―――地獄から私は生まれた
空が燃えている。
家が燃えている。
人が見るに堪えない姿になっている。
命は消える。思いのほかあっさりと……
肉親も友人も、名前も知らない人も、他愛もなく……
私は……
―――それがどうしても、承服できなかった。
紛争と天災の違いはあれど、なぜこのような悲劇は起きるのか。
なぜ誰も救う事は出来ないのか。
いや、そもそも……
なぜ、この世界はこのような地獄を許すのだろうか……?
赤く染まった空を見上げる。
一人の男が、天を仰ぐ
もし、もし仮に……
自分にもう一度命が与えられるとしたら……
今度こそは、今度こそは……
―――決して……
だが、二度などない。
忘れるな。私は地獄から生まれた。
その意味を……
どうか忘れないでくれ。
「!?」
まどろみについていた脳が、一気に覚醒する。
目の前に広がるのは『月海原学園』と書かれた場所。そこで一人の青年の意識が覚醒した。
どうやら自分は歩きながら眠っていたらしい。これで何度目だろうか、そろそろこの癖を直さないと本当に倒れたりしないだろうか。
月海原学園の制服に身を包んだ、海のように煌く青い髪に森林とも連想させる緑目『
最近、よくわからないが変な夢を見るような気がする。それがどういう意味をしているのかはわからないが、燃えているような場所に佇んでいるようなそんな夢だ。
後で、この夢の意味でも調べてみようか。
近頃のネットは偉大だ。夢占いとかいう見た夢によって今の心理状況が分かるとかなんとか、そういうものも増えてきたのだ。
そんな変な考えをしていたところで一人の青年から声が掛かる。
「おい、なんだよ翔。前を歩いていたのか?」
「お、おはよう慎二。なんだよ、そんなにふらついていたのか俺?」
翔に声を掛けたのは、まるでワカメ……言い換えよう。個性的な紫の髪をした『間桐シンジ』。
彼の性格は正直、いいとは言えない。高慢で鼻持ちならない態度で他人を見下し、自身の実力を絶対視している。さらにはだ、自称『天才』とまで言っている人物だ。
「気にする必要はないんじゃない? 平凡な自分を責める必要なんてないさ。誰だって、才能あふれる人間のそばじゃあ退屈な奴に見えてしまうからね」
「んだとこのやろぉ! 俺が平凡だって!? 退屈な奴だって!?」
朝からいきなりのこれである。だがこれが慎二という人間なのだ。そしてこの翔の頭の足りない発言。最早、漫才かなんかなのかも知れないが、これが二人の日常である。
どうやら、この二人は友人関係でもあるらしいようだ
いつも通りの日常なのだ。
いつも通りなはずなのだ。
でもどうしてだろう。心の中でこれが日常ではないと言っている自分がいる。
―――目を覚ませ
ずきりと頭が痛む反射的に少し頭を押さえる翔。
なんなのだこれは、最近になって、この頭痛がひどくなった気もする。だがそう語りかけている自分がいるのも事実だ。
もしかして……自分の中にもう一人の自分がいるとか……そんな絵空事のような出来事があったりでもするのだろうか。
まさかそんなことはないだろう、ただ自分はきっと寝ぼけているだけだ。心の中でそう言い聞かせる翔。
「んじゃ、僕は校舎に行ってるぜ? 精々、ふらふらして壁に頭ぶつけんなよ?」
「はいはい。また校舎内でな」
慎二が校舎内に入っていくのを見つめる翔。
空を見上げる、風が吹く。今日の風は一段と騒がしい気がする。
「あ、翔くん。おはよ!」
慎二が校門に入って間もなく、元気よく翔に声を掛けるのは、同じ月海原学園の制服に身を包む、白く輝く髪をしており、まるで灼熱を感じさせるような赤い瞳をした少女。
その少女の名前は……
待てこの子は誰だ。こんな子が今までいたのだろうか。
考えれば考えるほど先程少し収まっていた頭痛がまるで思い出したかのように、だんだん酷くなってくる。
「あ、ああ、おはよう」
「そんなにぼけーとしてたら、いつか壁に激突するわよー?」
その通りだ。気づいたら壁に激突して呻く翔が数分後には現れるかもしれない。それだけは、やだと思ったので早く脳を覚醒させなければならない。
「悪りぃ。ありがとな」
笑顔でうなずき、パタパタと走っていく白髪の少女。
まあ自分は、自分でも自覚があるくらい物覚えが悪い人物だ。クラスの名前と顔を一致させるのに数時間、数日は掛かると言ってもいい。
まだ残る頭痛に頭を片手で抑えながら、校門へ入っていく翔だった。
「……どうした翔」
「悪い慎二、今日頭がずっと痛い」
変な夢を最近見るせいだろうか。ここ最近、頭がずっと痛いのだ。しかも今日は一段とだ。なんだかあの白髪の少女に出会ったからだろうか。
