Fate/Affection Doll   作:ラズリ487

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第28話 消えぬ意志

 剣と爪の軌跡が交差し、火花を散らす。

 今のランサーの実力は未知数だ。彼は今、セイバーでありランサー。

 そして何より、気になるのが、赤い槍と共に握っている赤い剣。

 セイバーで顕現した彼が新たに持つ、剣となれば、おのずと絞れてくる。

 

「『shock(32)(弾丸)』!」

 

 だが今はそんな悠長に考えている場合ではない。

 彼ができることは、白亜の補助のコードキャストのタイミングを与えず、こちらはリップのサポートをする。

 厳しいが、それが今、翔にできる事なのだ。

 

「『mgi_wall()(魔力壁展開)』!」

 

 だが翔のコードキャストが直撃する直前、突如、地面が下から槌で叩かれたかのように隆起する。

 彼のコードキャストは、その壁に直撃し、何事もなかったかのように消え失せる。

 まさにあの壁は、詠唱通り、城壁そのもの。

 彼女のコードキャスト種類は、攻撃だけでなく、防御もしっかりと備えている。

 

Start-up(起動)

 

 静かに紡がれた白亜の一言。

 それがトリガーだったのだろうか。

 この決戦場のありとあらゆるところから、魔力弾が飛び出し、翔に殺到する。

 ただ一つの魔力弾であれば、翔が防ぐことも可能だろう。

 問題は、それが四方八方から襲い掛かっているというところだ。

 彼の眼では、襲い掛かる魔力弾を半分も見ることもできないだろう。

 ならば……

 

「見様見真似!『mgi_wall()(魔力壁展開)』!」

 

 白亜の魔力弾を察知し、それと同等の魔力の障壁を、翔の全方位に展開する。

 彼の使えるコードキャストの中には、盾を展開するコードキャストがある。

 しかし、それでは四方八方から放たれる魔力弾全てを防ぎ切る自信はない。

 仮に防げたとしても、途中で限界が来て砕け散ってしまうだろう。

 故に彼は見様見真似でおるが、白亜の使った障壁のコードキャストを使ったのだ。

 

「へえ……やるじゃない」

 

 白亜が賞賛の声をあげる。

 恐らく彼女の放った魔力弾は、彼の使える防御のコードキャストを、破れるような威力の弾丸だったのだろう。

 翔へと向けられた弾が、障壁とかち合えば、ボロボロと崩れ消えていく。

 攻撃の手は緩めるつもりはない、すでに次の一手を翔は紡いである。

 翔が白亜に向け、コードキャストを放とうとした直前、その刹那であっただろうか。

 白亜が、ニヤリと口元に笑みを浮かべたのは……

 

「さすがに、あれじゃあ無理か。ならばロードローラーよ!」

 

「なっ!?」

 

 無茶苦茶、とはこのことを言うのであろう。

 上空に不穏な気配を感じ、翔が空を見上げてみれば、そこには圧倒的な質量を持つ鉄の塊が降下して来ていたのだから。

 あれは言わずとも一目でわかる。

 よく建設現場などで見かける、地面をローラーで押し固める建設機械だ。

 その重量は……言うまでもない。直撃すればぺしゃんこに、なる程である。

 それをいかなる方法を使ったのかは不明だが、遥か上空へ浮かべ翔の頭上に落としてきたのだ。

 弾丸で障壁を弾くことはできれど、あんな物を砕くことは不可能。

 そしてあれが翔に直撃すれば、彼の身体は跡形もなくなるだろう。

 

「空からロードローラーだと!? いくらなんでも無茶苦茶だろ!?」

 

 誰もが予想しない一撃。

 だがそれは、同時に効果のある一撃でもある。

 ロードローラーによる押し潰しなど、恐らく白亜だけが思いつく一撃だろう。

 いくらコードキャストの全てが使え、自作すらできる翔でも、あれ程の攻撃を防ぎきるのは無理だろう。

 だが翔にはリップがいる。

 いくら白亜が予想外の一撃を使えるとは言えど、さすがにロードローラーの雨を降らせることはできないはずだ。

 

「リップ!」

 

 翔が言うよりも早くリップが、ランサーとの戦いから離れ、空高く飛び上がる。

 そして、その巨大な腕で落下するロードローラーを受け止めれば、それを白亜へ向けて投げ飛ばす。

 彼女の腕力は、ランサーすらも上回る。

 故に、力押しではあるが、リップは落下するロードローラーを受け止め、投げることができたのだ。

 

