アリーナにて、トリガーを探している最中、リップの表情が優れないことに気づいた。
彼女の眉間に寄せたしわが、今までにないの苦悩をまるで表しているようだ。
どうしたのだろうか……
最初に思い付いたのは、白亜のランサーの槍であった。
だが、あの槍の効果は、使用者は死すれば効果が無くなる。
故に、あれはもう効果が切れているはずだ。
「リップ? どうしたんだ?」
「え、あ……なんでもありません。行きましょう」
こちらの言葉がけで我に返った様子だが、やはり彼女の表情は優れぬまま。
何か不安な事でもあるのだろうか……
それとも、体調が優れないのだろうか。
だとしたら、今日のアリーナの探索はここまでにして、帰還した方がいいかもしれない。
「体調とかは……大丈夫か?」
「ち、違うんです、体調は大丈夫です! 例え今、目の前で翔さんが『眼鏡キラーン!』とか言っても大丈夫です! 全然動じませんから!」
「お、おい……俺は眼鏡してないぞ」
少しばかり、わたわたと言い訳を話した後、リップは力なく俯いてしまう。
アリーナに来てからというものの、リップはずっとこの調子なのだ。
エネミーとのバトルも、何時もより精彩を欠いている気がする。
やはり体調が悪いのではないだろうか……
少しばかり時が経ち、彼女の口がようやく開いた。
「……私は、ムーンセルに再現された身です。ムーンセルにおける英霊は、制約が付くんです。セラフ内に現界したサーヴァントは最終的に必ずムーンセルを守らなければなりません」
ムーンセルが定めし絶対的条件。
それは優先度の問題だ。
───ムーンセルが危機にさらされた際、マスターよりも、ムーンセルを優先するべし。
それが何よりの条件であった。
それを破った際には、ムーンセルは、そのマスターとサーヴァント共々に消し去るだろう。
いや、まずは規約を破ったサーヴァントのマスターを真っ先に消滅させるだろう。
その後、サーヴァントを失ったマスターをゆっくりと処理すればいいだけなのだから。
「既に私にも、警告は来ています。でも……そこまでわかっていて、私にはどうしていいかわかりません。翔さんを想ってしまえば、どうしていいか分からなくなる。でもそれでは、翔さんの迷惑になるってわかっていてもです」
「リップ……」
苦悩を現した表情を表しながら、一言ずつ話すリップ。
彼女は遠回しに、自分はサーヴァント失格と言っているのだろう。
絶対的に優先されるムーンセルよりも、自身のマスターである翔を気付けば優先してしまっている。
本来であれば、そのようなことはあってはならぬのだ。
力なく俯くリップ。
サーヴァントとしての最低条件。
そのバランスを崩している事を彼女は、翔に謝った。
それは───
「それなら……」
アリーナの霊子が乱れるのを翔は感じ取り、その方角を見る。
空間が歪み、中より現れるのはエネミーではない何か。
そこには、人に翼が生えた、天使のような敵性プログラムが立っていた。
虚ろな、それでいて禍々しい姿。
存在感が虚無のくせに、排除の意志だけは強烈に伝わってくる。
あれは間違いなく、セラフが送り込んだ
「リップ、それを言うなら、俺も失格だ」
「え?」
自身の身体をセラフの分身へと向け、翔は言葉を放つ。
「俺もムーンセルなんて知ったこっちゃない。仮に聖杯とリップ、どっちが大切だなんて言われちまったらさ」
息を吸い、目を閉じる。
瞼の裏に浮かぶのは、今まで通ってきた数々の光景。
そして、彼は目を開いた。
輝くのは、決して揺るぐことのない意志を秘めた瞳。
「俺は迷わずリップを取る」
「翔さん……」
人では無い自分。
この自分にとって「命」以外に、何も得るもののない戦いで唯一手にしたもの。
それが、自分とリップの絆だ。
何もなかった自分が手に入れた、偽りのない感謝と、尊敬の念なのだ。
セラフが送り込んだ
「だからあんなやつは、ここで倒しちまおうぜ、リップ」
「……はい!」
翔の言葉に、リップの瞳に活気が戻る。
そうだ、あんなやつに負けてはいられない。
アリーナの
その背に、もはや迷いも憂いも無い。
何故なら翔にとって、今大切なのはリップであるから。
「サーヴァントの優先順位の変化を確認。これによりサーヴァント『パッションリップ』を危険因子と判断。防衛プログラム『
無機質な声が響き、今までの敵性プログラムと一線を画す巨大な光の羽を生やした無機質な天使のような外見を持つ者。
その手には天使が持つには、あまりにも禍々しい光を放つ槍が握られている。
