Fate/Affection Doll   作:ラズリ487

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第37話 人としての選択

「ムーンセルの持つすべての情報と、その未来予知にも等しい演算機能があれば、確実に全人類規模の戦争を起こせる」

 

 殲滅するためのものではない。

 正しく行動すれば誰もが生き残れる生存の為の戦争が。

 トワイスは、聖杯を見つめる。

 

「見えるだろう、あの門が。あの奥こそ月の中枢。フォトチュニック純結晶によって作られた檻。これまで予測した未来、無限ともいえる地球のシミュレート。その結果を光の束として閉じ込めた中枢」

 

 あれを手に入れたものは、無限の仮説から未来を選び取り、望むままに地球を変えられる権利を有する。

 観たいと思った通りに事象は書き換えられる。

 

「まさしく聖杯(アートグラフ)だな」

 

 不可能なことは存在しない、まさに無限の願望機。

 翔の言葉にトワイスは頷く。

 

「そうだ。故にこう名付けられたフォトニック深淵領域。事象選択樹(アンジェリカケージ)と。その所有権は、いまや君にある。さあ、先に進みたまえ。地上に嵐を、失ったものを嘘にしない為に、どうか、歴史をやり直してくれ」

 

 トワイスは真摯に、信頼を込めてこちらを見つめている。

 彼はこう言っているのだ。

 

 ───戦いを肯定しろと。

 

 戦争そのものを憎みながら、戦争が生み出した成果を否定できなかった男。

 彼は同士として、同じ“戦いで成長したもの”である翔に道を開いている。

 

「戦いは避けられない。てめぇはそう言いたいんだな」

 

「そうだ。地上の人類(われわれ)にそれを気付かせるんだ」

 

 トワイスの視線は揺らがない。

 信頼、確信、委ねる者の眼差し。

 翔はその光景を、数秒だけ黙って見つめた。

 あの奥にある演算の海。

 そこには無限の仮説があり、無限の未来もある。

 戦争を起こすことも、回避することも。

 全ては選択次第。

 

 ───だが……

 

「……違う」

 

 翔は小さく息を吐き、呟く。

 その声は、低かった。

 だが、はっきりとその場にいる全員の耳に届くような声であった。

 

「俺は、戦いを肯定なんかしてない」

 

 翔の言葉が静かに落ちる。

 

「確かに、戦いは人を変えてしまう。強くもしてしまう」

 

 否定しない、事実は認める。

 

「でもな」

 

 翔は一歩、トワイスの前へと出る。

 

「それは“正しいから”じゃない」

 

 彼の視線が鋭くなるのを、トワイスは感じ取る。

 

「追い詰められたからだ、削られたからだ、失ったからだ」

 

 声に熱が混じる。

 だが、彼の理性は崩れない。

 

「俺は成長したかもしれない。けどそれは、戦いが尊いからじゃない」

 

 拳が震える。

 翔の脳裏に、戦った人達の姿が浮かぶ。

 

「間違ってる状況の中で、必死に足掻いた結果だ」

 

 トワイスを真っ直ぐ見る。

 

「あんたは言った。失った意味を成果で埋めろってな」

 

 その言葉の後に、翔は首を振る。

 

「違うだろ。失ったもんは、埋まらねえんだよ」

 

 翔の言葉に、場がさらに静まり返る感じがした。

 彼は目を閉じる。

 今でも鮮明に覚えている。

 シンジ、ダン卿、ありす、ユリウス、白亜。

 みんな、翔の目の前で散っていった。

 そして彼らが戻ることは決してない。

 

 ───失ったものは、決して戻らない。

 

 そして目を開き、彼はまっすぐトワイスを見つめた。

 

「埋まらねえから、人は二度と同じことを繰り返さないように考えるんだ。それが進歩っていうんじゃねえのか」

 

 一呼吸置き、翔は言葉を続ける。

 

「戦いが人を進化させるんじゃない。戦いを“間違いだった”って認めるから、次に進めるんだ」

 

 聖杯の光が、わずかに揺れる。

 翔は一歩、さらに踏み込む。

 

「必然だから肯定する? ふざけんな。嵐が来るからって、自分から街を燃やす奴がどこにいる? 俺の願いは、そんなんじゃねえ。てめぇの目的を果たすのは断る」

 

 視線は逸らさない。

 翔の言葉を、トワイスは最後まで遮らなかった。

 怒りも、否定も、ない。

 ただ静かに聞く。

 

「……なるほど」

 

