ダンジョンアタックはその日の内に第五層を攻略し明日から第六層の攻略に入ろうと、何時もの夕飯時よりも遅くまで進められる事となった。既に朝からアタックを始め一時間に一度程度の休憩を挟み疲労を取りながらダンジョンアタックを進め、もう小休止を挟んでも取れないレベルの疲労を感じ始めた辺りで三人はようやくボス部屋に辿り着いた。
しかし、この中で一番疲れているのはフィルであり、レオンも疲れてはいるがもう小休止では取れないレベルの疲労を感じ始め、殆ど何もしていないルーシーだけが余裕の表情をしていた。
「ひっさびさに腕と足が重い……」
「だ、大丈夫ですか?」
「前ならこれでも大丈夫だったのに……」
しかし、この疲労は以前までなら感じなかったであろう疲労。明らかに前と比べて体力が落ちている。幾らか筋トレで回復したとは思っていたが、恐らくスタミナは前の半分程度。筋力も四分の一は失われている。現に、彼女は猪型やオーク等の魔獣を一撃で屠れず取り逃してしまいそうになった。それに、翼の補助があっても天井まで飛ぶ事が出来ない。
明らかに自分の力が落ちていると理解出来た。
が、ボス四体を殺すくらいの体力はまだ残っている。しかもここから地上まで戻るとなるとそれこそフィルの体力が持たない。レオンもそれと殆ど同じでここから地上まで歩いて戻る程の体力は残っていないがあのボスを屠る位の体力はある。ついでに火炎瓶も残っているのでこれを使えば全然相手を殲滅できる。
「よし、逝こう」
「なんかインストネーション違ったんだけど」
フィルの言葉にちょっとしたツッコミを入れてから、フィルが開けた扉をくぐり中に入る。
中に入れば向かいの扉からコボルト・センチネルが出てくる。それを確認してからフィルが一息吐いてから構えを取ってから前へ飛び出す。そしてレオンが起爆銃を構える。
なんやかんやでルーシーは今までで碌に戦っていない。火力がフィルで足りてしまっており、そして援護もレオンで足りてしまっているからだ。だからルーシーの入る隙が無い。そんな訳ではあったのだが、実はレオンの魔力はもうすっからかん。まともな援護が出来る気がしなかった。
「あーくそっ。もう六発作れたら良い方かな……」
レオンはボソッと呟き、後ろから矢を放ってくるコボルトが矢を番えた瞬間に魔弾を放ちそれを叩き落す。その正確無比な狙撃にはルーシーも驚愕しているが弾倉に入っているのは残り五発と新しく生み出せる六発の弾丸。それがレオンの残った魔弾だ。
魔力が無くなればレオンはただの案山子だ。ヘイトを稼いで動いたとしてもすぐに囲まれてボコボコにされるだろう。フィル並みにとは言わないが、もう少し近接戦も出来るようにしておけばよかった、なんて思っているがこうしてここに入ってしまった以上もう遅い。
そして攻めの要ともなるフィルも攻めあぐねている。体力がもう無いという点がフィルの何時も通りのアグレッシブな動きを封じてくれている。さてどうした物かと。フィルも剣を抜いて振るわれる剣を受け止め受け流しながら考える。
「……レオン、わたしもやります」
「え?」
ちょっとヤバい。そんな事を考えているとルーシーが声を出した。
やります、と言いながら腕のクロスボウを構える。それを見る限り、彼女がレオンの役を変わる、という事なのだろう。少し不安ではある。不安ではあるのだが、既にレオンの起爆銃の弾倉には残り三発しかない。
これではこっちが押し切られる。と、なれば。ルーシーに任せるしかない。
無意識下に彼女の事を守るべき対象として、言い方は悪いが侮っていた事を少し反省しながらレオンは起爆銃の銃口を前で戦っているフィルの。正確に言えばフィルの真正面に立つ剣を持ったコボルトに対して。
そしてルーシーがクロスボウを構え、狙いを付けてクロスボウのトリガー代わりに取り付けた紐の先端のリングに指を入れて引く。
それと連動して放たれた小型のルーシーでなければ作れない小型の爆弾はそのまま勢いよくすっ飛んでいき、コボルトの顔面に当たる。その瞬間。
「ぐぎゃっ」
そんなマヌケな声と共にコボルトの顔面が爆発。
衝撃によって起爆する小型爆弾が作った煙は暫くすると晴れ、煙の代わりに赤色の液体が噴き出す。その赤い液体の発生源はコボルトの顔面。更にもう一発とダメ押しにルーシーが撃った爆弾はそのままコボルトの顔面に追撃して爆発を起こす。爆発した数瞬後には赤色の液体が噴水の如く噴き出した。
煙が晴れれば、そこにはコボルトの顔面が無かった。代わりに血肉が周囲に撒き散らされており、コボルトの体はそのまま力なく倒れ、消えていった。それを見たレオンは。
「……えっ、強ない?」
言葉が変な訛り方をした。
が、コボルト一体を殺すのにたったの二回。しかも原材料はそこら辺に転がっている石ころ。弾数無限。魔力要らず。
