「ごきげんよう、寿々科翔。協力に応えてくれるのですね」
「ああ、今は少しでも情報が欲しいからな」
やはりここにいたか。予想は的中していたようだ。
翔は、前にラニに会ったところである、校庭へと来ていた。
彼女は人を知りたいと言っていた。だが、いいのだろうか。彼女がここにいるという事は、彼女もまた聖杯戦争の参加者の一人、つまりは翔ともいづれ
戦うかも知れないということ。
そんな自分にここまでしてくれることには違和感が残る。
「あなたが気にすることは何もありません。私にとって師の言葉こそが道標なのですから、その師が言ったのです。
翔が答えるより先に機械的に答えたラニはリップから貰っていたアーチャーの矢と思わしき遺物を見ると、一言、二言呟き、そして頷いた。
「ラニ、これが星を詠む手がかりに?」
「……これならば」
ラニは翔から渡された物を柔らかな手つきで撫でると、目を閉じ空を仰いだ。
占星術、正直よくわからないものではあるが、今日が星を詠むのに適していて、ラニにはあのサーヴァントが見えている。
アーチャーの矢を手に添え、空を見上げるラニは静かに語りだした。
深く深く暗い森。そこには荷台がひっそりとそびえ立っていた。
形からして、放置されていたわけではない。今まさに誰かが引いていたのだろう。
荷台の上にある米や作物。その状態が放置されていたわけではないのを物語っていた。
だが今はそれを引く者は誰もいない。その者は地面に倒れていたのだから……
倒れている者の背中には矢が刺さっていた。
「盗賊め、毒を混ぜるとは卑怯な……」
膝をついていた兵士のような存在が口を開く。その兵士の命も僅かだろう。顔色は悪く、口からは鮮血を吐き出している。
その兵士の目の前に鋭利な鉄の刃がきらりと光る。
その姿は緑衣のマントに軽鎧に身を包んだ痩躯の男。弓矢を構えているその男は、まさにその姿はダン・ブラックモアのサーヴァントであるアーチャーであった。
「何言ってんだ役人さん。これは村人が作った作物だぜ。生きるのに必要な分を返してもらうだけさ」
とてもとても暗い色。静寂の中に矢が放たれ、何かが倒れる音が響く。
場面は変わり、とある小さな村、そこにいる子供が疑問の声をあげた。
―――お父さん、食べ物が家の前にあるよ?
小さな村の人達は歓喜の声を上げた。これで畑に種が撒ける。冬に餓死者を出さずに済む。
しかし、一人の村人が静かに口にする。ここまでのを一体誰がと……
その様子を緑衣の狩人は建物の上から静かに見つめていた。
それから数日たった後だろうか、馬に乗った兵士がとある男の顔写真を見せて大声で言い放った。
―――この男は本当に村のものではないのだな?
村人たちはすぐに答えた。そいつはシャーウッドの森にすむ盗賊だ。
俺達には何の関係もありません。
村人たちは一斉に否定する。時には汚名を背負い、暗い闇に潜んだ人生。
子供が言い直そうとするも、それを静かに大人達が今は言わないようにと伝える。
賞賛の影には自ら歩んだ道に対する苦渋の色が混じったそんな色。
緑衣の狩人は弓矢で兵士を射抜く。
だが二年足らずで彼は敵の凶弾に倒れる。
木にもたれかかった緑衣の狩人は静かに言葉を紡ぐ。
―――かっこよくいかねえもんだなあ。ガキの頃憧れてた騎士サマみたいにさ……
「彼の記憶はここで途切れています」
ラニが静かに翔に向かって言葉を紡ぐ。緑衣のアーチャー。その生き様が身を隠す宝具として形作ったというのだろうか。
隠れ続け、卑怯者として、闇から敵を討つ人生。マスターであるダン卿の騎士たる戦いとは、それはあまりにも対照的すぎた。
いや、だからこそ緑衣のアーチャーは憧憬があったのかもしれない。陽炎に照らされた偽りのない人生。騎士としての人生を。