なんだあれは、あの少女は疫病神か何かの分類なのだろうか。ともあれ年頃の女の子にとても失礼なことを考えてしまったことを後悔しながら机に突っ伏している翔。
そんな朝から様子が変な翔に慎二が声をかけたのだ。
「気分悪いなら保健室行けよ。僕に風邪をうつさないでくれよな」
「はは、悪いな心配かけちまってよ」
今日は早退することにしよう。このまま授業をやってもきっと頭に一段と入らないに違いない。
もともと授業内容など頭に入ってない気もするが……
しかし、この頭痛はひどい、病院にでも言って風邪とも言われても仕方ないだろうか……
風邪になったら学校は休めるには休めるが、正直面倒くさい部分の方が多い、だからあまり学校は休みたくはないのだが……
席を立とうとした時、廊下に異質な違和感を覚え、廊下を見つめる。
心臓が鳴り響く、あれを見てはならない。見たら最後……自分は……
「!?」
「ん?」
フラッシュバックするかのように鮮明な光景がよぎる。教室で何か槍のようなものに貫かれた自分。他の生徒もだ。でもどうして……
頬杖をついた慎二が翔の様子に気づき彼を見つめる。慎二が何かを語りかけようとした時だっただろうか……
背筋にぞくりとした感覚がして慎二と翔は、廊下の方に目をやる。
直後に窓に張り付く血にまみれた手。
廊下を見つめていた慎二と翔はその光景を見て小さく悲鳴をあげる。
「に、逃げろ……違反者だ。こっちに……」
ずるずると廊下を這う生徒の一人、そして、その役目を終えたかのように、まるで糸の切れた人形の如くその体が地面に倒れ反応がなくなる。
悲鳴をあげながら逃げる慎二と翔。その刹那だっただろうか……
瞬間、槍が地面から生えた。周囲の地面から無数の槍を生やしあらゆるものを串刺しにしていく、校内の生徒たちが、それになすすべもなく槍の餌食となる。
当然、翔と慎二の机もだ。一瞬でも逃げ遅れていたら自分がどうなっていたかと思うと……冷や汗が流れる翔。
逃げている最中で一人の少女がふわりと横を通り過ぎる。その人物も翔にとっては見たことのない姿で、白く輝く髪に燃え盛るような赤い目をした少女。
いや、まて……あの少女、どこかで見たような。
思い出した。朝に校門前で出会った少女だ。同じ月海原学園の上着を着ているが、ここにきて断言できる。あの少女はここの生徒じゃない。
あの胸につっかえた違和感はこういうことだったのか。ここにきて立ち止まり、その少女を見る翔。
「違反者と聞いてきてみれば、ビンゴなんじゃない?」
その少女が口を開く。その少女の視線の先にあるのは、ピエロのような格好をした人物。そして、黒い甲冑に血塗れのマントを羽織った騎士。その成り立ちからまるで血に飢えたような狂気すら感じる。
いや、あれは人なのか、あの黒い甲冑の男性からは、なぜだか人ではないようなものを感じていた。
「ケヒャヒャヒャ、ランルーくん、イチバンスキナモノハサイゴニトッテオク」
まるでどこかのバーガー店のマスコットのような格好をしているピエロのような人物は、その少女に視線を合わせればそのようなことを口にする。なんだこれは何が起きているのだ。翔の頭では理解がつかないことばかりだ。
「ダカラ、モドッテキタヨ?」
「およよ、私を食べたっておいしくないよ。というわけで変装お終い!!」
白い髪の少女が着ていた月海原学園の制服を、勢いよく剥げば、露わになるのはその白い髪と同じ色をしたノースリーブに紫と黒が混ざったチェックスカートの姿。
そして、その少女の隣にはいつの間にか一人の男性が立っていた。
「タベノコシハ、ヨクナイヨー?」
「食べ残しは許さないけど、それよりも今は『化け物』退治ね! いってランサー! 契約したばっかりだけどさ。さっそくだけどあなたの力、試させてもらうよ!」
「御意……『
その男性は漆黒の髪をした、緑色の軽装の鎧のようなものを着た人物。顔立ちは、右目の下に泣き黒子のある美男子といってもいいだろう。その男性もまた対峙する甲冑に血塗れのマントを羽織った騎士と同じような力を感じる。
そして白亜の隣の男性は、右手の赤く輝く長槍と、左手の黄色く輝く短槍、その二本を構える。だが、その槍から発せられるのは神秘的な力さえ感じられるほどだ。
「おぉ、なんと! なんと! 我が妻を化け物と罵るか!! 不義不徳のヤツバラよ! ならば事実無根の力はあるか!!」
黒い甲冑の男性が何かを喋る。同時に翔の背中にぞくりと迫る恐怖のようなもの……
まずい、なにかがくる。翔の直感がそれを告げている。
頭によぎるのは先程の地面から生える槍、ならば逃げなければ、死ぬ……!
