Fate/Affection Doll   作:ラズリ487

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第38話 一に還る転生(アミタ・アミターバ)

「翔さん、相手は人類をも解脱した英霊です。何か策はありますか!」

 

 セイヴァーへ向けて駆けながら、リップが叫ぶ。

 この戦いが、聖杯戦争ではないからだろう。

 あのサーヴァントの情報は、最初から全て開示されている。

 

 ───真名は覚者(ブッダ)

 

 ───クラスは救世主(セイヴァー)

 

 クラス別能力は『カリスマ』『対英雄』。

 加えて保有スキルは『菩提樹の悟り』『カラリパヤット』。

 どれも規格外だが、その中でも、最も厄介なのが『対英雄』だ。

 

 ───あの能力は、対峙する英雄の力を大幅に減衰させる能力。

 

 つまり……隣を走るこのサーヴァント、パッションリップは、本来の力を発揮できないまま戦うことになる。

 相手は、悟りに至った英霊。

 こちらは、弱体化したサーヴァント。

 

 ───条件は最悪だ。

 

 だがそんな事、今さらだ。

 最初から、まともな勝負なんて一度もなかった。

 格上と戦い、化け物に追い詰められ、そのたびに無茶な方法で生き残ってきた。

 

 ───なら今回も同じだ。

 

 例え、相手が悟りを開いた英霊だろうと、やることは変わらない。

 

「一応な!」

 

 それでも翔は、迷いなく答える。

 

「トワイスの野郎、洗脳とか言ってたろ。つまり俺の体が目当てだ」

 

 走りながら、翔はセイヴァーを睨む。

 

「あいつが欲しいのは俺だ。だったら……」

 

 翔は歯を見せて笑った。

 

「俺の近くで戦えば、広範囲攻撃はしてこないはずだ」

 

「でも、二人とも絡め取られたなら?」

 

 リップの問いは冷静だった。

 その可能性は、当然ある。

 だが……

 

「あいつが、そんなヘマはしねえと信じるしかねえな」

 

 翔は、あっさりと言い切った。

 リップが飛び上がり、巨大な腕がセイヴァーへと振り下ろされる。

 彼女の能力は、本来もっている力と大差はなくなっていた。

 だから本来なら、サーヴァントすら粉砕する一撃。

 しかし、セイヴァーは動かなかった。

 代わりに掌が、わずかに動く。

 その瞬間、空間に金色の紋様が展開した。

 円環のような障壁。

 リップの一撃が触れた瞬間……

 

 ───音もなく、滑った。

 

 力は殺され、軌道だけを逸らされる。

 まるで最初からそこに衝突する予定など無かったかのように。

 

「っ……!」

 

 続けざまに二撃、三撃、振り下ろす。

 だがセイヴァーは立ったままだ。

 避けるでもない、防ぐでもない。

 ただ指先をわずかに動かすだけで、

 その全てを、成立しない攻撃へと変えていく。

 セイヴァーから攻撃することはない。

 ただ彼女の攻撃を、力を受けず、流し、その意味を消す。

 

「くっ……!」

 

「……まさか」

 

 リップが歯を食いしばる光景を見て、翔は言葉を漏らす。

 彼の中に浮かんだのは、焦りではなく違和感だった。

 確かに強い、それは疑いようもない。

 

 ───だが、反撃が来ない。

 

 翔の眉が僅かに動く。

 本気であれば、この距離、この状況。

 恐らく“本来であれば”一瞬で終わっているはずだ。

 だというのに、セイヴァーはただ受け流している。

 

 ───まるで、何かを待っているように……

 

 翔の目が細くなる。

 嫌な確信が、胸の奥で形を作る。

 

「……リップ!」

 

「はい!」

 

 攻撃を続けながら、リップが応じる。

 翔は、セイヴァーから視線を外さない。

 

「気を付けろ、こいつ……」

 

 翔は、確信する。

 そして彼は言い切った。

 

「最初から、俺たちと戦う気がねえ」

 

 リップの動きがわずかに鈍る。

 本来であれば、相手にとってこの上ない好機。

 だがセイヴァーは、動かなかった。

 

「え?」

 

「時間稼ぎだ」

 

 舌打ちが漏れる。

 その言葉を聞いた瞬間、遠くでトワイスがわずかに目を細めた。

 

「いたずらに武威を示す必要はないのです。あなたが如何なる力を帯びようとも、私は恐れない。私は禅定にあり続け、時が満ちるのをただ待つのみ」

 

 ゆっくりと言葉を放つセイヴァー。

 これこそ、彼の信念。

 彼は、サーヴァントでありながら戦いと言う思想に捕らわれない。

 その言葉通り彼は、敵に対しても全力で戦う事はしない。

 ただ、時が満ちるのを待つ存在。

 

