Fate/Affection Doll   作:ラズリ487

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第32話 決勝戦開幕

 ついにこの日がやってきた。

 決勝戦、この戦いが終われば聖杯への扉が開く。

 レオと自分。

 果たしてどちらの願いがそこに届くのか。

 もちろん、負ける気はないが、その結果が今日、決まるのだ。

 だがその前に、最強の相手であるセイバーの情報を整理しておいた方が良いだろう。

 まずは真名、だがこれはレオが一番最初に、自ら明かしてくれた。

 それこそ絶対の自信の表れを体現しているかのように……

 

 ───その名はガウェイン。

 

 白き鎧のサーヴァント。

 円卓に名を連ねる忠義の騎士。

 彼は常に、レオに臣下の礼を崩さず、そして彼を見守っているように見えた。

 そして翔がSE.RE.PH(セレフ)に捕まった時、剣を振るい、いとも簡単にあの適正化プログラム(アンチウイルス)を消し去った。

 

 ───その剣の名は『転輪する勝利の剣(ガラティーン)』。

 

 かの有名な『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の姉妹剣として伝わるガウェインの切り札。

 王とその剣が月の加護を受けるのに対し、彼とその剣は太陽の恩恵を受ける。

 エクスカリバーが星の光で両断するならば、ガラティーンは太陽の灼熱で焼き尽くす。

 アーサー王の聖剣が星の光を集め、ガウェイン卿の聖剣は日輪の熱線を顕す。

 

 ───そしてガウェインを最強の騎士たらしめていた特殊な性質の名は『聖者の数字』。

 

 太陽がある限り、彼の能力は驚異的になるというもの。

 宝具だけでも強力であったが、この能力のおかげで、彼は無敵ともいえる鉄壁さを兼ね備えていたのだ。

 まずは、この能力を突破しなければ話にならない。

 アリーナの光を遮断したりなどすれば、彼に傷を与えるチャンスはあっただろう。

 しかし、レオとはSE.RE.PH(セレフ)の一件から出会う事は無かった。

 だから決戦場でやるしかない。

 その策はすでに考えてある。

 ここまで来たのだ。

 あとは自分とリップがどれだけレオに迫れるのかだけだった。

 

 

 

 

 

「待っていたぞ、少年。身支度は整えたかね? 君が望むならば闘技場へと通じる扉を開こう」

 

「あぁ、門前払いはなしだ」

 

 翔は言峰に最後の暗号鍵(ラスト・トリガー)を提示する。

 そして開かれるのは、闘技場へ続くエレベーター。

 

「ではマスターよ。君の願いか、それともハーウェイの若き当主か……どちらの聖杯が届くのかを、私はここで待つとしよう」

 

「待ってるといいぜ。俺は必ず勝つ」

 

 言峰の言葉に、翔は静かに返答し、エレベーターへと乗り込む。

 この先に、彼がいる。

 

 

 

 

 

 暗闇がゆっくりと晴れ、壁の向こうに……彼はいた。

 レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。

 西欧財閥の次期盟主にして、地上の実質的な支配者。

 その隣には、彼の従者であるガウェインの姿が静かに佇んでいる。

 

「ようやくですね。僕はこの時を楽しみにしていました……あなたはいかがですか?」

 

「あぁ、楽しみにしていたさ」

 

「そうですか。よかった……我々の立ち位置は違いますが、見ているものは同じようだ。僕はあなたとの戦いに、特別なものを感じてしまった。そんな個人の欲望なんて、ハーウェイ当主としては抱くべきではない感情なのに」

 

 翔は目を細め、レオをまっすぐ見据えた。

 彼の言葉の中に、確かな誠実さを感じ取っていた。

 

「一つ、気になっていたことがある。以前は凛が入ってきちまったが、ここは俺とお前、そしてリップとガウェインしかいねぇ。だからこそ聞きたい」

 

 レオがわずかに眉を上げる。

 

「あなたが……僕に質問を?」

 

