自分の状況を改めて整理しよう。
自分は今、霊子虚構世界『
予選から本戦に進んだマスターの数は128人。
トーナメント形式で1回戦から7回戦まで進み、最後に勝ち残った一人が聖杯を手に入れることができる。
現実世界に戻れるのは最後まで勝ち残ったマスターのみ。
「はぁ……」
ため息をつきながら食堂で頼んだ特製麻婆豆腐を食べる翔。自分は正直覚悟がないまま流されている状態だ。こんなものでいいのだろうか。
しかし、目の前の食事を見つめる翔。この麻婆豆腐、なかなかに美味しいのだ。確かにこれはかなり辛い。しかしその辛味の最奥には至高の旨味が秘されているまさに至高の一品なのだ。
これをこの世界に提案したものは誰なのかと正直気になる。もしどこかで出会えるならば、一度この麻婆豆腐について言葉を交わしたいものだ。
そんなことを考えていれば、霊体化を解いたリップがこちらを見つめている。
「あ、翔さん。それ……ちょっと食べてみたいなぁって」
「あ? いいけど少し辛いぞ?」
翔が、ひょいと少し麻婆豆腐を掬い、リップの口に近づけては、ぱくりと食べる彼女。しかし直後、顔が真っ赤になり、むせるリップ。
だから言ったのに……といいながらコップの水をリップにの口に近づける翔。
「ま、待ってください!これ殺人的な辛さじゃないですか!?」
翔が差し出した水を飲んでようやく落ち着くリップ。そんな光景に翔が笑っていると、ふわりと一人の人物が現れる。白く輝く髪に燃え盛るような赤い目をした少女。
あの人物……どこかでみたような……
思い出した、予選の校舎にいた時にランサーを連れていた子だ。
その子がどうやらキョロキョロとお盆を持って辺りを見渡している。席を探しているのだろうか。
「えっと、志波……だっけ。向かい側の席、空いてるぞ」
「あ! 翔くんじゃない! ありがとー、意外に席がなくて困っていたんだよねー」
パタパタと駆け寄り、そこに『焼きそばパン』と飲み物が乗ったお盆を置けば、それを食べ始める白亜。しかし、周りを見渡してみればかなりの人物がこの聖杯戦争に参加しているようだ。しかし、聖杯……というものはどういうものだろうか、彼女もまた聖杯戦争の参加者。
翔は白亜に聖杯とはなんなのかを聞いてみることにする。
「うーん、実物は見たことないからわからないけど、地上の事実的な支配者である『西欧財閥』が封印指定にするくらいだからね。つまり聖杯に眠っている力は計り知れないという事、世界を容易に変えることができる力、私はそう睨んでいるかな」
「そうですよ。そして聖杯は僕たちの管理下に置かせてもらいます」
白亜が続きを喋ろうとした時、不意に聞こえた青年の声によって遮られる。
そして、その声が食堂に響いたとき、周りの生徒が一気にざわめく。白銀の鎧に身を包んだ男性を隣に置いたまさに『王』がそこには立っていた……
彼が誰だかは分からない。ただ翔はその人物がただものではない雰囲気を出している……とまではわかった。
サーヴァントとは全く異なったオーラを放つ人物。
「翔くん、彼の名は『レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ』。西欧財閥の次期盟主の地上の実質的な地上の支配者よ」
白亜の言葉にレオはニコリと微笑み、自分をレオでいいと言う。『ですが最も気になるのは……』と彼がその言葉を紡ぎながら見るのは翔と隣のリップ。
「驚きましたよ寿々科翔さん。実を言うと僕はあなたがとても興味深い。あの状況でよくサーヴァントを引き当て、彼の攻撃を凌ぐとは……」
その言葉に背筋がぞくりとするような感覚に襲われる翔。どうして彼がそのような事を知っているのだと……あの場には自分と黒いコートのやつしかいなかったはずなのに……
彼の気迫に圧倒されながらも、レオを見据える翔。
全てを見通している、あれが地上の王というものなのか……
気づけばレオが白銀の鎧の騎士に対して何かを言っているようだった。
「ガウェイン、紹介を」
「はっ……従者ガウェインです。以後、お見知りおきを……願わくば、我が主のよき好敵手であらんことを……」
そこまで言い、ガウェインは下がる。
ガウェイン……アーサー王物語に登場する伝説上の人物。アーサー王の甥として最も優秀な騎士として活躍したと言われる騎士だ。
そのような騎士を連れているとは、まさしく王の騎士にふさわしい人物。今の自分がまともに戦えば、きっと為す術もなくやられる。
