ルーシーに治療を施してもらうレオンの対面には申し訳なさそうな顔をして正座するフィル。
朝っぱらのレオン二度寝(物理)事件によってレオンの鼻血は更に悪化して安物のポーションでは治らないレベルになってしまった。骨折している、等ではないのだがもう安物のポーションではもう治療が追い付かないレベルの傷となってしまった。そのため常用しているそれよりも少し上のポーションを使ったのだがそれでも完全に鼻血は止まらず、現在もルーシーがレオンの鼻周りの治療をしてくれている。
実はルーシー、ポーション類の錬金もある程度までなら出来るようでそれを生みだしては塗りたくってを繰り返している。素材は庭の土や葉っぱだ。大変コスパがいい。
「いや、その、ごめん……」
「まぁいいけどさ……僕も面倒になって一緒に寝たわけだし」
だが、レオンは決して怒っているわけではない。
今回の件には多少なりともレオンに責任がある。あの場でフィルを運ばずに勘違いされても可笑しくない格好で寝てしまったこと。それにレオンもフィルの小さすぎて外見からでは見ることができない双丘を押し付けてもらったので役得だったという事で怒りは大したことでは無いのだが、フィルの方が顔を伏せたまま正座していた。
何せレオンの顔をビックリしてしまったとは言え全力でぶん殴ってしまったのだ。マウントをとった状態で。顔の骨が折れても可笑しくないレベルの拳だったが、鼻血の悪化だけで済んだのはフィルの筋力がまだ以前と同じ状態に戻っていなかったからだ。もしも戻っていたらレオンは今頃病院に運ばれて入院している。そしてルーシーはそんな惨状を見て、理由を聞いて笑いながら自分から治療を買って出た。
鼻血が止まったところで顔にポーションを塗りたくって鼻にガーゼ等を錬金して貼り付ける。これで処置完了だ。
ルーシーは余った土と葉っぱで治療箱と薬品やポーション、ガーゼ等を作成するとそれを箱の中に入れた。
「じゃあこの救急箱は適当な場所に置いておくね」
「あ、うんありがと……っていうかすごっ。こんなのも作れるんだ……」
「まぁ想像した後にギフテッド使うだけだから」
逆に言えば想像したら何でも作れてしまうという事なのだろう。
もしかしたらパーツの仕組みなどを理解したらバイク等も作れてしまうかもしれない。まだバイクは開発されたばかりでロハス家の方でも一台しか所有できていない貴重品だが、それのパーツの仕組みを把握したらバイクを自作できてしまうかもしれない。
が、そんな事を彼女には頼めない。頼んでできてしまったら確実に厄介ごとが降って沸いてくるからだ。
だから彼女のギフテッドはあまり人目につく場所で使わないほうがいいと改めて自覚する。あれは本当にヤバイ。
と、軽い現実逃避を行ったところで思考を戻し、目の前で正座するフィルに視線を戻す。前みたいに一緒に寝たお前が悪い理論で殴った後に怒ってくれたほうがまだやりやすかった。
「フィルなら今回の件、怒って僕が謝る形になると思ってたんだけど」
「いや、その、なんていうか……レオンの前で無防備に寝ちゃったの、私だし……それに、ブラッシングもしてくれたし風邪ひかないように毛布もかけてくれたし……襲われても文句言えない感じで寝ちゃったし……」
えっ何この可愛い有翼メスゴリラ。とレオンが目を丸くする。
目の前で正座している彼女はまるで乙女のように顔を赤くして顔を伏せている。それが可愛くないか。心を揺さぶられないか。と聞かれれば勿論否。いつも以上に可愛いと思ったし心を揺さぶられた。グラッと理性が傾いてしまうくらいには今のフィルが可愛く思えた。
思い返せば何時もレオンが何かしら地雷を踏むか揶揄ってフィルが怒りレオンが制裁される、という流れだったので、フィルが自分から何かやらかして謝るという経験は珍しいものだった。
いや、今までは彼女を女の子として見ながらも女の子として見ていなかったのかもしれない。都合の良いときに彼女を女の子扱いしてドキドキして、それ以外では彼女を同性の仲間のような感覚で見ていた。そして、女の子扱いしたときに限って彼女を揶揄い、それを忘れる。
