Fate/Affection Doll   作:ラズリ487

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第40話 繋がる未来

 しかし、サーヴァントという「異物」が入り込んだことで、翔の分解が遅れていることは理解できる。

 だが、それだけでは説明がつかない。

 ここまで時間を稼げている理由が、まだある。

 ムーンセルと繋がった意識は、自然とその答えへ辿り着いていた。

 膨大な情報の海。

 その中で、一つだけ見覚えのあるデータが浮かび上がる。

 

「……なんだこれ?」

 

 そのデータに目を通したとき、翔は思わず目を見開いた。

 その隣で、リップも画面を覗き込む。

 

「あ、これ……翔さんじゃないですか?」

 

 そこに記されていたのは、一人の少年の医療記録だった。

 病名、治療経過、現在の状態。

 

 ───冷凍催眠措置、継続中。

 

 翔は数秒、その文字を見つめたまま動かなかった。

 そこに映っていた顔は、自分ではない。

 けれど、どこか懐かしくも感じる、不思議な感覚だった。

 もし、自分という人格に始まりがあるのだとしたら、その始まりは、今も眠り続けていた。

 

「ふっははっ……そういうことかよ」

 

 肩が震え、笑いが漏れた。

 ようやく全部繋がった。

 自分は完全な架空の存在ではない。

 ムーンセルが再現した人格の元となる人間が……まだ、生きている。

 だから照合が終わらなく自分という存在は、まだ分解されない。

 

「なるほどな……最後まで、俺らしいオチじゃねぇか。最後まで、誰かのために動くなんてな」

 

 リップは不思議そうに首を傾げる。

 その横で、翔は小さく笑う。

 しかし、それが自分らしいのだろう……と彼は思った。

 

「レオにメールで送っといてやるか」

 

 翔は笑って首を振る。

 そして彼は端末を呼び出す。

 

「あとで腰抜かすぞ、あいつ」

 

 そして、笑いながら指を動かす。

 自分の元になった人間。

 難病のため冷凍催眠措置が取られ、未来の医療を待ち続けている少年。

 ムーンセルは、その個体情報を照合していた。

 だから不正データと断定できず、この僅かな猶予が生まれた。

 もちろん、それも長くは続かない。

 照合が終われば、自分は分解される。

 だが、それでも十分だった。

 翔は最後のメールをレオへ送信する。

 

「もう、時間みたいだな」

 

「翔さん。その……」

 

 メールを送った後、リップが翔に声をかける。

 

「うん?」

 

「最後まで……私を、抱きしめてください。こんなことができるなんて、奇跡のようなものでしょうから……」

 

「……あぁ、わかった」

 

 翔は、そっと腕を回した。

 リップもまた、彼を抱きしめ返す。

 どちらが先でもない。

 離れたくないという想いだけが、互いの身体を引き寄せていた。

 その瞬間、光の海が、二人の輪郭を削り始める。

 

 ───光は優しかった。

 

 消そうとしているはずなのに、不思議と痛みはない。

 まるで長い旅路の終わりを、静かに迎え入れてくれるようだった。

 指先が透け、肩が粒子へとほどけていく。

 違法なデータとして、最小単位まで分解されていく感覚。

 自我も、記憶も、存在そのものも、静かに解体されていく。

 けれど、不思議なことに、リップを抱きしめている感触だけは、最後まで失われなかった。

 

 ───そして、翔はもう一人の自分を思った。

 

 目覚めても、記憶障害でほとんど何も覚えていない。

 家族も友人も、もういない。

 見知らぬ未来(世界)は、彼の目にどう映るだろうか。

 かつての日常も、築き上げた過去も無価値なものになっている。

 

 ───なんだ。

 

 その程度なら何とでもなる。

 失われたものへの追悼はあるけれど……なに、地球が無くなったわけでもない。

 道があるのなら自分はきっと歩いて行ける。

 願いに、目的に、貴賤はない。

 小さくとも、一つだけであっても、叶えたい願いを持って歩き続ければ、最後に大きな花を咲かすだろう。

 それが、ついには自分をここまで連れてきたように。

 

