Fate/Affection Doll   作:ラズリ487

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第26話 必滅の(ゲイ・)黄薔薇(ボウ)

認めよう。

 

殺し合うことは避けられない。

 

肉親でさえ、隣人でさえ、競い合う相手なのだと。

 

 

それが人間の本質だ。

 

動物を絶命させ、資源を食い荒らし、消費するだけの命。

 

しかし、ならば―――

 

彼らの争いには、何の意味があったのか。

 

 

 

 

 5回戦開幕。

 残るマスターも僅か4人となった。

 寿々科翔、レオ、残り2人。

 携帯端末が鳴り響き、翔は2回の掲示板への対戦相手の看板の前に立っていた。

 掲示板には、いつも通りに次の対戦相手の名前が表示されている。

 その相手は……

 

「掲示板を破壊して、情報を見させないようにしても面白かったんだけどねえ。それじゃあ卑怯すぎるかなって思ってさ」

 

「志波……」

 

 次の対戦相手は、最も今まで翔に対して協力してきた人物であった。

 そして同時に、知れば知るほど謎を深めていった正体不明のマスター。

 目の前の少女には随分と助けられた。

 だがそれと同時に、この聖杯戦争で起こることを全てを知っているかの雰囲気を見せていた。

 

 ―――彼女の名前は『志波 白亜』。

 

 二本の槍を持つランサーのマスター。

 彼女の実力は、はっきり言って不明だ。

 強いて分かるのは、あのランサーの赤い槍は魔力を遮断する効果のようなものがあるという事。

 

「前にあなた聞いたよね。なんで私があなたに協力するか。それはきっとあなたが暗号鍵(トリガー)を入手する過程できっとわかる。精々、頑張りなさい」

 

 それを言えば、彼女はヒラヒラと手を振り、その場からいなくなる。

 今まで彼女の協力があったからこそ掴めた勝利もある。

 だがここからは、自分一人の戦いだ。

 それを、知らせるかのように、懐の携帯端末が鳴り、暗号鍵(トリガー)の生成を知らせる。

 彼女の言葉の意味はまだ分からない。

 翔もまた導かれるように、アリーナへと足を進めた。

 

 

 

 

「……なんだこの気配」

 

「気配だけじゃありません。これ、アリーナ全体が書き換わっています」

 

 確かにリップのいう通り、アリーナの気配が今までと違っていた。

 止むことなく降り続ける雨。

 それは地面を黒く染めるほど勢いよく降り続けているが、不思議と翔達が雨で濡れる事は無かった。

 これは、この雨が、目の前に広がる街が、再現されたデータだからだろう。

 簡単に言えば、翔達は雨の降る映像を見せられていると言った方が正しい。

 そして一際目を引くのが、積み木の家のように崩れた大邸宅や、かつては見上げるばかりの無表情なコンクリートの構築物であったビルが無惨に崩れている。

 この光景はまるで、大規模な災害後の跡地ような場所であった。

 

 ―――私は言われた。

 

 翔達がこの跡地を、歩いている最中、声がした。

 これは、前から録画されていた音声か何かだろう。

 そして、この声は、聞き間違いがない。間違いなく白亜の声だ。

 だが今までのような明るさはどこにもない。

 どこだか遠くを見つめているような、そんな気がする声だ。

 

 ―――私は魔術師(ウィザード)ではないと、正確にはマスターとも違うと。

 

 ―――私は過去に存在したデータ。所謂NPCなんだ、と……

 

 NPC……?

 彼女は元々、人間ではなかったと……?

 翔が困惑していると、録音されていたであろう白亜の音声は続けられる。

 

 ―――だけど、私のサーヴァントはそれを肯定し、私に一筋の希望を見出してくれた。

 

 ―――そして、私は最後の敵を破り、ムーンセルの中枢へとたどり着いたマスターの一人。

 

 ―――だけど、聖杯を手に入れることは出来なかった。

 

 聖杯を手に入れられなかった……?

 ということは、白亜はどこかで戦いに負けたという事になるのか?

