左利きのキャッチャー   作:MAKOTO@

5 / 5
暇つぶしにどうぞ




5話_バッテリー(後半)

 緑に囲まれたグラウンドで対峙するのは彼らにとっては因縁の相手だ。昼下がりの気温はそろそろ頂点に達し、皆一様に汗が滲み出ている。さらに白熱する試合の緊張感に当てられ選手と観客共々に体の奥が熱くなるようだった。ジリジリと燃えるような空気が周囲に漂った。

 いつも通りの長閑な雰囲気が漂う施設内とは裏腹に、グラウンドでは少年達がプライドを賭けて競い合う。

 そんな古びたグラウンドにぽつんと置かれたダイヤモンドも既に2つ埋まり、バッターボックスで迎えるのは4番の主砲だ。この打席を抑えられるかが歩純と栄純バッテリーにとっての正念場になりそうだ。

 4番主砲の剛力 武史は所属する野球クラブ内で将来を期待されるほどのポテンシャルを秘めた3年生である。彼は同年代の中でも特に早熟した体格の持ち主だ。その体格を生かしたバッティングセンスの良さが監督、コーチに買われている。

 既に同学年との勝負では負けしらずで、5年生6年生の選手すら近いうちに追い抜かすのでは囁かれているほどだ。そんな彼にとって単純な打席勝負は得意分野とも言え、普段通りの彼ならばまず間違いなく負けることはない。

 だが、この時ばかりは頭に血が上り冷静な状態とは程遠い。歩純が分析した見立てでは勝敗は五分五分といったところである。

 

 バッターボックスに入るとき、武史はチラリと歩純に視線を送った。相手ピッチャーのことも気になるのだが、武史にとって1番に気になるのは歩純だ。

 気になる理由の1つは、草試合で対戦する相手にしては高すぎる捕球技術に虚をつかれたことである。

 そしてそれだけではなく、実は武史が初めて歩純を目にした時、歩純の性別を勘違いしてしまっていたのだ。少年にとって初めて少女に目を奪われた経験は淡い初恋となるはずだった。

 だが、その後すぐに歩純が男だと判明し数十分で初恋が終わった。ある意味で被害者とも言えるが、そのことになんとなく納得のいかない武史は歩純達に突っかかり始めたのである。

 子供同士の喧嘩の原因など本当のところはそんなものである。

 

 武史は打席へと入る前にいつもの様に数度素振りを繰り返す。彼特有のルーティンだ。空を裂くような鋭いスイングに一同は息を飲んだ。

 そのバットから鳴る音は明らかに今までの打者とは一線を画す。

 スイング音を最も近くで聞くことになる歩純は自分の読みの甘さを痛感した。いままでの言動から彼の冷静さを欠けば勝機が見えると思っていた。

 しかし、たとえ頭に血が上っていようとスイングの質自体は劣化しないらしい。加えて、ここにきて急成長しているとはいえ栄純は試合慣れをしていない。

 そのことが負けを引き込む可能性は十二分にある。先程までの栄純の勢いもあの素振りを見た後では僅かに衰えかけている。

 勝敗を五分と読んでいたが、歩純は確率を四分へと下降修正した。すこし分の悪い勝負になりそうなことに若干の気後れを感じる。が、そのことを一厘すら雰囲気に出さない様子はさすがとも言える。

 相手打者に弱気なところを感じさせることはおろか、栄純にすらそのことを察知されることは許されない。

 なぜなら歩純の心情に栄純は敏感に影響される。この勝負で鍵となるのは間違いなくハートの強さだろう。もし弱気な心が栄純に伝播し、すこしでも負けると感じれば途端に相手の気迫に飲み込まれる。

 だからこそ、歩純は気丈に、まったく負けるとは思ってもいないように振る舞う必要があった。チーム全体をプレーで焚きつける歩純のキャプテンシーの小さな発芽だ。

 