クラスはどう見てもセイバークラス。それ以外は考えられないだろう。
アーサー王物語と言えば、有名すぎる書物の一つだ。調べれば間違いなく弱点だってわかる。
それをレオが分かっていないはずなどない。
あれは、絶対なる自信なのだろう。明かせるものはすべて明かす。その上で勝利する絶対なる自信の表れ……
白亜もなにやら張りつめた表情をしている。緊迫した状況の中、翔は一つの予測を立てる。
きっとあのコンビは決勝近くまで上がってくるだろうと、もし自分が本戦を突破していくなんてことがあれば、どこかでこの二人と当たるということを……
しかし、なぜだろうか、あのレオという人物。傍から見ればすべて完璧にみえる。
だが翔には、彼には何かが欠けているような感じの雰囲気を感じ取った。
「はぁ……ご飯食べただけなのに疲れた」
そういいながら椅子に腰かける翔。彼らがいるのは教室のようなところであった。
本戦に勝ち進んだマスターには個室が与えられ、そこで過ごせるというものらしい。
しかし、元は教室であったところだ。外見は殺風景極まりないといってもいい。
今度何か、いろいろ買うか。とりあえずは寝床を確保しないとゆっくり休むことすらできないとは……
その思考を遮るかのように、無機質な音が辺り一面に響き渡った。どうやら携帯端末からのようだ。
翔がその携帯端末をポケットから取り出すと、文字が浮かび上がっていた。
『2階掲示板にて次の対戦者を発表する』
対戦相手の発表、つまりその相手の名前が分かるという事だ。とにかくそれは掲示板を見ればわかるという事。
翔がマイルームから出て、その掲示板に向かえば、見られぬ紙が張り出されていた。
一人の名前は『寿々科翔』。これは間違いなく自分の名前、そしてもう一つは……
マスター:間桐慎二
決戦場 :一の月想海
「間桐……慎二」
慎二、予選の時からの友人。いや、仮初の友人といってもいいだろうか。だが、あの中で過ごした日々を忘れているわけではない。
この戦いは殺し合い。だが、まさか一回戦から仮初とはいえ言葉を交わした友人に当たるなど……
「へぇ、お前が一回戦の相手か」
いつの間にか慎二が隣に立っていた。恐らく、自分と同じく掲示板を見に来たのだろう。真剣な顔つきで慎二を見つめる翔。
当の本人はこの戦いを、まるでゲームをしているような感覚さえ感じる雰囲気であった。
だが実力はおそらく高いだろう。彼がこの本戦にいる以上、彼もまた聖杯を求めてこの世界に来た人間。油断はできない。
「ま、正々堂々と戦おうじゃないか、結構いい勝負になると思うぜ? 君だって選ばれたマスターなんだからさ」
次会うときは敵同士だ。仮初とはいえ、友情に恥じないいい戦いをしようじゃないか。そう言って彼はその場から立ち去る。
慎二とそのサーヴァントと戦う。駄目だ。実感がわかない。頭の中で復唱しても学園で知り合った彼の姿ばかり思い浮かぶ。
自分には記憶がないのに、意思を持っている人間と殺しあえと言うのか……こんなのあんまりすぎる。
まるで悪夢を見ているかのようだ。考えれば考えるほど、自分が沼の中に嵌り、沈んでいくかのように……
「翔さん、こういうのもあれですけど、あんまり考えすぎても体に毒だと思いますよ?」
霊体化を解いたリップが、翔の顔を見つめながらそのようなことを言う。確かに言われてみればそうだ。ここで考えすぎてもしょうがない。
これも記憶がまだ戻ってない障害だというのか。
ああ、でもよかった。リップの言葉で何とかなった気がする。翔はリップに『ありがとう』といい気持ちを落ち着かせていると、再び端末から音が鳴り響く。
『
これが言峰の言っていた暗号鍵。これを手に入れる事が出来なければ決戦を迎える事が出来ず、脱落ということになる。
となればやるべきことは一つだ。この鍵を取りに行く。そのためにはアリーナという場所に向かう必要がある。
ならば次やることは決まっている。翔とリップは一階にあるアリーナへと向かう事にした。
「ここが、アリーナ……」
扉をくぐれば校舎の光景などすでになくなっていた。海の中に浮かぶ迷宮のようなところ、そこに翔とリップは立っていた。
それはまるで神秘そのものであった。ここに始めて入った人は必ずやこの光景に一度は目を奪われるのではないだろうか。
