Fate/Affection Doll   作:ラズリ487

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第20話 蠍の一撃

「……翔さん、一つだけ話があります」

 

 場所は変わり、あの零の月想海の探索を終えた二人はアリーナにてトリガーを習得、アリーナを蠢くエネミーを倒した時にリップがふと言葉を漏らした。

 

「あの人が相手です。きっと宝具を使わないと勝てない場面があるでしょう」

 

 辺りにエネミーをいないことを確認してからリップは改めて翔に向き直る。

 その顔はどこか、怯えた感じがして、でもしっかりと翔のことを見つめている。

 宝具……それは英霊の象徴、その英霊の伝説そのもの、それを使えば必然的に、どのような英霊なのかが分かる事となる。

 だが、それには、サーヴァントの事をマスターがその英霊を理解していなければならない。

 そうはリップの事はよく理解していると思っていた。

 だがそれは、今のリップの事だ。

 彼女の事を理解するということは、彼女の過去を知らなければならないことは必然的に明らかである。

 つまり、宝具を使うという事は、翔自身も彼女の過去の事を、知らなければならない。

 

「翔さん、私の過去を知りたいですか」

 

 顔を逸らせながら、声を小さくしつつ言うリップ。

 過去を話す事は、彼女にとってそれほど勇気がいる事なのか……?

 いや、違う。リップは、別の意味で勇気がいるのだ。

 確かに人に知られたくない部分を話すには、とてつもない勇気がいるのを翔は知っている。

 今まで身近に、リップの表情を見てきた翔には、今彼女が何を抱いているのかが大体予測できた。

 彼女は、パッションリップは……

 

 ―――怖いのだ。

 

 リップの過去を知り、自分に拒絶されるのが怖いのだ。

 リップの過去を知り、距離を作られてしまうのが……

 そんな彼女を見ているだけでも、心が痛む。

 

「リップ、俺は……」

 

「そこにいたのか」

 

「!?」

 

 翔が話し終える前に、まるで影が分離したかのように現れるのは、黒いコートの男。

 見間違うはずがない。あの姿、あの視線、あの殺気……

 その姿は紛れもないユリウスであった。しかし妙だ、アリーナ内だというのにサーヴァントの姿が見当たらない。

 一体何が起きているというのだ。

 

「やり残した仕事を片づけに来た。ここで消えろ寿々科翔」

 

 間違いない。彼はここで仕留める気だ。

 だがサーヴァントの気配がまるでない。感じるのは彼の殺気だけ。

 どこかで見えない一手が来ると彼は直感で感じた。

 リップが翔の前に立ち、ユリウスから翔を守るように立ち塞がる。

 

「それは私の台詞です! ここであなたを倒します!」

 

「いやいや、それはこちらの台詞よ。その奇妙な籠手はただの飾りか?」

 

「!?」

 

 何かがぶつかる音、それを同時に見開くリップの目。

 翔もまた目を見開き、リップの名前を叫ぶ。

 この一瞬のうちに、リップは何者かに攻撃を受け、無惨にも空中に吹き飛ばされていたのだ。

 今の声は間違いなく彼のサーヴァントの声……

 だが翔も、リップも、そのサーヴァントの存在を認識すらできなかった。

 地面に勢いよく叩きつけられ、声を漏らしながら体が震えるリップ。

 彼女も、またあのサーヴァントの動きを認識すらできなかった。前から攻撃されたのか、後ろから攻撃されたのかもわからない。

 まるでどこからか透明で、巨大な鉄の塊が直撃する。そんな感覚を彼女の身を残しただけ。

 

「リップ!」

 

 しかし、そこには『何もなかった』。

 リップが力なく地面に倒れ伏したその結果(げんじつ)のみが、全てを物語っている。

 彼女がうっすらと目を開け、周囲を確認するが、彼女の眼をもってしても、攻撃した者の影すらも、写らなかった。

 ただ驚き叫ぶ、翔の声を、黒コートのユリウスがいるだけ。

 肝心のサーヴァントはなにもわからなかった。

 

「なにも……わからなかったなんて」

 