そんなアーチャーの過去があったからこそ、ダンのやり方に反発したのかもしれない。
「ありがとうラニ。おかげで一つ知りたいことを、知る事が出来た」
「こちらこそ、ありがとうございます」
ラニはそういうと、再び空を見上げてしまった。
そして彼女と別れ、校庭周辺を歩いていた頃に一つの花を見つけ、翔は佇む。
その視線の先には地面に落ちた一輪の花。花を見つめている翔が気になったのか霊体化を解き、その花を見つめるリップ。
「なあリップ。ミセバヤの花言葉を知っているか?」
「みせばや……?」
地面に落ちていたその花を翔は手に取ると、なにか悲しむような表情でその花を見つめる。
翔は語る。ミセバヤの花言葉を……
「そうミセバヤ。この花言葉は『憧れ』だ」
思いを手に出せず、手を伸ばしても届かない感情、道化を演じるしかなかった男、緑衣のアーチャー。
翔には彼の気持ちが分からない。でもそんな翔でも少しだけ分かった気がした。
ダン・ブラックモア。老練な軍人。マスターとしての実力、そして経験はあちらの方が上なのは間違いない。
そしてあの時放った二つ矢、その手慣れた動作は彼をアーチャーと確定するには十分すぎる情報であった。
だがそれはダン・ブラックモアとアーチャーとの溝を明らかにする一撃でもあった。
毒矢の使用を知ったダンはアーチャーに『祈りの弓』に制限を掛けたのだ。
誇りを持って正面から戦う。アーチャーの生き方とは正反対すぎる。その戦い方は生前の事もあり、彼に葛藤を与えていた。
シャーウッドの森……これでわかった。
「リップ。彼の真名は『ロビンフッド』だ」
明日の決戦、自分達は倒れるわけにはいかない。
必ず勝って見せる。翔がその花を手放すと、離れた花は静かに光となった。
「……」
翌日、決戦日のエレベーター内。慎二の時と同じように翔とリップに対面するのは、ダン・ブラックモアとそのサーヴァント、アーチャーであった。
ダンは一言も喋ることなく、ただそこに佇むのみ、だがそこから発せられるのは他ならぬ意志の強さ。挑発程度に動じるとは到底思わないその強さ。
だが、翔は一つ気になったことがあった。それをダンに聞く。
「ダン・ブラックモア。あなたはなぜ戦うのですか」
それは戦う意味。軍人として陛下に命令されたからとはいえど、その死ぬかもしれない戦いに挑む理由を聞きたかった。
翔の言葉を聞いたダンは、今まで閉じていたその口をゆっくりと開く。
「戦いに何故はない。戦地に赴いた以上あるのは目的だけだ。加えるなら、わしは国に仕える軍人でもあった。個人に戦う理由は必要とされていなかった」
その後、ダンは『……今は多少違うがな』。と小さく発したのを翔は聞き逃さなかった。彼がその意味をダンに聞いても彼はそれ以上は語らない。
その一連のやりとりを聞いていたアーチャーが呑気に笑いだす。
どうやら、自分が話しかけてマスターがどんな反応をするか楽しみだったらしい。
「あらら、これ以上が無理だったか。つまみ程度に楽しめたぜ。そちらのマスターさん」
「……趣味の悪い男です。だから嫌なことばかり言うし、すぐにお尻なんて叩くんですよ」
「おいおい、誰が言っているのよそんなこと。というかアレ? おたく、俺の事知っている? まったくやれやれ、どっかで出会っちまったのかねえ?」
どうやらリップはロビンフッドの事を知っているようだ。翔が聞いた時には記憶にもやが、かかっているとかどうとかであったが……
言われてみれば、彼女はアーチャーのサーヴァントの名前を翔が言った時に、何かを思い出したような表情をしていた。前に出会った時に、このアーチャーがリップのお尻を叩いたのだろうか……?
