『"あわれで可愛いトミーサム、いろいろここまでご苦労さま、でも、ぼうけんはおしまいよ"
"だってもうじき夢の中。夜のとばりは落ちきった。アナタの首も、ポトンと落ちる"
"さあ――嘘みたいに殺してあげる。ページを閉じて、さよならね!"』
「翔さんは、私が守ります。誰が首なんて落とさせるものですか……!」
決戦場全体に響き渡る声。アリス達はこのどこかにいる。
まずは彼女たちを探さなければ話にならない。
「『
翔がコードキャストを発動させれば、頭に流れ込む情報。それをデータ出力し、マップ表示させればこの決戦場全体のマップが現れる。
マップに移るのは広大な雪原と、真ん中に佇む城のみ。間違いなくアリス達がこの階層のデータを書き換えたのだろう。
広大な雪原、そこにそびえ立つ城を目指し歩く翔とリップ。
―――ここでは、だれもがただのモノ
―――鳥は鳥、人は人でいいじゃない
―――お兄ちゃん、貴方のお名前はなあに?
頭の中に響く声、それと同時に響く頭痛。
まるで頭の中から、何かが抜き取られていくような感じだ。
前にも同じような感覚に陥ったのを翔は思い出す。
あれは、いつだっけ。
「翔さん! あなたの名前を思い出せますか! 右手に残しているでしょう! それがあなたの名前です!」
陣地作成に置いて、かなりの手慣れ、もう彼女たちの結界に入っている。
しかし、なまえってなんだっけ。となりのかのじょはだれだっけ。
かのじょはだれと、なにとはなしているんだろう。
「なまえ……」
右手に残された希望。翔は自分の右手を見る。
青く静かに燃える炎。これはいわゆるメモ帳のような役割を果たすやつだ。
それを静かに見つめる翔。見えるのは漢字の羅列。
ああ、そうか。思い出した。
俺のやるべき事、右手に灯された希望。
「俺の名は、『寿々科 翔』」
翔が自分の名前を口にすると、張りつめていた空気が一気に弾け飛んだ気がした。
間違いなく敵の結界を無効化したのだ。
白亜の言っていたことは間違いではなかった。彼女に感謝しながら、城を目指し、走るリップと翔。
―――手に名前を残しておくなんてずるいわ
―――そんなずるいお兄ちゃんは、あの子にお仕置きしてもらいましょう
―――首を刎ねてしまいましょう
「翔さん、あの怪物の気配です。来ます!」
アリスの言葉と共に現れるのは、白亜とのランサーの共闘の時に見た怪物『ジャバウォック』。
あの災害が、地面から雪を引き裂くように現れ、即座に後退する翔とリップ。
だが少しばかりか、あの共闘の時より動きが鈍い気がする。
ジャバウォックの攻撃を回避し、爪で胴体を斬り裂くリップ。
「ランサーさんの槍が効いているみたいですね。今は感謝するばかりです」
険しい顔つきでジャバウォックを見つめるリップ。どうやらあの怪物には再生能力が追加されているらしい。
リップが斬り裂いた場所が見る見るうちに塞がっているのが分かる。
だが、あの一連の動きでリップはあの時の、ランサーの槍に何か特殊能力がついていることを一瞬で理解した。
ジャバウォックの右腕と右足、あの時ランサーの槍を突き刺した場所だけ明らかに動きが鈍いのだ。
動きが鈍くなったというならば、リップと言えど対処は可能。
「翔さん、私があいつを引き付けます」
「……わかった」
あの時、ラニが作ってくれた剣『ヴォ―パルの剣』を取りだす翔。
この剣のコードを発動できるのはマスターのみ。
つまり、翔自身が、この剣をあの怪物に直接、突き刺しコードを起動しなければならない。
心臓が高鳴る翔。この剣を突き刺すにはリップがあの怪物の注意を引き付けなければならないのだ。
そして翔が怪物に気付かれず接近、ヴォ―パルの剣を突き刺しコードを起動する。
普通に考えればあの破壊の化身に近づくこと自体が無茶だ。
