キャルト・ア・ジュエ   作:黄金馬鹿

25 / 29
ウサギと一緒に出掛けてから。ちなみにフィルは自室でベッドにダイブして顔真っ赤にしながらゴロゴロと悶絶している模様。羽根めっちゃ散らかってそう


第二十五歩

 主婦なのか、それとも休憩中なのか。女性が多いオープンカフェの一つでフードを被った少女とその対面に座る少年がかなり重苦しい空気を醸し出している。が、それを他人が気にするわけもなく重苦しい空気は周りの軽い空気に押され彼等彼女等の周りを漂うだけになっている。

 その重苦しい空気を作り出した話題、というのは端的に言えば少女、ルーシーの過去の一部を聞いたから。話したから。虐待されていました。そのせいで普通の人と同じようなことが幾つか出来なくなってしまいました。簡単に、本当にそれだけを告げたのだが、親から放置をくらっても虐待まではされなかったレオンからしたらその話は十分に重かった。

 育児放棄も立派な虐待ではあるのだが、それでもレオンはアルフという存在が救いだった。だが、彼女にはそれが無かった。救いが一切ない数年間をカスミが来てくれるまで過ごしてきたのだ。その結果が、陽射しの下に出るだけで当時のことを思い出してしまうほどのトラウマ、PTSD。そして物を口にすると思い出してしまうような、酷いことを顔にされた。

 その跡は見えないが、きっと色々とされてしまったのだろう。色々と。

 想像は出来る。出来てしまう。その想像が目の前で下手な作り笑いをする少女がされた事だと思うと、怒りが沸いてくる。彼女の身長がここまで小さく、そして体重があそこまで軽かった理由もこれでスッキリ判明した。今すぐに彼女の母親をぶん殴ってフィルと共に衛兵に突き出したい気分だった。

 だが、それも過ぎたことなのだろう。怒りは収まらないが今、目の前でジュースを飲みながら下手な作り笑いを披露する彼女はとても痛々しかった。

 

「……怒って、くれるんだね」

 

 そっと彼女は口を開いた。いつの間にか彼女の表情からは笑いが消え、そしてすぐに表情が見えない程にうつむいてしまった。表情が物語ってくれないので憶測しか出来ない上に声色も平坦なので何を思っているのか分からない。

 だが、怒っているのは事実だ。

 

「仲間にトラウマを植え付けたんだ。そりゃ怒るさ」

 

 なんだか自分らしくない言葉だ、と思ったがそれでもこの感情は当たり前だと結論つける。

 だが、この言葉もかなり自分の本心を濁している。

 こんな可愛い子をただひたすら自分達の鬱憤の吐きどころにするなんて。こんな、普通に溶け込むことも難しいトラウマを植え付けるなんて。人として最低すぎると。

 自分の親も十分に最低の部類に入るとは思っている。何せ才能がないというだけで育児放棄を決め込んだクソみたいな根性の持ち主共だ。だが、この子の親はそれ以下だ。子供を死んでもいいとでも思っているのか暴力で鬱憤を晴らしトラウマを植え付ける。そんなの人間として最低だと。

 だから、怒る。その親に。そんな環境に。

 

「……怒ってくれる人、これで三人目」

「三人?」

 

 自分と、カスミと。

 多分、フィルだろう。そうしたら数がおかしいと思い、思い出す。カスミの親は、彼女を否定したのだ。拒絶したのだ。自分で作った子供を否定し、娼婦の子だからと拒絶した。

 だから、きっと自分と、フィルと、カスミ。この三人しか、彼女を見なかったのだろう。見る人が、現れなかったのだろう。

 

「優しいんだね、二人は」

 

 そんな事はない。普通だと言いたかった。言いたかったが、口を開けられなかった。

 この程度で。彼女を憐れんでしまっている自分すら優しいと言われてしまうなんて。彼女は、今まで本当に救いのない人生を歩んできたのだろう。産まれて数年、母親に虐待をされ、そして愛人にも虐待をされ、そしてようやくカスミに助けられて普通の家庭に馴染めると思ったら自分の実の父に否定され、その妻に拒絶された。

 今まで彼女を肯定してくれたのはカスミだけなのだ。家族だと、姉妹だと。肯定してくれたのはカスミだけだった。

 その事実は余りにも、余りにも齢十三歳の少女が背負う過去としては重すぎた。唯一の救いがあった事だけが彼女の今までの人生を全て灰色にしなかった。だが、彼女には今まで一つしか救いがなかったのだ。カスミが肯定してくれたという救いしか。

 レオンにはアルフがいた。そしてアルフからアビー。二人から、アルフの仲間も。アルフから様々な人と触れ合った。最近は会っていないが、そうして色んな人から学んだから曲がらずに生きていけた。

 フィルは自分の全てを費やしてでも打ち込む物があった。自ら親元を離れ、見返してやろうと意地を張って生きてきたから、そうして友が出来、師匠が出来た。だからああやって生きてこれた。

 だが彼女にはカスミしかなかった。カスミの救いだけが、この世の光だった。

 当たり前すぎる幸せが、得られていなかった。当たり前の優しさが、受けられなかった。

 だから、こんな事で優しいんだと言ってしまう。そんな彼女に対して、そうだよ、という自分の行動すべてを肯定する言葉も、違うよと彼女の言葉を全て否定する言葉も、何も言えなかった。

 どの言葉も、自信を持って口にできなかったから。

 

「……ほら、優しい」

「え?」

 

 だが、その沈黙すらも彼女は優しいといった。

 意味が分からなかった。

 

「わたしの事、考えてくれているからそうやって黙ったんだよね。わたしが傷つかないように」

「そ、りゃ。そうだけど」

「わたしが知っている人は、わたしを傷つけてきたから。傷つかないように言葉を選んでくれる人、姉さんしかいなかったから。わたしを可哀想だって言ってくれる人、姉さんしかいなかったから」