 大丈夫だと伝えるように歩純は胸を叩きながら、栄純に視線を送る。

 2人の目が合えば言いたいことはすぐに相手に伝わるはずだ。

 大丈夫だ、落ち着け。

 そう伝えれば、幸いにも栄純の目に力強さが取り戻される。堂々とした歩純の姿に栄純だけでなく、赤城小全員が覚悟を胸に決める。

 全員の腹は括られた。今一丸となってこの打者を打ち取るのだと。

 スー、ハーと空気を入れ替える栄純の息遣いまで聞こえてくるように辺り一面静まりかえる。誰かがゴクリと唾を飲み下した。そして、静寂の時間は終わり誰もが注目する第1球目が今投げられた。

 

 

 右打者の外角低めに決まったボールはギリギリストライクといったところだ。際どいコースの良いボールである。

 おそらく偶々入ってくれたといって良い。対する打者の武史はいいコースに決まったボールに思わず渋面する。外から見るボールと近くで見るボールの違いに心が踊る。

 コースがストライクゾーンであることに異論はなく、むしろ武史はピッチングフォームに違和感を覚えた。ほんの僅かだが栄純の左手が遅れて見えるスタイルに関心する。

 初めて見るフォームに驚きつつも武史は的確にそれを見極め始めた。すでに憤りや侮りといった負の感情は薄れて、純粋に勝負を楽しむ余裕が生まれ始めていた。

 本来の彼は情熱と冷静を組み合わせたスラッガーだ。その怪物の顔が次第に覗き始めた。

 

(不味いな、相手の打者が勝負を楽しみ始めた。これではただの実力勝負になるな。つまり栄純と相手のお互いの勝負強さが試されるってことか。)

 

 この場面で栄純に求められるのは今まで以上の一球。対して、武史に求められるのは今まで通りの一振り。

 相手は落ち着きを取り戻し始め、スイングに迷いがない。こちらの形勢が一気に不利に傾いたことで、歩純は一考し覚悟を決める。

 ここからはこれまで以上に厳しくコースを責めて勝負する必要がある。栄純の成長をさらに促し、こちらの想像を超えてもらわなければ困る。

 だが、歩純自身リードに関してはまだまだ初心者だ。キャッチャーとしてどのようなリードが投手の成長を促すかなど分からない。今使えるものといえば、これまで栄純と一緒にいた思い出と前世の知識くらいだ。

 それをどう活かすのか歩純のキャッチャーとしての素質、ひいては人を導く力も試されているのである。

 

 2球目、歩純が構えるのは先程と同じコース。

 に見せかけた半歩分だけずらしたコースである。迷わず振ってきた武史に対してボールは内に差し込むように変化した。

 癖球がさらにバットの芯をずらしたのだ。どこにブレるか分からない癖球だが、運は歩純達に向いているらしい。

 豪快に振り抜かれたバットだがボールはファールだ。

 そして、たった2球目にして武史が栄純の球質に気がついた。外からの観察とバットから伝わる感触のみでこの男は判断した。ことバッティングに関してこの男もまた天才の1人と言えるのだ。

 

「なるほどな。あいつの球はもう分かったぜ。次は打つ。」

「そう簡単には打たせないよ。」

 

 返球する歩純に宣言するように武史が話しかけた。それだけを言い切り、おもむろに打席横で素振りし始める。その顔つきはまさに真剣そのもので、正に強打者といった圧倒的な威圧感を放つ。

 

(怖気付くなよ栄純。お前なら超えられるはずだ。)

 

 たとえどんなに強打者であっても原作の栄純は真っ向から立ち向かった。

 今はその彼とバッテリーを組んでいるのだ。よく考えてみればなにも怖気付くことはないと、歩純は笑みをこぼした。

 突然の花を咲かせるよな笑顔に一同は困惑する者と、赤面する者の二者に分かれた。武史は危うく初恋の感情を思い出しそうになり、慌てて目を背けた。

 そして、歩純の正面にいた栄純にもこの気持ちは伝わっただろう。なにせあの幼馴染はいつもは鈍感な癖に、大事な時ほど機敏に感情を察知するのだ。

 