「ランサー!」

 

 白亜の呼びかけに応じるように、目の前へと現れ、ロードローラーを一刀両断するランサー。

 英霊の宝具ならば、ロードローラーの鉄など、容易に切り裂くことは可能。

 真っ二つになった、ロードローラーは、力を失いその場に大きな音を立てながら地面に落ちる。

 

「(これが志波の全力じゃないはずだ……)」

 

 リップの腕力を知っている白亜なら、ロードローラーを投げ飛ばすことなど容易に想像できたはずだ。

 となれば、ロードローラーはそれを準備するための囮。

 切断されたロードローラーの向こう側、そこで翔は一つのコードキャストを紡ぐ白亜を見た。

 

「『add_bind();(拘束状態付与)』」

 

 反射的に翔は悟る。

 ロードローラーを迎撃したことで二人には僅かな隙が出来ている。

 そのデカブツという、生命に直結する、致命的な存在を排除したことで心に少しの安心が生まれていた。

 だがそれこそ、白亜の狙っている、二人の致命的な隙であったのだ。

 

「身体が……!?」

 

「動かない!?」

 

 白亜の放ったのは、拘束のコードキャスト。

 サーヴァントには数秒しか効果が無いものの、一撃を与えるためには十分である。

 それにランサーの敏捷性が加われば、絶大な効果を発揮する。

 

「穿て……『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』!!」

 

 槍の一突きがリップへと迫る。

 迫る位置は勿論、英霊にとっての心臓部分となる霊核の位置。

 あれをくらえば、霊核が砕かれ、彼女は光と消えてしまうだろう。

 それだけは許すわけにはいかない。

 

「『cure();(状態異常回復)』!!」

 

 なんとかコードキャストを紡ぎ、リップの拘束状態を解除すれば、迫る槍の一突きをその腕で弾く。

 ランサーの必殺の一撃を何とか防ぐことができた。

 だが……

 

「甘い!!」

 

 彼の声と共に放たれる赤の剣の降り降ろし。

 彼女はそれをも自らの腕で防ごうとした。

 だが次の瞬間、リップは目を見開き、自分の状態を確認した。

 

 ―――赤の剣が自身の腕をすり抜け、リップの体を切り裂いていたのだ。

 

「リップ!」

 

「今……のは?」

 

 即座に後退を指示し、その場から離れるリップ。

 そして回復のコードキャストを掛ける翔。

 傷はすぐに塞がったものの、体力の消耗が大きすぎる。

 

「今のは……『憤怒の波濤(モラ・ルタ)』か……!」

 

「ご名答」

 

 翔の言葉に白亜が返答する。

 『憤怒の波濤(モラ・ルタ)』……

 ケルトにおける海と異界の神マナナンによって授けられた剣。

 ディルムッドが操る多くの武具の中で最も強力な物を挙げるとすれば、この恐るべき魔剣を措いて他ない。

 

 ――― 一撃必殺、初撃必勝。

 

 抜き放たれた魔剣はディルムッドに確実な勝利を与え、敵対者に敗北と死をもたらす。

 その能力は、物理的な防具や防御をすり抜ける力を持つ。

 『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』が魔力的なものをすり抜ける力を持つならば、『憤怒の波濤(モラ・ルタ)』はその反対。

 今の彼には、物理的な防御も、魔力的な防御も意味をなさない。

 

「考えている場合かしら!あなたにとっておきを見せてあげる!」

 

 その言葉と共に、コードキャストを紡ぎ白亜は走り出す。

 その利用場所は……弾丸でもサーヴァントの強化でもない。

 ただ単純明快な"自身"の肉体のブースト、それを最大限出力することで、まるで瞬間移動したかのように翔との距離を詰めた。

 

「魔術師が接近戦!?」

 

「人のこと言えるのかしら!」

 

 いくらここまで戦いを制してきた翔でも、戦っているマスター自身が近接戦闘を挑んてくるなど、計算外であったのだろう。

 彼の顔が驚愕に染まる。

 

「これは私の趣味じゃないわ。だけど様々な戦いの中で、近接格闘礼装全種があるのは知っている。様々な手段を確かめている私にとって、それを極めているのは当然のこと!」

 

 その速度は一時的にサーヴァントすらも上回る。

 そしてそれが傷を負っていたリップならなおさらのこと。

 だが彼女の肉体ブーストの効果が多く見積もって数十秒……

 もしも効果が切れてしまえば、力では翔には勝てないだろう。

 つまりここで攻め切ることができなければ、白亜が敗北するのは自身もよくわかっている。

 

