Fate/Affection Doll   作:ラズリ487

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第7話 黄金鹿と嵐の夜(ゴールデン・ワイルドハント)

 戦いはここに始まった。

 翔はいつでもコードキャストが発動できるように身構え、ライダーの動きを見ていた。

 彼女の得意武器はあの拳銃。リップから距離を取られれば、圧倒的にライダーの独壇場となるだろう。

 ライダーから放たれる銃弾をその爪で防ぎながら、横薙ぎに振りかぶる。

 だが、その攻撃はいとも簡単にライダーに躱されてしまう。さすがはライダー、海賊だけであってその身のこなしがとても軽い。

 これではリップの攻撃はまず当たらないだろう。ましてやこれが3度目の戦いなのだ。

 ライダーからすれば、見慣れているリップの攻撃は回避できて当然なのだろう。

 

「くっ!」

 

 ともなれば、自分のコードキャストとの連携を使えば、多少の突破は可能になるかもしれない。

 後退し、マスターの隣に立つライダーとリップ。翔はリップに指示を伝える。

 

「わかりました。ですけど今は試したいことがあるんです。翔さん、私が前に出たと同時に筋力強化のコードキャストの使用を頼みます」

 

 彼の指示の前に一度試したいことがあるというリップ。ひとまずはあのライダーに僅かでも、隙を作らせないといけない。

 彼女がこのタイミングでそのようなことを言うのなら、何か考えがあるのだろう。リップの言葉に翔は頷く。

 

「わかった。やってみる」

 

 そしてそのまま前に勢いよく出るリップとライダー。翔は右手をかざし、リップへコードキャストを放つ準備をする。

 もしかしたらこちらが優位にたてるかもしれない、そう信じて自身に魔力を通す。

 

「『gain_str(32);(筋力強化)』!」

 

「やぁ!」

 

 翔が使ったのはサーヴァントの筋力強化のコードキャストだ。

 その恩恵を受けたリップが右手で拳を作り、ライダーへと構えると、その巨大な右手が勢いよく身体を離れ、ライダーに目掛けて飛んで行く。

 その光景に翔は驚きの声を上げる。あれは間違いなくロケットパンチだ。

 彼女の腕には、そのよう機構もあったのかと驚くが、感心している場合ではない。

 だが、向こうも翔と同じ反応のようだ。あの巨大な金の腕が飛んでくる光景を想像するなどあまり出来ないことだ。

 その腕から回避するライダーだが、その腕に一瞬でも注意を向けられたのをリップは見逃さない。

 

「『gain_agi(32);(敏捷強化)』!」

 

 その隙を逃さず、リップへ敏捷強化のコードキャストを使い、弾丸の如き速度の移動を手に入れるリップ。

 その速度でライダーの懐へ入り、左腕をライダーに振るうリップ。

 刹那、金属が交わる音と共にライダーの、右手の銃が宙を舞う。彼女の一撃はライダーにこそ直撃はしなかったが、武装を一つ弾き飛ばすことができた。

 そのまま流れるように左腕で一撃を放つリップだが……

 

「甘いねえ!」

 

 ライダーが即座に右手に湾曲した刀を振り抜き、その爪を受け流すように応戦。金属がこすれる音と共にライダーはその一撃を回避する。

 あれは、間違いない、切ることを重視した湾曲した刃を持つ剣『カトラス』。やはり持っていたかと翔は歯を食いしばる。

 まともに打ち合えば、あのカトラスは粉々に砕け散るだろう。それだけリップの爪とライダーのカトラスは武器の性能そのものに大きな違いがある。

 だがそれは、まともに打ち合えば……の話。正面から打ち合う事が出来ないのならば受け流す。それならば、カトラスが砕かれずにリップの爪を逸らすくらいはできる。

 

「アタシにこれを抜かせるなんてねえ。こいつは高くつくよ?」

 

 そして左手の拳銃からの、すぐの発砲。最早構え無しの早撃ち技。

 弾丸がリップの頭を貫かんと迫る。あの技を難なくできるあたりはさすがは英霊。

 自分たちは勝つためにここに来たのだ。この攻撃を止めて回避するしかない。

 敏捷強化が残ったリップはその攻撃を回避する。

 ライダーから距離を離れたと同時に、飛んでいった右手が戻り、再びリップに装着される。

 リップが追い詰め、ライダーが追い詰める戦いはまだ続く……

 

 

 

 

「少しはやるじゃないか。正直に言うと、お前がここまでできるなんて僕は知らなかったよ」

 

 リップとライダーが戦っている頃、こっちではマスター同士の戦闘が始まっていた。リップに敏捷強化をかけた直後に、慎二から翔に目掛けて衝撃弾のコードキャストを放ったのだ。

