Fate/Affection Doll   作:ラズリ487

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第8話 2回戦開幕

目的のない旅

 

海図を忘れた航海

 

君の漂流の果てにあるものは

 

迷った末の無惨な餓死だ。

 

 

……だが

 

生に執着し、魚を口にし

 

星の巡りを覚え

 

名も知らぬ陸地を目指すのならば、あるいは

 

誰しもは始めは未熟な航海者にすぎない。

 

骨子もない思想では、聖杯には届かない。

 

 

 

 

 2回戦、開幕。

 残りのマスターも128人から64人へと半分になった。

 昨日のうちに半分の命が失われた。

 朝、翔は自室のベッドで目を覚ます。昨日の言葉がいまだに心に深く刺さってる。

 慎二の死、そして投げつけられた凛の言葉、そのどちらも翔の心を混乱させるには十分すぎるほどであった。

 凛の言葉は正しい、だが、それを受け止めきれないのが今の自分だ。

 どちらかが死に、どちらかが生き残る聖杯戦争。

 凛はそれを自覚し、この魔術大戦に参加している、この戦いにいるものは、みんな強い意志を持って、この戦場に来ている。

 そんな相手を前に、成り行きなどで戦っていては、絶対に勝てない。自分はきっとどこかで死ぬ。

 なにより、自分にはまだ戦う理由が存在しない。

 そんな自分が、この戦場に立つ資格などあるのだろうか。

 こんな自分が悔しい、戦う理由なんて見つけられない、こんな自分がとても悔しい。

 気付けば視界までぼんやりとしてくる。ここで泣くわけにはいかないのに……

 戦わなければ生き残る事などできないのに、こんなところで泣いている自分が情けなく感じる。

 そんな翔に声が掛かる。

 

「翔さん? あんまり重く考えなくていいとおもいます」

 

「リップ?」

 

 この声はリップの声か。なんてことだ。リップに泣いている自分を見られてしまっている。

 こんな涙にぬれた自分なんかを見て愛想を尽かさないだろうか。そのようなことを考えている翔にリップは言葉を続ける。

 

「理由があるから強いとか、覚悟があるから立派とか、私は変だと思うんです」

 

 目の前にいる翔という人物には、まだ記憶がない。記憶がなくても、自分と共に戦っている。

 それは立派な覚悟ではないのか。翔が予選で死にかけた時、彼は目を閉じることを選ばなかった。

 そしてあの人物とサーヴァントに立ち向かう道を選んだ。

 それもまた覚悟がないとできないことだ。

 

「ですから翔さんは、戦う事が出来ると思います。それはこれからもずっとです。だからくじけないで下さい!」

 

 覚悟や理由など今はどうでもいい。『死にたくない』ということも立派な覚悟だと思うとリップは言っているのか……?

 それをリップに問えば、彼女は勢いよく頷いた。

 

「そうです! 『死にたくない』のも立派な覚悟です! それに、負けたら死んじゃうんです。私、翔さんには消えて欲しくないんです!」

 

 その言葉でそうかと翔は納得する。

 覚悟が持てなくても、前に進むしかない。

 もし死んでしまったら、それはリップの思いを無駄にするという事だ。

 自分は、一人のマスターを倒した。

 つまり、自分は勝ち残ったという事。

 どうであれ、ここで立ち止まることは許されない。自分は前に進むしかないのだ。

 

「ありがとうリップ」

 

「抱きしめることはできませんけど、元気出してください!」

 

 リップのその言葉に翔が微笑んでいると、ポケットの携帯端末から音が鳴り響く。となると自分が次に対戦する相手が決まったらしい。

 

『2階掲示板にて次の対戦者を発表する』

 

 やはりメッセージにはこう書かれてあった。ならば確認するしかない。

 翔がマイルームから出て、その掲示板に向かえば、再び紙が張り出されていた。

 1つは自分の名前、もう一つは……

 

 マスター:ダン・ブラックモア

 決戦場 :二の月想海

 

「ふむ、君か、次の相手は」

 