白衣を纏った彼女はドヤ顔をしている。ドヤ顔も許される威力なのだが、あれ、誤射したらレオンの誤射なんかよりも絶対に酷い事になる。フィルもこっちを今までに見たことないレベルのトンでもない目で見てきている。というか怖い。それ誤射したら一生許さねぇからな? って顔だ。
しかしむふーっ! とドヤ顔を晒しているウサギはそれに気が付いていない。可愛いけど違う、そうじゃない。
「……フィル、後退」
レオンの言葉にフィルがそっと後ろへ下がる。その間にルーシーはとんでもない物を錬金していた。
「えっと、こんな感じかな?」
両手いっぱいの小型爆弾を更に錬金して一つに纏める。出来上がったのは両手でようやく持てるというレベルの爆弾。それも衝撃で爆発するタイプ。
フィルが様子を見ながらの後退から背中を向けて全力で走り出した。
「えいっ」
そんな可愛らしい声と共に放り投げられた爆弾は道中フィルが掴んでブン投げ加速しながらコボルトに直撃した。
その瞬間起こったのは、魔法なら中級並みの腕はないと起こせないであろう大規模の爆発。このフロアそのものが震えているのではないかという爆発と共に起こった爆炎はフィルを吹き飛ばしてレオンと衝突させながら立ち上がり、そして消えていった。
レオンは自分に向かって吹っ飛んできたフィルを何とか抱き留めながらも転がり、壁にフィルの背中が激突して衝撃を殺しながらフィルが気絶したのを確認してから改めて爆心地へと視線を移す。
「……うわぁ」
そこにはコボルトは残っておらず、遺物だけが向かい側の壁に吹っ飛んでいた。
つまりあのコボルト達は爆炎に吹き飛ばされながら絶命し壁に激突したのだろう。あんなのをたかが石ころから錬金できてしまうギフテッド。それを見てようやく、カスミが彼女を信用できない人間の元に置く事は出来ないから自分達の元へ置いた理由を理解した。
彼女のギフテッドは、国が見れば兵器として奪い合っても可笑しくない程の、最早歩く爆撃機だろうが歩く武器庫だろう歩く救援物資だろうが、軍に必要な要素を一人で過半数を賄えてしまう程の物。それがもしもあくどい事を考えている人間の元に渡ったら。特にデイヴのような屑に渡ったら確実に事件が起きる。
今無邪気に笑いながらこっちを見ている少女は、とてもじゃないが他人様には色んな意味で見せられない秘蔵っ子。レオンは生唾を呑みながら彼女を見て――
「取り敢えず遺物回収して帰ろうか……」
フィルの足を掴みながら立ち上がり、もう彼女を背中に乗せて移動する体力もないので雑に引き摺りながらルーシーと共に遺物の回収に歩いた。
ちなみにフィルの頭には生えなくても良かったタンコブが幾つも生えていた。
****
「レオンは私に喧嘩売ってんの? それともボコられたいのかな?」
「いやごめんて」
「起きたらものっそい量のタンコブ生えてて、しかも羽も汚れてたんだけど?」
「ごめんて」
「羽って洗うの大変なんだよ? 分かってんの?」
「洗ったら水が付着して乾かすのに時間かかりそうだし重そうだよね」
ごしゃっ。
「分かってんなら何でやった?」
「疲れてたし面倒だった」
ごしゃっ。
「殴るよ?」
「もう二発殴ってるんだけど。しかも簀巻きにされてるから避けらんねぇんだけど」
レオン、懲罰中。
帰ってきた三人は疲れからかそのまま寝ようかと思ったのだが、目を覚ましていたタンコブだらけ土汚れだらけなフィルは笑顔でレオンをすぐに簀巻きにするとそのまま笑顔で説教、というか刑罰に入った。
レオンは疲れていたし面倒だったと主張。対してフィルは少し引き摺ってもいいから安全な場所で休んでから運べばよかったと主張。それもそっか、とレオンが納得し、フィルが三発目の拳をレオンの顔面に叩き込んだ。もうレオンの鼻からは血が今までに無いレベルで流れ出している。見ているだけで痛い位だ。
幸いなのはこの一方的なお仕置き現場にまだスプラッタに慣れていないルーシーが居ない事だろうか。彼女は一日ものダンジョンアタックの疲れからか帰ってきてからすぐに寝てしまった。風呂も明日の朝だろう。
だが気絶して体力が少し回復したフィルはそのままレオンのお仕置きを開始した。その結果がこれだ。
「全く……」
ぶつくさ言いながらフィルはレオンを簀巻きから解放する。
簀巻きから解放されたレオンは立ち上がり、血を垂れ流しながらも安いポーションを顔に塗りたくる。それだけで鼻血も一応止まってしまうのだから万能だ。
一応、なのはまた殴られたら再び鼻血が流れてしまうからだ。完治には丸一日は安静にしていないといけない。
「そんな事にポーション使わないで」
「使わせてるのそっちでしょうが……」