 実力では明らかに慎二の方が上だ。自分が回避しながら攻撃しても傷を受けているのは翔だけなのだから……

 

「だから思い知らせてあげるよ! 天才たる僕と君の実力の差をさぁ!!」

 

 コンソールのようなものを叩き、何かのプログラムを作動させる慎二。なにをした……

 それと同時に感じる別の気配。どこから襲われてもいいように身構える翔。そして起きた光景に翔は目を見開く。

 地面から現れるのは骨のみで構成された骸骨の騎士。そのどれもが手には剣を持っており、その全てが翔に向いている。

 

「しかもただの骸骨じゃないぞ翔! こいつらは竜牙兵だ!」

 

 竜牙兵。大地に撒かれた竜の牙より生み出されたという伝説をもつ兵士という事。

 人間ならば容易く殺せるという実力を持つ存在だ。そんなものが一斉に襲い掛かったものならば、翔では太刀打ちできない。

 だが、やらなければならない。竜牙兵は既に翔を取り囲んでおり、逃げ場は一切なくなっている。

 リップの助けは……翔はリップを見る。彼女はライダーと戦闘。翔を助けに入ればたちまちライダーの弾丸がリップを貫くだろう。

 一体の竜牙兵が翔に襲い掛かる。右手を竜牙兵に向け、コードキャストを発動する準備に入る。

 

「『shock(32);(弾丸)』!」

 

 今まで使っていたコードキャスト。その一撃を受けた竜牙兵は音を立てながら崩れ去る。

 だがまだ一体、それを皮切りに竜牙兵が次々に翔へと襲い掛かる。

 

「『move_speed();(移動速度強化)』」

 

 自身を移動速度を上昇させるコードキャスト。それによって翔はすぐさま今いるところを離れた。

 その刹那、自分の居た場所に剣が振り下ろされる。あれは自分を容易く殺す一撃になる。離れた所で冷や汗をかく翔。

 だが竜牙兵は一体だけではない。他の竜牙兵たちが次々に突きを翔へ向けて放ってくる。

 その攻撃をかわしながら、その場所を離れる翔。移動速度が速くないだけまだ幸いというところか……

 自身の弾丸のコードキャストで応戦しているがさすがにまずい。竜牙兵全てを自身のコードキャストで撃ち砕こうとするも……

 

「っ!?」

 

 翔がコードキャストを使用しすぎた反応なのだろう。一瞬だけその膝が力はいることなく地面へと着く。

 歯を食いしばり、立ち上がろうとするも、身体は反応しない。

 慎二にとっては絶好の攻撃チャンス。それを彼が見逃すはずがなかった。

 右手を上へ挙げ竜牙兵に命令を下す慎二。

 

「終わりにしようじゃないか。一斉処理」

 

 慎二の掛け声、そして右手を振り下ろすと共に一体の竜牙兵が翔の腹部へ剣を突き立てる。

 鋭い痛みが走り、目を見開く翔。それに続いて数十体の竜牙兵が翔へ剣を突き立てた。

 

「翔さん!?」

 

「よそ見している場合か!」

 

「くっ!?」

 

 リップがすぐさま、翔へ駆け寄ろうとするが、その進路をライダーによって阻まれる。

 あまりにも激しすぎる痛みのせいで貫かれた腹部を押さえ、両膝をつく翔。刺された部分からは鮮血が流れだし、周囲の地面を自身の鮮血で染め上げる。

 腹部からこみあげる感覚を飲み込み、歯を食いしばる。

 意識が薄れていく。だが倒れるわけにはいかない。必死に開けているその目で前を見つめる。その視界の向こうにいるのは慎二本人。

 このまま目を閉じればきっと楽になるだろう。ここで諦めればきっと楽になるだろう。

 

「諦める……?」

 

 いいのか、このまま終わっていいのか?

 いいのか、このまま諦めていいのか?

 いいのか、このまま彼女の、リップの思いを無駄にしていいのか?

