Fate/Affection Doll   作:ラズリ487

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第2話 聖杯戦争

泥濘の日常は燃え尽きた

 

魔術師による生存競争

 

運命の車輪は回る

 

最も弱きものよ、剣を鍛えよ

 

その命が育んだ、己の価値を示すために……

 

 

 

 

「……ん」

 

 ぼんやりとした視界が徐々に覚醒していく。ここはどこだろうか、輪部がはっきりしてくると自分が見詰めているのは白い天井という事に気付く。どうやらここは保健室らしい。

 なんだが悪い夢を見ていたような、思い返せばありえないことだらけだった。いきなり槍が地面から生えたりとか、聖杯戦争とか、自分が斬り裂かれたりとか。

 そして自分を守る女の子が現れたりとか……

 そうだ夢だ。早く授業に戻らなければならない。

 

「あ、えっと、目が覚めたんですね。このままだったらどうしようかと思いました……」

 

 声がした方に顔を向ければ、タイトなドレス姿に身を包んだ少女が目に映る。

 その少女を見て、あれが夢でないことを気付かされる。

 

「君は確か……俺を守ってくれた」

 

「はい、パッションリップです。ええっと……」

 

 そこまでいって言いよどむリップ。なぜだろうと翔も頭を悩ませれば自分が名前を名乗っていないことに気付いた。

 

「翔だ。『寿々科 翔』」

 

「翔さん……ですか。よろしくお願いしますね」

 

 ぺこりとお辞儀をするリップ。その仕草が、なんだか子供っぽくてかわいいと思うが、その考えを振り払う。

 しかし、校庭を見ればなんにも変哲もない光景が目に映る。だが翔にはこれが現実ではないような感じがした。

 

「なあリップ。ここはどこなんだ?」

 

 校庭を見ながら、リップに質問する翔。

 その質問に唖然とするリップだが、微笑んで彼の質問に答えるリップ。

 ここは聖杯というものが作り出した霊子虚構世界、通称『SE.RA.PH(セラフ)』と言われているらしい。

 そして自分は聖杯を手に入れるためにこの『SE.RA.PH(セラフ)』の門をくぐり抜けた魔術師なのだと。

 

「聖杯、聖杯戦争と関係ある事か」

 

 聖杯戦争についても、翔は知らない。それもリップは説明する。

 ムーンセルオートマトン。月で発見されたという最古の遺物であるらしいそれは、人の願いをかなえる力を持っていると言われている。

 そして聖杯戦争とは、そのムーンセルの所有権をめぐる戦いであり、最後の一人になるまで戦う。

 そして勝ち残った一人には願いがかなう聖杯が手に入るというものらしい。

 参加者たちは『サーヴァント』と呼ばれる歴史上、神話上の英霊を召喚し、従え、戦い、競い合う。

 そして英霊には7つのクラスがあるらしい。

 

剣の英霊『セイバー』

弓の英霊『アーチャー』

槍の英霊『ランサー』

騎兵の英霊『ライダー』

暗殺者の英霊『アサシン』

魔術師の英霊『キャスター』

そして最後、狂戦士の英霊『バーサーカー』

 

このクラスは真名を隠すためでもあるらしく、基本的にクラス名で呼ばれるらしい。

言われてみれば、出会った人たちもランサー、アサシンと言っていた。

 

「それでリップはどのクラスなんだ?」

 

「あ、ええっと……それは……」

 

 顔を背けるリップ。その仕草に首をかしげる翔だが……どうやら地雷を踏みそうな勢いだ。

 言うのをためらうという事はどのクラスでもないという事、つまりリップはリップのままでいいだろう。

 

「ああ、すまない。無理に言わせようとしちまって、これからパッションリップでいいな?」

 

「はい! あと、ええっと……できればリップって呼んでほしいなとか」

 

 まじか、出会って間もない女の子からこういわれるとは翔は想像していなかった。だが本人が呼んでほしいというのだ。ここで断れば男として駄目だろう。

 

「わかった。じゃあリップって言わせてもらうぜ?」

 

 ニカッと笑う翔。斬られた傷はすっかり完治しており、歩いても大丈夫そうだったのでベッドから起き上がり、リップに歩み寄ろうとすると、彼女の体が不意に何かに怯えるように翔から一歩離れる。

 なぜだろう、なぜこんなにも自分は避けられているのだろうか。

 一瞬……脳裏によぎった自分の視線。

 そして思い返す光景、それは真っ先に視線を奪われたリップの胸……

 む、胸を一瞬、というかかなり見つめてしまったからか……!