 第3球目、構えるコースはインコースだ。外れても良いから強気で投げろと言葉に出さずとも栄純に伝える。

 カウントはツーストライク、ノーボールこちらに有利な場面だ。一球くらいは外れても良い、むしろ的を絞らせないようにするには効果的だ。

 初めて厳しく構えられたインコースに戸惑いつつも、栄純はリードに従いグローブに向かってへと投げる。だが、ボールは内に大きく外れた。

 打者から文句が来るが歩純は相手にしなかった。そんなことよりもむしろ今の一球は栄純の気持ちが前面に出た良いボールに右手が痺れる。初めてのコースにいつも以上に気合の入れたのだろう。歩純は球に込められた思いをしっかりと受け取れた。

 栄純のテンションも充分となり、ここらが勝負の大詰めだ。

 歩純は迷いもなくど真ん中のコースにグローブを構えた。博打でもなんでもない。

 おそらく栄純の気持ちを乗せるにはここが一番良いはずだ。

 

 

「っ!!」

 

(こういうの好きだろ?なんにも考えなくていい。僕が全部受け止める。だから栄純の最高の球を頼む。)

(ははっ、ど真ん中って。やっぱり歩純は最高だ。心臓がもうめちゃくちゃだぞ。本当に俺は歩純とならどこまでもいけるかもしれない。)

 

 真ん中に構えた歩純を見て最初は驚いた栄純だったが、しだいに口元が緩み始めた。相手バッテリーの様子が変わったことに武史は怪訝に思うが、切り替えて集中する。

 武史もまた次の一球で仕留めるつもりだ。そのためにランナーにはサインを送っていた。

 

 第4球目、ど真ん中に構えた歩純に応えるべく栄純は自分の全てを出し切る。今の自分が歩純からの期待に応えるにはどうすればいいのか。

 栄純は本能的にあの一投をやはり思い浮かべた。栄純の記憶の中でも印象深いのは初めて歩純と会った時とあの一投だ。

 両者とも比喩ではなく栄純の人生を変えるものであったのは間違いない。

 

(右手の壁、身体の溜め。右手の壁、身体の溜め。)

 

 フーと大きく息を吐いた栄純は既に歩純のグローブしか見ていない。1球に対する集中力は今まで以上に高められていた。歩純のアドバイスを頭の中で無意識にリピートさせる。

 

(そういえばあの時、俺ならもう投げられるって歩純言ってたな。じゃあ、やっぱり何も心配することはなかったのか。)

 

 一度タイムをとったあの時、歩純は自信を持って出来ると言った。

 栄純にとって最高のピッチングはあの一投。それを自慢の幼馴染ができると言い、それを信じて待ってくれていると言うのだ。

 ここでやらなければ漢ではないと、栄純の心は決意に満ち溢れた。

 

 第4球目。

 右足を大きくあげ、最高点で停止する。一切ブレることなく停止する姿は誰もが見惚れるほどだ。日差しに照らされながらも疲れを見せることのないピッチングに観衆は感動すら覚える。

 圧倒的な威圧感を放つ打者に対して、栄純は真っ向から立ち向かう意思を込めてボールを振るう。極限まで溜め込まれた下半身のパワーは左手に伝達される。

 かつてないほどに引き絞られた左手は原作の姿と相違ない。柔軟な身体を捻らせて、鞭のようにしならせる左手。

 栄純のここ1番の勝負強さがよく現れた一球だ。

 そして、原作を駆け上がるように成長した栄純に歩純は今までの自分の行動を恥じた。

 栄純はこれほどまでに成長できる。

 それに自分の都合を押し付けるのはあまりにも身勝手だと思えたのだ。

 その時、2人のランナーに動きがあった。

 

(チッ!エンドランか!)

 

 栄純が振りかぶって投げるのを見て、走者は一斉に走り出した。相手もまた武史のバッティングを信頼しているのだ。大事な場面で打てないほどの男ではないと認めていた。

 迷うことなく走り出した様子に後悔などしている暇もなく歩純は次の行動を考える。

 

 栄純の手から離れたボールは綺麗なスピンを描きなが真っ直ぐ進む。途中で加速するような錯覚を起こすストレートは打者の手元で大きくノビた。

 偶然にもフォーシームの握りとなっていた。

 最高のボールが打者の内角を抉る。

 

(ク、クロスファイヤー!)

