Fate/Affection Doll   作:ラズリ487

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第31話 芽吹いた想い

 次の日、アリーナの第二階層。

 この聖杯戦争において、最後のアリーナへ向かった。

 

「よし、これで門前払いはなしだぜ、レオ……」

 

 そして最奥部にあった、最後のトリガーを翔は見つけた。

 この戦いの終わりに至る、最後の鍵。

 決勝戦の相手となる、レオと戦うための条件は揃った。

 リップと翔は、最後のアリーナに残るエネミー達と戦い、特訓していた。

 やはり最終下層のエネミーと言うだけあってか、今までよりは手ごわい。

 しかし、リップもまた数多なる強敵たちと戦い、その動きはより機敏に、そして自慢の腕による破壊力も戻って来ていた。

 

「何も対策がとれていない……」

 

 だが……あの聖剣の威力を見てから翔はずっと考えていた。

 

 ───今のままでは、レオに完敗だと……

 

 もう決勝戦まで時間が無いというのに……

 なにも対策がとれていない、どうする。

 正直に言えば行き詰まっている。

 打開策など、そう簡単に見つかるわけが無い。

 そんな考えが脳裏をよぎる中、リップの一撃によりエネミーが崩れ落ちた。

 

「っ!? 翔さん! 避けて!」

 

「うおっ!?」

 

 リップの声が聞こえた瞬間、翔はその場から反射的に回避する。

 そして彼の横をよぎるのは、一筋の閃光……間違いなくエネミーによる魔力弾だろう。

 鋭い閃光は、壁を突き破り、大きな穴をあける。

 あの攻撃を食らっていたらどうなっていたか……想像すると寒気がする。

 リップはすぐさま、爪を振り払い、そのエネミーを引き裂いた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あぁ、ありがとうリップ。この通り、怪我はないぜ?」

 

 考えに集中し過ぎていたようだ。

 今後は、別の事を考えながら戦うのは辞めようと心に刻む翔。

 攻撃の回避には成功したものの、リップが気づかなければ確実に攻撃を食らっていた。

 翔は彼女に心配かけまいと、笑顔を向ける。

 そんな翔を見て安心したのか、リップも微笑み返す。

 だが同時に、彼女は不安そうな様子も見せていた。

 恐らく、今の戦闘で気付いたのだろう。

 

「翔さん……ずっと考えているのですね?」

 

「……あぁ、昨日からずっとな」

 

 翔は、このアリーナに来てからずっとレオに勝つための策を考えていた。

 だが、考えれば考えるほど、自分の無力さを実感するだけだった。

 

 ───ガウェインには勝てないと……

 

 そう考えてしまった瞬間から、思考はそこで止まってしまう。

 我ながら、らしくないと翔は感じる。

 今まで、どんな逆境も強敵も乗り越えて来た。

 それは翔の自信にもなっていたし、戦ってきた皆の想いも彼の力となっていた。

 そんな自分が、今ここで立ち止まっているなど……

 だが、それでもレオに勝つための策は浮かばなかった。

 いや、正確には浮かんではいるのだが……そこに至るまでの過程が思いつかなかった。

 

「ぁ……翔さん、見てください」

 

 リップは何かに気づいたようで、ゆっくりと歩みを進める。

 足を進める場所は、先程エネミーの魔力弾により大きな穴が開いた場所。

 そこをリップと共に覗きこむ。

 

「これは……」

 

 その光景に翔は圧倒された。

 そこには、青く輝く丸い惑星がはるか遠くにあるのが見えた。

 どうやらこの映像は、SE.RA.PH(セラフ)が観測している映像らしい。

 

「あれが、地球……なんですね」

 

 地球。

 人類の故郷であり、青き母なる大地。

 そんな神秘的な星を見て、翔は何を想ったか。

 その美しさに見とれたわけでも、懐かしさを感じたわけではない。

 いやむしろ、そんな感情は不思議と湧かなかった。

 ただ……この景色が美しいと感じてしまった。

 

「なあリップ。ふと思ったんだけどさ、お前は聖杯に何を願うんだ?」

 

「え、私?」

 

「あぁ、もし俺達が勝って聖杯を手に入れて、願いが叶うなら……何を願うんだ?」

 

 それは翔にとって、素朴な疑問であり今まで聞いていなかったことだ。

 聖杯戦争に勝ち残り、どんな願いを叶える権利を得たとしても、それをどう使うかはその人次第だ。

 だが、もしリップが何かを望むのであれば、自分はそれを叶えるのに相応しい人物でありたいと思っていた。

 そんな翔の問いに対し、リップは少し考えた後こう答える。

 

「なんでも望みが叶うのなら、人間になりたいです!」

 

 そう答えたリップの表情は、今までよりも晴れやかで……嬉しそうだった。

 そんな彼女の笑顔を見て翔は一瞬、動きを止めた。

 今までのリップには、見られなかった表情であったからだ。

 だが、その笑顔を見て翔は確信した。

 

 ───自分はこの少女に、心惹かれているのだと……

 

 思えばいつからだろうか?

