Fate/Affection Doll   作:ラズリ487

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第21話 回路修復

 頭が痛い……

 体中が痛い……

 私はどこにいるのだろうか……

 

『……どうして、ここまできたんですか』

 

 うっすらと目を開ければ青く深い場所に自分がいるのがわかった。

 どうやらここは深海のような場所らしい。

 そして、誰かの声が聞こえる。

 この声が聞き覚えがある。これは紛れもない私の声だ。

 

『あのまま校舎にいれば、ずっと見つめられていたのに、好きなままで幸せだったのに……』

 

 この記憶が私が、あの場所にいたころの記憶だ……

 

 ―――ノイズが走り、場面が変わる。

 

 これは、その奥底に見える映像のようなものは、私がかつて『あの人』にやったことだ。

 

『……好き、好きなんです。大好きなんです。だから教えて下さい』

 

 巨大な腕を『あの人』に、そして、その隣のサーヴァントであろう存在に向けながら私はこう言った。

 その人が女なのか、男なのかわからない。

 そして連れていたサーヴァントは、赤いドレスを身にまとった女性あったかもしれない。

 もしかしたら、赤い服を身にまとった男性であったのかもしれない。

 もしかしたら、着物を着た狐耳の生えた女性であったかもしれない。

 いや、もしかしたら、黄金の鎧を着ていたサーヴァントであったのかもしれない。

 

 ―――どうしたら私を好きになってくれるんですか? 私のどこがいけないっていうんですか……!?

 

 

 

 

「目が醒めたかリップ。大丈夫か?」

 

 暗闇の中でリップは眼を覚ました。

 声がした方を向けると、翔が彼女の視界に入った。

 体に激痛が走るのを我慢しながら、リップはいち早く違和感に気付く。

 あのサーヴァントに、自分と翔の繋がりを断ち切られたという事が、今の状態からわかった。

 翔からの魔力が行き届いていない。

 このままでは、自分の身がいつまで持つかはわからない。

 

「ごめんリップ。俺だけじゃお前を救う事は出来ない。こんなことしかできなくてごめん」

 

 リップの額の汗をぬぐいながら、思いつめた表情で言う翔。

 こんなにもリップが近いのに、彼女がどこか遠い所にいるような感覚になる。

 それでも、彼がこんなにも近くにいて、静かにリップの頭を撫でている。

 これだけでも、十分に体に良く効く薬だ。リップは静かに目を閉じる。

 

「翔くん、ごめんなさい! やっと治す方法が見つかったよ!」

 

「ほんとか!」

 

 保健室へ入ってきた白亜の言葉に翔は歓喜の声を上げる。

 彼女の思いついた手段というのはこうだ。

 まず彼女が、自作のコードキャストを使い、リップの乱れた魔力回路に侵入。

 膨大な数であろう乱れた回路から、繋がりが途絶えた回路を見つけ修復。

 それは広大な海の中から、一つの石を見つけるようなもので、それを考案した白亜も、このコードキャストを用いた修復方法は初めてらしく保証は出来ないと言った。

 下手をすれば、白亜自身もその魔力の海に飲まれる可能性だってある。

 それでも、彼女はやってくれるというのだ。

 自分が白亜を信じなくてどうする。

 

「それでも、俺はそれにすがりたい。頼む」

 

 だが何かできることがあれば、自分も手伝いたい。

 こんなに、助けてもらっているのだから、何か一つでも手伝ってあげれることがあれば……

 

「そうねえ、じゃあ翔くんは誰にも入られないよう外で見張っててちょうだい」

 

「わかった」

 

 それが白亜の役に立つというのならば、そうしよう。

 彼女に追いだされるように、外に押し出され、扉をぴしゃりと閉められるが、自分が居てはいけないという事は、恐らく自分がいれば気が散るという事なのだろう。

 それに、外を見張っといてと頼まれるぐらいなのだから、彼女の言っていた案は、それほど精密にやらなければいけないという事だ。

 下手をすれば白亜自身に何かが起こるかもしれないということ。

 ならば、自分は任された、見張りというのを全力でやろう。

 思えば……

 少し白亜の顔が赤かった気がしないでもないが、きっと気のせいだろう。

 

「少し情報を整理するか」

 