流石にあの鼻血を垂れ流したままにしていたら家の中にレオンの鼻血による血痕が残るだろうし何よりもレオンが貧血で倒れてしまうかもしれない。仲間からの攻撃で鼻血を垂れ流して倒れるなんて間抜けにも程がある。そんな羽目になる位なら安いポーションで治した方がまだマシだ。
それでも少し床に垂れた鼻血は自分で処理してから一息吐きソファに座り込む。その隣にはフィルも。
「あーもー……今日は疲れた」
「流石に無理し過ぎたよね」
第一層から第五層を、戦いながら駆け抜ける。
前に第五層を攻略した時は一番階段まで近い道のりを走って最低限の戦闘で済ませていたため、今回のように疲れはしなかった。だが、今回はそんな事せずに普通に攻略するように第一層から第五層まで来たため疲労も溜まってしまった。
しかも二人は一か月と一週間のブランクがあった。なのにこれだけ出来たのは相当マシな方だろう。
「やっぱ鈍ってるなぁ……」
「そうなの?」
フィルが小さく呟いた。
鈍っていると本人は言ったが、あの動きはレオンからしたら前と同じにしか見えなかった。技のキレも、体運びも。何もかもが一か月と一週間前と同じにしか見えなかった。
が、それはレオンのような素人の感想だ。拳を繰り出した本人からするとそうでもなかったのだろう。
「あれでも結構無理してた。無理しないと技を前みたいに出せない時点で、鈍ってるんだよ」
流星の縮地。朔光の踏み込みと正確無比なアッパー。骸の体重移動。全てが前のような感覚では出来なかった。
それ以外の技も、出そうと思って出せず、かなり無理をした体運びをしなければ出来なかった。筋力などはかなり戻ってきているがそう言った技を一か月使わず筋力が衰えてしまったため、体が技を出すための自身の使い方を忘れてしまっている。奥義も、朱雀失墜ともう一個の四神奥義・改が出せるかどうか微妙なラインになってしまった。他二つの奥義は恐らく出せるが、出したら最悪の場合、体が本当に壊れてしまうかもしれない。
「組手の相手でも居ればなぁ……」
「僕じゃダメなの?」
「やっぱ同じステゴロで戦ってくれる人が居ないと……」
自身の羽根をブラッシングして土汚れを落とし、傷がついてしまったり抜けたが絡まったままの羽根を毟ったり取り除いたりしながらフィルは不満げに声を漏らす。
「今の時代徒手空拳してる人なんて稀だからねぇ……あ、ブラッシング変わるよ」
「ありがと。せめて師匠が近くに住んでてくれたらなぁ……」
フィルが自分の翼の目の届く範囲の羽根をチェックし、レオンは羽根の付け根付近をブラッシングする。入院中等に暇潰しでブラッシングはしていたので痛くしたりはしない。
鳥獣人専用のブラシを使って翼をブラッシングしていくとフィルの顔が段々と蕩けてくる。他人にやってもらうブラッシングというのは気持ちがいいらしく、何度もレオンは彼女をブラッシング中に睡眠へと誘っている。フィルはレオンのブラッシングは普通に気持ちがいいが、もう十年以上前の記憶となってしまった、母親のブラッシングよりは劣っている。劣っているのに、その時以上に何だか心地が良く、ついウトウトしてそのまま眠ってしまう。
背中を向けたまま船を漕ぎ始めたフィルを見ながらレオンは小さく笑い、そのままブラッシングを続けていく。
そうしている内にフィルはそのまま眠ってしまったようでレオンに体を預けてきた。
「うわっ」
小さく驚きながらもレオンはそのままフィルを受け止め、どうしようかと考える。一応、フィルが欲しいと言ったため毛布をソファにかけてあるのでこのまま眠る事は出来るが、ここで寝てしまったら明日は確実に体が痛くなるしフィルにぶん殴られる。
だが、眠い。フィルは一度気絶したので多少の余裕はあったが、レオンは一度も寝ていない上に魔力不足まであって眠気は普段のダンジョンアタック後以上だ。それ故にもう面倒だから寝てしまおうと。そっとフィルの体を動かして自分の体の上に乗せるように動かしてから毛布を自分とフィルの上にかけてそのまま寝付いた。
自分の胸板に押し付けられる、本当に。本当に僅かな柔らかさを忘れるようにしながら。
****
翌朝。
「……ぅん……へ? きゃっ!!?」
「ぐへっ!!?」
レオンは痛みでの覚醒とほぼ同時に鼻から温かい物が垂れていく感覚を覚えながらそのまま二度寝に入った。
フィルが顔を赤くしながら乙女な顔をしているのはギリギリレオンには見えなかった。
ナチュラルにイチャイチャするレオンくんとフィルさんでした。
話が進むと強化ではなく弱体化したフィルさん。そして段々とヒロイン力がアップしていくと同時に暴力性もアップしていく。レオンくんにとってはご褒美でも何でもないけど一部の界隈ではご褒美です。
ルーシーが空気になりかけているけど今回の話はルーシーがメインなのでそろそろ存在が濃くなっていくよ。