あれからアリーナの探索をし、
そして更なる探索をしている途中、不意にリップから声が掛かる。
「翔さん、コードキャストって知ってますか?」
「コードキャスト? なんだそりゃ」
首を傾げる翔にリップが説明を入れる。
コードキャスト、電脳空間で使用される
地上にいたころはそれを使う事が出来たのだろうか……
もしそのコードキャストとやらが使えるのなら、リップに補助などを掛けることができるはずなのだが……
「試しにあのエネミーに使ってみましょう!」
巨大な爪を向ける先には、このアリーナで最初に会ったエネミー、今の二人ならやられることなく倒せるはずと踏んでリップがそう言ったのだろう。
ともあれやってみなければわからないことだ。翔は魔力を通してみる。
魔力を通せば浮かび上がる文字列のようなもの。今あのエネミーに打つのはこれが最適という事か……?
「『
その文字列のようなものを発動させれば、エネミーに向けて魔力の弾を発射。
その直撃を受けたエネミーは多少ながら行動を停止する。
それをリップが見逃すはずがない。即座にコードキャストを受けたエネミーに近づき、その爪を振り抜く。
あのエネミーはいうなればスタン状態だ。防御すらも出来ないエネミーに、リップの攻撃を耐えきれるはずもない。
見事に真っ二つに斬り裂かれ四散するエネミー。あのコードキャストはどうやら敵にダメージとスタンの効果を与えるようだ。
「へえ、これなかなかすごいな……」
関心を上げる声を上げる翔に、彼の身体を見つめるリップ。自分の身体におかしい所があるだろうか。
疑問の声を上げるリップに翔は首を傾げ、そのリップの仕草を見つめている。
「えっと、翔さん。コードキャスト、自由に使えるみたいですね。見た所、特別な礼装とか装備して無いようですし」
「礼装……?」
さっきの魔力の弾は、元からあったかのように使えた。
それは、自分の体の中にそれが刻み込まれているかのように……
それがどういう事かは今は分からない。だが、使ってみて分かった。このコードキャストは翔が推測するに、魔術のような物だろう。
そしてリップの言っていた礼装……間違いなく先程、翔が使ったコードキャストを使用するために必要なもの。
それがいらないとなれば、戦術の幅も大幅に広がるというもの。
簡単に言ってしまえば、なぜだか自分はコードキャストが自由に使えるという事だ。まだ全てを試していないのでどのような種類があるかは不明だが、攻撃するものがあれば、補助や防御に使えるものがあるはず。
それを、うまくリップとの連携に組み合わせれば、その効果はさらにあがるはずだ。
アリーナを探索しながらさりげなく自身に魔力を通してみれば、さっきのやつ以外にもあることが身体が知らせている。
これは何だろうか、試しに翔はこのコードキャストを使ってみることにする。
「『
「ひゃあ!?」
さりげなく翔が詠唱してみれば、隣で身体をびくりと震わせるリップ。その仕草に一体何が起きたのかわからず驚く翔。
だが少しすると、リップが関心を上げた声で自身の身体を見つめている。
「翔さん、今のコードキャストは徐々に私の傷を癒すやつみたいです」
「おお、つまり自動回復ってやつか?」
翔の発言に頷くリップ。体力の自動回復となれば多少の長期戦は出来るという事。
発動には少しばかり時間を要したことから、これは少し難易度が高いコードキャストという事か……
生前の自分はいろんなコードキャストを使えたのだろうか。
自分がコードキャストの天才とかだったら面白いのになと一瞬、考えるもののすぐにその考えをなくす翔。
どちらにせよ、コードキャストについては、こうやって分からない部分を埋めていくしか無いようだ。
探索はこれでいいだろう。二人は校舎へと戻ることにした。
マイルーム、それは本戦に勝ち進んだマスターに与えられし個室だ。
しかし、ここは教室、個室は個室でも教室をそのまま与えられた為、ベッドなどなにもないのだ。
