生存の為の搾取
繁栄の為の決断
その行為は野蛮ではあるが―――
否定することも、またできない
……死の淵でこそ、得るものもあるだろう
マイルームを出てから翔は妙な違和感を覚えた。
残りマスターも32人となった。それだけならばこの静けさも納得はいく。
だが彼の感じているのはそうではない。何かが迫ってくる気配を感じる。
周りの空気が冷たく感じる。何が来てもおかしくない。
「!?」
突然、背筋にありえない寒気が襲い掛かった。
サーヴァントを呼ぶ間など存在しない。何か圧倒的力に引っ張られるようだ。
両足を思いっきり踏みしめ、それを踏ん張りながら、後ろに視線を向ける翔。後ろは壁だ。
このまま吹き飛ばされれば命が危ういだろう。こんなところで、死ぬ気などない。
こんなところで死んだら、戦った慎二やダン卿に申し訳ないではないか……
「……やはり貴様、只者ではないな。何者だ」
校舎に変わりはない。だが翔でも感じるこの異様な殺気は……
異常すぎる。この校舎に一体何が起こっているのだ。
いや、なにかがいる。誰だ、さっきまで人の気配はなかった。
「少しばかり
殺気が濃くなる。この殺気には覚えがある。
ああ、最悪だ。あいつが襲ってくる。
そいつはサーヴァントの出会っていない状態で出会ったらひとたまりもない。
目の前に一人の人物が現れる。その姿は見覚えがあった。そしてこの心臓が、体のあちこちが破裂しそうな威圧感にも覚えがある。
「黒コートの野郎……! てめえに二度殺されるなんざごめんだぜ!」
翔は叫ぶ。顔にかかる長い髪の下、刺し貫く視線を翔に向けていた。
「あの時はただの雑魚かと思ったが、どちらにせよ、あの手段を以ってもそれが通用しないのだ」
黒コートの男が構える。それと同時に彼の纏う気配が変わったのを翔は気付いた。
あの強烈な殺気が一点に集中し、全てを刺し貫く鋭利な刃物のように翔に向けられている。
「ここで始末するに越したことはない」
翔の汗が頬を伝いゆっくりと落ちる。その水滴が合図のように黒コートの男は翔へと駆け出し、同時に翔は一つのコードキャストを詠唱した。
「死ね……!」
「
黒コートの男は一瞬目を見開いた。翔は黒コートの男が自分の首に視線を向けているのが分かった。
そして自分は、彼に対抗する手段がないと黒コートの男は踏んだのだろう。そう考えるのが当然だ。だって翔はこの黒コートの男になんにもできずに斬り裂かれたのだから……
だが、翔はダンの戦いが終わり、一つのコードキャストを自分の中から見つけ出していた。もしかしたら今後もマスターである自分が狙われるかもしれない。
そしてあの『
ならばと思い、探し当てた一つのコードキャストだ。
その作成した短剣で、首筋を裂こうとした黒コートの男の短剣を自身のもつ短剣で防いだのだ。
「驚いた……だが」
だが戦い方まで身についているわけではない。黒コートの男と翔の潜り抜けた修羅場の数は違い過ぎる。
簡単に翔から短剣を吹き飛ばし、斬り裂こうとする。
だが、その短剣によって稼いだ一瞬の時間は無駄ではなかった。
「翔さん!」
なにかを一振りで砕いたリップがユリウスへと迫り自身の腕を振るう。
だが彼が動くことはない。突然目の前に現れたサーヴァントが彼女の一撃を防いだからだ。
その姿は燃えるような衣装に身を包んだ鋭い目つきのサーヴァント。
「っ!」
あの時と同じだ。体が震える。あの男に近づくなと全身が警報を発する。
初めてリップと出会った時と同じ男だ。となると彼はあの黒コートの男のサーヴァントなのは間違いないだろう。
それにしても……だ。殺意とはこんなにも明確に、そして濃密に漏らす事が出来るものなのだろうか。
その男はまるで『死』が形を取った姿。まさに『死』そのものであった。今まで単語のみで聞いていた『