「終わったな、行くぞ」

 

 リップが力なく言葉を吐いたのを見届け、ユリウスはまるで何事もなかったかのように立ち去ろうとする。

 が、そのユリウスが何かに気付いたように、何もない所を見つめる。

 恐らく彼のサーヴァントが、なぜか立ち止まったのだろう。

 

「どうした。やはり首でも削ぎ取っておくか?」

 

「いや、それには及ばん。確かに心穴(しんけつ)()いた。衝いたのだが……まあ良しとするか。抜かりはない。いづれ死に至ろう」

 

 ユリウスのサーヴァントの言葉に、翔は彼の声がした方向を見つめる。

 今あのサーヴァントは、なんて言った。聞き間違えが無ければ……間違いなく『死に至る』という言葉が……

 見れば確かに、リップは動かない。時折、苦しそうに呻くだけだ。

 

「しっかりしろリップ!」

 

 そう言い、彼は術式を組み上げ、回復のコードキャストをリップに放つ。

 だが、そのコードキャストを掛けた時、とてつもない違和感が翔を襲う。

 効かないのだ。回復のコードキャストが……

 これは普通の傷ではない。激痛によって叫ぶリップを見つめて翔は即座に理解した。

 あのサーヴァントになにかされた。そう考えるのが妥当だろう。

 翔はまだリップと話したいことがたくさんあった。

 まだ伝えたいこともたくさんあった。

 いつか自分の記憶を取り戻したら……自分の体が見つかったら……まだ伝えたいことが……

 

「待ちやがれユリウス」

 

 そのためにはここでユリウスを倒さなきゃいけない。

 彼を倒して、リップを助ける方法を聞きださなきゃいけない。

 

「くそったれがぁ!」

 

「……怒りで我を忘れたか」

 

 自分でも考えられない速度でコードキャストを練り上げ、魔力弾をユリウスに目掛けて複数飛ばす。

 だがその行動は彼には全て見えていたようだ。

 彼もまた防御のコードキャストを使えば、翔が飛ばした魔力弾を全て消し去る。

 いくら、魔術の腕が立つマスターと言えど、サーヴァントの守り無しでは勝てるわけがない。

 翔にはそんな単純な考えすら、今は出来ないでいた。

 

「!?」

 

 ユリウスがこの短時間で、短剣を翔に目掛けて投げる。

 魔力弾を再び放とうとしていた翔に、その動作は遅れて確認できた。だがもう遅い。

 その短剣が容赦なく翔の眉間を刺し貫こうと迫る。

 それを防ぐ手段はない、彼にはただそれが自分に突き刺さるのを見つめているしかないのだ。

 自分の急所だけは防ごうと腕を前に出したところで、翔の端末が宙へ浮き、輝きを始めた。

 

「翔くん! 端末から侵入させてもらうよ! そのまま動かないでね!」

 

 どうやらその声は白亜のようだった。彼女は翔の端末に、何らかの力で侵入し、強制転送のコードキャストを使ったようだった。

 そのまま端末は激しい光に包まれ、翔は宙へ浮く感覚に包まれ、視界は白く包まれた。

 それはまるで、目が潰れるほどの光。そして重さが忘れるぐらいの引力。

 霊子で構成された肉体は、一度圧縮され、アリーナから摘出される。

 それはいわば二次元が一次元になるようなものだ。当然、翔の意識はそこで消える。

 座標を合わせるため、白亜は一時的に翔の意識へ接続を試みる。

 

 ―――その時に、白亜は見てしまった。白亜は知ってしまった。

 

 記録でしか残って無い記憶を……

 

「まあ、わかっていたことだけどさ。こうやってみるとねえ……」

 

 その光景を見て白亜は静かに言葉を漏らす。

 彼女が見ていたのは、30年前の記録。ムーンセルに記録でしか残っていない風景。

 燃え盛る街。逃げ回る人々。

 白亜は翔の正体の結論に辿りつく。

 その結論は、翔は、翔の身体は……

 

 

 

 

「う……」

 

