Fate/Affection Doll   作:ラズリ487

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第24話 宝石煌めく七つのヴェール(ダンス・オブ・ザ・セブンヴェールズ)

 体全身が痛い。

 ここはどこだろうか……

 うっすらと翔が目を開けると、暗闇の中であった。

 確か自分はユリウスに刺されて意識を失って……

 目を開き、周囲を見渡すも、ユリウスはおろか、リップも敵のアサシンもいない。

 聞こえるのは、呻くようなノイズのみ……

 

 ―――■■妬■■■■し■■い

 

 ―――まだ、死ね■■■い。

 

 そのノイズは声のようだった。

 強烈に感じる負の感情。

 それに全身がさらわれそうになるも、何とかこらえる翔。

 

「これ……まさかユリウスの……」

 

 この、どす黒い執念はなぜか翔に覚えがあった。

 これはあのユリウスがあてた殺気にも似ている感情。

 その執念が直接、翔に入り込むのを感じる。

 直後に感じる激しい頭痛。

 その痛みに、頭を押さえ、膝をつく翔。

 内臓を引きずり出されるような痛み、臓物の中にいるような強烈な悪寒。

 だが、翔はそれに飲まれることなく、頭を押さえながらも正気を保つ。

 

 ―――落胆、その成り立ちは侮蔑、あるいは差別。

 

 ―――嫌悪、侮蔑、即ち憎悪。

 

 ―――その成り立ちは、嘲笑、あるいは不当。即ち■■■■■■■■■■■

 

 ―――あらゆるモノからの無関心。

 

 この一方的な感情は何だ。

 その者は拒絶された。

 だから拒絶した。

 その者は否定された。

 だから否定するしかなかった。

 地獄の底を這いずり回るような、一方的な不可解。

 

「■■■■ハ■■■■イの■■■■■まれ■■■な■■■く」

 

 ノイズの中に微かに声が聞こえた。

 憎悪そのもののノイズを掻き分け、彼は声に集中する。

 

 ―――■■■の反応実験を開始する。肝臓を一つ摘出する。

 

 ―――痛覚を確認する必要がある。麻酔は使用しない。

 

 ―――失敗だ。失敗だ。失敗だ。失敗だ。

 

 ―――不要ですらない。あってはならない。この個体は利益を生む価値が無い。

 

 ―――価値が無い。能力が無い。失敗作だ。デザインミスだ。

 

 ―――なんという失敗作。無駄だ。無駄だ。非常に罪深い。全く持って許されない。

 

 ―――この個体から一族の権利を全て剥奪。次の個体に計画を移行する。

 

 ―――平均的な個体から作られたのならまだ許せる。だが地上でもっとも尊い生命からこのような粗悪品が作られるなどと。

 

 その叫びを聞いて翔は非常にどうしようもない感覚に包まれる。

 なんなのだこれは、さっきから聞いていれば失敗作など粗悪品などと……

 そのような、言葉の連続に怒りすら込み上げてくる。

 だが今は、感情に身を任せてはいけない。

 込み上げる感情を収め、意識を集中すれば、映像が流れ、人影が写る。

 姿からしてあれは女性だろう。

 

「アリシア様。こちらにおいででしたか」

 

 この声は……

 いくらか若い気がするが、確かにユリウスのものだった。

 声がしたのにも関わらずその姿は見えない。

 彼はどこにいるのだろうか。

 いや、この視点からすると、今見ている映像が彼の目を通しているということだろう。

 

「あら■リウス。ど■■した?」

 

 ユリウスの声に、アリシアと呼ばれた女性が振り向く。

 だが、その顔ははっきりとしない。

 まるで、顔そのものに影がかかったような感じだ。

 

「はい。旦■様がお呼び■■■■ます」

 

「そう。も■そんな時■なのね。あ■まり■かぽ■と日差しが気持ちよか■たもの■からつい、時■を忘れてし■ったわ」

 

「さあ、■急ぎを」

 

「ふふっ。あ■■■ことは、もう少し■たせてもバ■■たら■■わ。それにユリウス。あなただって、あの■■■■■子だからお父様■■■■びすれば、いの■■■■くて?」

 

 会話のところどころにノイズが走り聞き取れない。

 むしろ、会話が進むごとにノイズがひどくなっていくように感じられる。

 この記憶……自分はこんな経験をしていない。

 となれば、これはユリウスの記憶だろう。

 