「さすが混沌の中で成長した魔術師だ。よくぞサーヴァントの能力をここまで練り上げたものだ」

 

 世界の王すらも倒したのも納得できるとトワイスは思う。

 だが……

 

「だが私のサーヴァントとは次元が違う。違うんだよ……」

 

 その力は、サーヴァントの存在すら消滅させることが可能。

 転輪の輝きが増していく。

 その瞬間、空気が変わり、セイヴァーの指先が止まる。

 時は満ちた、彼らの命もここで終わる。

 トワイスは宣言する。

 

「転輪は時を告げる。あらゆる衆生、あらゆる苦悩は我に還れ。大いなる悟りの下、人類はここに一つとなる」

 

 光の輪が音を立てて一つへと収束していく。

 回転する光はまさに、大日如来が背負う後光。

 翔の背筋に、冷たいものが走る。

 

「……来るぞ、リップ!」

 

 叫びと同時に、世界が沈黙した。

 音が消える、光が鈍る。

 石柱すら、その存在を希薄にする。

 中心にいるのは、セイヴァーただ一人。

 後光が集束していく。

 小さく、しかし無限に深い光。

 

 ───逃げられない。

 

 そう理解したのは、思考ではなかった。

 あれは回避するものではない。

 耐えるものでもない。

 抗うという選択肢そのものが、存在しない。

 その刹那、リップの動きが止まる。

 

「っ、体が……!」

 

 拘束ではない。

 終わる者は動かないという理に、捕らえられている。

 セイヴァーが……トワイスが、静かに口を開く。

 

一に還る転生(アミタ・アミターバ)

 

 それは宣言、存在の帰結。

 全ての苦しみを終わらせるための、解答。

 翔は歯を食いしばる。

 

(これ……当たったら終わりだ)

 

 目の前の光景を見て、リップは感じた。

 それは理屈じゃない、本能が理解している。

 これは“攻撃”じゃない。

 

 ───救済だ。

 

「……リップ!」

 

 だからこそ、逃げられない。

 翔が叫ぶ、だが間に合わない。

 ならば……迷いはなかった。

 翔は地を蹴る。

 

「寿々科翔の名において命ずる……!」

 

 視界が裂ける。

 令呪が、焼けるように脈動する。

 そして……

 

 ───リップと翔の位置を、入れ替えた。

 

「翔さんっ!?」

 

「リップ、俺を信じろ!」

 

 光が、翔へ落ちる。

 明らかな直撃。

 回避も、防御も、存在しない。

 ただ、結果だけが訪れる。

 

 ───本来ならば。

 

 光は、翔を包み込む。

 意識が、削ぎ落とされる。

 苦しみが消え、存在がほどける。

 それは確かに“救い”だった。

 

「……ははっ」

 

 痛みはない、恐怖もない。

 抗う意思すら、静かに溶けていく。

 自分という輪郭が、ほどけていく。

 

「あんなこと言っちまって……これは、確かにダメだな」

 

 直感で翔はそう思った。

 このまま自分は、宝具によりその存在を消されてしまうだろう。

 だが……

 

「……?」

 

 違和感が走る。

 消えていくはずの“自分”が、消えない。

 ほどけるはずの意識が、繋がったまま。

 光は確かに、翔を飲み込み貫いていた。

 救済は、成立している。

 

 ───それでも、終わらない。

 

 何かが、噛み合っていない。

 まるで歯車が一枚だけ欠けているように、

 完璧な機構の中で、そこだけが空転しているのがわかる。

 光が、揺らぎ始める。

 完全であったはずの救済に、微細な歪みが生じる。

 セイヴァーの瞳が、わずかに細められた。

 初めての誤差。

 

「……なるほどな」

 

 翔の声が漏れる。

 自分の手を見る。

 消えていない、ここにまだある。

 心臓の鼓動も、消えていない。

 生の苦しみが消えたわけでもない。

 救われた実感もない。

 何も起きていない。

 いや違う……

 

 ───起きるはずだったものが、起きなかった。

 

 役目を果たせなかったまま光が、霧のように散っていく。

 その中心で、翔は無傷で立っていた。

 不完全な静寂の中でリップの声が震える。

 

「翔さん……?」

 

 翔は、ゆっくりと顔を上げる。

 目の前には、セイヴァー。

 そして、その背後で、トワイスが初めて、わずかに沈黙した。

 これは無効化ではない。

 あの宝具が、彼に適用されなかった。

 翔は、息を吐いた。

 

「……そういうことかよ」

 

 低く、呟く。

 

「俺は……最初から“救われる側”じゃねえってわけだ」

 

 翔の左手の、最後の令呪が輝く。

 この機を逃さない、リップは走り出す。

 