一瞬でも他の事に気を逸らせば、あの死そのものに命を絶たれる。
「ぬ……またもや時間切れとはな。殺しきれぬのでは仕方がない。舞台裏ではこれが限度というもの。おぬしとはいづれまた
「時間切れだと……っ!?」
黒コートの男が構え直そうとした時に、その表情が変わる。空気を斬り裂きながら、飛んできたレイピア状の剣のようなものである、
「争い事はそこまでにして頂こうか」
「……くそ」
翔と黒コートの男の間に立ったのは、あの言峰神父であった。
彼はこの聖杯戦争の監督役のNPCだ。校内の異常を感知し、止めに来たのだろう。
「校舎内で不正なハッキングをしているという情報をムーンセルから感知した。こうしてきてみたのだが、これは、随分と派手にやってくれたな。この周辺もサーヴァントすら寄り付かせない場所にしてるとは」
そして言峰は黒コートの男を見ると、何かを気づいたように。口元に笑みを浮かべる。今まで感じてきた事なのだが、この神父は本当に何を考えているかわからない。
できれば敵にまわしたくはないなと翔は心の中で思う。
「なるほど……『ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ』か」
「ハーウェイ?」
翔がその単語に反応したところに、ユリウスと言われた男が舌打ちをする。それを見た言峰が笑みを浮かべたような感じに見えたのは翔の気のせいなのだろうか……
一連の流れを見たユリウスが、この場は悪いと判断したのか背を向ける。その際に殺気の籠った凍てつく視線が翔に向けられる。
「確か……寿々科翔と言ったな。覚えておこう」
殺気の籠った瞳をこの身に据えたまま、ユリウスはまるで背景に溶け込むように消えていった。
そしてこの場所に渦巻いていた何かが消えた。自分は本当に今いるべきところに返ってきたのだ。
「しかしなんだったんだ今の……急にリップと繋がっていた魔力が途切れたと思ったらあの野郎が出てきて……」
「途切れた。なるほど、今まで私が見つけられなかったのはこういう事か。これを見るがいい」
言峰が手を触れた箇所、そこはどう見ても壁だが、なにかうっすらとひびが入っているのが確認できる。言峰が説明する。
これは、あのユリウスという男がハッキングした痕跡らしい。不正行為によりアリーナに接続、マスター達を引きづり込んでいたようだ。
彼が言うにはこれは悪質な
「ともあれ、このようなことをするマスターもいるという事だ。寿々科翔。お前も注意することだ」
言峰が翔に注意を促した後『それと……』と言葉を続ける。
「食堂の麻婆豆腐は食べたかね? あれは私のオススメの品でもあり、私が食堂に入れたものでもある」
「あ、あれ。あなたが入れてくれたんですか!?」
余りにも衝撃な真実に翔が立ち上がり目をキラキラとさせるかのように言峰の前に立つ翔。そして、このまま麻婆談義が始まりそうであろう雰囲気を醸し出したところでリップが止めに入る。
彼女はあの麻婆豆腐の洗礼を受けた一人なのだ。止めるのも無理はないだろう。
「……ようやくあの味が分かる人を見つけたと思ったんだがな。私はこれにて失礼しよう」
言峰もまた立ち去り、この廊下に取り残されるのは翔とリップのみとなる。翔には言峰が放ったあの言葉が頭に残っていた。
ユリウスという男、名前にはハーウェイの言葉があった。そこからレオとは身内のような関係であることは明白。そして西欧財閥の一人であるだろう。
あの男とはできれば当たりたくはない相手だ。次、戦う事になれば自分は生きていられるのかどうかすらわからない。彼はそれほどまでの殺気を持っていたのだ。
まさか死と隣り合わせになるとは思ってもいなかった。翔は重い足取りで自身のマイルームへと帰って行った。