 いつから、自分はこの少女に惹かれていたんだろうか。

 けれど、そんなことはどうでもいい。

 理由なんていらない。

 ただ、確かに胸が熱くなる。

 この思いに、嘘偽りなどないのだから。

 翔は彼女の笑顔を見た瞬間、今まで感じていた重荷が軽くなった気がした。

 青い地球を背に笑う彼女が、翔には世界よりも綺麗に見えた。

 

 ───ふと、翔の脳裏には一つの策が思い浮かんだ。

 

 その策は、決して簡単なものではないだろう。

 だが、今の彼ならできる気がしたのだ。

 それは……とても単純なものだった。

 しかし、単純だからこそ難しい。

 単純で、無謀で、それでも……彼女の笑顔を守るためなら、やり遂げられる気がした。

 

 

 

 

 

 ───翔さんの横顔を見つめながら、胸が痛いと思った。

 

 それは戦いの疲れでも、怪我の痛みでもない。

 ただ、彼のことを考えるたびに、胸の奥で何かがぎゅっと締めつけられる。

 私の腕は、抱きしめれば人を壊してしまう。

 この爪は、痛みを与えるために作られた。

 だから私は、優しくしたいと思うたびに、自分が怖くなる。

 けれど翔さんは、そんな私を見ても怯えなかった。

 笑ってくれた。

 触れてくれた。

 ずっと、私を……『怖くないもの』としてに扱ってくれた。

 

 ───どうして。

 

 どうして、そんな風に笑えるんですか。

 「人間になりたい」と言った時、翔さんが優しく笑った。

 その笑顔が、焼きついたみたいに離れない。

 見つめられるたびに、心が跳ねる。

 手を伸ばしたら、届きそうで、届かない。

 わかってる。

 これは“エラー”なんだ。

 この感情は、私には存在しなかったはずのもの。

 あの時の私は、ただ誰かに“好きになってもらいたかった”だけ。

 

 ───でも、今は違う。

 

 翔さんに、笑っていてほしい。

 勝っても、負けても、私のことを忘れたとしても……

 それでも、笑っていてほしい。

 それだけで、胸の痛みが少しやわらぐから。

 ……これが『愛』なのかな。

 私の知らない、本当の『愛』というものなのかな。

 そう思った瞬間、涙がこぼれた。

 頬を伝う涙の温かさを、私は確かに感じた。

 そして、静かに呟いた。

 

 「翔さん……私は、あなたに出会えてよかった」

 

 

 

 

 

 二人がマイルームへ戻ったのは夜だった。

 外の光景は、SE.RA.PH特有の青白い輝きが漂い、窓越しに電子の海がゆらゆらと光を反射している。

 戦いの前夜にだけ訪れる静寂が、部屋全体を包みこんでいた。

 翔はベッドの端に腰を下ろし、腕を組んで考え込んでいた。

 その表情は昼間の戦いの時とは違い、どこか穏やかで、それでいて決意を秘めている。

 リップはその横顔を見つめながら、声をかけるタイミングを探していた。

 

「なあ、リップ」

 

 沈黙を破るように、翔が口を開く。

 

「はい、翔さん」

 

 呼ばれただけで、リップの胸が高鳴ってしまうのを彼女は感じた。

 けれど、悟られまいと、無理に表情を保つ。

 

「アリーナで一つ考えが浮かんだ。レオに勝つための、そしてガウェインを打ち倒すための策だ」

 

 翔の声は低く静かだったが、どこか確信めいた熱を帯びていた。

 その響きに、リップの胸の奥がざわめく。

 

「ただ、そのためにはお前の力が要る。しかも……おそらく、かなり危険な役割だ」

 

「危険……?」

 

「ああ。リップが、ガウェインの聖剣を受け止めている間、俺が決着術式を使い、ある宝具を使う。その間、お前が一人で奴の相手をしなきゃならない。聖者の数字が発動している奴にだ。できるか?」

 

 全ての力が3倍になったガウェインは、恐らくリップの腕力を以てしても押し返される。

 彼女にとっても、それはかなり危険な役割だ。

 だがリップは、彼の言葉に力強く頷いた。

 

「……わかりました。けど」

 

 リップは息を呑んだ。

 思わず拳を握りしめる。

 恐怖ではなかった。

 だが、翔はどうだ?

 実力差で言えば、レオのほうが圧倒的に上。

 しかも、今まで戦ったどんな相手よりもだ。

 

「一つ聞かせてください。翔さんは、レオと戦うのが、怖くないんですか?」

 

 翔はリップの言葉に一瞬、目を丸くした後、ふっと口元を緩めた。

 

「大丈夫だ。俺は、もう怖くない」

 

 その穏やかな微笑が、リップの胸に突き刺さる。

 あの笑顔……どんな敵を前にしても変わらない、強くて優しい笑顔。

 どうして、そんな風に笑えるのだろう。

 どうして、自分なんかに、そんな笑顔を向けるのだろう。

 リップは、言葉にできない感情が胸に溢れてくるのを感じていた。

 それが何なのか、彼女自身まだはっきりとはわからない。

 けれど、その名を知らなくても……それは確かに、彼女の中で芽吹いていた。

 

「……リップ」

 

「はい」

 

「お前がいなかったら、俺はここまで来られなかった。だから、その……」

 

 言葉を一度止め、翔は少しだけ俯いた。

 考え込むような間。

 やがて、ゆっくりと口を開く。

 

「ありがとう。明日は、絶対勝つぞ」

 

 リップはゆっくりと頷いた。

 声に出せば、きっと涙が零れてしまうと思ったから。

 翔は立ち上がり、マイルームの窓へと歩み寄った。

 外は変わらず、SE.RA.PHの景色が彼の眼へと映る。

 だが、静かに浮かぶその背景を見上げる翔の背中は、まるで遠い未来を見つめているようだった。

 リップも同じようにその光景を見つめる。

 彼の背中を見ているだけで、胸の奥が熱くなる。

 触れたいと思った。

 けれど、触れてしまえば何かが壊れてしまいそうで、手を伸ばすことができなかった。

 言葉も、動作も、何もいらなかった。

 ただ、同じ景色を見ているだけで、二人の心はどこかで繋がっていた。

 電子の夜は静かに流れ、マイルームには、ふたりの鼓動だけが淡く響いていた。

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