Fate/Affection Doll   作:ラズリ487

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第25話 死がふたりを(ブリュンヒルデ・)分断つまで(ロマンシア)

 倒れていた翔が突如、光の柱に包まれ、ユリウスは、後ずさる。

 確かにユリウスの手には、翔を突き刺した感触が残っていた。

 なのにこれは何だ。

 なぜ光の中で、彼は命が吹き込まれるように立ち上ったのだ。

 

「……地獄の底から、舞い戻ってきたぜ」

 

 光が収まり、そこに立つのは仕留めたはずの寿々科翔。

 だがそこにいるのは、今までの彼ではない。

 この短時間で、彼は何かを見つけたようだ。

 ユリウスには、それがなんなのかまではわからなかった。

 だが、今の彼は、先ほどまでとは違う。

 それだけは、分かっていた。

 

「さあユリウス、仕切り直しだ。決着をつけようぜ」

 

 先程まで聞いたことが無いコードキャストを紡ぐ翔。

 彼に纏う魔力、その全てが一つの物質に集約される。

 ユリウスですら解読ができない、何重にも連なる難解なコード。

 だがそれを目にしたとき、ユリウスは眼を見開く。

 あれは並大抵の魔術師には到底扱えような……いや、むしろこれは魔術といえるのだろうか。

 寧ろこれは魔術師として測定できるかどうかの範囲の埒外の分類だ。

 

「貴様、どこでそれを……」

 

「……俺を信じてくれたやつが、託してくれた決着術式だ」

 

 そして彼の周囲に現れるは、七色に輝く石のようなもの。

 ユリウスはそれを見たことがなくとも名前は知っていた。

 錬金術士が誰もが夢見た至高の物質

 それは、金属を金に変え、癒すことのできない病や傷をも瞬く間に治す神の物質とされる。

 その物質の名前は『賢者の石』。

 

「っ……なるほどな。よくて10分しか使えないか……」

 

 そのような規格外のものを持った存在をムーンセルは無視などできない。

 つまり、翔はムーンセルによる防衛プログラムによる攻撃を、今現在その身に受け続けているのだ。

 これにより、常時肉体に負荷がかかり続けているため、この術式が機能している間、仮に限界時間一杯まで使うと肉体が消滅するのは間違いないだろう。

 これは無理やり勝負を決着へともっていく術式といってもいいだろう。

 

「行くぜユリウス!」

 

 その手に、一振りの聖剣を創り出し、翔は走り出す

 ユリウスには、その剣を見た瞬間に理解した。

 あれが……究極の聖剣であると。

 その剣でユリウスを斬り裂くのは容易い。

 ユリウスもまたその足を活かし、翔と距離をとる。

 

 ―――その筈だった。

 

「『彗星走法(ドロメウス・コメーテース)』!」

 

「なに!?」

 

 まるで概念を真っ向から反逆するか如く、ユリウス以上の速度、いやそれはもはや瞬間移動ともいえる速さで、ユリウスを追撃した翔。

 彼が使ったのは、『あらゆる時代の、あらゆる英雄の中で、最も迅い』というアキレウスの伝説が宝具として昇華したもの。

 広大な戦場を一呼吸で駆け抜け、フィールド上に障害物があっても速度は鈍らない。

 その速度は最早、瞬間移動にも等しく、視界に入っている光景全てが間合いとされるほどの速度となるのだ。

 それによって即座に、ユリウスに近づき翔の聖剣が彼に向って振り下ろされる。

 余りのことに回避することができない。

 だがこのままではその身を切り裂かれることは誰が見てもわかること。

 咄嗟の判断であった。

 

「くっ!」

 

 自身の持つ短剣を、防御に使うユリウス。

 だがまともに打ち合えば、ユリウスの短剣は、聖剣と打ち合った途端に粉々に破壊されてしまうだろう。

 彼の予想は的中し、聖剣と一度打ち合った彼の短剣は、真っ二つに折られ、その役目を終える。

 だがそれによって翔に一瞬の隙が生じたはず。

 彼はそこをつき、即座に再びコードキャストで短剣を生み出そうとする。

 

「甘い!」

 

 だがそれよりも早く、聖剣を逆手に持ち替えた翔は、その柄の部分でユリウスを勢いよく突く。

 それは彼が短剣を創り出すよりも早く、容赦なく吸い込まれるかのようにユリウスの腹部へと直撃した

 

「!?」

 

 言葉もまともに発せず、彼の身体は勢いよく吹き飛ぶ。

 マスターの魔力の乱れを察知したアサシンは、一瞬ではあるが、ユリウスへと気配を向ける。

 だがその一瞬こそ、リップが狙っていた場面であった。

 翔は回復のコードキャストを瞬時にリップに放ち、彼女は万全な状態へとなる。

 準備はこれにて全て整った。

 

