避けようのない死
逃げようのない終わり
結末を前にしたとき、本質は表れる
祈りも救いも不要
戦いは今日、ここで終わる
その狭間で―――どうか、見せてほしい
かつてそうであったように
人間の全てが
絶望の中で光を見出せるのかを
「そうですか……彼とついに当たるのですか」
「魔術師というものは、肉弾での戦いと違い、僅かな期間で急激に伸びることがある」
ここはとある場所、人目のつかないところで、二人は対面していた。
一人は、レオナルド・ビスタリオハーウェイ。西欧財閥の次期盟主である。
彼らが話しているのは、レオではない方の対戦相手の事だ。
レオではない方の、黒コートの人物の手には、端末が握られている。
その画像には、実力的にはかなり下のランクを位置づけられているデータと共に、写る『寿々科 翔』のデータだ。
ここまで
「だが奴はここで終わる。聖杯は、あなたが手にするはずなのだレオ」
俺はそのためにここに在る。そう言い加える。
その彼は顔色一つ変えることなく、レオにはっきりとそう伝えた。
レオにそう語った、その人物こそ……
「ご健闘を……兄さん」
黒コートを羽織った青年である、ユリウス・ベルキスク・ハーウェイその人であった。
「う……」
翔は目覚める。だがそこは自分の部屋ではなかった。
確か自分は、あのヴラド三世との戦いが終わり、部屋に戻って倒れ込むように寝ていたはずなのだが……
ここは海の中だろうか、深く、けど上を見上げれば明かりが見える海の底。
だが足はつけるようだ。そんな不思議な場所に翔は目覚める。
「ここって確か1回戦が終わった時の……」
ああ、ここは覚えがある。翔は1回戦が終わった後に見た夢の場所だ。
確かあの時は、自分の夢をぶち破ってキャッキャ騒いでいたあの小悪魔的な奴がいる場所だ。
前はBBというやつに叩き起こされたが、どうやら、今回はそうではないらしい。
まず彼女の姿が見当たらない。それどころか、この空間自体がまるでノイズが走っているかのように、辺りが歪んでいる。
もしや、彼女の身に何かが起こったのだろうか……
「おいBB、いるのか?」
「おや? 私はここにいますけど?」
彼女が呼ぶ方に声を掛けるが、やはりBBはいない。
むしろ、彼女が言葉を発する度に、この空眼の歪みがひどくなってきているような感じもする。
翔が、BBが見えないことを口にすれば、BBは『そうですか』と元気がない声で返事をする。
調子が狂う。あんなに、はしゃいでいたやつが一体どうしたというのだ。
「おいお前、今日調子変だぞ?」
「健気でかわいいセンパイのために、少しづつ小出ししていこうかなって思っていたのですが、もうここの干渉は叶わないようですね」
元気のない声で、翔に語りかけるように彼女が言えば、言葉の続きを彼女は口にする。
「センパイ手短に言いますね。五回戦の決戦で、詳細を省きますが、あなたは死にます」
「なっ!?」
BBから言い渡された残酷な結末。それをいきなり聞いた翔は驚愕の声を上げる。
自分が死ぬ……それはいつかはあり得るのではないかと思っていた事、だが聞きたくはなかった。思いたくはなかった。
「全く、自分でもどうかしてると思います。本当に焼きが回ったと思います。だから……」
力を貸しましょう。BBは静かにそれを口にした。
もし、4回戦、いや、それに準ずるものを無事に勝ち抜き、5回戦目になったとき、翔にはあるところに行ってほしかった。
BBはその行先を静かに翔に伝える。そこに自分はある力を残したという。
その力を、きっと翔には使いこなせると……
5回戦の決戦で翔の身に起こる、死を防ぐ事が出来るのは、翔とリップの力が必要不可欠だと静かに彼女は伝えた。
「期待していますよ、未来あるコーハイさん? 結果を私が知ることはもうできないですけど、願わくば、リップを……彼女を幸せにしてあげてください」
「まってくれ! どういうことだ! 力を授ける? 俺が死ぬ? おいBB!!」
