ここはどこだろうか……
志波白亜は夢を見ていた。時代からしてはるか昔のようだ。
契約のラインで結ばれているマスターとサーヴァントの間にはラインを通じてお互いの過去を見ることがある。以前、知識として知っていたのがよかったのだろうか、今見る光景をすんなりと受け入れる事が出来た。
ならばこの夢はその一人の騎士の生前の夢なのだろう。
ここにはとある騎士団がいた。ケルト神話に伝わる騎士団『フィオナ騎士団』だ。
そこの英雄『フィン・マックール』が騎士団長を務めた騎士団でもあり、後に伝わるフランスの武勲詩ローランの歌に登場する十二勇士やアーサー王率いる円卓の騎士の原型であるとも言われているのだ。
そのフィオナ騎士団の中に騎士団最強の戦士ともいわれていた騎士がいた。
―――その騎士の名前は『ディルムッド・オディナ』。
誰もが一度は振り向くであろう美貌の持ち主で、愛と美を司る神にして妖精王であるオェングスを育ての親に持つ騎士だ。
騎士団長でもあるフィンに信頼されていたディルムッドは同時に騎士団の仲間たちからもまた信頼されていた。
伝承によればディルムッドは二つの槍も操れるが、同時に二つの剣もまた操れると白亜は知っている。だがその4つの武器を同時に操れるディルムッドは通常の聖杯戦争ではエクストラクラスでもない限り無理にも等しい。
―――だがそれを可能にできる手段がこの月の聖杯戦争にはある。
だがそれを使うにはまだ早いだろう。現に今の実力で2回戦までやってこれたのだ。これを使うのは、その実力を持つ相手に出くわしたとき。切り札は最後まで取っておいた方がいい時もある。
話を戻そう。このディルムッド・オディナ。そんな彼に人生を狂わせたと言ってもいい出来事が起きた。
それは、主君であるフィンマックールと美しいと言わしめた姫君グラニアの婚姻の宴であった。
その宴では、ディルムッドを始めとした騎士団の人達は皆、フィンの婚姻を祝福した。
誰もが喜びに満ち溢れていた宴。その中で一人、表情を暗くさせていた者がいた。
その名前はグラニア。フィンの婚約者である者だ。
英雄と言われたフィンは既に老人と言っていいほどの年齢に達していた。グラニアにとってはこの婚姻は望まない婚姻であったのだろう。
だがそれだけならば、グラニアも諦めフィンと共にあったかもしれない。
そう、この宴には美しい騎士がいた。ディルムッド、その騎士を一目見た時、彼女はその騎士に恋をしてしまった。
もしフィンがディルムッドを席から外しておけばこの悲劇は起こらなかったであろう。
その恋の感情がディルムッドの頬についていた女性を虜にしてしまう魔法の黒子のせいなのか、ディルムッドそのものに惹かれていたかは今となっては分からないことだ。
だがそれほどの恋をグラニアは抱いた。抱いてしまった。
皆に廻す祝杯に眠り薬を盛って、フィンを含む騎士たちを眠らせた後にグラニアはディルムッドに願った。
―――どうか、私を連れて逃げてください、と
だが、騎士団長フィンへの忠誠心篤いディルムッドには、花嫁の責務を放棄してはならないと言いそれを断った。
グラニアはこの拒絶に怒り『皆の起き出す前に、自分を連れて逃げなければ破滅が訪れる』というゲッシュをディルムッドに与えたのだ。
ゲッシュとはケルトにおいて絶対的なものであり、誓約であり、禁忌であったものだった。
だからディルムッドはこのゲッシュに背く事が出来なかった。彼はグラニアを連れて逃亡することになってしまった。
自らの婚約者、そして信頼していた者からの裏切り、フィンが激怒しないはずがない。すぐさまフィンは追撃の命令を下した。
だがディルムッドには騎士団最強と言うにふさわしい武勇がある。そして知略もある、さらにはディルムッドの養父である妖精王オェングスの助けや、ディルムッドへの信望や友情を保ち続けている騎士たちの手心もあって、ディルムッドは幾度も追撃を振り切った。