ここは電子の海、ムーンセルの中なのだ。この光景を目の当たりにして改めて思い知らされる。
そのアリーナを進めば、顔をしかめ周囲を警戒するリップの姿がそこにあった。
リップがなにかを感じ取っている。戦いなどを知らない翔でもそれだけははっきりと伝わってきた。
「気を付けてください。あの方がサーヴァントを連れて既に着ているようです」
なんてことだ。まだ自分は戦いを知らないというのに……
ともかくだ。彼らに出会う前に少しでも戦いを知らないといけない。
リップにそのことを伝えると『潰すのは得意です!』と誇らしげに言う彼女の姿が目に映った。
それに微笑みながら先を進んでいく翔とリップ。
しばらく行くとその視界に写るのは立体キューブの姿。あれがエネミー……というやつだろう。
「リップ、あれがエネミーというやつか?」
「はい、そうです。翔さん。指示をお願いできますか?」
「りょーかい。よしリップ、あいつを倒してくれ!」
指示を受けたリップは、弾丸の如き速度でエネミーに迫る。そのリップを姿を発見したエネミーは迎撃の体勢を取る。
接近した相手に対しリップはその巨大な爪を大きく薙ぎ払うかのように振るう。その攻撃に防御などまるで意味をなさない一撃。
圧倒的すぎる彼女のパワーは、エネミーを横薙ぎに一閃する。
大きく斬りされた箇所からはノイズのような紫色の靄が現れている。一撃は成功。
そしてすかさずその巨大な爪を自分に向け、防御の体勢を取るリップ。そして襲い掛かるエネミーの攻撃。
その一撃に金属が勢い良くぶつかる音が響く。だがリップには大したダメージは入っていない。あの巨大な手は攻撃にも防御にも使えるという事か。翔が見ながらリップの戦い方を分析する。
彼女のスタイルはまさに『一撃必殺』を体現したスタイルだ。その光景はまるで生きた要塞だ。正面から渡り合えばどんなサーヴァントでも受け止めることは困難だろう。
「甘い!」
そしてリップの反撃の一撃、最初の一撃で大ダメージを受けていたエネミーに二撃目を防御できるはずもない。彼女の攻撃は相手を軽々と引き裂き、そして消滅させた。
防御の上からでもお構いなしの一撃、もし自分が敵ならば正面からはやはり相手にしたくはないなと苦笑いしながらも感じる。
「凄いな……たった二撃でエネミーを……」
「力と耐久力だけはどんなサーヴァントにも負けません……けど」
「けど?」
申し訳なさそうにリップは口を紡ぐ。どうやら今の自分は本来の実力を出し切れて無いようだ。
それは間違いなく自分のせいだ。マスターの力によってそのサーヴァントの強さは変わる。
それがリップにも影響されている。自分が新米のマスターだから、リップが全力を出し切れていない。だから、今を生き残るためにも自分を強くしなければならない。
リップからそう聞かされたとき、翔はその思いを強くする。
「でも、今は駄目でも鍛えれば本来の私になるはずです。私も精一杯頑張りますから!」
励ますようにリップに言われ、微笑む翔。まさかリップに励まされるとは思わなかった。
立ちはだかるエネミーを倒しながら、アリーナを進む翔とリップ。その前進が吉と出るか凶と出るか。アリーナでは対戦相手と出くわすこともある。
それを知らしめるかのように、二人の前には一人の男と一人の女性が佇んでいた。
一人は慎二本人、もう一人はクラシックな二丁拳銃を持ち、顔に大きな傷のある女性だ。
その容姿は胸部を大きく開けた赤いコートに紅く色づいた長い髪。そしてそれがなければきっと美しいのにと思わせる、顔に大きく入った斜めの傷。
だがその傷の影響なのか、どこかワイルドさを感じる女性だ。
「遅かったじゃないか翔。お前がモタモタしてたから僕は
翔の目の前でカードのような鍵をヒラヒラと見せびらかす慎二。あっちのほうがやはり早かった。
顔をしかめる翔に慎二は言葉を続ける。どうせなら僕のサーヴァントを見せてあげるよと……
恐らく、彼はここで自分を倒すつもりだ。翔を庇うようにリップが前に立ち、慎二を見つめる。
あの女性が彼のサーヴァントなのは間違いないだろう。
「おや? おしゃべりはお終いかい? もったいないねぇ、人間付き合いがへたくそなマスターがお前とは意気投合しているもんで平和的解決もアリかと思っていたんだけどねぇ……」
その慎二の隣にいるサーヴァントは残念そうに溜め息をつきながら、その視線を慎二に向ける。