 いいや、そんなの、そんなことなど……

 

「いいわけあるかよ……!」

 

 ここで終わらない。ここで終わらせない。

 無意識に虚空に手を伸ばし、その先にある何かを掴み、コードキャストをそれに流し込めば直後、突風が巻き起こり、翔を突き刺していた竜牙兵が吹き飛ばされ、周囲の竜牙兵も吹き飛ばされる。

 その突風は最早、暴風の域であった。ライダーこそには効果は薄いかも知れないが、竜牙兵全てを吹き飛ばすには十分すぎる暴風であった。

 地面に勢いよく叩きつけられ、消滅する竜牙兵。

 その光景、そして翔が手に持つその剣を見れば慎二は驚愕した表情を浮かべるのみであった。

 

「な、なんで生きているんだよ。それにその剣……まるで、お前がサーヴァントみたいじゃないか」

 

 慎二は即座にその剣の名前を思い出す。その剣を知らぬものなど誰もいない。

 人ではなく星に鍛えられた神造兵装。人々の「こうあって欲しい」という願いが地上に蓄えられ、星の内部で精製された正に『最強の幻想(ラストファンタズム)』。

 聖剣というカテゴリーの中で頂点に位置し常に『最強』とも言われている剣。

 その剣の名前は……

 

 ―――『約束されし勝利の剣(エクスカリバー)

 

 何故翔がこれを持っているのかはわからない。だがその魔力を感じたライダーは、素早く距離を取り慎二の隣へと立つ。

 

「いやぁ、あれはシャレにならない代物だよシンジ。こうなりゃ、アレ使って決めるしかないかもねえ」

 

「く……仕方ない。さすがにアレをくらえば生き残れないだろうしな」

 

 慎二とライダーが一区切り言葉を交わすと、慎二はすっと右手を前へ掲げる。

 その直後から感じる、魔力の違和感によって翔とリップは、彼らが自分達にとっての『とっておき』を使うことがわかった。

 

「ライダー! 宝具解放! 加減はなしだ!」

 

「あいよ! ここが命の張りどころってね! ヤロウども、時間だよ!」

 

 ライダーが高く飛び上がった瞬間、彼女の足元から巨大な海賊船が現れる。

 そして船首にはライダー自身、その出現に伴い、大量に現れる海賊船の群れ、それらすべてが彼女の宝具であった。

 あれこそライダーの宝具『黄金鹿と嵐の夜(ゴールデン・ワイルドハント)』。

 ドレイクの生前の愛船である主船『黄金の鹿号(ゴールデンハインド)』を中心に、生前指揮していた無数の小舟の船団を亡霊として召喚し展開する、ドレイクの奥の手にして日常の具現とも言える宝具。

 

「嵐の王、亡霊の群れ、ワイルドハントの始まりだ!!」

 

 火船を含めた、前方の海域すべてを蹂躙する面での攻撃。それら全てがリップを仕留めようと迫ってくる。

 まさに、リップと翔だけを倒す必殺の攻撃。

 防壁のコードキャストを使って防ぐのもいい。だが今の翔では防ぎきる前に防壁が砕かれ、彼の体に風穴が開く未来しか見えない。

 ともなれば翔に出来ることは一つだけ。なぜ持っているかわからないこの剣。この剣の力を借りるまでだ。

 

約束されし……勝利の剣(エクスカリバー)!!」

 

 リップを信じ、自分はその剣を振るう。振り上げられた剣から黄金が炸裂する。星の光を集めしその一撃はまさに究極の斬撃。

 だがしかしながらアーサー王の剣を持っても、彼の戦術、記憶までは与えられず、そして魔力も提供されない。

 なのでこの一撃を放てば翔自身が戦闘が困難になる。それでも彼はこの剣を放った。ただリップを信じて……

 リップがそれに応えるかのように黄金の中に飛び込む。光と大量の砲弾がぶつかり合う。

 翔自身も砲撃の嵐に飲まれてしまったかのように見える。艦隊の一斉射撃。

 

 

 

 

 慎二からは炸裂される黄金と今でも続く砲撃により、リップも翔も、そして自身のサーヴァントであるライダーすらも見えなくなっていた。

 だが慎二は確信していた。自身の持てる最高の攻撃を放ったのだ。完全に自分が勝ったと言ってもいい。

 今にも笑い出しそうだ。しかし笑うのはまだ早い。まだ翔のサーヴァントが敗北した姿を見ていないのだ。

 砲撃が止んだ。自分の目の前には勝ち誇ったライダーの姿が映るはず。慎二はそう信じていた。

 

 ―――だが

 

「かはっ……アタシにも焼きが回ったか……」

 

 慎二の目の前に写る光景は、膝をつき、必死に呼吸している翔。手に持っていたあの剣はいつの間にかなくなっている。

 あの翔を倒すのは造作もない事だろう。だがライダーの方を見れば驚愕の表情を浮かべる慎二。

 彼が見た光景は、巨大な爪によって身体が貫通し、霊核たる部分を抉られたライダー。

 リップが爪を引き抜けば、多量の鮮血を吹き出し、膝をつくライダー

 

「アタシに聞かせな……どうやってアタシの宝具を耐えた」

 