 翔は、扉の前に立ちながら、情報を整理することにする。

 ユリウスが連れている。見えないサーヴァント。

 あの姿は、リップを始めて召喚したとき、そして屋上で見た2回ではあるが、その容姿ははっきりと覚えている。

 中華の武術家然とした服装。しかし耐久力……それこそ2回戦にて、敵であるロビンフッドの宝具『祈りの弓(イー・バウ)』が腕に直撃しても、何とかなる耐久力を持っているリップを一撃で倒したあの攻撃。

 その攻撃力を考えれば、バーサーカーと考えるのがいいが、あのサーヴァントは普通に会話できている。となればこの線は薄いだろう。

 となれば、武術を使い、暗殺に長けた、もし服装から安直に中国などの英霊と考えれば……

 

「いや、それは考えすぎか」

 

 安直な考えは敗北に直結する可能性もあるのだ。

 ましてや、今回の相手はあの暗殺者であるユリウス。

 もっと確証を得てから、サーヴァントの真名を当てなければ……

 そして問題は、あの姿を消すやつだ。

 ダン卿のサーヴァントも姿を消していたが、今回は根本から違うような気がする。

 あれが、気配遮断の応用と考えてもいいが……それも決定づけるにはまだ早い。

 

「こんにちは」

 

 翔が敵サーヴァントについて考えていれば、唐突に声を掛けられる。

 その声から予想して、見上げれば、予想通りレオが立っていた。

 

「何の用だレオ」

 

「あなたの次の相手が兄さんだと聞いたもので、今のうちに別れの挨拶をしておきます。寿々科翔さん」

 

「やっぱりか……ハーウェイと聞いたからもしやと思ったが……あいつは、お前の兄なのか」

 

 ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ。その名前を聞いた時から、違和感を感じていた。

 その違和感の疑問をレオに投げかける翔。

 

「少し違いますね。僕と彼は腹違いの兄弟なんです。ですが、その事実と兄さんが聖杯戦争に参加していることは何の関係もありません」

 

「関係ない……? どういう事だレオ」

 

 レオは少し目を閉じ、考えたのちに翔に語りかける。

 

「彼は単純にハーウェイ家次期当主の護衛としてここにいるのです」

 

 護衛……つまりは、レオとユリウスが戦う事になっていた場合、どうなるか……

 考えたくもない、彼にも何らかの思う事があってこの戦いに参加しているはずなのだ。

 なのに……いや、これ以上の考えは、よそう。その結果は知ることはないのだから……

 

「それでレオ、お別れってなんだ? まさか、俺はあの黒コートの野郎に勝てないって言いに来たのか?」

 

「その通りです。貴方では兄さんに勝てません」

 

「……ずいぶん、はっきり言ってくれるなお前。それなら俺の身長でも計って棺桶の一つぐらい用意しておいてくれや」

 

 レオの言う通り、確かに力の差はあるだろう。

 だが、こちらとて負ける気はない。

 意思だけではどうにもならないことはあるかもしれない。

 だとしても、やる前から勝敗は決まらない。

 明らかに自分とユリウスの力の差は明白でも、勝負はやってみなければわからない。

 今までだって、マスターと自分の実力差は明白であった。

 だが、それに勝ってきたのは、諦めなかったからだと翔は思う。

 

「だがなレオ。ユリウスは、俺にとって倒す事が出来ないほど強敵かもしれない。それでも必死に喰らいついてやるさ。そうやってリップと今まで乗り越えてきたからな」

 

 レオは翔の言葉を聞き、少しばかり驚いたような表情を見せたが、やがていつも通りの表情へと戻る。

 

「それは……そうですね。彼とて絶対ではありません」

 

 レオは静かに頷く。

 その肯定は、こちらに向けられたものではないように翔には感じた。

 それは、まるで、兄のユリウスに向けられたもののように感じたのだ。

 

「天の意思が下されるのなら兄さんにもそれは抗いようのない事。もし兄さんが敗北するならその時は不運だと思いましょう」

 

 ―――ただ、純粋に、彼には運がなかったと

 

 腹違いではあるが、兄弟として随分冷たい考えのように翔は感じる。

 レオはユリウスの勝利を願っていないのだろうか……

 

「冷たいようですが、僕の中には彼の勝敗で、揺れ動くものは何もありません。何より生を願う意味がありません」

 

