左利きのキャッチャー   作:MAKOTO@

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ゆっくり更新。
暇つぶしにどうぞ。

修正中です。(2020.2.9)


1-1

「は?」

 

 うっかりと溢れた声は3歳児には似つかないような低い声だった。

とてつもなく衝撃的な出来事から3年ほど経った。もうあれほど驚くことはないと思っていたが現実は甘くないらしい。

小さい脳みそでは処理は追いつかず、テレビの野球中継ではしゃぐ父親とは対照的に私は静かに放心した。

意識を取り戻した後の心境歓喜だったことだけは覚えている。

 

 

 実はこの3歳児は生まれ変わりを経験した。ある日突然、何の脈絡もなく赤ん坊になってしまっていたのだ。だから、それはもう驚きのあまり泣いて泣いてまるで赤ん坊のごとく泣いた。生まれ変わる前の彼女は大学受験間際の一般的女子高生だったはずだ。

 多少驚いて、訂正、大変驚いてお恥ずかしいことに泣いてしまったがしょうがない事である。夜勉強して起きたら、赤ん坊になってるなんて誰も予想できないだろう。夜に泣くことだけは自重した。日に日に隈が酷くなる今生の母親を見たら自然と涙は止まり始めた。

 死因は過労死だろうと彼女は予想した。やはり追い込みのための三徹は良くなかったらしい。彼女は3日目の夜に意識を亡くしポックリと逝ってしまった。今生では何が何でも徹夜は2日だけにするとなんともむなしい決意を胸にする。

 なんともあっけなく死んでしまった彼女だが、今生では彼と言った方が正しいのである。いやあ、びっくりしましたと彼女は割と冷静だった。本当になぜだかアレが付いていた。初めて見たものは看護師の顔でも母親の顔でもなく悲しいことに男の象徴だった。

 

 石の上にも3年、この言葉が骨の髄まで染みる。小さくなった体での生活がこれほど大変だと思わず、苦労の連続は想像以上だった。歩くのも食べるのもこの体では大仕事である。たとえば、ハイハイ歩きから、ひさしぶりに立ち上がろうとすれば高校生と幼児の重心の違いで上手く立てない。腕と口の距離感が非常に分かりにくく、取りづらい。その度に、すっ転んだり、口元からボロボロと食べ物が溢れた。

 欠かさず世話を焼いてくれた母親には一生頭は上がらないだろう。だが、そんな私も男のトイレの仕方くらいは慣れたものだ。これはただのホースと考えることにした。私はすっかり慣れてしまったトイレを済ませてリビングに戻ると、いつも騒がしい父親が、いつもよりも騒がしい。

 どうやら、テレビをご鑑賞中のようだ。どうもこの父親は野球好きらしい。前世では2人の兄が野球に夢中だった。高校時代は、甲子園を目指していた2人の兄の野球談義はいつも流し聞きしていた。

  今生では残念ながら兄はいない。だからこそ父がよく私に構うのはそのせいだろう。

 

「おーい、歩純(ほずみ)、こっち来てパパと一緒に甲子園見るぞ。」

 

 遅れながら、彼の名前は前世でも歩純だった。父が生まれた時に歩純の顔を見てふと閃いたらしい。

 それにしても父親がグイグイと服を引っ張るのはやめてほしいものだ。服が伸びて怒られるのは歩純である。幼児が大の大人に力で敵うわけもない。さすがに父も力加減はわかているのかいないのか、天然な部分が多い父にはゆくわからないというのが、歩純の素直な感想だ。

 

ニコニコと息子を持ち上げて脚の上に乗せながらテレビに熱中する姿は二十代半ばにはまったく見えない。これも親孝行の1つかと思い、素直に父親の上に座り背中を預けてテレビを見ることにした。

 

『6回の表、今回2点を取られてしまった背番号1番のエース、片岡鉄心 。気合のピッチングを見せ、なんとか攻撃を凌ぎ切りました。』

 

 「は?」

 

 歩純からうっかり低めの声が出てしまった。いままで優良な息子を演じていたが、危うくすべて無に還るところだった。

 

 生まれ変わったことで子供らしくしない子供だと自分でも自覚していた。さすがに3歳児と元女子高校生がまったく同じ言動とはいかないだろう。

わがままも言わず聞き分けの良い子供。

そのため大人にはよく褒められたが、苦笑いするしかない。実は猫かぶりした良い子を演じていた節のある歩純である。

 

 話を戻すが、片岡鉄心とは言わずもがな『ダイヤのA』に登場する鬼監督のことである。ダイヤのAは前世で兄達の持っていた漫画の1つだった。2人の兄は元高校球児で漫画好きだ。一年のほとんどを自宅から遠い高校の寮で二人とも過ごしていたから、会う機会はめっきりと減っていたが、少し歳のは慣れた妹を邪険にせずよく構ってもらっていた。もう会えないことを考えれば、不意にとても寂しくなることがないといえばウソになる。

 

ちょくちょく兄達の部屋に入り浸り漫画を暇つぶしに読ませてもらっていた。一度読めばするりと内容を覚えていられる上質な脳をしていたためかしっかりと覚えていた。

 一度読んだ漫画は2度は読むことはないために、2人の兄達によって次々と新しい漫画が追加されるたびに読破していった。そのなかでもお気に入りはダイヤのAである。歩純にとっては珍しくかなり読み込んでいた。アニメなどは滅多に見なかったがこの漫画に関してはアニメ化を心待ちにしていた。

 もし歩純が男で子供の頃にこの漫画を読んでいれば、間違いなく野球を始めていたほどに好きだ。だから生まれ変わり男だと分かった時には嬉しさが強かった。これで野球が出来るじゃないかと。

 それほどに好きな漫画の中に登場する人物の1人が片岡鉄心だ。今テレビの実況解説が名前を口にし、つい懐かしくなりうっかり口元が緩んだ。同性同名で更に投手をしている状況に原作ファンとしてはテンションが上がる。それがたとえ全く別人の空似でも構わない。

 

『2点を追う青道高校、気合の入ったピッチングを見せたエースにバットで答えられるのか!?注目の6回裏が今始まります。』

 

「は?」

 

 またしても低い声が3歳児から飛び出てしまった。父が歩純のことを二度見してきた。続く実況解説と画面に映しだされるエースの顔を見て被っていた猫かぶりが取れかけた。危ない、危ない。

 

よくよくテレビを見れば鬼監督の若い頃の描写にソックリだ。他人の空似だとしても似すぎている。青道高校、片岡鉄心、この2パーツが揃えば出される結論はひとつだ。

うーむ、どうやらただ生まれ変わるだけでなく、漫画の世界に生まれ変わってしまったらしい。

 

 放心状態から回復した私は父親の脚の上でじっくりと考えた。父親の上では妙に落ち着いて、思考することができた。父親にこんな能力があったとは知らず、初めて父親を尊敬したが、落ち着く理由は謎である。父は偉大ということにしておいた。

 まあ思い出してみると、私のよく知る元の世界ではないことの手かがりはいくつもある。受験生の性でついつい前世で志望していた大学を探してしまうことがあった。お正月の駅伝とか、3歳児の主なソースはテレビである。

 そこで知ったのは有名大学と有名高校が知らない名前ばかりで、どうやら私は少し違う地球の日本に生まれ変わったらしいとその時は思った。一番の理由はテレビに映る人の髪がピンクや白の時点で明らかに元の世界では無かった。でも誰もたいして頭髪の色について不思議がってなかったし、些細なことかと思って気にしてなかったが、まさか伏線だったとは、さすがに思わないだろう。

 

 

 




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