「リップ、宝具を!」

 

「わかりました。私の想い、受け止めてください!」

 

 リップは集中し、自らの腕に全ての魔力を込める。

 そして、その二つの腕は膨大な魔力を纏いながら、アサシンへと襲い掛かった。

 決戦場を破壊するかのような、速度で飛び回るそれは、まるで爆発物がそのまま飛び回っているかのようであった。

 

「ハハハ! 面白い! それが宝具か! ならばこちらも相応のもので応えなければならんな!」

 

 飛び回る腕に傷つきながらもアサシンは笑いながら拳を構える。

 間違いなく彼も宝具を放つのだろう。

 飛び回る腕は彼に十分すぎる傷を与え、そしてリップの元へと戻ってくる。

 そしてその巨大な腕を立てに大きく広げる。

 その姿を一言で言うならば、巨大な怪物の口だ。

 

「我が八極に二の打ち要らず……」

 

死がふたりを……(ブリュンヒルデ)

 

 リップが、アサシンが、どちらが先とは言わせず両者が、同時に足を踏みだした。

 アサシンが、勢いよく足を叩きつけた床は、周囲の地面を割り、静かにリップを見据える。

 リップは、その開いた腕を、アサシンへと向け、静かに彼を見据える。

 

「七孔噴血、巻き死ねぃ!」

 

分断つまで(ロマンシア)!!」

 

 同時にアサシンが全力を込めた一撃が放たれた。

 突進していたリップもまた、両手を、獲物を喰らうかのように勢いよく閉め、両者は激しくぶつかり合った。

 次の瞬間、吹き飛んだのはリップの方であった。

 宝具同士が同時に炸裂。

 パッションリップは、アサシンの宝具を完全に防ぎきれたわけではなかった。

 それはアサシンもまた同じ。

 見れば、拳を突き出したアサシンは、その口から鮮血が吹き出ており、その場に力なく倒れた。

 

「―――勝負、あったな」

 

 静かにアサシンが言葉を漏らす。

 この戦いに終わりを告げた一撃、宝具をアサシンは全て受け入れた。

 翔が持つ星の聖剣が、光と共に消えると同時に、彼とリップ、ユリウスとアサシン、二つを隔てる壁が現れ、ユリウス達のほうの背景が赤く染まる。

 少しばかり時間が経ち、アサシンがゆっくりと起き上がると、ユリウスの傍らに歩み寄った。

 黒いコートの男は、膝から崩れ落ち、地に蹲っていた。

 

「ユリウス、詫びは言わんぞ。しかし礼は言おう。久々の娑婆。おぬしのおかげで存分に戦えた」

 

 彼の腕に刻まれた令呪は赤く輝き、静かに消えていく。

 アサシンの様子から察するに、彼のほうは、後悔などしていないのだろう。

 

「さあ、最期だ。顔を上げろ」

 

「…………」

 

「どうしたユリウス。むっ……おぬしなにを……」

 

「俺は……俺はまだ死ねない!!」

 

 絞り出すような声で男は叫んだ。

 その叫び声は周囲へと響き渡り、翔達を緊張の渦へと再び引き戻す。

 祈る様に手を合わせ、うわ言のように『死ねない』叫び続けるユリウス。

 凍った瞳に揺らぐ光は狂気なのかそれとも別の“何か”か。

 先程、暗闇の中にいた翔はその“何か”がどういうものなのかわかっていた。

 

「ぐ……あぁぁああああああ!!」

 

 なにか呪文(プログラム)を唱えかけたユリウスは苦痛の叫びをあげた。

 押し寄せる苦痛に耐えきれず、彼の身体は蠕動する。

 あまりにも痛々しく見えるその姿に翔は思わず壁へと駆け寄った。

 膝を折り、苦痛に顔を歪め、身体は蠕動してもなお、(デリート)を拒む。

 この男にそぐわぬ生への執着。

 

「…………」

 

 先程、彼の心に触れた翔には、なんとなくだが、何のために戦っているのか少しわかった気がした。

 彼はハーウェイや聖杯などどうでもいいのだろう。

 まだ彼が殺しに手を染める前、たった一人彼の名前を呼んだ人がいた。

 不要ですらない。

 あってはならない。

 生きる価値が無いと罵倒された彼に、命の意味を教えた人。

 彼はそのために戦っていた。

 

 ―――あの子を……レオを、守ってあげてね

 

