Fate/Affection Doll   作:ラズリ487

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第34話 聖杯戦争の終幕

そして閉幕の鐘がなる。

 

その目覚めは、誰のものか。

 

 

 

 

「静か……だな」

 

 戦いに勝利し、仮初である自らの故郷へと戻る。

 翔は、ゆっくりと校舎内を歩いていた。

 彼が見渡す限り、生命の気配をまるで感じられない。

 人の姿は、そのほとんどが途絶えていた。

 

 ───もう自分以外のマスターはいないのだ。

 

 この戦いはトーナメント形式。

 128人のマスター、128人のサーヴァントによる本当の意味での生死をかけた戦い。

 最終的に残る一人の"人間"が一人になるのは当然だ。

 しかし、その一人は正確には人間ではないのだが……

 

「しかし、聖杯への道ってどこにあるんだ……?」

 

 勝者は聖杯への道が開かれる。

 しかし、それはどこにあるのだろうか。

 最後のアリーナから探せなどというものでも、問題なく引き受けるが……

 そのようなことを考えていると、スピーカーから声が流れてくる。

 

『おめでとう。全ての願いを踏破、あるいは統合し勝ち残った、ただ一人の魔術師よ。聖杯戦争は今ここに集結した』

 

 この声は、聞き覚えがある。

 予選の一番最後に、リップと出会った広場で聞いた声だ。

 これもまた聖杯戦争のシステムが生み出した、ガイド用の音声だろう。

 その声を聞いて、ふと翔は思う。

 この人物もまた、他の人たちと同じように。かつて、あの地球にいた人の一人なのだろうかと……

 

『勝者に今、聖杯への道を開こう。さあ、改めて決戦場の扉を開けたまえ』

 

 そこでスピーカーから聞こえていた音声は途絶えた。

 どうやら翔の、最後の行き先は決まったようだ。

 

「決戦場か。わかりやすいな」

 

 それだけ呟けば、翔はサーヴァントが待つ自身のマイルームへと向かうことにした。

 

 

 

 

 マイルームの扉は、抵抗なく開いた。

 いつもと変わらないはずの室内は、しかし、どこか広く感じられた。

 戦いのために整えられた空間。

 仮初の生活を送るためだけに用意された部屋。

 その中央を、パッションリップがゆっくりと歩いている。

 いつものような軽やかさはない。

 一歩一歩、確かめるように。

 まるで床の感触を、壁の距離を、視界に入る全てを、記憶に刻みつけるかのようにであった。

 彼女は棚の前で足を止め、しばらくそれを見つめる。

 置かれているのは、意味を持たないデータの塊。

 本来なら、見る価値も、触れる価値もないものだ。

 それでも、リップはしばらくそこに立ち尽くし、やがて、ほんの僅かに口元を緩めた。

 

「……不思議ですね」

 

 独り言のような声だった。

 

「ここに戻ることは、もうないはずなのに。なのに、ちゃんと見ておきたくなるなんて」

 

 振り返らずに、そう言う。

 翔は、少し遅れて部屋の中へ入った。

 彼女の背中を見て、何も言えずに立ち止まる。

 このマイルームは、休息の場所であり、準備の場所であり、そして何より、二人が「共に在った」唯一の場所だった。

 リップは再びゆっくりと歩き始め、壁、机、ベッドへと視線を巡らせる。

 

「戦うために生まれた私が、戦わない時間を過ごした場所……」

 

 そこで、ようやく翔の方を見た。

 その表情は、穏やかで。

 けれど、どこか覚悟を含んでいる。

 

「翔さん。ここに戻ってきたってことは、次は……」

 

 問いかけではなかった。

 確認でもない。

 ただ、二人の間の静かな共有だった。

 翔は小さく息を吐き、彼女の言葉に頷く。

 

「ああ。多分、そうなるだろうな」

 

 それ以上の言葉はなかった。

 必要な言葉も、もう残っていない。

 それでも、二人はしばらく、その部屋に留まっていた。

 時計の音も、外界の気配もない、完全な静寂の中で。

 終わりへ向かう前の、最後の"日常"を、噛みしめるように。

 

 

 

 

 マイルームを出た廊下で、翔は校舎を巡回する一人の男と鉢合わせた。

 この聖杯戦争に、最初から最後まで関わり続けた男、言峰神父。

 翔が足を止めると、言峰は口の端を歪めてみせた。

 