勿論意識して赤面する場面は幾つもあった。彼女を可愛いと思ったときもあった。だがその場合は大抵セクハラ紛いの言葉で無理矢理フィルを揶揄うか、彼女の琴線に触れるような事を軽く言って胸倉捕まれるか殴られるかの二択だった。だからこうしてマジマジと女の子しているフィルを直視するのは、何気に初めて……なのかもしれない。如何せんそういった恥ずかしい記憶は忘れるようにしているのがレオンだ。忘れているかもしれない。
なのでレオンはお決まりの。
「ゴリラがなんか言ってる」
何時もの如くフィルを揶揄う事にする。
さぁ殴ってこいとレオンは腹でも顔でも殴られてもいいようにやせ我慢の準備をして……拳が飛んでこないことに疑問を持つ。
あれ? と。何時もなら拳が飛んできても可笑しくないのにと。
「そ、そりゃ私だって女の子だし気にするよ……」
レオンの中の理性がぶっ壊れかけた。
女の子と同居を始めて既に一週間。フィルの多少なりとも女の子している部分を見ては揶揄ってきたのだ。女の子を忘れるかのように。
そうして意図的に彼女の女の子の部分を見ないようにしてきたからかか今のフィルはかなり魅力的に見えてしまう。我ながらチョロイ男だとレオンは思うが、忘れてはいけない。レオンは異性に対する防御がかなり薄い。
幼少期から同い年の女の子と一切絡んでこなかった彼は初めてと言ってもいい女の子が女の子している部分を見てしまい笑顔のまま顔を真っ赤にしてフリーズする。
「いい雰囲気~」
そしてそれを隠れながら伺う原木ウサギ。ニヤニヤと顔はいい感じにニヤけている。
本の中でしか見ていなかった恋愛模様が目の前で起こっているとなると彼女の中の乙女的な何かが反応してしまうのだ。伊達に引きこもってキノコが生えるまで本を読んでいた訳ではない。
互いに顔を赤くしている二人。もう結婚しちまえよとルーシーは思ってしまうがこの国の結婚可能な年齢は男女共に十六から。まだ結婚できない。
「え、あ、っと、そう、だね。フィルも、女の子、だもん、ね」
「ぷっ」
もの凄い動揺している。
考えに考えて浮かんだ言葉がそれでしかも詰まりまくってる。その様子が可笑しくてルーシーはついつい笑ってしまった。そしてその小さな、ついつい漏らしてしまった笑いを感じ取ったのはレオン。
「ルー、シー?」
顔を赤くしたままルーシーをロックオンするレオン。
そして赤い顔をそのままにレオンは立ち上がって小さなルーシーの両脇に手を突っ込み持ち上げる。何もできずに持ち上げられるルーシー。
「ちょ、ちょっと僕ルーシーと出かける用事があったから出かけてるね!!」
そしてレオンは逃げ出した。ルーシーはよく状況を理解できずにそのまま運ばれてしまう。
「……レオンの意気地なし。ヘタレ」
そんなフィルの言葉は慌ただしく出て行ってしまったレオンの耳には届かず、そのままドタバタとルーシーを持ち上げたまま自分の部屋へと連れ込んでしまう。
初めて男の部屋に入ったルーシーはちょっと物珍しそうにレオンの部屋を物色しようとしたが、その前にレオンが持ってきたフード付きの服を羽織らされる。昨日も着たレオンの私服の一つだが、サイズが合わずに少し袖が余り、服に着られているような感じになってしまう。
「ちょっと付き合ってくれないかな」
「あ、わたし、ダンディな人の方が好みだから女顔の人は……」
「男性恐怖症でよくそんな事言えるね!? じゃなくって!!」
顔が赤いままのレオンはなんて言ったらいいのかと頬を掻く。
女顔、とは言っているがレオンの事が女にしか見えないという訳じゃない。彼にも顔にも男だな、と思わせる部分は幾つかある。あるのだが、今のルーシーにはレオンって可愛いなぁ、と。男に対して抱くような気持ちではない気持ちを抱いていた。
だがそれにレオンが気づくわけがない。だからこうして顔を赤いままに頬を掻いているのだが、すぐにルーシーの方が我慢の限界で笑ってしまう。
勿論あの言葉は本心ではない。ふざけて言ったのだ。それを上手く理解できずツッコミをするだけで言葉を考え直してしまうレオンは、今相当テンパっているんだなぁとルーシーは改めて思い直し、そして笑うのを止めてレオンの付き合ってという言葉の真意に対しての答えを口にする。
「大丈夫だよ。レオンが落ち着くまで付き合うから」
「あ、あぁ、うん……あーくそっ。頭がこんがらがったままだ……」
自分らしくない、と頬を掻いていた手が頭へと移動する。くすくす、とそれを見ながら笑うルーシー。
「取り敢えず外出ようか……ルーシー、どうする?」
