力を持つがゆえに道を踏み外す
道を踏み外すために、逸脱した力を願う
この矛盾もまた、人間の証である。
紛争のない世界
調和に満ちた世界でさえ、特例は現れる
「助かるぜ志波。リップ! 魔力をまわす!」
「ありがとうございます!」
「ランサー! 私に勝利を!」
「必ずや主よ、あなたに勝利をもたらしましょう」
槍を回し、構えるランサー。
自分の隣にいるのはかつて、共に戦った白亜のランサー。
そしてジャバウォックの行動を制限し、翔を勝利へと導いてくれたサーヴァントのランサー。
戦力としては十分すぎるほどだ。
紅の槍の切っ先を白亜のランサーはヴラド三世へと向ける。
直後、開戦の火蓋を切ったのは、稲妻の如き槍の突きであった。
突き、それは基本技の一つ。
だがそれを放つのは白亜のランサー。英霊ともなれば、突きだけでも、小手先の技法のどれよりも早く対処が難しい一撃となる。
しかし、ヴラド三世は、それをいともたやすく打ち払い、白亜のランサーに同じような突きを放つ。
「やぁ!」
だが、敵のランサーの突きは白亜のランサーに当たることなく、割り込んだリップの腕へと吸い込まれる。
そしてリップは後退。対するヴラド三世はランルーの傍から動かないまま、槍を構え直す。
その仕草に翔は違和感を覚える。
あのランサーは、恐らくだが、あの場から一歩も動かない。
ヴラド三世が白亜のランサーに敏捷で勝てないと判断。となれば、その敏捷を最初から捨て、高い耐久性を駆使した守りの戦法。
守りもまた強さの一つ。自身に仇名すもの達は身分構わず大量に処刑したヴラド三世だからこそできる戦術という事か……
「なんという……」
白亜のランサーは感激の声を上げながらも、ヴラド三世と打ち合う。
ヴラド三世の攻撃に耐えきる事が出来ずに地面が歪んでいく。ヴラド三世の槍の一振りは攻撃の域を超えている。
まるで爆弾だ。一振りごとに風圧が起き、その場で爆弾が爆発しているかのようであった。
力は互角、だがヴラド三世の守りの戦術と、教室という狭い場所が、まるで彼の手助けをしている様にも感じる。
白亜のランサーは2本の槍を巧みに操り、ヴラド三世の攻撃をうまく回避しながら応戦する。
そして回避しきれない攻撃はリップが応戦、ヴラド三世の攻撃を弾く。
「くそ……」
「焦っちゃだめだよ翔くん」
歯を食いしばる翔を見て白亜が声を掛ける。
後退するリップとランサー。そのどちらもいい顔はしていない。
明らかに、こちら側が押されている状況。翔が焦るのも無理はない。だが冷静さを失ってしまってはそれこそ本末転倒。
何とも言えない感情を抑え込み、三人の戦いを見つめている。
「さすがは、ワラキアの独立をトルコの侵攻から保った高潔な武人。まさか貴方ほどの者がこの戦いに参加しているとは思わなかった。しかし、共闘しても防御が崩せない……か」
「翔さん。これでは手詰まりです」
「分かってる。けど……」
ランサーとリップの発言に翔は考える。
白亜のランサーとリップ、二人ならば、あの守りも崩せると思っていた。
だが予想以上に、あのヴラド三世は難敵。
あの防戦能力は、翔の予想を遙かに上回っている。そして厄介なことが一つある。
あのヴラド三世は、守りの戦術を崩す気は無いようだ。
どうにかしてあの守りを崩し、反撃の一手を与えなければ、勝ち目はないだろう。
そして……ヴラド三世が先ほど見せた宝具を翔は思い出す。
あれだけはここで発動させるわけにはいかない。
それを許してしまったが最後、この教室の狭さからして、翔と白亜の死は避けられないだろう。
故に、翔と白亜が出来る宝具の対抗策は、そもそもヴラド三世に宝具を解放させないということのみ。
「できるかどうかはわかりませんが……ランサーさん。私があの守り、なんとか崩してみます」
「その顔、なにか策があるようだな。ならば頼む」
リップはひっそりと翔に耳打ちをすれば、翔は静かに考える仕草をする。
暫く考えたのちに翔はリップの考えに頷き、一つのコードキャストをリップに使う。
そして彼女は正面からヴラド三世に迫る。
それに対するは、守りの構えで立ちはだかるヴラド三世。だが彼女が怯む様子はない。
「『
「やぁ!」
続けて放つはリップへ敏捷強化と筋力強化のコードキャスト。その二つを受けたリップは弾丸の如き速度を手に入れる。
だが、リップの一撃はヴラド三世の防御を崩すことなく、その攻撃を受け止める。
しかし全方位から襲い掛かる爪の連撃には、ヴラド三世が受け止めるには容易かった。
だが、その刹那、ヴラド三世の表情が固まる。
リップに一撃を放とうとしていた時、自身の腕が動かないことにヴラド三世は気付いたのだ。
「貴様ら……小細工を施したのか……!」
ヴラド三世の槍を操る手が、見事に凍っていたのだ。
そして彼がリップを見てみれば、その両手の爪が冷気を放っているのが分かる。
不意につかれたヴラド三世はこちらにとって、とても優位となる隙を作り出す。
彼女の両手の冷気の正体は翔のコードキャスト。
かつてアリスとの戦いの時に使った『
「払え、我が槍よ!」
それを見逃す白亜のランサーではない。
ヴラド三世がその隙に、自身の敏捷を用いてヴラド三世に近づき、赤の槍による連続の突きを放つ。
その連撃はヴラド三世が凍りついた腕では対応できない重さと威力。
そして、完璧であったヴラド三世の構えを打ち崩した。
「ぐぅ!」