「くらいなさい!」

 

「ぐっ!?」

 

 翔へと放たれる一撃。

 そのたった一発の攻撃は単純にしてシンプルな突き。

 しかし、肉体ブーストを乗せた一撃は、その攻撃がシンプルなほどであれど最強の一撃となる。

 その一撃の重みは翔の精神すらも破壊し尽しそうなほどであった。

 

「優雅に飛んで……逝きなさい!はああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 零距離より放たれる、魔力が上乗せされた一撃。

 その攻撃はミサイルが直撃したかのような轟音を響かせ、破壊という姿をしたその一撃は、翔の体を容易く浮かせ、壁に叩きつけた。

 手応えはあった。

 よく彼を観察すれば、肉体の消滅は免れているものの腹部は抉れている。

 この勝負は、間違いなく彼女の勝利だ。

 

「翔さん!?」

 

「隙を見せたな……!」

 

 翔の魔力が大きく乱れたのか、視線を一瞬逸らしてしまうリップ。

 だがその一瞬の隙を英霊であるランサーは、見逃すはずが無かった。

 即座にリップの懐へと入り込み、斜め下より大きくパッションリップの体を憤怒の波濤(モラ・ルタ)で切り裂く。

 

「ぐぅ!?」

 

 激しい痛みが身体中を駆け巡る。

 即座に反撃を試みるリップ。だがおかしい、ランサーが即座に後退した直後に身体の異変に気付く。

 腕が、上がらないのだ。

 そしてそれに続くかのように、足の力が抜け、膝をつく。

 だがそれは、ランサーの宝具のせいではない。

 先程のダメージ等が蓄積され、彼女の体に限界が来てしまったのだ。

 

「腕が……上がらない……」

 

「……やれやれ、一人の敵を倒すのにこんな大盤振る舞いをしたのは久しぶりだわ」

 

 正直、白亜の体にも限界が来ていた。

 だが大盤振る舞いをした価値は、あると思っている。

 しかし、これは同時に失望でもあった。

 彼になら、この先を託せるかもしれない、その思いが粉々に砕け散ったのだから……

 翔から視線を離し、リップを見つめる白亜。

 彼女もあと一撃を加えれば、終わるだろう。

 もはや反撃する気力も残されていない。

 白亜は静かに手をあげ、執行者のごとくランサーに指示を出す。

 

「ランサー!宝具開放!一撃でパッションリップを倒しなさい!」

 

「了解した。この一撃、主の勝利のために放つ!」

 

 ランサーが武具を構えると同時に、歯を食いしばり、立ち上がるリップ。

 彼女の体力的に、もう戦いが続けられないのは自分でもよくわかっていた。

 

 ―――故にここで勝負を決める。

 

「まだ……終わっていません!」

 

「「宝具開放!!」」

 

 英霊パッションリップは、両手をロケットパンチのごとく勢いよく撃ち出し、英霊ディルムッドは自らの 憤怒の波濤(モラ・ルタ)を構える。

 高速に飛び交う腕により傷を負いながら、彼は遥か上空に飛翔した。

 その飛翔は人智を超えた超跳躍。

 出力を最大開放したモラルタは、伝説に語られる「マナナン神の脚」にも似て、三本の刃となって敵を寸断する。

 通常時が"初撃必殺"ならば、最大出力は"一撃必殺"。

 

「生死を分かつ境界線……見定める!」

 

「この一撃で……潰れてください!」

 

 強大な刃に対するは、強大な猛獣の口。

 だが白亜は確信していた。この宝具の勝負はランサーが勝つ。

 

 ―――ランサーでありセイバーのディルムッドには、『激情の細波(ベガ・ルタ)』という宝具が存在する。

 

 ディルムッドが操るもう一つの魔剣。

 これもまた海神マナナンに授かった武具のひとつ。

 防御を司るこの剣は、戦いでは力を発揮できない。

 だが、一度だけこの剣が真の力を発揮するときは所持者であるディルムットが危機に瀕した時……

 この剣は自らを犠牲に、所持者を守るのだ。 

 故に一度しか使えないこの剣、だがこれがあればこの対決も勝負が決まったも同然。

 激情の細波(ベガ・ルタ)が、ディルムッドを守り、憤怒の波濤(モラ・ルタ)により勝負を決める。

 今、この場はランサーと自分、そしてリップに注意を向けていればいい。

 白亜はそう確信した。

 