「い■■■■私は、そ■■■■は■■■いません。ハーウェ■■跡■■して、■要な■■まれ■■■ので■■■んで」

 

 若い声のユリウスは言葉を続ける。

 

「ハ■■■イは、レ■■■■だ■■■ござ■■■■」

 

 ノイズがひどくなり、ついには声さえも聞こえなくなる。

 これはユリウスの記憶。だがなぜ自分がこれを見ているのだ。

 もしかしたら……ユリウスに短剣で刺される直前、翔は彼に刺されまいと必死に彼の腕を掴み抵抗した。

 その時に、彼の記憶を自然に、自分は読み取っていたのか……?

 あくまで推測でしかないが、これが最も自然だろう。

 だが、触れただけで記憶を読み取るなど、普通に考えればありえない事。

 ひょっとしたら……

 

「あいつ、なにかを伝えたいのか?」

 

 独りでに言葉が出る。

 あの黒い感情の下、深く潜れば、そこにあるのは悲鳴だった。

 もっと深く集中してみる。

 意識のその奥へ……再び……

 集中させれば、再び黒い思念がこちらを侵食してみようとしてくる。

 

 ―――集中しろ。この思念の声の主に……

 

 同化しようと浸食してくるノイズを躱し、その先の意識へと進む。

 意識を集中させれば、先ほどと同じ映像が流れだしてくる。

 だが、今回は先程までより鮮明だ。

 もっと深く意識を集中させているからだろうか……

 

「さあ、お急ぎを」

 

 声は先程までよりも鮮明に聞こえてきた。

 この言葉からするに、今までノイズがかかっていたところの部分だろう。

 それが、今回ははっきりと聞こえてくる。

 

「ふふっ、あの人のことはもう少し待たせておいてもバチは当たらないわ。それよりユリウス。あなただってあの人の息子なのだから、お父様とお呼びすればいいのではなくて?」

 

「いいえ、私には、その資格はございません。ハーウェイの跡継ぎとして必要なものを持って生まれませんでしたので。ハーウェイの子はレオ様ただ一人ですので」

 

 その言葉にアリシアは『そう……』とのみ言葉を発した。

 だが沈黙の時間はそう長くなく、アリシアは『あの子はどうしてる?』と言った。

 あの子……とは間違いなくレオの事だろう。

 ユリウスの言葉によれば、彼は今、記憶野に直接焼き付ける、新しい学科の手ほどきを受けている様だった。

 なんでもそれは、魔術理論を基にした情報処理の新案だとか……

 一気にノイズが酷くなり、まるで映像を早回ししたかのように背景が早変わりし、やがて通常通りになる。

 

「ねえユリウス」

 

「はい」

 

「あの子を……レオを、守ってあげてね」

 

 映像はそこでブツンと切れたかのように真っ暗になる。

 これが、殺しに手を染める前のユリウスの記憶。

 あのアリシアとの女性の約束が、彼を動かしていたのだろう。

 そしてきっとこの先がユリウスの根底。

 そこには一体何が……

 

 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にた殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死に

 

「!!??」

 

 これは一体……

 一体何があったというのだ。

 これが、彼の意識の底だというのか……

 だが一つ感じたことは、これは殺意ではないという事。

 だったらこの怨念は一体……

 

「ユリウス……」

 

 今までの光景を見て、翔は一つ確かな事を感じ取る。

 それは、ユリウスが、ユリウス・ベルキスク・ハーウェイは……

 彼は、西欧財閥に生まれながら、絶望の世界で、何の希望が無いまま生きていたという事だ。

 翔が、考えていれば、暗闇の空間の中に、赤黒い丸い空間が顕現し、彼は身構える。

 

「おいおい、なんだこれは」

 

 その直後、目の前の光景に翔は言葉を漏らした。

 赤黒い空間の中から、どす黒い赤い液体が漏れ出してきたのだ。

 その液体はやがて形を作り、一人の人の姿を作り出した。

 その姿は、まるで……

 

「ユリウス……!」

 

「一つだけ、疑問がある。俺は今、そんな自分でも理解できない感情に縛られている」

 

 その言葉に翔は首を傾げる。

 だが疑問とはなんのだ。

 彼は一体何を言っているのだ。

 

「分からないのか! そうか、まだ分かっていないのか! お笑い草だ! お前の真実、お前の正体を知っているのは俺だけか! 作り物め! お前などに比べれば、俺などまだ生きている!」