防御を崩されたヴラド三世に容赦なく、白亜のランサーによる斬り払いが放たれ、彼の体に大きな傷を作る。それは戦況を大きく変える一撃となった。
そしてさらにランサーが止めの一撃を入れようと、赤の槍を突き出すものの……
「ランサアアアア!!!」
直後にヴラド三世に対して、前方に魔力で作られた盾が出現する。
あれはコードキャストの一つなのだろう。立て続けに続く術式によってヴラド三世の目の前の魔力によって作られた盾が光り輝く。
間違いなくあのマスターは盾を強化した。ここにきて、まだあのようなコードキャストがあったとは……翔は歯を食いしばる。
間違いなくあのコードキャストは前方に盾を作り出す防御に特化したコードキャスト。
その盾のコードキャストにより、白亜のランサーの一撃を防ぎ、ランサーが隙を見せた所で、ヴラド三世が一撃を放つ。
まさに完璧な戦術だ。もう槍の攻撃が緩むことはない。ランサーの赤い槍は、真っ直ぐに魔力によって作られた盾へと吸い込まれていき……
「甘いな……その盾で他のサーヴァントの攻撃は防げようと、俺の槍を防ぐことはできない」
「がはっ……!」
赤い槍は無慈悲にも盾を貫通し、ヴラド三世の霊核を確かに貫いていた。
あまりにも予想外の光景に翔は眼を見開く。
ランサーのあの槍はまるで、魔力の盾を気にしてないかのように、貫通……いや、通り抜けたのだから……
白亜のランサーの槍に貫かれたヴラド三世がぐらりと傾き、仰向けに倒れる。
その眼には、もう鋭さは感じられない。ただその両目からは、血の色をした雫が重力に従い、滴り落ちていく。
ヴラド三世が倒れると同時に、体の先から消えていく感覚を感じる。
自分のコードキャストがいけなかったのだろうか、倒れたヴラド三世に近づく。
「公爵……死ンジャウノ?」
自分のサーヴァントである公爵は負けてしまった。
なら食べないと、とても悲しいけど食べないと……
「いえ、それには及びません。この身は貴方に愛される資格がない。怪物はこのまま消え去るのみ」
公爵の姿が黒に染まり消えていく。
なのに、なぜ食べてはいけないのだろうか。これまでずっと一緒に戦ってきたのに愛するなと彼は訴える。
―――食べる食べると望みながら、その実、倒した相手を一口もしなかった哀しい女よ。
「……だから人間というものは美しい。正気を失いながらもそなたはまだ人間だった」
立ち上がり、自分を見つめる公爵。その顔は狂気に満ちて無く、とても優しい顔。
「その魂にはまだ救いの余地があるのです。故にあなたは煉獄へ、我が体は地獄に落ちるが定め」
「公爵……」
「それでは、しばしのお
大事な家族がいなくなってしまう……
公爵……ランルー君にもね、愛している物、あったんだ。
それはたくさん、いっぱい。
一番愛したのは、ランルー君のベイビー。
小さくて柔らかくて……
だけど、みんないない。ランルー君が愛した物はみんないなくなる。
だから、ランルー君は聖杯にお願いしようと思ったんだ。
世界中のみんなの事を好きになるって……
そうすれば、ごちそういっぱい食べられる。
このお腹には何一つ入らなかった。
あんなにたくさん消えてしまったのに……
みんなみんな消えちゃった。
お腹がすいたら悲しくなる。
御馳走のない世界なんて……
―――ああ
いっぱい考えちゃったら、お腹すいたなぁ……
お腹―――
ヴラド三世の血だまりを見つめていたマスターは、やがて静かに光となった。
あの二人も、願いをもってこの戦いに挑んだ者たちなのだろう。
それを思えば、やはり罪悪感を持ってしまう。
「よくやった、二人のマスターよ。では約束通り。君達に令呪を授けよう」
突然、背後から声を掛けられれば、そこには言峰が立っていた。
彼は翔と白亜に、短い処置を施せば、手に刻まれた令呪が一画増える。
これはマスターを一人倒して手に入れたもの、無駄遣いになど、できはしない。
「君達は、このまま勝ち進めばどこかで戦うことになるだろう。どちらも頑張りたまえ」
そう、今ので四回戦が終わったわけではない。
だが、翔は言峰から驚愕の真実をその後に聞く。
翔の四回戦の対戦相手は、不在。
どうやらあのランルーこそが、翔の対戦相手だったそうだ。
対戦相手の不在、つまり翔はこれにて四回戦を勝ち上がったことになる。
「やりましたね翔さん!」
「ああ、お疲れリップ」
リップの頭を優しく撫でている時に、ふと夢の中の出来事を思い出した翔。
夢の中でBBという少女が話したリップはアルターエゴという存在である事。
それを今までリップ自身からは、話したことが無いのだ。
いや、どちらかというと、彼女は過去を話したくはないようにも見える。
彼女がそこまで過去を秘密にしているのは理由があるだろう。
きっと翔にも知られたくない過去が……
「見せつけるねえ翔くん……さあ、ランサー、今日は休みましょうか」
ランサーは白亜のその言葉に軽く了承の返事をすると、二人は個室へと戻っていく。
それを見た翔とリップも今日は休もうと個室へと戻ることにした。
「……まあいいか」
先程は少しリップの過去が気になったが、余計な詮索をするのはやめようと思った。
ここまで一緒に戦ってきたのだ。彼女の過去に何があっても、どのような生き方をしてきたかも、自分は自分なりにリップの事を理解しているはずだ。
彼女を理解し、受け入れる覚悟はもうできている。
だから、今は知らなくてもいいだろう。リップが教えてくれなければそれでもいい。
この繋がりが消えることのないなら……俺は、このままでもいいのだから。