彼が連想したのはあのアーチャーが『おら、尻を出しな!昔から悪ガキにはこれと決まってんだ!』などをリップに言っている光景。
その光景は翔が思い描いても異様な光景すぎる。あまり想像しないようにしよう。
まずは目の前の戦いに集中しなければ……
「まあそちらさんのサーヴァントも真っ当じゃないと見た。俺の勘がそう言っているからな。となると、お互い真っ当な英霊じゃないにしたってなんでこうも、マスターに差があるのかねえ。うちの旦那はちょいと潔癖すぎてねえ。英霊らしからぬ俺としちゃあちょいと困りものだ」
「あなたのマスターはそれこそ、暗殺者で正義の味方なんかがお似合なんじゃないですか」
「うわ、それ表面上でうまくいって土壇場で決裂するやつだわ。おたく、そんな顔して平気で毒吐くのなおい」
どうやら相当リップは彼の事を気に入っては無いようだ。平気な顔で毒を吐くのは慎二の時以来というのもあるが、なにより彼女の顔で語っているのが分かる。
完全に顔に、あの人私、気に入りませんと書いてあるようなものなのだ。
「ははーん、そっちもそっちで大変そうで。そっちのマスターさんよ。闇討ち、だまし討ち、不意打ちは嫌いかい? てか、汚い殺し合い自体ダメ? 卑怯な手口は認められないかい?」
いつからか、アーチャーの話の相手は翔に変わっていたようだ。卑怯な手口……翔は考える。
そういったやり方は好ましくない。だが否定もできない。相手が自分よりも各上の相手に挑戦するなら、自分だってその卑怯な手口を使う可能性だってあるのだから……
これは聖杯戦争だ。いくらかルールがあるとはいえ、殺し方もその工夫も人それぞれ違う。
それに……自分は慎二を殺しているのだ。そんな自分が否定なんて出来ない。
「あんまり好ましくはないと思う。けど否定もできない。これは聖杯戦争だ」
「そいつぁ上々だ。毒と女は使いようってな」
アーチャーが笑みを浮かべながら『いい勝負になりそうだ』と呟くと、今まで翔への返答以外、口を開かなかったダンがアーチャーを見て、言葉を発したのだ。
「随分と楽しそうだなアーチャーよ」
「敵と話すこと自体珍しくてですねえ。この際、ダンナもちっと若者の生の声に耳を傾けてもいいんじゃないですかい?」
「気遣い感謝する。だがそれは無用よアーチャー。戦いに相互理解は余分となるのでな」
そういうと、アーチャーから視線を離しただ一点を見据えるダン。当のアーチャーはというと口笛を吹き、両手を静かに上げていた。表面上は関係が危ないかと思われるこのコンビ。だが翔は確信していた。
あの二人にも確かに見えない絆がある。あのアーチャーの狙撃の腕は、あのダン・ブラックモアでさえも信頼しているほどに……
翔が考えをめぐらせようとしたとき、大きな音と共に激しい振動が伝わる。どうやら到着したようだ。
戦うときが来た。自身の拳を握り締める翔。
「発つぞアーチャー。戦場に還る時が来たようだ」
その言葉と共に、扉ヘ向かう、アーチャーとそのサーヴァント。深呼吸をし、翔も向かおうとした時、リップから声がかかる。
彼女のほうへと振り向けば、微笑む彼女の顔が目の前に写る。
「一緒に頑張りましょうね」
リップの発したその声に翔は我に帰る。自分は一人ではない……
自分にはリップがいる。彼女と共に力を合わせれば、出来ない事だってやれるかもしれない。
いや、やらなければならないのだ。やらなければ自分が死ぬのだから。ならば自分は、自分を信じてくれたリップに応えてあげよう。
翔は自分の腕でリップの頭を撫でれば再び扉へと向き直る。
「ああ、一緒に行くぞリップ!」
二人の出た場所はコロッセオのような場所であった。
海の底に沈んだコロッセオ、底から見える光景はアリーナとは違い、逆に神秘的にさえ見える。
そしてコロッセオから外に見えるのは、成長しコロッセオからでも見える木や時計台。
どうやらこの下がまだ存在するらしい。だが決戦場の広さはリップも戦いやすい広さとしては申し分ない。
「ここで決めるぞアーチャー。決戦では宝具や罠の使用も咎めるつもりはない」
「つまりようやく本領発揮って出来るって事ですかい。そんじゃあ行くとしますかねえ。つーわけで、悪いけどあんたらには退場してもらうわ」
リップもまた、巨大な腕を構え、決戦の準備をする。アーチャーもまたマントを翻し、ボウガンのような弓を構える。
あれこそ、翔に毒矢を放った弓矢『
「ここで退場するのは哀れで惨めなロビンさんですよ!あの時、お尻叩こうとした恨み、ここで清算させていただきます!」
「そっちの俺がなにしでかしたか知らんが、あいにく俺は人間でねえ、支払いは金貨にしてくれや!」
―――
両者の間に、なんともいえない空気が漂っている。果たしてこれでよかったのだろうかと翔は思うが、その考えを振り切る。
今は目の前を見つめろ。そこにどんな結末があろうとも自分はやれるべき事をやるだけ。
開幕の鐘は、二人の得物がぶつかり合った音によりここに今鳴った。
第二回戦の決戦、勝つのはリップか、アーチャーか……その戦いが始まった。