だがやらなければ、こちらがやられる。ありすは再び悪夢に捕らわれることになるのだ。
リップが飛び立ち、ジャバウォックの目の前に自身の姿を晒す。
「■■■■■■■!!!!」
それを見つけたジャバウォックは、まるで獲物をみつけたが如く殺意の咆哮をあげる。
あの時はただ翔とリップは身を竦ませるばかりであったが、今回はそうではない。
自分達には切り札がある。リップは翔が必ずやるべきことを成し遂げてくれると信じていた。
それは翔もまた同じ、二人は少しづつではあるが、お互いの背中を任せられる存在となってきていた。
「やぁ!」
リップの巨大な腕が怪物の喉元を捉える。
ジャバウォックの硬さは想像以上だ。彼女の爪を以ってしても傷つけることは容易ではない。
「!?」
不意にジャバウォックの動きが変わる。
あの怪物の周囲に電気が纏い、それが膨張し爆発。辺り一面に衝撃波が襲い掛かる。
明るく地面を白く染めていた雪が辺り一斉に飛び散り、あまりの衝撃に翔は目を閉じ腕で顔を覆う。
目を開けたころにはジャバウォックはどこかへ消えていた。
消滅……したのだろうか。いや違う。あの怪物の魔力を感じる。どこかに、必ずいる。
「奴はどこに……」
翔とリップは、薄暗い闇の中、あの怪物を探す。
この時、彼らは一つの勘違いをしていた。
あのジャバウォックは巨体でもあるので隠密能力は皆無、そう予想を二人は立てていた。
だが現実は違う。直後、アリーナの床が、壁が、空が揺れる。
「!?」
不意に横から現れた何者かに、リップの腕が掴まれ、一回転した後に、何者かの手が離され、吹き飛ばされる。
間違いなく、その正体はジャバウォック。
あの怪物は驚くことに、衝撃波とそれによって吹き荒ぶ雪によって姿をくらまし、リップに奇襲をかけたのだ。
「リップ!」
叫びながら翔は怪物に向けて走り出す。
あれはまさに動く絶望だ。だが、ここで立ち止まってどうする。
自分にはまだ切り札があるではないか。使うなら今が絶好のチャンス。
リップを信じろ。彼女を信じる。そうすれば道は切り開ける。
「ぐっ!」
即座に立ち上ったリップがジャバウォックを正面から打ち合う。
怪物の攻撃を受け止めたリップは顔をしかめる。
あのジャバウォックのパワーは凄まじい。
恐らくパワーなら、あの怪物はどんなサーヴァントをも上回る。このままではジャバウォックの爪が、リップを貫くのも時間の問題であろう。
「!?」
両腕でジャバウォックの左腕の攻撃を受け止めるリップ。
だが彼女のその策が仇となった。間髪入れずにジャバウォックの右腕が襲い掛かってきたからだ。
右腕は傷が残っていれど、両腕を封じられたリップに為す術はありはしない。
その右腕は防ぐ手立てもなくリップを貫く……
―――直前で、その右腕が止まった。
予想外の光景にリップは目を丸くする。
ジャバウォックは何かに抗うように咆哮をあげていた。
怪物の身体に白い亀裂が入り始める。どうやらその発生源は足のようだ。
リップがその場所を見てみれば、翔がいた。
歯を食いしばり、手には白く輝く剣を持ち、それをジャバウォックの足に突き刺しながら……
「今だリップ!」
「翔さんと私の道を開けるために、ここで倒れてください!」
彼女の金色の腕が稲妻のように横を薙ぐ。
亀裂が入ったジャバウォックの身体は、あまりにも脆かった。
まるで砂の城を壊したかのように、簡単に崩壊していく。
光の粒子となった怪物だったものは突風に吹かれ、その粒子は闇の深くへと消えていった。
ジャバウォックを倒したのだ。そしてそれと同時に翔が持っていた剣は、役目を果たしたかのように静かに消えていく。
「行きましょう翔さん。戦いはまだ終わっていません」
「ああ」
奥へ佇む城へと走るリップと翔。