 その目的のために、ユリウス・ベルキスク・ハーウェイは戦った。

 彼は、その人の願いを叶えるために戦い続けたのだ。

 ここで彼を倒すという事は、ユリウスの意義を壊すという事。

 だから、彼は、(デリート)を拒んでいる。

 そんな哀れにも見える、ユリウスを翔は救いたかった。

 ただ強く願う。

 翔の左の手の甲を壁に押し当て、翔は願った。

 この目の前の男に救いの手を……

 それが正しい事なのかなど、考える暇もなく、翔の左手から閃光が一筋ユリウスに向かって放たれた。

 

「……令……呪!? お前、なにを……!」

 

 それを見つめたユリウスが驚きの声を上げる。

 ユリウスが見た翔の左手には、4つの令呪があったはずだ。

 それが1つ消えている。

 まるで、苦しみから解放されたように、膝を折りながら呆然と佇むユリウスはただじっと翔を見つめている。

 

「……馬鹿な奴だ」

 

 ユリウスは深く息を吐き、翔を見つめていた。

 その眼には、今までのような憎しみの色は既にない。

 

「本当に理解できない。が、お前は俺を憐れんでいるのだな……なぜ令呪を使った」

 

「お前の過去を俺は見た……だから、ユリウス。俺は、お前の心に触れたかった」

 

「俺の……心……?」

 

 ユリウスは静かに呟く。

 生気のない孤独な瞳。冷たく凍った表情。

 けれど、極度の対峙を繰り返すうちに、その奥に潜む熱に翔は魅せられていた。

 たった一つの約束の為。それはある意味、翔にも同じことが言える。

 

「……そんなことを言われたのは生まれて初めてだ」

 

 これまでユリウスに近づく者は、蔑みながら利用方法を算段するか、恐れへりくだるかのどっちかだった。

 だが翔は、ただ真っ直ぐと彼の目を見つめていた。

 どんな絶望の淵に立たされても、翔の目には強い光が宿っている

 ユリウスにはそんな翔が妬ましかった。いや、羨んでいたのだろう。

 

「戦いの最中、お前は聞いたな。何のために戦うのだと……」

 

 静かにユリウスは語る。

 翔の予想通り、彼はハーウェイや聖杯など、どうでもよかったのだ。

 幼い頃、たった一人、彼の名前を呼んだ女性がいた。

 改めて語られる、ユリウスの過去。

 不要ですらない。

 あってはならない。

 生きる価値が無いと罵倒された彼に、命の意味を教えた人。

 

「その女の人は今も?」

 

「いや、あっけなく死んだ。レオの後継を盤石にするために、女は、身内からの暗殺で殺された」

 

 だがきっと最期はその女性は静かに笑っていたのだろう。

 自らを殺そうとする人に対して『レオを守ってくれ』と言葉を遺して……

 

「今思うと、まるで映画の様に現実感がない。出来の悪い、悪趣味な、映画のような出来事だった」

 

 ユリウスは今こちらを見ていない。

 まるで深い思い出の中にいるのだろうか。

 その口から語られる言葉を翔は静かに聞いていた。

 静かに今、彼の口から語られる言葉こそ、ユリウス・ベルキスク・ハーウェイの本当の姿なのだろう。

 

「だが、それが俺の目的になった。俺は女の遺した願いを叶えたかった。この手を血に染め続ける俺を、人は幽鬼と恐れ、嫌悪した」

 

 だが、ユリウスはそれでもよかった。

 彼は、女性の願いを叶える自分にしか、意義を見出せなかったから。

 そして翔は、そんな彼の意義を壊しながらも、彼に止めを刺さなかった。

 それはなぜか、その答えは、先程の言葉にある。

 

 ―――翔が死にかけた時に、聞いたあの会話。

 

 あれを聞き、もっとユリウスの心に触れたかったのだ。

 その根底には何があるかを翔は知りたかったのだ。

 ユリウスは、ゆっくりと立ち上がる。

 そして、ためらいがちに、壁越しに右手を差し出し、その壁に触れる。

 

「……おかしいか? 決してほめられた人生ではないが、一人も友人がいないまま逝くのは情けない話だと思ってな」

 

「なんもおかしくないぜ。俺がお前の初めての友人になってやる」

 

 言葉を発した翔にユリウスは、一つの変化に気付いた。

 翔の瞳からは、間違いなく涙が溢れていた。

 ユリウスの為に、彼は泣いている。あの様子からすると無意識に……

 そうか……と彼は感じる。

 そんなものでも、美しく見えるときがあるのだ。

 自分の為に流される涙というのは……

 

「時間だ。すまんな。面倒な男に付きあわせた」

 

 ユリウスの目がアサシンに向けられる。

 その身体のほとんどが消えかかっているのにも関わらず、その孤高の拳豪はそこに立っていた。

 彼の目にアサシンは全てを察したのだろう。

 ただ満足そうに柔らかな笑みを浮かべる。

 