 ―――しかし。

 

 ―――それが彼女にとって致命的な隙となっていた。

 

「………!? 翔くん!?なぜ生きて!?」

 

 理屈はわからない。

 翔は、完全に絶命していたはずであった。

 コードキャストを使っている気配も感じられず、なぜ彼は蘇生を果したのか……

 だが彼から落ちる魔力の破片を見るに、彼は絶命などしておらず、無茶な方法を取っていたのはわかった。

 

「まさかあんた、自分の体内に防御のコードキャストを!?」

 

「ああそうさ!そしてここが正念場だ!」

 

 セイバーのディルムッドに激情の細波(ベガ・ルタ)があるのは翔も知っていた。

 自らの周囲に防御のコードキャストを張れば、白亜は自分への警戒を緩めなかっただろう。

 故に彼は、あの一撃を受ける直前、自らの体内に防御のコードキャストを張ったのだ。

 彼が唯一、白亜にまだ見せていない、切り札。

 あの決着術式の準備は、警戒心が強い彼女の前では発動しづらかった。

 故に、自らが絶命したかのように見せる演技をする必要があったのだ。

 

 ―――発動の準備は、すでに整った。

 

「行くぜ……これが俺の、俺だけの力!『宝石煌く七つのヴェール(ダンス・オブ・ザ・セブンヴェールズ)』!!」

 

 そして白亜が、先程まで聞いたことが無いコードキャストを紡ぐ翔。

 彼に纏う魔力、その全てが一つの物質に集約される。

 志波白亜ですら解読ができない、何重にも連なる難解なコード。

 そして周囲に、複数現れる七色の宝石。

 魔術をも凌駕するその物質を目にした瞬間、その魔力を察知した白亜は驚愕に染まる。

 

「やらせない!shock(32)(弾丸)!」

 

 白亜が弾丸を撃つときにはもう遅い。

 彼は即座に一本の赤い槍を作り出し、ディルムッドに向けて勢いよく投げたのだ。

 

「『死がふたりを(ブリュンヒルデ・)分断つまで(ロマンシア)』!!」

 

「見えた!『憤怒の波濤(モラ・ルタ)』!!」

 

 三本の刃が、猛獣の口が、そしてディルムッドに向かう一本の赤い光……

 その全てが激突しあい、爆発を起こす。

 白亜が、翔が、リップが、ディルムッドがその爆発により吹き飛ばされる。

 この勝負は、激情の細波(ベガ・ルタ)があるディルムッドの勝利……

 

 ―――ではなかった。

 

「まさか……俺が自らの宝具に敗れるとはな……」

 

 鮮血をまき散らしながら地面に叩きつけられるディルムッド、そして転がるは、激情の細波(ベガ・ルタ)と、破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)……

 だがその赤き槍は彼のものではない。

 その証拠に役割を、終えたかのように光となって消えたからだ。

 この宝具は刃が触れた対象の、魔力的効果を打ち消す。

 故に翔はこの槍を使い、ディルムッドが持つ『激情の細波(ベガ・ルタ)』を一時的に無力化したのだ。

 このためには、自分が槍を投げるまで、白亜の注意を逸らす事。

 そして、リップの宝具発動と、同時に投げる事。

 この二つの、高難易度の条件をクリアする必要があったのだ。 

 

 

 

 

「……私達の負けね」

 

 勝負あったのだろう。

 彼とリップ、白亜とランサー、二つを隔てる壁が現れ、白亜達のほうの背景が赤く染まる。

 自身の左手を見る、先程まであった令呪の三画が消えかかっている。

 

「……翔くん。来て頂戴、そして障壁に左手を」

 

「?」

 

 言われるがままに、障壁に近づき、左手を当てる翔。

 そして白亜は障壁に左手の甲を当て何かを呟けば、彼の左手に熱が走るのを感じた。

 

「っ!? お前……!」

 

 そこにあるのは、新たに三画が書き加えられた令呪。

 表情が驚愕に染まる翔に白亜は静かに微笑む。

 

「最初に言ったよね? 勝者が更なる道を歩み、負けたものは、分解されこの歴史から消える。私は過去に存在したデータ。だから証なんて残るはずもない。だからここに私が生きた証を残す」

 

 彼女は元々、人間ではなかった……

 だが彼女の前のサーヴァントは、それを肯定した。

 そして彼女は前に進んだ、だけど彼女は破れた……

 その記録は存在するはずもない……だけど彼女だけが知っている。

 

「私が消える前に、翔くん。あなたに伝えなければいけないことがある。それは他ならぬ、あなたのことよ」

 

「俺の事を?」

 

 白亜は静かに翔に語り始める。

 

「前にユリウスのサーヴァントから逃がすために強制退去させたでしょ? あの時にさ、私はあなたのことを知ってしまったの。結論から言うわ。あなたには、記憶が無いらしいけど……それは当然のこと」

 

 ……待て、何を言っている?