(本当に栄純は原作を一段飛ばしで駆け上がってるな。)

 

 打者と捕手の両方を驚かせたボールは気持ちのいいほどの音を立ててグローブに収まった。

 武史のバットは目測を狂わせるほどに、手元でノビた栄純の球を捉え損ねたのである。彼にとって最高のスイングと自負できるほどの一振りが栄純の想像以上のノビに負けたのである。

 バッテリー初めての三振は一生忘れられない一戦となった。

 両者共々どちらが勝ってもおかしくない勝負である。ただ今回は栄純に軍配が上がっただけだ。

 偶然の重なりで勝利を手にしたが、運も実力の内だ。栄純の気持ちの強さが勝利を呼び寄せたのである。この打席での勝利の女神は栄純と歩純に微笑んだ。

 

 興奮覚めやらぬまま、歩純は捕球した球を素早く送球しにかかる。飛び出していたランナーは武史の三振に思わず硬直する。このチャンスを歩純が見逃すはずはない。

 一塁と二塁、どちらに送球るかと問われれば二塁だ。ファーストはまったくの初心者が守っている。そのためベースカバーに入れていない。その点二塁へはセカンドがカバーに入る体勢をとってくれている。

 チーム内で1番心配性だった男がファインプレーを見せていたのだ。ランナーが送球の速さに驚く暇すら与えず、歩純は二塁を刺す。

 そのままセカンドがタッチし、あっという間にスリーアウトチェンジだ。

 

 観客と選手は一連の流れに興奮が抑えきれない。栄純の好投、武史のスイング、歩純の送球。地味だったがセカンドのがカバーも野球通の施設職員には評価された。どれもまるで本物の試合のようで観客すべてをハラハラとさせるほど虜にした。

 

 栄純が赤城小メンバーから祝福を手痛い受けているの様子を歩純は嬉しそうに眺めた。興奮する友達に遠慮なく背中を叩かれているが、栄純も嬉しそうに笑っている。叩かれるは勘弁だと思っていたが、次の祝福先は歩純であることをまだ知らない。

 

(お前らいいバッテリーになるぜ。)

 

 一方で武史は悔しさを滲ませていた。歓喜を爆発させる相手チームを見るのは慣れている。

 だが初めて同年代に負けたのだ。今まで負けたチームには年上ばかりだ。

 さらに自分の力不足を痛感されるような負け方だ。悔しくないわけがない。

 ただ自分の最高のスイングだったことは胸を張れる。それゆえに清々しい気分でもある。武史にとってこれからの目標が明確にあの2人となった瞬間だ。負けず嫌いの彼はこれからより一層の練習に励むことを心に誓った。

 その様子にチームメンバーは慰めるよりも、自分達の守備に備えることにした。打席に入る前は1番打者も武史のことを馬鹿にしていたが、あの勝負の後では口を紡ぐほかなかった。4人打席に入った中で自分が1番役に立ていないことが明白だったのだ。彼もまた密かに悔しさを滲ませていた。

 

 そして、ピッチャーを務めるのは協議の結果、武史に決まった。彼が選ばれた理由は彼がメンバーの中で1番マシだったからだ。いつもの彼の守備位置はファーストである。彼に比べれば、栄純のほうが幾分か投手としての質は上だろう。体格を生かした重い球が一番の選考理由だ。

 そして迎える1番打者は歩純だ。

 武史チームの予想では中心核である栄純か歩純がクリーンナップを務める予想を立てていた。予想が外れ、もしかすれば優秀な選手が他にもいるのではとの思惑が湧き上がる。

 しかし、もしそうだとしてもきっちりここを抑えることがなりよりも重要だと彼らは分かっていた。

 

 歩純が1番打者になった理由は自分で立候補したためである。ほかのメンバーも特に反対する理由はなく即決で了承された。

 歩純の持ち味は反射神経の良さと身体の柔軟性が高いことだ。それに加えていつでも冷静な性格と前世からの知識が加えられる。

 

 そして、なぜか昨日の一件の後から歩純の体の調子がすこぶる良い。

 懸念事項がなくなったことが歩純の体に大きな変化を与えていた。

 今まで思考の大部分を占めていた隠し事を打ち明けたことで、一気に思考能力が解放されていたのだ。

 