「この結末もまた良しというやつよ。ユリウスよ。此度の戦い、存分に愉しめたぞ。改めて礼を言おう」

 

 中国の拳法史にその人あり。

 実践において、最強の一人と謳われた孤高の拳豪『李 書文(り しょぶん)』。

 その人生と同じように武に生き、武の因果によって果てた第二の人生。

 それは、辺りを揺らす咆哮を、あげることなく満足そうに虚空へと消えた。

 

「あぁ……満足だ」

 

 黒き冷気を放つ暗殺者もまた、静かに笑みを浮かべ、跡形もなく空に溶けた。

 

「お疲れリップ。お前の宝具、凄いんだな」

 

「えへへ、翔さんこそあのコードキャスト、かっこよかったです」

 

「そうか? まあさすがに今回は死にかけたけどな」

 

 勝利の証である出口が自分を招いている。

 自分はこの5回戦を勝ち抜いたのだ。

 

 

 

 

 戦場から校舎に戻る。

 この校舎に残るマスターは翔を含めて、これで4人。

 その一人が、無言でこちらに歩いて来るのを彼は感じ取った。

 

「……驚きました。まさか兄さんを破るとは……僕も認識を改めないといけませんね」

 

 それはレオ本人であった。

 たった今、自分は腹違いとはいえ、彼の兄であるユリウスを倒した。

 そう考えればレオがここにいるのは当然だろう。

 この戦いの結末は、彼にとって無視できないものがあったはずなのだから……

 

「あなたは強い。賞賛に値する程に」

 

「……恨まないのか? 俺を」

 

「奇妙な事を聞きますね。僕があなたを恨む道理などありません」

 

 驚いている様子もなくレオは淡々と言葉を紡いでいる。

 そこには、肉親を倒した相手への復讐心などが全く感じられなかった。

 これを聞くには翔には気が引けたが、それでも気になったのだ。

 ユリウスを倒した自分が憎いかと。

 

「今の僕にあるのは、予想を上回ったあなたの健闘への感想だけです」

 

「……そうかい」

 

 その言葉には嘘も偽りもない。

 レオの口調、目、表情、仕草。どれを見てもそう答える事しかできなかった。

 

「だけど、僕の中に今までとは違うあなたへの関心が生まれました。これは紛れもない事実です」

 

「……」

 

 この瞬間、翔は熱を感じた。

 まるで太陽に焼き尽くされるかのように……

 これは錯覚……ではない。

 レオはいつも通り優しく微笑んでいるだけだが、レオの中での、翔という存在が変わったのだ。

 これはレオの心境の変化だ。

 彼はきっとこう思ったに違いない。

 レオにようやく寿々科翔という個が見えたと……

 彼にとって素晴らしい敵として心境を変えたのだ。

 

「前にも言ったはずだぜレオ。俺は生き残るさ。リップと共にな」

 

「ええ、ぜひそうしてください。もしかしたらあなたこそ、僕の最後の相手かも知れない」

 

 穏やかに照らしていた太陽が突如、その灼熱性を露わにしたような感覚。

 障害となる確かな敵、初めてレオは翔に対して感情を向けた。

 少し前の翔なら、身体が、これ以上レオと向き合うなと警告していただろう。

 しかし不思議と翔は、客観的に事実を受け止める事が出来た。

 いくら、コードキャストを自作できるとはいえど、自分の魔術師(ウィザード)としての技量はレオには遠く及ばないだろう。

 それこそ、翔とレオには、蟻と獅子程の差がある。

 

「……変わりましたね。あなたの様に僕を真っ直ぐ見つめた人は数少ない。これは、ますます君という存在に興味がわきました」

 

 きっと今のままでは正面から戦っても勝ち目はないだろう。

 だがその恐怖を寿々科翔は打ち勝った。

 あのレオとは違う威圧を持っていたユリウスと相対したというのもある。

 だがなにより、傍らにいるパッションリップの存在が翔に勇気を与えていた。

 

「では、いずれ戦える日を楽しみにしていますよ。また会いましょう」

 

 そう言ってレオは去り、完全に見えなくなる。

 天に座す太陽の如く、改めてレオの存在が遠く敵わないものだと感じた。

 世界の王になる運命を持って生まれた、選ばれた存在。

 その距離は、地面歩く蟻と、天にそびえ立つ塔の如く、今は絶望的なまでに隔たれているのだろう。

 だがそれでも翔は、その王に向けて進み続ける。

 どんな手段を用いても、彼は戦い続けるのだ。

 そう、たった一つの目的。生きるために……

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