どうする? とは歩き方だろうか。それともどこに行くか、だろうか。
いや、恐らくは前者。どこに行くかはある程度レオンも考えているだろう。頭を落ち着けるための外出だ。必然的にダンジョンアタックは無しになってしまうが、それでもこのメンタルではマトモに戦えないと。そう判断したかのように見えるが単純にテンパってダンジョンの事を忘れているだけ。
だから、ダンジョンからは無意識に遠ざかった場所へ自分を連れていくだろう、とルーシーは理解しじゃあ歩き方を、と口にする。
「隣について歩く。フードがあれば多少は大丈夫、だと思うから」
その言葉にレオンは首をかしげる。そして思い出す。そういえば彼女は日光を極力嫌っていると。
だがその秘密はフィルしか知らないはずだ。フィルには話せて自分には話せないのだからきっと女の子同士でないと話せないようなこと。だから聞かないでおこうと思ったこと。
「あー、まぁよく分かんないけど大丈夫ならいいや」
わざとはぐらかす。
はぐらかしたが、そういえばとレオンは口にする。ちょっと気になっていることが。というか今気になったことがあった。
「ルーシー、昨日晩飯食べたっけ?」
昼を食べたのは、見た。
だがその後の晩飯はレオンとフィルは戦いながら済ませた。ルーシーにも食料を渡して適当に食べておいてとフィルがやった筈だが。筈だが。
引きこもりで、食事を普通にしているはずなのに。彼女、ちょっと軽すぎたような気がする。
「……」
黙り込むルーシー。
と、なると食べていないのだろう。
「朝は?」
「……え、っと」
食べてない。
いや、これは自分もだが。そして確か、昨日の朝もなんやかんやでレオンとフィルはちゃちゃっと済ませたがルーシーは食べていないような気がする。
「もしかしてダイエットでもしてるの?」
だから、彼女はもしかしたら意図的に食事を抜いてダイエットをしているんじゃ。そんなバカみたいな事が頭の中に思い浮かんだ。それを聞いてルーシーはぽかんと。口を開けてレオンを見ている。まさか本人もダイエットしているだなんて言われるとは思いもしなかったのだろう。
だが、レオンは彼女を持ち上げても彼女の体重が身長を考慮しても軽すぎるのだと気が付かない。気づけない。この身長の女の子の平均体重がどれくらいかなんて分からないし、フィルみたいに胸倉を掴んだだけで人よりも軽いなんてわからないから。
故にダイエットしているのかと。引きこもったせいでちょっと増えてしまった体重でも減らそうとしているのかと。素で思った。変なところで直感ダイスロールを失敗する男だ。
「ちょっと減量しすぎだよ。これからはダンジョンに潜るんだし朝昼晩ちゃんと食べれるようにしなきゃ」
という訳でまずは食事でもしに行こう、とルーシーを誘う。
誘うのだが、ルーシーの表情は暗い。
騙している。秘密にしている。彼だけに。フィルには話しているのに。そんな思いが彼女の中を黒く染めていく。
何時かバレるかもしれない……いや、バレる秘密だ。食事を一日に一回しか食べられない。日光を浴びれないなんて秘密。
虐待の内容は、言えない。言いたくない。自分の汚点とも言えるアレを。
ギフテッドの、秘密を。
だけど、事実だけを簡素に伝えたら。伝えるだけなら。少し恥ずかしいが、服の内側を見られるわけじゃない。虐待の内容までは言いたくないが、それ以外なら身内には言っておくべきことだろう。きっと、彼もフィルと同じように自分をそれだけで突き放したりはしない筈。
内容を全て言えば、その限りではないかもしれないが。
「……ちが、う」
「え?」
その声はちゃんと聞こえたのか聞こえていないのか。自分でもそれがわからなかったが、レオンの表情はどちらとも取れた。
だが、これをここで話したらきっとこの空気は湿っぽくなってしまう。折角彼が作った和める空気が、壊れてしまう。だから、今は一秒でもこの空気を存続させようと、無理に笑う。
「……その、後のことは外で話そう? ここだと、湿っぽくなっちゃうかもだから」
果たして無理に作った笑顔は上手く出来ていただろうか。
――恐らく、レオンの表情からすると上手くはできていないのだろう。
ル「今回の話のメインはレオンでもフィルでもない! わたしだ!!」
さらっと伏線を張っていくスタイル。
この錬金原木ウサギ、結構過去は暗いですよぉ。レオンとフィルとは別次元で暗いですよぉ