 ───心配は無い。

 

 現在(そこ)には変えて行こうとする人々がいて、大切に思える人がいる。

 一緒に、同じ時を生きていくことができる。

 一緒に、進んでいくことができる。

 ああ、きっと大丈夫だ。

 だって未来には、歩いていける理由が、ちゃんとあるんだから。

 

 

 

 

 

 白い光が視界を満たす。

 電子の海は閉じ、膨大な演算音は遠ざかっていく。

 世界が静かに切り替わり……レオはゆっくりと目を開いた。

 見慣れた天井、整然と並ぶ医療機器。

 ムーンセルへ接続するためのカプセルから、ゆっくりと身を起こす。

 

「……帰ってきたのですね」

 

 僅かに息を吐く。

 トワイス・ピースマンとの戦い。

 そして、寿々科翔という少年。

 聖杯戦争、その全ては終わった。

 もう彼を知る者は、自分しかいない。

 そう思った、その時……端末から、小さな受信音が鳴る。

 

「……?」

 

 レオは眉を寄せる。

 差出人は不明。

 だが、その送信時刻は、自分がムーンセルから帰還した瞬間と一致していた。

 レオは静かに端末を開く。

 そこには短い文章と、一つのデータが添付されていた。

 彼はその内容へ目を通す。

 

「……これは」

 

 目が僅かに見開かれる。

 医療記録、患者情報。

 そして現在の処置。

 

「冷凍催眠……」

 

 画面を見つめたまま、小さく呟く。

 記録を読み進めるごとに、一つの答えへ辿り着く。

 

「なるほど……」

 

 レオは静かに息を吐いた。

 

「これは、あなたではない。正確には……あなたという人格の基となった人物、ということですね」

 

 ほんのわずかに首を振る。

 そこに記されていたのは、一人の少年。

 難病に侵され、治療法が確立される未来を待ち続ける患者。

 冷凍催眠装置の中で、長い眠りについている存在だった。

 レオはしばらく黙って、その記録を見つめ続ける。

 翔は、自分を救ってほしいとは一言も書かなかった。

 送られてきたのは、ただこの記録だけ。

 それだけで十分だった。

 

「あなたが、この答えを望んでいたのかは分かりません。ですが……」

 

 誰へ向けるでもなく、静かに言葉を落とす。

 そして端末を閉じることなく、彼は真っ直ぐ見据えた。

 

「この方のことは、僕が引き受けましょう。現在の技術であれば、治療可能なはずです」

 

 その声は穏やかだった。

 だが、そこに迷いはない。

 一度、レオは静かに目を閉じる。

 

「仮に、まだ不可能だとしても……」

 

 そして目を開く。

 そこには、一人の王としての強い意志が宿っていた。

 

「ハーウェイの研究機関が、必ずそれを可能にしてみせます」

 

 それは誇示ではない。

 長い年月をかけても成し遂げるという、静かな決意だった。

 そして、彼はふっと微笑む。

 

「僕を知るあなたではない。僕のことを覚えているあなたでもない」

 

 そこで言葉を止め、レオは穏やかに頷いた。

 

「それでも、あなたという存在が、この方から始まったのなら……僕にとって、この方を見捨てる理由にはなりません」

 

 それは今もなお眠っている、もう一人の少年へ向けた約束だった。

 そして同時に、月で笑っていた一人の友への、最後の返事でもあった。

 静かな部屋に、沈黙が満ちる。

 もう、寿々科翔はいない。

 けれど、彼が最後に残した想いは、確かにここへ届いた。

 レオは端末を閉じ、静かに歩き出す。

 救うべき命がある、それだけで十分だった。

 一人の少年から託された未来を、今度は自分が繋いでいく番なのだから。

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