 いつの間にか隣に立っていた老人が翔に声を掛ける。

 髭も髪も、混じり気もない白。身体、顔には刻まれた老いの印である皺が刻まれている。

 しかし、この老人からは衰えらしきものは微塵にも感じられなかった。

 その強さ、長い年月に相応した風格は、まるで深く、長い年月を重ねた大樹のように……

 この老人、間違いなく強い。

 こんな自分が……この人物に勝てるのだろうか……

 

「……迷っているなその目は。案山子以前だ。そのような状態で戦場に赴くとは……決戦日、君の迷いが晴れていることを祈っている」

 

 彼はこちらを見ては残念そうに見ており、そして立ち去っていく。

 今の自分の心情すらも見抜くあの目は、歴戦の強者を思わせるかのようであった。

 あんな相手で勝てるのだろうか、だが負けるのなら、今度は自分が死ぬ。

 

「……見抜かれちゃいましたね翔さん。でも大丈夫です。励ましになるかはわからないですけど、私は翔さんを信じてますから!」

 

「はは、ありがとなリップ」

 

 戦って勝つ。それはわかっている。そうでなければ自分は死ぬのだから……

 だがそれは相手の命を奪うという事、その理由が自分の中には無い。

 今の自分は、気がつけば迷っている状態だ。

 本当は今すぐにでも、この迷いを捨てたい。そうすれば思い悩むはずもないのだから……

 リップも自分の言葉に頷いていたではないか。『死にたくない』というのも立派な覚悟だと。

 こんな自分にリップはついて来てくれる。ならば彼女の思いを無駄にはしたくない。

 この聖杯戦争に参加した以上。自分は立ち止まることは許されない。

 

 

 

 

「あら、翔くんじゃない。こんなところで会うなんて奇遇だねー」

 

 校庭に出て、歩いていれば、見慣れた女性に声を掛けられる。

 あの姿は志波白亜だ。物覚えが悪い翔だって、同じ顔を見続ければ名前と顔は一致する。

 笑顔で手を振る白亜に対して、翔もまた手を上げる。

 

「よお志波。おはよう」

 

「おはよう翔くん。それにしても君の対戦相手を聞いたよー? 現役じゃあないけどダン・ブラックモアは名のある軍人さんらしいよ? 西欧財閥の一角を担うある王国の狙撃手だったってさ」

 

 対峙しただけでわかったあの重圧感。翔ですらこの人物は強いと思わせた人物。

 今考えてみれば、あれは修羅場をくぐり抜けてきた目だ。まさに強者と言ってもいいほどの……

 しかし、まさか本当に軍人だったとは、彼はどのような事をしていたのだろうか。

 気になった翔は白亜に聞いてみる。

 

「うーん、私も記録でしかわからないけどさ。匍匐前進で1キロ以上進んで敵の司令官を撃破したりとか並の精神力ではないことは確かだね」

 

 匍匐前進で1キロ、それは普通の人間にはどう考えてもできないことだ。

 そして西欧財閥、確かレオが次期盟主とか言われているところだったような……

 

「まあ、とにかく気をつけなきゃいけない相手ってこと。宝具があっても、狙撃とかで死んじゃったら死にきれないしね」

 

「宝具……? 慎二とライダーが使っていたアレか……?」

 

「いやいや、私に聞かれても困るんだけどさ。なんでそんな顔してるの? 宝具だよ?宝具。アーサー王ならエクスカリバーとかそんな感じにサーヴァントをサーヴァント足らしめる絶対的な力だよ?」

 

 エクスカリバーなら自分が使ったからよくわかる。あの威力は尋常ではないぐらいに強い。だがサーヴァントをサーヴァント足らしめるとはどういう事なのだろうか。

 問い詰めてみれば、白亜はポカンとした表情でこちらを見つめていた。

 

「え、もしかして、君がエクスカリバー使ったの?」

 

「ああ、そうなるな」

 