「少し殺風景だと思うますが、大丈夫だと思います!」
リップは励ましのつもりで言っただろうが、翔にとっては心に深く刺さった一撃となった。
表情にこそ彼はそれを見せない。だが彼には、つまらぬ一つの意思が宿ってしまった。
いつか絶対、部屋をもう少し充実させる。そんな意思を燃やしながら、机を動かす翔。
大半の机は必要ない。片隅に、もしくは『お前の席ねえから!』の如く、窓から投げ捨ててもいいぐらい、今はいらないものだ。
まあそんな物騒な事など許せることではないと思うので、適当に大半の机を一か所にまとめ上げる。
それをした理由としては、リップの腕だ。その巨大な腕では、机が並べられていれば移動できる場所などほぼないと言ってもいいだろう。
その腕が当たってしまう可能性なども考えて、翔は机を一か所へとまとめあげたのだ。
ふと、リップのあの腕で机を壊せるだろうか……とか考えてしまった頭はすぐに振り払うとする。
「まあベッドとかは近々、買い揃えるとして……これで動きやすくなっただろう」
部屋の中心に立って、どこか当たらないか確認しているリップ。
見た所、移動する際に障害になるものは無いもないようだ。
「ありがとうございます翔さん。私のためにこんな……」
「あぁ? 別にいいだろうよ。リップのためにやったようなことだしな」
微笑むリップの頭に優しく手を乗せ、撫でながら微笑む翔。
彼女は撫でられるのが好きなのだろうか。こうやって撫でていると、喜ぶ姿の彼女が目に映るのだ。
しかし、マイルームの整理も終わったところで、いろいろ買い揃えたかったところだが、妙に体が上手く動かない。
思い返してみれば当たり前だ。魔術師としてもままならない状態で慎二のサーヴァントと戦闘。そして初めてのコードキャストの使用。
体が動かないのも納得はいく。今日は少し休むことにしよう。
「少し休むか、明日からもお願いなリップ。お前もゆっくり休んでくれ」
「はい、翔さんもゆっくりお休みください」
そういって、翔は椅子に腰かけて眠り始める。
そんな翔をずっと見つめているリップ。
目の前に自分と契約してくれた人物がいる。意識を失った翔が目覚めた時、リップは翔に触れようとした。
自分の腕にある巨大な金色の腕を見つめるリップ。あの時、直後に自分の手を思い出し、その手で彼を傷つけてしまうかもしれない。そう怯えた彼女に翔は……
『握手は出来ねえかもしれないけどさ、これだったら俺もしてやれる』
そう言って優しく、自身の頭に触れてくれた。近くにある腕など気にせずに……
正直言うと翔は頭の悪い方であろう。
とてつもなくバカで、一直線に走るを体現したような性格をしてて、感情がすぐ表に出るような人だけど。
実は凄い努力家で、諦めることは絶対にしない。自分の戦い方を見て戦況を分析していくその姿は、どこかの世界で出会った人に良く似ていた。
その人が女なのか、男なのかわからない。そして連れていたサーヴァントも赤いドレスを身にまとった女性でもあったし、赤い服を身にまとった男性でもあったし、着物を着た狐耳の生えた女性でもあったし、さらには黄金の鎧を着ていたサーヴァントだったのかもしれない。
でも、その人は自分を許してくれた。あの人のおかげで、ある一つの事を知ることができた。
きっと、もうその人とは出会う事はないだろう。だけどあの人に救われた自分にふさわしい人物になりたい。
まだこの気持ちはわからない。でもこの気持ちに向き合っていきたい。
そしていつかは、自分も人のように愛したい、人のように愛されたい。でもそれは叶う事なのだろうか。今の彼女にはわからない。
この
彼もまた、自分を受け入れてくれた人物なのだから……
「翔さん。また明日からもお願いしますね」
寝ている翔に対してリップは優しく微笑んだ……
朝、空が明るくなり始めた所で翔は目覚める。