 

「翔くん。あなたの体のリンク先はどこにもない。記憶なんて初めから……なかったのよ」

 

 翔の記憶。

 そのようなものは、初めからなかった。

 それが意味していることは……

 

「だとしたら……」

 

 震える声で翔は言葉を紡ぐ。

 そして両手を見つめながら……

 

「俺はいったい誰なんだ……?」

 

 静かにそう言葉を紡いだ。

 今明かされる翔の正体、それは人間ではないという事。

 自分は、ただ肉体とのリンクが切れて思いだせなくなっているだけ。

 そう思っていたのに……

 その事実に、リップは何も答えることができなかった。

 

「今ここにいるあなたは私と同じ。過去の聖杯戦争はおろか、聖杯戦争以前の記録は、何一つとして存在しない」

 

 ―――肉体からのリンクが無い、ではない。

 

 ―――肉体そのものが無いのだ。

 

「ここにいるNPC達はムーンセルが地上の人達を参考にして再現された所謂AIよ。あなたもそういう存在だった。しかし、それが何らかの不具合(バグ)でマスターとしての力を得てしまった」

 

 歯を食いしばる翔。

 今の思考にあるのは2つの自分。

 

 ―――なるほど……と、頷く自分。

 

 ―――そして、どうして……と噛みしめる自分だ。

 

「俺が……AI」

 

 いつか……

 記憶が戻ったらリップに語りたいと……そう思っていた。。

 コードキャストも自作もできるし、自分はもしかしたら凄い人だったのかもしえない。

 そのほかにも自分の故郷。

 自分の家族。

 自分が、どういう人間だったか。

 そんな話をしたいと心の中でずっと思っていた。

 

 ―――なのに。

 

 だが、実はこれは予感していたことでもあるのだ。

 あまりにも、おかしすぎた。

 自分の記憶の戻らない期間が長すぎると……

 そして、ありすの言葉……

 

 ―――せっかく同じだと思ったのに。

 

 ―――ようやく、同じ人だと思ったのに。

 

 自分の正体が、分かるような出来事がこれまでに、何度かあった。

 ただ、自分はただ、それに気づかないフリをしていただけだ。

 この身体は、この思考は、人間のものではない。

 ただの再現、データの塊。

 

 ―――0と1の集合体だ。

 

「ぐっ……」

 

 白亜が苦しそうに膝をつく。

 最早、立っていられる状態ではないのだろう。

 それでもなお、彼女は翔を見つめ、言葉を紡ぐ。

 

「翔くん。正直に言うわ。この聖杯戦争を勝ち上がっても、あなたは帰れない。聖杯を手に入れて何を願ってもこのセラフから出られない。言葉を変えるわ……『セラフの中でしかあなたは存在できない』。」

 

 つまり……彼女はこう言いたいのだ。

 死にたくない、というのが今までの戦いの理由ならば、もういいのだと。

 これ以上戦いで、傷つき悩む必要はないのだと。

 

「翔くん。あなたが勝ち進むうえで、この命題は避けては通れない道よ。だって、最後に苦しむのはあなただもの……」

 

 これは誰の問題でもない、自分だけの問題。

 だが……ふと、白亜を見つめる翔。

 このことを、自分に問いかけている彼女もまた、ムーンセルが地上の人達を参考にして再現されたNPCであった存在だ。

 そんな彼女もまた、このことで苦労したのは目に見えてわかる。

 彼女は、一体どんな選択をしたのだろうか……

 

「だから……問うわ、翔くん。それでも、データにすぎないあなたに、この聖杯戦争を戦い抜く理由があるの?」

 