「寿々科翔の名において命ずる」

 

 その強力な強制力が、命令を実行させようとする。

 翔とリップの力だけでは、トワイスの前に辿り着くことは決してできない。

 だが二人の意志に加え、それを令呪が強制的に実行させる。

 リップは、セイヴァーではなく、トワイスに目掛けて走った。

 

「その一撃を以って、トワイスを……討て」

 

 振るわれた彼女の腕が、トワイスの身体を引き裂いた。

 本来であれば、サーヴァントはマスターに傷をつけることは決してできない。

 だが、それは聖杯戦争であればの話だ。

 本来の聖杯戦争は、レオとの戦いで終結している。

 ここは、その聖杯戦争のルールから外れた場所なのだ。

 わずかに目を細め、レオはその状況を観測する。

 翔とセイヴァー。

 そして、消失したはずの現象。

 あり得ない……だが、起きている。

 そして、トワイスを討った。

 

「……そういうことですか」

 

 小さく、呟く。

 その声には、確信と……わずかな驚きがあった。

 

「あの宝具は“人”を対象として成立するもの。苦しみを持つ者。生を持つ者。輪廻の中にある存在」

 

 視線が、翔に向く。

 

「つまり、前提として……“人間であること”が条件だった」

 

 彼は言葉を選ぶ。

 

「しかし翔さんは“それ”に該当しない」

 

 空気がわずかに張り詰める。

 引き裂かれた、トワイスの視線が、初めて僅かに鋭くなる。

 レオは構わず続ける。

 

「正確には……」

 

 ほんのわずかに、言葉を濁す。

 それでも、結論は変わらない。

 

「人間として定義されていない」

 

 レオの言葉に、翔は何も言わない。

 だがその背中が、全てを物語っていた。

 

「だから、成立しなかった」

 

 レオは静かに言い切る。

 

「救済の対象から、外れていたからです」

 

「……当たりだぜ、レオ」

 

 振り返らずトワイスを見つめたまま静かに、翔はレオに向けて答える。

 その声は静か、迷いはなかった。

 トワイスの瞳が、わずかに細められる。

 目を細め、体を押さえながら翔を鋭く見つめた。

 

「まさか、君は……」

 

「あぁ、俺も同じ存在。データでしか存在しないイレギュラーだ。最初からてめぇの目的は、叶わなかったんだよ」

 

 敗れてなお変わる事のないトワイスは、今までの敗者と同様、徐々に薄れていく。

 自らも聖杯戦争のルールに、殉じるということなのか。

 彼すらも従わざるを得ないムーンセルの定めた事なのか。

 

「戦火の音がする……懐かしいが、やはり辛いな。何度経験しようと戦いに敗れるのは」

 

 だが……トワイスは言葉を続ける。

 

「無念はない。命が転輪するように、戦いもまた転輪する。終わりはない。それを、君が証明した」

 

 一歩進めるたびに体が崩れていく。

 だが、そんなことを気にもしないかのように、トワイスは、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「聖杯に接続したまえ。そこで君は多くを()るだろう」

 

 無作為に命を使い、何の目的もないまま繁栄し、路傍の花のように散る我々の未来を……

 

「その是非を、君の目で判断してほしい。私たちは本当に正しかったのかと、いうことを」

 

 一瞬、その横顔は、長い旅路を終えた兵士のようにも見えた。

 確かめるよりも早く、彼の姿は光となって消えていく。

 そして彼のサーヴァントは、ゆっくりと口を開いた。

 

「命あるものは必ず滅びる。衆生は苦しみの輪廻にいる。生存の強さをもって悟りへの道を拓こうとした彼もまた、心に神を宿している。道はひとつではない。人の善悪に価値がないように、人の認識では、世界の在り方(うつくしさ)は変わらない」

 

 セイヴァーは言葉を続ける。

 

「血塗られた戦いの王よ。涅槃にて共に世の末を見届けましょう。それが貴方の、最期の救いだ」

 

 思索の表情からそう呟くと、セイヴァーはマスターと同じく、咲き散る沙羅(はな)のように消えていった。

 覚者、あるいは救世者(セイヴァー)

 地上でただ一人、生命の真意に辿り着いたもの。

 人間でただ一人、生の苦しみから解放されたもの。

 

「なるほどな」

 

 翔は、セイヴァーのいた場所を見つめる。

 

「あいつは、トワイスの思想に力を貸していたわけじゃねえ」

 

 あの英霊は勝者にも敗者にも肩入れしない。

 救うべき相手がそこにいるなら、その者がどんな道を歩もうと最後まで見届ける。

 トワイス・ピースマンという人間の、心の行く末にその慈悲を示していたのだ。

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