「物好きだな。もう私に用はないだろうに。君としても、私は遠慮したい相手のはずだ」

 

「はは……まあな。麻婆豆腐の話題以外だと、たぶん一生分かり合えねぇ気はする」

 

 言峰は肩をすくめた。

 確かに、この神父とは、深く語り合う未来など想像もつかない。

 だが、この戦争を最後まで見届けた人間として、別れ際に、ひとつくらい言葉を交わしてもいいと思った。

 

「全く、奇特なマスターだ。ならば私から、最後の餞を贈ろう」

 

「はなむけ?」

 

「助言だ。もっとも、戦いに関する話ではない」

 

 言峰は翔を一瞥し、ゆっくりと言葉を選ぶ。

 

「君がこれから“手に入れるもの”についての話だ」

 

 手に入れるもの。

 その言葉を聞いた時……翔は、小さく息を吸った。

 

「……聖杯、か?」

 

「そうだ。では今更だが聞こう。君は“聖杯”について、どこまで知っている?」

 

 言峰に問われ、翔は一瞬だけ視線を落とす。

 ムーンセルオートマトン。

 月で発見された最古の遺物。

 人の願いを叶える力を持つ万能の願望機。

 聖杯戦争とは、その所有権を巡る戦い。

 最後に残った一人が、願いを叶える。

 

 ──知っているのは、そこまでだ。

 

「正直、ほとんど何も。万能の願望機、それくらいだな」

 

「なるほど。では、基礎から説明しよう」

 

 言峰は一拍置き、淡々と語り始めた。

 

「話は前世紀。決して公にされることのない、月での発見にまで遡る」

 

 月……地球から三十八万キロ離れた、孤独な岩塊。

 

「その地下に発見されたのは、巨大な構造物だ。全長三千キロにも及ぶ、フォトニック結晶の集合体」

 

「……三千キロ?」

 

 思わず、翔は声を漏らす。

 

「地球上で唯一、光そのものを閉じ込められる鉱物だ。理解できるかね? 光を記録媒体にし、回路として扱えるという意味を」

 

 言峰の言葉に、翔は言葉を失った。

 

「月の内部は、光だけで構成された巨大なコンピューターなのだよ」

 

 それほどの異物が、人類史よりも遥か以前から、そこに存在していた。

 言峰は、言葉を続ける。

 

「もちろん人類の産物ではない。未知の異文明の遺産だ。その解析は、あらゆる手段を用いて試みられた。そして……全て失敗した」

 

 言峰は淡々と続ける。

 

「人類の技術体系、言語体系とは、完全に位相が異なる。理解も、推測も拒む存在だった」

 

「つまり……どんなことをしても全部駄目だったってことなのか?」

 

「そうだ。しかし、例外が一つだけあった」

 

 言峰の視線が、鋭くなる。

 

電子ハッカー(ウィザード)による侵入だ。言語が通じなくとも、概念がなくとも。魂で触れれば“意味”は感じ取れる」

 

 翔は、唾を飲み込んだ。

 その結果、判明した機能は……

 

「"観測"。ただそれだけだ。ムーンセルは、遥か過去から地球を観測し続けていた。歴史、思想、文化……そして魂までも。全てを、記録するためだけの装置」

 

 言峰は、嘲るように微笑んだ。

 

「神が遺した自動筆記(タイプライター)なのだよ。本来、それ以上の意味はなかった。聖杯と呼ばれるようになったのは、ほんの一世紀前からだ」

 

「……誰かが“願いを叶える力がある”って気づいた、ってことか?」

 

「そうだ」

 

 翔の言葉に、言峰は肯定する。

 

「ムーンセルは観測機だ。それ以外の選択を、頑なに拒む。全能に至る力を持ちながら、自ら全能であることを否定している」

 

「だけど、観測機である以上、避けられない原理があると……?」

 

 翔の言葉に言峰が頷く。

 

「そうだ。ハイゼンベルグの不確定性原理。観測されて初めて、事象は確定する」

 

 翔は、眉をひそめた。

 

「……じゃあ、見えない可能性もあるってことか?」

 

「その通り。観測されないものは、確定しない」

 