ジャバウォックがいなくなった雪原は、まるで、もう何かが通り過ぎたかのように静かであり、敵も何も来なかった。
もう手駒が尽きたのだろうか。だがありすの隣にはサーヴァントのアリスがいる。
赤い障壁が現れていないことからまだ戦いは終わっていないのだろう。
「ありす!」
城へ入り、しばらく進めば、ありすはいた。どこか悲しそうな顔で、翔を見つめている。
となりには、黒いアリスもいる。後ろを向いているので、彼女がどんな表情をしているのかまでは分からない。
「ジャバウォック。負けちゃった」
ありすが静かに言葉を紡ぐ、もう彼女には手駒はないという事だろうか。
翔がありすに近づこうとした時、後ろを向いていたアリスの顔がこちらに向く。
「まだ……まだだよお兄ちゃん。ありすの夢は終わらない。私が終わらせない!」
凄まじく、怒りのようなものを込めた、その表情を翔に向け、彼女は詠唱を始める。
『越えて越えて虹色草原、白黒マス目の王様ゲーム。
走って走って鏡の迷宮。みじめなウサギはサヨナラね?』
本というものにはいつか終わりが来るもの。だが読み手がそれを拒絶すれば、物語は永遠に続く。
彼女の宝具は、その具現化。それは、終わりのない物語。
「ありすを、消させるものですか!『
この城が、雪原が、何もかもが閉じていく。
なにもない、白と黒に覆われた世界。
間違いない、翔は確信する。この魔力、アリスの宝具だ。
不意に何かを感ずいたリップが、爪を上に振るい。彼女に目掛けて落ちてくる何かを砕く。
砕かれた何かは、小さな氷の粒となって、周囲に乾ききった音を立てる。
翔はそれを一瞬で理解する。あれは魔力が込められた氷塊だろう。
「まだだよ……おいで! そこの無礼者の首を刎ねちゃえ!」
黒いアリスが手を掲げ、無数の魔方陣より何かを呼び出す。
同じような間隔でダイヤやハート、スペード、クローバーが彩られたトランプの兵隊が並んでいる。
感覚からすれば、丁度合せ鏡をしたような印象だ。
あれはトランプの兵隊だ。アリスはこんなものまで召喚できるというのか。
無数のトランプ兵は、アリスの命令を聞けば、一斉にリップたちに襲い掛かってくる。
「薙ぎ払えリップ! 『
「全員まとめて吹き飛んで!」
右腕を大きく振りかぶり、周りの物を視界から消すように、大きくその腕を振り払うリップ。
リップが振り払う直前に、翔がリップへ対しコードキャストを発動。
彼が使ったのは、対象者に風属性を一時的に付与するコードキャスト。これによって彼女の腕から放たれる一撃に風属性が付与されることになる。
彼女が振り払った前方が、まるで空が暴れ出したかのような突風と共に、小さな竜巻を作りだし、襲い掛かるトランプ兵達を嘲笑うかのように吹き飛ばしていく。
パッションリップという要塞に辿りつく前に、荒れ狂う風によって倒れ伏すトランプ兵。
今が好機、リップが突進を仕掛けようとしたことろで、何かに感ずいた翔が叫ぶ。
「リップ! 上だ! 『
「え?」
槍を持ち、リップの頭上へ急降下してきた一体のトランプ兵を翔のコードキャストにより、吹き飛ばす。
何かが、おかしい。トランプ兵は先程の攻撃で、全て倒したはずだ。なのになぜ動いている……
翔が先程、リップが突風によって吹き飛ばした一面を見れば、目を見開く。
先程倒したトランプ兵達を動いているのだ。それも傷一つなく……
目の前のリップもそれに気づき、翔の隣へと急ぎ、後退する。
「翔さん、倒した敵が復活しています!」
本というものにはいつか終わりが来るもの。だが読み手がそれを拒絶すれば、物語は永遠に続く。
目を閉じ、翔は何が起きたのかを考える。
そして気付く。リップの手によって吹き飛ばされた、あのトランプ兵達がなぜ、傷一つなく立っているのかを……