 小さく頷く。

 

「君の結論は理解できる。だがそれは個人の体験だ」

 

 冷静な分析。

 聖杯の光が揺らめく。

 

「君は戦いを間違いだと認識した。だからこそ次に進めた。だが人類全体が、同じように反省し、学び、繰り返さないと本気で思っているのか?」

 

 トワイスは翔を見つめ続け、言葉を紡ぐ。

 責めてはいない、これは確認だ。

 

「君は“個”の論理で語っている。私は“種”の論理で語っている。個人の理性に期待するには、人類はあまりに数が多すぎるのだよ」

 

 トワイスの視線が、翔からゆっくりと横へ流れる。

 

「……では、そこのサーヴァントの君はどうだ」

 

 その視線の先はリップへと向く。

 石柱の間に、静寂が落ちる。

 

「君もまた戦いの中で変化した存在だろう。その変化は、闘争の成果ではないのか?」

 

 リップは一瞬、言葉を失う。

 彼女は、自分の両手を見た。

 巨大な腕、かつて忌避された存在。

 戦いの中で、確かに彼女は変わった。

 強くなったし迷いも減った。

 否定はできない。

 

 ───だが。

 

 顔を上げる。

 

「……変わりました」

 

 素直に認める。

 

「戦いの中で、私は変わりました」

 

 トワイスは頷く。

 そして次の言葉を待つ。

 

「でも」

 

 リップの声が少しづつ強くなる。

 

「それは戦いのおかげじゃありません」

 

 彼女の足は一歩進む。

 そこは、マスターである翔の隣。

 

「翔さんがいたからです!」

 

 はっきりと彼女は言った。

 その言葉に目を丸くし、リップを見つめる翔。

 

「私は自分が嫌いでした。壊すたびに、何かを失っている気がしました。でも翔さんは、私を見てくれた」

 

 戦力としてではなく。

 道具としてでもなく。

 人として、自分を見てくれた。

 

「戦いのせいで、私は何度も自分を見失いそうになりました。それでも……」

 

 リップは言葉を続ける。

 

「翔さんが、手を引いてくれたんです」

 

 優しく微笑む。

 

「私を変えたのは闘争じゃありません。人です。そして……」

 

 リップは、翔を見る。

 そしてトワイスを見た。

 

「翔さんです」

 

 トワイスは二人の言葉を聞き、静かに目を細めた。

 否定も肯定もない。

 ただ二人を観察するような視線。

 その横で、レオは翔とリップを見ていた。

 かつて未熟だった少年、感情に振り回されていた少女。

 だが今、前に立っているものは違う。

 自らの意思で語り、選び、立っているものだ。

 レオは小さく満足げに微笑んだ。

 

 ───やはり、人は変わる。

 

 だが、その変化の証明が戦争である必要はない。

 彼もまた、一歩前へと出る。

 

「古人の考えでも、容れる物はあるでしょうね。過去のものと言うだけでその全ては否定しませんが……」

 

 その声は穏やかであった。

 否定から入らず、彼は言葉を続ける。

 

「それでも、戦争と言う解はありません。あまりにもロスが大きすぎる」

 

 一泊おき、レオの瞳は真っ直ぐにトワイスを射抜く。

 

「ただ一人の解脱者を生むために進む文明なんて僕は認めない」

 

 レオはわずかに眉を寄せる。

 

「仮に戦いは必要だとしても、それは僕一人が体験し、その成果をもって皆を導けば済むことです」

 

 この少年は本気で言っているのだ。

 他者を犠牲にするのではない。

 自分が背負うと……

 

「既に、この聖杯戦争で敗北から学んだものがあります」

 

 一歩、一歩更に前へ。

 敗北を知り完成した王。

 彼が翔とリップの隣に並び立つ。

 

「世界の行く末に、あなたの手は要りません」

 

 石柱に僅かな振動が走る。

 声は穏やか……だが、決定的にレオは言い切った。

 

「……理解に苦しむよ。他の人間であるならともかく、私の思想の体現者である君が」

 

 それは当然のこと。

 同じ道を歩もうとも、同じ気持ちを抱くとは限らない。

 おそらくトワイスと同じ場所で死んだ自分。

 同じ絶望を見た。

 同じ時点で死んだはずの存在。

 

 ───だが。

 

 その死の淵で、彼とは異なっていた。

 

「だが残念ながら、君に帰る道はない。ムーンセルに侵入し、地上に帰還できるマスターは一人だけなのだから」

 