「あぁ。あの時のお前の言葉を、どうしてもそのまま信じられなくてな。お前が目指す、停滞の世界ってのは、本当に……止まった世界なのか? 俺には、そうは思えねぇ。お前が目指してるのは、ただの支配や安定じゃないだろ?」

 

 レオの瞳に、一瞬だけ驚きの色が宿った。

 それは、彼が長い間、理解されることを諦めていた、男の表情だった。

 

「……あなたから、その言葉が出るとは思いませんでしたよ。翔さん」

 

 静かに、レオは微笑んだ。

 けれどその笑みには、わずかな哀しみも滲んでいた。

 

「トオサカリンは誤解していましたが、世界はハーウェイが手を出す前からすでに停滞を始めていたんです。僕らが変化を抑制するのは、その停滞が続く現状で、最も時間を稼げる選択肢だからです」

 

 翔は黙って耳を傾ける。

 

「無意味に社会が変動しても、消耗するだけです。だから停滞の末の滅びを迎える前に、どこかで変化の道を見出す必要はあるのでしょう。僕が王として背負ったのは、そのための責務です」

 

 言葉を区切りながら、レオの視線が少しだけ宙を泳ぐ。

 それはまるで、自分の理想と現実の狭間を見つめるようだった。

 

「ハーウェイの主導で世界を変化させる。それが、王になった僕がやるべき重要な仕事の一つだと思っています。レジスタンスが掲げる『西欧財閥の体制は間違っている』という主張は、僕の中ではもう咀嚼し尽くしました。僕は、現体制を守るために停滞を望んでいるのではない。その『先』を見据えるために、あえて止めているだけです」

 

 静寂が落ちる。

 翔はしばらく黙ったまま、その言葉を噛みしめていた。

 レオの理想は冷徹でありながら、確かに人類の未来を思うものだった。

 今まで翔の中で、引っ掛かっていたものが全て落ちる気がした。

 そして、彼が王であろうとする理由が、ほんの少しだけわかった気がした。

 

「そっか……やっとわかったぜ。やっぱり、お前は本気で『人』のことを考えてるんだな」

 

 翔の口から漏れたその言葉に、レオは目を細めた。

 まるで、答え合わせをするように穏やかに。

 

「ええ。僕は『人』を信じたいのです。ゆえに、見極めたい。この戦いで……あなたが示す可能性というものを」

 

 そう言って、レオは一歩前に進み出る。

 その足取りは静かで、しかし確固たる覚悟に満ちていた。

 

「来なさい、翔さん。ここが、僕たちの理想を競う場所だ」

 

 翔もまた、一歩を踏み出す。

 迷いのない瞳で、ただ真っ直ぐにレオを見据えながら。

 

「……あぁ、見せてやるよ。俺たちがどこまで行けるかをな」

 

「……あなたその強い意志は、これからの戦いを期待させてくれます。それでこそ待った甲斐がありました」

 

 金属がぶつかり合う音が響き、足場がゆっくりと静止した。

 耳に届く残響が、いつもよりも深く、重く感じられる。

 いずれにしても……ここまで辿り着いたのだ。

 レオと翔、二つの理想が交差する、最終の舞台へ。

 

 

 

 

 

 やがて視界が開ける。

 そこに広がっていたのは、終末を思わせる光景だった。

 どこまでも続く砂の海。

 崩れ落ち、静寂の中に沈む古代の建築群。

 空には、薄く翳った太陽が、まるで全てを見届けるかのように浮かんでいる。

 吹き抜ける風は乾いていて、命の気配はどこにもない。

 それでもこの場所には確かに、人の意志があった。

 幾度の戦いを経て、なお立ち上がる者たちが、今ここに集う。

 

 ───聖杯戦争、最後の舞台。

 

 この戦場こそが勝者を決める、終の地。

 海の底から姿を現したこの地にて、翔とレオ、そしてそれぞれのサーヴァントが、運命の決着を迎える。

 吹きすさぶ砂塵の向こうで、翔とリップ、そしてレオとガウェインが向かい合った。

 

「いよいよですね、翔さん」

 

「あぁ……本当に、ここまで長かったな」

 