「リップ。俺達が図書館で見ている本。たとえば、好きな場面を何度も読みたいとき、お前だったらどうする?」
「それは……もし本を読んで、面白い所があれば何度も読み返す……あ」
「そういうことだ。アリスの宝具。それは彼女自身に類する時間全てを巻き戻す力がある。厄介だなおい……!」
終わりなんてない。この物語は永遠に続く。まさに彼女そのものの宝具だ。
あれがある以上、どんなに敵を倒しても、永遠に振り出しに戻ることになる。
翔達に残された勝利方法は、あの宝具を使われる前に決着をつける事。
だが、アリスに辿りつく前に、あのトランプ兵の大軍を突破しなければならない。しかしあの大軍を倒せば、アリスが時間を逆行する。
「翔さん。あの宝具を使うときを狙ってみます。あの兵士達の攻撃を防げるコードキャストをお願いします」
「わかった。頼むぞリップ『
リップの周囲に薄い縦のような魔力壁が展開される。この術式は、かつてユリウスに襲われた際、咄嗟に発動出来たコードキャストの応用だ。
対象の周囲に魔力壁を展開。攻撃を展開した盾が防ぐコードキャスト。魔力を無効化する者には、全くの無意味ではあるが、このアリスとの戦いでは役に立ってくれるだろう。
「いきます……!」
リップが駆けだす。それを見届けたトランプ兵達が一斉に彼女を斬らんと突進していく。
波のように群れたトランプ兵を、その腕で吹き飛ばしていくリップ。
彼女の一薙ぎで、兵隊の大半は吹き飛ばすことは可能。だがそれでも数は多い。
しかし、目的はトランプ兵の殲滅ではない。翔とリップの狙いは、あのキャスターのサーヴァントであるアリスへと攻撃を仕掛ける事。
「『
使うなら今だと判断したのだろう。敏捷強化のコードキャストをリップへと発動する翔。
トランプ兵の大半を倒されたのを見届けたアリスは、再び宝具を発動しようとする。
おそらくアリスの作戦は、トランプ兵の物量によって、リップの体力を奪う作戦。
だが、この瞬間をリップは待ち構えていた。宝具を発動とすれば、他の部分に魔力を回すことは不可能。
つまり、魔力壁などを作り出すことは難しいはず。
まさに、この瞬間はリップが狙っていた局面であった。
倒れたトランプ兵を、リップが掴み、それをアリスへ目掛けて投げ飛ばした。
「きゃあ!」
彼女の自慢の怪力により、トランプ兵そのものを投げ飛ばし、アリスへ当てる。
この時点で、無茶苦茶な作戦。だが彼女の作戦はこれで終わりではない。
よろけて視界がリップから外れた瞬間に、右手で拳を作り、それをアリスへと構えれば、その巨大な右手が勢いよく身体を離れ、アリスに目掛けて飛んで行く。
トランプ兵の直撃により、よろけたアリスに回避する術はない。彼女のロケットパンチは、勢いよくアリスへと直撃し、その小さな体を吹き飛ばした。
「
白いありすが小さな悲鳴をあげ、アリスへと駆けより、その小さな黒い体を揺する。
そんな光景を、歯を食いしばりながら見る翔。
どうして彼女は、この聖杯戦争という舞台に来てしまったんだ……
死ぬまで傷つけ合い、血を流しあうこの戦場に、聖杯戦争にどうして来てしまったんだ。
「どうして……お兄ちゃんは
「嫌いなんかじゃない。俺は、ありすのことが大好きだ」
涙を浮かべるありすに、翔は目を閉じ、歯を食いしばり、静かに答える。
これは、彼女が見ている夢。ありすが、ずっと覚めないと思っていた夢の中の出来事。
だから、俺が、夢を……いや、ありすの物語を終わらせる。
俺が、ありすの物語の最後の一ページになろう。
本当のことを言うなら、救えるなら今ここで彼女を救いたい。
だが、それは出来ない。
今の彼女を救うという事は翔も一緒に、この永遠の中に閉じこもる事。
だから、彼にはできなかった。翔は前に進まなければならないのだから……
