Fate/Affection Doll   作:ラズリ487

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第11話 祈りの弓(イー・バウ)

 戦いの火蓋は今ここに切って落とされた。

 最初に動いたのはリップであった。その巨大な爪で、アーチャーに襲い掛かるも、軽い身のこなしでそれを避けてしまう。

 

「そちらさんの武器はそれかい。物騒だね全く」

 

「それ以上言うなら、キューブにして捨てますよ」

 

「おっと、そいつぁごめんだね」

 

 前方に広く、弓を放つとリップが一瞬動きを止めた隙に後退。その勢いであらゆる障害物を足場にしながら矢を放つアーチャー。

 彼にとって壁は第二の足場だ。死後、英霊となり生前の能力が昇華されたものなのだろう。

 彼の放つ矢をリップは、自身に当たらないように確実に腕を振るい、その矢を落としている。

 明らかに敏捷でリップが負けている。このままではどこかであの矢の餌食になる。

 

「そらよっと!」

 

 その敏捷を武器に、短剣を持ち、リップを上空から斬りかかるアーチャー。

 それを防いでもいいが、今は回避が優先だ。アーチャーの上空からの襲撃を後退することで避けるリップ。

 その光景を見たアーチャーは……

 

 ―――静かに口元から笑みがこぼれた

 

「そこ、爆発するぜ?」

 

「なっ!?」

 

 突然の光景に翔の目が見開く。リップの足元が大爆発を起こしたのだ。爆発の余波により、周りの足元が崩れ始める。

 彼の真名は『ロビンフッド』。奇襲、暗殺、破壊工作といった『卑劣な作戦』を得意とする一人の英霊なのだ。

 彼の持つスキル『破壊工作』。戦闘の準備段階で相手の戦力を削ぎ落とす才能。所謂、トラップの達人である。

 そして彼のそのランクはA。進軍前の、敵軍に六割の打撃を与えるだけの才能を持つ男だ。

 あの地雷をいつ仕掛けたのかはわからない。だがあのアーチャーだ。いつのまにか仕掛けていたのだろう。

 爆炎による熱気が翔に襲い掛かる中、煙の中からリップが後退し、翔の隣へと舞い戻る。

 無傷……というわけにはいかなかったようだ。歯を食いしばりリップはアーチャーを見つめているが、身体のところどころに傷が出来ている。

 コードキャストに治療を即座に行う翔。軽くなった体を自身で伺えば、翔に語りかけるリップ。

 

「悔しいけど、実力は確か見たいです」

 

「……リップ。少し体を見せてくれ」

 

 首を傾げるリップに翔は彼女に手をかざし、一つのコードキャストを発動する。

 この言葉は小さく聞き取ることも困難。だがリップは、彼女だけは聞き取る事が出来た。

 間違いなく、この後の展開を考えているのだろう。それを使ってくれた翔に、リップは微笑む。

 

「おっと、そろそろ時間だぜ? そんなところで油売ってちゃあ、おたくら奈落の底に真っ逆さまよ」

 

 アーチャーの言葉に翔は、はっとする。

 音がする。何かにひびが入ってる。目を凝らせ、耳を澄ませ、発生源はどこだ。

 

「そんじゃあ、どこまでやれるか、見せてもらうぜ?」

 

「!?」

 

 音の発生源を特定した翔。下だ、自分達の足元にひびが入ってる。口元に笑みを浮かべているアーチャー。

 なんということか、アーチャーはこのフィールド全ての足元を崩したのだ。

 その考えにたどりついたとき、地響きと共に翔の足元が崩れ去る。

 アーチャーはダンを連れて、どこかへと移動したようだ。翔がアーチャーがいた場所を見てみればもう誰もいない。

 声を上げる暇もなく翔とリップは、なすがままに落ちていった。

 

 

 

 

「いってぇ、あの野郎……」

 

「ほんと、やることなす事えげつない陰湿男ですねあいつ」

 

 打った場所を押さえながら立ち上がる翔。どうやらリップも近くに落ちたようだ。この落下で分断されないのは幸いだった。

 落ちた場所はどうやら高台の近くのようだ。決戦場の下にこんな場所があるなんて驚きだった。

 まずは状況把握が先決だ。今見える建物や地形、その全てを見る翔。

 まず、高台の下には深い森。底は見えない。あまり見ることのなかった巨大に成長した木が数本。

 そして所々に存在する建物、時計台が一つ。時計台に見えるのは鐘……だろうか。

 だがまずい。翔は直感で感じ取る。シャーウッドの森に潜んでいたアーチャー。森の中というのは彼の独壇場でもある。間違いなく森の中に潜んでいるに違いない。

 