 レオを視線から外し、翔とリップに向けて言う。

 冷徹な真実の提示。

 だがそれはとんだ見当違いだ。

 このムーンセルから生きて“帰る”ものは翔ではない、トワイスでもない。

 

 ───それは、隣にいるレオなのだから……

 

 この戦いに、真の勝者は存在しない。

 しかしそれでも、もしわずかでも誰かの未来につながる可能性があるのなら……

 

「洗脳と言う手段は、自己崩壊により死に至るという意味でも、ベストな選択ではない」

 

 淡々と医師のように理論の続きを述べるトワイス。

 

「はっ、今更強行手段か?」

 

 翔が吐き捨てるように言う。

 だが、トワイスは揺るぐ事は無い。

 

「抵抗しても構わない。君も、自らの願いをかなえるには私を倒すしかないのだからね」

 

 そこに立ちふさがる最大の壁、本当の最後の戦い。

 選択肢は無し、思想は交わらない。

 ならば残るは証明のみ。

 

「実に因果だ、結局のところ、行きつく先はこの結論か」

 

 自嘲でもなく、感慨でもなくトワイスは呟いた。

 彼の視線が三人を見渡す。

 

「では、最後の聖杯戦争を締めくくろう。ただ一人の勝者が全てを手に入れる。それが変えようのない私たち人間の在り方と言うことだ」

 

 生死のかかった戦いでこそ、人は精神を成長させうる。 

 人類にとって私は悪である、だが生命とは転輪するもの。

 全てを生かす為に、個に救いをもたらす為に、私はこの力を授かった。

 

「見るが良い、凡百のサーヴァントよ。ムーンセルがその蔵書から私に与えた救いの姿を!」

 

 声が響く、光が爆ぜる。

 

「来たれ、救世の英霊! この世でただひとり、生の苦しみより解脱した解答者よ!」

 

 重力が軋んだ。

 その名前が、世界を裂く。

 爆ぜた光が、収束していく。

 音が消える、風が止む。

 まるで重力さえも、静止したかのように。

 

 ───それは、座していた。

 

「あいつが、志波を倒した……」

 

 翔の言葉が漏れる。

 絡み合う緑の蔓が王座を形作り、蓮華のように重なる葉の中心。

 赤き衣を纏い、黄金を戴く存在。

 武器はない、構えもない。

 瞳は閉じられ、ただ両手を静かに重ねている。

 戦場に現れたというのに、

 その姿は、あまりにも穏やかだった。

 

 ───だが。

 

 その静寂は、優しさではない。

 嵐の前触れでもない。

 それは、完成された存在。

 生の苦しみを識り、欲を断ち、執を断ち、それでもなお“ここに在る”もの。

 翔の喉が、無意識に鳴る。

 リップの巨大な腕が、わずかに震えた。

 レオでさえ、その気配を測りかねて目を細める。

 トワイスは、ただ静かに見上げていた。

 

 ───その瞬間。

 

 閉じられていた瞳が、ゆっくりと開かれる。

 光を放つでもなく、威圧するでもなく。

 すべてを見通す視線。

 そして、声が響いた。

 

「それが人類の悟りを得て真如へと至る道であるならば、我は衆生を救済すべく、(ヴァジュラ)を持ちてそれを導かん」

 

 怒りもなく、断罪もない静かな声。

 だがその言葉が落ちた瞬間、空間が従った。

 石柱が軋み、演算空間の光が屈する。

 救済の形をした、絶対の意志。

 慈悲という名の断定。

 そこに立つ三人へ向けられた“解答”。

 嫌でもわかる、この存在は強い。

 いや、違う……強いという尺度の外にいる。

 

 ───だが今は、この戦いを……志波白亜ですら超えられなかったこの戦いを。

 

 レオは下がり、翔とリップは一歩前へ出る。

 本当の最後の戦いを、彼女(リップ)と共に戦い抜く。

 ここで止まれば全てが“正しい”ということになってしまう。

 戦争が、淘汰が、救済と言う名の断罪が正しかったと。

 そんな結論は認めない。

 隣を見る、リップの横顔がうつる。

 彼女の巨大な腕が静かに構えられる。

 その腕は震えている、だが彼女は引かない。

 恐怖がないと言えば嘘になる、だが逃げない。

 翔は叫んだ。

 

「全て終わらせるぞ、リップ!」

 

「はい! 翔さんの隣で……戦います!」

 

 それは決意であり反逆。

 そして、彼らの選択。

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