「だからこの夢は、もう終わりにしようありす」
翔が静かに語る一言。青い髪に隠れてその眼は見ることはできない。
だが彼の頬には、一筋の涙が伝っていた。
それに気付く二人のアリス。その刹那……リップの腕に一振りが、黒いアリスの身体を大きく抉った。
―――勝敗は今ここに決した。
まるで糸が切れた人形のように倒れるありす。
その姿を見て、黒いアリスは足を引きずりながら、彼女の傍へと近づき、小さな白い手を優しく握る。
翔達とアリス達の間に赤い障壁が両者を隔てる。
ノイズによって蝕まれ出したのは、ありす達のほうだ。
消えゆく
「ありすは寂しくて、ずっと一人だったのに……やっと居場所を、幸せを見つけたのに……それだけでよかったのに」
悲痛な声を上げるアリスを静かに見つめるありす。そして、ありすは静かに微笑んだ。
その瞳は彼女に対して『もういいんだよ』と告げているようにも見える。
「……いいんだ。
あの病院に、
本当は知っていたのか。翔は硬く目を閉ざそうとしたが、それはしなかった。静かにありす達を見続ける。
彼女には最初から何もなかった。いや、もっとずっと前、あの病院にいたころから、ありすには何もなかった。
だれもありすを見てくれなかった。
ありすはずっと一人だった。すごく痛かった。
そして、だれもありすを、人間として扱ってくれなかった。
それは『
「
お兄ちゃん、ありすの為に泣いてくれるんだね。
翔には届かなかった言葉だろう。だが確かにありすはそう口にした。
「お兄ちゃんは
そしてありがとう。
いつも一緒に居てくれて、友達になってくれて……
そしてありがとうお兄ちゃん。
「ありす、また一緒に遊ぼう」
翔のその言葉に、翔へ笑顔を作るありす。
本当はもっと遊びたかった。けどもうここでお別れ。
白いありすは、静かに電子の海へと消える。
それを、何も言わずに黒いアリスは静かに見届けた。
「……
でも、それでも、彼女は、ありすと一緒に居られて幸せだった。
黒いアリスが倒れる直前、彼女の目から一粒の雫が落ちた。
「あれ……あたし、なんで泣いているのかな。わかっているのに、ないてもほんものになんかなれないって……」
黒いアリスも、少女の後を追うように静かに電子の海へと消える。
赤い障壁が解除され、景色が決戦場のそれへと戻る。
翔の視界には、もうありすたちの姿が写る事はない。決戦場の静寂さが、翔の勝利を、そしてありすの死を残酷にも思い知らせてくれた。
「……くそったれ! こんなのってありかよ! なんだよこんなの! くそ……くそ!」
地面に膝を付き、拳で地面と叩きつける翔。
これが聖杯戦争のルール。これで3度目だ。だがこんなものが当然だと思いたくなかった。
こんなものが当然と言うなら、彼は怒りながらこう言うだろう。こんなシステムは根本から歪んでいると……
少女は電子の海の彼方に消えた。
それは、少女の死を望んだわけではない。何を望んだわけでもない。
そんな
これが戦いの道理である事は理解している。
ただ、それでも、あの少女が二度と還らない……
その事実が、翔の胸に重くのしかかる。
「あ、翔さん。空から何か……」
リップの言葉に顔を見上げる翔。
決戦場の空から、小さな細長い紙が、ひらひらと花びらが舞い込むように落ちてくる。
それを手に取る翔。白と黒が交わるような色合いをした不思議な紙。それはどうやら栞の様だった。
その色合いは先程までいた二人の少女を連想させる。
栞を持ち、静かに目を閉じる翔。
彼のその姿は、彼女の死を悼むようにも見えた……
ワンダーランドはおとぎの国。ライムの響きは夢のゆりかご。
1シリングの価値もない。保証期間は十年足らず。
いずれ消える甘い記憶。でも必要な甘い痛み。
本の内容は忘れても、夢に挟んだ栞のことは忘れないで……