「ん?」

 

 張りつめた空気を感じる。マスターであるダンもどこかにいるはずだ。翔が思ったその時、不意にリップが翔の前に踊り出て何かを弾く。翔の近くに転がるのは、ひしゃげた銃弾。

 その銃弾は光となって消える。恐らく弾丸型のコードキャストだろう。

 

「翔さん下がって! スナイパーです!」

 

「ダン・ブラックモアか……!」

 

 注意を払う翔。それに遅れるかのように、再び腕を振るい銃弾を弾くリップ。弾かれた銃弾が飛び、上のガラスを砕きながら通過する。

 弾道予測、発射地点はあの時計台だ。彼は名のあるスナイパーと聞いた。狙撃銃型の礼装に弾丸型のコードキャスト。

 正にそれはダン・ブラックモアの為だけにあるような気がした。

 とにかく、ここから離れないといけない。このまま、ここにいてはダンの餌食になるという事だ。

 

「それじゃあ仕切り直し、いや……大詰めだ!」

 

「!」

 

 だがその隙を与える暇もなく、目の前にアーチャーが目の前に現れた。城壁を跳躍で超えてきたのだ。

 彼が、飛びながら構えるのは、自身の右腕に装着されたボウガン形状の弓矢『祈りの弓(イー・バウ)』。そこより放たれる矢を翔の目の前に躍り出たリップは、自身の腕を振るい矢を砕く。

 矢をリップへ放ち、後退しながら彼女へ攻撃を続ける。彼の狙いは適格すぎるほどだ。一撃でも受ければそれはかなりの痛手となる。

 振り下ろされた爪を、バク転しながらアーチャーが回避すれば、その最中に何かがリップに投げられる。

 それは上へ上へのぼり、しばらくすれば落ちてくる。その存在に戦慄を感じた。これを撃ち落とさなければリップが危ないと悟った。翔は即座にコートキャストを練り上げる。

 

「『shock(32)(弾丸)』!」

 

 翔がコードキャストを発動すれば、彼より放たれた弾丸は真っ直ぐにアーチャーから投げられた何かにぶつかり、重々しい音と共に爆発を起こす。

 爆発音が周辺に轟き、周辺が爆炎によって見えなくなる。アーチャーが投げたのはピンが抜けたグレネードであった。爆発物も持ち出すあたり彼も本気のようだ。

 空気の塊が翔に襲い掛かる。その衝撃と圧力には耐えきる事が出来ずに吹き飛び、転倒する。

 この城から真っ逆さまに、落ちなかった辺り、自分が幸運だったと翔は知る。

 煙によって先は見えない、だが金属がかちあう音が響く辺りからして、交戦は続いているのだろう。

 煙が晴れ、視界が戻る頃にはリップとアーチャーが背中合わせになっているのが翔の視線から確認できた。

 

「正々堂々と、来ますか。しかも私の攻撃を受け止めているなんて」

 

「すぐに消えるさ。焦るなよ!」

 

 流れるように、リップの前に現れながら、若干遠い間合いより回し蹴りを放つアーチャー。

 その間合いによって彼女は助けられたと言っても過言ではない。首を即座に上げることによって、足の先が間近で通りすぎるのを彼女は感じる。

 直後、左腕に鋭い痛みが彼女の身体を走った。視線をそこにやれば、細い一本傷が彼女の左腕に刻まれていた。

 アーチャーが蹴りから即座に弓を放ったのだ。アーチャーから視線を一瞬でも外してしまったことをリップは後悔する。

 

「リップ!」

 

 駆け出そうとした翔が何かに撃ち抜かれる。

 体が吹き飛ぶ、視界が回転する。

 そこでようやく自分の身に何が起こったのかが分かった。

 自分は撃たれたのだ。ダン・ブラックモアによって……

 敵はサーヴァントだけではないことは初めからわかっていたはずだ。だが感情だけでリップに近づいてしまった。

 それはあまりにも命取りな行動という事も自分の頭の中に入っていたはずだ。

 自分が受けたのは、翔も先程使った『shock(弾丸)』だろう。この種類はサーヴァントにも効果がある、それをただのマスターが受ければどうなるか。

 地面に数回打ち付けられながら、転がる翔。思わず翔の名前を叫ぶリップ。それを合図と言わんばかりにアーチャーが自身の弓矢をリップに構える。

 その矢の形状は先程までのとは違っていた。アーチャーが切り札を切るつもりだ。

 これは矢というより起爆装置だ。撃ち抜く必要はない。当てるだけで十分なのだ。その標的はリップただ一人。

 