長い年月が過ぎても、2人に対する追跡の成果は出ず、フィンに損害と痛手を与える一方であった。
そしてオェングスの仲介もあってことにより、フィンは苦渋の末、2人を許した。
―――だが、フィンはディルムッドに裏切られた恨みを忘れはしなかった。
山での狩りでの時、ディルムッドは異父弟の化身である耳と尾のない大きな魔猪に瀕死の重傷を負わされてしまうのだ。
瀕死の重傷を負ったディルムッド、そんな彼の重傷を治せる一人の人物がいた。
その人物こそフィンマックールであった。彼にはすくった水で傷を治すことのできる癒しの手をもっていたのだ。
―――我が主よ、どうか癒しの力を……
ディルムッドと、彼の親友であるフィンの孫オスカに救命を懇願されたフィン。だがフィンにはグラニアの恨みがある。
そのこともありフィンの心は揺れていた。その時の動揺なのかはわからない。泉からすくった水をディルムッドのもとに運ぶまでに2度もこぼした。そして3度目になって、ようやくたどり着いた時には既にディルムッドは事切れてしまっていた。
―――誰よりも主君に忠義を捧げた騎士は、主君によって見殺しにされた。
ディルムッドの死後、グラニアは深く悲しんだ。そして息子たちにフィンへの復讐を誓わせるほどだったが、月日が経ち、その悲しみが薄れだした時、フィン求婚に応え彼と再婚、それからは一生フィンの妻として過ごしたと言われている。
それからしばらく経ち、王座を継いだケルブレは、強大になりすぎたフィオナ騎士団の排除を目論み、その戦いの中でフィンは五人の敵兵に槍で貫かれ戦死した。 この戦いでフィオナ騎士団も壊滅したという。
フィオナ騎士団、ディルムッド、グラニア、フィン。こうして、騎士団と騎士達の物語は神話の中に消えていった。
小鳥のさえずる音で白亜は目を覚ました。
2回戦が終わり、自分達の陣営が勝ったんだっけと微睡の中で頭の整理をする。
「あれは間違いなくランサーの……」
あの光景は明らかに自分が見た光景ではないものであった。となれば自身のサーヴァントであるランサーのものだろう。
白亜は自分が見たランサーの記憶を思い起こしていた。
「我が主よ、お目覚めですか?」
「あ、ランサー。結局私が寝ている間ずっと見張りしてたんでしょ?」
白亜が起きた時、マイルームで見張りをしていたランサーが実体化する。この聖杯戦争では奇襲の心配はほぼないといってもいい。
だがランサーは、いくら学園サイドでは奇襲の心配はないと言われたところで、それを突破してくるサーヴァントもいるかもしれない。
なので警戒するにことしたことはないというのがランサーの意見であった。
確かに言われてみればそうだ。この聖杯戦争は128人のマスターとサーヴァントがいる。今では数も減ってしまったが、その中には暗殺に長けたアサシンや探してみればアーチャーなどでいるかもしれない。
フィオナ騎士団からの追手などからグラニアを連れて逃げたランサーの警戒心は確かだ。信用してもいいだろう。
「でもありがとうランサー。あなたのおかげで私は警戒することなく休めるわ」
「主の身を守る事。それが騎士たる者の務めであり我が義務でもあります」
本当は休んでもいいだろうと思うが、自分のサーヴァントでもあるランサーを尊重し礼を言った。それに対し、ランサーもまた騎士の礼にて応える。
こう見れば見るほど、ランサーは騎士としての在り方では隙がない。だが先程、自分の意思ではなかったとはいえ主君を裏切ってしまった光景を、夢で白亜は見たばかりだ。
マスターが聖杯に望みがあるように、サーヴァントにもまた望みがあるはず……
だが白亜のランサーはそうではなかった。ランサーは召喚されて間もなく、自分にこう言ったのだ。
『私が聖杯に託す望みはありません。聖杯を主に捧げる事、それだけがこの私の望みです』と……
その時は白亜は納得した。だがランサーの過去を見たことでその疑問がまた沸いてきたのだ。
裏切られたのに?
