――夢を見ている
ここは海の中だろうか、深く、けど上を見上げれば明かりが見える海の底。
だが足はつけるようだ。そんな不思議な場所に翔は立っていた。
「ちょっと貴方がうたた寝してれば、そこは海の底。これは夢か、単なる幻か。まあ、わたしにとってはどちらでもいいんですけどね」
翔の元へ歩いて来る一つの影、その人影に警戒する翔だが、直後、その容姿に目を見開く。
服装はレオタードのようなものにマントを羽織った小悪魔的な服装、だが限りなくその顔つきがリップに似ていたからだ。顔立ちはリップとほぼ同じと言ってもいいだろう。
だが、時折見せる挑発的な表情や淫靡さを漂わせた物腰、そしてなにより服装が違う事から別人であると分かった。
「はーい。ようこそいらっしゃいましたー! 俺は寝たと思ったら、なぜか変な場所にいた。何を言っているのか、わたしにもわかりませんが、そんなメタ発言はこのわたしが許しません。頼れる後輩系ヒロイン、BBちゃんの登場です!」
なんだこの少女は、人が気持ちよく寝たと思ったら変な場所に連れてきて……
頭を抱える翔にきゃっきゃとはしゃぐBBという少女。
多分、自分がいるのはこいつの仕業だろう。なぜ自分がここに連れてこられたのかが分からないが、こうなればやけだ。
「センパイの考えている事、このBBちゃんはぜーんぶお見通しですよ? あなたは頭の片隅でリップの事を考えている。彼女が何者なのか、どういう存在なのか」
彼女の言葉に驚愕する翔。なぜ彼女がリップの事を知っているのだろうか。
このBBという少女はリップの事について何かを知っている……?
「ですが残念ながら、私からは全部言えません。だって最初からネタバレなんて楽しくないじゃないですか」
な……この少女、とても意地悪すぎる。もっとも聞きたいことを焦らされるなど……
恐らくその表情が顔に出ているのだろう。きゃっきゃはしゃいでいるBBが翔の視界に写る。
「でも、そんな歯を食いしばっている困り果ててるセンパイにちょっとだけ情報を与えましょうか。きゃーBBちゃん優しいー!」
こいつ、ぶん殴る。
この少女は間違いなく、人をイラつかせるのが得意な人間だ。こっちに連行しておいて重要な情報を焦らすだけでもなおさらだ。
翔がそう思っている間にBBが喋りだす。
「では言いますね。BBちゃんマル秘情報その一。パッションリップはアルターエゴという存在。
「アルターエゴ……?」
聞いたことない言葉だ。それに今ここにいるBBは、リップは自分から生まれた分身と言っていた……?
ということは、パッションリップは正規のサーヴァントと言われる存在ではない……?
BBにさらに問いただそうとする翔だが、彼が口を開く前にBBの人差し指が彼の唇の前に当てられる。
「はい、今日はここでおしまい。あとはセンパイの1GB止まりの頭でしっかり考えてくださいね」
「な……う、うるせぇ!俺の頭は3GBはある!」
「え、突っ込むのそこですか? 意外にセンパイって欲張りなんですね」
『まあ、1GBっていう評価は変わりませんけどね☆』と付け加えるBB。結局そこの部分は覆らないのかと肩を落とす翔。
しかし、このBBという少女がリップの秘密を知っているのは本当のようだ。先程『BBちゃんマル秘情報その一』とか言っていたから、その二とかあるのではないだろうか。
「では、期待してますので、死なないように頑張ってくださいねセンパイ。生きていればいいことあるかもしれませんよ」
そのような言葉と共にBBの姿が泡しぶきのように消えた。
彼女は一体なんだったのだろうか。翔が考えを巡らせているうちに、彼の視界は黒へと染まっていった。
朝、日の光と共に翔はベッドで目を覚ます。
どうやら朝がやってきたようだ。
翔は自分が見ていた夢を思い返していた。今思えば騒がしすぎる夢であった。
なんか突然BBちゃんとかいう人物が現れて、リップがどういう人物なのかを語った人物。
彼女の存在がどういうものなのかはわからない。だがリップの事をよく知っているのもまた事実だ。
隣を見ればリップもまた目を覚ましたようだ。
夢の内容についてリップに聞くのは、この戦いが終わってからでもいいかもしれない。