「我が墓地はこの矢の先に、森の恵みよ、圧政者への毒となれ。『祈りの弓(イー・バウ)』!!」

 

 宝具解放。これこそがアーチャーの宝具『祈りの弓(イー・バウ)』。

 標的が溜め込んでいる『毒』や『病』を瞬間的に増幅させ、それを流出させる力を持ち、毒が放ったものに対いて回っていれば、その毒を火薬のように爆発させる効果がある。

 要するに、内側からドカンだ。

 その起爆装置である矢が放たれる。獲物をみつけた狩人の如く、その矢はただ一人パッションリップへと放たれる。

 それに気づいたのだろうか。リップがこちらに突進してくるのが分かった。

 アーチャーの予測では、その腕で矢を防いでこちらに一撃を当てるつもりなのだろう。だが無駄だ。これはあの腕に触れても起爆する。

 当たればどうなるか、問答無用、内側から爆散。相手は見事倒れるという事だ。

 

「やぁああ!」

 

「なにっ!?」

 

 だが彼の予測は外れた。

 リップがその矢を弾き飛ばし、その腕で薙ぎ払いを行い、アーチャーの身体を深く抉る。

 抉られた箇所から鮮血が吹き出し、アーチャーは膝をつく。汗が滲んだ顔で、背後を振り向く。

 そこには紛れもないパッションリップがいた。おかしい、なぜ『祈りの弓(イー・バウ)』が作動しなかった……

 

「なぜ、爆心が作動しなかった」

 

 リップの身体を見てアーチャーは目を見開く。いや、作動したのだ。

 彼女の左腕が深く抉れているのだ。さらにはその箇所から煙が出ているのも確認できる。それはリップが『祈りの弓(イー・バウ)』の直撃を受けたというのを明らかにしている出来事であった。

 だがおかしい。本来の威力ならば、左腕ぐらいは軽々と吹き飛ばせていたはずだ。それなのにリップは抉れたぐらいの傷で済んでいる。

 

「炸裂する不浄は血に混じります。だけど翔さんはそれを少し抑えることをしてくれた」

 

 まだ上で戦っていた時、地雷が作動した後であっただろう。『体を見せてくれ』と言った翔は一つのコードキャストをリップに対して使った。

 その名前は『Resistance_poison()(毒耐性)』。だがコードキャスト程度でアーチャーの毒を抑えきれるとは彼女は思ってない。精々、毒の進行を抑えるぐらいだった。

 まさに彼女がやったのは肉を切らせて骨を断つそのものであったのだ。

 

「ははは、めちゃくちゃすぎるでしょこんなの。なんでおたく生きているのよ」

 

 決戦場全体へ警告音が鳴り響き、ノイズのようなものが走ったと思えば、二人は再びコロッセオのような場所へと戻される。

 力なく地面に倒れていた翔が目を覚まし、あたりを見回す。どうやらムーンセルが決戦場の地形を修復したようだ。

 

「リップ……!?」

 

 彼女を探す翔。彼の声掛けに振り返り微笑むリップ。そして彼女の左腕を見て驚愕する翔。

 その様子では『祈りの弓(イー・バウ)』による一撃を貰ったのだろう。即座に回復のコードキャストを練り、リップに使う。

 抉れた部分は数日たてば治る。とりあえずはこれで応急処置はいいだろう。

 

「すみません。私が油断しなければ……」

 

「大丈夫だ。俺も油断しなきゃ意識を失わずに済んだんだ」

 

 向こう側を見つめる翔。そこではアーチャーがダンから回復のコードキャストを受けている状態であった。

 とはいえど、お互い手負いの状態。次の局面で勝負が決まるだろう。

 アーチャーがこちらに向く。それに気づいた二人もまた戦闘態勢を取る。

 あと一撃だ。それが当たれば勝負がつく。アーチャーが懐から何かを取りだす。それは刃が銀色に輝く鋭利な短剣のようだった。

 どうやらアーチャーは正面から来る様らしかった。だとすればこちらに勝機はある。

 

「正面から来るんですね」

 

「さて、そいつはどうかな?」

 

 アーチャーの、その言葉を皮切りに、両者が走り出す。最初の一撃はアーチャーであった。

 流れるような短剣の捌きにリップが目を見開くが、即座にそれを自身の腕で受け流し、一撃を入れる。

 だがその一撃を短剣で最小限に受け流し、即座に放たれる蹴り。それにはリップは対応できず、直撃をくらい距離を引き離される。

 森で使えるような装備なら何でも彼は使えるのか。弓だけではない。短剣も体術も彼は使えるのだ。

 