 

 彼はなにを言っているのだ。

 理性を失ったかのような、声。だがその眼にあるのは憎しみと……義務だ。

 彼は今、強い義務感を持って、ここに立っている。

 

「他のマスターどもに倒されるのならいい。だがお前はダメだ。滅びであれ生存であれ、ここは我々の世界だ。命運は、選択は『今を生きるもの』が決める」

 

 彼は言葉を続ける。

 お前は俺と同じ路傍の石だと……

 そのままでは救いがない。這い上がらなければ生存できない。脆弱な存在だと。

 

「だからこそ、お前にだけは倒されるわけにはいかない。この時代の清算は我々の手で―――、レオが―――、我が弟が、王になる、ならないと」

 

 黒いユリウスは言葉を続ける。

 

「そうだ、そうだとも、それだけが俺の仕事だ。それだけが俺の足かせだ」

 

 コードキャストを詠唱し、短剣を生み出し、それを手に持つ黒いユリウス。

 そして、ゆっくりと翔に迫る。

 

「ああ、何もかもどうでもいい。楽にさせてくれ。お前を殺せば、オレの役目は終わる」

 

 ―――最期だ。俺にお前を殺させてくれ。

 

 男は静かに。はっきりと翔に告げた。

 走り出すユリウス。

 短剣は真っ直ぐ、翔に向けられている。

 コードキャストの弾丸を放とうにも、あの短剣には容易に引き裂かれる。

 かといって、複数のコードキャスト詠唱は間に合わない。

 このままでは、自分の死あるのみ……

 こんなところで終わりたくない。

 

「まだ死ねない……まだ終わってたまるものか……!」

 

 あいつにここでやられるわけには行かない。

 こんなところでやられたら、リップとの約束はどうなる。

 ここから戻ってリップを助けたい。リップと一緒に戦いたい……

 だから、こんな場所で、死ねと言われても聞くものか……!

 

『なら紡ぎなさい』

 

 なにかに呼ばれた。

 静かな声で、だけど近くに『それ』はいる気がした。

 紡ぎなさい……確かに翔にはそう聞こえた。

 

『口を開きなさい』

 

「     」

 

『それ』が言う前に、口は動いていた。

 ……ああ、ようやくわかった。

 あの時、零の月想海で拾った一つの奇跡。

 拾った当時はその詳細が分からなかったものだ。

 今まで、どんな手段を用いても解明できなかった一つのコードキャスト

 今ならその全てが分かった気がした。

 理解した。言葉を……自分自身を紡ぐ。

 これが……零の月想海で拾った術式の正体。

 

「『宝石煌めく七つのヴェール(ダンス・オブ・ザ・セブンヴェールズ)』!!」

 

 彼は、翔は、この術式を紡いだ。

 直後に変わる、彼の気配に黒いユリウスは立ち止まる。

 寿々科翔の、パッションリップの、想いが具現化した極致の形。

 それがこの術式の正体。

 その内容が、脳に刻まれるかのように入ってきた。

 その効果はただ一つ……それを知り、翔は静かに笑う。

 でたらめもいいところだ。

 しかし、このような術式なら、1回戦、2回戦で見せた翔の力も納得がいく。

 1回戦などで使えたのは、翔には元々、BBの授けたコードキャストに似た力があったため。

 それが今、彼女の助けによって今こうやって具現化できたのだ。

 

「いくぜユリウス、これが俺と……リップの力だ!」

 

 術式を紡ぎ、一つの槍を握る翔。

 その槍は、大盾と見紛うほどの巨刃を付けた大槍であり、なぜだか、とてもリップの持つ力に似ていると直感で彼は感じ取った。

 間違いなく、彼女の……パッションリップの中に組み込まれた女神の一つの宝具だろう。

 その大槍を構え、翔は言葉を紡ぐ。

 

死がふたりを(ブリュンヒルデ)分断つまで(ロマンシア)!!」

 

 放たれた一閃は、白く輝く光となり、黒いユリウスを斬り裂く。

 そして、勢いが衰えぬまま、光はその闇を斬り裂き、一筋の道を生み出す。

 だがその光に目を背けることなく、彼は真っ直ぐ光へと向き、歩き出した。

 翔の視界が白く染まっていく。

 今度こそ……彼女と共に戦うのだ。


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