 だとしたら、今まで協力してくれた彼女は誰なんだ。

 

「翔くんは気になるんでしょうね。なら私はいったい何者なのかと……」

 

 録音されたデータとは違う声がしたかと思うと、目の前の地面にカード型のデータが突き刺さる。

 翔が拾ってみれば、それは一つ目のトリガー。

 決戦場に赴くために必要な一枚だ。

 

「なぜこれを?」

 

「私の分取ったら、偶然目の前に生成されてね。せっかくだからあげちゃおうと思ってさ」

 

 微笑みながら彼の質問に返答する白亜。

 敵となっても、この性格は相変わらずのようだ。

 ただ断っても、彼女なら平気で押し付けてきそうなので、ここは黙って貰っておくことにしよう。

 だが、気になるのは、今目の前にいる白亜はいったい何者なのかという事。

 彼女もそれを分かっていたようで、静かに言葉を紡ぐ。

 

「私、実はこの聖杯戦争を全部知っているんだ。最後の敵を倒し、勝ちあがった私。そこで私は、最上層であるサーヴァントに負け、命を落としたの」

 

 白亜が指を鳴らせば、彼女の頭上に映像が流れ始める。

 この映像は、今までの白亜の記録か……?

 シンジ、ダン卿、ありす、ランルー、ユリウス、凛、レオ。

 翔も戦ったことがある、協力してくれたこともある人物達が映し出され、その者達が白亜に敗れ、静かに消えていく。

 これは、間違いなく彼女の記録。

 彼女のいう事が正しければ、白亜は、今映し出された人たちを倒し、ついに聖杯までたどり着いたのだ。

 

「レオを倒せば聖杯に辿りつくと思っていた。だけど実際は違った」

 

 そこに写るのは、巨大なムーンセルの中核の前に佇む、白亜とそのサーヴァント。

 彼女の隣に立つサーヴァントは、影がかかっていて、姿は良く見えない。

 そして、白亜の前に佇むのは、白衣を着ており、眼鏡をかけた男性。

 

「そのサーヴァントは『救世者(セイヴァー)』。私はそいつに負け、命を落とした……はずだった」

 

 再び、白亜が指を鳴らせば、次の場面に切り替わる。

 そこでは、釈迦のような存在が放った攻撃に、サーヴァント、白亜が貫かれている場面であった。

 その攻撃によりサーヴァントは消滅。

 崩れた床より、落下しながら意識を失おうとしている白亜。

 

「私は祈った。こんな奴に聖杯を独り占めにさせてはいけない。どんな手段を使ってもあいつを止めたいと……」

 

 彼女は、死を迎える直前に、ムーンセルにそれを告げた。

 

 ―――私を、聖杯戦争開始前の時間へ戻してほしいと

 

 そして、ムーンセルは、その願いを聞き入れた。

 なぜ独り占めされていたはずのムーンセルが、その願いを聞き入れる事が出来たのかはわからない。

 だが、彼女が目覚めた時は、聖杯戦争が開始される前の、作られた日常……所謂、予選の時まで時が遡っていたのだ。

 それが、なぜだかは今でもわからない。

 だがきっと、そのような奇跡的な出来事が起こったのは、彼女が生身の人間ではなく、存在そのものがNPC故だったからだろう。

 

「私ではあいつに勝てる力が無いかもしれない。だから私は探した。私が敗れてもなお、この世界を変えてくれる力を持つ人を」

 

 彼女が最初に体験した聖杯戦争では見なかった人物……

 その人物は今、白亜の目の前にいる。

 

「それが、あなたよ、寿々科翔」

 

 白亜は、指を突きだし、翔を指さす。

 正直、翔には何を言われているかさっぱりわからなかった。

 世界を変えてくれる?

 そのために、彼女は自分に協力していたというのか?

 わけがわからない。

 ただ自分は生きるために戦っていただけなのに……

 

「当然、手は抜かないわ。むしろ全力であなたと対峙する。そこで私が勝てば、あなたはその程度の人間だっただけ」

 

 これが、今まで謎に包まれていた志波白亜の全て。

 彼女は人間として生まれていなく、ムーンセルが再現したNPCなのだ。

 それが何らかの不具合によりマスターとしての力を得た。

 そんな彼女にも目的があり、決勝戦まで勝ち抜いた。

 

 ―――だが彼女はそこで敗れ、死に際に一つの願いを残したのだ。

 

 そして彼女はここにいる。

 聖杯戦争の行く末を経験し、その道を再び歩む少女。

 それが彼女、志波白亜なのだ。

 

「だから翔くん、力不足ならここで倒れて頂戴。ランサー!」

 

「御意」

 

 白亜の呼び声と共に、緑色の鎧を纏い、赤と黄色、二本の槍をもつランサーが目の前に現れる。

 ありすとの戦いや、ヴラド三世との戦いでは心強い味方であった白亜のランサー。

 だが敵となれば、これほどまでに恐ろしい相手が今までいただろうか。

 加えて、二回の共闘をしているので、こちらの手の内も白亜は把握している。

 一つ前に戦ったユリウスよりも違った意味で手強い相手となりそうだ。

 

 ―――だが、こちらにも策はある。

 