 ライダーにとっては自分の胸を貫かれたことより、なぜ艦隊の一斉射撃を耐えきれたのが疑問で仕方なかったのだ。

 

「翔さんのおかげです。あの人の攻撃が私の通路を切り開いた。それであなたに近づくことが出来ました」

 

「はっ……弱いサーヴァント2騎じゃあアタシの力もうまく使えなかったってことか……」

 

 リップに迫る攻撃を翔の黄金が薙ぎ払った。そのおかげでリップはライダーに一撃を加えることができた。

 ただそれだけだったのだ。マスターとの信頼がなければきっとそのような戦術など思いつくはずもない。

 あまりにも自身が描いた結末とはかけ離れた光景。

 慎二は叫び声を上げる。なぜ自分に勝利ではなく敗北がやってきたのだと。現実が彼を叩きつける。

 

「な、なんでだよ! なんで僕のサーヴァントが負けるんだよ! どう考えても僕の方が優れている! 天才たるこの僕が! 負けるわけにはいかないのに!」

 

 自分の宝具を使い、それでも倒れなかったリップ。それがどうしてなのか理解できなかった。

 負けたのはライダーのせいなのだ。そうであってほしいと思う慎二。決してこれは自分の慢心ではない。

 

「そうだ。全部お前のせいだぞ! エル・ドラゴ!」

 

「うん? ボロボロのアタシに鞭打つのかい? さっすがアタシのマスターだ。筋がいい」

 

 最早、喋るのがやっとなはずなのに、その身体で立ち上がり、慎二の近くへ寄るライダー。

 その様子からかなり無理をしていることがわかるのに、なお彼に喋ろうとするのは信頼故なのだろうか……

 

「なっ……そんな憎まれ口叩けるなら戦えよライダー! 僕が、違う……僕たちが負けるわけないだろう!」

 

「あー、そりゃ無理。アタシ、心臓撃ち抜かれたし、そろそろこの身体、消えるっぽいし」

 

 負けたサーヴァントとマスターは消滅する。実感がわかない翔であったが、改めてここで敗者の結末を付き付けられることになる。

 慎二が翔たちに向き直り、彼らを掴むように必死に手を伸ばす。

 

「そ、そうだ! お前に話があるんだ! 僕に勝ちを譲らないか! そうすれば―――」

 

 そこまで言いかけた時だった。まるで前にリップたちを阻んだ障壁のようなものが横からスライドしながら現れ、慎二と翔を分け隔てる。

 そして慎二の腕には黒いノイズのようなものが現れ、慎二の身体を侵食していった。

 唖然とした慎二の表情が、直後に恐怖に染まる。彼の手が、足が、身体が、消えていこうとしている。彼のサーヴァントと共に……

 

「な、なんだよこれ!? 聞いてないぞこんなアウトの仕方!?」

 

 慎二の背景全てが赤に染まっている。血に染まった地獄のような世界。

 そんな慎二をライダーはやれやれと言った表情で見つめている。

 

「聖杯戦争で敗れたものは死ぬ。シンジ、アンタもマスターとして、それだけは聞いていたはずだよな」

 

「し、死ぬってそんなの。よくある脅しだろ!? 電脳死なんて本当なわけ……」

 

 そのような言葉を言うライダーも、黒いノイズに飲まれ、消滅しかけていた。

 そんな現実が慎二を、助かる道はないという現実を付きつける。

 

「そりゃ死ぬだろ普通。戦争に負けるっていうのはそういうコトだ。だいたいなシンジ。ここに来た時点でお前ら全員死んでいるようなものだ。生きて帰れるのは本当に一人だけなんだよ」

 

 慎二へと向けられたライダーの言葉、だが彼女の言った言葉はここにいる全ての人にも当てはまる事だ。

 白亜にも、凛にも、そして、翔自身にも……勝者は一人、生存する者もまた一人。

 

「でもまあ、善人も悪党も最後にはみーんな、あの世行きだぜ? 別段、文句を言うようなコトじゃないだろ?」

 

 『だがねえ』と言葉をつづけるライダー。

 

「一番初めに契約したときに言っただろう、坊や。"覚悟しておけよ? 勝とうが負けようが、悪党の最期っていうのは笑っちまうほどみじめなもんだ"ってねぇ!」

 

 心から愉快そうに笑うライダー。悪党の最期、翔はフランシスドレイクの最期の伝承を思い出す。

 世界の航海者は疫病により倒れた。その死の直前、錯乱してだがかどうかは分からない。だが病床で鎧を着ようとするなどの奇行が目立ったという伝承を……

 黒いノイズがライダーの顔を覆い始め、その表情が分かることはない、そして顔半分までノイズが浸食され始めた時、翔たちに向き直るライダー。

 