槍による鋭い一撃をリップは、自身の腕で防御する。
そして、反撃の一撃をリップは繰り出すも
「コードキャストより高い出力の障壁だな」
先程の障壁を見て翔はそう判断する。
なにせ
サーヴァントの攻撃を軽く防げるコードキャストは持っているのだろう。
リップの一撃が軽くいなされ、
なんとか回避するも、反撃の隙がなかなか見つかる様子はない。
攻めあぐねていると
「『|shock();』」
「まずい。リップ下がれ!」
コードキャストを紡ぎ盾を展開、そしてリップに下がるように命令する。
盾を利用した時間稼ぎを翔は考えたが、
これは盾で防ぐことができる代物ではない。
まるで
「ぐっ!?」
弾丸は、盾を破壊後、翔の右肩に着弾。
その衝撃で体は吹き飛び、地面を転がる。
肩に受けた一撃はそこまで深刻なものではないが、
「サーヴァント、マスター、共に解析完了。戦闘コード『
言葉と同時に、翔とリップの周囲に光の帯が現れ二人の体を拘束する。
「こ、これは……!?」
なんとか抜け出そうとするも、ビクともしない。
今のは、本来であれば特定の行動を封じるコードキャストなはずだ。
だが、現在の状況から見るに、放たれたコードキャストは、全ての行動を封じる効果を持つ。
つまりは
プログラムの行動を封じるコードキャストで、マスターとサーヴァントを封じるなど造作もないだろう。
こうなってしまえば成す術もない。
───つまりは詰みだ。
リップと翔は身動きが取れないまま、
「こんな形で聖杯戦争を終わらせていいのかよ。ムーンセル!」
翔の叫びなど、聞くはずもなく
このままでは二人纏めて消えてしまう。
そんな結末などごめんだ。
こんな形で、聖杯戦争を終わらせていいのか。
しかし、そんな思いも虚しく動けない翔とリップに対し、
処理するが如く、槍による攻撃でリップは成す術もなく貫かれる……
───はずだった。
「それはいけません」
響いたのは肉を裂く音では無く、剣と槍がぶつかり合う金属音。
「お前は……レオ!?」
「寿々科翔と決着をつけるのは他ならぬ僕です。ここで終わってしまうなんて許しません」
彼らの目の前に立ってたのは、他ならぬレオとそのサーヴァントであるガウェインだった。
どうやらガウェインの持つ剣が、
その光景を見た翔は、驚きを隠せなかった。
それなのにも関わらず、ガウェインは余裕の表情を見せているのだ。
まるでこの程度の存在など、敵ではないとでも言わんばかりに……
いや、事実そうなのだろう。
ガウェインは受け止めていた
槍を弾かれた
「その程度の攻撃、私には通りません」
ひと際響く金属音。
薙ぎ払われた槍は、確かにガウェインの頬に一筋の傷を作った。
だが、その代償として
ガウェインが剣で薙ぎ払えば
「良い機会です。見せてあげましょう。ガウェイン、宝具の開帳を許しましょう。その威光で
「御意。我が聖剣は太陽の具現。王命のもと、不浄を焼き払いましょう」
その言葉と共に、聖剣に纏う灼熱を束ねていく。
いうなれば、それはまさに太陽であった。
王の行く先を照らし、あらゆる不浄を薙ぎ払う焔の陽炎。
「この剣は太陽の映し身。もう一振りの星の聖剣」
聖剣は王の決定により、引き抜かれた。
これこそが彼を、ガウェイン卿を象徴する宝具。
「『
居合いの様な構えから放たれた聖剣が薙ぎ払われ、灼熱が撃ち出される。
王とその剣が月の加護を受けるのに対し、彼とその剣は太陽の恩恵を受ける。
エクスカリバーが星の光で両断するならば、ガラティーンは太陽の灼熱で焼き尽くす。
灼熱をまともに受けた
そして、まるで何もなかったかのように
その光景を、翔はただ見ているだけしかできなかった。
それをガウェインは、いとも容易く打ち破って見せたのだ。
「あれが、ガウェインの宝具。なんて力なんだ……」
翔は目の前の光景を見て改めて思い知らされた。
───『
ガウェインを円卓の騎士たらしめる聖剣。
それは、翔が想像していたものよりも、遥かに強大なものであったと。
そして、そんな存在に自分は勝たねばならないのだと。
「ここに来てよかった。少しでも遅れていたら、あなたとの決着がつかなかったかもですから」
ここに長居する必要な無い、このままここを後にするつもりらしい。
「では僕達はこれで。決着の時を楽しみにしていますよ?」
そう言ってレオは、ガウェインと共に光の中に消えていく。
翔はただ、その背中を見ていることしかできなかった。