 正直に言おう、リップの胸は目に毒過ぎる。ちょっと彼女が考えたり、身体を動かせばそれと一緒に巨大すぎる胸が揺れ動くのだ。しかもその上半身はサスペンダーで隠すべきところを隠しているだけ……

 あまり女性経験がない翔にとって、そんなリップの胸がこんなにも、間近で揺れ動くのは拷問に近い何かであった。

 ともすればファーストコンタクトはとてつもなく最悪。

 自分を守ってくれた女の子の胸をガン見など男として最悪だ。

 頭を抱えて眼を逸らす翔にリップは……

 

「私、手がこんなだから、近づけば翔さんの事、傷つけてしまうかもしれません……」

 

 自分の手を見つめるリップ。両手の爪が保健室の床をこすれる音が響く。

 確かにあの爪は触れるものすべてを斬り裂きそうなそんな威圧感すら感じられる。巨大な爪はほかの人からすれば恐怖以外の何物でもないだろう。

 正直にいうと初めてあの爪を見た時、翔だって怖かった。

 だけど本人は傷つける意思などない……

 つまりだ、本人に傷つける意思などないのにそれに怯えてはリップを否定することにもなるのではないだろうか。

 だから大丈夫と言いながらリップにゆっくり近づき……

 

「握手は出来ねえかもしれないけどさ、これだったら俺もしてやれる」

 

 そのまま静かに頭を撫でた。ほぼ初対面からこうするのもどうかと思うが、手を繋げないのだ。なれば別の方法を考えるしかなかった。

 その光景をリップが唖然として見つめていると、顔を赤くして喜ぶリップの姿が目に映った。

 どうやら喜んでくれたようだ。その仕草は何というか、かわいいではないか。翔が微笑んでいると保健室の扉が開き、一人の少女が入ってきた。

 その人物を見て翔は目を丸くする。そしてリップと交互に見つめる翔。彼がこうやって見るのも無理はない。

 その少女とリップの姿が限りなく酷似していたからだ。

 

「……とてつもなく失礼なことをお聞きすますが、お二人は姉妹で?」

 

「わああ!? 違います翔さん! 限りなく似ていますけど違いますってば!」

 

 入ってきたリップ似の少女が目を丸くしている。間違いなく驚かせてしまったのだろう。ひとまず翔は変な事を聞いてしまったことを『間桐 桜(まとう さくら)』に謝罪する。

 そしてどうやらこの子は聖杯戦争の運営をしている一人らしい。桜から一通りの説明を受ける翔。

 なんでも、聖杯を求める魔術師はこの『SE.RA.PH(セラフ)』の門をくぐる際に記憶を消され、生徒として日常を送るらしい。

 その仮初に染まった日常から自我を呼び起こし、自分という存在を取り戻した者達がマスターとして聖杯戦争本戦に参加。

 その際には『SE.RA.PH(セラフ)』で預かった記憶を返却するらしいのだが……

 翔は思い返す、思い出すのはここの学園生活の日々……

 かつての自分の記憶が思い出せない、いまだに本当の自分には、家族は誰がいたとかも……

 

「え、記憶の返却に不備がある……ですか? それにはどうしよも……私は運営用に作られたAIですので」

 

「そうか……悪かったな、変な気を使わせちまって」

 

「あ、あとこれ渡しておきますね」

 

 翔からの返事をあっさり流されたことに少し疑問を思うが、少し考えて納得する。

 彼女はAIなのだ。与えられた役割をこなすだけの仮想人格……とでも言えばいいだろうか。

 そして渡されたものは、何かの携帯端末のようだった。翔は感心な声を上げながら、それを少しいじってみるが……分からないものまみれだ。

 これは後でいろいろいじってみよう、連絡用らしいが他にも何かわかることがあるかもしれない。

 