その顔つきは、ニヤつきながらと言ってもいいぐらいの表情だ。そんな表情で慎二を見る女性のサーヴァント。
それを聞いた慎二は驚きの顔を浮かべながら女性サーヴァントと翔を交互に見つめる。
慎二のサーヴァントである女性はどうやら慎二をからかっているらしい。
「な、なに勝手に分析してるんだよお前! いいから痛めつけてやっつけてくれよ!」
「ははは、素直じゃないねえ。だがまあ自称親友を叩きのめすその性根の悪さはアタシ好みだ。構えな、ここで相手してやろうじゃないか」
銃を構える女性のサーヴァント。それに応じるかのように巨大な爪を構えるリップ。
相手の実力は未知数だ。それにここでやられるわけにもいかない。
両者、共に戦闘態勢。危険はあるがこの戦いで少しの情報も得られる可能性がある。
「さあシンジ。報酬をたんまり用意しておきな!」
最初に動いたのは慎二のサーヴァントであった。二丁の拳銃を巧みに扱い、その二つの銃口から火が吹く。
それは無遠慮に乱雑に……
放たれる弾丸を自身の爪で防御しながら、足に力を籠め、弾丸のように慎二のサーヴァントへ爪を振りかぶる。
「その爪、ただの爪じゃあないね。ならこれならどうだい!」
慎二のサーヴァントに目掛けて振り下ろされる直前に勢いよく後退、そして現れるは複数の巨大な大砲。
「まだまだ、たんまり喰らいな!」
「リップ! そこから離れろ!」
そして弾丸が巨大な大砲より放たれる。耳をつんざくような、空を遠雷の如き唸りを伴った砲声が渡る。
笛のような高い音と共に放たれる流弾は、地面にたどりついた瞬間、爆発が起こり、それによって起こった熱気で辺りの地面が焦げる。
『セラフより警告 アリーナ内でのマスター同士の戦闘は禁止されています』
辺りに響き渡るアナウンス。恐らくあと数分にも満たない時間で強制的に戦闘は終わるだろう。
そして爆炎の中から、飛び出し、慎二のサーヴァントへ向かうリップ。
だが、爪を振りかぶる直前、ノイズのようなものが走り、二人はマスターの側へと強制的に戻される。
間違いなくセラフが介入し、戦闘を強制終了させたのだろう。
「チッ……もう気づかれたのか、まあいい、止めを刺すまでもないからね。そうやってゴミのように這いつくばっていればいいさ!」
「ったく、その口は相変わらずなんだな慎二」
翔の発言など気にせずに、そのまま高笑いしながらサーヴァントと共に消える慎二。
明らかにこちらを見下したような発言、だが無理もない。
こちらは魔術師の戦い方をまるで知らないのだ。いうならば戦い方すら知らない初心者同然だ。
それを慎二が見下すのも無理はない。現にあのまま戦い続けていたら、こちらが危なかったかもしれない。
現にあの慎二のサーヴァント、あれは間違いなく今のリップよりも力は上回っていたはずだ。
翔とリップ以外、誰もいなくなった空間でリップは何かに気付いたように翔に顔を向ける。
「翔さん、あのサーヴァント。もしかしてクラスはアーチャーではないですか? ほら、飛び道具とか使っていたし」
確定ではないがリップはそのような予測を立てているようだ。
今回の収穫は翔には大きかった。確かにあのサーヴァントは銃を使った。
つまり飛び道具でクラスを絞ればアーチャーではないだろうかというのがリップの意見だろう。
しかし、翔は納得がいかなかった。
あの戦闘で使った敵サーヴァントの道具は二つある。
一つは両手の銃、そしてもう一つは……複数の大砲。あれをいつの時代か翔は本で見たことがある。
「リップ、俺の予想なんだが、あの種類の大砲はな、艦載砲としても搭載されていたんだ。名前はカルバリン砲だったな」
「かるばりんほう?」
おそらく頭に『?』が浮かんでいるであろうリップ。
簡単に言えばと翔がリップに説明する。
カルバリン砲、近世に用いられた大砲だ。主に16世紀から17世紀に用いられ、騎乗兵等に危害を加えたといわれている。
そしてこのカルバリン砲。艦載砲としても使用されたらしいとの事なのだ。
つまり翔の予想はあのサーヴァントは船を使っていた者であるという予想だ。
船を自在に扱えるクラスとなればライダークラス辺りが妥当だろう。つまりあのサーヴァントのクラスはアーチャーかライダー、その二つとなる。
7クラスのうちの2クラスまで絞り込めた。あの戦いだけであのサーヴァントのクラスを絞れたのはとても大きな収穫だろう。
翔とリップはもう少しアリーナを探索することにした。