「
瞬間、槍が地面から生えた。周囲の地面から無数の槍を生やしあらゆるものを串刺しにしていく。
翔もその槍を何とか潜り抜け、彼らがいる場所を見つめる。
ランサーと呼ばれた青年は、その槍を潜り抜け、その鎧の男性の槍と自身の槍をぶつけ合い、そこから火花が舞い散るのが翔の視線に写った。
「貴方をバーサーカーとみる人もいるだろう。だが俺は分かる。貴方は優れた戦術感と厳格さを持ち、道徳を重んじる武人であると!」
黒い髪をした二本の槍を持つ男性が、その鎧を着た男性に向けた何か言葉を発するが、翔にとってそんなことはどうでもよかった。逃げなければ、自分は死ぬ……
金属のかち合う音が響き渡る中、翔はそこから逃げ出す。
入り口が見えた。やっと学校から出ることができる。
とにかく逃げよう。この学校から逃げて……家に……
「え……家?」
なぜだろうか、このタイミングで家の位置を忘れる。違う、違う違う違う!!
―――家なんてどこにもない。
いきなりなにを、頭の中の自分は何を言っているのだ。
まて、俺は何歳だ?
翔は考える。何も思い出せない。
この学校に入る前は、どこに住んでいる、家族構成は?
駄目だ、何も思い出せない。
「慎二、慎二……オレ、おかしい、記憶が、記憶が……シンジ?」
翔は玄関で辺りを見回す。
慎二がいない……逃げている最中にはぐれてしまったのだろうか。辺りを見回すが玄関には誰もいない。
……どうして?
それにやけにここは静かだ。授業の時間ならば先生などの声が聞こえてもいいはず……
それがない。まるで最初からなかったみたいに……
「俺は……俺は……」
なにかとてつもなく、大切な何かを失っている。そのような気さえした。
翔は、この世界がなんだかわからなくなっていた。
本当にこの世界が自分の世界なのか。この世界に、疑問を持ってしまった。
自分自身の記憶がないことに疑問を持ってしまった。この言いようのない違和感……
自分はなにか、なにかとてつもなく大切なものをなくしているのではないのか。真実を知りたい。真実を知らなければ……
そしてそう思考したその直後……
―――-水のような景色と共に世界が一変した。
まるで教会のようなステンドグラスに囲まれた空間。
さっきまで学校にいたのに、ここは……?
翔が目を凝らす。直後に何かが見えた。
「リストには見ない顔だな、お前のような奴もいようとは……」
ふわりと現れる黒い影。それを見た翔は全身の毛が逆立つような思いをした。
この男には殺気がある。とてつもなく冷たく、近くにいるだけで身も凍るような……
逃げたい。逃げたいのになぜか足がすくんで動けない。このままだと、自分は……
「……構えもせんとな」
心臓が、体のあちこちが破裂しそうな威圧感。今まで会った人たちとは比べ物にならない。
最後に見えたのは黒いコート。そしてその隣に立つのは、中華の武術家然とした服装の男性。
その刹那、翔の身体が大きく斬り裂かれた。斬り裂かれた斜めの部分から鮮血がほとばしる。
何をされた。自分はどうしたというのだ。
前から攻撃されたのか、後ろから攻撃されたのか、わからない。
何もできずに仰向けに倒れる翔。見れば自分は血を流して倒れている。
突然、霞んだ瞳にいくつもの土色の塊が浮かび上がった。霞がかった目でそれを見つめる。
これは塊、いや、違う。これは……人だ。
その塊は同じ月海原学園の生徒たちであった。今になって翔には見えただけで元からそこにあったのかもしれない。
『そうか』と薄れゆく意識の中で翔は理解する。自分だけではなかったのだと、ここまでたどり着き、だがどうすることもできず倒れていった者達は……
そして間もなく自分はその仲間入りに……
「いやだ……」
まだ俺は死ねない。
このまま自分は終わる……?
そんなことなど許されるはずもない。
怖い、体中から湧き出る痛みが怖い。
感覚が喪失する。それが怖い。
だけどなによりも……
―――自分が無意味に消える事が何よりも恐ろしい
きっと怖いままでいいだろう。
きっと痛いままでいいだろう。
その上で、もう一度考える。
まだ、諦めるわけにはいかない。
「……俺はまだ」
血に塗れた手をステンドグラスの向こうにかざす。
まだ……
だってまだ、この手は一度も……
自分の意思で戦っていないじゃないか!!!