「さて、出し惜しみ無しと行きますかね……無貌の王、参る」

 

 その刹那、リップと翔は驚きの眼差しをする。アーチャーの姿が一瞬にして消えたのだ。

 生前、ロビンフッドは顔や素性を隠して圧制者と戦った。姿を隠し、誰にも知られず、見つけられず、戦い続けること。これこそが彼の生き方であり、その在り方。それが伝承化され宝具となった一つの道具がある。それこそ今発動した宝具『顔のない王(ノーフェイス・メイキング)』だ。

 正に完全ステルス。完全なる透明化だ。だが彼がどこかに必ず潜んでいる……

 姿を隠す宝具があるのはわかっていた。だがこのタイミングは正直悪すぎる。だがここで気を抜くような真似などできない。

 リップも翔も警戒心を強め、辺りを見回す。

 風を切る音が通り過ぎるのをリップは感じた。その直感と同時に腕をその空間に振り抜く。ジャストだ。

 金属音を奏でながら、一本の短剣が姿を現し、空中を舞った後に力なく地面に落ちる。アーチャーが短剣を投擲したのだ。

 

「注意逸れすぎだぜ。おたく」

 

「!?」

 

 ふわりを風を切る音がリップの隣を通り過ぎた時にはすでに遅い。アーチャーが宝具を解除し、リップの首筋に短剣を当てていた。

 間違いなく、彼があのまま短剣を引けばリップが一撃で即死するだろう。さすがは森の狩人、その位置は寸分も狂いはなかった。

 翔には短剣が引かれる光景がとてもゆっくりに感じた。コードキャスト、駄目だ。間に合わない。

 なにか、コードキャストよりも早く、そして的確にアーチャーの短剣を射抜けるものは……

 なんでもいい、なにかリップを助ける事が出来るものは……

 

 ―――その時、ぼんやりとした何かが見えた。

 

 『それ』が『そこ』にあるのかわからない。でも今は使えるものであってもなくてもそれを使う。その思いで、それを手に掴む。

 それが光り輝いたと思えば、突風が巻き起こり、翔の手になかったものが握られていた。

 それは黒塗りの弓であった。矢はなかったが、それを構え、魔力を流し込めば、螺旋を描く刀身のような、光り輝く矢が作り出される。

 チャンスはこの一瞬、それを逃せばリップはやられる。

 

「……頼む、当たってくれ!」

 

 細く光り輝く閃光が走る。その閃光は鋭く、空気を裂く音を奏でながら、一筋に真っ直ぐアーチャーの短剣へと吸い込まれ、無慈悲にも彼の手から短剣を吹き飛ばす。

 

「『微笑むサロメ』―――」

 

 今のアーチャーには一瞬の隙が出来ている。そこをリップが見逃すはずがなかった。

 リップが翔に顔を向けて微笑み、金色の巨大な爪を構えれば、同時にリップの魔力が変わる。その魔力は守りを捨て、攻撃に特化されたもの。

 

「『ヨカナーンを籠に』!!」

 

 鉤爪での薙ぎ払い、武装解除された一瞬の隙にリップはその爪でアーチャーを薙ぎ払った。

 最後の一撃が敵を討った。その一撃により目を見開くアーチャー。体の大部分がその爪によって引き裂かれる。

 

「……そうか」

 

 その光景を目を見開きながら見つめ、そして目を閉じながらそう呟いた人物がいた。それはダン・ブラックモアのものであった。

 彼は何か納得したような眼差しで自らを倒したパッションリップを……翔を見つめる

 

「バカな、どうしてオレ達が押し負けた。地力も決意も旦那のほうが上だっていうのにどうして……!?」

 

「……わしもまだまだ未熟だったようだ。わしは自分の心を見誤った」

 

 立つことができないのか膝を突くアーチャー。そして慎二との戦いのときにも見た。赤い壁が両者を隔てる。

 赤い背景に変化し、ノイズによって蝕まれ始めたのは、アーチャー側のほう。翔たちは戦いに勝ったのだ。そのノイズに蝕まれながらも、ダンは翔たちを見つめる。

 

「聖杯戦争において意志の強さは二の次だ。ここでは意志の質が前に進む力になる」

 