本当に恨んでないの?
本当にランサーは聖杯に託す願いはないのかと……
生前、騎士道を貫き通せなかった。それはグラニアの求愛ゆえに……そして最期には忠義を捧げた主君に見捨てられた。
そしてグラニアは自分を見捨てた主君と再婚した。
恨まないはずがない要素がたくさんあるのだ。フィン・マックールを、グラニアを……
もし自分がディルムッドの立場なら、二人への報復か、生を望むかしていたに違いない。
「主、どうかなされたのですか?」
ランサーが自分の顔を覗き込んでくる。いい機会だ。このまま疑問に思っていても拗らせるだけかもしれない。
だから白亜は思い切ってランサーに聞くことにした。
本当にあなたは聖杯を望まないのかと……
「ランサー、実はね、今日初めてあなたの過去を見たの」
「過去を……確かにラインを通してお互いの過去をみることはあります。ですがそれが?」
「あの時言ったこと、もう一度聞くね。ランサー、いえディルムッド。あなたは本当に聖杯が欲しくないんですか?」
それを聞いたランサーは黙り込んでしまう。確かにディルムッドは聖杯を主である自分に捧げる事、それだけが自分の望みと言った。
でもランサーの過去を見た今、どうしても聖杯をいらないと言えるのかわからない。
「あなたはグラニアの愛に応えた。でもそれで騎士団からほぼ追放ともいえる感じにされた。そして最後には忠義を誓ったフィンにも見捨てられた。恨んだっておかしくない。そしてあなたに愛を求めたグラニアだって……」
数々の疑問をランサーに聞いてみた。それを静かに聞くランサー。白亜の疑問を言い終え、しばらく経った後だろうか、ランサーは静かに語り始めた。
「主よ、俺は恨んでないのです」
「恨んでない?」
ランサーは白亜の言葉に頷く。そして再びゆっくりと語り始める。
「フィンも、グラニアも、あの時確かに俺は忠義に背きグラニアの愛を選んだ。もし後悔があると言えば俺は自分が愛したグラニアを裏切ることになる。生前の主君であったフィンもまた同じ、俺が死ぬ間際に助けることを躊躇したとしても、俺が非難することはできない」
白亜はこの言葉には迷いがない事を知った。
彼は本当に恨んでないのだ。自分の人生の狂わせた元凶であるグラニアを、自分の命を見捨てたフィンを……
「でもグラニアはあなたが死んだあと、フィンと再婚してるんだよ? そしてフィンの妻になったよ? それも、恨んでないの?」
「少々寂しくはある……だが俺はグラニアを愛した。だからこそその未来に幸福あれと願うだけ。俺が死んだあとの孤独を考えれば、むしろフィンとの再婚に俺は感謝するのみ」
『だが……』とランサーは言葉を続ける。
「未練はある。生前の人生にもう後悔はない。愛を選んだディルムッドの人生は完遂した。なら次がある時は、騎士として忠義を果たす人生を全うしたいと……だから、サーヴァントとして俺の主君である志波白亜。貴方に聖杯を捧げる。それが忠義を選んだディルムッドの人生の完遂となるだろう」
なるほど、白亜の中に生まれていた疑問が全て解けた。そしてランサーの願いの意味が全てわかった。
無欲だなぁと白亜は思う。だがそれが口に出ていたのか、微笑みながらランサーは言葉を続ける。
「いいえ主よ。むしろ俺は欲にまみれている。サーヴァントの願いは生前の延長線。だというのに俺は生前とは真逆の生き方をしようとしているのですから」
志波白亜と今のランサー、そして白亜の疑問もすべて晴れた。ならば今の自分はきっと敵なしであるだろう。
同時に端末の音が鳴る。対戦相手の発表がされたのだろう。
「分かったわ。ありがとうランサー。んじゃあ早速行きますか! もしもの時はお願いね!」
「はっ! お任せあれ、我が主よ」
白亜とランサーがマイルームから出て、戦場へと向かう。一人は生きるために、一人は騎士としての生き方を全うするために……