 その答えに、回答は用意していなかった。

 腕を降ろし、目を閉じ、そして開く。

 今まで記憶喪失だと思い込んでいた自分。

 いつか思い出すはずだと思っていたのだから、回答が用意されていないのは自然だろう。

 ただのデータである自分が、生きている人間と戦い命を奪う。

 その空虚さを考えれば……余りにも恐ろしい。

 だがそれでも、死にたくないと願う自分が全く変わらなかったわけが無い。

 戦った仲間達を思い出す。

 データである自分を、親友と言ってくれたシンジ。

 迷いながら戦う自分に、道を記してくれたダン卿。

 似たような存在でありながら、進む道を探したありす。

 自分に心を開いてくれたユリウス。

 そして、白亜に出会った。

 

 ―――かつて創造物はヒトと認められなかった。

 

 ―――かつて物語に命は宿らないと考えられていた。

 

 命があるものは、初めから命を持つモノだけだと。

 その論理は、今も世界の掟なのだろうか……

 

 ―――いや、違う。

 

 断じてそれを認めるわけにはいかない。

 目の前の彼女は、このムーンセルに再現されたNPC。

 聖杯戦争の行く末を経験し、なお進んでいた彼女。

 人間でなければヒトではないという諦めは、彼女の決意を汚すこととなるのだから……

 

「翔……さん」

 

 そして、隣の存在を見つめる。

 パッションリップ、彼女もまた作られた存在であった。

 様々な、しがらみから解放され、ようやく歩もうとしたときに、命を落とした少女。

 

 ―――色々な事があり、悩み考え、それらが全て無かったことにできるとでも?

 

 ―――始めから作り物だったと結論付けることができるとでも?

 

 それは、ひどく何かが違う。

 

「確かに俺はデータだけの存在だ。だけど、そのデータだけの俺でも、勝ち抜いた先に何かあるかもしれねえ」

 

 そして……

 聖杯ならば、データだけの自分にも何かをもたらしてくれるかもしれない。

 そうでなくても、勝ち進む理由は十分にある。

 今の自分には、願いがある。

 

「翔さん……あなたの願いは……」

 

「決まっているさ」

 

 リップの問いに、静かに答える翔。

 その後、今この場で……

 

 ―――告げた。

 

 自分の願いを……その願いに、迷いはない。

 その言葉に、白亜もリップに静かに微笑み、頷いた。

 そして……

 

「俺の願いと一緒に、お前の願い、俺が背負うぜ。志波」

 

 その言葉に白亜は一瞬、目が見開いたかと思うと、静かに笑い、立ち上がった。

 

 

 

 

「主よ……すまない。私は、あなたを聖杯へと導けなかった」

 

 傷だらけのランサーが立ち上がり、白亜と向き合う。

 お互いの体は、既に黒ずんできており消滅も時間の問題であろう。

 

「いいのよディルムッド。あなたはよく頑張ったわ。騎士として精一杯、私に尽くしてくれた。それだけで、私は幸せ者よ」

 

「……有難き幸せ。このディルムッドの悲願を果たしてくれただけでなく、全盛期の力を使わせてくださった。これ以上の幸せがどこにありましょうか」

 

「……見事だったランサー。いや……ディルムッド・オディナ」

 

 惜しみない賞賛の声が、翔の口より零れ、ディルムッドは障壁の向こう側を見る。

 

「フィオナ騎士団が一番槍……あなたの腕を見せてもらった。全てが、噛み合わなければ俺は今頃リップと共に、その剣と槍により葬られていたであろう」

 

「この戦いの勝者に称えられるとは……俺の槍も剣も、捨てたものではないらしいな。」

 

 ディルムッドは誇らしげに笑いながら、どうにかその口を開く。

 彼の体が光となり、消えていく、しかしその顔は、春風のごとく笑っていた。

 

 ―――生前には叶えられなかった。忠義としての生き様。

 

 それを此度の聖杯戦争で叶えることができた。

 彼の望んだ……最も欲しかった生き様を手に入れることができた。

 だからディルムッドは、消えゆく我が主を見つめ、静かに言葉を紡ぐ。

 

「おさらばです、我が主よ。どうか旅立った先にも幸あらんことを」

 

 ―――騎士として忠を尽くしたディルムッド・オディナ。

 

 ―――ランサーのクラスで召喚された彼は、恨み言一つなく消えた。

 

 

 

 

 光となるディルムッドを見送り、白亜の身体は翔へと向く。

 

「翔くん。これだけは、忘れないでね?」

 

 彼女は目を閉じ、そして……開く。

 

「私達は、今ここに……確かに生きているのよ」

 

 静かに翔へと言葉を紡いだ。

 その言葉の意味を、彼はしっかりと受け取った。

 頷く翔、微笑む白亜。

 そしてその言葉を最期に、彼女もまた光となった。

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