 その目は静かに、だが力強く、翔を見つめる。

 意志の質とはなんだろうか……翔にはわからない。だがダンには彼の心が見えているように、再び語り始める。

 まるでノイズに蝕まれているのを気にしないように……

 

「わしは生涯を軍に捧げた。軍人として生きる為、冷徹な無個人性を由とした。だがそんなわしは軍人である事を捨てた。今際の際に個人の願いに固執したのだ。今回だけは一人の男として戦いに挑むなどと……こんな言葉をかざして棚の奥にしまっていた騎士の誇りを持ち出すとは……」

 

 黒いノイズは老騎士の体を蝕んでいき、彼の体が薄くなり始めていた。同時にアーチャーもまたそれを受け入れるかのように、体が消え始める。

 

「……本当に愚かだ。わしは最後に亡くしたものを取り戻したかった。だが、わしの願ったものは一体どちらだったのか。そして、君の最後の一撃には迷いはなかった。譲れぬものが間違いなく、その心の中にある。」

 

 ダンには他人(ひと)に誇るに足る願いはなかった。自身の胸にあったのは死人の願いだったと、彼はそう言っているようにも翔は聞こえた。

 そしてダンはアーチャーのほうを見つめる。

 

「そしてすまないなアーチャー。わしの我儘ゆえに戦い方を縛りつけお前の誇りを汚してしまった」

 

「今さらおせぇーっつーの。でもなんだ。たまには悪くないですかね。くだらない騎士の真似事もいい経験になった。生前、縁は無かったですし、かっこよくやってみたかったんですよ、ガキの頃憧れてた騎士サマみたいにさ」

 

 最後の言葉は小声で呟いた。聞こえないような、それこそ聞かせるつもりなど無いだろう声で……

 

「生前のオレはさ、名誉とか友情とか平和も大抵のものは手に入れたけどさ、それだけは手に入れる事が出来なかった」

 

 ―――だから、いいんだ。

 

「……最期にどうしても手に入らなかったものを掴ませて貰ったさ」

 

 その言葉が彼の最期、緑衣のアーチャー、ロビンフッドはこの世界から完全に姿を消した。だが彼の横顔には悔いは残っていなかった。

 かつて村を守るために、勝つために森に隠れ続けた英雄。彼は一度たりとも村人達に讃えられる事はなかった。

 そんな彼は、満足げに微笑みながら姿を消した。

 

「すまない、ありがとうアーチャー」

 

 彼の姿もそれに続いて消えようとしていた。だがダンは翔に向き直ると言葉を口にする。

 

「寿々科翔よ。これから先、誰を敵に迎えようとも、誰を討つ事になろうとも、必ずその結果を受け入れてほしい。迷いも悔いも残してもよい。ただ結果を拒む事だけはしてはならない」

 

「結果を拒む事……」

 

「そうだ。すべてを糧に進め。覚悟とはそういうことだ。それが無ければ必ず君は未練を残す」

 

 そして可能であるならば……ダン・ブラックモアは言葉を続ける。翔はダンの言葉を胸に刻む。

 

「そして可能であるならば、戦いに意味を持たせて欲しい。君は何の為に強くなり、何のために負けられない戦いをする。その意味も可能ならば持って欲しい」

 

 戦いに意味を、これが、この言葉こそが翔に対するダン・ブラックモアの願いであった。

 翔には記憶が無い。だからこそダン・ブラックモアはその言葉を伝えた。彼に記憶が戻っていないのは度々会う翔を見ていればこの老騎士には全てがわかったのだ。

 きっと彼はこれからつらい戦いが待っている。超えなければいけない相手がいる。迷いも悔いも当然これからだってあるはずだ。

 だからこそ、この聖杯戦争という命をかけた戦いに意味を持って欲しかった。

 

「寿々科翔よ、それだけは、決して忘れるな。さて、ようやく会えそうだ。アン……ヌ」

 

 ダン・ブラックモア。威厳ある老騎士は完全に世界から消滅した。

 その間際に呟いたのは女性の名前、その名前こそ彼の妻だったのだろう。

 それを口にした時のダンの顔は未練も無く後悔も無く……

 彼は静かな答えを胸に抱いたままゆっくりと姿を消していった。

 

「ダン・ブラックモア。いや、ダン卿。あなたに教えてもらいました。俺の在り方を」

 

 あとの戦い、この次は3回戦がある。そしてその先も当然存在する。

 しかし、自分は戦うしかない。だから戦うしかないのならば……

 せめて戦った過去に、そして命を奪った相手に恥じない戦いを、翔は心の中でそれを刻むのであった。


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