「ありがとな、間桐さん」

 

 桜に礼を言うと、それに応じるかのようにぺこりと礼をする。

 しかし、よく見れば見るほどリップと似ている。知らない人が見れば姉妹と勘違いされてもおかしくないはずだ。

 ……心なしか、リップの視線が痛い気がする。これ以上は考えるな、という事だろうか。

 それに応えるかのように、考えるのやめ、翔は保健室を後にした。

 

 

 

 

「いやあ、しかし本当に晴天。これが仮想現実なんてなぁ……最近の技術はやっぱりすごいんじゃねえか?」

 

 フェンスに手を駆けながら空を見ている翔。彼が来ているところは学校の屋上であった。

 彼が見上げる空には雲一つない。今でも走りたくなりそうな晴天。宝石で例えるならそれはトルコ石のような真っ青な空。

 地面を駆ける風が、自分の身体に直接触れていく感覚はひどくとても懐かしいものに感じた。

 どうして、懐かしいと感じたのかは自分にはわからない。だが、そのように思いながら向こうの景色を見ていると……

 

「一通り調べてみたけど、ほとんど予選の学校と同じなのね」

 

 壁などをぺたぺたと触って何やら呟いている。黒い髪に赤い服を着た少女がこちらに向かってくる。その佇まいの凛とした雰囲気を漂わせている少女。

 あれは……前に慎二から聞いたことがある。容姿端麗、成績優秀な月海原学園のアイドル。その名前は『遠坂 凛(とおさか りん)』。

 だがあの瞳の奥に宿る意思は……

 ただものではない。翔の直感がそう感じ取る。あの強い意志はアイドルなどという存在ではありえないもの。

 その意思で彼に改めて思い知らされるのはただ一つ。

 

 ―――『聖杯戦争』

 

 いくら自分に記憶がないとはいえ、ここは戦いの場、少しでも気を抜けば自分がどうなるかわからない場所なのだ。

 彼女の纏うその空気が、それを確実に翔にもわからせる。

 そんな事実が、翔に嫌でも突き刺さる。

 

「あら、そこのあなた?」

 

「あ? 俺か?」

 

「そう、そういえばまだキャラの方は……」

 

 『チェックしていなかった、ちょっとそこを動かないでね』と言われ、不意に伸びた指先が翔を触れる。その瞳の奥の意思は、きっとどこかの戦場にいたであろう。

 だが……

 まだその少女は、あどけなさを残るという事を伝える指先であった。

 細く、柔く……

 が、翔にしてみれば拷問そのものであった。顔つきは美少女と言ってもいい子がそんな指使いで、突然自分の体を触ってくるのだ。鼓動が早くならないのがおかしいぐらいであった。

 

「あれ? おかしいわね、顔が赤くなってきているような」

 

 少女の顔が鼻先まで迫った時、翔は驚き『わあっ!?』という掛け声と共にその場から勢いよく離れる翔。正直、いきなりの出来事で耐えれなくなることの連続であった。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!? あんたNPCじゃないの!?」

 

「ああ! 正真正銘、俺はマスターだ!」

 

「ええ!? じゃあさっきまで調査で体をべたべた触っていた私っていったい……」

 

 先程の行動を思い返してしまったのか、顔が熱くなる。それに釣られるかのように彼女から顔を背ける翔。

 それを聞けば突然後方を向き『ち、痴女とか言うなー!』と何かに怒っている彼女、恐らく近くに彼女のサーヴァントが存在するのだろう。

 そんなサーヴァントが彼女に対して余計な茶々を入れたのが原因だろう。

 

「大体、そっちも紛らわしいのよ。マスターのくせにそこらに存在する一般生徒のキャラと同程度ってどうなのよ」

 

「うっ……そういわれるとなぁ……」

 

 良く慎二からも突っ込まれていた影の薄さを指摘され、肩を落とす翔。この青い髪でも緑色の瞳でも駄目なのか……肩を落とす翔に凛から声が掛かる。

 