 白亜は『ほほぅ』といった感じで翔を見つめる。あの時のライダーとの戦いは、自分のエクスカリバーでライダーの宝具の突破口を作り、そしてリップが隙をついてライダーを倒したのだ。

 しかし、それはほかの人から見れば驚愕の事実らしい。現に白亜は興味関心に翔を見続けている。

 

「……少し君の事、気に入ったかも。まあまあ同じ存在同士、仲良く行くとしましょうよ!」

 

「あ、ああ……よろしくな」

 

 そういってヒラヒラと手を振って、ふらりと消える白亜。

 彼女の同じ存在という言葉が少し引っかかったが、それはきっと聖杯戦争の参加者という意味であるだろう。

 ダン・ブラックモア。軍人であり、白亜の言っていた精神力の持ち主であるならば情報収集もきっちりと手を付けなければならない。

 それを怠れば、間違いなく自分は敗北するのだから……

 

 

 

 

 白亜と別れ、そろそろアリーナへ向かおうかと考えていた時、見慣れない姿の子がこちらに向かって歩いて来る。

 その姿は、褐色の肌色をしている、紫色の髪、そしてその髪と同じ色をした瞳に、胸元が大きく開いた白い服に身を包んでいる少女。

 あの少女は誰だろうか、少なくとも今までに翔は会ったことがない。そして翔の前まで来たかと思うと『ごきげんよう』と言い、ペコリとお辞儀をする少女。

 

「私はラニ。警戒しないで下さい。私はあなたの対戦者ではないです」

 

 機械的な表情が印象的な少女だが、こうやって言葉を聞けば、済んだ鈴のような声に感情が少し乗ったことで彼女が同じ人であることに安堵する翔。

 しかし、あちらのラニという少女はこちらを知っているような雰囲気を感じる。なぜだろうか……

 

「あなたの照らす星を見ていました。他のマスター達も同様に詠んでいたのですが、あなただけが、霧に隠れた存在。どうか答えてください。あなたはなんなのですか?」

 

 星を見た。けど自分の星は霧に隠れた存在。この少女が言っている事、他の人から見れば何のことだろうと思うだろう。

 だが翔にはなんとなくだが、その意味が分かった。これはきっと過去の事を差しているのだろう。

 未だに記憶が戻らない自分、そう考えれば納得はいく。だがそれは自分が一番知りたいことなのだが……

 

「正体を隠すのですか? ブラックモアの前ではあんなに無防備だったのに」

 

「なっ……!」

 

 見られていた。咄嗟に後ずさりしてしまう翔。

 あの場には自分と相手しかいなかったはず、翔が不審に思ったのをラニは気付いたのだろう。それに気付いたのかラニは言葉を続ける。

 

「警戒しないで下さい。私はあなたの対戦者ではないのですから……星が語るのです。あなたの事を、私はただ、それを伝えただけ」

 

 星を詠むといえば、占星術辺りが候補に挙がる。となると彼女はそれらを習得した魔術師……ということだろうか。

 ただ一つ分かる事と言えば、彼女からは敵意は感じられない、ということだ。

 

「師は言いました。人形である私に命を入れるものがいるのか見よと。ですので協力を要請します」

 

 蔵書の巨人(アトラス)の最後の末として、私はそれを示したいとラニは言葉を続ける。彼女がなにかを知りたいという意思はわかった。

 だが協力と言っても、何をすればいいのだろうか、ラニにそれを訪ねることにする。

 

「彼の遺物を見つける事が出来ましたら、私のところに持ってきてください。星の巡りがいい晩に詠む事が出来るでしょう」

 

 彼女は星を詠むことができる。そしてブラックモアと会っていることを考えれば彼女に隠し事は通じないだろう。だが必要以上にこちらの情報を開示しなければいい協力関係になれるかもしれない。

 

「わかった。気が向けば持っていくさ」

 

「わかりました。それでは……」

 