 歩純の感覚では指先1つまでまるで機械を操るかのように思いのまま動かせるように感じる。歩純は知る由もなかったが、前世と今生の不和がなくなったことにより、心身の一致が始まりつつあった。

 この試合の中で栄純だけでなく歩純も急速に自分の身体を使うという感覚を身につけていったのだ。まるで産まれたばかりの赤ん坊が自分の手足を確かめるように、歩純もまた成長していた。

 その結果、指先まで正確にコントロールできるような充足感を味わっていた。歩純は自分の身体に感じる今までにない成長を早く確かめるべく1番打者に名乗り出た。

 

 まるで放たれるボールの縫い目まで見えるようだ。

 投球練習を見て歩純はそう感じた。それほどまでに感覚が研ぎ澄まされているとも言える。

 体の線が細い歩純が長打を打つには、バットの真芯でボールをとらえる必要がある。だが、今の歩純にとってそれはあまりにも簡単すぎることだった。

 初球、ほぼど真ん中へと放たれたボールがとてもゆっくりと感じられる。このコースなら持ち前の反射神経と柔軟な身体を生かしたバットコントロールすら必要ない。歩純は来た球を素直にそのまま打ち返した。

 カキーンという打撃音から、山形の放物線を描く白球は高く高く上がった。青い空に白いボールのコントラストが綺麗に描かれる。

 誰もがボールを目で追い、陽と重なるところで目を逸らした。

 そして、そのまま森の中へとボールは消えて行った。飛距離も十分、この場合はホームランといっても過分はないだろう。

 幕切れとしては実に呆気ないものだ。歩純の初球ホームランにより、赤城小チームの勝利である。

 

 

 

 その後、赤城小に再戦をお申し込む武史達の前に怒り顔の先生達が立ちふさがった。お話は施設所有のボールを結果的に紛失してしまったことについてだ。

 白級と太陽が重なった後のボールの行方を誰も見ていなかったのだ。探しに行こうにも森が深く断念するしかない。すなおに職員に謝るほかなかった。

 施設側はボール一つなくなったくらいで困るわけではない。だが学校側としてはたかがボールとはいえ甘い処分とすることは出来ない。

 

 林間学校2度目のお説教を食らった歩純、栄純、武史御一行はすっかりと意気消沈した。施設内の掃除を言い付けられ、すべて済んだ頃にはすでに夕暮れ時だった。

 そうなれば外で遊ぶことは叶わず、再戦は持ち越された。

 だが二泊三日の林間学校も残すところはあと僅かだ。結局、再戦することは叶わなかったが、いつかまた勝負しようと固く約束する。

 この約束が果たされるのは彼らが中学生となった時であり、長い間持ち越されることになる。

 

 夕食の時も持ち出される話題は先程の勝負の話である。お説教から解放されたあと、各々の視点から語り始め大盛り上がりした。

 話すタネは尽きることなく相手チームのメンバーもしだいに会話に混ざり始める。

 すでに蟠りなどなく皆一様に和気あいあいとしている。

 そんな中、栄純と歩純のもとに武史が訪れた。

 

「出たな!ゴリ!」

「ゴリは止めろ。似合いすぎる。」

 

 武史を見た栄純が開口1発目にあだ名をつけ、すかさず歩純がツッコミをいれた。おもわず面食らった武史のこめかみがピクリと動くが、単刀直入に話題を切り出すことにした。

 

「お前達はジュニアチームには入っていないのか?」

 

 この質問に栄純はクエスチョンマークを浮かべた。これまでジュニアやクラブについての話題が栄純と歩純の間で出されたことはない。そのため、栄純だけは質問の意図する内容が分からず困惑した。

 歩純が質問に否と返事をすれば、武史にうちのチームにこないかと誘われた。

 武史としては実はこの2人はどこかのチームに所属しているのではと勘ぐっていた。だから所属していないこたに驚き、自身のチームへ誘った。ライバルと認めるに値するが、この2人がいれば日本一も夢ではないと微かに思ったのだ。

 