それを考える間もなく、まるで目の前が塗りつぶされるように、視界が黒に染まり始める。
目覚めの時のようだ。いくら翔が叫んでも、もうBBの声が聞こえることはなかった。
きっと、彼女の言葉には意味があるのだろう。
だが、今の翔にそれがわかることはなかった……
5回戦開始。
128人いたマスターとサーヴァントも、今では8人となった。
ここまでくると校舎も静かになり、騒がしさよりも静けさの方が多くなってきた。
バトルロワイヤル、あのヴラド三世は強敵だった。
白亜のサーヴァントが力を貸してくれなかったら、自分はどうなっていたかわからない。
「次の対戦相手は……あいつか」
翔は、端末のメッセージを確認し、あの掲示板の所へと歩いていた。
そして、その対戦相手の名は確認する必要がなかった。
対戦相手の名前がかかれてある掲示板、この空間に足を踏み入れた時に感じたのだ。何度も味わった、あの凍りつくような殺気が……
「ようやくてめえと戦えるようだな黒コートの野郎」
「……」
彼は、振り向くことなく、背後にいる異様な存在に声を掛ける。
翔の問いかけに、彼は返答することなく熱を持たない瞳は、ただじっと、こちらを見つめていることが嫌でもわかってしまう。
他のマスターとは違う、段違いの殺気、威圧感。
それはまるで、何百、何千という針がこちらを突き刺している様であった。
「その眼を見ればわかる。随分と腕を上げたようだな。これだからわからんな、
「そうかい、そいつは光栄だな」
翔が振り向けば、黒コートの男、ユリウスはゆっくりと歩みを進める。
それはまるで、殺気そのものが自分に近づいてくるようにも感じられた。
息を吸う事すらままならない。だが翔は、息を飲みながらも、彼を視線で追った。
「翔さん……」
「あいつだけは……気を付けなくちゃいけねえ。俺は一回、あいつのせいで死にかけたんだ。それだけはわかる」
今思い出しても、背筋がぞっとする。翔はあの予選の時のことを思い出していた。
ユリウスは眼を閉じ、背後を振り向けば、まるで霧が去っていくかのようにふらりと消える。
だが、あの時のように弱い自分ではないはずだ。
拳を握りしめれば、翔は彼とは違う方向を歩き、階段を下りる。
「あら、翔くん。対戦相手の看板を見てきたんだね」
「ああ、志波か」
階段を下りれば、どうやら食堂に向かっている彼女と遭遇した。
次の対戦相手が決まったことを彼女に伝えれば、彼女はなにやら、複雑そうな表情をする。
「ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ……彼は、プロの暗殺者よ」
白亜は言葉を続ける。
あれの生き方は間違いなく、翔とは真逆。戦いに感情を持ち込むようでは確実に殺されるという事は確か。
殺し合いや暗殺の化身ということは彼女は、翔に伝えた。
「ということよ。ユリウスに挑むなら、万全な準備をした方がいいってことね。それはともかく、かれこれこの学園で伝わっていた都市伝説みたいなのを入手したんだけど、聞きたいかい翔くん?」
「……は?」
いきなり何を言い出すんだこの少女は……
翔の制止を無視して白亜は語り始める。
どうやら、この聖杯戦争に使われるアリーナには1から7までの『月想海』と名付けられているが、どうやらこの学園のアリーナ内には、1でも7でもない『零』というアリーナがあるらしいのだ。
そして白亜はどうやら、その噂に興味があったらしく、その噂を頼りに情報を辿って行ったところ、なんとその『零の月想海』のキーの実物を手に入れたらしいのだ。
「だけどアリーナの前に行っても、肝心なアクセスが出来なくてさ、結局これどうしようかなって考えていてね」
この零の月想海、様々な噂が絶えないらしく、聖杯戦争の没データとかが入っているとか、この世の全ての情報が入っているとか、ムーンセルのみが知る情報が入っているとか、ないとか、様々な噂がされているらしい。
「零の月想海……」