「こんな死の淵でも、怖いままでも戦うんですね。でも諦めない強さがそこにある……」
直後に声が聞こえた。幼さが残る少女の声。それは自分に語りかけているようにも聞こえた。
「なら『今度こそ』私は、あなたのような人の力になりたいです!!」
ステンドグラスが激しく音を立て割れ、一人の少女が飛び出し、部屋に光が灯った。
その姿は、一度見たら忘れなさそうなインパクトの持ち主であった。
その目の色は翔とは対照的な赤い瞳、頭についているリボンもまた赤色であり、下半身はタイトなドレス姿に身を包んだ少女だ。
そして一際目を引くのは、腕の先にあるはずの手は金色に輝く巨大な手、そして……巨大、ではない。巨大すぎると言い換えてもいいぐらいの胸。
サスペンダーのみで隠すべき部分を隠したその姿、そしてその巨大な胸は、男であれば……いや、男でなくても目に毒すぎる。
死の淵であっても誰もが凝視してしまうであろう、その胸の誘惑を何とか振り切る翔。
外見からして、普通の人間ではない。そして触れただけでも、潰れてしまいそうな圧倒的な力を感じる。
そのようなものが体の内に渦巻いている。翔には嫌でもそれが分かった。
「えっと、あなたが私のマスターですね」
おどおどとしながら、聞く少女。意味が分からない、マスターとはなんなのだろうか。
わからない、だけど今はわからなくてもいい。
激しい痛みをこらえ、立ち上がり、自分の前の少女を見つめる。
その小柄な外見とは裏腹な力は、間違いなく自分を守ってくれる存在だ、ならば……縦に頷く翔。そして叫ぶ。
「そうだ。俺がお前のマスターだ!」
そう叫んだ時、左手に、不意に焼け付くような痛みが走り、顔をしかめる翔。
見ればそこには3つの紋章だろうか、それは刻印のようにも見えるものが左手に刻まれていた。
皮膚に染み込んでいるかのようにも見えるその刻印を見つめていると、先ほど自分を倒し、背を向けていた黒いコートの男がこちらを振り返り、驚いたような顔でこちらを見ている。
「馬鹿な。お前のような奴がなぜサーヴァント契約できる。排除しろアサシン」
「呵々、さてどこから壊していいものやら」
中華の武術家然とした服装の男性が構える。
翔の直感が告げる。このままではあの人物に殺される。彼は前を見つめている少女に告げる。
「頼む、俺を守ってくれ!」
「はい!」
目の前の少女に指示を出す翔。男性が放つ一撃を少女の金色に輝く巨大な手で受け止め、反撃を放つ。
たったそれだけなのに、翔にはそれが圧倒的力を持つ二人の戦いのように感じられた。
一撃を反撃した少女に対して男性は顔をしかめ、その少女を見つめる。
「珍しい鉄の籠手だな。儂の勁が通らぬ……」
「ただの鉄だと思ったら大間違いですよ!!」
少女が対峙する相手に対して一撃を放とうとしたところで、感じる電撃のようなもの。それを感じた少女と男性は共に契約した者達の隣へと舞い戻る。
その直後、黒いコートの男は嫌そうに顔をしかめた。
「
「……水を差されたか、つまらぬ」
黒いコートの男に言われ、不満そうな表情ながらも引き上げる中華の武術家然とした服装の男性。
とりあえず自分は助かったらしい。翔はほっと胸を撫で下ろす。
だが今にも意識が消えそうだ。
左手の刻印はその熱さを増していくばかり、その熱さと共に視界が、意識が白く染められていく。
『手に刻まれたそれは令呪。サーヴァントのマスターの証だ。いわゆる3つの絶対命令権と言ってもいいだろう。それは同時に聖杯戦争の参加の証でもある。その令呪を失えばマスターは死ぬ、注意することだ』
何処からともなく聞こえる謎の声、翔は痛みに耐えながらその言葉を耳にするが……
駄目だ、視界が、思考が、何もかもが遠ざかっていく、そして気を失う一瞬前に先程の男の声が聞こえた。
『では、これより聖杯戦争を始めよう。いかなる時代、いかなる歳月が流れようと、戦いを持って頂点を決するのは一人の摂理』
月に招かれた電子の世界の『魔術師』達よ。汝、自らを以って最強を証明せよ……と。
その言葉を最後に、とうとう激しい痛みに耐えきれず翔は意識を手放した。
どうも、ラズリです。
この度は、他の人も書かれておりますパッションリップの二次を書いてみることにしました。
更新がいつまで続くかわかりませんが、よろしくお願いします。