「今だってなによぼんやりとして、まさか記憶がちゃんと戻ってないとかじゃないでしょうね」

 

「うっ……それがだなぁ」

 

 彼女からしてみればそれこそ冗談のつもりで言ったのだろう。だが翔にとってはそれは紛れもない事実であった。

 何ごとも楽しく行こうとする彼にすら途方に暮れてしまうほどの……どうしよもない事実だ。

 だがここで誤魔化しても仕方ないので本当のことを言う事にする翔。

 その言葉を聞いた凛は、冗談じゃないというような驚きの表情であった。

 

「嘘……本当に記憶、戻ってないの? それ、かなりまずいわよ」

 

 凛の言葉は続く、聖杯戦争のシステム上、ここから出れるのは最後まで勝ち残ったマスターただ一人。途中退出など当然許されることではない。

 記憶に不備があろうとも、今までの戦闘経験などなくても戻る事などできはしない。

 そして……

 聖杯戦争の勝者は『一人』きり。他の人はどこかで脱落するのだと……

 ああ、そうか、翔は理解する。目の前にいるのは『敵』だ。

 聖杯を奪い合う敵。その真実を改めて思い出した。

 目の前の彼女だけではない。この聖杯戦争に参加しているのは全員、敵なのだと……

 

 

 

 

「翔さん、大丈夫ですか?」

 

「心配してくれてありがとうリップ。だがわかっていたことさ。俺は戦うさ、お前と一緒にな」

 

 凛と別れを告げ、校舎を歩いている最中に心配そうに声を掛ける霊体化しているリップに対して『大丈夫』と意思を伝える翔。

 だが、不安が渦巻くのも事実だ。

 なにせ自分には戦いを参加する覚悟もないし、記憶もない。

 そんな状態で戦いの場に立たされれば不安にもなるはずだ。

 だが……その場にいるはずのリップを見つめる。

 こんな何もない自分にも、ただ死を待つだけだった自分に手を差し伸べてくれた少女がいる。

 その少女に応えてあげたい。まだ自分はここで死ぬことは許されない。それが今の自分の戦う理由なのだろうか。

 考えながら歩いていると、不意に声を掛けられる。

 

「待ちたまえ、マスターよ」

 

 声を掛けた相手は神父のような格好をした人物であった。この声は……令呪の説明をしてくれた人と同じ声だ。

 その神父に呼び止められ、振り向く翔。

 

「なんです? 俺なんか呼び止めて」

 

「いや、私はただ本戦出場おめでとうと言いに来ただけだ」

 

 彼の名前は言峰というらしい。彼は聖杯戦争の監督役をしているNPCらしかった。彼から聖杯戦争のルールを聞く翔。

 どうやらこの聖杯戦争はトーナメント方式らしい。その戦いは七回戦まで続く、そして最終的に生き残った人に聖杯が与えられるシステムだそうだ。

 その戦いには一回戦毎、七日間で行われるらしい。

 

「つまり、1日目から6日目までに準備をして本戦ってことか?」

 

「その通り、どんなに愚鈍な頭でも理解可能な非常に分かりやすいシステムというわけだ」

 

 その神父の言葉が突き刺さるが、今は気にしてはいられない。

 何か聞きたいことはあるか、そう神父に言われたときに、桜から受け取った端末を思い出す。

 聖杯戦争の監督役ならこれの使い方も知っているだろう。

 翔は言峰に端末を見せ、どうやって使うのかを聞く。

 

「ほう、その端末か。それは聖杯からシステムメッセージを受け取るものだ。そこからくるのは注意深く見ておくといいだろう」

 

 なるほど、トーナメント形式となれば恐らく聖杯からくるメッセージは対戦相手の発表なりそのようなものだろう。

 最後に……と、言峰が付け加える。

 一回戦毎にアリーナと呼ばれる場所に暗号鍵(トリガー)が出現するらしい、それを手に入れる事が出来なければ決戦を迎える事が出来ず、脱落ということになる。

 つまり、6日の間にその暗号鍵を手に入る事が出来なければ、自分たちは問答無用で負けるという事……

 教えてくれた言峰に礼を言いながら、翔はそこから立ち去った。

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