんだよなぁ」

「それに関しては安心してくれて大丈夫ですよ」

「どういう事だ?」

「実はですね―――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

ファインデリーズ随一のギルド、「ギルド・パーベル」の事務室で、思案に耽る人影が一つ。

時折、自分で入れたコーヒーに口をつけるが、それ以外はピクリとも動かない。

名は、パルサー・ルール。

普段は明るいギルドの受付として知られている彼だが、今の様子と周囲からの印象は限りなく乖離していた。

 

「とうとうこの時が来たのか……」

 

独り言は静かに壁に吸われ、誰に聞かれるでもなく消えていく。その暗い面持ちをギルド常連の誰かが見たならば、きっと別人と見間違うだろう。それくらいに、今のパルサーの心情は深刻なのだ。

パルサーは、正直言って今もまだ信じられない気持ちでいっぱいだ。もしかしたらこれは、限度の分からないバカの悪質なジョークなのではないかとまで考え出す始末。もしそうだったらどれだけ楽だろうか、そうであって欲しいようで欲しくないやりきれない気分。

しかし現実は覆らない。あのレイドと名乗った少女は、どうやら本気で赭土竜討伐を考えているみたいようなのだ。

 

信じられるか? あんな少女が、今や死地とまで称される荒野に身を投じようというのだ。これを狂気と言わずして何という。

 

「大恩あるピアさんの手前、断るわけにはいかないけど、一体どうするべきなんだろうな……」

 

幼い頃に家族を失った過去が思い出される。

街の皆からは、ガーランドが自分の家族の命を奪った……と、聞かされている。

母と弟、そして街の誰よりも屈強だった父親は、経営学を学ぶために王都に住んでいる時に殺されたとの事だ。それも、あの忌々しいガーランドによって。

とは言っても、実のところその話をまるっきり信じたわけではない。自分が聞かされた話は、ガーランドが夜間街に降り立って、散歩中だった両親と弟だけを食い殺し、何の痕跡も残さず飛び去ったというもの。

その凶報を聞いてファインデリーズに戻ったが、両親が食い殺されたとする現場には、馴染みの品どころが、血痕の一つすら確認することができなかった。

聞いて最初に思ったのは「出来すぎている」だ。

帝国屈指のギルド街であるファインデリーズには、対魔結界が貼られている筈だから、モンスターが侵入すれば間違いなく警報が鳴るし、街の人々は皆正義感が強い。夜間だろうが数人は外に飛び出してガーランドを追い返さんと奮闘する筈だ。例え対魔結界の劣化があったとしても、街の見張り台では24時間体制で監視役が設けられている。

にも関わらず、聞かされた話では、警報はならない、見張りは入っていったのは気づかなかったが出ていくところだけ見たという間抜けっぷり。

 

裏で何か大きな力が働いている可能性も考えた。権力力学が闇の深いものだということを、既に王都滞在時に学んでいた。しかし、ギルド街の民衆を疑いの視線で観れる訳でもない。この街のギルドに足を運ぶ者たちは総じて嘘を嫌う、そんな単純さが良くも悪くもあったのだから。

 

では真相は? となると全く想像もつかない。

そして、考えたくもなかった。

本当にガーランドに食い殺されていたとしても、竜に自分が立ち向かえるはずがない。そんな諦観に塗れた思いから、今日という日まで、その記憶を忘れるために生きてきた。

その蓋を開けて中をのぞいてきたのがあんな少女だなんて、ここまでくるともはや悪夢だ。

立ち止まるのは終わりにしなければいけないな。そんな風に自分の考えを変えれたのは、一種の奇跡だと思う。

 

「決めた、僕は彼女に手を貸そう。真相に、少しでも近づくために……!!」

 

それはパルサー・ルールが、レイド・オービスへの全面協力を決意した瞬間だった。

 




今回は区切りの都合上短めで切りました。
毎日投稿が目標ですが、あくまで目標でございます。目標なんてものはあってないようなもので、達成できるかはまた別の話。努力が報われるとは限らない。何でしょう、言っていて無性に悲しくなってきました。

しかし、こんな話についてきてくれるとは、あなたもきっと物好きな人なのでしょう。これ以上言うと、怒られそうなので黙りますが。
何はともあれ、ここまで読んで頂けて感謝感激感無量です。

次の投稿日は明日です。
次話もどうかよろしくお願いいたします!

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