 それは前の戦いで発現した翔の術式「『宝石煌めく七つのヴェール(ダンス・オブ・ザ・セブンヴェールズ)』。

 あの術式だけは白亜も知らない。

 故に彼女に勝つには、この術式の使用タイミングが命だ。

 

「志波、本気のようだな」

 

「翔くん、負けるつもりは?」

 

「そんなものないさ。お前と一緒に先に進むさ。志波とランサーを倒してな」

 

「そう。なら全力で来なさい。でないと死ぬわよ」

 

 彼女は本気だ。

 白亜の今までとは違う雰囲気を見て、翔は察する。

 だが、こちらとて負けるつもりはない。

 

「ではお見せしよう。我が必殺の槍を」

 

「ハイサーヴァント、パッションリップ。参ります!」

 

 自身の巨大な腕を構え、両者がぶつかり合う。

 戦いは、口上なくして始まった。

 リップから放たれる腕の攻撃を、ランサーは眉一つ動かさず迎え撃つ。

 力だけ見れば、間違いなくリップの方が上だろう。

 だが、その力を上回る技量が、リップとランサーの差を埋めていた。

 さすがは三騎士のクラスで呼ばれるだけあって、一筋縄ではいかないらしい。

 

『セラフより警告 アリーナ内でのマスター同士の戦闘は禁止されています』

 

 今立っているアリーナが警報により赤く染まり、そして響き渡るアナウンス。

 数分にも満たない時間で強制的に戦闘は終わる。

 だが、それでもこの戦闘で相手のランサーのことが少しでもわかれば……

 

「いざ!」

 

 ランサーは紅の長槍をリップに目掛けて突き出した。

 常人なら黙視する事すら敵わない一撃。

 だがリップとてサーヴァント。彼女に常識など当てはまるはずがない。

 

「援護するリップ!『gain_str(32);(筋力強化)』!」

 

「やぁ!」

 

 翔が援護のコードキャストを放ち、リップがランサーに向けて攻撃を放つ。

 それだけで十分であった。

 強化されたリップの力、その間に人間がいれば、瞬く間に引き裂かれてしまう一撃がランサーの槍を巻き込む。

 地面がリップの一撃により歪み、ランサーは顔をしかめる。

 

「なんという……」

 

 今の一撃でランサーは力で敵わぬと察したのだろう。

 彼は二本の槍を巧みに操り、リップの攻撃をうまく躱し応戦する。

 今までの戦いでランサーの戦いは、リップも翔もある程度は分かっていた。

 その中でも注意するべきは、あのランサーの持つ赤と黄色、二本の槍。

 赤色の槍は、ランルーの戦いで見ていたから大体の効果は分かる。

 あれは魔力で編まれたもの全てを遮断する槍とみて間違いない。

 だが黄色い槍の効果は、完全には分からない。

 ジャバウォックで見た時は、あの黄色い槍に斬り裂かれた箇所のダメージが残っていたようにも感じたが……

 

「……ダメージが残る?」

 

 いや、明らかにおかしい。

 いくらダメージが大きかったとはいえど、ジャバウォックの治癒する時間があったはずだ。

 だが、翔が対峙したジャバウォックは傷が塞がっていれど、黄色い槍に刺された箇所の動きが鈍かった。

 まさか、槍のダメージが残っているという事は……

 

「よそ見は禁物よ、『gain_agi(32);(敏捷強化)』!」

 

「感謝する。我が主よ!」

 

 白亜がコードキャストを放ち、サーヴァントと言えども、目で追う事が難しい俊足をランサーは手に入れる。

 このままでは一撃がリップに入る。

 魔力の盾を生成しても、ランサーの赤い槍によりそれは意味ないものとなる。

 咄嗟の判断だった。攻撃を防げないのならば、その前にランサーを退ければいいの事。

 

「『gain_agi(32);(敏捷強化)』!」

 

 白亜と同じ敏捷強化をリップにかけ、彼女もまた素早い動きが可能となる。

 正に乾坤一擲。防御を奪われたことの不利を、防御を捨てることの利点で覆す。

 それはまさしく、潔い決断である。

 決して白亜にとっては、嫌いでは無い判断だ。

 しかし、この場に限って言わせてもらえば……

 白亜はあえて翔に言葉を放つ。

 

「それは失策だったよ。翔くん」

 

「穿て……『必滅の(ゲイ・)黄薔薇(ボウ)』!」

 

 両者がお互いを通り抜ける。

 翔にも白亜にも、それがスローモーションのように見えた。

 もし白亜が敏捷強化のコードキャストを放たなければ、ランサーは今頃、リップによって斬り裂かれていただろう。

 だが彼女が放った敏捷強化とランサーの敏捷。

 それは悲しいまでにリップと相性が悪かった。

 ランサーの黄色い槍はリップの左腕を深く斬り裂き、リップの一撃はランサーの身体を掠める。

 