 最終的には自分が勝つような言い方。いや……

 これがレオの考え方なのだ。

 世界に君臨されることを約束された王者の思想。

 少しだけはっきりしたことがある。

 それは、前にも思ったレオ自身に何かが欠けていると思った時。

 ぼんやりとだが、彼に何が欠けているか、それがなんとなくわかってきた。

 

「兄の事を想うのは王の行いではありません」

 

 ただ……レオは言葉を続ける。

 

「一つだけ救いがあるなら、それは無意味な死ではないという事。兄さんは僕が世界を統治する為の礎となります。それは人々にとって揺るぎない成果でしょう」

 

 では失礼します。そう言い、レオは立ち去ろうとする。

 

「ではこれにて……いや、貴方がこれが最後ではないと信じる以上、お別れはまだ言えませんね」

 

「その通りだな」

 

 二人がどんな関係だろうと、どれほど強かろうと、決意は揺るぐことはない。

 現れた時と同じ、威厳に満ちた足音が遠ざかる。

 レオに言われるまでもなく、ユリウスとの力の差は絶対だ。

 だが……そう簡単に諦めない。

 こちらは一人ではないのだから。

 

 

 

 

 微睡みの中で、うっすらとリップの意識が覚醒する。

 ここはどこだろうか。

 海の中だろうか、深く、けど上を見上げれば明かりが見える海の底。

 そんな場所で、私は身を漂わせていた。

 昨日は、ずいぶんと懐かしい夢を見た。

 まさか、あの時の自分を夢に見るなんて思いも思わなかった。

 

「う……」

 

 その時、ずきりと体が痛む感覚がする。

 その痛みは毒のように、どんどん広がり、それは渦のように自分の意識を闇の中に引きづり込んでいくような感覚だった。

 夢の内容を思い出すリップ。

 あの時、私は一度、全てを失った。

 このまま深海の闇の中に沈んだら自分はどうなるのだろうか。

 

「……私は」

 

 このまま諦めてもいいのかもしれない。

 この苦しみから解放されたらどんなに楽だろうか。

 ふと、そんなときに誰かの顔を思い出した。

 月海原学園の制服に身を包んだ、海のように煌く青い髪に、森林とも連想させる緑目。

 その人はとても、感情が顔にすぐ出る人だ。悲しい時は、悲しい表情をするし、怒っている時は、怒っている表情がすぐにでる。

 まるで一直線に走るを体現したような性格をしてるけど……

 諦めることは絶対にしない。自分が休んでいる時に、マイルームで一生懸命コードキャストの研究をしていた姿。

 自分が、こんな腕をしていても、それを受け入れてくれた時の姿。

 

「私は……」

 

 そんな彼に応えたい。

 そんな彼を守りたい。

 そんな彼を支えてあげたい。

 この手は、冷たいままでも、心までは怪物にならないように……

 そう教えてくれたあなたのもとに、翔のもとに……

 

「帰ります!」

 

 

 

 

 時は朝になり、扉の前に立っていた翔の目の前に、一つの光の柱が勢いよく落ちる。

 その目の色は翔とは対照的な赤い瞳、頭についているリボンもまた赤色であり、下半身はタイトなドレス姿に身を包んだ少女。

 そして一際目を引くのは、腕の先にあるはずの手は金色に輝く巨大な籠手のようなもの。

 彼女の決意をした表情の瞳を見て、翔は微笑む。

 

「お帰りリップ」

 

「長い一日になりましたね。ハイサーヴァント、アルターエゴ『パッションリップ』、ここに帰還しました」

 

 彼女の言葉から聞きなれない単語が飛び出すのを翔は聞き逃さなかった。

 『アルターエゴ』。この単語は聞いたことがある。そう、それはあの1回戦の決戦前、夢の中にBBが侵入していた時に彼女が言っていた単語。

 だがハイサーヴァントという言葉は聞いたことが無かった。

 とすると、これこそが今まで彼女が隠してきた。話そうとしなかった彼女の正体に関わるもの。

 それがリップの口から出たという事は……

 

「続きは部屋で話しましょう。そこで私が言う事は信じられないかもしれません。でも全部真実なんです。それを翔さん、あなたに聞いてほしい」

 

「……もちろんだリップ」

 

 翔も真剣な顔で彼女の言葉に答える。

 自身の部屋にて、彼女が語るは一つの物語。

 それは月の裏側の、溺れる夜の物語。


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