 背後を向き、歩き出すラニ。不思議な少女ではあった。だが少なくとも翔は敵意は感じなかった。

 もし本当にダンの情報が分かれば彼女に協力するのもありだ。少なくとも彼らに関係する何かを見つけれれば、翔は持っていくつもりではあった。

 そして、彼らの様子をそっと木の上で見ている男が一人いた。

 その姿は緑衣のマントに軽鎧に身を包んだ痩躯の男。

 

「そんなに隙だらけだと、誰かに狙われちまうぜ? 回りくどい手はナシ、このとおり真っ直ぐ勝負を決めに行く。オレは嘘は言ってないぜ?」

 

 その男が短弓を構えば一人の人物に狙いを定めた。彼の狙いの標準は寿々科翔ただ一人。

 

「一丁上がりだな。これで」

 

 そのまま放たれた弓は、翔の頭へまっすぐに向う。風を切る音が一瞬、校庭を響く。

 その瞬間、翔の前に霊体化を解除したリップが飛び出て、翔に向かう矢を自身の腕で弾く。

 狙った矢は、リップによって防がれた……だが。

 

「おーうまいことうまいこと、だが矢が一つだけだと思ったかい?」

 

「なっ!?」

 

 リップが背後を見れば、腕を押さえて、膝をついている翔が目に映った。

 彼の抑えているところを良く見れば、僅かな傷が刻まれているのが分かる。

 苦痛と吐き気を堪える翔。そして襲い掛かる苦痛。

 このまま時間が立てば翔の身体は蝕まれ、立つことすらできなくなるだろう。

 リップは奇襲には対応することはできた。だが隠されたもう一本の矢は気付くことが出来なかったのだ。

 二つ矢、これほど正確な射撃を可能とする英霊など……敵はアーチャーで間違いないだろう。

 この情報をなんとしてでも生かす、リップの思いを無駄にしたくない。その意思だけで翔はその場から離れようとする。

 

「掠り傷でも十分なのさ。そのうち呼吸もできなくなる」

 

「ぐっ……」

 

 込み上げてくる何かを堪え、震える足を無理矢理立たせる。

 まだ歩けるのだ。指も震える。校舎の中に逃げ込めば何とかなるだろう。

 意識を手放せと脳が告げてくる。そうすれば確かに楽にはなる。

 

 だが……

 

 それを受け入れたら駄目だ。リップは自分に消えて欲しくないと言った。ならばそれに応えてあげたい。

 だから歩き続ける。生きるために。

 アーチャーから受けた毒は既に体の自由を奪い、なんとか意識を保つだけで精一杯だった。

 僅かでも足が動くうちに、保健室に……

 少し耳を傾ければ、弓を弾く音が聞こえる。リップがアーチャーから、翔を守っているのだろう。

 

「ヤロウ……たどり着きやがった。こりゃちょいと予想外だ。あの体で動けるとはぁ、考えてもいなかったな。いやぁ、まいったまいった」

 

 アーチャーが何かを言っているが、翔の耳には入ってくることはなかった。ただそう言って校舎に入る翔たちを見つめるアーチャー。

 彼は確信している。校舎内に入ってマスターが死んだとは到底思えない。

 間違いなくあのマスターは生きているだろう。毒をくらってもなお歩き続け、校舎に入って見せた精神力。それを見ていれば、彼が毒で簡単にはくたばらないだろうと思ったのだ。

 

「ここで仕留めれたらよかったんだけどねえ……いやいや全く面倒なもんだぜ。こりゃ帰ったら叱責確定だなこりゃ。奇襲バレてるだろうし」

 

 面倒くさそうにアーチャーはため息をつき、帰路に付く。

 帰路に付いている最中、アーチャーは思った。あの対戦相手の翔の事だ。

 彼は間違いなく強敵だろう。正直、毒をくらってもなお生き延びるのはアーチャーにとっては想定外の出来事であった。

 あの精神力、下手すれば自身のマスターでもあるダン・ブラックモアといい勝負をするのではないかと……

 この先間違いなく起こるであろう出来事に、やれやれといった雰囲気で首を傾げれば帰路に付くアーチャーであった。

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