 どちらも、先に進む意志はある。

 だがそれが叶うのは、どちらか一方だけ。

 ここがお互いの決戦の場。

 そして、どちらかの別れの場所。

 

「勝つぜ、リップ!」

 

「はい、翔さん。私は、あなたのために戦います!」

 

 リップの力強い笑みに、翔は小さく笑みを返す。

 その瞬間、砂を巻き上げながら、対面のガウェインが一歩前へ進み出た。

 

「最後です、ガウェイン。その剣の全てを、僕のために」

 

「その言葉、心待ちにしておりました。この身体全てを剣と成し、今こそ玉座への道を拓かん!」

 

 レオの言葉に騎士は、聖剣をリップへ向け構える。

 リップは拳を握りしめ、まっすぐにその輝きを見つめ返した。

 

「ガウェイン……円卓の騎士」

 

「私は王に仕え、幾多の戦場を駆けた者。貴方が人の心を以て戦うのなら、私もまた、ただの騎士として相対しましょう」

 

 静かな声に、リップは頷いた。

 翔の存在を胸に抱きながら、彼女はゆっくりと構えを取る。

 

「私はパッションリップ。翔さんの想いと共にここに立ちます。たとえあなたが太陽の騎士でも私は……『翔さんのための私』として勝ちます!」

 

 その言葉に、ガウェインは瞼を伏せ、微かに笑った。

 それは戦士としての敬意に満ちた、穏やかな微笑だった。

 

「見事な覚悟です。ならば我が剣、日輪の加護を以て、貴方がたの試練と為す!」

 

 天より光が降り注ぐ。

 聖剣の刃が、陽光を集めて金色の輝きを放つ。

 砂の大地が熱を帯び、空気が震える。

 翔とレオはその光景を見つめながら、互いに一歩も引かない。

 どちらの主も、自らの信じる者に全てを託していた。

 

「行け、リップ!」

「行きなさい、ガウェイン!」

 

 二つの声が交差した瞬間、光が弾けた。

 黄金の爪と、太陽の剣がぶつかり合う。

 閃光が砂を裂き、轟音が天を震わせた。

 

 ───Sword, or Death(死にたくなければ剣を取れ)

 

 最後の戦いが、今、始まる。

 

 

 

 

 

 爪と剣。

 かち合う火花と共に、戦いの火蓋は切って落とされた。

 だがガウェインの『聖者の数字』はいまだ健在。

 まずはそこを突破する必要がある。

 

「リップ、コードキャストを使う!」

 

 翔の詠唱が響く。

 筋力、耐久、敏捷、魔力。

 あらゆる補助を、彼女へ。

 だが、その全てを注ぎ込んでもなお……ガウェインの剣は圧倒的だった。

 優秀なクラスであるセイバー、さらにはその真名は円卓の騎士の一人ガウェイン。

 その力が彼の持つ『聖者の数字』により3倍となるのだ。

 それがどれだけ脅威か、あの時ヴラド三世の宝具を受けてもなお無傷であることが証明している。

 

「あなたの爪は、通りません!」

 

「っ!?」

 

 日輪の如き閃光が奔り、聖剣が風を裂く。

 ガウェインの剣閃に、リップの防御は一瞬で打ち砕かれた。

 彼女の拳の防御が、意味を成さない程の衝撃。

 リップの身体が宙を舞い、砂塵を巻き上げて転がる。

 その一瞬を見逃さず、ガウェインは追撃に移る。

 それは、まるで太陽が落下するかのような速度だった。

 

「『mgi_wall()(魔力壁展開)』!」

 

 それを阻止するため、翔がコードキャストを詠唱すれば突如、地面が下から槌で叩かれたかのように隆起する。

 さらに翔は詠唱を重ね、その壁を何重へと展開。

 少しでもガウェインの動きを止める、そのために展開だ。

 しかし……

 

「その程度で、我が歩みを遮れると思うか!」

 