「あ、おはようございます。今日が決戦の日……ですよね?」
「おはようリップ。そうだ、今日がその日だな」
そう、今日は決戦の日。翔か慎二、どちらかが退場する日なのだ。
この聖杯戦争で負けたものは死ぬ。それは命を散らすという意味。
正直に言うと、あまり実感がわかない。
あまりに現実からかけ離れすぎた『死』という言葉。それにはあまり強い響きが感じられなかった。
だが、最初の決戦であることは変わらない。
行くしかないのだ。慎二の待つ、決戦場へ……
「あ、翔さん。その前に一度、情報整理した方がいいかと……」
「え? ああ、そうだな」
リップの言うとおりだ。まだ決戦の時間までは長い。今のうちに情報を整理した方がいいかも知れない。
実感はわかないが、命をかけた戦いなのだ。それが真実かどうかはわからない。
だが情報だけは今のうちに整理しておこう。リップと翔は慎二とそのサーヴァントの情報を整理する。
間桐慎二。まだ予選と言われていた場所では自分を友達と言ってくれた、どこか憎めない男だ。
正直、自称天才と言っていた慎二だが、さすがゲームチャンプと言われただけであって、その実力は本物であった。
正直に言うと、翔にとっては予選の学校の時から、彼の実力には尊敬していたほどに……
彼は生まれながらにして天才であった。だが翔にはそんな才能などはない。
才能の面では慎二の方が上であるだろう。だがこちらには『情報』というアドバンテージがある。
そんな彼が自慢していたサーヴァントの武器は……
「あのサーヴァントの武器は……銃だったな」
情報を整理していく翔。初戦からアリーナで力を見せつけられたとき、彼女の使っていた武器はクラシックな二丁拳銃だった。
正直、あの性格のせいで人付き合いがうまくない慎二とはいいコンビのように見えた。彼女が姉、いや豪快な姉といった感じだろうか。となれば相性は良好。相性の関係で自滅する事はないという事だ。
そして慎二は図書館にあった彼のサーヴァントの手記を隠した。結果的には翔に真名を絞らせる結果に繋がったのだが……
そして手記に書かれていた宝具……それは船に関係するもの。
「
そう、擦れた文字列の中に確かにその文字が読み取れたのだ。
さらには彼女が使ったカルバリン砲。あれによって船に乗る英霊という事が分かり、クラスはライダーと確定できた。
最初こそ余裕を見せていた慎二も情報を得ていくことで、焦りを見せていたのは明確であった。
「しかし……海賊か」
船に乗る英霊ともなれば武器は銃以外にもあるはず。
確か、船乗りが好んで使う武器と言えば……
「リップ、あのライダー。近接も十分に強いと思う」
翔が警戒したのは、銃のほかにもあのサーヴァントは近接武器を持っている可能性が高いという事だった。
さらにはあのライダーが活躍したのは大航海時代だ。カトラスの一本や二本、持っていても不思議ではない。
慎二はどこか抜けている性格ではある。だが自分とは比べ物にならないほどの一流ハッカーである事もまた事実。
その差が情報で埋まるといいのだが……
「大丈夫です翔さん! あの増えるワカメを限界まで圧縮して、1cm四方のコンソメキューブにしてやりますから!」
「お、おう!」
なんかリップがすごく物騒な台詞を吐いている気がするが、その巨大な両腕で自身に満ちたポーズをしているのを見るとなんだかとても心強い。
まあともかく彼女の言葉で自身もついた。自分にできることは……今できることを精一杯やるだけだ。
リップと翔は、マイルームから出て決戦場へと足を進めた。
「ようこそ決戦の地へ。身支度は整えたかね?」
その扉の前には言峰が立っていた。彼は管理AIだった。ならばここの管理の彼の仕事なのだろう。
扉は一つ、再びこの校舎へ足をつけるのも一組。覚悟は決まっている。後はこの『
「大丈夫だ。全て済ませた」
「そうか、では……若き闘士よ。決戦の扉は今、開かれた。造られし者達よ。存分に殺し合い給え」
彼の言葉に若干違和感を覚えるも、翔は二つの
言峰が横に立ち、扉が開かれ、翔とリップはその中へと入っていく。その扉が完全に閉じた後に感じる浮遊感。これはエレベーターか。