 どれだけ気を失っていただろうか。

 ぼんやりとする意識を振り払い翔は目を覚ます。

 天井が白いことからここは保健室だろう。

 

「あいつは!? リップは!?」

 

 目を開け、脳が覚醒し始めた時、少し前までの出来事を翔は思い出しベッドから勢いよく飛び起きる。

 確か、アリーナでユリウスに襲われ、光に包まれた後の記憶がない……

 

「わわわっ!? わー!?」

 

 叫び声がする方を向いてみれば、飛び起きる翔に、驚いた白亜が盛大に転び、持っていたであろう、いちごミルクの紙パックが宙を舞い、彼女の顔に激突しているところだった。

 その意味不明な光景に、頭をかしげる翔。

 

「いてて……扉開けた瞬間、いきなり飛び起きるのは心臓に悪いって……」

 

「わ、悪かったな……」

 

 頭を擦りながら、ゆっくりと起き上がる白亜。

 その後、白亜から説明を受ける翔。

 どうやら、自分はここに転送された後は、丸一日眠っていたらしい。

 昨日、アリーナでユリウスに襲われた際に、どういうわけか、白亜がそれに気付き、令呪を使い翔の端末にアクセスし、強制転送させたらしいのだ。

 そのショックで一晩眠っていたらしい。

 そこまでしてまで彼女は自分を助けてくれたという事。さらに令呪、あの奇跡を使ってまで、自分を助けてくれたという事か……

 どうして彼女がここまで協力してくれるのかはわからないが、今は感謝の言葉を白亜に送った。

 

「どうやら君のサーヴァントが、何かの攻撃をうけたみたいね。あなたが寝ている間に彼女を診せてもらったよ」

 

 白亜は隠すことなく翔に説明する。

 最初は新手のウィルス攻撃の部類かと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 彼女が考えた末に発した言葉は、まるで『蠍の毒』のようだという事らしかった。

 

「そんなにひどいのか」

 

「ええ最悪ね、最悪中の最悪。彼女の魔力回路が完全に乱されてる。翔くんと彼女を繋げているラインが全く機能してないの」

 

 つまり、翔から送られる魔力が全く持って届いてないという事らしかった。

 サーヴァントは確か、マスターの魔力供給が無ければ存在できないはずだ。それが出来ない場合は体を維持できないという事。

 つまりリップは現在、自分の魔力だけで体を維持しているという事。

 

「そうね。彼女の魔力の量から察するに持ってあと数日ね」

 

「そんな、なにか方法はないのか!」

 

「翔くん。少し考えさせて。対策、考えておく。昼頃に屋上で会いましょう」

 

 そう言うと、白亜は『これ差し入れね』と焼きそばパンといちごミルクのパックを置けば、保健室から出ていく。

 こんな時にすぐリップを助ければどんなにいいだろうか。

 今の自分に何かできることはない。つまり今は白亜だけが頼りなのだ。

 どうすることもできない。その事実は、翔の心を深く抉るような気がした。

 

「リップ……」

 

 隣を見れば、リップが苦しそうな表情で横になっているのが分かる。

 その姿を見つめれば、自分だけでは何もできない。その事実が突き刺さるのを感じる。

 今ここで、リップを助けになるだけの力があればどんなにいいだろう。

 リップを助けたい。彼女をこの苦しみから救ってあげたい。

 

「……翔、さん?」

 

「リップ!!」

 

 リップは細く目を開け、静かに翔の名前を呼んだ。

 その表情は苦痛そのもの、それは彼女の受けた傷が重傷ということを嫌でもわからせる。

 

「ごめんなさい。私が……もっと、気を付けていれば……」

 

「違う! お前のせいじゃない!」

 

 あの時、自分がもっと気を張っていれば……

 肝心の時に役に立たないマスター。役に立たない自分。

 だから今までの恩返しとしてリップをいち早く回復させてあげたい。

 試しにコードキャストで彼女の傷を癒す何かをかけてやれればいいが、そんなものはないらしい。

 自分の無能さに打ちひしがれながら、翔は、リップの頭を撫で屋上へと上がることにした。

 

 

 

 