 歩純は有難いお誘いだが、確答が出来ないと伝えれば、武史は渋々ながらも引き下がってくれた。

 質問の答えを聞き終われば、もう用は済んだとばかりに席を立つ武史を栄純が引き止めた。ジュニアチームについて気になった栄純は今度は武史を質問責めにした。

 栄純の押しの強さに困惑する武史が助け舟を求めるように歩純に視線をくれた。女と間違えた挙句、揶揄ってくれた仕返しだと歩純はその視線を受け流した。しだいに意気投合する2人を見て、いずれ彼らはお互いを高め合うライバルになると歩純も予見した。

 

 夕食の後は林間学校最後のイベント、キャンプファイヤーだ。総勢200人弱の生徒が一堂に会する。そこでは巨大な焚き火を囲みフォークダンスを踊るらしいが、やる気のある生徒は見たところいない。

 日が暮れる頃に外で変わったことをするという特別感が生徒達には広がっていただけだ。

 

 日が沈み、ダンスも終わり沢山いた生徒も散り散りになっている。多くは焚き火の周りではしゃぐ者やいつも通り世間話を楽しむ者たちだ。栄純にダンス中ずっと振り回され続けた歩純は草臥れて椅子に座り込んでいた。

 当の栄純はまだ楽しそうに火の周りを友達と走っている。見かねた若菜がいつのまにか歩純の横に腰掛けていた。

 持ち出される話題は野球勝負のことだ。

 嬉しそうに語る若菜は栄純に惚れ直したらしい。確かにあの勝負の時の栄純はいつもと雰囲気がだいぶ異なっていた。

 たくさんのギャラリーがいる中、その姿をは1番注目されていたと言ってもいい。だから、今は自分と同じ様にカッコいい姿に惚れてしまったかもしれない恋敵の発生に注視しているようだ。

 

 しかし、あの鈍感な栄純が他人の恋心に気付くとは思えない。若菜の気持ちすらまったく気がついていないのに、他校の女子生徒のことなど言うまでもない。

 だが若菜の懸念材料としては、いくらあと鈍感男たちでも、もし告白されるようなことがあればなびいてしまうのでは、ということだ。

 勇ましい姿に惚れた他校の女子生徒がキャンプファイヤーのもとで気持ちを告げる。とてもロマンチックな光景だ。

 学校行事とか修学旅行など特別な時間にというのは告白のいい機会でもある。ならばいっそ若菜が告白すればいいのではと思うが、そんなことを言えば怒られるので賢明な歩純は言わずにおいた。

 

 この後も若菜の栄純への愚痴を聞きながら時間を潰した。そろそろお風呂の時間だと部屋に戻ろうとした時、後ろから女子生徒の集団に声をかけられた。

「頑張って。」や「ファイト。」と声かけられた1人の女子生徒がほずみの前までやってきた。

 どことなく赤い顔はキャンプファイヤーのせいだけではないのだろう。緊張している感じがこちらまで伝わってきそうだ。用事を察した若菜は歩純と女子生徒からすこし距離を取ってくれた。

 

「井川君、良かったらこれ読んでください。」

 

 差し出された手紙は女の子らしく折り畳まれた可愛らしい手紙だ。急造した手紙はノートを切り取って作られており、前もって準備されたものではないのだろう。それでも色使いが工夫されていて、貰った方としてはとても嬉しい。

 もじもじとした言動も可愛いらしいとこの場では言えるだろう。

 感謝しながら手紙を受け取れば、相手の顔がさらに赤く染まった。返事はいつでもいいらしく、最悪無くてもいいということだったがきちんと返事はしようと歩純は決めた。

 手紙を渡し終えたことで女子生徒達が去った後、若菜が興奮気味で近づいて来た。

 

「なんて書いてあるの?はやく開けなよ!」

 

 催促されて歩純が手紙を開ければ、やはりラブレターだった。中身を簡潔にまとめれば好きです、文通しませんかというところだ。

 まだ携帯電話をもっている人が少ない世代ならではといえる。住所と郵便番号がしっかりと書かれており返事はここに送ればいいのだろう。

 歩純にはまたまだやるべきことが多く、申し訳ないが断るつもりだ。「私も告白してみようかなー。」と心にもないことを若菜が口にしたので、できるものならとついつい言い返したら若菜に怒られた。