起きようと思っていた時間よりも随分と早い時間に目が覚めてしまった。ちょうどいいから何か買いに行こうか、そう思い、椅子から立ち上ったところでリップは目を覚ます。どうやら椅子が動く音で目を覚ましたようであった。
「あ、おはようございます翔さん」
「ああ、おはようリップ。よく眠れたか?」
「私は大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるリップ。とりあえずは今日はアリーナへ行く前にこちらで情報集めだ。
そう、ここはNPCなどいない本戦会場。ここにいるのは生きた人間。もしかしたら、思いもよらない情報があるかもしれないのだ。
NPCなどいないという事は、聞き逃した情報は二度と聞けないという事。
今知りたいのは、慎二のサーヴァントではあるが、それ以外にもきっと収穫はあるはず。
だからまず最初にと、部屋を見る翔。そこに広がるのは殺風景な光景。
「……なんか買い出しするか!」
先程考えていたことと関係ない気もするが、もうリップに殺風景な光景と言われたくないために、購買にていろいろ買う事とし、個室より外に出る翔とリップ。
リップは霊体化しているため、他の人に気付かれることはない。
そして少し進んでいれば、誰かが話しているのを見つける翔。
一人は昨日も会った慎二、もう一人は黒い髪に赤い服を着た少女、あちらは遠坂凛だろう。その二人が廊下で話していた。
「僕と彼女の『艦隊』。いくら君が逆立ちしても今回は届かない存在さ」
「へぇ、サーヴァントの情報を喋っちゃうなんてマトウくんったら随分と余裕なんだ」
優雅さを含みながらも保護者さながらの表情で流す凛。そして失態に気付いたのか動揺している仕草が翔には見て分かる。
恐らく翔からは見えないが、その顔は赤いだろうと翔は考える。
「う……そ……そうさ! あんまり一方的だとつまらないからハンデってやつさ!」
でも、ブラフかもしれないから、あんまり価値はないかもだよとつけ加える慎二。その口ぶりからするに、あの口調はいつもの慎二ではない。
間違いなく本当の情報だろう。彼の言っていた『艦隊』。間違いなくあの慎二のサーヴァントの情報だ。
あのサーヴァントが使ったカルバリン砲に今言った『艦隊』という言葉、間違いない。慎二のサーヴァントは船を使っていた者だ。
となればほぼクラスは間違いなくライダー。翔が考察している間に慎二が、わなわなと顔を青くしている。
どちらにせよ、今の自分にできることは防壁のコードキャストを用意しておくことだろうか。
翔が考え終わる頃には、慎二は凛に捨て台詞を吐いて立ち去っているところであった。
だが、立ち去る方向がこちらだ。隠れようと思ったがもう遅い。
もうこうなれば仕方がない、いい情報も聞けたし、ちょっと慎二をからかってやろうと翔は思う。
「な、なんだよお前。まさかそこでずっと見ていたのか!?」
「いやーたまたま買い出しに行こうかと思ったらまさかの光景にびっくりだったんだよな! で、どうだった。容姿端麗、成績優秀な月海原学園のアイドルと話せた感想は?」
「お、お前まで僕をからかうんじゃないよ! どうせお前じゃ、僕の無敵艦……僕のサーヴァントは止められないはずさ!」
無敵艦隊……間違いなく慎二はこう言おうとしたはずだ。
これはまたいい情報を聞いた。まさか慎二がここまで喋るとは思わなかったが、収穫は大きい。
あとは自分とリップがどこまでやれるか……だが。
「どっちにしても、お前の勝ち目はない。じゃあな、お前もせいぜい頑張れば?」
いつもの口調に戻りつつ、翔に語りかけながら隣を通り過ぎる慎二。
確かに無敵艦隊、そしてリップとの戦闘の時に出したカルバリン砲、ここまで情報は集める事が出来た。しかし……
翔は、あの時の戦いを思い出す。今のままでは明らかに実力不足。情報は足りていても力が及ばず敗退……なんてこともあり得る。
凛もため息をつきながら立ち去るところを見届ける翔。そのまま図書館……と行きたかったが、まずは買い出しだ。翔は部屋の充実のために購買へと向かった。