この言葉に翔は聞き覚えがあった。
なぜだかはわからない、ただぼんやりとどこかで聞いたような覚えが……
記憶をたどっていれば、一つの答えに辿りつき、それを言った人物が鮮明に浮かび上がってくる。
確かこれを言っていた人物は……
思い出した。ここではないどこかで、確かにそれを言っていた人物がいた。
「志波、そのキーを俺にもらえないか?」
「おや? どうして?」
「そんな都市伝説があるんだ。何か使えるデータとかあるかもしれない」
「……言うと思った」
白亜は微笑みながら、小さく呟くと、そのキーと思われる物を、翔に手渡す。
翔の手には、何やら四角いコードのようなもの。その中には難解複雑な術式が組み込まれているのが分かる。
だが翔には、なぜだか自分なら使えそうだと、思った。それがなぜだかはわからない。
「もし開けれたら感想教えてねー」
白亜は手を振ると食堂に向かって走っていく。
それを見届けた翔は、静かにアリーナの入り口に向かい、彼女から貰ったそのコードを使う。
翔がコードを展開すると、そのコードが認証し、辺りの雰囲気が一変する。
どうやら、認証は成功したようだ。しかし、いとも簡単にアクセスできた事に翔は疑問を覚える。
なぜ白亜にはこれを開ける事が出来なかったのだろうか……
自分が思うには実力的にも魔術師としての腕も、白亜のほうが上手なはず。そんな彼女ならば、これを展開しアクセスできることなど容易いと思うのだが……
もしかすると、このキー自体に、何か仕掛けがあるのかもしれないが……
まあ、考えてもわからないことはしょうがない。
今は、この中に入ってみる事にしよう。
「……行きましょう」
「ああ」
リップが実体化し、翔が彼女の言葉に頷くと、アリーナへ続く扉を開いた。
零の月想海……そこは今までのアリーナとは違い、海が広がるような光景では無く、まるで血が広がったかのような正反対の光景が彼の視界に広がった。
正直に言うと、ここの居心地は最悪だ。
「『
そのコードキャストを使えば頭の中に大量の情報が流れ込む……それをリップにも見えるようにマップ出力すれば、このアリーナ自体はそれほどまで広くはないという事が分かった。
どうやらこのアリーナにエネミーは存在しないらしい。没データのたまり場であれば、没エネミーの一体や二体はいそうなのだが……まあないものを期待してもしょうがない。
だが油断は禁物だ。何が起こるかわかったものではない。
周囲に注意をはらいながら進んでいくと、なにやらリップが、なにかに気づいたように周囲を進み始める。
「リップ……どうした?」
「あ、いえ……何か懐かしい感じがあった気がして……」
「懐かしい感じ?」
何かに導かれるままに進んでいけば、リップが突然歩みを止め、周囲を探索し始める。
彼女が言うには、この辺りから、その懐かしい感じというのがしたらしいのだ。
その彼女の言葉を頼りに進んでいけば、翔の手に何かが触れたような気配がした。
「……これは」
その透明な何かを掴み、自身の魔力を通すと、まるで透明というベールを脱いだかのように、礼装が姿を現す。
今までコードキャストは全て使え、なおかつ自作もしてきた翔であったが、その礼装の構成に覚えはなかった。
となると、これが夢の中で彼女が話していた、ある力……
「もしかして……これが……?」
「このコードキャスト、使えそうですか?」
「分からないな。とにかく使ってみるか」
翔の身体に術式を組みあげ、それを唱えてみるが、特に反応はない。
これは研究が必要なコードキャストの分類だ。
ただ闇雲に使うだけでは意味はないのだろう。
もしこれが強力なコードキャストなら、あのユリウスとの戦いで有効なはずだ。
彼は本物の暗殺者……一つ間違えれば、刈り取られるのは間違いなく自分だ。
ユリウスとサーヴァントの差を小さくするには少しでも多くの戦力が必要。
彼の力は今までのマスターとは違い強大だろう。
だから、出来る限りのことをやるとしよう。