 

 可哀想だとは一言も言っていない。

 だが、思っていた。

 思っていないわけがない。彼女の話を聞いて、あぁ。彼女は可哀想なんだと思わないわけがない。欠片でも思わないわけがない。

 思わないのは彼女の存在が邪魔だと思った人間だけだ。そんな人間すら、彼女の周りには今まで一人しかいなかった。

 

「……そ、っか」

 

 可哀想だ。

 彼女は、自分を傷つける事が当たり前で、傷つけない人は数少ないのだと。そう思っているのだろう。

 明るく、ふざけて振る舞う仮面の奥のルーシーの笑顔は、とても悲しい物だった。

 

「その、なんというかさ……」

 

 言葉が続かない。会話が続かない。

 いや、言葉が出ないと言った方が正しいだろうか。脳内を色々な言葉がグルグルと対消滅しあって、最終的に頭の中を真っ白に染め上げていく。無で染め上げていく。

 それが今の自分の脳内だ。今の自分の言葉のボキャブラリーだ。引っぱり出せるものが、何一つ無いのだ。彼女に対してかける言葉が。かけていい言葉が。何一つ思い浮かばないのだ。その真っ白は態度にすら進行し、侵略し、犯していく。消しゴムのように自分の態度を描いたキャンバスに白をぶちまけていく。

 さて、困った。

 コミュニケーションの断絶。人との会話の断絶。このままじゃ最悪の空気のまま帰る羽目になってしまう。

 

「……あぁ、その、さ」

 

 そんなお茶濁しの言葉は既に何度目か。二度目だった。

 だが、そんな言葉を出してでもどうにかして会話を続けようと。真っ白になった頭でどうにかして言葉を出そうと考えて。

 

「……優しいんだね、本当に」

 

 ルーシーの言葉で思考が止まる。

 返事ができない。出てこない。だが、小さくそんな事は、と謙遜と否定の言葉を口にすることだけはできた。自分をそんな優しい人間だとは。出来た人間だとは思ってないから。まだ、たかが十四歳の子供なのだから。

 

「……そうでも、ないさ」

 

 そう思ったら声が出ていた。口が開いていた。

 ルーシーの言葉の否定。彼女はまるでそれを予期していたかのような表情をしていた。まるで、レオンが自身の態度を、言葉を、心を否定するような言葉を待っていた。いや、知っていた。そんな表情を。

 知っていて、識っていた。レオンがそうやって自身に謙虚な人なのだと。

 ――だが、違う。

 

「これが、普通なんだよ」

 

 少し冷めたコーヒーを飲み干し、言い切る。

 これが普通なのだと。彼女の言葉を否定した意味なのだと。

 レオンが言いたかった言葉なのだと。

 

「……うん、知ってる。知ってるけど……わたしの普通は、もっと怖かったから」

 

 彼女の普通は、カスミに助けてもらうまではもっと怖くて、恐ろしくて、痛くて、熱くて、冷たくて、痛くて、痛くて、痛くて、痛くて。だから、それとつい比べてしまうのだ。自身の普通と、レオンの普通を。痛くて怖くて冷たくて熱かった普通と、温かい人肌の普通を。

 そこまで聞いてようやくレオンは彼女の事を八割。いや、それ以下かもしれないが、それぐらいは理解したような、できたような気がする。

 彼女は、ルシル・ラッセルという人間はルシル・ラッセルを作り上げている根底から既にかわいそうな存在なのだと。根底から自身の持つ普通とは違う普通を持っているのだと。だから、優しいと言ってしまう。彼が普通のことを言っても、それを自身の普通と比べてしまい、優しいと言ってしまう。それが、ルーシーの優しいという言葉の真実。

 だったら、とレオンはそっとルーシーの手を握る。

 友達の手を握るように。恋人の手を握るように。家族の手を握るように。そっと、しかし強く。握りしめる。

 

「だったら。その怖い普通を、優しい普通に変えていこう。ルーシーの中の怖い普通を」

 

 押しつけかもしれない。要らないお節介かもしれない。彼女はそう思っているかもしれない。

 だが、彼女はもう自分達の仲間なんだ。背中を預けあうパートナーなのだ。命すら預ける相手に家族同然のお節介をする事は何にも可笑しいことではない。

 

「そのトラウマも、克服する気があるなら手伝うよ。だから、ね」

 

 そんな普通を変えてしまおう。

 だからという言葉にそんな意味を込めた。

 

「……うん。わたしも太陽の下を普通に歩けるようにはなりたいし」

 

 レオンにもトラウマの解消の方法なんて分からないし、彼女の根底にある痛い、怖いという負の感情を取り除く方法は知らない。

 だが、それでも長期スパンで彼女の心の傷を何年かけてでも癒す。その間に画期的な方法等があればそれを見つけ、ルーシーのトラウマを無くしなんとか彼女と一緒に、フードなんて被らず街の中を歩けるようになる。

 ダンジョンアタックで下層を目指し生きていくだけだった意地の張った人生に、やるべき事が追加された。レオンは早速どうしたらいいのかを考え始めたが、ルーシーの表情はレオンの手が離れた瞬間に暗くなり、俯いた。

 

「……きっと、レオンもフィルも――」

 

 ルーシーの呟きが聞こえたのはここまでだった。

 

「ん? 何か言った?」

「なんでも」

 

 レオンの言葉を張り付けた笑顔で受け流し、聞かれなくてよかったと。つい口に出てしまった独り言を胸にしまう。

 

 ――わたしの秘密を知ったら、軽蔑するに決まっているんだ。

 

 そんな独り言を。




段々とシリアスに……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。