 実はその光景を見ていた者は多い。女子生徒の集団は思いのほか目立ち、結果として告白シーンも多くの人に見られていた。

 それは栄純や武史だけでなく、ほかの歩純を狙う女子生徒に大きく波紋を与えた。そのために部屋までたどり着く間に同じような光景が繰り返された。

 

「野球してる姿がすごくカッコ良かったです。」

「一目惚れしました。」

「わたしと付き合ってください!」

「今度デートしてください。」

 

 計6人から告白された歩純に栄純達の視線がつき刺さる。手紙をくれたのは2名、言葉で伝えてくれたのは4名の計6人だ。告白してくれた人には申し訳ないが全員断るつもりだ。

 そのことがさらに男子生徒からの顰蹙を買い、歩純は白い目で見られた。なぜこんなにも言い寄られる訳が歩純には分からなかった。

 あの野球勝負では間違いなく栄純と武史の2人のほうが目立っていたはずだ。小学生でモテる奴は目立つやつと相場が決まっている。それならばあの2人のほうがもてるだろと、歩純は頭を悩ませた。

 頭を悩ませる歩純だが答えは簡単だ。

 あの2人に劣らず負けず歩純も目立っていただけである。

 キャッチャーマスクもないため素顔が常に晒され、間違いなく1番美形の歩純の注目度はもとより高い。さらに一球ごとに良い音を鳴らすキャッチャーには自然と視線が向く。加えて、最後のあっと驚くような送球。そしてダメ押しに初球場外ホームラン。

 これだけ注目される要因を増やせば、結果は明らかである。

 そのことに気づいた歩純はほんのすこしだけやり過ぎたなと反省した。夢中になると周りが見えなくなる悪癖は未だに治っていないらしい。

 

 すこしだけ若菜には朗報がある。

 連続告白劇にあの栄純ですら赤くなっていたことだ。あながち告白すれば、若菜も応えてもらえるのでは、とふと思えた。

 

「おまえ、どれだけ告白されてるんだ。羨ましい。言ってみろ!何人だ!」

「うるせーよ、ゴリ。6人だ、6。」

 

 風呂場でたまたま時間があってしまった赤城小と武史達に早速問いただされた。さすがに辟易した歩純の彼らへの対応はおざなりになる。

 思いの外疲れた1日になり疲れを癒すために歩純は湯船に浸かった。

 普段は入れないような広々とした浴槽に思いっきり足を伸ばした。ぐーと足先まで伸ばして全身の筋肉を癒す。まったりとしながら今日の試合の反省点でも考えようかとしていた。

 その時、浴槽に飛び込んできた栄純のせいで顔にお湯がかかり、つい息が詰まった。昨日も同じことをして怒ったはずなのだが、栄純はすっかり忘れているようだ。

 仕返しとばかりに栄純にお湯をかければ、一気にお湯かけ合戦が勃発した。赤城小対武史達の構図が出来上がり、気付けば浴槽のお湯枯れていた。さらに騒ぎすぎた結果、3度目のお説教が始まったことは言う話でもない。

 

 すっかりさめた体を温め直し更衣室へと向かう。湯冷めする前に体をしっかり拭いておきたい。加えて、歩純は栄純が髪を乾かさずに放置するのを止めなくてはいけない。

 そんなことを歩純が考えていると、武史がぼそりと呟いた。

 

「……本当に男だったんだな。」

 

 武史の視線の先は歩純の下腹部だ。呟いたが最後、武史の顎に歩純のアッパーが炸裂した。体格差は圧倒的に劣る歩純が武史を沈めた。一切の容赦の無さに誰もが動きを止めてしまった。

「くだばれ、ゴリ。」とついでに歩純は吐き捨てる。

 それを見た多くの者が湯冷めではない震えを感じた。そして、歩純だけは怒らせないようにしようと、この時赤城小の面々は肝に命じることになる。

 

 

 

 

 

 




武史回です。
オリキャラです。

4/2編集
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。