 轟音とともに、聖騎士は走り出した。

 重装甲の体が、壁を体当たりで粉砕していく。

 その光景はまるで一陣の風であり、生きた重戦車だ

 聖騎士の突進は、全ての障害を力尽くで薙ぎ払う。

 

「嘘だろっ……!?」

 

 『聖者の数字』があるとはいえ、壁を体当たりで破壊するなど無茶苦茶すぎる。

 翔が叫ぶ中、リップは体勢を立て直した。

 その隙に、翔が次のコードを詠唱する。

 

「『gain_str(32);(筋力強化)』!」

 

「『微笑むサロメ』───」

 

 リップが囁き、翔を一瞥して微笑む。

 黄金の爪が閃光を放ち、魔力が逆巻く。

 守りを捨て、全てを攻撃に変える。

 

「『ヨカナーンを籠に』!!」

 

 鉤爪での薙ぎ払い、それが高速で接近してくるガウェインの首を捉える。

 その一撃はガウェインを確実に捉え、鉄塊同士が突進したかのような凄まじい衝突音を空に響かせた。

 轟音とともに火花が散り、空気さえも震えたように感じた。

 

「えっ……?」

 

 リップの瞳が揺れた。

 聖騎士はその場に立ち尽くし、なお光を失わぬ瞳で見据えている。

 驚きの声を発したのはパッションリップであった。

 自分の爪は、確かにガウェインの顔を捉えた。

 しかしガウェインが、リップの爪をその身に受けてもなお、一筋の血を流すことが精一杯であったのだ。

 その先はまるで通らず、強大な壁に虚しく爪を打ちつけているようにも感じられた。

 

「……見事な一撃。だが、惜しい」

 

 彼は、その状態からリップの鉤爪を掴む。

 

「ぬぅん!!」

 

「きゃあ!?」

 

 聖剣を振るうのではなく……ただ力任せに、掴み、振り回し、投げ飛ばす。

 リップの身体が宙を舞い、砂をえぐりながら地面に叩きつけられた。

 そして、彼女に出来た隙を、ガウェインは逃さない。

 再び剣を向け、瞬時に距離を詰めてくる。

 パッションリップの爪は、触れるもの全てを傷つける。

 それはガウェインも例外ではないはずだが、爪を掴んだはずの彼は傷一つ受けていない。

 

「翔さん、例えサーヴァントの力が強大だとしても、あなたの力では僕に届かない」

 

 レオは、リップと翔を見ていた。

 この力の差を見れば、翔はレオに敵わない事がわかるだろう。

 しかし、翔にはまだ勝機がある目をしているのだ。

 

「ですが……なるほど、だからこそあなたは、ここまで辿り着いたのですね」

 

 以前のレオならば、がっかりだと、失望のようなものが生まれていただろう。

 らしくないことをした、僕はそこまでして、彼に何を期待していたのだろうと……

 だが、今は違う。

 きっと彼はこうやって勝ち上がり続けていたのだろう。

 だからこそ、全力で迎え撃つ。

 例えここで令呪を使う事になろうとも……

 

 

 

 

 

 焦げた砂が舞い上がり、リップの肩が血に濡れる。

 それでも、翔は視線を逸らさなかった。

 太陽の下では勝てない。

 それが誰よりもわかっているからだ。

 

(……なら、落とすしかねえだろ)

 

 翔の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。

 痛みも焦りも、全てを燃料に変えるような笑み。

 

「レオ、追い詰められた鼠は、猫より凶暴だぜ!」

 

 翔の腕に刻まれた令呪が、灼けるように光を放つ。

 刻印が血を吸い上げるように脈動し、リップとの魔力回路が暴走的に繋がる。

 

「寿々科翔が令呪をもって命ずる! パッションリップ、この一撃でガウェインを吹き飛ばせ!!」

 

「やあああっ!!」

 

 リップの叫びが響く。

 次の瞬間、彼女の身体が光を裂いた。

 世界が歪み、距離という概念が消える。

 捻じくれた空間の果てから、弾丸のように突き抜けるリップ。

 その速さは、瞬間移動をも凌駕していた。

 

「なにっ!?」

 