 言峰は、淡々と続ける。

 

「起こり得た“イフ”。選ばれなかった未来。ムーンセルは、完全な観測のために、それら全てを記録しなければならなかった。月に備えられた演算装置は、そのためのものだ」

 

「過去認識と未来予知……俺がこれから向かう先には、その全てが保管されていると?」

 

「その通り。人類が夢想してきた、ほぼ全ての願いが、そこにあるだろう。ラプラスの悪魔。全てを知り、未来を知る存在は、月にいたというわけだ」

 

 言峰は、最後に釘を刺すように言った。

 

「繰り返すが、月に意志はない。観測者に知性があっては、結果を歪めてしまうからな。しかし、意志ある者が、ムーンセルを掌握したなら……それは無限の願望機。すなわち、聖杯として機能する」

 

 翔は、静かに息を吐いた。

 

「……で、この戦争は?」

 

「所有権を定めるための試練だ」

 

 言峰は即答する。

 

「願いの有無、価値など関係ない。ただ、その人間が“強くある”かどうか。それだけが、聖杯を手にする条件だった」

 

 強くあること。

 それがムーンセルの真意なのか。

 あるいは、この神父の解釈なのか。

 翔には、まだ判断がつかなかった。

 

「以上だ。参考にはなったかな?」

 

 言峰は踵を返しながら、付け加える。

 

「君たちが追い続けていたのは、ムーンセルの表層にすぎない。では行くがいい、今回最強のマスターよ。月の中枢にいたる熾天の門が、君の答えを待っている」

 

 聖杯戦争の管理人。

 ムーンセルが用意した代行者。

 言峰神父は、背を向けどこかへと消え去った。

 そして言峰神父の言葉に促され、それに従うように翔とリップは、エレベーターへと向かっていった。

 

 

 

 

 決戦場の扉は、やはり幾度と見た殺風景なエレベーターだった。

 ただ表示板に示される階層は、今までよりもはるかに深いことが分かった。

 そして……

 

「翔さん」

 

 静かな声が、背後からかけられた。

 振り返るまでもなかった。

 そこに立っていたのは、翔と戦った王となる少年。

 

 ───レオ・B・ハーウェイ。

 

 敗北したはずの王。

 それでも翔が救い、消えることなく、この場所に立っている。

 

「待ってたのか?」

 

「はい」

 

 翔の問いにレオは短く答え、エレベーターへと視線を向ける。

 

「ここから先は、勝者の特権。本来であれば、僕が立ち入る理由はありません。ですが、それでも……」

 

 一泊置き、彼は言葉を続けた。

 

「ここまで来てしまった以上……最後まで、見届けさせてください」

 

 その言葉は、命令でも、懇願でもなかった。

 ただの、素直な意思表示だった。

 

「君が何を願い、何を選ぶのか。それを見ずに、この戦争を終わらせるわけにはいかない」

 

 翔は、一瞬だけ言葉を探し……苦笑した。

 

「相変わらずだな、レオ」

 

「ええ。今の僕には、それくらいしか出来ませんから」

 

 レオは、ほんの少しだけ目を伏せる。

 

「……けれど、敗北を知った今だからこそ、見たいものがあるのも事実です」

 

 顔を上げた彼の瞳は、もう翔が今まで見てきた、王のものではなく、確かな光を宿していた。

 それを見た翔は、ふっと笑った。

 

「変わったな、レオ」

 

 翔の言葉に、レオは一瞬だけ目を丸くする。

 それから言葉を探し、静かに答えた。

 

「君がこの先で示す答え。それはきっと、僕が辿り着けなかった一つの可能性でもある」

 

 エレベーターの扉が、静かに音を立てた。

 招くように、無機質な光が内部を照らす。

 翔は一度だけ、レオを見た。

 

「後悔しないか?」

 

「ええ。 もう“信じられない”とは思いません」

 

 その言葉に、翔は小さく息を吐き、エレベーターへと足を踏み入れる。

 レオもまた、何も言わず、その隣に立った。

 そしてリップが実体化し、三人を乗せたエレベーターの扉がゆっくりと閉じられていく。

 移動を告げる低い振動が、床から伝わってくる。

 今回はリップ、そしてレオという心強い味方がいる。

 ここから先は……この戦争の、本当の最後の戦いだ。

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