 朝に白亜と相談してから、時間が経過した。

 翔は呆然としたまま屋上の柵に身を預けていた。

 時間を言えばそろそろ昼頃だろう、白亜が言っていた時間だ。

 彼女はなにか策を見つけたのだろうか。

 自分は……無力だ。

 リップの為になんにもできないなんて。

 だが、どうすれば彼女を救える。

 どうすれば、あのサーヴァントの倒す方法を探れる。

 考えろ、考えろ寿々科翔。

 

「おう、ここにいたか。壮健で何より」

 

「なっ!?」

 

 考えていれば何処からともなく声がし、声がした方向を見れば、中華の武術家然とした服装の男性がこちらを見つめていた。

 サーヴァント連れていない今、敵サーヴァントに遭遇するという事は、紛れもない死刑宣告にも等しい。

 この声は聞き間違うはずがない。あの時、リップを一撃で瀕死に追いやったサーヴァントだ。

 

「呵々、そう気構えるな。今は仕事の外。私用で気ままにぶらついているだけよ」

 

「……俺を殺しに来たわけじゃない。そういうことか?」

 

 少なくとも、話は通じるサーヴァントらしい。となれば、このサーヴァントがバーサーカーということはないだろう。

 

「そういうことよ。わしはそこまで酔狂ではない。何の理もない殺しはせんよ」

 

 どうやら、このサーヴァントは本当にこちらを狙い来たわけではなさそうだ。

 そう思っていれば、その男が、どこからか、お酒の入った壺を取りだす。

 

「どうよおぬし、儂と酒を飲まぬか。今回の我が主は堅物故、しかも訳ありで飲めぬ男だからな」

 

「いや、すまねえ。お酒は苦手なんだ」

 

「ぬ? そうであったか、てっきりいける口と思ったんだがなぁ」

 

 残念そうに男が呟くと、その場に座り込むめば、どこからか酒器を取り出し、そこにお酒を注げばそれを一口で飲み干す。

 この男は、問答無用で邪魔者を消すようなものではないらしい。

 

「あんたを見て思ったんだが、あんたは一戦を大事にするってやつか?」

 

「その通りよ。見かけによらず、おぬしには底知れぬ力を感じる。確かに儂は『一戦一殺』を心がけておる。一度の戦いでは一人しか殺さぬし、一人は必ず死んでもらう」

 

 しかし、おぬしのサーヴァントもなかなかの腕前と見た。ユリウスのサーヴァントは、静かに翔に向かって言い放った。

 まるで、あの場であのような攻撃をしていながらも、生きてると知っているような口ぶりで……

 

「誇るがいい魔術師、おぬしのサーヴァントはなかなかの腕前だ。一瞬だが儂の拳をずらしおった。今までの何倍も愉しいぞ。あれだな、殺すには惜しいというのはこういう時に言うものだな」

 

「殺すには惜しい……なら、リップは救えないのか」

 

 この男はアサシンのサーヴァントであるが、それ以前に一人の戦士であるという事が翔にはわかった。

 若干の期待を込めて、翔はそのサーヴァントにそう言い放つ。

 

「残念ながら出来ぬ相談だ。儂とて助けてやりたいのは山々だが、この拳は倒す事しかできんのだ」

 

 儂の拳に宿るのは『殺』のみ。

 人体を効率よく壊す術里はあれ、大層な思想も思念もない。

 余人を生かした事など、数えるほどもなし。

 武人を謳うには程遠い殺人鬼よ。

 サーヴァントはそう言うと、飛び上がり、翔に背後を向ける。

 どうやら、本当に、この場で戦う事は無いようだ。

 

「故に、サーヴァントはおぬしの手で治せ。儂とて敵は万全でなければ愉しくない。おぬしのサーヴァントがもう一度立ち上がる時を待っておるぞ」

 

 サーヴァントが空気と共に消えると、張りつめていた空気が一気に緩んだのを感じた。

 どうやら、あのサーヴァントは去っていたらしい。

 この事態を一刻も早く解決しなければならない。

 白亜の言葉を信じ、翔は屋上を下りて行った。

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