「ぐぅ……!」

 

 その一撃にリップは吹き飛び、地面へと倒れ込む。

 その直後、ノイズのようなものが走り、二人はマスターの側へと強制的に戻される。

 セラフが介入し、戦闘を強制終了させたのだろう。

 

「なるほど、簡単には勝たせてはくれないか。良いがな、その不屈ぶりは!」

 

 ランサーの傷が白亜によって治癒される。

 翔もすかさず、リップに治癒のコードキャストを掛けるが、何かがおかしい。

 傷は塞がったことから、治癒は間違いなく効いているはず。

 だから、今の治癒のコードキャストによって、完治していてもおかしくは無いのだが……

 

「傷が治らない……!」

 

 やはりそうだった。

 翔は自らの失策を悟る。

 一度、穿てば、その傷を決して癒させぬ呪いの槍。

 それがランサーの黄色い槍の正体であった。

 本来であれば、リップはいまの状態で完治しているはずだ。

 だが、リップの左腕はダメージを負ったまま……

 つまり、今のリップは『左腕にダメージを負った状態』が完治している状態なのだ。

 そしてそれを放つ前にランサーが言った『必滅の(ゲイ・)黄薔薇(ボウ)』という言葉。

 

 ―――魔を断つ赤槍。

 

 ―――呪いの黄槍。

 

 そして右目の泣き黒子……

 もし翔の予想があっていれば、あの泣き黒子から『魅了(チャーム)』の魔術が発せられているはずだ。

 となると、あの英霊の正体は……

 

「フィオナ騎士団、随一の戦士。輝く(かお)のディルムッド……」

 

「今までの共闘から導き出したんだね。やるねえ……ランサーの真名を暴くなんて」

 

 サーヴァントの治癒能力とコードキャストで何とか止血だけはできている。

 だが左腕を見つめるリップの表情は苦痛そのものだ。

 自らの失策に、歯を食いしばる翔。

 

「これであなたのサーヴァントの左腕は思うように動かないはず。いい成果だわランサー。今回はひとまず撤退しましょう」

 

「御意」

 

 彼女が一つの道具を取り出せば、即座にその場から消えるランサーと白亜。

 その場に残されたのはリップと翔のみ。

 そんな中、ただ翔は立ち尽くしていた。

 自分の失策によって、リップに深い傷を負わせてしまった。

 やはり、自分はまだまだ弱い。

 戦う抜くという決意をしたのにも関わらず、その事実が彼を突き付けていた。

 

「翔さん」

 

「リップ?」

 

 戦いを終えたリップが、ゆっくりと翔の隣に来る。

 その瞳の奥には心配を感じさせるような物を感じる。

 こんな失策をしてしまった自分を彼女は心配してくれているのか。

 

「えっと、こんな時にどうやって言えばいいかわからないけど……」

 

 一呼吸おいて、リップが翔に語り掛ける。

 

「私は何があっても翔さんのサーヴァントです。あなたの前に立つものは誰であろうと迎え撃ちます!」

 

 まるで翔を元気づけるかのように、自らの右腕を高く掲げる。

 

「それに左腕が使えなくたって、右腕があるんです! これでどんな敵だって潰してペッチャンコにできちゃうんですよ!」

 

 彼女の行動に翔は目を見開く。

 それがサーヴァントであるパッションリップにとってはきっと当然のことなのだろう。

 しかし、彼女のその言葉は、翔にとってかけがえのないものであった。

 彼女は左腕にダメージを受けてもなお、頑張ってくれるというのだ。

 ならば、自分がそれに応えずして何になる。

 相手はとてつもなく強い、そしてこちらは左腕は思うように使えないというハンデができてしまった。

 だがそれでも戦い続ける。

 今後戦う相手が誰であろうと、最後まで戦い続ける。

 

「……すまねえ、ありがとなリップ」

 

 彼女の言葉で何かが吹っ切れたかのように笑顔になる翔。

 彼の表情を見れば、それに釣られてリップもまた微笑む。

 この先、どんなことがあってもリップは自分のために戦ってくれるのだろう。

 目を閉じ、リップが召喚されたあの日のことを思い出す。

 今でも色褪せることのない光景。

 彼女は自分という存在を信じてくれている。

 ならば、自分もリップのことを信じよう。

 自分を信じてくれたパッションリップの気持ちに最大限に応えてあげよう。

 今の翔には、その気持ちが沸き上がっていた。


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