 ガウェインの聖剣が、防御を構える。

 しかしその上から、雷鳴のごとき衝撃が襲う。

 衝突の波動が砂を吹き飛ばし、陽光が揺らいだ。

 ガウェインの体が、弾き飛ばされる。

 

「ガウェインを、動かした……!?」

 

 レオの声に、驚愕と確信が混じる。

 リップの一撃は、確かに太陽の騎士を動かしたのだ。

 傷はない、だが距離ができた。

 翔はその好機を見逃さなかった。

 チャンスは一瞬、ここで切り札を使う。

 

宝石煌く七つのヴェール(ダンス・オブ・ザ・セブンヴェールズ)』!!」

 

 そしてレオが、先程まで聞いたことが無いコードキャストを紡ぐ翔。

 彼に纏う魔力、その全てが一つの物質に集約される。

 何重にも連なる難解なコード。

 だが、それが何であるか彼は一瞬で理解した。

 周囲に、複数現れる七色の宝石。

 魔術をも凌駕するその物質を目にした瞬間、その魔力を察知したレオは驚愕に染まる。

 

「これは、賢者の石(エリクシール)っ!?」

 

「驚くのはまだ早いぜ!」

 

 翔の詠唱が加速する。

 七色の宝石が連結し、術式の円環が形成されていく。

 コードが次々と上書きされ、アリーナ全体の魔力系統を侵食する。

 電子の奔流が走り、構造データが一瞬で塗り替えられた。

 

「2名様を迷宮へご招待だ!!」

 

 翔が叫ぶ。

 砂の地平が崩れ、空が捻じ曲がり、太陽が墜ちた。

 

「『万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)』!!」

 

 ───世界が裏返る。

 

 アリーナ全体が書き換わり、迷宮が構築される。

 光を失った空間に、ガウェインの聖剣が一瞬だけ鈍い音を立てた。

 聖者の数字、太陽の恩恵。

 それが完全に、遮断された。

 

「……っ!」

 

 ガウェインの動きが鈍る。

 まるで世界そのものが、彼から力を奪っていくかのように。

 

「リップ!! 今だ!!」

 

「はい、翔さんッ!」

 

 金色の爪が閃く。

 迷宮の中で、唯一輝く光の弧が走った。

 次の瞬間、ガウェインの鎧が裂け、陽光の代わりに火花が散る。

 アリーナの照明……太陽は宝具により落ちた。

 『聖者の数字』が、破られた。

 

 

 

 

 

 ───ふとした偶然だった。

 

 本棚にリップが激突し、そしてその振動により、一冊の本が落ちてきた。

 表紙は擦れて判別できず、題名も消えかけていた。

 だが、ページを開いた瞬間、翔は息を呑んだ。

 そこに記されていたのは、英霊でも王でもない、ただ一体の「怪物」の伝承。

 人ではなく、しかし神にもなれず「拒まれた者」の物語だった。

 生まれながらの魔獣。

 英雄ではなく、反英霊。

 その名は、ミノス王に捧げられし白き牛の末裔。

 人と牛のあいだに生まれ、迷宮に囚われた悲劇の巨人。

 

 ───「アステリオス」。

 

 彼に与えられた真なる名は「雷光」を意味する。

 けれど、世界は彼をそう呼ばなかった。

 ミノス王の牛を意味する「異名」が世界的に知られていたからだ。

 

 ───『ミノタウロス』……と。

 

 その宝具こそが、『万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)』。

 世界最古の迷宮とされるクレタ島のクノッソスの迷宮。

 その名を見つめた時、図書館の光の中で、翔の脳裏に電流のような閃きが走ったのは記憶に新しい。

 

(『迷宮』か。太陽の騎士を、陽の届かぬ場所に引きずり込めば……!)

 

 それが、ただの思いつきにすぎないことは理解していた。

 けれど、聖杯戦争に必勝法など存在しない。

 頼れるのは偶然と閃き、そして信じる意志だけだ。

 翔は、その偶然を運命に変えるために……あの日、落ちてきたその一冊を、心の底で焼きつけていた。

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