「ともあれ、良い航海を。次があるならあの剣、アタシより強くなっていてくれよ? アタシは本業は軍艦専門の海賊だからねえ。自分よりより弱い相手と戦うっていうのはどうも駄目みたいらしいからねえ」

 

 こうして女海賊は苦笑しながら、ノイズと共に光となった。人類初の生きたまま世界を一周した英雄『フランシス・ドレイク』。

 世界の歴史を変えた星の開拓者は、消える直前まで楽しげに笑っていた。

 その最期は、慎二の結末を、もう逃れることのできない運命を物語っていた。

 

「あ、あわわわ。翔、お前、友達だっただろ! 助けてくれよなあ! 僕はまだ8才なんだぞ! こんなところでまだ死にたくない!」

 

 仮初の友人に助けを求める。まさに他人から見れば滑稽な姿だっただろう。

 そんな二人を分け隔てる障壁を立ち上った翔は触れる。

 この壁は強固だ。きっとリップの力を以ってしてもこじ開けることはできないであろう。だが仮初とはいえど、翔にとっては彼、慎二は、数少ない友人であった。

 きっと最初は自分を手駒にする予定だったのかもしれない。でも存在が薄いから友達になってやると声を掛けたのも彼だった。

 自分という人間を認めてくれた存在であった。

 そんな慎二が……この世から消える……

 

「……すまねえ慎二」

 

 俯いた彼からは表情が読み取れない。だが彼の顔から一粒の滴が落ちたのは分かった。

 例え仮初でも、記憶がいまだに戻らない翔にとっては数少ない友人であった。

 そんな彼を助けることができない。

 そして……

 

 ―――消えた。

 

 間桐慎二という人間。その存在も、その魂も……

 何も痕跡を残さずに、そして残ったのは、ただ一人の勝者のみ。

 聖杯戦争の一回戦は、こうして終結した。

 

 

 

 戦いは終わった。

 自分が勝った、そして慎二は負けた。

 その結果、慎二は死んだ。

 すなわちそれは、慎二が死を迎えたということ。

 それを目の前で見せつけられた。

 命が一つ、永久に消え去った。何の説明も何の価値もないまま、何も知らない翔の手によって。

 

「一回戦、終わったみたいね」

 

 エレベーターから出て、放心状態で窓から外を見ていたところ、遠坂凛がこちらを睨みつけていた。

 

「シンジはアンタと戦うって言っていたから、負けて死んだのはアイツのほうね。まあ命のやりとりなんて話、あのバカには未体験だっただろうけど、どう? みっともない死に様だった?」

 

「てめえ……! なにを……!」

 

 明らかに死者を、慎二を馬鹿にしたセリフに反射的に言葉を出そうとするも、彼女の眼差しが翔の続く言葉を遮る。

 戦場では負けたものがただ死ぬ。それだけの事なのだ。ライダーも言っていたではないか。

 誰もそんなことなどわかっている。わかっていて当然なのだ。分かっていない慎二や翔がただ異常なのだと。

 言い返せない自分に腹が立つ。なにも知らない自分に腹が立つ。翔はただ拳を勢い良く握りしめ、歯を食いしばる。

 

「ここで勝利した一人は、手にした聖杯でどんな願いも叶えることができる」

 

 だから、この場所に来た者達は、願いを、望みを、叶えたい願いがあると凛が続ける。

 そして、そのために、命を奪う覚悟も、奪われる覚悟も持っていると……

 自分に、そんな覚悟があるのか。翔は自身に問い詰める。

 そんな覚悟は……まだ自分には……

 

「まだその様子じゃ、記憶戻ってないみたいね。目的がないのはいいけど、覚悟ぐらいは持っておきなさい。覚悟もなしに戦われるのは目障りなのよ。もし死ぬ覚悟も殺す覚悟もなければ世界の隅で縮こまっていなさい」

 

「っ……」

 

 彼女の言葉全てが言うとおりだった。

 この場にいるものは皆、強い意志を持っている。

 そんな相手の前に流される覚悟の自分が戦えばどうなるのか。

 間違いなく自分は死ぬだろう。

 流されるままに戦っていては当然勝てないのだから……

 自分にはまだ記憶がない。

 自分には勝つ理由が存在しない。

 そんな自分が彼らの、戦う相手の願いを踏みにじり、そして殺す。

 そんな権利が自分にはあるのだろうか……

 凛は何も言い返せない翔にため息をつき、その場を離れる。

 そんな凛を、ただ翔は見つめている事しかできなかった。

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