そして数秒後に見えたのは慎二とそのサーヴァント。自分の隣を見ればリップが彼らを見つめていた。
大丈夫、リップを信じろ。胸に手を当て、彼女を信じる翔。
「なあんだ。逃げずにちゃんと来たんだ。面倒なことは嫌いな奴だと思っていたけど」
「ったりまえだ。俺がここに来ないことはリップを否定することになるからな」
徐々に辺りが明るくなっていく。どうやら自分と慎二は薄い障壁でお互いを見つめている様だった。
さすがにこれをリップが破壊するのは不可能に近いだろう。薄い障壁が張られているのは勿論、ここで攻撃しないようにするためなのだろう。
「それはちゃんと戦うってことか? はあ、お前ってやっぱりバカだな。呆れを通り越して哀れだよ全く。そこのサーヴァントも言ってやりなよ。諦めた方が早いって」
視線をリップに合わせながら言う慎二。だが当の本人は目を閉じ、首をふんっと背けている。
最早、呆れて返事すらしない……という事なのだろうか。
「ワカメの分際でよくしゃべりますね全く。なんですかその顔、見ているだけでなんだかイライラしてくるんです。とりあえずここ出たらクシャっとしてやりますから」
リップからもこの返答だ。それを聞いてしまい、顔が赤くなる慎二。
案外、彼女は煽りスキルが高いのかもしれない。いや、ただ単に慎二が分かりやすいだけかもしれないが。
「なっ!? なんだよお前!? サーヴァントの分際で!?」
「アハハハハ! 言われちまったなマスター。そこの嬢ちゃんもよく言うねぇ」
「お、お前もどっちの味方なんだよ!」
笑いながら慎二の隣に立つライダーに突っ込みを入れている慎二。
「そりゃアンタに決まっているさ。アタシはあんたの副官だからねえ。金額分はきっちり働くさ」
「さすがは提督さんだ。報酬分はきっちり働くってことか?」
翔が放った言葉に慎二は『はっ』とした表情でこちらを見つめている。それを聞いたライダーはなぜだか楽しそうにこちらに向きなおる。
「そこのアンタ。アタシの名前を知ったのかい?」
「まあな、んじゃあここで真名当ての最終確認といこうか。慎二が必死になって隠した物と
「だとしたら……?」
ライダーが楽しそうに聞き返す。一方、慎二の方がわなわなと震えているのがわかる。では、最後の一押しだ。
「太陽の沈まぬ王国』を歴史の盟主から引き摺り下ろした……太陽を落とした男。違う、太陽を落とした女。その
肩を震わせて聞いていた彼女は、その名前を聞いた瞬間、豪快に笑いだした。一方で慎二は青ざめた表情だ。ぴったりどんぴしゃ、翔の言った名前は慎二のサーヴァントの真名なのだから……
「な、何笑っているんだよ!?」
「ハハハハハ! いいじゃないかシンジ。
あのライダーは真名が分かったところで気にしている様子はないらしい。ああ言えばこういう慎二の言う事を聞き流しながら豪快に彼の頭を撫でていた。
……本当にあのコンビは相性がいいと翔は感じる。
ようやくエレベーターが止まる。その背後には決戦場へ続く扉。
「まあいいさ、寿々科翔。お前は僕のエル・ドラゴのカルバリン砲の餌食になって後悔することだね!」
そう言い残し、慎二は歩いていく。
こちらも行くしかない。翔とリップはお互いを見つめ頷き、扉へと歩いて行った。
決戦場は海底のようなフィールドであった。見渡せば沈んだ船の残骸が見える。
その残骸はもう引き上げられることはない。ただ海底に沈み、歴史から忘れ去られ、今や魚の住処になっているような船。
しかしその甲板のような場所は広い。リップが両腕広げて暴れても申し分ない広さである。
「ただ勝つだけじゃだめだライダー。生きているのが耐えられないくらい赤っ恥をかかせてやれ!」
「おや? 勝つだけじゃなく恥までかかせると? 強欲だねえシンジ。いいよ、ロープの準備をしておこう。マストに吊り下げるなり好きにするといいさ」
ライダーは二丁の拳銃を取りだし構える。
リップもまた、巨大な腕を構え、決戦の準備をする。
そして……
「さあ、こいつは大詰め、正念場ってやつだ!破産する覚悟はいいかい?」
「あなたの船、まるごと潰してあげます!」
―――
空気を斬る音が開戦を告げた。